走る。走る、走る、走る。
否、枝から枝へと身軽に飛び移る影が一つ。メア(
jb2776)だ。背に黒い翼を隠し持つ彼女は高い位置から広範囲を探索できていた。
「人間なんて、別においしくもないでしょうに」
「……」
頭上から降る声に肯定も否定もできない紅 アリカ(
jb1398)。
「いえ、私は食べたこと無いわよ、人間」
まだまだ悪魔との相互理解は難しそうだ。エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は器用に肩を竦める。
六人は2班に別れ親子の探索を行なっていた。
メアとアリカ、エイルズレトラのA班。
B班は楊 玲花(
ja0249)、高峰 彩香(
ja5000)、ウェイケル・クスペリア(
jb2316)。
その中でも敵であるネズミの注意を惹きつける役、惹きつけた者の援護をする役、親子の保護を優先する役と細かく役割が決まっている。
対策は万全と言えた。
「こいつで届く距離に居てくれりゃいいけど」
阻霊符を使い、ヒリュウを召喚したウェイケルはヒリュウと視覚共有をし、こちらもやはり広範囲を索敵していた。木がそれほど密集している場所ではないので、広範囲が見渡せる。俯瞰する視線は親子を探すのにとても便利だ。
逆に足元から注意深く方向を割り出すのは彩香だ。彼女も阻霊符を使用し、枝が折れていたり、草が踏まれたりしていないかを見て、つい最近人が通った跡がないかを探しながら捜索をしていた。また耳を澄まして走る音や声も拾おうとする。地道だが確実な策だ。
現場の詳細な地図を見ながらウェイケルと彩香の間で探すのは玲花。
(なんとしても親子三人を無事に避難させなくてはなりませんから、わたしも全力を尽くさせて貰います)
地図を見てA班とB班の分担を指示したのも玲花だ。地図をマスの目状に切り、そのマスをA1から割り振って各自連絡を共有しあっていた。
「親子の足ならそんなに遠くには行けないと思うのですが……」
「こっちには来てないのかもしれないね」
悩む玲花に彩香が追いつき、足元を眺める。
「いつまで逃げていられるか分からないから、急がないとね」
「ヒリュウでも見当たらないな。ハズレか」
ウェイケルがヒリュウの目でもう一度周囲を見渡したときだった。
パン!
それは空に向けて空砲が撃たれた音。メアの合図だ。
「やっぱり向こうか!」
ウェイケルはヒリュウからスレイプニルへと召喚を変更しながら音のほうへと走りだす。
玲花が、武器を確認して彩香が続く。
3人の役割はすでに決まっている。走る足に迷いはなかった。
親子の体力は見るからに限界に近かった。
走る足は気力で持ちこたえているようなそんな印象だ。
それをからかうようにして追いかける大型の黒いネズミが6匹。
「ネズミ、ですか。何だか、ネズミ退治の依頼に縁がありますねえ、僕は」
ネズミを回りこむように走るのはエイルズレトラ。アリカは親子のほうへとまっすぐに走る。メアは相変わらず枝から枝へと飛びながら追い詰めていく。
ある程度距離を詰めなければネズミの注意も惹きつけられない。その距離がじれったい。
「……まずは人命救助が最優先、ね……」
アリカが親子に近づくと、親子の表情に希望とも言える明るさが戻った。
父親の背にしがみついていた娘がアリカを見る。
「ひょっとして、撃退士さん?」
「……ええ……」
アリカが控えめに微笑むと娘はにっこりと笑った。
「……足は止めないでください。もう少しだけ」
それでも親子の足取りに力が戻ったのは確かだ。
距離、頃合い、よし。
エイルズレトラは大きく跳ねて、親子とネズミの間に躍り出た。
「こっちのみーずはあーまいぞ、っと!!」
忍ぶことを捨てた奇術士は4匹のネズミに囲まれる。
(2匹漏らしましたか。さて)
どうするか。
迷っている間に2匹のネズミが飛びかかってくる。
右から来たネズミを後ろに下がって避け、前から来たネズミは上に跳ねて避けた。
1匹が親子のほうへ走り、更に1匹がエイルズレトラを引っ掻こうとする混乱の中、メアは翼を顕現させ、さらに上方の木の枝に飛び移る。
そこは地上を走るネズミからは完全に安全圏内。
「じゃ、的役がんばってちょうだいね」
エイルズレトラはひっかきに来たネズミを最小限の動きで回避。
メアは避けられたたらを踏んでいるネズミに照準を合わせるとオートマチックを撃った。
命中。だがまだネズミは倒れない。
「下等種のくせに、ナマイキね」
4匹目のネズミも見事にかわしたエイルズレトラ。
漏らした2匹のネズミはまだ遠くへは行っていない。視線を素早く走らせると向こうから別班の3人も走ってきている。
(6匹、引き受けられそうですね。いっちゃいますか!)
再度2匹のネズミに向かってアピール。
全6匹のネズミは親子からエイルズレトラひとりに標的を変えた。
「……無事ですか」
2匹のネズミがエイルズレトラのほうへ向きを変えたのを確認してから、アリカは親子に落ち着いた声で聞いた。
父親らしき人物が足を止め、頷く。
「ありがとうございます。幸いにして怪我はありません」
「……あちらの木の傍に移動しましょう」
万が一背後から襲われたとき、アリカともう一人の担当である彩香だけでは守り切れない。
親子は素直に従った。
「……すべて倒し終えるまではそこから動かないでください。貴方達は私の命に代えても守り抜きます」
ウィリディスブレイドを構え、宣言するアリカはどれだけ親子にとって頼りに思えただろう。
いつでも攻撃できる準備をしてアリカは親子を背に毅然として立つ。
「ああん、もう!」
メアの撃った銃弾はネズミをかするもののダメージを与えられた様子はない。
(ネズミはひっかき攻撃ばかりですね。何か意図があるのか……)
ふと考えたエイルズレトラは一瞬の隙を狙われる。これもひっかき攻撃だ。
麻痺は面倒なのでありがたいが、と思った瞬間、ネズミの手が、爪が伸びる。
爪はエイルズレトラの胸元を大きく抉った。
(なるほど、噛み付きよりひっかきのほうが速さで対抗できると)
「大丈夫ですか」
最初に到着したのは玲花だった。急ぎ棒手裏剣を投げるが、慌てているせいか、これも当たらない。
「落ち着いてください。僕はまだ大丈夫――」
1匹かわしたところに振りかざされる爪。
それはまたも胸元を大きく抉った。ぱっと朱が散る。
一瞬、意識が黒く染まった。
必死に踏みとどまる。
「このくらい――」
「大丈夫!?」
親子のほうへと走りかけていた彩香が足を止めた。
構えていたハイランダーを振りかざす。生み出されるのは風をまとった炎。
それは遠距離から2匹のネズミを捕らえ、薙ぎ払った。
先にメアが攻撃していた1匹のネズミにトドメを刺し、もう1匹にも大きなダメージを与える。
「スレイプニル!」
続き、ウェイケルが召喚完了したスレイプニルに攻撃の指示を出す。
黒と蒼の馬竜は宙を駆け、彩香の攻撃した一体を蹴り飛ばした。
残り3匹のネズミが一斉にエイルズレトラへと駆け寄る。
「まだまだ……!」
エイルズレトラは後ろに跳ね、無事に回避する。
ネズミはあと4匹。
「驚かせちゃってごめんね。大丈夫かな?」
阻霊符は発動させたままに、戦闘からかなり離れた場所で親子を保護しているアリカと合流した彩香。
両親はまだ警戒を解いていないが、娘のほうは安心したのか、もう笑顔が戻っている。
「……こちらは大丈夫です。向こうは……?」
「ちょっと危険だったから一発薙ぎ払ってきたけど……合流もできたし、大丈夫かな」
こちらにネズミの来る気配はない。
距離的にはぎりぎりこちらの攻撃が届く範囲だ。
万が一のことがあればこちらにネズミが来る前に仕留められるだけの腕を二人とも持っている。
警戒の姿勢を取る2人を、娘が憧れに似た瞳で見つめていた。
「これだけ固まっているなら……」
エイルズレトラはアウルの力を凝縮すると手の中に54枚のトランプを生み出した。
ジョーカーが2枚、つまり切り札が2枚入ったそのトランプを自分の周囲にいるネズミすべてに向けて投げつける。
トランプはアウルの光を纏いながら縦横無尽に舞い踊り、すべてのネズミを刻んだ。
トドメを刺すまでにはいたらないが、大きな痛手にはなったはずだ。
「これなら、いただきね」
高いところからその一部始終を見ていたメアは一番弱っているネズミに向かってオートマチックを撃つ。
ネズミの頭に当たった弾は、そのままネズミを動かなくさせた。
続いて玲花も胡蝶扇をひらりと投げる。炎をまとった扇は1匹のネズミを炎で灼き尽くし、再び玲花の手に戻ってくる。
ウェイケルもスレイプニルへと指示を出す。馬竜はネズミを踏みつぶした。
最後残ったネズミがエイルズレトラに噛み付こうとするが、いくら怪我をしていている彼でもその遅さは回避するに充分な速度。
だが、エイルズレトラが放ったショットガンは奇跡的といってもいいくらい運悪くネズミに当たらない。散弾の代わりにはじけたトランプだけが林の中に舞う。
「これで終わりにしましょう」
最後は玲花の胡蝶扇だった。焔が艶然とネズミを燃やし尽くし、玲花の手元に扇が戻ってきたときには動くネズミはいなくなっていた。
メアは低い枝まで翼を使って降りると、親子に見られるかもという配慮の元、翼をしまって地に降りてくる。
ウェイケルもスレイプニルの召喚を解除すれば、人とそれに協力する悪魔がひとりいるだけの静かな林に戻っていた。
エイルズレトラがほっとしたようにしゃがみこむ。
「死ぬかと思いました」
おどけた口調で言うが心配そうな顔になるのは玲花だけ。
「生きてるじゃない」
「余裕だったじゃん」
メアとウェイケルは信頼なのかそう言い切り、2人で「ねー」と顔を見合わせた。
エイルズレトラは息を吐くと「バレましたか」と笑う。
アリカと彩香が保護対象だった娘に手を引っ張られ、こちらに駆けてくる。両親もほっとした顔でこちらに礼を言いにきたようだ。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとう! あのね、あのね」
娘はアリカと彩香の手をぎゅっと握って笑顔で言った。
「あたしも大きくなったら撃退士さんになる!」
適正が、などと野暮なことを言う者はいない。
「うん、待ってるね」
彩香が娘の頭を撫でると救われた娘は「うん!」と大きく頷いた。