●ダイヴ
周囲から人が避難した図書館及びその周辺は、まるでゴーストタウンの如く静まり返っていた。
「トショカン、かあ……ううっ、いっぱいの本とか見てると、頭くらくらしちゃうんだよっ」
建物を見上げた新崎 ふゆみ(
ja8965)はふるふると頭を振って気持ちを切り替える。
奇しくも、ふゆみと同様にどこか「うっ」とした表情を浮かべていたのはミリオール=アステローザ(
jb2746)。
「う〜……壊さないようにですの?」
戦いが得意だ。それは即ち破壊が得意と同意である。だが今回は『壊さない』という制限つきで、上手く出来るか少し緊張中。
「皆で力を合わせて頑張ろうね〜、お〜〜」
にこにこ明るく元気一杯、グーを空に掲げたアーニャ・ベルマン(
jb2896)。「こちらこそ」と微笑んだ六道 鈴音(
ja4192)は次いでクリスティーナ・カーティス(jz0032)へと振り返った。
「クリスティーナさん、今回はよろしくおねがいしますね」
「クリスさん、お久しぶりです。今日は宜しくお願い致します」
リディア・バックフィード(
jb7300)もまた、ドレスを摘んで瀟洒な挨拶を堕天使へ一つ。
「うむ、こちらこそだ。この任務、必ずや成功させよう」
では、と一同は図書館へ歩を進める。だがその前に。
「ミハイルはいい子だからここで待っててね」
小さい頃からの友達でいつも一緒の猫のぬいぐるみ、ミハイル。アーニャはそれを入り口にちょこんと座らせ「いってきます」と手を振って。
少女のそんなあどけない行動に天風 静流(
ja0373)はその表情をふっと緩ませた――けれど直後には、凛と引き締め前を見澄まして。
「それでは……往こうか、皆」
突入。
●紙の迷宮
全員で一階から図書館内に踏み入った撃退士は、光纏と同時に阻霊符を展開し冥魔逃亡の手段を一つ潰した。
仲間からの目配せにクリスティーナが頷く。アウルによって感覚を高め、レーダーの如く周囲の生命反応を確認する。
「居た。11時の方向。数は二。一体は上にいる。まだ動いてはいないようだ」
「ありがとうございます。私は後方の警戒をしますね、前はお任せしますよ」
「了解ですワっ。では前はお任せあれ、尽力いたしますワ♪」
隅々までに目を凝らすリディアが応え、ミリオールは最前衛に立つ。他の者も警戒を研ぎ澄ませて慎重に進軍する。
そしてそれは間も無く。「来るぞ」とクリスティーナの声の直後、本棚の上から弾丸の如く躍りかかって来る黒いディアボロ、ロケットゴースト。一番前に居たミリオールを狙って突っ込んでくる。が、
「狙い通り、なのですワっ!」
斥的重力<リパルシブグラビティー>。疑似再現し展開するのは、彼女がかつてその目で見た地球外の異なる理。素敵な事ですワ、と唇を微笑ませる天使が纏う、全てを拒み遠ざける斥力の網。それがディアボロの爪の一撃を捻じ曲げ、拒絶する。ミリオールの肩口を極々浅く裂いただけ。
「確実に仕留めるぞ、周囲の警戒は怠るなよ!」
深く暗い黒い色を纏い、迎撃に飛び出すは静流。尖爪で武装したしなやかな指が艶やかな黒髪と共に宙を掻き、繰り踊る。光源に微かキラリと垣間見えるは指先より射出されたアウルの糸だ。蜘蛛の糸より細いそれはけれど、その華奢な見た目とは裏腹にディアボロの意識すらも弾き飛ばさん勢いで暴力的に切りかかる。
それとタイミングを合わせて放たれたのは、光り輝く黄金の弾丸。リディアが黒銃より放ったそれは飛び退いたディアボロの肩に突き刺さる。
「図書館や本を護るのは知的生命体の義務です」
揺蕩うは金の髪、揺れるは金の紙。七つの頁となったリディアの光纏。敵を睨め付けるその目は静かな敵意を湛えていた。
「礼節を知らぬモノが図書館へ侵入するなど許せません。貴重な蔵書を損失は知識への冒涜です」
本は好きだ。稀少本の為ならあらゆる労力を惜しまぬほどに。愛書家だ。どんな手段を用いてでも本を護る事を厭わぬほどに。
堅実に追い詰め、殲滅する。リロード。狙う。
と、その時。別方向からもう一体のロケットゴーストが現れる。天井を伝って猛速度。
「新しーのが来たよっ!」
だがそれは棚の上に登ったふゆみにはお見通しだった。あのまま本棚の間に居れば誰も気が付かなかったかもしれない。ふゆみのおめめは千里眼なんだから、と不敵に笑いながら構えるのは長銃身のスナイパーライフル。ただしラインストーンとラメパーツでデコりまくりキーホルダーをつけまくり乙女ティック仕様。可愛いは正義。
「ソゲキしちゃうんだよっ……えーい、ばーんばーん☆」
敵に接近されながらも超冷静に且つ超迅速にスコープを覗き込み照準を合わせ引き金を引き、ファイア。慣れきった動作故に一切の無駄が無く流れる様な的確な動きだった。解放された闘気を込められたその弾丸は螺旋を描き、冥魔を穿つ。その突進力を削ぎ落とす。
しかし完全に止まった訳ではない。今度はこちらの番だと言わんばかりに爪をふゆみへ振り上げるが――彼女には届かない。印を結んだ鈴音が呼んだ、異界の腕がディアボロを雁字搦めに握り締めたのだ。
「こいつの足止めは任せて下さい!」
「分かったよー! ありがとうねっ」
返事をしたのはアーニャだ。飛び下がったもう一体のディアボロを逃がさないように、柱や天井をも足場に影の如く追い縋る。
「ふふん、ニンジャを舐めてはダメだよ。壁や柱があるもんね〜」
退路に先回るように立ち回り、振るったワイヤーの一撃で壁や天井にディアボロが逃げる事を許さない。ほわんとしたのんびりなその振る舞いからはとても想像出来ないほどに俊敏な動きは、獲物を狩る猫のよう。
状況は概ね撃退士の作戦通りであった。
ロケットゴーストが逃げ回るのであれば、隅に追い詰めてしまえば良い。
とは言え同時出現されてしまえば対応が難しくなり、後から出てきたロケットゴーストには一旦逃げられてしまったが――最初の一体は、追い詰めた。壁や天井は、同じ戦場に立てるアーニャが、そして本棚の上に膝立ちライフルを構えるふゆみが、逃がさない。
二兎を追う者は一兎をも得ず。下手に戦力を分散させてしまうより、一点集中が効率的か。
「ふふー、逃がしはしないのですワっ!」
ミリオールが構えるエネルギーブレードが白銀の光を放った。それは超新星の如く光量を増し、彼女の全身を包み込むほどにまで及ぶ。
の、瞬間。目にも止まらぬ速度でミリオールが突きを繰り出した。残光が尾を引き彗星の様に見えるそれは百尾彗星<プレイグス>。『滅する』、ただそれだけの脅威の技は全てを蝕む毒だけでなく、擬似生成『冥殺の白銀』<セレスティアルシルバー>によって冥魔にとっての破滅的毒性を帯びていた。
まさに致命的一打。ギャッと悲鳴を上げるディアボロ。
今がチャンス、このまま一気に畳み掛ける。連携を重視する鈴音は既に詠唱を開始していた。
「さぁ、チェックメイト――真っ黒コゲにしてあげます!」
練り上げる霊力。ぱち、ぱち、と爆ぜる電気に黒い髪が大きく靡いた。構える手、六道鬼雷刃。それは六道家に伝わる魔術が一。増幅された電気は雷撃となり刃となり電光石火の勢いでロケットゴーストを射抜く。焼き潰す。ディアボロは文字通り消し炭となる。
「良し、先ずは一体目!」
小さくガッツポーズ。だがまだ戦いは終わってはいない。「油断するなよ」とクリスティーナが負傷した者を治癒の光で治療するその最中、異変に真っ先に気が付いたのは本棚上のふゆみだった。
「あっちとそっちからきたよーっ☆ ぴんちぴんち!」
二体のロケットゴーストが天井を、或いは本棚から本棚を飛び交いながら躍りかかってきた。敵が見えやすい、という事はつまり敵からも見付け易いということ。そしてディアボロに高度な知能は無く、目に付いた者を真っ先に狙う。
「ひゃわわっ!?」
ロケットゴーストの吐いた毒液がふゆみにかかった。じゅっ、と肌の焼ける音と、蝕む毒に少女は苦しげに顔を顰める。
そしてもう一体の攻撃――爪による一閃は、リディアの身体を切り裂いた。身体を捻ればもう少し軽傷で済んだかもしれないが、ここで避ければ本に当たるかもしれなかった。それだけは、どうしようもなく、嫌だった。
「天井を這うとは気持ちが悪いですよ」
間近。零距離。蔑む眼差し。ロケットゴーストの頭部を掴む少女の手。
「……跪きなさい!」
ばん、という爆発音に近かった。リディアの掌から炸裂した雷撃がディアボロの体中を駆け巡り、その意識を刈り潰す。ごとん、と倒れたロケットゴーストだがスタンになっただけだ。その間に後衛は下がり、前衛は前へ。
奇しくも今度は逆に、撃退士がディアボロ達に隅に追いやられたという構図になった。
「うぅ、ふゆみのお洋服が汚れちゃった〜……もーっ、ゼーッタイに許さないんだよーっ!」
ぴょん、と他の本棚に飛び移ったふゆみはキッと冥魔を睨み付けた。
「そおれっ、ふゆみのひらひら〜ふわふわ〜とんでけぇ〜☆」
忍法「胡蝶」。アウルによって生み出された蝶々が煌きながらロケットゴーストを取り巻いた。その意識を眩ませる。
そこへ踏み込んだのは静流。濃密な殺気に揺れる漆黒のアウルが全身から発せられるその禍々しい様は、読みより這い出てきた鬼を思わせた。外式「鬼心」。見る者に戦慄を与える恐るべき鬼。異色の瞳が敵を据えた頃にはもう、蒼焔を纏う大薙刀が燐光を残し振り抜かれていた――それも二度。
先ず一撃目。低く振るわれた得物がロケットゴーストの体勢を崩した。二撃目。それが本命。周りの本を傷つけぬよう、一直線の突き。冥魔が大きくタタラを踏んだ。だが意識をハッキリとさせたそれが、反撃に出る。弾丸の如く飛び出して、静流に組み付き毒牙を剥いて噛み付いたのだ。
「今だ。やれ!」
静流は一切動じず声を張る。元より攻撃を食らうつもりだったのだ。攻撃の直後は否が応にも隙が出来る筈――それに応え、ディアボロの死角より飛び出したのはアーニャ。気配を悟らせぬ闇討ち。
「潜行は私だって得意なんだから、負けないよ〜。そーれ、あたーっく!」
ひゅ、とアーニャが操るワイヤーが空を裂いた。ロケットゴーストの首に絡み付かせたそれを、思い切り引いて引き摺り倒して地面にその頭部を叩きつける。カチ割る重撃。
「その調子だ。支援は任せろ、皆は攻撃を!」
片っ端から回復を送るクリスティーナが皆を鼓舞する。
「やっぱり一筋縄じゃいかなそうね」
ふぅ、と鈴音は息を吐いた。ダメージはクリスティーナが回復してくれるがそれも有限、敵の攻撃など受けないのが一番だ。
ここが正念場。練り上げる霊力。再度行使するのは六道鬼雷刃、翳す掌より迸る雷光が、寸分違わずロケットゴーストを貫いた。
「いまです!」
「ぬぬっ☆ すないぱーふゆみからは、逃げられないんだよっ!」
応えるふゆみが銃口を向ける。闘気を込めた弾丸が撃ち放たれれば、立て続けの猛攻にディアボロが蹌踉めいた。
が、そのまま飛び下がり、柱を蹴ったロケットゴーストが撃退士へ飛び掛って来た。振り上げられた鋭い爪。されどリディアは欠片も動じず、それを真っ向から見据え澄ます。
「滞空時は軌道の変更が不可能……狙い撃ちます」
翳した掌。展開された黄金の魔方陣。そこから現れる数多の腕が、ディアボロを掴み取る。束縛する。
「……これで動けません。もう逃がしません」
目配せ。それとほぼ同時に飛び出だしたのは静流だった。鋭く素早く、冥魔の間合いに踏み込む。潜り抜けた数多の闘争に裏打ちされた動きは的確に相手を捉える。目で追う、のではない。全身の全ての器官で捉えている。正に全身が戦闘の為に特化している、一切の無駄が無いその動きはいっそ美しいとも恐ろしいとも形容できる領域であった。
「そろそろ仕舞にしようか」
糸を操り、薙ぎ払う様に振るった一閃。たった一瞬だった。けれど刹那に、百に裂かれたディアボロが散り散りになる。
残り一体。
終幕は近い。
「いくよーっ!」
徹底的に間合いを詰めて敵を逃がさぬアーニャが、ワイヤーを振り払う。崩すバランス。それでもディアボロはその機動力で逃れようとする、が、その行く手を更に柱を蹴って飛び出したミリオールが立ちはだかり妨害した。
「ぉぉっ!? 何となく狭いとこの戦いも解ってきたのですワ!」
目前零距離、爪を振り上げる冥魔にチェーンし発動するは滅心波動<ソウルシェイカー>。アウルが注ぎ込まれた特異点は特殊な振動波を呼び出だし、ロケットゴーストの全身を掻き乱す。
星の特性と空間――『世界』を知ればこんな事など朝飯前だ。
「アナタの相手は私ですワ……嘘を尽くのは苦手ですの、止めてみせますワっ!」
夜に燦然と鎮座するシリウスの様に、激しい蒼光が天使を包む。光を映す銀の瞳。構えた刃。
――それはまるで夜を切り裂く彗星の如く。
破滅を齎す脅威の星が一閃に駆け抜け、最後のロケットゴーストを貫いた。
視界も焼き切らんばかりの光は敵を一片も残さず圧砕し、この戦いに終焉を齎した。
●一段落
訪れた静寂も束の間、ディアボロ討伐完了の連絡を送ると図書館の関係者らがすぐさまやって来た。本を極力傷つけぬように、と撃退士達が頑張った甲斐あってか、被害は最低限である。「ありがとうございます」と頭を下げる彼らに、静流は微笑み言葉をかける。
「これが、我々撃退士の役割だから」
その一方では、関係者らに混じってふゆみ、ミリオール、アーニャをはじめとした者達が本のチェックと整理、図書館内の片付けの手伝いを開始する。
「ふゆみ、あんまり本とか読まないけど……やっぱ、こうゆーところは、本がきれいに並んでないとねっ☆」
拾い上げて埃を払った絵本。昔読んだなぁ、なんて思い出しながら、ふゆみはそれを元の場所に戻してあげた。
「う〜、こうなることは予想できたけれども……」
撃退士が駆けつける前にディアボロが暴れたのか、本棚から落とされ表紙を切り裂かれた本を手にアーニャは肩を落とす。本は大切に扱おう。思いつ、その修復を図書館の者と共に手伝った。
「高いところはお任せなのですワっ!」
ミリオールは翼を広げて、高い所の本の整理を承る。クリスティーナ、リディア、鈴音も手分けして手伝い、図書館は瞬く間に片付いていった。
そうして、ようやっと一段落。
うんっ、と満足気に頷いたアーニャは、ぬいぐるみのミハイルをぎゅ〜っと抱き締め頬擦りした。
「今日も頑張ったよ〜」
がんばったね、おかえりアーニャ。と、ミハイルが抱き締めてくれたような気がした。
『了』