●
体育館に集められた五十人の生徒、教師は眼前のディアボロと体育館外の羽音にパニック状態になっていた。
ディアボロが殺そうとしているのは理解できる。けれども、何かを待つように襲ってこない。
瞬間、人影が飛び込んできた。
淡い純白の光が一筋。続いて濁った赤い光が一筋。
佐藤 七佳(
ja0030)と雨野 挫斬(
ja0919)がディアボロへとすさまじい速さで接敵した。七佳は入り口手前のディアボロの、挫斬は一番奥のディアボロの懐に飛び込む。
「迅雷の如き一閃、速さがあたしの一番の武器ですッ!」
七佳の片刃の直刀全体に円形の多重魔法陣が積層され、ディアボロの根源を揺さぶるように直刀が翻る。黒い人影のディアボロも黒い刀を抜くが、抜いただけで止まる。ディアボロの意思と肉体の接続が解離する。
「キャハハ! 私と遊んでよ!」
挫斬はくるりと宙返りをすると落ちるスピードを乗せてディアボロに蹴りを放つ。その鮮やかさに体育館にいた生徒たちも挫斬に視線を向けた。
撃退士だということは容易に知れたらしい。
「外には敵がいるから死にたくなければ体育館内の壁際か倉庫に隠れてて! 教師は誘導! 急いで!」
挫斬の声にわっと恐怖と希望が生徒たちに伝播していく。教師と思われる数人が倉庫へ隠れるよう指示を出す。
「みんな落ち着いて、早く倉庫へ――」
指示を出していた若い女教師の声が不意に途切れた。攻撃を受けなかったディアボロが黒い刀で女教師の首を一閃していた。ゴトリと頭が落ち、血が溢れだす。生徒の悲鳴が上がった。挫斬は思わず舌打ちをする。
ある意味、簡単な話だ。挫斬の鮮やかな蹴りに目を奪われその力を十二分に感じ取っても、今のディアボロには『人間を殺す』という自分の生命より大事な優先事項がある。どんなに挫斬が鮮やかに舞ってもディアボロにはなかなか効果を及ぼさない。
どうやらこの2体のディアボロは援軍が来るまで挫斬が足止めするしかなさそうだ。
七佳は意思と肉体が解離した――つまり動けないディアボロへと鋭いニ撃目を入れる。動けない間に味方の援護を待つ。
挫斬の捉えたディアボロは挫斬を通り越し、生徒のほうへ向かおうとする。すかさず挫斬は闘争心を解き放ち、チタンワイヤーでディアボロの腕を締め上げる。それで1体の足は止めたが、フリーになっている1体が手近にいた教師、2人目を殺した。
やめて、という声が遠くから聞こえてくる。
同時に飛び込んできたのは6人の撃退士たちだ。詠代 涼介(
jb5343)は状況を把握するとすぐにストレイシオンを召喚する。フリーになっているディアボロにストレイシオンが迫る。それを九十九(
ja1149)が援護するように遠距離から矢を射るがディアボロの足は止まらない。それに気づいた九十九は走りだそうとするが間に合わず、ディアボロは3人目の首を跳ね落とした。
生徒たちはすっかりパニックに陥り、避難は遅れている。座り込んで泣きじゃくっている者もいる始末だ。
挫斬のフォローに来たのは黒須 洸太(
ja2475)だ。
(庇護の翼や防壁陣を駆使しても生徒50人は守りきれない)
その判断は正しく、冷静なものだ。
血まみれになっていく戦場に恍惚とした表情を浮かべる挫斬を見、洸太は踏み込みすぎが怖いな、とふと思う。
挫斬を無視し、生徒のほうへ走るディアボロに挫斬はワイヤーで躍りかかる。ワイヤーはディアボロの足に絡むがディアボロはそれを振り切り4人目の首を跳ねた。
思うようにいかないことに挫斬の表情が歪む。
「余計なことは気にしないで。僕が君に合わせるから」
挫斬の耳に届くかはわからないが、洸太が挫斬の後ろにつく。本来ならばディアボロ2体がすべて挫斬に攻撃してくるはずだった。ディアボロとセーレの作戦を多少甘くみていたかもしれない。
七佳のとった動きを奪う作戦のほうがやや上策ではあった。けれどもこちらにも欠点はある。
七佳の援護にきたのは大澤 秀虎(
ja0206)、ヴィルヘルミナ(
jb2952)、エリーゼ・エインフェリア(
jb3364)の三人。翼のある二人と素早い秀虎の組み合わせだ。
「つまらんな、こんな余興は」
戦いに対する後ろ暗い喜び。同時に戦士である秀虎にとっては何人死のうと知ったことではない。けれども、戦いとは無関係な命を奪う悪魔に対し気に食わないという気持ちも混ざり、やや複雑な心境だ。
七佳が三撃目を入れるのに合わせ、秀虎はディアボロの足を狙う。その移動力を奪う作戦だ。まだディアボロは動けない。
体育館に飛び込む直前に術式魔装「ヴァルキリー」をかけたエリーゼ。周囲の空間に存在する魔力をエリーゼへと収束させる。魔力はダイヤモンドダストのような眩い煌めきに具現化し、エリーゼの周囲を舞った。
そのままエリーゼは光焔の槍「レヴァンティン」を叩きこむ。その槍は凄まじい高温の槍。ゆえに焔なのに純白の槍のように見える。
魔法回避に長けているディアボロへのエリーゼの渾身の一撃は見事、ディアボロに当たった。
ヴィルヘルミナはバルバトスボウで遠距離からディアボロの足を狙う。矢は足を掠めるに留まる。やはり魔法攻撃に特化したヴィルヘルミナにはディアボロの相手は厳しい。
4人の前でディアボロが動き出す。
「その動き、止めます!」
真っ先に動いたのはやはり七佳だった。淡い純白のアウルを纏い七佳の直刀が翻る。それに合わせ、秀虎が闘争心を解き放ち、剣でディアボロの頭部を叩き割る。その剣技はまさに剣鬼。瀕死になっても人の首をはねようと動くディアボロを薄く笑って、エリーゼは光焔の槍で貫いた。
ヴィルヘルミナが弓を引き絞ったときには既にディアボロは崩れ落ちていた。
「ここからが正念場だな」
ヴィルヘルミナはバルバトスボウを氷晶霊符に持ち替える。
そう、この4人はディアボロを4人に任せ、表の翼竜へと向かうのだ。
未だ2体のディアボロは攻撃をかいくぐり、また生徒の首を跳ねたというのに。
やめて、という大きな声がした。
「詩織……?」
女生徒の1人がふと声をあげた。
「ほう。詩織嬢を知っているのかい、お嬢さん」
ヴィルヘルミナが尋ねると女生徒はヒステリックに叫んだ。
「あの子は呪われてるのよ! 家族を全員天使に殺されたのに一人のうのうと生き残って」
「詩織なの!? 詩織のせいで私達殺されるの!?」
次々と女生徒たちの間に感情が伝播していく。
「あの時助かったんだからいいじゃない、どうして詩織が死なないの!?」
違う、と涼介は声をかけたかった。
涼介もとある撃退士に命を助けられたが、その撃退士が命を落としてしまったという経緯がある。誰かの命の犠牲の上に自分の命が存在しているのは、今の詩織と同じだ。
だからこそ、気にするな、と詩織に声をかけたかった。
(詩織が命を差し出したとして皆助かる保証はない)
とは言え、涼介と逆の思いを抱く撃退士もいる。
(正直なところ数字だけで言えば1人の犠牲で50人が助かるなら別に人質なんて無視すれば良いと思います)
率直なことを感じているのはエリーゼだ。それも正しい。
(でもそれをやってしまうと撃退士と私の世間体がちょっとー……)
世間体を気にする天使というのも珍しい。
(生きる意志、生を願う心……それは人も天魔も、生命ある存在なら全て同じ。なら、生きる事、それが『本当』の正義?)
疑問視するのは七佳。彼女は全てにとっての「正義」――「本当の正義」を探し求めていた。
それぞれの思いを抱いてセーレのゲームは第2ラウンドに入る。
●
体育館に残った4人は苦戦していた。
足止めや牽制がまるで効かない。ディアボロは命を賭して生徒たちを殺しにいっている。
九十九はディアボロの動きを止めるために全力移動で生徒を庇う。生徒を狙って放たれた一撃は九十九に当たり、九十九はダメージをその体に受ける。
(……やれやれ、随分と好き勝手にやってくれるさねぇ)
軋む体を動かしながら九十九はさて、と思案する。
九十九はもともと支援型だ。高ダメージの一撃を叩きこむには、まだディアボロにダメージが蓄積しておらず諸刃の剣になる。
相方になる涼介のストレイシオンも防御型だ。つまり二人は完全な足止め策を用意してディアボロに対峙していた。
(ここまで人を殺すことに執念を持っているとはねぃ)
実際のディアボロは「足止め」では足りなかった。「庇い」つつ「撃破」が必要だった。
それは涼介も感じていた。
九十九を攻撃したディアボロは別の生徒に肉薄する。今度は涼介がストレイシオンを全力で移動させる。ストレイシオンへのダメージは涼介の体にも響く。痛みの中で、涼介はマスターガードを発動させる暇もないことを悔やむ。
その隙に九十九がコンポジットボウでディアボロに攻撃する。
そうするとディアボロはまた人間を狙い、九十九が全力で庇い――堂々巡りだ。
(こちらが消耗するだけさねぇ。さぁ、どうするか――)
どこか他人事のように思いながら、九十九は攻撃と回復のタイミングを図っていた。
一方攻め続けるのは挫斬だ。くつくつ笑いながらチタンワイヤーでディアボロを切り刻んでいく。
「僕が言うのもなんだけど、守ったら負ける。からね」
洸太の言葉も一理ある。ただ、事前の策と違うのは洸太が守るのは挫斬ではなく生徒たちだ。なにせ、切り刻まれてもディアボロは生徒に肉薄し首を跳ねようとする。全力で庇っても、毎回それができるわけではない。犠牲が少ないうちに挫斬がディアボロを倒すことを祈るしかなかった。
足元がぬめり、独特の鉄錆のような匂いを感じて洸太は眉を寄せる。
(僕たちは、倒すしかない。――それが、犠牲の上に成り立っても)
また、悲鳴が上がる。
「やめて、もうやめて、やめて!」
翼竜の傍に行くと4人の耳に飛び込んできたのは詩織と思しき少女の叫び声だった。
七佳と秀虎が下で構えたのを確認してから、エリーゼとヴィルヘルミナは翼を広げて飛び立った。
エリーゼは翼竜の背後へ、ヴィルヘルミナは符を握りしめ、翼竜の正面へと回る。
「小手調べだ」
ヴィルヘルミナは符を翼竜の羽めがけ弾く。するとその符を防ぐように詩織を捕らえたままの翼竜の鉤爪が動いた。ヴィルヘルミナの符のほうが一瞬速い。翼竜の羽に氷の刃が突き刺さる。
翼竜は詩織を振り回しながら鉤爪でヴィルヘルミナを狙う。詩織の悲鳴。ヴィルヘルミナはそれを回避すると躊躇うことなく全ての力を己の翼に込め、翼竜の鉤爪に肉薄、詩織に抱きついた。
「お待たせしたねお嬢さん、キミを攫いに来た。しっかりと私に抱きついていたまえ」
「撃退士さん……」
詩織は涙でくしゃくしゃの顔をヴィルヘルミナに向けた。
「あたしね、家族が天使に殺されたから、家族みんなの分まで生きなきゃって、だから死にたくないって思ってたんです」
「それで結構」
ヴィルヘルミナは符を用意しながら答える。詩織は首を振った。
「でも、もういいかなって」
「駄目だ。前を見ろ! 生きたいと叫べ! その魂の輝きを私は求めて此処まで来た!」
「撃退士さん、ありがとう。友だちがそう言ってくれたらよかったのにな」
詩織は涙でくしゃくしゃの顔で笑うと叫んだ。
「もういいよ、あたしを殺して!」
「ふ〜ん、つまんないの」
突如近くで聞こえた声にヴィルヘルミナははっとした。
翼竜の鉤爪に座るようにして、セーレが銃を構えていた。
「お子様はとっとと帰るがいい」
「そうは行かないよ、先輩。その子が殺してって言ったから」
銃弾が迷うことなく放たれる。ヴィルヘルミナは咄嗟に詩織を強引に抱きかかえた。ヴィルヘルミナの腕から血が飛び、符が離れる。
「あ、四国でビビッて逃げた子だ! 覚えてる? アナタを聖槍を撃ち落したんだけど? 逃げるのに夢中で覚えてないかな? でも今回は盾になってくれる狼はいないのに出てきていいの?」
挫斬がセーレの気を引こうと大声で叫ぶ。その間にフリーになったディアボロはまた一人の首を跳ねた。
「駄目だ、今は挑発している場合じゃない」
洸太は生徒を庇い続けているため、満身創痍だ。
セーレはにやにやと挫斬を見下ろす。
「弱い犬ほどよく吼えるんだよね」
「私こそ弱いもの虐めは好きじゃないけど来るなら解体してあげる。それとも前みたいに逃げる?」
「何言ってんのー? ゲームは終わったんだよ」
ヴィルヘルミナは抱えた詩織を下に落とそうと地を見る。七佳と秀虎がOKのサインを出し、エリーゼが援軍としてヴィルヘルミナのほうへと飛んできたときだった。
わずかな隙を狙って詩織が動く。それは自ら死ににいくように、ヴィルヘルミナの腕から上体を起こして。
そこをめがけてセーレはトリガーを引いた。銃弾は過たず詩織の胸を貫いた。
詩織の胸から真紅の花が咲いた瞬間、全てが消えた。
セーレも、翼竜も、ディアボロも。
まるで全てが悪い夢だったかのように。
「詩織嬢!」
ヴィルヘルミナは腕の中の少女を揺さぶる。
「撃退士さ……ありが……嬉しかっ……」
掠れた声。エリーゼは体育館の中を見る。確かに、生徒が死にすぎた。
ディアボロの足止めを侮っていたのが敗因だろうか、それとも。
涼介はゆるく首を振る。
「気にするな。お前のせいじゃない」
零す言葉は自分に言い聞かせるように。
九十九も涼介も洸太も、立っているのが不思議なくらいのダメージを受けている。
「天魔が人を狩り、食べる事は否定しません……でも、何の糧にもせず、ただ殺す。それは『悪』だと断じますッ!」
セーレが消えた宙に向かって七佳が叫ぶ。応えるものはいない。
「戦場(いくさば)に余興を持ち込むと、随分と下らんことが好きなようだな」
秀虎は呟くように空を見上げた。
ヴィルヘルミナは冷たくなっていく体を温めるように詩織を抱きしめる。
最期に詩織が笑ったのがせつなくて、ヴィルヘルミナは唇を噛み締めた。
「お前が生きようとしたことは、間違っていないよ」
涼介はぽつりと呟いた。