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木の扉をカラカラと開ける。ふわりと漂うのは紙の香り。
店内に入れば自由行動だ。数多く並ぶ便箋やカードに引き込まれるように各自自然とばらばらになる。
(恋綴りなんや、一人やったら絶対入られへんかったわ……)
志摩 睦(
jb8138)は店名を見て苦笑する。
初対面の人たちと一緒なのは緊張してしまうため、礼を告げるとひとりふらりと便箋を眺める。
(あー、折角やし、シンプルな和柄の便箋とか探すんもえぇなぁ)
極めてシンプルな和柄の便箋を数種手にとって、睦はふと思い出した。
「……そういや、クリスマスプレゼントも和柄やったっけ」
思わず呟いてしまう。睦は小さくため息をついた。
(もうすぐバレンタインやさかい、よう考えてまうなぁ。チョコは貰う専門やったし、今まではあげれる距離やなかったし)
事務的に和柄の便箋を一つ選び、お会計をして。
(今年はどないしよか……)
便箋を見つめ、結局出た答えは。
「……お茶、飲も」
便箋を持って睦はカフェへと足を向けた。
リシオ・J・イヴォール(
jb7327)は両親がフランスにいる。
両親への手紙を書くために便箋と封筒を選ぼうと意気込んでいた。
やはり日本らしい柄の便箋で手紙を送りたいと思ったものの、品数は想像以上。リシオは迷った末に店員を捕まえた。
「スイマセンでス。和柄の便箋探してルですけド、ナニかオススメあルですカ?」
店員は少し考えてから何種類かの便箋を手にとってリシオに見せた。夕日のお寺をポイントにあしらったもの、桜が透かしで入っているもの、うっすらと雪化粧した富士山が描かれているものなど、比較的わかりやすいデザインだ。
「うーン……」
どれも綺麗だが、ピンと来ない。少し迷っていると、店員がシンプルなデザインを差し出した。
日の丸をモチーフにした旭の昇るデザインの便箋。
「わかりやすいデス。これとエアメール用の便箋くだサイ」
お会計をしていると、レジの横に千代紙も売っていた。リシオはそれも購入するとカフェへと移動した。
(『恋綴り』、ですか。素敵な雰囲気のお店ですね)
ぐるりと店内を見渡して樒 和紗(
jb6970)はくすりと笑う。
(ただ、俺に恋は縁がありませんけれど)
和紗も家族に綴るための便箋と封筒を探しにきたひとりだ。家族宛には定期的に手紙を書いている和紗なので選ぶ便箋と封筒も数種類になる。
選ぶ指先はあまり迷いがない。
椿の和便箋、桜の和便箋、淡い色合いの手漉きの一筆箋。それらに合うような柔らかな色合いの封筒を数種。封筒も和紙でできたものにした。
そこまで選んで、ふと和紗は店員を呼んだ。
「お店のお勧めはありますか」
店員は和紗の持っている便箋を見て数種類の便箋を差し出す。和紙に押し花が織り込まれた便箋だ。和紗は春の花が織り込まれたものを追加で選ぶ。
「あとは万年筆も見たいのですが」
万年筆は小さな木箱に並べて収められていた。お値段の安い和風ながらポップなデザインから漆塗りの本格派まで。
予算を考えながら迷うのも、この店での正しい時間の使い方。
(メールばっかりだし手紙なんて出した事ないわ)
かくんと項垂れるのはブリギッタ・アルブランシェ(
jb1393)。
(ん、まぁ見るのも楽しそうだし、買い物も良いかもしれないわね)
誘うのはアレクシア(
jb1635)。ブリギッタの大切な人。
そういうアレクシアも「手紙」となると視線が遠くなる。
(そういや、学園にいると大体誰かとの連絡手段はメールが主で、手紙なんて、故郷はグリーンランドにいる家族にくらいしか出していない。それも、急いでいる時は国際電話で済ませてしまう)
「手紙、ね……」
アレクシアはやはり大事なブリギッタをちらりと見る。
(書いてみるのも良いのかもな。今隣に居てくれる、オレの大切な人に)
ブリギッタの視線に最初に入ったのは文香だ。
「これ何、ブンコウ? ……あ、フミコウって読むのね」
「文香、か。古くは平安時代、手紙に香を焚く、とかやってたらしいぜ」
意外に詳しいアレクシア。
(文章だけでは送れないモノを送ろうとした、日本人の感性ってヤツか。そういうのは、嫌いじゃない)
ブリギッタが優先するのは好奇心。カードなどはブリギッタもおなじみのものだ。
「もし買うなら、そうね、動物の足跡の便箋とかないからしら。犬の足跡のだと尚良いわね、うん」
便箋の一角で自分の分を選ぶブリギッタはふとアレクシアを振り返った。
「レアも何か買うのかしら、シンプルなの選びそうよね……あら、案外可愛いの選ぶのね?」
「……わ、笑うなよな。こういう小物とか位は、可愛い物を選びたいんだよ」
花柄の女の子らしい便箋や犬っぽいキャラクターがプリントされた便箋を持っていたアレクシアは選んでいたものをブリギッタから隠すようにして、やや顔を赤らめる。
「えぇ、とても良いと思うわよ」
にっこりと微笑むブリギッタ。
「折角なら万年筆も買っちゃおうかしら、ちょっと書いてみたくなったし?」
万年筆を覗くブリギッタにアレクシアは笑いかける。
「……折角だし、お揃いのでも買おうか。で、誰に書くんだ?」
ブリギッタは当然という表情で言った。
「レアに決まってるでしょ」
鈴木千早(
ja0203)は苑邑花月(
ja0830)に誘われて店内へ。
(素敵、なお店…ですわ……ね。まるで……千早さん、の……為にあるみたい、ですわ)
花月はゆるりと金の瞳を巡らす。
(こんな……素敵、な……お店なら……千早さん、も、喜んで下さる、でしょう。か)
花月にとって千早は憧れと尊敬を抱く人。だからこそ誘ったお店が千早に相応しいか、まず最初に考えてしまう。
「とても雰囲気の良いお店ですね。こういうお店は落ち着きます」
だから千早がそう言って花月に微笑んでくれて、花月はほっとしてしまったのだ。
千早は花月に合わせるように足を運び、ゆっくりと店内を見て回る。
「品揃えも面白いですね。こんなに色んな種類の便箋やカードが在るのは驚きですね」
「ええ……便箋、もモダンで……どれにしようか、迷ってしまいます、わね」
「万年筆も豊富なのですね……。一寸お値段の張るものも在りますけれど……もう直ぐ自分の誕生日ですし、この機会に新調しようかな。と」
気に入ったものを一本選ぶ千早。添えるのはシンプルな一筆箋。
花月は便箋を前に少し迷って。
(……折角ですもの、相手、の……方、を想って、喜んで頂ける、モノを)
手に取ったのは和紙に鈴蘭の押し花がポイントの便箋。
「これ、が……良いです、わ」
鈴蘭は花月が一番好きな花。そして、素敵な花言葉を持つ花。
(喜んで……下さいます、でしょう……か)
便箋を持ち暫し迷うと、背を押すように千早が笑顔を作った。
「花月さんらしくて素敵だと思います」
星杜 藤花(
ja0292)と星杜 焔(
ja5378)は夫婦で参加。学生結婚のまだ初々しい夫婦だ。
誘ったのは藤花から。素敵なお店を独り占めなんて勿体無い。
藤花は書画の心得があるため、絵手紙をしたためることにした。
顔料筆ペンはあまり品数もなくすぐに決まったが、問題は画仙紙。
「どの紙質がいいでしょうか?」
店員さんに聞くと生憎こういう店のため中国系の画仙紙は置いていないとのこと。あるのは和紙の雰囲気を伝えるもの。因州、伊予、甲州……と取り出される画仙紙に迷う藤花。
そんな迷う藤花の様子も可愛らしくて焔は見守り。
最終的に藤花は祖母にも教わった四国産楮から出来た手漉き和紙を選んだ。
(さてどんなものを書きましょうか。描きましょうか)
手紙を送る相手は決まっている。藤花は焔に笑みかけながら、カフェへと足を運んだ。
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「あーん?」
こういうときは食べさせあったりするのが定番とばかりに、抹茶と雪うさぎのお饅頭を買ったアレクシアはブリギッタの口元へ差し出す。
「……あ、あーん?」
少し照れながらそれを食べるブリギッタの前には迷った末の焙じ茶と椿のお菓子。
ブリギッタは椿のお菓子を一口大に切り分けると、じぃっとアレクシアを見た。
「その……一口、いる?」
先に口を開けられてしまうと拒絶はできない。ブリギッタのお菓子はアレクシアに。
一息ついて。
「手紙書いてみましょうか?」
提案したのはブリギッタからだった。
「まぁあんまり席を占領し続けるのも駄目でしょうし、書ききれなかったら続きは持って帰って、ね」
「何を書いてるか気になるけど……」
「あ、書いてる途中で見ちゃダメ、書きあがるまでのお楽しみよ」
今日は休日。ふたりでのんびりまったりと。
(普段は一緒にいて、言葉や態度で伝えたい事を伝えている。……つもり、だけど。それじゃ足りなかったり、伝え切れない事があって)
アレクシアは目の前で真剣に便箋と向き合う大事な人を見る。
(そんな想いを、ほんの少しでも届けられたら。ずっと側にいたい、大好きだよ、って)
勿論ブリギッタが便箋に込めるのも同じ想い。
少しおしゃべりをしてからやはり手紙を書く流れになったのは千早と花月も同じだ。
「花月さんは手紙を書かれるのですね。では、俺も書こうかな……」
千早はそう言うも誰に書こうか迷ってしまう。ぱっと浮かぶのは家族だが……ふと目の前で楽しそうに筆を綴る花月に視線を向ける。
(俺は……花月さんに手紙を。今日誘って下さったお礼と、日頃の感謝を込めて)
購入した万年筆と一筆箋を前に少し迷うものの、言葉は流れるように淀みなく。
『今、花月さんは、とても楽しそうに筆を綴られていて、見ている俺も、楽しい気分になります。
今日、誘って下さり、嬉しかったですし、とても楽しく過ごさせて頂いています』
(手紙を見たら、喜んで下さるかな。それとも、子供っぽい冗談だと笑われるかな)
そう考えながら書くのも楽しく、どこか不思議な感じがする。
「花月さんは、誰に手紙を書かれるのですか?」
何気なく尋ねると花月はにっこりと微笑んだ。
「秘密、です」
花月の内心はドキドキしていたのだけれども。
「俺も秘密です」
最後に千早から花月に手渡される手紙。
「大切に、大切に致しま、す。花月の『宝物』です、わ……」
花月は微笑んで。自分の手紙はそっと千早の鞄に忍ばせる。
だから千早が花月の手紙を読むのは二人が別れてから。
『千早さんは花月の憧れで…その、尊敬しています。
鈴蘭の花言葉通り、千早さんに幸福が訪れますように……』
白い鈴蘭の押し花が千早の手の上で、きっと花月の願いを奏でるのだろう。
緑茶と……さて、和菓子はどうしようと迷うのは和紗。
迷った末「ん……椿でお願いします」とお願いして。
緑茶の香り。ゆったりとした時間の中、筆を取るのは4歳の弟へ。
(まだ4歳ですので漢字は読めませんが、母が読み聞かせてくれるでしょう)
大切な大切な弟のことを考えると、手紙をしたためる間も微笑んでしまう。
『風邪などひかずに元気に過ごしていますか?
正月に帰ってからまだ一月ほどですが、あなたに会えないのは寂しく思います。
姉さんは元気です。
友達もまた増えました。
弓を扱う部活というものにも入りましたよ』
『近いうちに、また帰ります。
お土産、待ってて下さいね』
(帰省時のお土産は、此方のお店のお菓子も良いかもしれませんね)
とりあえず今日の分のお土産はテイクアウト。
リシオは両親に改まって手紙を書くのは初めて。ああでもないこうでもない、と考えながらペンを取る。
『ニホンに留学してから結構な月日が経ちました。大分ニホンの生活にも慣れてきました。箸も持てるし、大好きな星の話できる人たちともお知り合いになれた。
実際に来てみるとニホンってスゴイね。皆礼儀正しいし、親切。
またお手紙書きます。夏には帰省するのでそれまで待ってね。それじゃ、体に気をつけて』
それだけ書いて、少し考えて。
先ほど買った千代紙で覚えたての手裏剣を折ってエアメールに入れる。
『お母さン、お父さン、ニホンにニンジャは本当にいましタ……』
そんな追伸を付け加えて。たぶんそのニンジャって鬼道忍衆って言うんだろうけど、突っ込み役不在のこの空間、間違った知識がまた輸出されてしまうのだろう。
リシオにとって日本はまだまだ奥深い。
抹茶ミルクとお勧めの和菓子を購入して、
「んー……」
睦は購入した便箋と見つめ合う。
(……お手紙なんや、あんま書いた事ないなぁ。言いたい事は言えてる筈やし、本当に伝えたい思いは伝わるもんやて友達も言うてたしね)
抹茶ミルクを一口啜っても、睦の視線は便箋から離せない。
(今更改めて手紙書く事なんや、なーんも……)
そこまで考えて、ふう、と息を吐いた。
「………恋綴り、かぁ……」
睦は便箋を広げた。
(……誰に渡すんでもない自分の気持ちと向き合う為やったら、別に問題ない、やんなぁ……?)
気持ちが定まると意外にも筆は進むものだ。
『私は、貴方の力になりたい。
貴方を支え、共に笑い、泣き、時には喧嘩もしたいです。
そうやって沢山の日々や思いを積み重ね、貴方との時間を、思い出を増やしたいと思っています。
いつか思いを告げた時、私だけに笑顔を見せてください。
貴方の柔らかな笑顔が、私は何よりも、大好きです』
それは宛先のない、正直な自分への手紙。誰にも見せぬ、大切な手紙。
焔と向い合って座った藤花は抹茶ミルクと季節の和菓子を頼んだ。
焔は緑茶と鶯イメージの和菓子を注文。
まずは一口ずつの交換をしてから、絵手紙。藤花の宛先は10年後の養い子へ。
養い子、望を引き取ってもうすぐ半年になる。
(これまでのこと、これからのこと、大変だろうけど、あの子に『いまのわたしの言葉』を伝えたい)
描くのは養い子。
封筒には家族で撮った写真も入れて。
『10年後の君へ
元気ですか
他の子どもたちと仲良く出来ていますか
……養い子ということで苦労はしていませんか』
『わたしも焔さんも
あなたを大切に思っています
今のわたし達ではまだ足りない部分も多いけれど
あなたが幸せであるように願っています
今も、そしてこれからも』
焔はそんな藤花を見ながらそっと手紙をしたためる。
封をして、藤花にも見せぬ手紙の宛先は届くことのない『天国にいる君』。
ちゃんと前を見て生きていること、家族ができて幸せであること、心配しないようにと綴る。
「焔さんは誰にお手紙を書いたんですか」
自分の手紙に封をしながら尋ねる藤花に焔は微笑んだ。
「君と望がいてとても幸せ……という事を書いたのだよ。そろそろ望のお迎え時間だね」
「はい。あ、あとひとつ買って行ってもいいですか」
ぱたぱたとお店に戻った藤花が買ってきたのはお揃いの匂い袋が3つ。1つを焔に差し出して。
「ひとつは望に。もうひとつはわたしが」
繋がりを感じる香りがふわり。それは遠からぬ春の香りがした。