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マスター:さとう綾子
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/06/06


みんなの思い出



オープニング

●その病院の、現状
 3階建ての病院の最上階から突然巨大な蜘蛛が入ってきたのは数分前だった。
 その病院は1階が受付や診察室、2階と3階が入院病棟になっている。
 巨大な蜘蛛は糸を吐き出すと入院患者たちを次々と捕らえ、自分の巣を大きくして進んでいく。
 その後から小さな蜘蛛がざっと20匹以上。巨大な蜘蛛が漏らした人間を齧り、巨大な蜘蛛へと捧げるように連れて行く。
 その蜘蛛の行進が止まったのは2階か3階か。生きて戻ってきた者がいないためわからない。
 ただ、小さな蜘蛛が10匹前後1階へと降りてきて人間を乱獲しはじめた。巨大な蜘蛛へ捧げられる者もいたが、走って逃げる人間も少なからずいた。
 まだ小さな蜘蛛は知能も発達しておらず、脚も遅いようだ。
 とは言え、病院全体が蜘蛛の巣となるまでそう時間はかからないだろう。一刻の猶予もなかった。

●久遠ヶ原学園の、対応
「人数を投入します」
 斡旋所の女性はそうきっぱりと言った。
「撃退庁の話によると敵は蜘蛛のサーバント。知能も低く、脚も遅く、相対的に強くはないだろう子蜘蛛が24匹。そしてそれを統括する巨大な蜘蛛のサーバント――おそらく知能も高く、脚も速く、かなり強いだろう親蜘蛛が1匹。合計25匹」
 どうやら数が多いため、久遠ヶ原学園へと話がまわってきたらしい。
「子蜘蛛のほうは一人で相手どっても十分に勝てる相手です。数が多いため煩わしいですが、負けることはないでしょう。ですが問題があります」
 斡旋所の女性は指を3本立てた。
「1つ目はまだ避難を完了していない人間が入り口付近に6名いるようです。皆、足腰は丈夫でパニック状態になっているだけで、こちらが落ち着いて誘導すれば救出は可能でしょう。この方々の安全な避難を行うこと」
 入り口に近いところにいるため、救出自体は難しくないだろう。だが、子蜘蛛がそれを阻むはずだ。救出を行う担当と子蜘蛛を相手取る担当が必要になる。
「2つ目は親蜘蛛は数人で相手をしても勝てるかどうかわからない上、2階にいるか3階にいるかもわからないことです。ですが親蜘蛛を迅速に倒せば巣に捕らえられた患者さんたちを救い出すことができます」
 こちらは激戦となるかもしれない。しかも子蜘蛛が援軍として参加する。上手な分担が必要だろう。
「3つ目は時間が経てば子蜘蛛が病院を出ていき、被害を拡大する恐れがあることです。つまり、子蜘蛛も24匹のうち1匹も討ち漏らしがあってはいけません。ちなみに蜘蛛ですから3階や2階からも出入りできます」
 数が多いため大変な戦いだが、被害の拡大を防ぐ意味ではこれが一番大事なことかもしれない。
「1階、2階、3階のどこへ行くか、どの問題に当たるか、決めることは多いですが、一人で対処するわけではありません。25人で当たればどうにかなる案件だと思います。人命救助のためにも、力を貸してください」
 斡旋所の女性はそう言って、資料を手渡した。


リプレイ本文


 現場に着いた撃退士たち、ほとんどの者は1階から病院へと飛び込んだ。
「3階から回る。後で会おう!」
 そう言って壁走りを使ったのは大路 幸仁(ja7861)。彼の他にも数人の天使・悪魔たちが翼を広げ、2、3階へと直接向かった。
 入り口付近には事前情報にもあったとおり一般人が6名。それを追い詰めているのは子蜘蛛が6匹。
「早く助けてあげたいね……」
 ケイン・ヴィルフレート(jb3055)は一般人と子蜘蛛の間に立つ。その場に残ったのはケインを入れて5名。残りのメンバーはそれぞれの戦場へと走っていく。
 ここに6匹いるということは子蜘蛛はあと18匹。
(傷病者を襲うとは、創造主の小賢しさゆえか)
 上雷 芽李亞(jb3359)もケインと同様に一般人を背に守る。
(浅知恵など遠く及ばぬ、人の子の気高き精神を見るがいい)
 人を尊重する天使、芽李亞らしい思いだ。
「久遠ヶ原学園の者だ」
 要救助者に告げると6名は一様にほっとした表情を作った。
「怪我は無いか?」
 6名に寄り添うのは三島 奏(jb5830)だ。芽李亞は人である奏を見て、後を託すように子蜘蛛に向き直る。
 奏の声は女性にしては大きく低めだ。その声はパニック状態にあった6名を落ち着かせる。できるだけ明瞭に発音するよう心がけ、奏は言葉を続けた。
「蜘蛛からはあたしらが護るから、足元だけは自分で気をつけてな」
 奏はそう言って、突入前に確認した院内見取り図を思い出す。6名のうち、一人も漏らすことはできない。実は避難誘導は責任のある大事な役割だ。
「こっちだ、付いてきて」
 奏が6名を先導しはじめた途端、子蜘蛛が動いた。
(早く、助け出さないと!)
 レリア フェリス(jb5767)はナックルを嵌めた拳を握り締める。
 人間が好きだから、と言う悪魔のレリア。
(好きだからこそ護り、助けたい)
 だからこそ、ナックルで1匹の子蜘蛛に躍りかかる。いいパンチが子蜘蛛に当たった。
「援護するのです!」
 自分の身の丈ほどあるコンポジットボウの弦をきりきりと引いて、矢を射るのは礼野 明日夢(jb5590)。明日夢と共同戦線を張る音羽 海流(jb5591)も明日夢と同じ敵に斬りかかった。その一撃で子蜘蛛は動かなくなる。
「屋外まで付き添ってあげて。院内は危険だ」
 ケインは奏へと声をかけると噛み付こうと飛びかかってきた子蜘蛛をシールドで押さえる。そのままケインも要救助者を守るように後退を始めた。
 追いかける子蜘蛛を芽李亞はウイングクロスボウで狙う。子蜘蛛は蜘蛛らしく、縦横無尽に動きまわるがあらかじめ注意していた芽李亞には脅威にはならない。
 前衛のレリア、海流、後衛の明日夢、芽李亞というバランスもよかった。明日夢と芽李亞が足止めした子蜘蛛にレリアが殴りかかり、海流が斬りかかる。全員で的をひとつに絞るという暗黙の了解も上手く機能していた。確実に子蜘蛛を倒していく。
 だが、子蜘蛛は素早い。奏が付き添っても要救助者は一定の速度でしか進めない。ケインがシールドを活性化させて子蜘蛛の攻撃を受け止めるが、限界はある。
 そのとき、1匹の子蜘蛛が逃走をはかった。まだ2匹の子蜘蛛は要救助者を狙っている。一瞬迷う4人。
「そこ、危ないよ」
 不意に逃走を図った子蜘蛛にウイングクロスボウの矢が突き刺さった。海流がすかさず足を止めた子蜘蛛に斬りかかる。
 遠くから援護に加わったのは秋月 奏美(jb5657)だ。明日夢はそれを察知すると要救助者を狙う子蜘蛛を射抜いた。明日夢に続き、レリア、芽李亞も要救助者を狙う子蜘蛛に照準を合わせ、協力して倒していく。
 奏美がいち早く逃走を図った子蜘蛛に気づいたのは、突入後、奇襲に気をつけ、周囲をよく見渡していたからだった。今回が初陣だからこその注意深さだろう。また、極力フォローに回ろうと動いていたこともあるかもしれない。
 逃げる子蜘蛛は海流に噛み付こうとするが、海流はそれを回避。
「やらせない」
 すかさず奏美が矢を射、海流はカウンターで低い態勢から横薙ぎで子蜘蛛を切り裂く。その一撃で、子蜘蛛は動かなくなった。
「えっと……ありがとう」
 海流が奏美に礼を言ったときには、もう奏美は次の敵を探すために背を向けていた。今までの戦場を振り返り、キャンディを口に放り込み、微笑む。
「頑張ろうね」
「はい!」
 海流も笑みを浮かべると、一緒に戦っている明日夢のほうへと駆け戻っていく。奏美はそれを眺めてから口の中でキャンディを転がし、手鏡を利用して死角に注意しながら廊下を進んでいった。
 一方で、明日夢、レリア、芽李亞の3人が最後の子蜘蛛を仕留めたと同時に、ケインと奏は無事に6人の要救助者を病院の外へ出すことに成功していた。
 奏が安堵の息を吐いている間にもケインはてきぱきと病院の外にいた撃退庁の人間に要救助者を託しながら、治癒が必要そうな人間がいるか確認する。
「大丈夫そうだね、お疲れ様」
「うん、お疲れ様」
 ケインと奏がとりあえずの労をねぎらっているとケインの持っている携帯が鳴った。
「ケイン? リーリアだけど」
 リーリア・ニキフォロヴァ(jb0747)はケインが連絡を取り合う仲間の一人だ。
「救助は無事に終わったよ。そっちはどう?」
「今は3階にいるわ。子蜘蛛は1階と2階に多かった感じね。親蜘蛛はまだ見つけていないの」
「わかった、エリン達に連絡を取ってみてから合流するよ」
「お願いね」
 リーリアとの通話を終え、ケインは奏を見た。
「君はどうするの?」
「あたしは……他に救助者がいないか確認しながら、手薄なところに合流するくらいしか考えてないな」
 なにぶん、奏は初依頼で戦闘は不得手だ。要救助者を無事脱出させることしか考えられなかった。
「親蜘蛛を退治すれば、要救助者は確実に出るよ。そこへ向かうの手かもしれないね」
「なるほど。じゃあ、あたしも向かってみるよ」
「うん、私はこのまま3階へ向かうから、現地で会おうね」
 ケインはにっこりと笑うと背から天使の翼を広げた。そのまままっすぐ上空へと飛び立つ。
 奏はそれを目を眇めてみると、気合を入れなおして、再度病院の中へと入っていった。
 同じ頃、海流、明日夢、レリア、芽李亞の4人も「お疲れ様」を言い合っていた。
「……はい、入り口で子蜘蛛を6匹仕留めました。あと18匹です」
 明日夢が携帯をかけているのは部の先輩である神谷 託人(jb5589)だ。
「ボクは外から病院を見回ります! 外壁を伝い降りてる子蜘蛛がいるかもしれませんから! 海流君は……」
 明日夢は海流に携帯を渡した。
「このまま3階まで上がって、出会った人に倒した子蜘蛛の数を尋ねていく予定です。随時連絡します」
「うん、頼みました。私も合計数を確認してみますね」
 託人の声は穏やかに響く。この3人と天川 月華(jb5134)は同じ部活ということもあり、子蜘蛛の討ち漏らしがないように互いに連絡を取り合うことになっていた。月華は今、親蜘蛛を探して、その周囲の子蜘蛛の数を確認するため行動しているはずだ。
「二人はどうするの?」
 明日夢がレリアと芽李亞に尋ねると、芽李亞はきびきびと答えた。
「私はこのまま子蜘蛛退治を続けながら上階を目指す予定だ」
 芽李亞は天井を見上げる。残念ながら期待していたような吹抜けはなく、羽を使っての内部移動は諦めざるをえないようだ。
「私は外から再侵入して親蜘蛛の巣を探すつもりなの」
 レリアはおどおどと答える。
「私も、子蜘蛛の数を数えようと思ってたから、二人に協力するよ」
「助かります」
 明日夢とレリアが携帯の番号を交換したところで、四人は解散した。
 海流は人に会えば子蜘蛛を倒したか聞きながら上階を目指し、芽李亞は死角に気を配りながら子蜘蛛を探す。
 外に出たレリアは悪魔の翼を広げ3階まで羽ばたいていき、明日夢は病院の外壁を注意深く見て回る。幸いにしてまだ子蜘蛛は外に出ていないようだが、いつ外に現れるかわからない。
 阻霊符を使うと言っていたものが何人かいたため、出るとしたら窓からになるだろうが……。
 明日夢は携帯を握りしめ、持久戦に入った。

 その頃、ケインから電話を受けたエリン・フォーゲル(jb3038)は、幸仁と一緒に行動していた。最初の侵入時に3階の窓から突入した者の一人だ。
「3階は確かに子蜘蛛は少ないみたいです。まだ階段を使って3階まで来ている人も少ないです」
 幸仁は慎重に周囲を進みながら、部屋を覗き見る。子蜘蛛の気配もない静けさが、逆に不気味だ。
(どこに隠れている……)
 幸仁は静かに歩を進めながら、隣の部屋を覗きこんだ。どうやらそこは大部屋だったらしい。ベッドが倒れ、点滴の袋が転がり床に水たまりを作っている。
「はい、こちらは大丈夫ですので、リーリアさんと合流を――」
「いや」
 幸仁は部屋の中央を顎で指した。
「親蜘蛛班は3階に集結するように言ってくれ」
「え……」
 そこには大きな巣を張り、その巣に8人の人間を張り付かせた親蜘蛛とそれを守る4匹の子蜘蛛がいた。
 幸仁は親蜘蛛を睨みつける。
「彼等は返してもらうぞ蜘蛛共」


 1階で子蜘蛛と対峙したのは三島 博貴(jb5524)だ。
 病院突入と同時に阻霊符を使うと先行して進み、救助組とほぼ同時刻に戦闘に入っていた。
 真っ先に突撃してきた博貴を狙って2匹の子蜘蛛がやってくる。
「あなたが子蜘蛛様ですか」
 子蜘蛛はもちろん答えない。
 博貴の口調は経歴が影響していた。
 何しろ、服装が革靴、ネクタイを締めたスーツ姿。どこから見てもサラリーマンである。その愛想笑いも含めて。
 まるでビジネス書にも見える魔法書のページを繰ると博貴は営業スマイルを絶やさずに口を開いた。
「真に申し訳ないですがお死にください」
 一列にならんだ子蜘蛛に炎の球体が打ち込まれる。子蜘蛛の体が発熱する。
 博貴が距離を取ると追ってきたのは鎌田 潤(jb5849)だ。
(蜘蛛にまつわる神話って、なんだったけか?)
 そんなことを考えながら紺碧珠を構え、撃つ。水の刃が動きの鈍くなった子蜘蛛に命中し、1匹が動かなくなった。
「討伐完了だし」
「まだ来ますね」
「蜘蛛に食べられるのはお断りじゃん」
 動きの鈍くなった子蜘蛛の後ろから、ぞろぞろとまた2匹の子蜘蛛が現れる。
 潤が水の刃で1匹の息の根を止めると、博貴はまた魔法書のページを繰った。
「元、営業マンをなめんじゃねー!」
 魂の叫びと同時に放たれる炎の球体はまた2匹の子蜘蛛の動きを鈍らせる。
「しつこいし」
 潤は一言でばっさり切り捨てると水の刃で1匹ずつ、2匹を屠った。
「次、行ってみるじゃん」
「ああ、そうですか。頑張ってくださいませ」
「ん? 行くんじゃないんすか?」
「私は1階を殲滅してから2階へ行こうと思います」
「ふ〜ん。頑張れっす」
 潤にとっては1階はまだ序の口だ。力も温存している。1階で全力を尽くし、子蜘蛛を殲滅するのも一つの連携プレイだろう。
「じゃあ行ってくるっす」
 ひょいひょいと足取り軽く、潤は先を急ぐ。
 博貴は死角などを確認しながら、1階を徹底調査する。1階の子蜘蛛の全滅を確認するまで、博貴の戦いは続く。

 初の実戦を腕試しと考えたのは藤村 将(jb5690)だ。
(本物の異種格闘技戦だ! 楽しみだな)
 何しろ、将は格闘オタクの気質がある。メインで活動しているのは空手だが、空手以外にもキックやサンボ、プロレス技を使うのが大好きだ。
 だからこそ自分の力を試してみたい。1VS1で子蜘蛛と戦ってみたい。その思いでこの病院へとやってきた。
 1階の奥へと進んでいくと、柱の影に子蜘蛛が潜んでいるのがわかった。
 バトルの始まりだ。
 武器は自分の肉体と技とナックル。
 こちらへと向かってくる子蜘蛛の攻撃を見極め、糸をわざと腕に巻き付かせる。その腕をぐいと自分のほうへ引き寄せると、同時に引き寄せられた子蜘蛛の背を裏拳で打つ。手に鈍い痺れが走るが、子蜘蛛の背がひしゃげているのがわかった。
「デカイだけの蜘蛛なんて、思いっきり殴ればノック・アウトだぜ!」
 そのままもう一発、言葉どおり思いっきり突く。その一撃で子蜘蛛は動かなくなり、腕から糸が垂れ下がった。
 将は一息つくと視線を走らせる。天井から糸を使って降りてくる子蜘蛛が見えた。将の斜め後ろ、子蜘蛛なりに隙を伺っての攻撃なのだろう。
 将は一声発すると子蜘蛛に向かって横蹴りを放った。糸が切れ、子蜘蛛が反動で吹っ飛ぶ。その動けないところを狙って、肘を落とした。肘にひしゃげた感触が伝わり動けない子蜘蛛が目に入る。
 将の完全勝利だ。だが、まだ足りない。もっと戦ってみたい。
 そう思っている横を海流が何匹倒したか聞きながら通り過ぎ、博貴がきょろきょろしながらやってきた。
「どうやら1階の子蜘蛛はこれで全部のようですね」
「どこへ行けば子蜘蛛に会えるんだ?」
「さあ、まだ上の階にはいるかもしれませんね」
「よし、俺は上へ行く!」
 まだ強い敵を探すために。博貴が1階の子蜘蛛の数を託人に携帯で報告している間に、将は2階へと走っていった。

 建礼門院・入道二郎(jb5672)は悪魔の翼で2階から強行突入した。
 髪の毛がなく、筋骨隆々、しかもグラサンをかけ、悪魔の翼を生やした姿はかなり強面だ。
「さて」
 3階から突入した者はいるが、2階から突入したのは入道二郎だけだ。1階から階段を使ってくる人間もいまだおらず、入道二郎は2階を観察しながら堂々と歩く。
 目端に何かが横切ったのは2階もだいぶ奥へと行ったところだった。
 数は1匹。複数いれば必要以上に突出せず連携で倒そうと思っていたが、1匹であれば1人でも倒せるだろう。
 ストラスクローを嵌めた手が一閃すると赤色の刃が浮かび上がる。この武器の特徴は格闘武器なのに魔法攻撃ができることだろう。鈍色の刃よりアウルの力で浮かび上がる赤色の刃のほうが殺傷力がある。
 子蜘蛛に命中するも、致命傷には至らない。
 入道二郎は冷静だった。子蜘蛛の仕草に注意すると口元をむぐむぐしているのがわかる。
(糸か)
 糸が吐き出された瞬間にストラスクローが寸断する。そのままカウンターで赤色の刃が子蜘蛛を貫いた。
 安心するも束の間、目端でまた影が動く。
「何匹来ても同じだ」
 縦横無尽に動きまわる子蜘蛛を身軽なフットワークで追う。口元が開けば噛み付いてくるのだろうとストラスクローで薙ぎ払った。
 そのまま赤色の刃が子蜘蛛を追い詰める。今度は子蜘蛛が糸を吐き出す直前に再び薙ぎ払った。子蜘蛛は壁に激突し、そのまま動きを止める。
「呆気ない」
 だが、これを24匹倒さねばならない。入道二郎は2階をくまなく探し始めた。

 速水啓一(ja9168)は背中を預けられる友が一緒だ。
(君がいるなら百人力だ……何も、心配することはないね)
 そこまで信頼されているのはガルム・オドラン(jb0621)。ガルムにとっても啓一は旧友の一人。信頼と……そして心配をしている。
 啓一はガルムほど喧嘩慣れしているわけではない。然しその手腕には迷いない信頼を置いている。
 二人は2階で4匹の蜘蛛を相手取っていた。
 始めは蜘蛛は2匹だった。1匹倒す直前に背後からの気配に気づき、二人は背中合わせになった。
「ガキ共にみっともねェとこは見せらんねぇな。ま、軽ーくぶっ潰してよ、さっさと終わらせちまおうや」
 4匹相手どっても軽い口調のガルムに啓一はくすくすと笑う。
「オドラン君らしいね。とても頼もしい」
「ありがとよ。さ、行くぜ!」
 ガルムはツーハンデッドソードをぶんっと横薙ぎにし、まず弱っていた1匹にとどめを刺す。
 啓一はシャルラッハロッドで魔法を放つ。もともと魔法を使い慣れた啓一にとってはやりやすい戦い方と言うべきだろうか。
 2人が力を温存するには訳があった。2人とも戦い慣れしていない若い参加者をフォローすることも考えているからだ。それは年長者の使命でもあり、連携のひとつの形だ。
 ただ、現在の2人に問題があるとすれば、子蜘蛛が意外にもすばしっこいことだろう。当たればガルムなどはほぼ一撃で倒せるのだが、大剣に必ずつきまとう問題としてなかなか当たらない。啓一に関しては魔法で捕らえられるのだが、威力がもうひと息足りない。
「こンの、ちょろちょろと……!」
 ガルムが振った大剣が子蜘蛛に当たった。動かなくなったのを確認して啓一に加勢する。
「オドラン君、すみません」
「謝るなって。あと少しだろ」
 子蜘蛛はガルムの腕めがけ糸を吐いてくるが、ガルムはそれを切り裂いた。その隙を狙い、啓一がロッドからアウルを放つ。命中するも、動きを止めるまではいかない。そこをガルムが大剣で上から突き刺した。
 もう一匹の子蜘蛛は啓一を噛み付こうとするが、当たらない。カウンターで啓一がロッドを降ると力の塊が風のように子蜘蛛を薙ぎ払った。ガルムが一歩踏み出すが、もう子蜘蛛は動いていない。
 2人は労いの言葉もなく頷きあった。まだ倒すべき子蜘蛛も見守るべき参加者も多くいる。全てが終わるまで2人は廊下を進んでいく。

 3階――正確に言えば3階の階段を登り切ったすぐのところで子蜘蛛の掃討をしているのはリーリアだ。
 先刻ケインと電話を終え、階段の死角外を注意深く調べたところ、1匹の子蜘蛛がかさこそと動いていた。
 子蜘蛛まではリーリアの戦いやすい距離だ。慎重にヨルムンガンドを構え、撃つ。子蜘蛛に命中し、気づいた子蜘蛛がリーリアのほうへ移動してくるが、届かない。
(この距離なら……)
 リーリアは距離を一定に保ちながらもう一度ヨルムンガンドを構えた。照準を合わせたとき、突然、その照準いっぱいに子蜘蛛が映る。
「きゃっ!?」
 反射的に後ろへと飛び退いた。天井から蜘蛛が糸を伝い降りてきていたのだ。戦闘前は天井も注意していただけにこの不意打ちはリーリアには悔しい。
 けれども、驚きはしたが、慌てはしない。ヨルムンガンドを構え、まずは弱った一匹を叩く。天井から降りてきた一匹がリーリアに接近してくるが、リーリアも全力で後退しながら照準を合わせ、撃つ。
(無茶はしないで一匹ずつ、確実に)
 そうして、2匹目の子蜘蛛が近づく前にリーリアは倒しきったのだった。
 ケインと合流し、3階に親蜘蛛がいることをリーリアが知るのはそのすぐ後のことだ。

 託人の元へ続々と連絡が入る。
 入り口に6匹。
 1階に6匹。
 2階に6匹。
 3階に2匹。
 親蜘蛛の元に4匹。
 どうやら表には逃さずに済んだようだ。
 託人は明日夢に連絡をすると3階へ来るように伝える。
 そこは決戦の場だ。


 1階から上がり2階の探索を始めた織雅 柊羽(jb3486)は悪魔らしく各部屋を透過能力で渡って行こうと計画していた。ところが隣の部屋へ行こうとすると壁に体を打ち付ける。
 複数名が阻霊符を使用しているため、それが味方の悪魔にも影響してしまうのだ。
 仕方なく闇の翼で上部から子蜘蛛を避けるように探索をする。
 2階から探索していたのは九十九 癒姫(ja9119)も同じだった。
(参りましょう……大丈夫です、仲間がいますから!)
 癒姫はその仲間を信じ、同時に信じられていた。それはこまめに親蜘蛛対処班のメンバーと連絡をとりあっていたからだ。
 だからこそ3階で親蜘蛛が見つかったという情報も2階探索組の中で一番に入手できた。
 場所と目印を尋ねると全力移動で3階へと向かう。勿論、他の親蜘蛛対処班のメンバーに声をかけるのも忘れなかった。
 柊羽と癒姫と分担して2階を探索していたのは斬ケ峰 緋流(jb5608)だ。分担は緋流が言い出したことだ。2階で親蜘蛛が見つかったら3人で力を合わせようとも提案した。子蜘蛛を避け、2階を探索していると癒姫から連絡があった。
「親蜘蛛は3階ですか……」
 少し残念な気持ちもあったが、3人の連携がこれで終わったわけではない。これからが本番だ。
(皆で声を掛け合って連携技でやっつけましょう!)
 ぐっと握りこぶしを作ると緋流は3階へと走った。
(一番人数が多く集められる場所……2階中央部の大部屋辺りが可能性高いかも)
 病院突入前に院内見取り図を見ていた月華はまっすぐに2階へと向かった。自分の勘を信じて大部屋を覗きこむ。だが、そこには子蜘蛛もおらず、ただ荒れた病室が静かに存在するだけだった。
(他に可能性が高そうな所は……3階中央部の大部屋でしょうか?)
 そう当たりをつけると月華は迷わなかった。今度は階段へと走る。その途中で癒姫と一緒になり、同時に託人から電話もかかってきた。
(やっぱり3階の大部屋……!)
 急く気持ちを抑えながら、月華は走る。

 3階から侵入したクリスティン・ノール(jb5470)とユウ・ターナー(jb5471)の天使と悪魔コンビは幸仁たちとは分かれて突入していた。開いている窓がなかったので乙女二人で蹴破ったのは二人だけの内緒だ。
「外壁に子蜘蛛はいなかったですわね、ユウねーさま」
「うんうん。まだ全匹中にいるのかな?」
 キョロキョロと周囲を偵察しながら二人で廊下を歩いていれば、先に中央に到達した幸仁たちが部屋を覗き込んでいる。
 部屋の真ん中に親蜘蛛。前と後ろに2匹ずつの子蜘蛛。親蜘蛛は幸仁たちのほう――2階から登ってくる階段側を向いている。
「ユウねーさま、これって足止めのチャンスでしょうか?」
「うーん。まだこっちの戦力も揃ってないし、もうちょっと待ってみようか、クリスちゃん」
「子蜘蛛だけでも倒したいですわ」
「あ、それは言えるー!」
 とは言え、倒した時点で親蜘蛛にばれそうである。クリスティンとユウは幸仁とエリンと目配せをしながらタイミングを図る。
 まっすぐ3階に向かってきたのはBeatrice (jb3348)も同じだった。悪魔だが羽を使わず、階段を駆け登ってきた彼女は幸仁とエリンの後ろ姿で状況を察したらしい。
「いるのぢゃろうか?」
 『何が』とは言わない。エリンが頷くとBeatriceはそっと部屋を覗きこんだ。
 親蜘蛛は予想以上に大きい。子蜘蛛もいる。
(親蜘蛛とのバトルは仲間が集まってから仕掛けた方が良いのぢゃ!)
 クリスティンとユウを見ると彼女たちも同じ心持ちらしい。
(人生の先輩として若き撃退士を見守りたいと思うたのぢゃが……)
 年齢こそBeatriceのほうがエリンやクリスティン、ユウよりも上かもしれないが、なかなかどうして。
(皆、しっかり撃退士の顔なのぢゃ)
 なんだかそれが嬉しく、同時にだからこそ見守りたいと思うBeatriceだった。
 まっすぐに3階へ来たのは馳貴之(jb5238)も同じだった。アサルトライフルを小脇に抱え、子蜘蛛をひょいひょいとかわし、3階へと到着する。
「ん? お前ら何やってんだ」
 2階組を待っている5人を眺めると貴之はにやりと笑った。
「はは〜ん、怖気づいたな。わしにかかれば馬も任務も一発必中よ」
「違う、これだけの人数で突入するのは――」
 幸仁の制止も聞かず、貴之は部屋の中へと入ってしまう。
 親蜘蛛が、子蜘蛛が、その複眼すべてに貴之を映した。
「ほれほれ」
 そして、糸に捕らえられている人間を無視して親蜘蛛へとアサルトライフルを乱射し始める!
「やめるのぢゃ!」
「やめて!」
 Beatriceとエリンが慌てて一般人の盾になり、幸仁が貴之を押さえ込んだ。
「なにするんだ、要救助者を殺す気か!」
「わしは流し撃ちも流し買いもしない主義だ。勝負は一点集中!」
 確かに流れ弾はBeatriceとエリンが盾になったおかげもあり、一般人を巻き込むことはなかったが人数の揃わぬうちに戦端が切られたのは確かだ。
「行くしかないですわ、ユウねーさま!」
「ゴーゴー、クリスちゃん!」
 ユウとクリスティンは2人に向かってくる子蜘蛛をまずは相手取る。クリスティンが淡く発光した剣で子蜘蛛を切り裂けば、ユウが弓で追撃をかける。
 Beatriceが貴之からアサルトライフルを取り上げている間に幸仁は親蜘蛛を振り返る。
(一般人だけ救出している時間はない。ならば)
 穿蛇扇風をびしっと親蜘蛛につきつけ、口を開く。
「俺が相手だ、こっちに来てみろ!」
 扇は風をきって親蜘蛛に当たり、幸仁の手の中に返ってくる。蜘蛛の巣が揺れる。
 エリンは迷った末、幸仁に糸を吐き出しかけていた子蜘蛛に新緑のような糸を投げつける。それは子蜘蛛の体を裂き、体液を流させる。
 親蜘蛛は太い糸を幸仁へと吐き出した。幸仁が回避をしようとしたとき、飛び込んできた影。
「私は九十九、一の刃の為の光!」
 癒姫が盾を構え、硬い防御の姿勢をとっていた。2階組が合流したのだ。
「遅くなりました!」
 緋流の声が明るく響く。
「さあさあ、連携技でやっつけちゃいましょう!」
 言うが早いか癒姫の背後から緋流は飛び出し、アウルの力を燃焼させ、小刀を一閃する。
 柊羽は闇に紛れるように姿を消すと糸に絡まっている要救助者の元へと近づいていく。Beatriceも今回はフォローに徹すると決めているため、自然と闇に隠れた。
 遅れて飛び込んできた月華も、
(治したり援護しかできませんから)
 癒姫の全身を透明なヴェールで覆う。
 ユウとクリスティンは見事なコンビネーションで2匹の子蜘蛛を倒すと、親蜘蛛の背後から攻撃を開始した。
 クリスティンの武器から銀色の焔が上がり、高速の一撃を放つ。その攻撃を縫うようにユウが矢を射掛ける。
 エリンが再び糸を放ったとき、遠くから同じ子蜘蛛にアウルの弾丸が撃ち込まれた。振り向くとリーリアがヨルムンガンドを構えていた。傍にはケインもいる。
 エリンとリーリアが最後の子蜘蛛を倒し終わったとき、3階の窓から再侵入したレリアが飛び込んできた。
「覚悟完了……行きますっ!」
 翼をしまうと親蜘蛛の懐に入り込み、水平方向に流れるような一撃を見舞うと横へと移動する。
 親蜘蛛はギチギチと口を鳴らし、太い糸を癒姫へと吐き出した。
「来るがいい虫ケラ風情が!」
 それは明らかな挑発。そうして気を引いている隙に柊羽が八角棍で蜘蛛の巣を半分叩くように壊した。4人の要救助者が宙から床へと落ちる。
 エリンとBeatriceが要救助者を庇いに行き、レリアは月華やケインと協力して1人ずつ部屋の外へと運び出す。
「どうした、お前の実力はそんなものか!」
 癒姫が気を引くように挑発を続ける間、幸仁が扇を投げ、ユウとクリスティンが背後から攻撃を行う。じりじりと親蜘蛛の体力を削っていき――。
「これで、とどめですっ」
 緋流がアウルの力を乗せて再度小刀を一閃させる。蜘蛛糸に張り付いていた親蜘蛛はずるずると床に落ち、同時に蜘蛛の巣もたわむ。
「なかなか、楽しめましたね」
 柊羽が淡々と言う中、集まってきたメンバーも含め、要救助者8名を病院の外に連れ出す作業が始まった。


「要救助者6名プラス8名の保護を確認」
「子蜘蛛24匹の討伐を確認」
「親蜘蛛の討伐を確認」
 25人は今回の作戦の成果を確認しあって、そして思い思いに喜びを表現した。
「依頼、完全成功!」


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 和の花は春陽に咲う・大路 幸仁(ja7861)
 遥かな高みを目指す者・九十九 癒姫(ja9119)
 仲良し撃退士・エリン・フォーゲル(jb3038)
 和の花は春陽に咲う・ケイン・ヴィルフレート(jb3055)
 撃退士・斬ケ峰 緋流(jb5608)
 撃退士・レリア フェリス(jb5767)
重体: −
面白かった!:11人

和の花は春陽に咲う・
大路 幸仁(ja7861)

大学部7年77組 男 鬼道忍軍
遥かな高みを目指す者・
九十九 癒姫(ja9119)

大学部6年287組 女 アストラルヴァンガード
戦地でもマイペース?・
速水啓一(ja9168)

大学部9年187組 男 ダアト
巻き込まれ属性持ち・
ガルム・オドラン(jb0621)

大学部9年186組 男 阿修羅
心に千の輝きを・
リーリア・ニキフォロヴァ(jb0747)

大学部4年53組 女 ナイトウォーカー
仲良し撃退士・
エリン・フォーゲル(jb3038)

大学部4年35組 女 アストラルヴァンガード
和の花は春陽に咲う・
ケイン・ヴィルフレート(jb3055)

大学部5年58組 男 アストラルヴァンガード
暗黒女王☆パンドラ・
Beatrice (jb3348)

大学部6年105組 女 ナイトウォーカー
撃退士・
上雷 芽李亞(jb3359)

高等部3年31組 女 陰陽師
撃退士・
織雅 柊羽(jb3486)

大学部7年235組 男 ナイトウォーカー
撃退士・
天川 月華(jb5134)

高等部1年19組 女 アストラルヴァンガード
罪を憎んで人を憎まず・
馳貴之(jb5238)

中等部3年4組 男 インフィルトレイター
繋ぐ手のあたたかさ・
クリスティン・ノール(jb5470)

中等部3年3組 女 ディバインナイト
天衣無縫・
ユウ・ターナー(jb5471)

高等部2年25組 女 ナイトウォーカー
撃退士・
三島 博貴(jb5524)

大学部6年80組 男 陰陽師
撃退士・
神谷 託人(jb5589)

大学部2年16組 男 アストラルヴァンガード
リコのトモダチ・
礼野 明日夢(jb5590)

小等部6年3組 男 インフィルトレイター
撃退士・
音羽 海流(jb5591)

高等部3年13組 男 ナイトウォーカー
撃退士・
斬ケ峰 緋流(jb5608)

大学部3年18組 女 阿修羅
臨機応変・
秋月 奏美(jb5657)

大学部3年258組 女 阿修羅
絆は深まった?・
建礼門院・入道二郎(jb5672)

大学部8年137組 男 ナイトウォーカー
火中の爆竹・
藤村 将(jb5690)

大学部3年213組 男 阿修羅
撃退士・
レリア フェリス(jb5767)

大学部4年174組 女 阿修羅
月夜の宴に輝く星々・
三島 奏(jb5830)

大学部7年170組 女 阿修羅
撃退士・
鎌田 潤(jb5849)

大学部4年47組 男 ナイトウォーカー