●装いませう
「ふ、この私を満足させる一着、果たして見つかるか否か」
冬服大フェスタ。千々に賑わい。それを興味深げに見渡し、のしのしと歩いているのはジャイアントパンダこと下妻笹緒(
ja0544)だった。
「ファッション。それはグルメと並んで老若男女古今東西に通ずるネタである。新聞部部長として学園生徒諸君に喜ばれる記事を作る事は使命、冬の風物詩とも言えるこの大フェスタ……覗かないという選択肢は万が一にも、無い。久遠ヶ原のファッションリーダーたるこの下妻笹緒が大フェスタを斬ってやろうではないか」
息巻く情熱。無知は恥。だが感情の赴くままではなく極めて理性的に行動するのがこの男だ。先ず、この広い会場を闇雲に歩いても無意味。故にターゲットはメンズのアウターを有名ブランドから学生サークルまで。そしてただトレンドを追うだけではなく、独自視点でこの冬服市にアプローチ。
目当てはこのパーフェクト・アブソリュート・ナチュラル・ダイナミック・オールマイティスーツ即ちPANDAスーツ上から纏っても見劣りせず――勿論、ただ暖かいだけ・見た目が格好良いだけは駄目だ――白黒ボディにぴたりとハマり、この冬をゴージャスに演出してくれる、そんな一着。
「ふむ」
最中に目に付いたのはイタリア系のニットアウターだった。目を鋭く走らせてゆく。取捨選択。トレンドに乗りつつも、定番カラーは敢えて外して攻める色。ブルー。イエロー。
「カジュアルさを全開にしつつもパンダちゃんのラブリー度アップ――それが今冬のコーデ」
きぐるみだけど確かに伝わる、このドヤ顔。
その隣。まるでカモフラージュですと言わんばかりに並んでいたのは白いライオンのきぐるみを着た姫宮 うらら(
ja4932)だった。そもそも服を買いに行く服がないとの事で先ほど購入したらしい。
(まさか、このような場を訪れる機会が来ようとは……いえっ、臆してはなりません! 『ジョシ=リョク』を鍛え、いつか『一緒にお買い物』するためにも――)
「姫宮うらら。推して、参りますわ……! 皆様、此度はよろしくお願い致します」
きりっ。うららが凛々しく振り返るそこには戦友達が立ち並ぶ。
「これが冬服大フェスタ。まさにその名に相応しい規模です」
「うわぁ、とっても楽しそう〜」
リディア・バックフィード(
jb7300)と、白桃 佐賀野(
jb6761)。
(夏も厚手の長袖軍服で暑かったですわ……これはクールなわたくしのイメージを崩さずにわたくし好みの清楚で可愛らしい衣装を着用できる絶好の機会ですわ……)
アンジェラ・アップルトン(
ja9940)はそんな事を思っており、その隣では凛々しい顔つきでクリスティーナ・カーティス。
説明しよう。彼女達(佐賀野は男だけど)は『ジョシ=リョク』を鍛錬すべく集った戦乙女である!
「この度は初めましてクリスさん。宜しくお願い致します」
「ああ、バックフィード。宜しく頼む」
リディアに頷いたクリスティーナへ、次いで佐賀野が問いかける。
「クリスちゃん『ジョシ=リョク』って何?」
「相手が男であればどんな屈強な者でも屈服せし得る力であると聞いた」
成程。声を揃える戦乙女達。ツッコミ不在の恐怖。佐賀野はニッコリ笑いかけた。
「俺も一緒に頑張るよ〜。切磋琢磨? って大事なんでしょ? 頑張ろうね〜!」
それに応えつつ。リディアは「皆様は所謂ぼっちですかね……?」という言葉を飲み込んだのであった。
冬市。何があるのだろうと九条 静真(
jb7992)。
(最近、寒ぅて敵わんし……何や、あったかいもんがあったらえぇなぁ……。女の子の好きそうなもんとかあるやろか)
お土産、買って帰りたいなぁ。贈りたいのは姉と従兄妹と女の友人。女性への贈り物に関しては女性に聞くのが手っ取り早い。という訳で、件の戦乙女達の肩をちょいちょいとつっつき。
『プレゼント 何がいい? 小物とか 飾りとか』
差し出したメモ。だが相手が悪かった。クリスティーナがキリリと曰く、
「鎧」
申し訳ないが微笑みと共に遠慮した静真であった。
●ステキなデート
デートです?違います?なにはともあれ。
「胡桃ちゃんは何を買うつもりなんだい?」
「家族にクリスマスプレゼントを、買うのです」
棄棄の問いに、矢野 胡桃(
ja2617)は笑って応えた。マフラーとか、手袋とか、ネックレスとか、イヤリングとか、リングとか、ブレスレットとか……それから自分の買い物も少しと、先生にも何かこっそり、
「……」
大好きな先生が横に居る。なのに妙に遠く感じる。話をしたいと思うのに、躊躇ってしまう。何かプレゼントしても断られそうで。だってきっと、自分は失望されている。張りつけた笑みのまま俯いた。視線。声。態度。人間のあらゆるものが恐ろしい。
が、その手を引いた手が一つ。棄棄は微笑む。いつもの様に。
「一緒に行こうぜ。迷子になるなよ?」
詮索も説教もしない。いつもの通り。いつもの様に。生徒を愛しているからだ。それは如何なる事あれど決して揺るがぬ彼の正義である。
●ジョシ=リョク
きょろきょろ。そわそわ。馴染みのない場、慣れぬ会話、うららは緊張しっ放しでギクシャクしている。
少し前。生まれて初めて友と呼べる人ができて、戦いしか出来ない自分がファッションや遊びに興味を抱くようになって。だから、せめて、人並みでいいから『ジョシ=リョク』を得たい。友と一緒にお買い物に行けたら。そう思うようになった。
獅子として、ただすらに突き進めばそれで良い。と、思っていたけれど――徐にきぐるみを脱ぐ。ふぅ。吐いて。吸って。
今日は『姫宮うらら』としてイメージチェンジとまではいかずとも、少しだけ、ほんの少しだけでも、女の子らしくなりたくて。意を決して、うららはその手を伸ばす。
「あ、あの……! これは、どうでしょうか……!?」
無造作に選んだ服。アドバイスを求めて振り返る先にはクリスティーナ。ウム、と頷く天使。
「気になるのであればシ=チャクしてみてはどうか」
と言う訳で。
うららが無意識に選んだそれはそれはシンプルでいながらレースやリボンがとても女の子らしいワンピースだった。
慣れぬ装いにふるふるしているうらら。それを見て、佐賀野は「可愛い〜」と手を叩く。可愛いお洋服がいっぱいで、もこもこのふわふわで、彼はとっても幸せそうだ。ナチュラル・フェミニン系の女物の服から勧められたものまでたくさん試着しながら、仲間にも勧めていく。
「うららちゃんこのチュニックどうかなぁ? リディアちゃんはあのジャンスカ似合いそう」
「白桃。私には何が似合うだろうか」
「クリスちゃんはこのフレアワンピとか可愛いと思う〜。このベレー帽と合わせれば本当素敵だね」
「成程。早速シ=チャクしてみよう」
「俺も〜。……覗いても、いいよ」
イケメンボイスでキリッと言ったら、クリスティーナは言葉通りに受け取って本当に覗いてきたのであった。(試着中にカーテンをぶわっさーと開けられた)
「確かにドレスは普段は着る機会がないかもしれません。ですが、だからこそ大事な時にセンスが問われる服装なのです」
一方で、リディアはシリアスな口調で静かに佇んでいた。
「日常的に外出するは面倒ですが買物というなら話は違います。必要な物を手に入れるのに労力は惜しんではいけません。品物によりデザイン・値段など様々なポイントがあります。それを踏まえつつ選び勝ち取る! ……そうして勝ち得た品こそが未来の自分を彩るのです」
流れる様な怒涛の演説。「成程」と圧倒されたクリスティーナがぐっと拳を握り締めた。そんな二人の服装は試着しているドレス。華美で典雅、麗しい。これはどうか、あれも良さ気だ、互いに選んで着せ替えごっこ。
そう、これは訓練。ジョシ=リョクを鍛える為の。だからフリルにレースにリボンでふわふわ可愛い清楚可憐な乙女デザインな装いでも良いじゃないか!と言う訳でアンジェラも本音のままにオシャレを楽しんでいる。
一番が決められないほど、どれもこれも可愛くて。その末に買ったのは花柄が可愛らしいロングスカートだった。姉にも色違いの物を購入し、折角なのでクリスマス梱包をして貰う。自分は赤、姉は緑。
(あら……あんな所に赤林檎と青林檎のきぐるみが)
最中にふらふら吸い寄せられた、その先で。クリスティーナと鉢合わせ。
「アップルトンか。そちらはどうだ」
「あ、あぁ……上々だ」
姉と同じ名前故に内心ドキドキしながら応えれば、アドバイスを求められたので。
「クリスティーナ嬢は白や緑がよく似合うようであるから――」
フェミニンなリボンのついた白いもこもこケープコート。クリスマスカラーの生地や金の糸が使われたチェック柄レース付の可愛らしいコート。その下に着る洋服。髪飾り。ロングスカート。
「様々なものがあるが故に難しいな」
「まずは小物から始めると良い。ケーブル編みのフリンジスヌードなど良いだろう」
いつのまにかニョキリと顔を出した笹緒がクリスティーナにアドバイス。ファッションがなんたるかすら分かっていない彼女に、自らの一着を選ぶなど夢のまた夢だろう。「理解した」と天使は真面目に頷いた。
●道中
静真は市を行く。洋物より和風なモノ。落ち着いた色合いが好み。時間はある。賑やかな雰囲気も楽しみながら、時折ベンチなりに座ってまったりしながら、のんびりほっこり。
けれど買い物には手を抜かないのが静真だ。呉服屋が実家であるが故に服を見る目は慎重。そうして目当てである贈り物――髪飾りや小物が中心だ――を買った後に、自分用として選んだのは和風な柄の品の良いストール。
店の者に丁寧にお辞儀をしてから、機嫌よく首に巻いた温もりに顎を埋めた。
(こういうのも、偶にはええなぁ)
「はひ、どうしよ迷子だ……あ、このバレッタ可愛い〜」
もうすぐ集合時間だけれど安定の佐賀野だった。その最中、すれ違うのは静真。
(ん? 静真ちゃんだー。お土産……俺も買ってこうかなぁ)
このマフラーとかお花ついてて可愛いし。そうだ、友達(※男)にあげよ♪
●ステキなデート2
「笑止! 冬などマフラーだけで乗り越えるもの……!」
「説得力ねぇぞアンちゃんや」
ぷるぷるしているUnknown(
jb7615)に棄棄は苦笑する。ところで擬態って何ぞ?先生よくわかんないの。
そんなこんなで市を行く。アンノウンは棄棄と手を繋いで歩きたいのに身長差。そんなアンノウンだったが、
「大きいサイズ、あったよ」
「私はこれを勧めよう」
「これ俺のオススメ〜」
胡桃はシンプルな一式、アンジェラは星空の様な光る飾りが沢山散りばめられた黒コート、佐賀野はレースロングニットワンピ。
服に無頓着故に着せ替え人形状態のアンノウンを眺めつつ、棄棄は「こんなものを発見してしまった」とアンジェラからプレゼントされたアンパン型マフラー(アンパン型もふもふが連なったデザイン)をもふもふしているのであった。
●全員集合
会場立派=食事ブースも立派。という訳で、デザート全種食べ尽くさんと意気込むアンジェラや無尽蔵に食べるアンノウンの様な者がワンサカいても『食べ尽くされる』という事は起きないようで。
「こっちは兄。こっちは姉で、こっちは弟と妹。で、こっちは母さんで、こっちはー……」
約束どおり食事ブースへ集合した仲間達へ。胡桃は家族に選んだ服を楽しそうに見せている。所謂、家族馬鹿だ。
「自分のはどんなのを選んだんだい、胡桃ちゃん?」
「え? 自分のです? ……真っ黒くろすけです」
見守っていた棄棄に見せたのは、ワンピースにボトム。黒。どんな色でも可愛いよ、と教師は微笑むのであった。
「俺のも見て見て〜」
佐賀野も『戦利品』を早速着てファッションショー。ひらり、翻すのはキャメルの花柄ワンピースにピンクのポンチョコートを合わせたもの。「これが一番気に入ったんだ〜。ロングブーツに合ってるでしょ?」と得意気に笑んでみせる。テーマはナチュカワ小悪魔。ドヤァ。お腹もすいたしこのままご飯にしよう。
「……」
うららはそんな皆のファッションショーをぐったりしたまま羨ましそうに眺めていた。正に『精根尽き果てた』な状態なのは慣れぬ事をした所為か。結局、一着も買わず仕舞で終わったけれど。
(いずれまた、友人と一緒に……)
机に突っ伏したまま、思いを馳せるのであった。
一方でリディアは『なにか おごる』とメモを渡してきた静真の言葉に甘えてまったりと温かいコーヒーを飲んでいた。隣にはクリスティーナも同じくコーヒーを飲んでいる。
「ふぅ、やっぱり買物後の珈琲は格別ですね」
「ジョシ=リョクを高めるのは楽しいな」
「えぇ、今日は楽しかったです。また一緒に買物へ行きましょう」
それから、とリディアはクリスティーナにプレゼントを一つ。こっそり買っていたアクセサリーだ。
「付き合ってくれたお礼です。今日買っていらしたものに合うかな、と」
「……、」
ちょっと目を逸らす天使。薄く頬を染めて、照れを隠しながら――それでもニコリと微笑んだ。
「ありがとう、バックフィード。大切にしよう」
ぬくぬく。出来立てアンパンとたい焼きをもぐもぐしながら、棄棄で暖を取るアンノウンは満足そうだ。だがなぜか黒ウエディングドレスだ。無駄に似合う仕様。
「今は我輩のらぶカイロー」
「そうか。で、なんでアンちゃん女装してんだ?」
「……」
「女装って気付いてなかったのね……」
涙目の生徒をナデナデ。取り敢えず女装解除して気を取り直して、アンノウンは気晴らしと言わんばかりに棄棄にウサミミカチューシャを着けたり、その頬をむにむにしたり齧ったりして遊んでいた。教師は生徒の好きなようにさせている。最中に。悪魔の指が棄棄の右目を隠す布を除ける。そしてその瞼に、口付けを。
「こっちは見えないんだ」
満足そうにナデナデしてくる生徒、その笑顔に笑顔を返しつ棄棄は言葉を続ける。
「そういうのはあんま人前でやるなよ? それと、しっかり親しい人にしかやっちゃいかんぞ〜」
教育的指導。ぺしっと軽いチョップ一つ。「ぐふっ」と呻いて額を摩りつ、ふと悪魔は問うてみる。
「愛しの生徒でなければ我輩は何になってしまうのだ?」
「お前はお前だろ」
回答は何でも良かった。まだ良く理解は出来ていないが、アンノウンは己を愛してくれる教師が『すき』だった。そんな彼は愛でるもの。色んな感情が先生から食べられるようこれから頑張るます。『棄棄とお揃いのものやプレゼントを探しに冬市へ』という目的をサッパリ忘れていて帰ってから落ち込むのはまた別のお話。華麗なるド忘れ。
そして、そんな折だった。
空からチラホラ、白い色。
「これがユキ……かき氷には足りんな」
呟いたアンノウンだけでなく生徒達は空を見る。誰しもが雪を見る。
それは何処までも白い色をしていた。
『了』