●透明世界
夕暮れの赤い色と、硝子の透明な色。きらりきらり。
硝子の洋館、そこの主人は硝子の妖精。
「ふわあ、キレイだねえ……」
「まるで童話に迷い込んだみたいですねえ」
眼前の光景。エルレーン・バルハザード(
ja0889)は少女らしい感嘆を見せ、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は細めた目でそれらを眺めている。
「この創造主とは気が合いそうですね」
黒い手袋を嵌めたその指で己の顎を一撫でしつつ、カルマ・V・ハインリッヒ(
jb3046)は何処か遠くに想いを馳せる様な眼差しで。
「なんだろうね。綺麗は綺麗だけど、ちっとも心が動かされないや」
「人の子が作った硝子、綺麗ですが……こうなると恐ろしさを感じますね」
対照的な反応を見せるのは肩を竦める神谷春樹(
jb7335)に、「気をつけて参りましょう」と静かに声を発するウィズレー・ブルー(
jb2685)。
そんな仲間達の反応に、ギィネシアヌ(
ja5565)は「ふむ」と一つ頷いて。
「全く……色んなディアボロを見てきたが、コイツは一際変わってんな」
魔装じゃない服を触られたらガラスになるのかね、なんて思いつつ担ぎ直すのは突撃銃。
見遣る硝子の洋館。煌めきを具に見詰め。
「……幻想的で綺麗だけど、昼間は眩しそうだよね。あと不便そう。 先生の言う通り、街中がこんな風にされたら大変だし、早めに倒さないと」
奇麗だからと看過する事は出来ないのだと天宮 葉月(
jb7258)は言う。同感だ、と頷いたのはリディア・バックフィード(
jb7300)だ。
「ある意味で造形芸術かもしれませんね。芸術品として考えたら価値があるでしょう」
ディアボロも時には粋な事をするものだ――が。抱いた感想は葉月の言った通り。
「ただ絶対に住みたくないです。硝子張りではプライバシーがないでしょうから……じょ、冗談はともかく依頼を達成させましょう!」
うふふと笑って濁して。だがその言葉にハッとした男が一人。若杉 英斗(
ja4230)。わなわなする手で携帯電話を取り出すと。
「棄棄先生、俺、大変な事に気が付きました……」
『お? どうした若ちゃん』
「ガラス化された館は床も当然ガラス張り。そんな場所にスカート女子がいたら、目線を下げられません。……いや、これは依頼だから仕方ないですよね」
『こ、心の目で戦えば良いんじゃないかな』
まぁそんなこんなで。
「ろまんちっく、だけど……悪い天魔はころさないとねっ!」
己の名前をキチンと書いたエネルギーブレードを構えるエルレーン、それに続いてエイルズレトラも一歩前へ。ショウ・タイム、纏うのはスポットライト。独壇場。
「さて、さっさとお仕事を始めましょうか」
●ようこそ
問題無く洋館への侵入に成功した撃退士達を待ち構えていたのは、4つの煌めき。硝子の妖精、3体の硝子の兵隊。
果たしてこの硝子空間はディアボロ達の『隠れ蓑』となるか。警戒していた撃退士であったが、杞憂だったようだ。視認に問題はなさそうだ。だが万が一の事もある。
「このっ! ぷりてぃーかわいいえるれーんちゃんがあいてなのっ、こいっ!」
「お前達の『敵』はここだ、この俺だ!」
ニンジャヒーロー、タウント。エルレーンと英斗がディアボロ達の目を集め、
「飛び出せニャンニャン! 離すんじゃねぇぞ!」
「印を付けさせて貰います」
それらに向けられる銃口二つ。ギィネシアヌと春樹。ぽん、と音を立ててギィネシアヌの銃から彼女そっくりの小人が飛び出し硝子の妖精にしがみつき、春樹の銃からは見た目こそ違えど同様の効果の弾丸が放たれ兵隊に命中する。
インフィルトレイター達によるマーキングは成功。ならば次は『物理的』マーキングを。撃退士達は各自で用意してきた道具を手にする。
「ちょっとイロをつけてあげましょうか」
「そういえば、前に見せてもらったゲームに、こんな玉があったような気が……」
エイルズレトラ、葉月、他の者達も。敢行。だが、スキルや正規武器による攻撃ではない以上、その精度は大きく落ちる。ましてや道具だ、兵器ではない。マーキングを狙って投擲されるあれやそれはディアボロが放つ光で撃ち落とし焼き払い、或いは躱し。
歯噛みする撃退士であるが、マーキングしなければ絶対に勝てないという状況ではない。そも、視認に問題は無いのだ。もしあったならば――作戦における重要な情報だ――斯様な情報は予め伝えられていただろう。となれば、攻撃に専念すべきか。
金の頁を光に纏い、片手に魔道書を携えたリディアはもう片方の手を静かに翳した。
「光よ、穿て」
構築された魔法陣より打ち放たれる魔法の矢。だがそれは輝きを纏った妖精に躱されてしまう。予想以上に速い。
「ですが、戦い方はあります。――ここは行き止まりではなく、冥府の入り口です……」
己が成すべきは味方の援護。仲間の次に繋げる為に。
「とまっちゃえー!」
その時には既に飛び出すエルレーン。振るう刃は妖精を掠めたが、その『影』に突き刺さる。縫い止める。
「捉えたぜ」
移動を縛られた妖精を後方から狙うは、ギィネシアヌ。構える銃に這う蛇が鋭い牙を敵に向けた。
「全く……ぶんぶん飛び回りやがるぜ。試し撃ちの相手には丁度いいってハナシだが」
堕ちて地を這い跪け。神経を鋭く研ぎ澄ませ、撃ち放つのは対空射撃。螺旋を描く弾道が硝子の妖精の翼を穿ち、重力の手を以て空中より引き摺り落とす。
「身動き封じられたら硝子の像と変わりませんよ?」
落ちたそれ。無様ですこと。皮肉にリディアが微笑み、追撃の為の詠唱を重ねる。が、一方的にやられる相手ではない。放つ光が固まり付かせんと撃退士達を襲う。
やられるものか。邪念を捨て、英斗はその手を前に構えた。心は熱く、脳は冷たく。風に揺蕩う柳の如く、守りの奥義を以て悪魔の攻撃を受け流す。
想定外は想定内、いつだってそうだ。カラーボールが上手くいかなかったのなら、今からそれ以上に活躍して叩きのめしてみせればいい。いつだって、いつだってそうだ。そうなのだから。
撃退士は二手に分かれて行動を行っていた。
片方は硝子の妖精に。片方は硝子の兵隊に。
「ちょっと西日が眩しいですね。嫌な時間帯です」
兵隊が振り回す刃。それをエイルズレトラは踊り、躱し、歌う様に笑いながら、術式で作り出したトランプを張り付かせる。動けぬ兵隊を狙うのは春樹だ。
「砕ければ、どうせゴミでしょう?」
既にゴミ同然にしか思えないけれど。辟易と共に引き金を引けば鋭い射撃が兵隊を襲う。物理も魔法も同程度の耐久性か。その旨を、声を張って仲間に伝える。
それを傍らに駆け抜け、別の兵隊がその手の剣を振り下ろした。それは葉月が防御に構える斧とぶつかり激しい音と火花を散らす。ギリギリと拮抗、少女の眼前の硝子色。
「っ……負けない、よっ!」
負けず嫌いな方だと、思う。マズイと言われカチンときて料理を大得意にしてしまう程には。
跳ね上げる刃。その勢いのまま、刃に込めるは燦然たる星の輝き。
「出し惜しみはしないよ!」
膂力を爆発させ、叩き付ける一撃。輝く刃がディアボロの硝子の身体を大きく削り取った。キラキラキラリ、破片が散った。
硝子の輝き。
光。
「硝子というのは中々に良い選択ですね。耐久力もあり、見た目も美しい。良い醜態です」
嘯くカルマの背には硝子細工の様な翼。光る色は銀の色。嘗ての姿、嘗ての誇り、その『色』に偽りは無い。眼前、後衛を護る様にディアボロに立ちはだかる。盾であり矛。戦いに否定も肯定もないけれど、護るべきものは知っている。
兵隊が振るう刃がカルマの身体を浅く裂く。白い肌に赤い花。痛み、に彼は表情を変えず。硝子を見たまま。この館は悪魔の趣味? それとも? 分からない。硝子は静かに輝いている。
少々、親近感。
否、寧ろ同族嫌悪。
「俺も貴様も、所詮は『曇った鏡』なのかもしれませんね」
硝子の翼が光に揺れた。硝子。硝子。何も無い色。
ゆら。カルマが収めた剣に手をかける――その瞬間には、攻撃は終わっていた。磨き上げし『銀の刀技』。宙を揺蕩う銀の残滓が硝子の兵隊を拘束する。
戦場の後方。
友を、そして仲間の戦いを、ウィズレーは見守る。静かに見守る。
「少しでも力になれますよう……」
戦いは好まないが、仲間が傷付き倒れるのはもっと好まない。纏う淡蒼を揺らめかせ、癒しの灯火を仲間に送り続ける。彼らに施した聖なる刻印は役立っているようで何よりだ。
エルレーン、英斗、ギィネシアヌが硝子の妖精を相手取り、一進一退の攻防を見せる。妖精よりは幾分か倒し易い硝子の兵隊には、他のメンバーが火力を集中させて攻め立てている。
「……」
ウィズレーその瞳に浮かぶ憂いは消えず。静かに閉ざす目。唱える詠唱。
「これ以上傷つけさせる訳には参りません。――捌きの鎖よ」
翳す掌。光り輝く魔法陣から、じゃらりじゃらり。聖なる鎖が唸りを上げて空を裂き、カルマが痛打を与えた硝子の兵隊に絡みついた。ぎり。絞め。そのまま。がしゃん。圧砕する。
銀の瞳と目が合った。一瞬だけだったけれど。
「はァッ!」
再度の、剛撃。慌てず落ち着き、仕掛けるカウンター。葉月のその気性を表すかの様に力に溢れ、真っ直ぐな軌跡。ウィズレーと共に回復を行う兵隊担当の負傷は軽微だ。彼女自身の傷も浅い。圧し遣る兵隊が、タタラを踏む。
「リーダ!」
「お任せ下さいな」
呼ぶ友人、応える友人。フレキシブルに動くリディアが、葉月と相対する硝子の兵隊に狙い定める。穿て。命じ。光の軌跡。兵隊の胸を貫き、打ち砕く。
「あなたもあいつ等と同じようにしてあげますよ」
残りの一体も、エイルズレトラと協力して追い詰めていた春樹が銃声と共に終わらせて。
「チェックメイトです」
残るは硝子の妖精のみ。この戦いに終幕を。カルマが突き付ける剣の先では、撃退士達の攻撃を掻い潜り宙に浮かびあがる妖精。無傷ではないが、尚も健在。それと今まで相手をしていた撃退士達もまた一人も欠けていない。寧ろ損害は非常に軽微だ。それぞれがそれぞれを補い合い、死角を潰す様に動いているからだろう。
9人の撃退士が硝子の妖精を取り囲む。――その、刹那だった。妖精がいっそう峻烈な光を帯びる。貫き惑わす破壊の光。最後の足掻きか。けれど、耐えた。或いは躱し。防ぎ。柳風。回避射撃。根性論。地力。庇う。エトセトラ。
倒れはしない。
まだ、戦える。
「そうでしょう、皆様?」
ウィズレーの鼓舞の声と、降る癒しと。光。
立て直し、構える銃。ギィネシアヌが放つ堕天の弾丸が再び妖精を地に叩き落とす。そこへすかさず飛び込んだのはエルレーンと英斗、振り上げられる命の刃に玄武牙<ブラックトータスファング>と名付けられた盾剣。
「いちのたち! 腐のたちっ! 私のもえは、一回じゃ止まらないッ! 悪い天魔しんぢゃえ! しねしねしねッ!」
「出し惜しみはしない――燃えろ、俺のアウル!! 砕け散れ! セイクリッドインパクト!!」
ある種の腐敗を纏うある種のダークな鋭撃、盾を矛と成す極限破壊の銀。圧倒的な双撃。凄まじい衝撃。ビリビリ大気が震え、ビシリ。妖精の身体にヒビが入る。
「あと一押しですっ!」
徹底して仲間の目となり耳となり或る時は盾となり、支援に徹していたリディアが声を張る。詠唱、放つ魔法の矢――それと並走する様に、葉月が魔的なナイフを投げ放つ。空を裂く。
「逃がさない! 避けられるものなら避けてみなさい!」
矢と刃。もう一本増えた所で問題はなかろう。二つの攻撃の真ん中、カルマは神速の居合を敢行する。三重奏。尚も躱さんとした硝子の妖精の身体をがりがりと削り、その破片を空に散らす。きらりきらり。透明。すっかりボロボロの翅で飛び立たんと。
けれど『蛇』はそれを赦さない。獲物を決して逃がさない。
「悪いがもう、飛ばさねぇよ。ほら見えるだろう蝋が溶けるような翼のイメージがよう」
うぞ、うぞ。ギィネシアヌが構える銃に絡む八匹の蛇が不気味に蠢き、銃口の中に潜り込む。高まる力に、彼女が纏う紅色がいっそう血の様な光を見せた。
「さってと……待たせたな! 出番だぜ、ヒュドラ!」
紅弾:八岐大蛇<クリムゾンバレットタイプヒュドラ>。八の蛇は一となり、螺旋を描いて真っ直ぐ真っ赤に飛んで行く。紅い。赤い。それは硝子の妖精の透明な身体をも真っ赤に真っ赤に染め上げて――高く、澄んだ音。
赤く染まった妖精は、木端微塵に砕け散った。
●いつかは砕ける
取り残されたのは、硝子にされた洋館だけ。
その写真を撮りまくるのはエルレーンと葉月だ。
「折角、奇麗だしね」
「こんなすてきな光景、同人誌の資料写真にはもってこいだよっ」
……理由というか目的は別々であるが。
「んー。次の休みには美術館に硝子細工展でも見に行くか。ここにゃあ、駄作ばかりだったし、本物を見たくなっちまった」
独り言つ春樹。対照的に、仲間の治療を終えたウィズレーは夕日に輝く硝子を「とても綺麗です」と賞して。
「戦いではなく、ただ慈しむ為にこの光景を見られればよかったのですが……尤も、敵がいなかったらこの光景もなかったのですけどね」
矛盾に苦笑し、天使はその光景を目に焼き付けんと具に見詰める。彼女の堕天した理由は、人間の造形物を愛し、それが壊される事に憂いたが故。戦いだから致し方なかったとはいえ、壊してしまった造形物に少しだけ寂しげな色をその目に浮かばせた。
その隣に、カルマが並び。
「俺も嘗て、結晶を作り出す事が出来ましたね。今となってはこの左腕、そして翼が限界ですが」
するり、左の手から外す手袋。そこにあるのは半透明の結晶でできた義手。晒したそれで、足元に散っていた硝子にそっと触れた。温度は無い。目を閉じる。
――『銀』と呼ばれた悪魔は、いつかこの硝子の様に砕けてしまうのだろうか。
ただ、硝子達は輝きながらカルマを見つめ返していた。
「アイツらは一体なんの目的で作られたのかなぁ……・。地球なんて辺境に来る悪魔の慰め……? それとも……ないだろうけど、誰か人間の為かね」
光景。その紅瞳で見渡し、ギィネシアヌは誰とはなしに呟いた。だって、だってほら。振り返り、腕を広げて。
「――こんなに綺麗だぜ」
何色でもない色。でも確かにある色。
光り、輝き、煌めいて。
今暫し、この幻想的な光景に目を心を奪われても構わないだろう。
そんな中で。
「……この洋館、価値が高騰しますよね」
と、悪戯っぽくリディアは含み笑うのであった。
『了』