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日が落ち最初の星が空に輝く頃、並木道に最初のイルミネーションが灯った。
(一足早いクリスマス気分を味わえそうで御座るなぁ)
内心ぐっと握りこぶしを作ったのはエルリック・リバーフィルド(
ja0112)だ。今日は橋場 アトリアーナ(
ja1403)を誘ってイルミネーションを見に来ている。
2人は恋人であり主従であり……兎に角、大切な存在同士。
特に最近、アトリアーナは色々重たい事が多かった。それに気づいているからこそエルリックはアトリアーナを誘い、アトリアーナも素直に付いてきている。
「こんな物を用意してみたので御座る!」
うきうきと言うエルリックは今日は珍しく洋装。ニット帽にセーター、パンツルック。用意したのは長いマフラーだ。
「その、一緒に巻いてみたりで御座るな?」
照れながらそっとアトリアーナにマフラーを巻き、エルリックも反対側の端を自分に巻く。
「……うん」
やや肌寒い格好をしていたアトリアーナは大人しく好意に甘える。
歩きづらいのはアトリアーナがエルリックの腕にぎゅうと抱きつくことでカバー。
(……回りの視線はきにしないのですの、寒さには勝てませんのでっ)
心の中で言い訳をしているアトリアーナには気づかず、念願叶ってそわそわしてしまうエルリック。
「……イルミネーション、きれいですの」
ぽつりとアトリアーナが零す。
色が移り変わっていくイルミネーションの下、二人はゆっくり歩きながらそれを眺める。
ベンチを見つけたところで配られているココアをもらって着席。ココアは温かいけれども、いかんせんこの時期のベンチはとても冷たい。
身を縮めてココアを飲んでいたアトリアーナはこちらをにこにこと見ているエルリックに気づいた。
「こうして座れば暖かいで御座る、な?」
言うとアトリアーナを自分の前に座らせ、エルリックは後ろからアトリアーナを抱きしめる。
アトリアーナは恥ずかしげにこくりと頷くとエルリックの腕の中でイルミネーションを見上げた。
蓮城 真緋呂(
jb6120)もうきうき気分での参加だ。
(皆より先に色々なイルミネーションが見られるなんてステキ♪)
一緒にイルミネーションを見るのは米田 一機(
jb7387)。
(全部ゆっくり見るとなるとそれなりの時間になるから、温かくしていかなきゃね。一機君から貰った帽子、被っていこう)
帽子をしっかりと被り、真緋呂の準備は完了……と思いきや。
(それと、何か温かいもの買っていこうかしら)
(桜並木のイルミネーション、か。また随分と雰囲気出てる事で。こういうの、縁がなかったからなぁ)
一方の一機はどことなく感慨深げ。
(しかも、今年は女の子と2人でって去年じゃ考えられなかったもんなぁ。まったく、世の中解んないもんだ)
だからイルミネーションもしみじみと見上げてしまう。
「わぁ、キラキラ綺麗!」
実際に見るイルミネーションは2人で輝きを独占しているかのよう。ちょっとはしゃいでしまう真緋呂の姿に一機も和やかだ。
「……そういや、小さい頃こんな場所で遊んだっけか」
「そうなの?」
「今はこんなご時世だからやらなくなっちゃったけど……懐かしいなぁ」
昔を思い出す一機の話を聞きながら、真緋呂は手をこする。
(ちょっと手が冷たいかな。手袋もしてくればよかった……)
「ん? 真緋呂、手、貸して」
一機はきょとんとする真緋呂の片手を取ると自分の上着ポケットに入れて温めようとする。
「つめたっ。……まぁ、この気温じゃ仕方ないか」
どう?とばかりに首を傾げる一機に、
「あ、えっと、うん、温かいけど……」
何だか照れくさい真緋呂。一機はきょとんとした表情で真緋呂を見る。変なところで鈍いのだ。
真緋呂は少し迷ってから
「えい!」
と逆の手も一機のポケットに突っ込み、一機の手を両手で包み込むように握る。
「こ、こうしたら両手温かいもん」
ちょっと歩きづらいのは見なかった振りで。
イルミネーションの下、2人はココアを貰いベンチに腰掛けた。
徐ろに真緋呂は一機を見つめる。
「ねえ一機君……好き?」
小首を傾げていきなりの主語のない問いかけ。
「……好き……?」
暫し言葉の意味を考え。考えてから主語を補完し、もしかして、と慌てる一機。
何しろ、シチュエーションとしては最高だ。どう答えるべきか一機が混乱していると差し出されるのはふわりと甘い匂い。
「嫌いじゃないなら良かった。はい、これ」
真緋呂の入念な準備のひとつ、焼き芋。途中で買ってきたのでまだほっこりと暖かい。
「え、あ、ありがとう……」
どことなく疲れた様子で一機は焼き芋を受け取る。
(焼き芋好きかって聞いただけだったんだけどな?)
焼き芋を食べながら今度は真緋呂がきょとんとして首を傾げる。
ちょっとだけ鈍い2人の、そんな一コマ。
「寒いのは苦手ですよ〜」
イルミネーションの並木に着いた途端に思わず口走ってしまったのは石田 神楽(
ja4485)だ。
「寒いの苦手なんは知ってるよ。……うん、連れ出してごめんな」
白いダッフルコートにマフラーとしっかり防寒した宇田川 千鶴(
ja1613)がそれに返す。いつものコート姿に黒のマフラーだけの神楽は少し笑った。寒いけれどのんびりしたいのも本音なのだ。
「昔の人は蝋燭で我慢したそうですが、今のイルミネーションを見たら、どう思うのでしょうね」
2人でイルミネーションを見て歩きながら神楽が何気なく言う。
「んー……素直に綺麗と思……わんのかな。羨ましがるとか?」
苦笑しながら千鶴が首を傾げれば、神楽は色付けられた木々を振り仰いだ。
「確か、星空を再現しようとしたのが始まり……でしたか」
配られていたココアを2人分千鶴が貰い、ベンチに腰掛ける。
「神楽さん、コーヒー飲みすぎやからココアで良かったわ」
ココアを手渡しながら千鶴がしみじみ言えば、
「ふむ? そこまで飲んではいないと思いますよ?」
神楽はずずずとココアを啜る。
「多くても日に2リットルはいかないでしょうし」
「いや、多すぎです」
思わず突っ込みも真顔で敬語になってしまう。
「しかしあっという間に冬やね」
「今年は冬が全力疾走で来ましたね〜」
「あっという間に春にならんかな」
「このまま通り過ぎてくれればよいのですが。でも多分バテてペース落ちているのでしょうけど」
「つまり、冬は長いと……」
思わず遠い目になる千鶴。2人の息が寒さで白くなる。
そんなことを話しているうちにイルミネーションは4色点灯が終わった。
「カラフルが良かったなぁ。クリスマスなら華やかな方が客寄せにもえぇかなって」
真面目にモニタリングを始める2人。
「モニター視線から言わせてもらえるのであれば、もう少し暖かい色を混ぜてもいいかもですね。青や白は幻想的ではありますが、この季節にはいくらか寒々しく……」
「暖色か。寒い時期には確かにえぇね」
長く続く神楽の意見に思わず千鶴は欠伸をしてしまう。
「神楽さん、何色が良かった?」
再び点灯を繰り返し始めたイルミネーションをぼんやり見上げて千鶴が問いかけると、神楽は即答した。
「私は白ですね」
「……は?」
思わず意外そうな顔をする千鶴。
意外そうな顔とかしないように、と笑いながら神楽は口を開く。
「黒が好きな私ですが、一番慣れ親しんだ色は白ですからね」
神楽の視線の先には白い千鶴の髪。白い千鶴のダッフルコート。神楽は黒のマフラーを巻き直す。
「真逆なようで一番近く、お互いを尊重出来る。そんな印象だったので、白が一番です」
「……そう」
神楽が意味することは明確で言わなくともわかる。照れくさそうに千鶴はココアを啜る。
「ま、うん。黒やとイルミネーションにならんしな」
イルミネーションで頬が赤いのがバレなかったのは、千鶴にとってよかったのかも知れない。
「イルミネーションの点灯テストか、クリスマス先取りって感じだな」
時雨 八雲(
ja0493)が呟くと隣を歩いていた橘 一華(
ja6959)も頷いた。
「イルミネーションのテストなんて、中々見る機会がないですよね。すっごく楽しみです♪」
「ただ木に絡めるだけなら色的には青が良い感じかな、何か形作るなら他の色もありだろうが……」
ふむと少し思案して、八雲は一華を見る。
「お前さんとしてはどうよ?」
「どんな色がいいかなー。あたしはシャンパンゴールドかなぁ……もうちょっと暖色系でもいいかとも思うけど、やっぱり王道かなーって」
一華は笑顔で続ける。
「きっと夜に二人で黄金に輝くイルミネーションと見れたらって想像しただけで!」
八雲が一華を見た。一華は一度瞬きをすると、慌てたように言葉を続ける。
「……あぁいや、別にその時に誰かと見たいとかって意味じゃなくてですね? そうだったら素敵かなって……」
どことなく複雑な表情をした八雲の感情の機微まで慌てた一華は読み取れない。話を変えるように口を開いた。
「そういえば奥の桜って願い事をかなえてくれるんでしたっけ?」
(願い事をすると願いがかなうって話だったな……)
八雲も同じことを思いながら頷く。けれども、彼が思うのは願い事よりももっと深い決意。
行ってみましょう!と笑いかける一華を眩しそうに見つめ、八雲はイルミネーションの並木を奥へと進んだ。
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その桜の木の願いごとをすれば、それは叶うと言う。そんな、言い伝え。
(お願いは……)
ちらりと一機を見上げてから真緋呂はそっと手を合わせる。
(特別な人は皆いなくなる。だから特別はいらない。今の距離で、今みたいに一緒にいられますように)
それは悲しく、そして切なる願い。
(特別な人を喪うのは怖いから)
そんな真緋呂を横に見て、一機は特に願うことはしない。
(欲しいものはある。けどそれは願うよりも、手を伸ばした方が早く掴みとれそうな気がするから)
手の届く距離で一機を見上げた真緋呂は屈託なく笑った。
「何をお願いしたかは、内緒♪」
「うん」
一機も無理には聞かない。冷たい真緋呂の手をとって、一機は笑った。
一緒の時を共有してる、手の温もりはその証。
同じく桜の木の下へやってきた八雲と一華。
一華は言い伝えにわくわく気分だ。
「八雲さんならどんなお願いします? あたしはそうだなぁ…妹の恋愛関係がうまいこと進んでくれたらって思うんですけどね、姉としては」
けれども八雲にはひとつの目的がある。
渦巻く自分の感情を自覚して、前に進むために。
(この気持ち……伝わってくれ)
桜の木にそっと願いを捧げて。
「……八雲さん? そんな真剣な顔してどうかしました?」
無邪気に問いかける一華を八雲はまっすぐに見つめた。
「橘、……お前が好きだ」
「……って、え、えぇぇぇぇ!?」
予想外の言葉に思わず慌てふためく一華。八雲の目は真剣だ。
「はっきりと意識したのはこの前の果樹園の時だ……あれ以来……お前が気になって仕方なかった」
淡々と、けれどもしっかりと自分の想いを伝える八雲。
「んでもう自分を誤魔化すのは嫌になった……」
一華は何も言わない。
「だからはっきりと言う、俺は橘一華が好きだ」
一瞬の沈黙が降りる。一華は小さく深呼吸をした。
「い、いや、あのその、あぁいや別に嫌だとかそういうことじゃなくて……」
必死に一華は自分の心の中の言葉を探す。八雲は黙ってそんな一華を見つめている。
「あ、あの、あのですね! ……ありがとうございます。でもいきなりすぎて、どう答えたらいいか分からなくて……」
「……返事は今じゃなくても良い、ただこの気持ちだけはちゃんと伝えたかった」
助け舟を出すように言う八雲の顔を一華は見上げた。
「……その、あたし、そういうこと言われたの初めてで……。妹と違ってがさつだし、胸も少し小さいし、あの、その……」
そこで一華は俯いてしまう。
「……少しだけ、時間を下さい。ちゃんと、考えたいから……」
「ああ。……待ってる」
「……でも、ありがとうございました。真剣に伝えてくれて。また、連絡しますね? だから…少しだけ、待っててください」
もう一度八雲は頷くと、「戻ろうか」と一華を促した。一華も頷く。
(うぅ……いざ自分が対象になったらこんなテンパるなんて思わなかったよ……)
内心そう一華は思いながら。イルミネーションの下、道は始まったばかりだ。
「願い事やって」
「願い事……」
桜の木を見上げながら千鶴は呟いた神楽を見上げる。
「なんかお願いしてみたら?」
神様は信じていない神楽。少し考えてから桜の木に対して願い事を呟く。
「今はまだ、在り続けられますように」
「今はまだ、とか言わんでよ」
千鶴は苦笑する。
「生きてる限りは大丈夫やとえぇね」
そうやって笑う千鶴に神楽はできればリラックスしてほしいと願う。
重たいことが多かったのは千鶴もまた同じ。
「帰ろうか」
殊更明るく千鶴は言う。この気分転換の時が終わってしまうのを惜しむ気持ちはあるけれども。
「少しは楽しかった? 寒いのに付き合わせてごめんな。でも、今日付き合ってくれて嬉しかったで」
「大丈夫ですよ。こういう時間の方が大切ですから」
そう笑ってから、神楽は手を差し出す。
「ちょっと手を拝借」
握られた手。温もりとともに千鶴の顔が赤くなる。
「こうした方がリラックスすると聞いた覚えが。あと、寒さも和らぎます」
「……ん」
照れくさそうに俯いて、千鶴は桜の木を見上げる。
(もう少し一緒にいれますように)
それは、こっそりと、密やかな、願い事。
「……エリー、奥まで行くの」
アトリアーナは希望して桜の木までエルリックとやってきた。
桜の木の下、そっと頭を垂れる。
(……助けることが出来なかった悪魔の義妹と学園生徒達の冥福を)
胸に様々な想いが去来する。
(それから助けられなくてごめんなさいと命尽きる日まで戦う誓いと)
赤と黒のりボンが微かな風に揺れる。
(……それからたいせつな人達と居たいという我が儘と)
静かな祈りの横でエルリックは桜の木とアトリアーナを等分に見比べた。
「願い事、で御座るか……」
(アトリは桜に何をお願いするので御座ろうか)
大切な人の胸の内まで推し量ることはできない。ならばできることは、
(拙者はー……アトリの願い事が叶います様に。そしてアトリがずっと幸せであります様に、で御座るな)
大切な人を想う、それだけ。
アトリアーナが祈り終わって上げた顔をエルリックは眺める。
「ずっと一緒、で御座る」
アトリアーナはエルリックの声に顔を向けた。エルリックは不意打ちで口付ける。
(アトリが可愛いのがいけないので御座る)
開き直ったエルリックに照れて真っ赤になりながらも嬉しげなアトリアーナ。
「……ん、エリーはずっと一緒ですの」
いつもはアトリアーナから甘えないけれども。今日だけはそっとエルリックに寄り添った。
イルミネーションの色が青に決まったのは、一日の安らぎよりも小さなご報告。