●東雲 桃華(
ja0319)は夢を見る
「……ここは……?」
地下街の真ん中、倒れていた。立とうと思った。立てなかった。あれ?見る。脚が無い。胴が無い。ぶちまけられた中身と赤。ヒッと息を呑んだ。その頭を、踏みつけられる。
「おはよぉ〜〜」
けけけけけ。笑う声の主を己は知っていた。ボマー。殺人鬼。何か言おうと思った。その前に、頭がボンと爆発して脳味噌を飛び散らかして死んでしまった。残った顔の下半分、剥き出しの舌と下の歯列。ビクビクと痙攣。
「もーにん」
そして髪を掴まれ宙吊りにされていた。殺人鬼の空いた手が、つっと己の腹を撫で。ぼん。小規模な爆発。けれどそれは己の腹の肉を削ぎ落とすには十分で。
「がはっ……!?」
震える目で見下ろせば、まるで人体模型の様に皮膚が剥がされた己の身体。そこにボマーが手を突っ込む。柔らかく無防備な肉の中に。
「ぎ ッあ゛!!」
ぐちゅぐちゅぐぢゅ。掻き回される身体の中。猛烈な痛みに喚き暴れど殺人鬼は許さない。ハラワタを直に触られる名状し難い感覚。ずるずるずるずる。ハッピーバースデーの歌と共に、中身が引っ張り出されて。飽きられた人形の様に、身体を投げ捨てられて壁にぶつかって、殺された。
「おはよ♪」
地雷に両足を吹っ飛ばされて仰向けに倒れた己にボマーが跨っていた。目を見開く。抵抗しようと手を伸ばした。が、それも根元から爆発して吹き千切られて。びゅるっと血潮。悲鳴。ばたつかせる無い手足。そして首を絞められる。
「っ……は、あ゛……!」
酸欠。ブラックアウト。おはよう。また声が聴こえて。死なない程度に顔面を爆破されて。悲鳴。のたうつ。小さな爆発が己の身体を削り取ってゆく。
そして『また』殺された。『また』?私はさっき――
「おはよう。よく眠れたかな? まだ眠っててね殺したいから」
嗤うボマーが手を伸ばす。
私は時々、夢を見る。良い夢が2割、残りが悪夢。良い夢といっても精々背が少し伸びたとかそんな些細なものなのに、その反対は最悪だ。両親の死の再現、アウル能力の消失、そんなのばかり。しかも大抵起きても覚えているのだからタチが悪い。
だから、これも、きっと、そんな内の、一つなんだろう。
なら、早く醒めて。はやく、はやくはやくはやく――
「……っ、」
はぁ。はぁ。朧な朝日。跳ね起きた布団の上。
「ゆ、め……?」
そうだ。夢だった。ここは現実だと、己の無事に息が漏れる。
「……はぁ、それにしても酷い夢。汗ぐっしょりじゃない……。シャワー……浴びないとね……」
そう言えばあの殺人鬼はどうなったのだろう。今度、資料を漁ってみよう。思いつ、再度の溜息。脳に焼き付いた悪夢が酷く憂鬱だったから。
●宮鷺カヅキ(
ja1962)は夢を見る
これは誰の夢?『私』は、誰の記憶を見ているのだろう。
あれは『私』?四歳程の『私』だろうか?
無人。全滅した一族。目の前には得体の知れぬ何か。戦う訳でもなく、沈黙の対峙。霧雨が音も無く降っている。灰色の雨粒の中、真っ白いのは梨の花。吹雪みたいに。冷たい風。冷たい。毒を飲んだ身体からは命が温もりが消えてゆく。唇を紅色に染めるのは血だ。それを拭う事も無く、己は溶ける様に崩れ落ちた。心臓が止まる、音がする。
残った記憶は――『死にたかった』。
あれは『私』?二十歳程の『私』だろうか?
何かを討伐する仕事をしているらしい。武器を構えた、瞬間、操られていた仲間の放つ薄緑の光矢が腹を抉る。貫通する。ごほ、っと血を吐いた。痛みに脳が叫んでいるが、構っていられない。下がる訳にはいかない。
時間と共に血が流れ。見渡した。仲間は全員無事だ。ああ、良かった。でも、私は。その直後、己の意識はプツンと途切れる。
残った記憶は――『まだ、死ねないのに』。
あれは『私』?路地裏に居る『私』だろうか?
金の長髪と赤の瞳。が、目前にて刃を振り下ろしてくる。対する様に己が構えたのは白い苦無と濡羽色の刀。鋭く踏み込んだ。刃を、相手の胸へと目掛けて――
「……安心して。苦しまず、痛みを与えず殺してさしあげます」
突き刺さる瞬間がスローモーションの様に見えた。ずぶ、り。指から脳へ、伝わるのは、刃が肉を穿つ感触。いつの間にか雷の代わりに霧雨が降り始めていた。音も無く。音も無く。
ありがとう。声無き声で呟いた相手が、霧雨の伝う瞼を静かに閉じる。冷たくなってゆく身体を、抱き締めた。
「……嫌いだよ、雨なんて。あの日も、あの時も、いつも」
いつも、いつもいつも、大切なものを奪っていく。
嗚呼、冷たい。血が流れきった己の身体は、酷く冷たい。そのまま力を失って、雨に濡れて冷たい相手の身体に重なる様に倒れんだ。嗚呼、冷たい。ひどくひどく……冷たくて、寒い。
残った記憶は――『もっと、生きたかった』。
これは私?私は誰の夢を見たのだろうか?
肉が裂けて血が噴出す。指の先から、消えてゆく。
体験した事なんてないのに――全て、知っている。
これは、誰の――
残った記憶は――
ここにあるのは――
●〆垣 侘助(
ja4323)は夢を見る
「椿は水捌けの良い土壌を好み水をやり過ぎると根腐れを起こしやすい」
椿の様に死ぬ。広い深い水の中。もがいて溺れて事切れて、腐り果てて死に果てる。
「日照が不足していたり反面夏場に日光を過剰に当てることでも枯れてしまう」
椿の様に死ぬ。果てない砂漠。水を求めた乾いた唇。照りつける太陽に刺されて倒れて、木乃伊の様に風化する。
「土が変わると根が馴染まず美味く栄養を供給することができなくなるため」
椿の様に死ぬ。食べても食べても吐いてしまう。吐いて吐いて吐くものも無くなって。吐瀉物の中で己は死ぬ。
「植え替えの際は一旦水で根と用土を分離させることが必要になる」
椿の様に死ぬ。強い濁流に飲み込まれ、水圧に肉を剥がされ血も流されて骨だけになって白くなる。
「蕾を多くつけすぎると花を咲かせる時にかなりの栄養を消耗してしまい」
椿の様に死ぬ。止まらない血、供給の追いつかない出血、赤く倒れて赤くなる。
「苗そのものが衰弱してしまうため夏秋には摘蕾を必要とする」
椿の様に死ぬ。綺麗な鋏が己の頸をバツンと切り落とした。
「過剰な剪定もまた彼の原因になる為剪定を行う際はあまり切り過ぎないように」
椿の様に死ぬ。切り結んで血だらけになった体に、過剰なまでのトドメが刺される。
「比較的病害の少ない椿だが菌核病や害虫には当然気をつけること」
椿の様に死ぬ。皮膚を食い破って虫が湧く。病気で肌がぐずぐずと蕩けてゆく。死んで逝く。
「椿の花が首ごと落ちるのは知られた事だが落ちた花殻は集めて焼却しないと」
椿の様に死ぬ。ある日ある時唐突に、ふと頸元に触れた時。己の頸がぽたりと落ちて、めらめら燃えて事切れた。
「菌核病やその他の病害を引き起こすため注意が必要」
椿の様に死ぬ。腐乱した己の死体には菌が湧き悪臭を放ち続けている。
「枯れて尚枝に残っている花がある場合は早急な摘蕾と殺菌剤の散布を」
椿の様に死ぬ。白い着物を着て垂れた頭を、音も無く切り落とされる。
「葉が白や茶に色を変えている場合も同上」
椿の様に死ぬ。不気味な色に染まった肌、血の代わりに流れる膿、そして己は膿に溺れて死んでしまう。
「害虫の中には毒を持つものも少なくない為処理には相応の準備を必要とする」
椿の様に死ぬ。毒虫に噛まれ、じわじわと毒に冒され痛みに血を吐きながら死ぬ。
椿の様に死ぬ。そんな死に方しか知らない。〆垣は名前の通りに生きて死ぬ。けれど、あの吸血鬼に首を落とされるその前に。その胸に、己の鋏は届いていたのに。目は覚めた。
(殺したいのか殺されたいのか、そんな事はわからないけれど)
●地領院 恋(
ja8071)は夢を見る
「え……あ、あれ……? なんで、なんでなんで!?」
いつも通りの楽しい戦闘の筈だった。廃墟で一人、目の前に悍ましい天魔、己の手には武器、普段ならここで破壊衝動に昂揚し豹変し『楽しい』筈なのに。何故、武器を持つ手が震えている?何故、己は『恐怖』している?
ぞぶっ。
「あ」
脇腹に突き刺さったのは天魔が伸ばした爪だった。
「ひっ、い゛」
痛い、と言った声は声にならなかった。足が震える。痛くて怖くて脳味噌が爆発しそうで、痛くて怖くて、武器も放り投げて逃げ出した。ガチガチ鳴る歯。涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃ。今迄いっぱい倒してきたのに、あんなにあんなに楽しかったのに。おかしいよ、あんなの、勝てる訳無いよ。アタシが何をしたって言うんだ!
逃げているのに追いかけられて、その最中にもザクザクと身体を刺されて、遂に転ぶ。その身体を掴み天魔は己を宙吊りにする。ぎちっ。四肢を引っ張られる。ぎちぎちぷちぷちみちみち。
「や やめ いやだ いや いやだいやだあぁあ痛いいたいいたいいたい痛いよイタイよいだい゛!」
ぶちぶちぶち。無理矢理。骨が外れる筋が千切れる肌が裂ける肉が千切れる血飛沫血飛沫一本ずつ。ぶぢん。千切れた。死んだ。今度は雑巾の様にねじられた。口から逆流する身体の中身。死んだ。そしてぱきっと頭部を潰された。死んだ。動けなくなるまで地面や壁に叩きつけられ続けてミンチになった。死んだ。逃げようとしても逃げても死んだ。掴まって殺された。
駄目だ。逃げたら殺される。倒さないとまた殺される。千切れそうな腕で鎚を構えた。でも引けた腰で戦える訳がなかった。
おかしいな。戦闘ってこんなに無様で、痛くて、辛いものだったっけ。
虚ろな目から溢れる涙。宙ぶらりんの己の真下。ギチギチと凶悪な牙の並ぶ口の中。それが。ゆっくり。近付いて。近付けられて。
ばり。
「ギャッ」
ごり。
「痛い! いたい あぐあああがァアア痛い痛い」
めき。めきめきごきゅぐちゅ以下エンドレス。
「あっ あッうあ゛あぁ! 嫌だーーーッ! 助けて助けて死にたくないよ怖いよおおおおおーーーッ!!」
破壊衝動。好きになれなかった。なのに抑える事は出来なくて、それを鎚に込めて天魔に向けようと思った。のに。なんで。今になって。どうして、消えるんだ!
己は逃げる。殺されながら逃げる。吐いた。胃酸の味。逃げた。その先。廃墟じゃなかった。己の良く知る街だった。
あそこに敵を近づけさせてはいけない。
直感する。だから。鎚を握り直した。涙を拭った。決意。
「……アウル、は、消えたわけじゃねぇよな?」
振り返る先の天魔。一矢でいい。今ここに居るのが己だけなら、何度でも何度でも倒すまで何度でも! 笑って逝ってやる!
「姉は、その後に生まれてくる家族の為に」
戦闘狂だからじゃない。正義でもない。
己は、『姉』だから。
故に笑った。心臓を貫かれながら。何度も何度も殺されながら。笑って、居た。
●強羅 龍仁(
ja8161)は夢を見る
子供を庇った。天魔に襲われそうになった子供。冷静も平然もかなぐり捨てて己はその身を盾にした。半壊した頭部、裂けた体、ぐしゃりと血を撒き散らして頽れる。
子供を庇った。子供の代わりに天魔に腹を貫かれ、ナカミを引き摺り出されて、血を吐き出して己は死んだ。
「守ってやれなくて……すまない……」
子供を庇う。庇って死ぬ。その眼前に立ちはだかる天魔。否、女……?
「お前は」
誰だ。そう思った直後に裂かれた咽。鮮血の噴水。血に溺れ、消える命で、嗚呼これは夢なのだと。
あの日の夢。一般人として妻が殺されたあの日。バケモノが街を襲い、幼い我が子を腕に抱いて、妻の手を引いて、己は逃げていた。だったのに。繋いでいた手が、離れる。振り返ったその先で己の妻は、惨殺される。返り血が飛ぶ。見開いた目。それでも己は、逃げたのだ。逃げ出したのだ。あの日――永遠と繰り返される、悪夢。
「夢……これは夢か……」
夢であるなら。あの日の繰り返しであると解っているなら。どう逃げればいいのか知っている。ならば。
「……俺をお前を救えるだろうか」
だからあの時、止めれなかった足を止めた。庇えなかった者を庇った。天魔の爪が、己の身体を八つ裂きにした。ボチャボチャと落ちる肉に成り果てながらも、己は言った。
「この子とお前だけでも逃げてくれ……」
巡る。庇う。殺される。繋いだ手を離さなくても、逃げ切れる前に殺される。何度でも。天魔に。あの天魔は。彼女は。それは――妻の成れの果てだ。己は妻に殺され続ける。結末は変わらない。スタートとゴールが繋がった双六だ。
「分かっている……これはあの日逃げ出した俺の罪……許してくれとは言えない……だがお前に殺されるなら俺は……」
己は誰を救いたいのだろう。また殺されながら思うた。己に見捨てられた妻か、妻を見捨てた己自身か。分からない。けれど、妻を救いたかった。ただただ、救いたかった。そこに偽りはなかった。
「げほ、っ……ぐ、う」
血達磨で、突き刺され。それでも己は手を伸ばす。バケモノに成り果てた妻へと。彼女をそっと、抱き締める為に。
「ごめんなぁ……」
どうして護れない。どうして救えない。弱い自分。嫌になる。震えた声。
ぐしゅ、と音が聞こえた。
己に抱きしめられていた彼女が、息子の首を刎ねていた。
ぶつん、と頭の中で感情が切れる音がした。
言葉にならない咆哮をあげた気がする。気が付くと己は、妻の首を両の手で絞めていた。
だが、そこにいるのは妻ではなく――
『やっぱり貴方は見捨てるのね』
背後の声に目を剥いて振り返る。心臓を貫かれたのは、その時。目を覚ましたのは、1秒後。
「俺は……何をした……?」
布団の中。脈打つ心臓が、妙に痛い気がした。
●ニオ・ハスラー(
ja9093)は夢を見る
最近良く眠れない気がした。夢を見た気がするが覚えていない。残っているのは背中に流れる気持ちの悪い汗と、頬を伝う冷たい涙のみ。まぁいいや。おやすみなさい。
夢を見る。故郷の山。懐かしい。覚えている。こっちに行くとばーちゃんと住んでいた山小屋だ。
「ばーちゃん……ばーちゃーん!」
確か。確か家の裏手で。
「ばーちゃん!!」
そこには。
「……ひっ」
ケダモノの姿をした天魔が肉の塊を弄んでいた。血の海。赤い。赤い。赤い。
「あ、あああ、うそっす、そんな、ああ、ああああああああ!!!」
これは夢だ。頭を抱えて掻き毟る。大丈夫だと引き攣った壊れた笑顔で己に言い聞かせた。だって学園に来る前の事。だってちょうど通りかかった撃退士がばーちゃんを助けてくれて。だって。だって。
だって、これは、夢、だから――
「あ」
ばぐん。食い千切られた少女の半身。びゅびゅびゅーーーっと血、が、赤、い……
最近良く眠れない気がした。夢を見た気がするが覚えていない。残っているのは背中に流れる気持ちの悪い汗と、頬を伝う冷たい涙のみ。まぁいいや。おやすみなさい。
夢を見る。天魔の支配地域。そうだ。迷子を捜さなければ。早く見つけないと危ない。
「●●ちゃーん! どこにいるっすかー? おかーさんがまってるっすよ〜」
何処にも居ない。無人の街。寂しい町。早くここのゲートも破壊せねば。思いながら、ここが最後の場所だ。名前を呼ぶ。物音がした。人影が見える。
「●●ちゃん!! みつけたっす!!」
だがそれと同時に現れたのは天魔だった。振り上げられた禍々しい腕。
「!! 危ないっす!」
咄嗟に迷子を突き飛ばした。激痛。己を貫いた腕が、己の身体を上と下に引き千切った。
ごぼ。ごぼ。吐く血に溺れる。掠れる意識。
「……●●ちゃんはぶじでよかったっす……」
ごふ。溺れて、血、赤い、血……
最近良く眠れない気がした。夢を見た気がするが覚えていない。残っているのは背中に流れる気持ちの悪い汗と、頬を伝う冷たい涙のみ。まぁいいや。おやすみなさい。
夢を見る。
●ミハイル・エッカート(
jb0544)は夢を見る
蹴り飛ばされて仰向けに倒れた。取り囲んでくるのは鉄パイプやら警棒やらを持った者達。彼らの事を、己は知っている。
(なぜあいつらが俺の前にいる?)
確かに息の根を止めた筈。工作員の仕事としてこの手で殺した連中。なのに己は今、あらゆる罵詈雑言と共に筆舌に尽くしがたい集団リンチを受けている。四方八方から殴打の雨。骨は折れ歯は砕け目は潰れ肉が変色し肌が切れ血が噴き出して。光纏して抵抗する事もできない。
(ああ、これは夢だ)
分かっているのに、こんなにも痛い。振り下ろされる金属バットが、己の意識を頭蓋骨ごと押し潰した。
明転。衣服も無く、己は椅子に縛られている。ビッシリと棘の付いた拷問椅子に。
ライバル社の幹部が、己を破った相手が、己の髪を掴んで顔を上げさせた。『観客』がニヤニヤ嗤って眺めている。
「俺は苦しまずにお前を一発でしとめてやった。なのにネチネチとやりやがって……これはお前の趣味か?」
返事は「やれ」の一言だった。歯科医が使う様なドリルを持ったライバル社の工作員が、高い音を響かせるそれを近付ける。きゅぃいいいいん。右目。左目。歯茎。爪と指の間。舌。
「がァああああぁあああああぐあ゛」
ケダモノの様な悲鳴。それでも屈せず、必ず殺し返してやると憎悪する。削られながら、見えないのに分かった。ノコギリが己の頭部に宛がわれる。ごり。ごりごりごりごりごり。それは頭蓋骨を切ってその中のモノを剥き出しにして灰色のゼリー状のそれにまたドリルがきゅぃいいいいいん。
そして目の前には女が居た。元カノ。恋愛を諦める切欠となった存在。本当に愛していた。当時己はヒヨッコだった。なのに銃を向け合っているのは、上司から彼女を殺せと命令されたから。ダブルスパイ。己を試す為の命令。
「今度はお前か、仕返しに来たか……今度は弾を入れ忘れるなよ」
あの時、彼女の銃には弾が入っていなかった。入っていれば良かったのに。最悪の後味は今も舌に残っている。それでも己は、夢だとしても、殺されるのは嫌だった。
銃声。
己の弾丸は彼女の額を掠め、彼女の弾丸は己の心臓を――撃ち抜いた。
「ぐっ……やれば出来るじゃないか……」
笑った。死にたくないけど、殺意は無かった。そして地面に頽れる。
夢に現れるのは殺してきた者ばかり。嗚呼、一々数えてないけれど。
「恨むなよ。お互いに仕事だろ」
学園を卒業したらあの世界に戻るのだろう。だが、学園は己の中の何かを変えた気がする。
(俺は元に、戻れるだろうか?)
●天宮 佳槻(
jb1989)は夢を見る
虚ろな目で虚ろな部屋の天井を眺めていた。服を纏う事すら赦されないその剥き出しの肌は隙間なく痣だらけで傷だらけで腐って壊死して蛆すら湧いていて。幾らでも調達出来る品物、実験の噛ませ犬、人権なんて無い。使い古されて用も無くなれば道具ですらなくなる。つまり、『ゴミ』だ。ゴミはゴミ箱へ。病院の廃棄物処理場。細い首が絞まってゆく。酸欠の脳。掠れる意識。永遠のブラックアウト。助かるなんて奇跡はなく。
黒い。――否、赤い。燃え盛る火の中。十歳ぐらいの己だっただろうか。両脚を折られて逃げる事はできず、ただただ痛みにのたうった。悲鳴は無い。咽を焼く煙。皮膚を舐める焔。焼けてゆく。焦げてゆく。生きたまま。動けぬまま。熱い。熱い。痛い。
嗚呼これは代償。分不相応な夢の代価。愚かな事だ。己を人だと、誰かに人として扱われ、気にされる事があるなどと、一瞬でも信じた愚かな己が招いた当然の結末。焼けた咽と火膨れた舌で嗤った。嗤うしかなかった。焼け爛れて、逝きながら。
赤い。――否、黒い。冷たいゴミ袋の中。生後間もない己だっただろうか。吐き気を催す生ゴミの臭い。それに塗れた赤ん坊。母の温かい腕に抱かれる事もなく。その生を誕生を祝われる事も喜ばれる事もなく。汚らしい赤ん坊。衰弱しきって、動く事もできない脆弱な生物。ガサガサ。ゴミ袋が揺れた。光が差した。カラスの嘴がゴミ袋を食い破ったのだ。引き摺りだされる。ゴミと共に。啄ばまれる柔らかい肉。鼠が集る。虫が集まる。齧られ噛まれ食われ貪られ、泣く事も出来ぬままに。誰にも気付かれる事もないままに。そのまま、臭い臭い生ゴミと共にゴミ収集車の中で砕かれていく。ごきごきぐしゅ。ただのゴミ。混ざり合う汚物。声にならない断末魔。きっと誰にも聞こえない。 僅かに残り腐敗した肉片も燃やされ焼かれて、ゴミと一緒に灰になるのだろう。
白い。――それはバッドエンドの可能性。開いた目は開いているのか。己は本当に己なのか。実感は、何処に。
「『現世は夢、夜の夢こそ真』か……」
今の己はあれらの何処かで死に逝こうとしている己が見ている夢ではなかろうか。
次の瞬間には死んで終わって消えてしまうのではなかろうか。
その先に、己など存在しない世界があるのではなかろうか。
右手を翳した。その手は、爛れていはいまいか。
●神雷(
jb6374)は夢を見る
「大丈夫、大丈夫だから! あなたは私が守るからっ!」
泣き叫ぶ人間の子供を抱きしめて、その身を盾に天魔の猛攻から護り続けていた。背中に走る痛み。でも護らないと。思って。ズキリ。お腹が熱い。いや、痛い。下ろした視線。包丁の刃が刺さっている。
「……え? あれ?」
見開く目。あれ?どうして?どこから?目線を上げる。包丁を握る手は、護っている筈の子供のものだった。その子は目に敵意を込めて己を睨み付けていた。何か言っている。何を言っている?
『薄汚い悪魔め』
蹴り飛ばされて、緩やかに頽れる――落ちる様な感覚。ハッと目が覚めた。教室。
(あらやだ、居眠りしてたみたいですね)
目を擦って前を向く。棄棄の授業。棄棄先生は今日もステキです。思いながら教師の話を聞く。まだ寝惚けている?上手く教師の言葉が聞き取れない。
「つまり、学園の天魔共は遍く殺処分だ」
ニコッと棄棄は微笑んで言った。己の目の前で。
「先生、それは私の双剣です。どうして振りかぶってるんですか?」
「殺処分」
「そんな、私は人間の味方ですよ」
「殺処分」
「本当です、信じてください、私は」
「殺処分」
「あ」
さくっ。腕が飛んだ。
「あぐッ」
さくっ。耳が飛んだ。
「や、やめて」
さくっ。鼻が飛んだ。
「いたいッ!」
さくっ。脚が飛んだ。
「ひッ も、やめ て」
さくっ。さくっ。さくっ。さくっ。さくっ。
首が飛んだ。
「せ んせ、」
落ちる中で呟いた己は、そのまま真っ二つに切られてしまいました。
「殺処分」
肩を揺すられ目が覚めた。魘されていたという。
「あぁ、怖い夢を見てたみたいです」
目を開けたそこにいるのは少年だった。倒れている自分を助けてくれた、あの少年だ。当然、覚えている。
「つまり、これも夢ですね」
微笑んだ。何処か悲しい、色を湛えて。
「あなたになら殺されても文句は言えません」
微笑んでいる。少年も。己も。ひやり。少年の手が、温かい己の頸に触れた。冷たい手ですね。呟いた。目を閉じる。望んでいる。己は。人間に殺される事を。ひょっとしたら。
緩やかに器官が絞まってゆく――緩やかに己は死んで逝く……
「ごめんなさい……」
事切れるその前に。
嗚呼、やっと、夢の中だけれど、彼に謝る事が出来た――
「という夢を見たんですよ。ヒトに殺される夢なんて、とんだ自慰行為ですね。なんて嫌な夢でしょう……」
「夢だと思った?」
「え?」
顔を上げた先に笑顔の棄棄が双剣を振り上げていた。
「殺処分」
くしゅ。
●Unknown(
jb7615)は夢を見る
「貴様は誰だ」
姿無き異形。嘗ての己。愚かで孤独。食い千切る。中へ。中へ。
『クソ天魔め、クソ以下の汚物め』
誰か居た。人間だ。怒鳴っている?聞こえない。知っている?分からない。名前は?思い出せない。だが猛烈な殺気に何故か抱いたのは懐かしさだった。次の瞬間には首を刎ねられていた。首ごと落ちる視界。顔の見えない人間。に、ばぎゅ。と。踏み潰された頭。踏み躙られている。脳漿。だらしのない視神経。飛び出して転がった金の目玉はじぃっと見て居る。
『俺は天魔が大嫌いだ。天魔は殺す。天魔だから殺す。俺の敵だから殺す』
何度も殺される。四肢をもがれ。脳天を砕かれ。衝撃波に肉片にされ。頸を斬られ。何度も。罵られ。嫌悪され。敵視され。何を言っているのか分からない。ただ、また刎ねられた頭部の目玉でじっと見ていた。そしてまた死んだ。殺される。『知らない』人間が何度も何度も。知らない。わからない。わからない。手を伸ばした。抱きしめたかった。届かなかった。ぼとぼと、刎ねられた腕がみっともなく落ちる。不恰好なマネキンみたいな自分。心臓から血が出ている。でも痛くは無い。星空のような血。どろどろ、どろどろ。
『薄汚い手で触んなバケモノ。きったねぇな』
吐き掛けられた唾と嫌悪と。けれど金の目玉はじっと見ていた。濡れる筈の無い眼を。嗚呼。己の死を悲しんで欲しい願望だろうか。ようやっと、理解。人間の正体。愛おしい劣等感と共に。
「我輩を して、『棄棄』」
xxしてほしい。不完全な人間の姿になってみせた。
xxしてほしい。不完全な雌の姿になってみせた。
なんにもしらない。でも自分だけ見て欲しい。朽ちるまで一緒に居たい。
ばかばかしい。それでも不完全に満たされる。
馬鹿馬鹿しい。叶う事なんて、絶対に無いのに。
『は? 超キメェ。俺がお前をxxした事なんて一度も無ぇし俺ぁ同性愛者でもねぇし何よりテメー悪魔ですからぁ! げらげらげらげら』
手を伸ばしても気を引こうとしてもどんな言葉も彼には届かない。届かない。永遠に。これは悪夢。幸福な悪夢。どんな憎悪も嫌悪も殺意も今は自分だけのもの。たとえ夢<嘘>だとしても。己を救えるのは彼であればいいと思った。願った。たとえ無いもの強請りでも。叶わないと分かっていても。まるでワガママな子供。
『分かったらとっとと死ね不愉快だ俺の目の前から消えろ死ね』
「わかった。……おやすみなさい」
目が覚めたらアンパンでも買って、逢いに行こう。微笑んだ。その身体は、パズルの様に崩れ去った。目が覚めるまで永遠に。
●マルドナ ナイド(
jb7854)は夢を見る
家畜に命令されたので、同族と殺し合わねばならなくなった。
さくり。故に、また、傷が増える。嗚呼。さくり。それが誰かの傷を呼ぶ。嗚呼。さくり。なんて痛いのだろう。辛いのだろう。まるで甘い飴玉の様に、口の中の舌の上で鋭利な剃刀を弄ぶ。噛み砕く。裂ける。裂ける。裂けながらの嚥下。嗚呼。
『―――』
湧き上がるのは言葉を超えた叫び声。歓喜に震え、唇を紅く、頬を桜色に、染め上げて。けれどこの恍惚なる痛みは全て、誰かに移れば元に戻る。淫蕩の引っ掻き傷。自傷し『痛み』を媒体にした模倣の魔術。己はそれが残念で、痛みに悶える誰かが羨ましくて妬ましい。
いつもはそうだ。
だが、今は違う。
頬に添えた爪先で顔面の皮を剥ぎ取ろうとも、剥き出しになった真っ赤な肉を毟り取ろうとも、眼窩に指を突っ込んで満月色を穿り出しても、己の腹を破いてナカミを全て晒そうとも、露になった白い骨を一本一本愛しむ様に砕いても、治る事はない。激痛は繰り返される。死んでも殺されても。
「――!」
膝がガクガク震えるのは悦びか失血か。咽から奔った声は歌のよう。同族達に取り囲まれ、取り押さえられ、真っ赤に焼けたペンチで肉を少しずつ毟られてゆきながら。
伸ばした手にはカッターナイフ。ぢぎぢぎっと刃を出して、白い手首に押し付けて、まるでバイオリンを奏でるかの様にギコギコ揺らした。血の演奏。肉が裂け血管が切れ白い骨が見えるまで。悦楽。快楽。家畜に服を剥がれ、裸のまま砕けた硝子の上に放り投げられ、雑巾を扱うかの様に擦り付けられる。赤い赤い赤い赤い、自分。
嗚呼。この痛みこそ、この快楽こそ、己が屠殺場で見つけたかった浄化――快楽だ。
ゴメンなさい、と言う様に。気持ちいい、と味わう様に。何度も何度も繰り替えす。そしてそれに抵抗すればするほどに、己の身体に快感が駆け抜けるのだ。
「一緒に傷つきましょう? 傷を恐れてはいけません、痛みから逃げてはいけません。それが貴方の罪を償う事になるのです」
痛いなら一緒に叫びましょう?微笑む唇に鋏を突っ込み、じゃくん。ばつん。開いて、もっと。前から後ろから。刺される。鋏。じゃくん。ちょきん。皮膚を肉を骨の中を。開かれ。己の全て。露呈。見て。もっともっと。剥き出しの心臓に己の手で触った。動いてるのが愛おしくて、脈動と共に肩を戦慄かせて、そっとそっと、握り潰す。
それでもまた目を開くのだ。繰り返す。建前を盾に、心に秘めた気持ちを身体に刻めるこの快楽を。
「あぁ終わってしまうの、終わらないの?」
目を開く。そこは現実。夢じゃなくて。
でも――身体だけは、燃える様に火照っていた。
●おはよう
朝。おはようございます。
『了』