●序
か細い月が静かに見下ろす暗い夜。成金趣味だった物言わぬホテルは更に暗く、もっと暗く――否、ポッと灯る明かりが一つ。つられるように増えてゆく、光。フラッシュライト、ランプ、カンテラ、ランタン、ペンライト、etc.照らし出される撃退士達。27人分の影が廃墟に伸びる。
照らされる顔は緊張であったり、好戦であったり、冷静であったり。慎重に歩を進めて行く。階段を下り、廊下を進んで。斯くして。辿り着いた大きな扉。隙間から音楽が僅かに聞こえてくる。
御堂・玲獅(
ja0388)は息を整える。傍らにて緊張の色を眼差しに宿しているのは神谷春樹(
jb7335)だ。
(ヴァニタス、か……)
それを相手取るのは初めてである。夜を見通す目で前を見、冷たい銃を握り直す。
「はじめての戦闘だけど、私でも大丈夫かな」
少し不安そうに、周囲の闇を見渡しつつ沢城鈴(
ja0414)が呟く。それに応えたのは犬川幸丸(
jb7097)だった。
「沢山の先輩がいるんだから、きっと大丈夫」
まるで己に言い聞かせるように。幸丸もまた、鈴と同様に戦い自体が初めてだ。元来、撃退士になるつもりもなくなれるとも思っていなかった――そんな平和な日常とは対極の時間。緊張していない、怖くないと言えば嘘になるが。仲間をキチンと支えられる様に自分が出来る精一杯を、と気を引き締める。
「うーん。戦闘はあまり得意ではないのですが、全力を尽くしましょう」
峰山 要太郎(
jb7130)はまだ陰陽師見習いだけれど、いつか一人前になるその為に。
「……んー……?」
対照的に、その少女の様な顔に焦りや緊張も浮かばせずゆるーくしているのは根月 風太(
ja0047)だ。戦闘経験は皆無だけれど、邪魔にならない程度に頑張ろう。
今一度撃退士は作戦を確認し直し、そして――
3、2、1。
●ようこそー
ゴテゴテと騒々しい演奏音。魔法や電気の光に照らされたそこは正に『お祭り騒ぎ』が相応しい。入り乱れた悪魔の群。ゲタゲタ笑いながら撃退士達を歓迎している。壮観。いっそ不気味。
「ようこそー! ようこそーようこそようこそーーー! あは! ハハハハハ!」
周りに大量のディアボロを引き連れて、中央でヴァニタスは笑う。舞踏魔女レディーレディー。その声に、取り囲む騒音に、冥魔の渦に、暮居 凪(
ja0503)は顔を顰める。
「実に、実にいい趣味ね。主の里が知れるわよ、下僕」
吐き捨てる皮肉一つ。淡く白い光をその身に纏い、凪が手にするは『今は名の無い』一振りの槍。そこに、渾身の力を込めてゆく。
「コメットいきます、巻き込まれぬよう下がって下さい!」
同刻、流星の呪文を唱えて魔力を練り上げてゆくのは玲獅。微かに交わす凪とのアイコンタクト。
直後。玲獅の頭上に現れた魔法陣よりは星の嵐が降り注ぎ、凪が突き出した槍からは真っ黒い光が螺旋を描いて地を駆ける。その力に天界の影響を強く受けている玲獅の攻撃、天界へとレートを上げた凪の攻撃は冥魔達には大打撃となった。
それに続け。敵に反撃の暇を与えさせるな。自分達にだってできる事はきっとある筈。目配せし合ったのは3人の陰陽師。幸丸、要太郎、九鬼 紫乃(
jb6923)。
「何の意図でもってこんなものを作るのかわからないけど、危険であるのなら叩くしかないわね」
普段はおだやかな眼差しに、その奥底に、紫乃が浮かべるのは静かな怒りと軽蔑だ。狂気を纏う事に関してはどうでも良い。模すだけならば形も無ければ良い。問題なのは、文化を蔑ろにしている事。
「おいで、華焔。奇麗な華を見せて頂戴」
敵陣の真ん中、呪術によって造り出すは疑似生命体、又の名を『式神』。同時にその周囲へ飛ばされた術符は、幸丸と要太郎による炸裂符だ。
瞬間的に膨れ上がる熱量。紫乃の式鬼が有象無象を灰に還す魔焔の華を咲き乱れさせ、幸丸と要太郎が繰り出した符がその技名通り『炸裂』する。一瞬、ホール中を赤々と照らし出す。
「わわ、わ……!」
爆風。鈴の黒髪が嬲られる。これが、戦い。心臓がドクドク震えて止まらない。けれど、深呼吸。後方から星の輝きで周囲を照らしつつ、照明器具でもっと照らし。
「こんな私でも、皆さんのお役に立てていますか!?」
強い攻撃や堅牢な防御には自身はないけれど、しかし確かに彼女や他の者の照明・星の輝き等によって戦場は極めて明るく、戦闘には一切の問題は無い。
「おどりはたのしく、で、めいわくはぷんすかですのよ〜?」
「ダンスに自信無いですが、頑張ります……!」
一方、敵を逃がさぬようにと入口付近には、ヒリュウを呼びだしたキャロル=C=ライラニア(
jb2601)とストレイシオンを呼びだした影利(
jb4484)。それぞれの龍には照明器具が括り付けられている。
「ストレイシオン、皆を護って下さい」
鱗を一撫でする主人の眼差しに、賢龍は小さく頷くと低く吠えて防御の加護で仲間を包む。
「あなたは、てきをやっつけて〜!」
キャロルはバックダンサーを指差し、ヒリュウに攻撃指令を送った。キューと鳴いたヒリュウが翼を広げバックダンサーへ突撃を仕掛ける。
それと並走し、黒髪を靡かせ駆けるのは川澄文歌(
jb7507)。撃退士達による初手の攻撃に確かにバックダンサーやミュージシャンは倒れる個体もいるが、その数はまだまだ、尚も、多い。そしてそれらを倒さねばトップダンサーやレディーレディーに接敵する事も叶わない。確かに『ボス格』を相手取るのは華があり浪漫だ。血沸き肉躍る。討ち取った敵将の首から滴るは絶品なる勝利の美酒。感動的だ。人数が少なければすぐにでも相手取れるだろう。だがこの大人数戦。ボス格をどうにかしたいならば、配下から切り崩さねば話にならない。
「『将を射んと欲すれば先ず馬を射よ』、ね」
やってやろうじゃあないか。文歌はその手に爆発を封じ込めた符を作り出す。眼差しの先には、バックダンサー。
「自分の欲望のためだけに踊るダンスなんて,本当のダンスじゃありません!」
アイドルを目指す彼女にとって、歌と踊りは誰かを励まし勇気付けるもの。故に、それらを冒涜する様な、この馬鹿げた、勝手な曲や踊りは許せない。キャロルのヒリュウが行う攻撃とタイミングを合わせて投げ付ける術符。炸裂。踊る者の頭部らしき部分を吹っ飛ばす。爆風。その隣から別のバックダンサーが攻撃を仕掛けてきたが、文歌はそれを踊る様な動きで躱し。
「さぁ、どんどん行くよ!」
声を張り上げ、仲間を勇気付けんと紡ぐのは歌声。美しくも力強く。繊細でいて凛々しく。歌とは、音楽とはこうあるべきなのだと応援歌。
それに応える様に、バックダンサー対応班の面々が躍り出る。
「悪魔に弄ばれた悲しい子に尊厳ある永遠の眠りを……!」
葡萄酒の様な深紅の羽衣。それを思わせる光を纏い、百嶋 雪火(
ja3563)は拳銃を鋭く構える。悪魔。悪魔。それは、彼女から大切な人を奪った存在。
「悪魔……人間を玩具みたいに……!」
敵である悪魔にのみ垣間見せる、蒼い瞳の奥に燃える憤りの焔。引き金を押し込む。頭は冷たく。銃身は熱く。発砲音と弾丸と。ストライクショット。バックダンサーの胸を打ち抜く。
その銃声に負けじと張り上げられた声は、好戦的に歯列を剥き笑う緋打石(
jb5225)のものだ。
「そんなに踊りたいなら一緒に踊ってやる……ただし踊り狂うのはてめえの血と肉だがなあ!」
刃を構え、飛び込む渦中。踊る。躍る。刃と傷と。突き立て切り裂き、抉り刎ねる。
「さぁ、私とダンスを踊ろうか♪」
それに近しく、容赦のない冷徹な笑み。明鏡止水の冷静を纏う姫路 神楽(
jb0862)は開いた魔法書に手を翳す。
ダンスをするのは良い。楽しそうな相手を倒すのはしのびない。けれど、
「ダンスは人にみられて初めて意味を成すからね♪」
放つ魔弾。既に被弾している個体を狙い、確実に潰してゆく。
戦闘は続く。最中、ミュージシャンの奏でる音が爆音となって鳴り響いた。『魔法』であるその音は耳栓などを容易く砕き、その奥――撃退士の脳を掻き乱す。ぐるぐる。ぐわんぐわん。
「踊ってんな、ワラワラと」
耳からドロリと血が垂れる感覚。耳に詰めたティッシュを捨てて――真っ赤に染まっていた――黒夜(
jb0668)は一つの黒眼でミュージシャンを見澄ました。痛みは、嫌いだ。構える腕。指先。
「いくぞ」
バチンと鳴らした。熱。狂宴に咲き乱れるは極彩色の焔の花々。爆音。ミュージシャンの演奏をも巻き込んで。
それでもまだ聞こえてくる音。に、鴉真 マトリ(
jb4831)は柳眉を潜めた。
「騒々しいですわね。舞と言うのはもっと優雅なものでしょう?」
モノクロの翼を背に広げ、指先に構える六花護符。ミュージシャンへ繰り出す純白の魔弾は踊るよう。
光の飛沫。騒音と喧騒と戦闘の真っ只中から抜け出して、気配を殺し壁を駆けるは虎綱・ガーフィールド(
ja3547)。
「見事な踊りでは御座る。だが音が途切れて続けられるかな!?」
印を切り、術式を練り上げ、掌を構えて。
「自由な音楽は大変結構、しかしやりすぎれば妨害されるもまた道理――イヤッー!」
放つのは一直線に奔る雷光。ミュージシャンやバックダンサーを巻き込み、稲妻を以て纏めて痺れさせてゆく。
「それに、終わんないのもまたつまらんよ」
「えぇ――舞踏の調べにしては低俗だわ」
楽器の弦を切ってやりましょう。虎綱とマトリの鋭い眼差しが、ディアボロ達を冷たく射抜く。
――絶対零度の睥睨。
IcyPrincess of Cyclops.片目を閉じた黒夜は心の中で呟いた。開くその目は氷色。単眼ノ氷姫。きらり、きらり、氷の粒が周囲を舞って。触れた一切合財に容赦なく凍てつく痛みを刻む。冷たく冷たく、暗く深く。誘うのは醒める事なき悪夢へと。
「よそ見すんじゃねーよ」
願わくば『良き夢』を。
満ちる。それは戦いの光。そうだ。燦然と照らされ、美しく気高く、我此処に在りと知らしめねばならぬ――桜井・L・瑞穂(
ja0027)は戦場に凛然と立つ。星輝装飾<スターライトイルミネーション>。戦場を照らす満天の星空はそんな彼女の『目立ちたい』という想いの表れ。
「本当に人を魅了するということが、如何いうことなのか、此のわたくしが教えて差し上げますわ! おーっほっほっほ♪」
ポーズを決めて高笑い。それは如何にも目立っているヴァニタスへの宣戦布告であり、敵愾心である。
さて。けれどその目は冷静に、見渡す戦場。続く戦闘。些かレディーレディーやトップダンサーのみを狙おうとする者が多いが故にバックダンサー・ミュージシャンとの戦闘に手古摺りが窺えるか。
「彼処ですわね。此れをお受けなさいな!」
言下、瑞穂の周囲に花園の領域が構築される。その中にて光の翼を生やした純白のドレス姿となった彼女の手には、百合と薔薇が煌めく槍が一本。戦華神槍。戦乙女の名を持つ槍が、アウルの華吹雪と共に一直線に投擲された。
それがディアボロを射抜く瞬間。
「私にも許容できないものがあるわ――殲滅するわ。覚悟なさい」
光る、剣閃。瑞穂の戦華神槍に射抜かれたバックダンサーの周囲で、切り裂かれたディアボロが3体。その中央では超速の攻撃を終えた凪の姿が。
更に立て続け、ディアボロ達へと降る攻撃は影利のストレイシオンが聖なる力を纏って放つブレスに、高く魔術書を掲げた紫乃が繰り出す吸魂符。
舞踏魔女による注目で時折火力が逸れてしまうも、ミュージシャンとバックダンサーの数は目に見えて減っていた。
つまり、トップダンサーやレディーレディーとの接敵が容易になったという事である。
トップダンサー。赤はその火力を以て、青は速度を以て、黄は耐久を以て、ピンクは状態異常を以て、白は回復を以て、撃退士達に立ち塞がる。襲い掛かる。
「そっか、トップダンサーって、舞踏戦隊なんだね!」
あと地下室じゃ暗いから焼き芋作れないね、と天然ボケを炸裂させているのは一色 万里(
ja0052)。にぱーと笑う元気花丸。
「ボクが楽しく学園生活エンジョイしている間に、世間にはこんなひーろーが……流行を掴まないと。ん? ボク? ボクは忍者ひーろーを目指しているのさ♪」
なんて気楽に喋っているけれど。ひらりと跳んで赤いダンサーの一撃を回避する。舞う様なその姿と共に踊るのは、桜の花びらを思わせる光纏。輝く頭上の光。満月の下で、静かに舞い散る、しだれ桜。
「うん。回復からぶっ飛ばすのは、定石だよね。てなわけで蛇君、ごーごー!」
印を切り、アウルを紡いで打ち放つのは火遁・火蛇。牙を剥く真紅の蛇が大きくうねり、白いトップダンサーや周りのディアボロに襲い掛かった。
赤い光に照らされて。蒼白いオーラを纏い、不敵に微笑んで見せたのはキイ・ローランド(
jb5908)。
「さあ、一緒に踊ろうか。まさか断らないよな?」
挑発。矛先が剥く。青の放つ素早い攻撃が、ピンクの放つ毒の魔法が降り注ぐ。それをシールドで被害を減らし、耐え忍び。呼吸一つ。痛みが何だ。何処までも冷静に彼は呪文を紡いだ。シバルリー。纏うアウルの光が増し、キイに護る為の力を与える。
彼が盾として動いてくれるなら、己は刃。万里は徹底して攻撃に出る。
「派手なのは、くのいちの流儀じゃないけど……ここは攻撃あるのみだよね!」
脚部にアウルを集中させて、稲妻の如く飛び出して。白いダンサーとすれ違う感激、その身体を扇で強かに打ち据える。
「死の舞踏なんて無粋な。踊りはもっと華麗で優雅なものよ。本物の剣の舞を見せてあげる。化生の者は真の闇へ還るがいい!」
青いダンサーが繰り出す高速の連続攻撃。シールドで防御しつつ、凛とした冷静の中に裂帛の熱を宿して。風の如く舞う桜色をその身に纏う華澄・エルシャン・御影(
jb6365)は打刀を大きく振り被る。靡く艶闇の髪。その色とよく似た黒い光と白い光が剣に宿り、振り抜かれる一閃と共に矢と成りて飛んでゆく。それはまるで洗練された楽曲の如く、瀟洒な舞踏の如く、一つの無駄もない軽やかな動き。
トップダンサー対応班は回復手である白いダンサーを集中して攻撃していた。その甲斐あって、華澄の矢に穿たれた白が頽れ消える。次はピンク。だが、そんな撃退士の動きを邪魔するように黄が割って入る。
「丁度良い、そこで固まってろよ。そんなに一緒に居たいなら一緒に仲良く潰してやっからさァ!」
剥き出すのは破壊者たる本性。纏う紫電がバヂリバヂリと地領院 恋(
ja8071)の周囲で唸る様に爆ぜていた。振り上げるのは牙獣を思わせる巨大戦鎚。立ち上る熱気。を、力の限り大地へと叩き付けた。破壊的なそれに大気が轟と身震いし、まるで雷鳴の様に響く衝撃音が圧力と共にトップダンサー達へ襲い掛かる。圧し、潰す。
「――ああ。あぁそうだなァ、狂ったように踊り壊れたように殺す。楽しい愉しい夜にしようぜ?」
武器から手に、神経に、そして脳に伝わる快感。良い夜だ。素敵な夜だ。口角を吊った。品も容赦も捨ててしまえ。このどうしようもない出鱈目な時間に全て委ねるのも悪くない。打つ毎に悦楽。打たれる程に狂気。いっそ、もう、戻れなくなるぐらい。
戻ってしまえば恐怖に打ち勝てなくなる気がするから。
「技なんか捨てて、かかってこいっつってんだよォオッ! アハハハハっ! すぐにくたばってくれンなよォッ!?」
灼熱の戦槌を暴力衝動の儘に振り回し、迸るのはケダモノの如き咆哮。壮絶な哄笑。無ノ咆哮<ロアリングゼロ>。ピンクの状態異常魔法を消し飛ばす。無防備だ。あまりにも非力。ならば存分に粉砕するのみ。『ぐしゃ』。
「君の相手は、自分だ」
盾を構え、キイはひたすら『盾』で在り続けパーティを支える。持てる防御の術を惜しみなく全て使い、不屈の精神で立ち続ける。
そんな彼へ攻撃を振り上げる赤いダンサー。の、背後。既に攻撃態勢に入った華澄。
「私の仲間を、傷付けさせはしないわ!」
膂力の込められた、しかし正確な一撃が赤いダンサーの首を刎ね飛ばす。鮮血。華澄の白い頬に赤い花。
降りしきる血の雨の中で。ひらり、舞ったのは万里。
「ねぇ、日本舞踊に興味はないの? あれもダンスだよ。ボクが教えてあげようか?」
踊ろうよ。差し出した手には影から生まれた棒手裏剣。投擲。青いダンサーの動きを牽制する。
残るは青と黄色だけ。正念場だと、深呼吸をするのは姫宮 うらら(
ja4932)。レディーレディーが己を見よと誘ってくるが、うららは奥歯をぐっと噛み締め。俄かに歯列を開いた。己の腕に喰らい付く。その歯を以て肌を裂き、痛みで脳を醒まさせて。確たる意思。抗う瞳を凛然と『己が今斃すべき敵』へと突き付けて。
「――負けません」
万人を魅せる舞踏とは、踊りに対する情熱や想いが真なればこそ。故に、冥魔に堕ち、歪められ、変わり果てたその欲望には負けはせぬ。
「恨み辛みは、何れ彼の世で。姫宮うらら、獅子となりて参ります……!」
しゅるり。解く赤いリボン。獅子の鬣の如く靡くのは白銀の髪。
勇猛果敢、という言葉は正に姫宮うららの様な人間の為に在るのだろう。その気性を表すかの如く真っ直ぐに踏み込み、五指で奏でるのは純白の斬糸『白爪』。それはうららの爪であり牙。
触れること交わること赦さず。捉えし獲物を逃がさず生かさず。薙ぎ払われる爪牙が青を引き裂き、意識をも刈り取り。追撃に出る。その往く手を黄が阻む。構うものか。『切り開く』事こそ今の己が使命。
「立ち塞がるは、悉く――斃す!」
咆哮。それは恐れを知らぬ気高き獅子の如く。牙が、爪が、十字を描き唸りを上げる――!
●:D
アハハハハハハハハ。
笑い声が聞こえる。無邪気な少女の笑い。跳ねる様に、踊る様に、ドレスを翻し、注目で集めた撃退士の攻撃を掻い潜り、その動きを一層高めて。舞踏魔女レディーレディー。認識を狂わせる舞踏と共に手当たり次第に撃退士に猛威を振るう。
「……ヴァニタスをどうにかしない限りは攻撃が通りづらいというならば、先に潰すしかありませんね。微力ながら全力を尽くさせていただきます」
印を切るのは楊 玲花(
ja0249)。その足元の影が蠢き、レディーレディーの影を縫い止めんと襲い掛かるが掻い潜られた。
笑っている。この極彩色の音に合わせて。ヴァニタス。それはディアボロとは違う。恐るべき。踊っているだけなのに次々と撃退士が傷ついてゆく。
これが、ヴァニタス。化け物とは正に。春樹は短く呼吸をひとつするとアサルトライフルの最大レンジより照準を定める。引き金を引くのは殺す為ではなく仲間を救う為。その周囲にはサイリウムを巻き、様々な色に照らして。
「シャルウィダンス? お嬢さん、今日は趣を変えて演舞はいかが?」
「おどりましょお! きっときっと楽しいわ、ねえそう思うでしょお!」
全てはジョークなのだと言うかの様にそれは笑う。
「ちょっと楽しそう……いやいや! 敵は倒さないと! 楽しい時間には終わりがあってこそ。踊るのは楽しくても死ぬまでなんてお断りですっ!」
ぶぶんと顔を振った竜見彩華(
jb4626)は気を取り直す。彼女自身は最後衛、最前線にはティアマット。天の力にホーリーヴェール、臨戦態勢。
「ドラゴンには夢と浪漫が詰まっているのです! ティアマット、ごーごー!」
指差す支持に天竜が勇ましく吼えた。その太い四肢で地を蹴り、レディーレディーへ踊りかかる。爪の一閃。悪魔の肌を裂く。聖なる力を以て焼く。直撃こそしなかったものの高い天界レートの一撃は確かな傷となったようだ。
「やだーお洋服が汚れちゃったわー」
埃を払う仕草一つ。それからステップ。アンドゥトロワ。周囲へ叩き込まれるディアボロの強打。それはディアボロを薙ぎ払いレディーレディーへと到達したエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)にも襲い掛かる――直撃、ばくりと割れる額――否、それはハズレ。空蝉。
「おやおや、今回の相手はダンサーの集団ですか。それでは、我々も混ぜてもらうとしますかねえ」
僕も踊りは嫌いじゃないですよ。笑って、投げる、無数のカード。出鱈目な夜に乾杯。クラブのA。レディーレディーを押し潰すかの様に。
が、跳躍の回避――「つれないわねェ」とヴァニタスに追い付き、零の距離で微笑んだのは、黒百合(
ja0422)。
「こんばんわァ、貴女の踊りの相手は私が勤めさせてもらおうかしらァ♪」
スカートを摘み軽く一礼。挨拶も程々に。爛れろ。殺意の視線。せつなにレディーレディーの顔面を掴んだのは、地面より現れた腐泥と血液に塗れた巨大な左手。爛れた愚者の御手は、汚物を散らしてそのまま『もう一人の愚者』を地面へと叩き付ける。
「ウゲッ……」
強烈な悪寒、精神的な激痛。移動力こそ削げないが、ヴァニタスの機動力を弱体化させる事に成功したのは事実。
「まだこの程度で『充分』とは言わせぬぞ? まだ時間はたっぷりあるからな」
刹那を逃さず。迅雷の如く飛び出した緋打石。今では相当丸くなったが喧嘩が嫌いになったとは一言も言っていない。力と速度に乗った刃を一閃。同時に玲花も反対側から爪を振り上げ格闘戦で挑みかかり。悪魔の血が散る。
赤い色。
靡く。その髪の主は凪。名も無き槍を振り上げて。
(確実に――当てる!)
白く、燃え上がるアウル。ぐんと上がる速度。凪には全てが止まって見えた。神速の一撃。そこに容赦や慈悲は無い。
「何時までも仮初の力で束縛出来るとは思わないで下さいますかしら?」
華美な衣装を翻し、不敵に笑う瑞穂もまたヴァニタスの元へと辿り着いて居た。展開するのはシールゾーン、瞳に燃やすは底無き闘志。
その傍を通り抜け、レディーレディーへ襲い掛かったのは闇の奔流だった。
「注目持ちとか厄介だな……」
眉根を寄せた黒夜の呟き。傷だらけだが、それを癒していくのは玲獅が紡ぐ癒しの光だ。
「皆様、あともうひと踏ん張りです……!」
この力は救済の為に。白蛇の盾を構えた玲獅は持てる力を全て使って仲間を守り、癒し、立ち上がらせる。それが彼女の戦い方。
「は。アハ。あっはははははははは!」
それにも尚、悪魔は笑うのか。アイアムレディーレディー。だからこそなのだ。踊る。踊る。抗いすらもすり潰さんと。
薙ぎ倒され、傷つけられ、何度でも。撃退士とて被害が零ではない。悪魔の強烈なそして凶悪な攻撃に倒れた者もいる。けれど。レディーレディーとて無傷ではない。
一人また一人。ヴァニタスを囲む撃退士が増えてゆく。それはディアボロ達との各戦いに撃退士が勝利した事を示していた。
戦いは、終幕を迎えつつあった。
「声出していきましょ〜!」
「頑張りましょう、私達なら絶対に出来ます!」
「支援は自分に任せて。皆さんは攻撃を!」
ストレイシオンの防御効果で皆を守るキャロルが、歌で鼓舞し符術を駆使して戦場を駆ける文歌が、敵が変われど盾として立ち回るキイが、声を張り上げる。
「出なさい、盾身。出番よ」
残党のディアボロが放つ攻撃は紫乃が呼んだ式鬼「盾身」が、その双盾の身体を以て受け止めた。すかさず、隙を突いて幸丸が符を放ってそれを仕留める。
倒した――おっかなびっくり、だけどまだ、戦いは終わっていない。
だからこそ、終わらせるのだ。こちらの勝利で終わらせるのだ。雪火は呼吸を整える。
「回復、ありがとう」
「いえいえ」
神楽の治癒膏で回復した雪火がオートマチックで悪魔を狙う。狙い定める。確りと。
「動かないでね? 痛くなっちゃうでしょ!」
ばきゅーん。発砲。それは春樹が撃ったタイミングと同時。二つの弾丸が螺旋を描き、レディーレディーを傷つける。
「もうそろそろ舞台もお開きにしましょうっ! 良い子は寝る時間ですよー、というかあたしも眠いべさ……ふわぁ」
訛り交じりの欠伸交じり。彩華の身体があちこち痛いのは、それだけティアマットが頑張っている証拠。黒百合が絡み捕らんと放ったワイヤーを攻撃で跳ね除けたレディーレディーの身体を再び天竜の爪が切り裂く。
蹌踉めく悪魔。血を吐く異形。終わりは近い。
「まだよ、もっと、もっともっと死んでも踊っていたいのよぉおおあああああハハハハハハハハハ」
両手を広げた悪魔。その左右から、飛び出す影二つ。エイルズレトラと、黒百合。
「本邦初公開! 新必殺技のギャンビット・カード、威力の方は果たして?」
「お望み通りィ……死ぬほど踊って貰うわァ」
ギャンビット・カード。エイルズレトラの手には一片のカード。爆砕をその見に潜ませた文字通り『切り札』。
破軍の咆哮。ニタリと笑った黒百合の口内より撃ち放たれるのは超圧縮されたアウル砲撃。
手段さえ違えど同じ技。それに合わせ、一斉に降り注ぐ攻撃。
光の奔流が、怒涛の嵐が、ヴァニタスを包み、撃ち抜き、貫き、砕いて――
●アンコールは響かない
もうそこに喧騒はなく、廃墟の夜に相応しい静寂。
勝った。なんとか勝ったのだ。誰しもが安堵と疲労が綯交ぜになった息を吐く。
「おーっほっほっほっ♪ 勝利! ですわ!」
が、瑞穂は例外の様だ。フロアのど真ん中、高笑い。
「邪魔してしまってごめんなさいね」
「お疲れ様です」
一方、影利と幸丸は仲間の応急手当の為にあちらこちらを奔走する。二人が一段落するのはもうちょっと先になりそうだ。
辺りを照らす魔法は解けて、そこに在るのは電気照明。仄明るく照らされた戦場を、神楽は今一度見渡して。
「でもここのダンスホール……戦闘しても大丈夫みたいだし、綺麗にしたらまた使えるかもね〜♪」
まぁ、ここがまた天魔の塒にならない事を祈るばかりだ。
雪火はそんな廃墟のフロアに花束を置き、そっと手を合わせる。
「あなたにも夢があったのよね……せめて、安らかに眠ってね……」
ディアボロ、ヴァニタス、あれは殺さねばならない化物だけれど、かつては人間だったのだ。特にヴァニタスは身体と『想い』を弄られてしまっただけで、『彼女』に元々は悪意なんて無かった筈で。
想いを馳せる。文歌は一人、天井を仰いだ。
「いつか人間とか天魔とか関係なく,みんなが輪になって歌やダンスを楽しむ,そんな刻がくるといいのですけど……」
その日の為にも、その願いを本当にする為にも、彼女達撃退士は明日も戦っていかねばならないのだろう。
夜明けは近い。
今日もまた、『今日』が始まるようだ。
『了』