「こんなに人がいるんだ!? これテレビ? ピース♪」
――久遠ヶ原学園周辺、特別イベント会場
年も明けて間もない頃。久遠ヶ原から少し離れた広場には、多くの人が集まっていた。伊達メガネから大きな瞳を覗かせながら、一色 万里(
ja0052)は無邪気に目の前のカメラに笑顔を向けている。
特設の観客席に続々と人々が集まるにつれ、胸の鼓動も高鳴る万里。
『時間になりましたので選手の皆さんはスタートラインにお願いします』
と、観客席も満杯になった頃、会場にアナウンスが響いた。
「よーし、出るからには上位狙い! 賞金で彼氏と旅行に行くんだから」
そのアナウンスを聞くや否や、天河アシュリ(
ja0397)は頬をバシッと叩き気合いを入れる。
今回彼女たちが集められた理由――それは、撃退士による久遠ヶ原学園のPRが目的であった。数々の困難に立ち向かう撃退士を中継することで、少しでも撃退士や学園に興味を持ってもらう……その願いとともに開かれたイベントの1つが、このサバイバルレースだったのだ。
「競い合う事になるが、皆お互いに頑張ろう」
8人がスタートライン一列に並ぶと、紫の髪に紫の瞳が特徴的な青年、鳳 静矢(
ja3856)は静かに言葉を発する。
(「出場者にも観客にも多くの美女美少女! これは楽しみなことになりそうやなー、グフフ」)
一方、クールな静矢とは打って変わり、顔をにやけさせながら妄想に走っている様子だったのは古島 忠人(
ja0071)。どうやら彼の様子を見る限り、真の目的はレースではなく別のところにありそうだ。
「にしても……」
と、ここで忠人は両隣を睨み付ける。
「……?」
「\きゃー、さかえせんぱーい/」
そこにいたのは、黒霧 風斗(
ja0159)と久遠 栄(
ja2400)の2人。
「くぅ、なんでよりによって俺の両隣が男なんだ! しかも一方は無口だし、もう一方なんか自分で自分に黄色い声出して応援してるしー!」
スタートラインに並ぶ順番はくじ引きとは言え、雲行きが怪しい出だしに、忠人は栄へのツッコミは忘れずに項垂れる。
『それでは、これよりレースを開始します』
そんな8人の様々な想いが巡るなか、スタートを告げるアナウンスが流れる。かくして、8人で競い合う熱いレースが今、幕を開けるのだった。
●始
さて、レース開始と同時に勢いよく飛び出した8人。彼らをまず待ち受けるのは、鉄網くぐりだ。縄くぐりと聞けば幼稚っぽいイメージも受けるが、今回のソレは大規模な機器から伸びる特殊合金縄である。しかもそれが自動で絡みつく設定なのだから、撃退士と言え容易な試練ではない。
「何で俺がこんな……」
おそらくは、このような攻撃手段を有する天魔との対戦も意識して作られたのであろう本鉄縄。友人との賭けに負けて参加させられていた為、あまり乗り気ではない表情の紫宮 翔(
ja4767)は走る速度を緩め、とりあえず最初に飛び込む人の様子を見ることに。
「ふはは、この鉄縄、俺には絶対的攻略法がある!」
と、その巨大さゆえか、翔同様相手の出方を窺う者達もいるなか、むしろ加速して鉄縄に突っ込んで行った男が1人――そう、栄だ。
絶対的攻略、そう高らかな声と同時に彼が掲げたもの――それはなんと、ローション!
「これさえあれば鉄縄なんて簡単に潜りぬけられるからな」
そう言うや否や、あろうことかソレを全身にぶちまけ彼は鉄縄に飛び込んでいく。
「きゃーキモーーい」
本人はこれ以上ない程のどや顔で鉄縄をくぐりぬけていくのだが、同時に応援団にどん引きされる栄。最初に鉄縄通過に至ったその発想は見事だが、人として何か大切なものを失った気がしないでもない。
「思ったより痛いけど…これぐらい、平気…なの」
栄の勇猛果敢(?)な行動に触発されてかどうかはさておき、彼に続き他の競技者も続々と鉄縄ゾーンに入っていく。無機質の冷たい感触が絡みつく間隔は不快でこそあるが、九曜 昴(
ja0586)は特に慌てる様子もなく、着実に歩みを進めていた。
「ぬぉー、少女がピンチの予感!」
と、そんな昴の様子を見ていた忠人。彼の脳内ビジョンでは鉄縄に絡みつかれる少女が助けを求めているように見えたらしく、周囲には目もくれず昴目がけダッシュ。
しかし、その時――
「お年玉をあげよう」
「へ?」
隣の静矢が鉄縄を強引にねじ負けたかと思うと、あろうことかそのまま縄を忠人目がけ放つ。
「ギャース」
助けに入ったはずが何故か助けを求めていたのは俺だった。そんな混沌が包み込むレースは、まだまだ始まったばかり。
●中盤戦
鉄縄をくぐり抜け、次の試練が待ち受けるゾーンへと走る撃退士達の目の前に現れたのは―おいしそうなパンだった。
「次はパン食い競争か、まるで運動会だな」
その光景を見つつ、若干苦笑気味に呟く風斗。
「さて、パンの中身は何かな〜♪ ……お肉?」
こちらはちょっと大きめのパンを手に取り、半分に割って中身を確認する万里。一体何が仕込まれているのかとドキドキな彼女の目に映ったのは、至極普通……あえて言うなら、肉汁たっぷりのおいしそうな肉であった。
「みたところ普通のお肉だけど……まさか、凄い不味いとか……(パク)」
どう見てもただの肉なのだが、競技的にそんなはずはあるまいと、万里は警戒しつつパンを口に含む。
「!?」
その瞬間、彼女を口を襲ったのは……旨味、とろけるような旨味であった!
「なにこれ、おいっしぃ〜!」
あまりの美味しさに、飛び跳ねて感動する万里。その際、彼女の身に着けていた学校のワッペン付ぬいぐるみが揺れる姿が何とも可愛らしい。
「ふふ、どうやらあのパンのおいしさに感動してくれたようだね」
と、万里がはしゃぐ様子を見ながら、こっそり微笑むのはアシュリ――お肉パンを仕込んだ張本人だ。
「あのパンのおいしさは正に異常。きっとレースのことなんて忘れてパンに夢中になっちゃうよ」
そう満足げに呟きつつ、アシュリは目の前のパンを何の気なしに手に取る。
「さーて、あたしもパンを〜……あ」
が、万里に気を取られていたアシュリは気づかなかった。今回彼女が仕込んだお肉パンは2つ。1つは万里、そしてもう1つは……
「うう、相変わらずおいしい〜。ぐすん」
自分の目の前にあったことに。
「はっはー!くらえ、デスソース!」
「!?」
一方、万里とアシュリのほのぼのとした光景の最中、こちらはパン食い競争でまさかの戦争が勃発していた男子組み。
栄は予め用意していたデスソース玉を、他参加者のパン目がけて弓矢で飛ばすという荒業に。おかげで普通のコッペパンだった翔のパンは、一瞬で見るからに危険なパンへと早変わり。
「んじゃ、この隙に俺もパンを食べようかな」
プルプルと怒りに震える翔を横目に、見事作戦が成功した栄は満面の笑みで、特にパンを選ぶ素振りも見せず目の前のパンを掴む。彼は用意周到なことに牛乳を持ち込んでいた為、中に何が仕込まれていようとそのまま飲み込む算段だったのだ。が、しかし――
「いっただきまーガッ」
パンを噛み締めた瞬間、栄の笑顔は引き攣る。
「食べられる物が入っているとは限らないのだよ」
栄の口からポロっと零れ落ちたもの……それは紛れもない、鉄の塊だった。
「あ、あくま……」
「なんのことかな」
涙目で言葉を吐き捨てる栄に対し、何知らぬ顔で言葉を返す静矢。ご愁傷様です。
「ちっ、少し手間取ったな」
さて、様々なパンによる撃退士達のリアクションを堪能した次は、爆発ゾーンによるリアクションを楽しむとしよう。先ほどの栄によるデスソース玉攻撃により、少し遅れをとってしまった翔は、全速力で爆発ゾーンへと突っ込んでいた。
ドーンという爆音とともに、周囲が爆発を始めるこのエリア。音、爆発による視覚的エフェクトは凄まじいが、爆発の火花程度では撃退士達にとっては痛くもかゆくもない。むしろ、それよりも厄介なのが……
「何でローションなんだよ!」
爆発と同時に飛散するローションである。鬼道忍軍らしく素早い動きで降りかかってくる液体をかわしていた翔だが、既に先導していた者達に反応し、爆発後、地面に飛散したローションはかわしようもない。成す術なく態勢を崩す翔だったが、転ぶ瞬間その横を通り過ぎようとする物体が。
「ヒャハー! すでにローションまみれの身体、恐れるものなど何もない!」
全身ローションまみれで、地面を滑走する栄である。
「こ……の……止まれ!」
「え、ま、ぎゃふん」
が、その光景を見た瞬間、栄の手を取り彼を下敷に倒れ込む翔。
「これで良し」
先ほどのデスソース玉のお返しと言わんばかりに、栄をクッション代わりに態勢を立て直し再び翔は走り始める。食い物の恨み、恐るべし。
「あーもうー! こんな姿、人には見せたくないのに〜!」
一方、普段体験しないシチュエーションに苦戦するのは、翔達だけでなく、アシュリにとっても言えることだった。
「!? いや〜、No〜!」
元々海外育ちだった為、それゆえか時折感嘆詞が英語になることもあるアシュリは、爆発と同時に思いっきり飛散する液体を浴びたかと思うと、悲痛な叫びとともにその場に倒れ込む。
「これぐらい……!」
それでも負けまいと再びおぼつかない足取りで進む彼女だが、本人は真剣でも傍から見れば完全にセクシー系で路線を確立しており、男性陣から熱い声援が響いている。尤も、その声に気づく程の余裕が彼女にあったかは別だが。
「結構、差がつけられちゃった…の」
そんなアシュリを遠目越しに、他の撃退士よりやや遅れて爆発ゾーンに入ったのは昴だ。
「爆発……リアクション求められても……困る……」
しかし、アシュリとは違いあまり感情を表に出したりはしない昴は、周囲の視線を一身に浴びながらも、少し困った様子で走り続ける。このゾーン、一番のポイントは足元のローションであり、それにさえ気を付ければ、体にかかるローションはほとんど影響はない。そう判断してか知らずか、とにかく足元に集中する昴だが、どう見ても体にローションがかかりまくっている絵が色々とおいし……ゴホン、マズイことに当の本人は気づいていない。
「よーし、中々良い感じ!」
さて、爆発ゾーンで思わぬ苦戦を強いられる者が多い中、万里は順当に次の逆流プールゾーンへとやってきていた。と、到着するや否や、彼女は貸し出し用のビート板を次々プールへと投げまくる。
『おっとー、万里選手、これはどういう意図だー!?』
万里の不可解な行為に思わずナレーションも首をかしげるが、直後彼女の取った行動は……
「いっくよ――! えいっ」
なんと、そこには着水したビート板の上を軽やかに渡っていく万里の姿が!
「こうやって水の上を走る方法があるって、どっかの忍軍の先輩が言ってたんだ」
と、何ともくのいちらしい言葉を放つ万里だが、彼女は重大な見落としに気づいていなかった。
「え、あ……!」
そう、ここはかなりの速さで逆流するプールである。当然、投げたビート板も返ってくるわけで。
「しまった、これじゃ何時まで経っても進めない……」
ビート板の上を駆ける少女1人。手持ちのビート板の残り数は3個。悲しいが、彼女が沈むのは時間の問題だった。
「む、あれは……少女がピンチの予感!(本日2回目)」
しかし、幸か不幸か、そんな万里の様子をしっかりと観察していたのが忠人。彼は万里の異変に気付くといち早く救助に入る。
「ふはは、幼いころより河童の忠ちゃんと呼ばれてきた俺の泳力を見よぉ!」
何故か無駄に泳ぎは巧い忠人は逆流など物ともせず、即座にビート板が尽き着水していく万里の肩を掴んだかと思うと、ここで決め台詞。
「大丈夫かい、ここは危険だ。このまま俺と一緒にゴールを目指そう。あ、出来れば人生のゴールも」
……決まった。タイミングも完璧だった。水に濡れる可憐な少女を助けた少年。しかし、少年は知らなかった。
「あ、メガネ落ちたよ」
「え……!? やだ、こんなにたくさんの人の前でナンパとか……もう、信じられない!」
そう、万里はメガネを取れば性格が変わることに。
「え、え?」
――パーン。
響くビンタ音。数十秒後、プールゾーンのゴールへと辿り着いた忠人の顔には、赤い手形がついていたという。
●激戦の果て
さて、ここまでの障害を乗り越えた撃退士達も、いよいよ各自ランダムに選ばれた衣装を着用し、殺○人形との対戦へ。
そう、遂にこのレースも終盤へと差し掛かっていた。
「さぁ来いバラバラにしてやる、少しは楽しませてくれよ?」
人形を視認するや否や、真っ先に飛び出したのは風斗だった。正直、今回の最大の目的はこの人形戦であり、他の競技における順位自体には興味のなかった彼。しかし、この人形戦だけは別だ。
「今の俺の力……試させてもらう」
他の撃退士と戦闘能力を競い合うチャンス。自らの力を試す意味でも、彼のファルシオンを振るう動きに迷いはなかった。
(「動きに惑わされるな……見極めろ、こちらの隙を晒すな」)
静かに自分に心の中で言い聞かせ、風斗は冷静に敵の動きを観察する。彼と対峙した人形は、機敏な攻撃で手数による連撃が特徴的だった。しかし、その攻撃を全てかわす風斗。
「――ッ」
瞬間、敵の振りかぶった攻撃を見逃さなかった彼。ファルシオンで攻撃を受け流すと、そのまま身体を引きつけ人形の首を引き裂く!
「最後は、お客さんにも……魅せる、の」
「ま、待てぇ。なんだこのハンディキャップはぁ!」
一方、風斗が着実に敵を破壊していく横では、ピストルで応戦する昴と、何故か囚人服に足枷&手錠尽きといった衣装の所為で完全にフルボッコ状態の忠人の姿が。
小悪魔衣装をヒラリと靡かせながら、敵の攻撃を華麗に回転し避けつつ、派手なアクションで攻撃していく昴。一方、そんな昴とは打って変わり、意味深に棍棒をお尻に突き刺してくるタイプの人形相手に、忠人は成す術もない様子。
「お助けぇ!」
終には、隣の昴に泣き付き助けを求めることに。ちなみに後日、彼にこのことを問いただすと
「男の尊厳? あんなのにやられた方が男として終わっちまうだろがぁ!?」
と一言残したらしい。
さて、それぞれが単独で人形と闘う中、こちらでは協力し人形を討伐する者達も。
「すまん、人形が暴走しちまって」
「問題なしっ」
白いタキシードに灰色のウサギの手足と垂れたうさ耳が特徴的な様子の栄は、突撃を避け弓で攻撃したものの、当り所が悪かったのか人形が暴走。急きょ、魔女っ子姿のアシュリと連携して迎撃態勢へ入っていた。
そして……
「今年の主役が、負ける訳が無いだろうがぁぁ!」
アシュリ達が討伐を終えると同時に、そこでは龍の姿の静矢が、虎型の人形を切り伏せていた――。
かくして、激戦を終えた撃退士達。レースの順位としては栄が1位となったが、8人の力があってこそのPR企画は無事終わりを告げるのだった。