●
「……タイトル、皆大好き先生、ですの」
と、橋場 アトリアーナ(
ja1403)はビデオカメラのスイッチをオンにした。
「いえーいピースピース」
棄棄は颯爽とカメラに向けてダブルピースをする。が。
「……あ、こっちは気にしないでほしいの」
「あっはい」
今日のアトリアーナはカメラマン。今日は棄棄の久遠ヶ原での一日を追ってみたいと思う。
●
「確か誕生日ぶりですね。久しぶりです」
最初に校内で出会ったのは田村 ケイ(
ja0582)だった。
「あまり関わったことはありませんが、一度こうしてゆっくり話してみたいと思っていたんです。一緒にまったりしませんか?」
「おいおい、俺達ぁ教師と生徒だろ? 関わりの浅さ深さなんて問題ないさ」
という訳で、裏庭の木陰。木漏れ日の中。シートの上で座ってまったりティータイム。
「アンパンが好きだってことでしたから、アンパン祭り程ではないですけど……粒餡、漉し餡、白餡、栗餡、抹茶餡、色々揃えました」
そう言ってケイが並べていくのは種類豊富なアンパンだ。棄棄が嬉しそう〜にアンパンをもぐもぐしているのを眺めながら、彼女も好物である抹茶餡のパンを手に取って。甘い味のお供は爽やかな緑茶だ。
「……群馬といい四国といい、相も変わらず忙しいですね」
「そーだなァ。ま、諸君なら大丈夫さ」
「どうも。先生が少しでもまったり休めたなら幸いです。……あ、そういえば生徒を抱きしめたいんでしたっけ? 存分にどうぞ」
両手を広げてウェルカム。ならばと棄棄は彼女を抱きしめもふもふもふもふイイコイイコ。
「あっ、先生」
そんな現場に遭遇したのは神林 智(
ja0459)だった。棄棄と話をする機会なんて滅多にない――いや割とそんな事もない――けれど、機会があるならば、是非。
呼ばれたので。教師が振り返った先の生徒は、凛と真面目な顔をしていた。
「近頃実戦的な依頼に入ってないのもあって、実技が伸び悩み気味なんです。贅沢言うなら先生に稽古とかつけてもらいたいけど、戦闘の際のコツというか、何かしらアドバイスを賜りたいなーと……ダメ、ですかね?」
「いいよ」
即答だった。あまりにもアッサリ承諾されたのでちょっと拍子抜けしつつ――「んじゃかかって来いよ」と笑う教師が手招くままに。
「では――参ります!」
全力で。地を蹴った。
そして。
コテンパンにされた。
「だいじょぶ?」
地面に仰向けになった智に、棄棄は手を差し出しつつ。
「大事なことは、『自分に出来る事を知り、それを最大限活かす事』よん。OK?」
「んん……わかったようなわからないような……でも、頑張ってみます」
その手を取って立ち上がる。真新しい高等部制服のスカートを一払い。
「私は戦いに赴く時、何があっても生きて帰ることを目標にしてます。そこまで厳しい戦いをしたことはまだ、ないですけど」
「死なない事は大事だからな。良い心掛けだ」
「……先生も、ご自愛なさってくださいね?」
その命を散らした者も実際にいるのだ。「だーいじょーぶだって」とへらりと笑う彼の目を、じっと見澄まして。
「本当に、ですよ?」
「あぁ。ありがとよ智ちゃん。なぁに先生は無敵なのさ」
●
「この子が俺の大事な大事な後輩、ソラなのだ! 転んでも頑張って立ちあがる偉い子なのだぜ。俺は前向きなソラにいつも励まされてるのだ」
後輩が棄棄に会ってみたいと聞いた時、ギィネシアヌ(
ja5565)はその目を輝かせたものだ。「よろしくなー」と微笑む棄棄。に、ギィネシアヌはちょっと顔を寄せつ。
「俺ってばソラの前ではカッコイー先輩になろうと躍起なのだぜ」
小声の耳打ち。ウム、と頷いた棄棄が密かに彼女の背中をポンと叩いた。頑張れよ、と応援するかの様に。
では、とギィネシアヌは後輩へ向いた。
「このブッ飛んだファッションセンスのかっちょええ人が棄棄センセである。いつだって俺たちの事を考えてくれてるすごいセンセイなのだ!」
「うむ、棄棄である。よろしく!」
「ささっ、お近付きの印に握手するのぜ二人共!」
促せば、交わされる握手。そんな二人をギィネシアヌは抱きしめた。ぎゅーっ。二人からエネルギーを貰うつもりで。そしたら、棄棄にも「山ギたんはかわゆいのう」はぐはぐもふぅされたのであった。
「顔は怖いけど、良い先生みたいだね。顔は怖いけど……」
コソリ。それらの様子を物陰から伺っていたのは不破 十六夜(
jb6122)。それに気付いた棄棄が「よう」と挨拶してきたので、「こんにちは」と返しながら教師の傍へ。
「先生。聞きたい事があるんだけど……」
曰く。十六夜は姉を探している。銀髪で、灼眼で、女子で――それから様々な情報を彼女は話すも、 そのほとんどが自分の願望や思い込みによるもので結構当てにならなかったり。
「と、言う訳で先生はそれらしい人について知らないかな?」
「う〜ん……銀髪赤目女子ってだけで相当候補が出るからなぁ……」
「姉さんは、僕に似て御淑やかだから前衛職じゃなくて後衛職に付いてる筈なんだよ」
「うーむ。取り敢えず銀髪赤目の女の子に片っ端から聞いてみたらどうだ?」
「成程……ありがとうございました」
ペコリと一礼。そして十六夜は日課である姉探しに戻っていったのであった。
「あ、棄棄せんせー!」
それと入れ替わりにとてとて駆けて来たのは逸宮 焔寿(
ja2900)。
「いっしょに遊ぶのです♪」
「おー良いぜ焔寿ちゃん、何して遊ぶ?」
「棄棄せんせーを着せ替えのお人形にしてしまおう計画っ! きっと何を着ても似合いますっ」
力説。少女が教師に渡すのはサイコロ一つ。
「サイコロの目と同じ数……つまりは6種類。衣装はこちらの番号の書かれたボックスに入ってます。中身は開けるまでのお楽しみですっ♪ いろんな場面ごとにチェーンジなのです★」
「すげえな! 用意周到だな!」
「……せんせー、断りませんよね?」
「男に二言はない きりっ」
「流石なのですっ! さぁ、運命のダイスロール!」
1.戦隊ヒーロー
2.執事
3.ギメルコス
4.来年の干支キグルミ
5.そのままの君でいて
6.GIGA進化!
なんだかんだで全部やる先生はサービス心に溢れている。しかし女装系のみ改竄されていたのは何故……それは暗黒微笑を浮かべる棄棄のみぞ知る。
それはさておき、記念撮影も忘れずに。
「合成加工して、六人のせんせー集合写真メモリアル作るですっ! できたらね、せんせーにあげるのー♪」
「おう、楽しみにしてるぜー!」
お別れして、踵を返して。
藤井 雪彦(
jb4731)と棄棄が遭遇したのは間も無く。
「……どうした?」
と、教師がその顔を覗き込んだのは、いつもは緩い笑みを浮かべている彼の顔に、珍しく『笑み』が無かったから。
「棄棄先生、ボクの悩みを聞いてくれるかな……?」
「おう、いいぜ。話してみろよ」
色んな経験をされてる先生なら、と。雪彦は胸の内を語り出す。
「会えなくなってしまった人への想いをどうしたら良いか……ボク自身わからなくなってるんです……。
大切な人……でも、二度と会うことはできなくて……忘れないと次へと進めないと思う自分がいて……なのに、忘れたくないずっと想い続けていたいと願う自分もいて……」
喋っている内に落ちてしまった視線を上げて、教師を見る。
「先生は、そんな状況になった事は……自分がわからない時にどうしましたか?」
「どれだけ分からなくっても自分は自分だろ。自分を一番分かってやれるのは自分だけだろ。なら信じろよ、信じてやりな、自分自身を。
あと。大切で、もう会えないんなら、尚更忘れちゃいけねぇよ。いいかい、過去に引きずられるのと忘れるってのは違うんだ」
お前さんなら大丈夫さ。そう言って、笑って、教師は生徒の頭をふわりと撫でるのであった。
ナデナデ。
今こそ、自分も!
「折角のチャンスなので、撫で撫でしてもらうのですワっ!」
億光の翼を翻し、ミリオール=アステローザ(
jb2746)が飛んでくる。堕天使として人の世に来たものの、普段は斯様な事とは未だ縁は遠い感じで――故に、ちょっと、楽しみなのだ。
「よーうミリオールちゃん! いつも頑張ってるなぁ」
「むふふー、いっぱい撫でるといいのですワーっ!」
「よしきた任せろ」
飛んできたミリオールを抱き留めて、腰掛けた膝の上にちょこんと乗せて、そのままナデナデイイコイイコ。
「……んふー、何か落ち着くのですワー」
ほわわー。目を細め、ちょっぴり気持ち良さそうにしてみるミリオール。なんだかお布団に包まれているような、安心感。
そのまま、もふもふされるがまま、ミリオールは人間に問うた。
「先生は皆が幸せになれる地球征服の方法をご存知ですワ?」
「征服した奴がみ〜んなの事を優しく思いやれるいい奴なら、きっと大丈夫なんじゃねぇか?」
「人間の体での戦い方のコツを教えて欲しいのですワっ!」
「向上心を忘れない事だな! あと無理禁物」
「成程ですワっ! 先生は色々なことを知ってるのですワっ!」
言葉とともに、ミリオールは棄棄の膝からぴょんと降り立つ。
「わたしがこの体に慣れた頃に手合わせでもしていただけると嬉しいですワ!」
「おう! どこからでもかかってきなさい。生徒にとことん付き合うのが先生ってもんだからな!」
「約束ですワ!」
「約束。人間式の約束を教えてやろう」
ゆびきりげんまん。うそついたら、はりせんぼん。
うびきった。
二人分の小指で紡いだ歌一つ。そして、ぱたぱた手を振る生徒に、教師は「またな」と別れを告げた。
そして、フッと不敵に笑み。
「出てきな、『黄昏の魔女』……!」
「ふふっ……私の隠匿魔法(設定)を破るとは、流石先生ね……」
ニヤリ。木の陰から現れたのはフレイヤ(
ja0715)だった。じり、じり、と間合いを詰めて行く。緊迫の空気。搗ち合ったままの視線。
「お前ももふられに来たのかい?」
「フフッ、生徒なら誰でもハグ出来ると思わない事ね! 乙女の柔肌をそう簡単に触れると思ったら大間違いなのだわ!」
「ほほう! それは何故に!」
「それは! この私! 黄昏の魔女がピンクおさげの萌えキャラに抱きしめられる道理はないのだわ! しかぁし! 私は慈悲深い魔女でもあるわ。どうしても私とハグしたいのなら……カバディで勝負よ!」
「その挑戦――受けて立つ!」
聖戦<カバディ>。
「私が負けたら思う存分ハグすればいいわ。でも私が勝ったら……せんせの秘密をひとつ打ち明けてもらうわよ!」
絶対に負けない、強い意志を胸に秘め。キッと前を見澄まして。
でも。
ごめん。
正直勝てる気がしない!
だって私ダアトだし、運動神経悪いし!
(でもここで負けるわけにはいかないわ――!)
5秒後、そこには白目を剥いてグッタリとしたまま棄棄にフルモッフされるフレイヤの姿が!
●
「楽しそうやねぇ」
「元気ですね〜。こうしていると、ここが学校だという事を認識できます」
見晴らしのいい屋上、棄棄の行動を眺めていたのは宇田川 千鶴(
ja1613)と石田 神楽(
ja4485)だった。にこにこ。「先生の周囲は本当に賑やかで、落ち着きますね」と、神楽はいつもの笑みでのんびり景色を眺めながら。
「これはこれで楽しいと思うのが私ですが老人ではありません」
「神楽さんは老人やなくてたぬ……」
古狸。言い掛けたけど、飲み込む千鶴であった。
と、視線を外していた刹那だった。
「オッスちづちゃんに石田君」
全力跳躍。たくえつしたぎのうをもつるいんずぶれいど。棄棄がそこに、居た。
「!?」
「先生、丁度いい所に。千鶴さんを撫でてください」
「!!?」
千鶴の背中をススッと押す神楽。にこにこ。一方の千鶴は慌てている。楽しそうなのは見ている側が好きだ、と言っておきながら、少し照れ臭かったのも事実で。
「え、いや。あの……」
しどろもどろ、先生の前。少し振り返って神楽を睨んだ。
「撫でて欲しそうってなんや……」
「いえ、撫でて欲しそうだったので」
「先生、神楽さんは力の限り抱きしめてやったら喜びます」
にこにこ笑う彼に、仕返しの言葉。なるほど。理解した棄棄もにこにこ笑った。そして手を広げ、二人まとめてぎゅっぎゅー。
「可愛い奴等じゃのーお前らは」
ぽふぽふ。頭を撫でられる感触に、千鶴はついつい俯きながらも――嬉しい、と思う。こうして、楽しく、先生や友達が笑っている姿を見るのは。
神楽もまた、同様。賑やかな空間はいいものだ。楽しそうで、嬉しくなる。自分自身がこうした空気を作るのが苦手だから、尚更。
「うん、それだけで充分やわ」
「ええ、充分です」
ぎゅっぎゅ、もふもふ。
●
閑静なマンション。棄棄が招かれたそこは、星杜 藤花(
ja0292)と星杜 焔(
ja5378)の自宅である。
「小豆の粒餡漉し餡白餡うぐいす餡ずんだ餡栗餡田芋餡南瓜餡芋餡紅芋餡手製餡何でもありますあんぱん祭ですよ〜」
にこにこ焔がズラズラーっと並べるあんぱんフェスタ。こだわったのは餡子だけではない、生地だって天然酵母でふわふわもちもち。
「凄いなほむほむ、むっちゃ作ったな」
「母さんに連れられてよく行ったパン屋さんの事を思い出しまして〜……あんぱんフェアの時色んな餡あってわくわくしたな〜と思っていたらいつの間にか作りすぎてました〜」
お土産にも包みますよ〜と言う焔の横では、藤花も自作あんぱんを並べてゆく。苺大福の様な苺あんぱんや、棄棄の顔を模したもの。女の子らしい、見た目も可愛いあんぱんばかり。
「作るのは焔さんには敵いませんが、わたしも色々してみました。お口に合えばよろしいのですが」
「おうよ! それじゃー早速お言葉に甘えて頂くぜ」
一緒に手を合わせて、いただきまーす。
だが、美味しく食事は3人だけではない。
「はい、あーん」
人肌の温さ、離乳食の南瓜粥。藤花が匙で掬ったそれをもぐもぐしているのは小さな赤ん坊だった。
「その子……『マザーマリア』の」
「はい。望月の夜、望まれた子ということで『望』と名付けました」
藤花の声に、「いい名前だな」と棄棄は柔く笑む。皆に望まれて在る命。焔もまた、望を中心とした柔らかな光景に目を細める。思えば、色々、沢山、様々な人に助けられてきたものだ。独りぼっちだったあの時が嘘の様で。
棄棄に撫でられ、キャッキャと笑む赤ん坊。それを見守りつ、けれど藤花の本心には複雑な気持ちがあった。この子は、自分達があの冥魔を止められなかったからここにいる。焔も同じだ。決して表には出さないけれど、望の母親を殺したのは自分達と言っても間違いではない。責。気に病む内心。
(最初に討てていればこの子の親は……逆にこの子が……だったかもしれないが……でも……人が正規の手順で保護していたかも……)
堂々巡りの思考に決着は付かず。けれど、まるでそれを続けるかの様に独り言ちたのは、藤花だった。
「――この子に出会えたから、今まで以上に幸せを感じることができるのかもしれないですね」
悲しいけれど、過去はもう、どうする事もできない。
ならば未来を如何にかするべく足掻く事こそ、今自分に出来る事ではないか。
「いつも皆さんに助けてもらってばかりだから……今度はわたし達が、望を助ける番。そしてわたしたち自身も望に助けられているような感じです」
先生。呼んで、教師へ向いて、微笑んだ。
「素敵な出会いをくれた先生にも感謝です」
「おうよ、どういたしまして」
●
「俺もいよいよ大学生ですよ、棄棄先生」
「そ〜だなぁ若ちゃん。まぁお前さんなら何とでもなるさ」
「いえ、懸念事項が一つ」
くるりと、棄棄へ振り返った若杉 英斗(
ja4230)の目は真剣そのものだった。
「バラ色の久遠ヶ原キャンパスライフを送るために、ナンパもうまくなりたいところ――そこで、先生にはナンパの練習に付き合ってほしいんです」
「いいよ」
「じゃあ、先生が女子役です。自分が声をかけるのでリアクションしてみてください」
「任せときんしゃい」
「よし――へい、彼女! 一緒に学食でたぬきそばを食べないかい!?」
説明しよう! 最前線に生きる英斗は「お茶しない!?」なんてもうフツーすぎると思っている! そこでたぬきそばですよ! 一瞬女子は「あっ、このひとはなにか違う!?」と思うわけですよ! その心のスキを突くわけですよ!
しかも『そば』には、『細く長く付き合いたい』という思いも込められています。深い!!
「お、おう」
「あれ!? 先生どうしました? きつねの方がよかったですか? それとも、やっぱりうどんですかね」
「……お前さんに彼女ができる事を祈ってるよ」
そんなこんなのほど近くで。
「NINJAの流儀と致しましてプレゼントをする為――静馬さん逝きますよ!」
「任せるで御座る! カーディス殿!」
「成程! 楽しそうだな!」
物陰に隠れていたカーディス=キャットフィールド(
ja7927)と静馬 源一(
jb2368)だったが。あれ?今の誰だ。そっと声の方を見やってみる。棄棄先生でした☆
それは前日まで時間を遡る。
二人の鬼道忍軍がキッチンの前に参上した。
「ステキ先生へプレゼントをする為! 作れるだけあんぱんを作りますよ!」
「承知でござる! 何を隠そう、自分はあんパン作りの達人で御座る!(※自称)」
「伝説のイースト菌よ! 今目覚めの時なのですーー!!」
ゴゴゴゴゴ。普通に寝かせていた生地を取り出して。
「自分の手は太陽の手! カーディス殿との合作あんぱん! 名付けて手作りにゃパン3号なので御座る!」
「アンパン〜こしあん〜粒あん〜こしあん〜♪」
こねくりこねくり。楽しいクッキング。
という訳でして。
カーディスと源一は風呂敷で大量のアンパンを背負い、棄棄に奇襲をかけようと思っていたのだが。真横にいる。
「それでもやるのが、我ら鬼道忍軍! ヒャッハー! アンパンの雨を降らせてやるのですよー!」
ぶわっさーとカーディスは個別包装のアンパンを雨の如くぶちまけた。その影に紛れる様に、棄棄に接近するは源一。すれ違う一瞬、その口を狙う。
「零距離……とったで御座るよ! おいしく喰らうで御座る! にゃパン3号!」
「いつから『とった』と錯覚していた……?」
源一の手にあった筈のアンパンが無い。棄棄が既にもぐもぐしている。
「うん、ウマイウマイ。おかわり」
そんなこんなで、後は皆でまったりタイム。
「やはりアンパンには緑茶に限るのです〜」
「わふ〜♪」
カーディスは緑茶、源一は牛乳でのんびりほっこり。棄棄もあんぱんを美味しそうにもぐもぐしていた。
そんな教師に、はぐはぐもふーしたのは七ツ狩 ヨル(
jb2630)だった。が、そのままキョトンと首を傾げて。
「……あれ、ステキ、男?」
「男ですわよ」
へぇ。髪だけで棄棄の性別を判断していたヨルは頷いて、その間ももふもふもふ。表情こそ変えたりしないけれど、親の様な心地良さに機嫌は良かった。
が、対照的に。
はぐはぐしているヨルと棄棄を見て、踵を返したのは蛇蝎神 黒龍(
jb3200)だった。「どうしたの」とヨルの言葉に「なんでもない」と素っ気無いが、明らかに嫉妬だ。
それを察したのか。ニヤッと笑った棄棄が、ヨルごと黒龍をはぐはぐぎゅー。もふもふもふ。
「……!」
えぇ、嫉妬ですとも。腹癒せに棄棄の尻を撫でる。というか揉む。そしたら棄棄に揉み返されたとさ。南無三!
(酷い目に遭うたで……)
もう帰る。一人で帰る。オトコノコにはいろいろあるんです。解放されるなり、黒龍は去ろうとしたが。とてとて、そのすぐ後ろをヨルが付いて来る。
「黒」
名前を呼ばれた。その刹那。
抱き締めた。容赦なく。塞ぐ口唇、柔い感触。逃しませんよ、と。
離れても距離はすぐそこ。ヨルの隻眼に移る黒の顔はまるで粗相をした様な、気恥ずかしい様な、何とも言えない顔をしていて。溜息一つ。それから声だけはいつも通りを努めて。
「一緒にかえろうか?」
「……うん」
ヨルはそんな黒龍の様子に首を捻れど理由は分からず。差し出された手を取って、繋いで、共に歩く。恋愛の概念を理解していないヨルにとって友情も愛情も一括りで『好意』であり、キスもハグもそんな表現の一つ。
ヨル君分かってくれたらなぁ――黒龍の吐いた溜息の真意を知る者は、誰も居ない。
●
「棄棄センセイは素敵だから……とってもモテモテと思う……素敵なこと……」
「まぁな 先生は万年モテ期だからな」
「僕も皆にダイスキってしてもらえる素敵な人になるので……絶対な!」
「ニコちゃんがこれ以上素敵になったらやばいな無敵やぞ」
「それから、僕は保健部なのでな……お仕事もちゃんとするエラい大人になるので!」
「おう、男の約束だぜ!」
Nicolas huit(
ja2921)の隣、彼をはぐはぐもふもふイイコイイコしながら棄棄は笑んだ。
「ニコちゃーん!」
そこへさらにはぐーっときたのは加倉 一臣(
ja5823)だった。「Merci!」と、ニコラはお礼を忘れず言いながら棄棄とオミーへ同じようにもふもふはぐはぐ。好きな人に抱きしめて貰うのも、好きな人を抱きしめるのも、とっても素敵な事。
「冬も間近ですね……あまり寒さは関係なさそうな者もいますが」
そんなぬくぬくはぐはぐの光景に、夜来野 遥久(
ja6843)は焚き火の番をしながら独り言ちた。その傍らでは月居 愁也(
ja6837)が、焚き火でほこほこしながらこだわり芋の鳴門金時を焼き芋にしたり栗を焼いたりアンパンを焼いたり。今日は目一杯遊んで焼き芋で先生とハグで。
「最高じゃね?」
そんなこんなで。
「棄棄先生を合法的に堂々ふるもっふるできる依頼ー!? わぁーい、棄棄先生大好き〜!
という訳でどうも、観戦リポーターのひなこです。それじゃぁ、ももかちゃん解説よろしくー」
「はい、解説席の森浦です〜。今日は皆でだるまさんが転んだですね〜お誘いに乗ってくれたクリスさんにも感謝です〜」
栗原 ひなこ(
ja3001)に振られ、森浦 萌々佳(
ja0835)が解説席でにこり。
「え〜ルール説明です。鬼役兼審判は棄棄先生、先生の『ころんだ!』発言で参加者は停止してください〜。この時のポージングの芸術点、技術点、創作点で評価されますが動いたらアウトですよ〜?
アウトした人は最後のポージングのまま鬼の横一列で並んで下さいね〜。タッチしたら全員で先生をハグしましょ〜!」
それでは参加者さんの意気込みをどうぞ。
「全力を尽くす。それがくだらない遊びでもだ! ひなこ、輝き部分は任せた!」
片手はぐっと拳を握り、片手はぐっと小道具を握り。如月 敦志(
ja0941)は凛然と戦場に立つ。
「だるころならぬ『棄棄センセがみている』やな……笑わせるか感動させたら勝ちな、勝負ー!」
「ころんだ、の部分で静止……成程、動いたら負けという事ですね!」
「ワシはセンセーといちゃつきたいんじゃない、センセーを目的に集まってきた女子といちゃつきたいんだ……」
意気込むおのゆうまこと小野友真(
ja6901)、色々とルールが解らないけれどキチンと覚えようと頷く柊 朔哉(
ja2302)、無駄にイケメンボイスで久我 常久(
ja7273)。
「それじゃ始めるぜ生徒諸君……覚悟はいいなぁ!」
棄棄のその声を以て、戦いは始まる。
「だーるーまーさーんーがーこーろーんーだッ!」
目を隠してから振り返る棄棄。その近くでは常久がぽんぽんを剥き出しにされた状態で白目を向いて倒れていた。
「おぉーっとこれは……スローカメラで確認してみましょう〜」
萌々佳の言葉と共にVTRドーン。
先ず、棄棄は『だ』を発音した。恒久は無音歩行を用いて一歩前へ。そして『る』。常久はそのまま前に行くかと思いきや、女の子の方を向いた。『ま』。気配を殺す。『さ』。愛を振りまきながら女の子へと更に一歩――お邪魔なセンセーは審判に必死だ!さぁワシのリーベを……あれっセンセーが……近づいて……
「そう何度も同じ手を食うか!!」
「いつから同じ手だと錯覚していた」
ぽんもちもちもちもちもちもち以下略。
で、今に至る訳だ。
「さぁさぁ、早速他の参加者を確認してみましょー。動いてないかな? っと、これは!?」
リポーターのひなこはカメラを構えたまま息を呑む。
∠( ゜д゜)人(゜д゜ )ゝ
↑オミゆうま
「これは高評価ですね〜でもイラッとするのも事実ですね〜☆」
「萌々姉……応援怖いです……」
「おうえんってなんだっけ」
萌々佳の微笑みに友真震え声。オミーほえみ。
一方、そんなコンビをガン見しているのは遥久。焚き火番の予定だったが引き摺られて参加。だけどガチだった。ブリッジしたままオミーをガン見している。真顔。流し目45度。しかも装着していたカツラが絶妙なタイミングでポトッと落ちる。やばい。
「え〜っと〜……ノーコメントで〜……?」
そっと目を逸らす萌々佳。一方で、荒ぶるトイレ阿修羅様のポーズのまま愁也は。
(どんなポーズでもお前はオトコマエだよ遥h)
パァン。焚き火から栗暴発。愁也の目に、刺さる。
「ぎゃああああああああ皮に傷入れるの忘れてたああああああああああ」
でも動かなかった愁也、マジ起死回生。
(見たら負けだ――)
そんなカオス劇場。ポーカーフェイスの使用回数が削られているのをオミーは感じていた。だが、空気を読んだひなこがじわりじわりとオミーに近寄りマイクとカメラを近付けていく。
「あ、動いたっ! 先生〜」
「お待ち下さい動いてません!」
「一臣……友真……お前たちの犠牲は無駄にしねぇ!」
ひなこのチクリ(※冤罪)&敦志の声にぶわわっとなったけど絶望ポーズしたら負けだから我慢したオミーと友真なのであった。
(成程……だるまを転ばせる為にわざと変なポージングをする競技なのか……!)
ウム、と朔哉はヨガのポーズのまま駄目な納得をしていたのであった。
「さ〜次いくぜ。だるまさんが〜〜ころんだッ!」
次のターン。あんなにいがみあっていた()のに、このターンでは皆で協力して千手観音である。クリスも頑張って参加している。羽ぶわっさぁ。
だが、その中で……!
(敦志くん……!)
ひなこは思わず言葉を失った。
「一番後ろで接近し最後に触れれば俺たちの勝ちだぜ……!」
不敵な笑みを浮かべた彼。小道具のハゲヅラを被っている。ひなこはそんな彼のアレな姿に色んなものを堪えながら、星の輝き。暗闇で見ても美しさを感じさせる輝きです。反射光はゴーグルで防御。
(後光はペンラ……あ、不要だな――そんなことより、敦志の輝きが……増してるだと……?)
オミー戦慄。
(人類最後の敦志……ああ、毛根は衰退か)
愁也はシリアル(※not誤字)な表情を浮かべ、
「本気ですね……!!」
萌々佳もシリアル(※not誤字)。
一方で友真は先頭でキメ顔だった。
「クリスちゃん……これが由緒正しい遊び方や」
指先爪先まで美しく洗練されています。これが『ダルマサン=ガ=コロン=ダ』。クリスは戦慄している。でも間違った戦慄だ。
そして朔哉も真顔でヨガをし続け、遥久がオミーを真顔でガン見し続け、敦志はアフロ、ロングヘアーとかつらを入れ替え続け。
何度目かの転んだ。
愁也→友真→オミー→遥久→敦志、その順で並んで表すは原人から人間への進化再現。
特に愁也の気合の入りっぷりがヤバイ。顔もオーラも完璧に猿人。
「あのためらいのなさは素晴らしいですね〜、まさに仕上げてきたって感じですね〜」
「これぞ人類の進化の極みですね」
萌々佳の解説に頷いた遥久は敦志の頭部眺め、そっと頭部へライトヒール。癒しの光に輝くそのヅラはズレていた。友真が新ヅラをズラしてヅラだ。戦慄のヅラズレ。からの焚火へスタイリッシュヅラシュート。
敦志2013フォーエバー……
そう、2013。
荒ぶる鷹のポーズ2013秋バージョン。それを以て、オミーは棄棄にタッチを仕掛ける。敦志はそれをトワイライトと仕込んでおいたカメラのフラッシュで援護し、「センセげーっと!」と友真はジャンピングハグタッチで。
タッチ。
「センセ、変わらず大好きだぜぇい!」
「大好きやでー!」
「先生、いつもありがとうございます。俺も先生すげえ大好きー!!」
蜂球の如く。オミー、友真、愁也に続いて一同が棄棄に抱きつきフルモッフ。朔哉はそんな光景にウフフとしてから遠慮がちに、教師の髪をもふもふもふ。小恥ずかしいけど幸せだ。
「おうよー俺も諸君が大好きだぜ! めんこいやつらめ」
もふもふはぐはぐ。棄棄も心の底から嬉しそうだ。
「ふふふ、本当に先生は愛されてますね〜」
萌々佳もにこにこ微笑んで。本当に愛されてて、先生もヒロインかも?
「でも、先生は先生ですよね〜」
えい。最後に、教師の腕に抱きついた。
ハグの後は焚き火大会。
「ねぇ、先生。焼餡パンって好き?」
「ウマイ」
ひなこが振り向いたら既にもぐもぐしていた先生。
「香ばしくて美味ですね」
和気藹々。遥久は見守る光景に目を細め。
一臣と友真は棄棄の横に並んで、焼きアンパンをもぐり。
「いつだって俺の大好きなセンセですから」
「この先もずっと宜しくなセンセ」
「おうよ! こちらこそ。愛してるぜ諸君!」
●
昼下がりを通り過ぎ、太陽は次第に橙色を帯びてきた。
「ちょっと最近、これまた色々有りましたの」
教室には十八 九十七(
ja4233)と棄棄だけ。窓から外を眺めている。聞こえた喧騒。まるで別世界の音の様に。
「斃すべきを救い、斃すべきを斃し、救うべきを斃してしまう。悲しいのか、楽しいのか、果てまた度し難いのか。自身の心情に従うか、自身の正義に従うか、自身の感情に従うか」
数々の依頼を経て、自分で自分が行方不明。決着のつかない感情。「でも」「だが」「しかし」の終わらない問答。もどかしい。だから、故に。「ちょっとでいいんですの」。戦闘時の勇ましいまでの狂気からは想像の付かぬ、消え入りそうな声だった。
「ちょっとでいいので、そのちょっとな身長で目一杯背伸びして、ナデナデでもしてくれれば有り難いんですの」
「身長の下りは余計だっつの、馬鹿野郎」
苦笑して、伸ばした手を肩に回して引き寄せて、その頭を優しく撫でる。
「成長痛、って奴だろうよ。……ゆっくり、お前のペースで歩けばいい、九十七」
「……ですの」
何だかんだで、年上の男性には――少々、ほんの少々だけ――甘えたい性分なのだ。肩に埋めた顔。ぽんぽん、と背を叩かれ、そっと瞼を閉じた。
チャイムの音が響く。
「先生」
廊下を行く棄棄を呼び止めたのは、礼野 智美(
ja3600)。
「先生は撃退士として戦ってきたけど生徒天魔は大好きですね。天魔先生方とはどう折り合い付けてます?」
「同じだよ。愛すべき同僚的な?」
あっけらかんと答えた彼は、目線で問う。「しかし何故そんな問いを」と。故に、一呼吸分の間を空けた智美は何処か重たげに口を開いた。
「俺の親友の恋人は悪魔。昔から彼を知る俺らは彼女が生きてる限り彼は信頼出来ると思ってますけど、一人だけどうしても彼に身構えてしまう奴がいて」
その者は天魔に家族を奪われたから。故に学園に所属する天魔にも複雑な気持ちを抱いており、依頼でも感情を押し殺しているのだという。
「俺は大事なもの何も失ってないからかける言葉ないし、でも親友が心痛めているのも嫌で……おせっかいは判ってるけど、だから先生がどうやって感情と折り合い付けているのか知りたくて」
「成程な〜」
一つ、棄棄は頷いた。
「分かり合え、って強制するのは多分、間違ってる。天魔を憎む事を否定すんのもまた間違ってる。……感情は急がせちゃあなんねぇよ。なるようになるさ。だから見守ってあげるといい。そいつのこと信頼してるんだろ? なら、大丈夫さ」
お前ら俺の生徒なんだから。そう言って、棄棄は智美をもふりと撫でた。
その横腹にドスっと、頭からタックルをぶっかましたのはリンド=エル・ベルンフォーヘン(
jb4728)だった。グフゥ。リンドを抱き留めたままドベシャァと倒れ込む。
「す、棄棄殿……今日は御主に遠慮無くぶちまけて良い日だと聞いて参ったのだ」
「おうリンちゃん、今日も元気ハツラツで先生嬉しいよ」
真剣な顔、角が刺さる寸前までの接近、けれど棄棄は緩く笑ってその頭をもしゃもしゃ撫でるのだ。そんな中、リンドは照れ臭さと緊張でガッチガチになりながら、視線をあっちへこっちへ泳がせて――ようやっと意を決して口を開く。
「……お、お願いが二つあるのだが……まず、その……棄棄殿の迷惑にならなければ、毎日アンパンを焼いてくれまいか? いつぞやの折、皆で集まって食べたアンパンがとても美味しかったのでな」
「そんじゃ気が向いた時にでも作ってやるよ。気が向いた時な。で、他には?」
「あぁ、それと……もう少しだけ、御自愛なされよ」
俺はもう十二分に元気だよ。教師は笑っている。はぐらかしているのだ、とリンドは何処か、心の奥で直感した。根拠なんか無いけれど。そう思った。ので、言葉を続けた。真剣な声で。
「安静にしろとは言わぬ。だが心苦しくなった時、少しでも俺たちに力になれる事が出来れば、遠慮無く呼んでくれ。俺からのヴェーゼとやらなのだ」
「ははははは。まぁアレよ、先生は無敵で最強だからよ。お前は何も心配しなくっていいのさ。けど……ありがとさん」
それはコンビニから出た瞬間だった。矢野 胡桃(
ja2617)は、宿題のノートを机の中に忘れてきてしまった事を思い出す。
しょうがない……あんまんとたい焼きが冷える前に、取って帰らないと。
「んぅ?」
それは廊下に出た瞬間だった。遠くに見えるあの姿――棄棄先生だっ!
「せんせー!」
「お? 胡桃ちゃ「とつげーき!」
ばふーん。はぐはぐもふぅ。
「こらこら廊下は走っちゃいかんぞ〜」
「えへへー。ごめんなさいです。……ねぇ先生、あんぱんとたい焼きが好き、は聞いたですけど……。あんまんはお好きです?」
どちらかいかがですか?コンビニの袋からほっこりと、甘い香り。
「それじゃあ二つとも半分こしようぜ」
「です! 誰かと一緒に食べると、もっと美味しいのです♪」
そういう訳で、両手にそれぞれ半分こしたあんまんとたい焼きを持って。
「先生、最近寒くなってきたですけど、風邪とかひかないでくださいね? です」
「胡桃ちゃんもあったかくしなさいよ〜」
「え? モモ? モモ、元気なかずのこです! ……あれ? かぜのこ?」
「そうだな、子供は風の子元気な子」
そんなこんなで他愛も無いお喋りを、平和なひと時と共に。
尤も胡桃は明るく振舞ってはいるが、その内心は『憧れの先生』を前にドッキドキで、それはもう、ドッキドキなのであったが。
●
「来たわね先生! あたいの考えたさいきょーの作戦を受けてみろ!」
「先生、俺たちと遊ぼうぜー。俺が勝ったらバケツプリンを奢ってくれ。こう見えてカスタードプリンが好きでね」
「センセーが安心して送り出せるくらい強く成れたか、今、ここで証明して見せるのぜ!」
棄棄の前に立ちはだかったのは、雪室 チルル(
ja0220)、麻生 遊夜(
ja1838)、ミハイル・エッカート(
jb0544)。
「いーよ」
即答。ならば。構える生徒。チルルは足にありったけの力をこめた。全力跳躍。上を取った――刹那、棄棄が『目の前』にいた。全力跳躍。そのままチルルを掴み、遊夜へぶん投げる。
「うおっ!?」
時限式の英雄を発動したばかりの彼は慌てて仲間をキャッチした。ミハイルは遊夜と共に牽制射撃を行うも、弾丸は鞭で払い落とされる。
「格下ならまだしも、格上相手に部位狙いは中々厳しいと思うぜ? 牽制なんかしてねぇで本気で俺のドタマをブチ抜きに来やがれ!」
強かに打ち据える。眩暈がする様な一撃に耐えつつ遊夜は不敵に笑む。流石に、強い。遊夜の銃口が火を噴く。逃れえぬ銃丸。硝煙の最中。ミハイルが間合いを詰める。
「強くなれと社命を受けてるんだ。付き合ってくれよ」
眼鏡を外し、ネクタイを緩め。華麗に、美しく。
「俺の口にピーマン放り込んだお礼をするぜーっ」
行使するのはカンチョーだ!スタイリッシュが行方不明!
「ミーたん。何で俺の背中に傷が無いのか教えてやろうか」
「!?」
だがミハイルが背後を取ったはずの棄棄が、逆にミハイルの背後に居た。
「それはな。『絶対に背後を取られなかった』からだ……!」
だからこそ彼は『怪人』として無数の死線を潜り抜けてきたのだ。というわけで。
「とうっ」
「ぎゃああああぁぁぁ」
尻を蹴っ飛ばされたミハイルのミサイルにチルルと遊夜も巻き込まれてべしゃあ。
絶対の自信があったからこそチルルはしょんぼりガチ凹み。
いつかは一対一で互角以上になれるように、と遊夜は志新たに。
ミハイルはしんでいた。
「お疲れちゃん」
そんな彼らを、棄棄は纏めてナデナデぎゅー。
「お世辞にも可愛いとは言えない外見の俺にそんなことして何が楽しいのか……」
「ミーたんは可愛いよ」
「ふ、今日こそ見切ったあああああ!! ふははは覚悟ォ!」
そしてそれは唐突だった。ナデナデされるミハイルがグッタリ応えた瞬間に、物陰に隠れていた七種 戒(
ja1267)が次々とクーゲルシュライバーを投擲してきたのは。棄棄が躱せばミハイルに、そして何故か遊夜にもデコにスコーンとぶち当たる。
「腐れ縁なのに何故貴様ばかり黄色い声援でモテるのか解せぬとかいう恨みは持ってないです麻生遊夜!」
「おのれよくも遊夜を!」
全力跳躍。戒の真横に棄棄がログイン。ので、それに戒は体当たり。抱き留められたけども。
「コレは捕獲でありますので! はぐではありません故に! べつにせんせぇと遊びに来たとかではありませんし!」
「ほう」
「ちょっとした、ええと、アレでソレ!」
「ほうほう。――そのリボン似合ってるぜ、戒」
「!!? あっ いやっ これはっ そのっ」
こっそり付けていたのは、以前の手合わせ時に手に入れた棄棄のリボン。間近で囁かれ。顔を真っ赤に。ばしこーんと棄棄を突き飛ばして。声にならない声を上げて走り去っていったとさ!
そんな一部始終を、黒崎 啓音(
jb5974)は眺めていた。見取稽古。人間のルインズと戦った事無いし、戦闘経験も少ないし。それに怪人って噂は聞くけど、実際に戦う姿は今はそうないそうだし、という訳で。
「で 勉強になったかい?」
そしたらいつの間にか真横に棄棄。
「!? ……さ、参考には。まだ戦闘スタイルもそう固まってないし、まだ試行錯誤段階だし……純粋に戦術を学んだ方が良いのかな、とか」
「戦い方なんて好きにすりゃあいいのさ。こうすりゃ絶対に勝てるなんて解はないんだからよ。で、お前さんも手合わせ希望かな?」
「今日は結構です。戦闘練習は部活でやってます」
「成程ねィ。ま、ボチボチ頑張んなさいよ!」
もふっ、とその頭を撫でた。
●
戦いを応援していたのは高瀬 里桜(
ja0394)。
「皆お疲れ様ー! ケーキ買ってきたよー! ショートケーキもガトーショコラもモンブランも、なんでもあるよー♪」
楽しい休憩タイム、ニッコリ微笑んで。
「あ、請求は棄棄先生にくるようにしといたので、よろしくお願いしまーす♪」
「そう来ると思ってカウンターしかけといたぜ、ゴチになりま〜す」
「えっ」
「冗談だよ、学校から降りるようにしといたった」
いい笑顔。
それではケーキタイム。
だったのだが。がしゃーんとお茶をひっくり返してしまったのはメイ=スターチェイス(
jb8076)。あわわわわ。周りの楽しげな雰囲気に、ついついそわそわわくわく辺りをキョロキョロしていてしまって。
「ふぁー、なんかすげえとこに迷い込んでしまったよ」
彼女は学園に来たばかり。なんだかワイワイしていた所が気になってぴこぴこ飛んできたのだ。
『ねえねえ何してるの? ……せんせいとあそぶ? ちょっと物騒なかんじの人たちもいるみたいだけど? ……えっ、あの人がそうなの?』――と無邪気な問答の後に、こうして休憩する人たちのお手伝いをしていたという訳だ。
「大丈夫かい?」
ひっくり返ったコップを拾って、棄棄がメイの瞳を見る。視線が合う。
「せんせい?」
「おう、棄棄先生です」
「……あのね、この学校はヒトじゃなくても安心してかよえるって聞いてきたの。わたし天使だけど本当にそうしていいの?」
「良いんだぜ。心から歓迎する」
「ほんと?」
うれしいなぁ。にこにこ、微笑んで。それから、少しだけ首を傾げて。
「頭、なでてほしいな」
「仰せの儘に」
なでなでもふもふ。
一方で、模擬戦の間に川澄文歌(
jb7507)はカナリア=ココア(
jb7592)と共に応援歌を歌っていた。諦めそうになった時、挫けそうになった時に元気が出る、そんな歌。
「アイドルの卵……『川澄文歌』さんを宜しく〜♪」
歌い終わればどんどんぱふぱふ。カナリアは文歌のマネージャーでもあるのだ。
「さて、この後は撫で撫でタイム……。先生に撫でて欲しい人は集まって下さい」
コクリ。集まるその中には文歌の姿も。
「棄棄先生!」
「よ〜文歌ちゃん、いつも頑張ってるねィ」
「はいっ! あのですね……!」
目をキラキラ輝かせ。話し始めたのはこれまでの学園生活。自分の成長を見て欲しくって。沢山話した。思い出の数だけ、成長の数だけ。
「――私、アイドルとして撃退士として一生懸命頑張ってます! 最近はアイドルの部活をつくって仲間と色々活動してるんですよ」
「ほぉ! そいつぁスゲェじゃねぇか。確かに文歌ちゃん可愛いし、歌も上手いからな。ウム、頑張る事は良き事かな」
応援してるぜ。そう言って、微笑んで、棄棄は文歌をもふもふ撫でる。その成長を心から祝福するかの様に。
「……精一杯のおもてなし、ですよねぇ……」
「恋音、お疲れ様です、私も手伝いますよ」
お世話になった先生に、少しでも良い気分になって欲しいから。月乃宮 恋音(
jb1221)は黙々と漉し餡サンドイッチを配膳してゆく。そんな彼女を手伝うのは恋人である袋井 雅人(
jb1469)だ。
「いや、月乃宮君は良いお嫁さんになるねぇ」
そんな仲の良い二人を突っつき囃すのは不破 怠惰(
jb2507)。お手伝い?サボリなう。
「怠惰さん、お会いしたかったですよ」
雅人は微笑む。曰く、バミューダトライアングル。
そんな空気をぶっ壊すのがこの男。
「オッス俺棄棄」
「カーティス君を嫁にください!!!」
刹那、怠惰が棄棄へタックルどーん。抱き留められたので、そのままぽふぽふくすぐりながら。
「ずるいんだけども! 一緒にアンパンもぐもぐずるい!」
「フハハハハハハハハ」
「あ! 先生、はじめまして私はラブコメ推進部部長の袋井雅人といいます」
「おうよろしく〜」
雅人の挨拶にへらっと応え、くすぐってくる怠惰をべりっと剥がし。そのままの姿勢で、怠惰は言った。
「とまぁこれは挨拶代わりだ。月乃宮君のすぺしゃるなお茶と共にゆっくりしていくといい」
そんなこんなでのんびりまったり。餡サンドイッチを頬張りながら、怠惰は棄棄に問うて曰く。
「良い機会だ。棄棄殿には訊いてみたいことがある」
「何だい」
「私は『人と天魔が仲良く暮らせる世界』を作るつもりだ。ぬくぬく生活するためにも絶対に譲らない疑わない」
故に、人に問うのも間違いかもしれないが、そうだとしても敢えて訊いておきたかった。じっと、人間の目を見澄まして。
「それは可能だと思うかい? 正解は要らない。私は貴方の解が訊きたい」
「可能だ。お前が諦めない限りは」
即答。同じく、悪魔の目をじっと見詰め返して。応援してるぜ、と。棄棄は生徒の頭を優しく撫でるのであった。
「あ、先生ぇ……」
ひと段落着いたところで、おずおずと声をかけたのは恋音だった。視線を泳がせつ、小声で問うのは――『自身の戦闘への恐怖心』と『性格的に戦闘に向いていないのでは』という事。
「俺だって戦うのは怖いさ。痛いのは嫌だし死ぬのはごめんだし? 人間として正常な証拠さ。怖いと思うことは駄目じゃあない。大丈夫、お前はお前らしくでいいのさ」
●
最後は皆で棄棄を胴上げ。チルル、ミハイル、文歌、恋音、カナリア、敦志、ひなこ、一臣、友真。
わっしょいわっしょい。皆笑顔で。
それが終わって、皆も帰ったその後に。
カナリアはハチミツ入りのスポーツドリンクを棄棄に差し出した。
「で、では先生……。何処を撫でても……良いです」
「わかった」
では頭。ナデナデイイコイイコ。
「あ、あの! 先生を撫でても良いですか!」
「かもん」
手を広げられたので、もふもふ。
「先生の胸って……意外と……」
カナリアの顔が赤く見えたのは夕焼けの所為ではなかった。
●
いつの間にか、日は沈んでいた。楽しい時間はあっという間だ。
橋場 アイリス(
ja1078)が棄棄と遭遇したのはそんな時であった。
「……こんばんは……」
「ようアイリス。半分ほど持とうか?」
そう棄棄が声をかけたのは、アイリスが体より大きな剣を何本も抱えている状態だったからだ。「大丈夫です」とアイリスはふるりと首を振る。
「……振れなくなってしまいましたが、それでも剣は好きなので……」
何故振れなくなったのか。その事に棄棄が突っ込んでくる事は無かった。ただ「そうか」と微笑んで、他愛も無い会話を一つ、二つ。主に武器に関する事ばかりだったけれど。
「えぇ、170本もあると部屋から溢れてしまって……。倉庫を借りてるんです」
今は丁度、武器庫の武器を移動させてる途中だったのだ、と付け加え。それから、苦笑。まるで今にも崩れてしまいそうな儚さを――いっそ『脆さ』を、湛えていた。
「……姉様もいなくなられてしまいましたし……義妹たちに顔向けもできず、情けないですが隠れ暮らしてる現状です。
棄棄先生。……私はリタイヤですけど……。ギィネさんたちしっかり育ててあげてくださいね」
「あぁ。任せておけよ。俺は先生だからな」
先生だから――その手でふわり、アイリスの頭を優しく撫でて。微笑んだ。
「何がどうなっても、俺はお前の先生でもあるんだからな? その事はどうか、忘れないでおくれよ。アイリス。俺の大事な生徒」
「――……」
少女は静かに、瞳を閉ざした。
夜の風は、ヒヤリと冷たい。
「お疲れ様でしたぁ、先生……あたしが作ったおはぎですぅ。お口に合うかわかりませんが、どうぞ、なのですぅ」
手作りおはぎと苦めのお茶で、深森 木葉(
jb1711)は棄棄を労う。
「先生におひとつ聞きたいことがありますぅ。でも、答えの出ない質問だから、聞き流してもらって大丈夫ですよぉ〜」
おはぎを頬張り、もぐもぐしている棄棄はその言葉に視線を向けて応える。ので、彼女は言葉を続けた。真剣な声音で。
「先生は沢山の天魔と戦ってこられましたね。そして今は学園で天魔と戦う術を教授なさっています……先生は人と天魔の共存をどうお考えですかぁ? それは可能でしょうか……」
「どうもこうも考えてねえ。『人類の勝利』が俺の夢だからそれが実現すればそれで良い。共存は――それを望む者が想いを捨てなければ、可能だ。」
バッサリ、だった。あまりにも。
「なるほど……」
ふぅ〜。木葉は一つ、深い溜息を。
「先生の立場上、迂闊なことは言えませんね……。ごめんなさいなのです。今のことは忘れてくださ〜い 」
えへへっと微笑んだ生徒の頭を、「了解」と教師はわしゃりと撫でた。
そんな彼に、「お疲れ様だ」と声をかけたのは強羅 龍仁(
ja8161)。振り返った棄棄に、持参した酒を見せながら。
「これからは大人の時間ということで、どうだ?」
という訳で、手近な教室。家庭科室。
「石狩鍋、作っておいたんだ。食べるか?」
「まじか! 食べる。たっちゃん女子力高いな〜」
「じょしりょっ……!?」
俺おっさんなんだが、と苦笑しながら鍋に火を入れて、温めながら。
乾杯。簡素な丸椅子に腰掛けて。
「いざ、コミュニケーションしようと言われても何も浮かばなくてすまないな……」
「構わねぇよ。やりたいようにしてくれ、それが一番いい」
「そうか。じゃあ……朝から色々駆け回っていて疲れたのではないか? 良ければ軽くマッサージするか?」
「んじゃ〜〜軽く肩でも揉んでくれよ」
「分かった」
めりっ。
「やっぱマッサージ結構です」
「む? そうか」
力加減がまるで駄目でした。気を取り直し。本人には言わないけれど――素直に好きだと言える棄棄を少し羨ましい、と龍仁は思っている。自分は感情表現が苦手だからこそ。
無理に会話をする事は無く、まったり過ごすのは大人の時間。
更けゆく夜。
「我輩に愛でられるべきだ! 無敵でも休息ぐらいはするのだろう?」
棄棄の前に現れたのはUnknown(
jb7615)だった。曰く棄棄を膝枕したいとの事。有無を言わさず。
「古傷ぺろぺろしちゃダメ?」
「いいよー」
膝枕状態。即答した教師が片方の黒手袋を外せば指先を突き付ける。縫い跡だらけの無惨な手。その過去をアンノウンは知らない。故に、少し寂しげな眼差しで。甘噛み。ぺろぺろ。
「なぁせんせ、……何でもない」
「どうしたどうした」
からかう様に教師は笑う。ぽふ、とその頭を撫でて。
「今日は我輩が! ぐぅ、ぐぬぬぬぬ」
「ぬはははは」
アンノウンは教師の笑顔は大好きだ。正直な尻尾がちろちろ揺れている。無垢な好意。一緒にいられるだけで満足で。彼が話す今日一日の楽しい話も、聴いているだけで楽しかった。
「うなー! あっためろー!」
「……」
「……? 先生?」
「……」
今日一日で色々あっちこっち様々あったからか。棄棄はいつの間にか寝ていた。その寝顔をじーっと見ていたアンノウンも、いつの間にか爆睡していましたとさ。
●
後日。
アトリアーナが棄棄に手渡したのは、件の一日が詰まったテープレコーダーだった。この依頼が記念として――思い出の中にも物としても残るように、と。いつになっても、この出来事をみれるように、と。
「お! ありがとなアトリアーナ。んじゃ折角だし一緒に見てみようぜ」
笑って、呼ばれて、招かれ、視聴覚室。
再生ボタンをポチッと押した。
『……タイトル、皆大好き先生、ですの』
『了』