●夜の街の路地の闇のあれのそれ
ポッ、と闇を照らしたのは星の如く美しい光だった。それと同時に灯る、蛍を思わせる光。照らされたのは静かな表情を浮かべた黛 アイリ(
jb1291)。
「夜の路地裏ってなんか潜んでそうでドキドキするよな。けどマジの化けもんは勘弁!」
闇の中よりの気配無き声は佐倉 火冬(
jb1346)。夜の番人は暗闇こそが味方。「平和な夜を取り戻そうぜ」と快活な物言いで仲間に呼びかけた。勿論、と頷くのは火冬と同じ夜の者<ナイトウォーカー>である雁鉄 静寂(
jb3365)。
「人の世界に来るなら人の世の理を守るべし! 人をいいように喰らっていいわけがないです。速やかに鉄槌を下しましょう」
それがわたしの任務。闇に限りなく近い蒼の目で闇を見通し、静寂がその手に纏うは黒い光の紋様。
「やられたら倍返し。これは鉄則だよなぁ」
鬼灯丸(
jb6304)、その名を示すかの様に鬼灯色の赤い髪、ケモノの瞳孔をした赤い瞳。「犠牲者達のために、あたし達が無念を晴らしてやろうぜ」とパーカーのフードを被り直した。
「『やられたらやり返す』……任務、了解」
彼等の声は通信機によって密に繋がっている。聞こえた『倍返し』の言葉に小さく頷いたダッシュ・アナザー(
jb3147)は、路地を行く仲間達とは違いビルの屋上にて全てを見下ろしていた。その傍らには矢野 胡桃(
ja2617)、ナイトビジョンの視界で漆黒の施条銃のスコープを覗き込み『獲物』を探す。斯くして、見えたのは蠢く『影』。
「こちら矢野。敵影捕捉。道幅も狭いので、エスコートします」
同時に敵の距離なども連絡しつつ、引き金に指を乗せた。
「……目を背けるな。モモ……」
誰にも聞こえぬ独り言。深呼吸一つ。
銃声。
「連絡を確認、行きましょう……」
更に闇を照らす光。フラッシュライトから溢れる光に草刈 奏多(
jb5435)の姿が浮かび上がる。光纏の黒猫を足元に遊ばせつ、無表情。
視線の先。光の彼方。ゆら、ふら、現れたのは――黒い、長い、人影、ディアボロ。
「状況開始、静寂行きますッ!」
静寂が凛と張り上げる声と共に、戦いの火蓋は切って落とされた。
●今夜も夜更かし
あああ。あああああ。うぐ、ぐが、ウアァアアアア。
何重奏だろうか。それは紛れもなく人の声。苦悶の声。発しているのは、サライカゲの身体に浮かび上がっている幾つもの顔。
嗚呼不愉快だ、そう言わんばかりに宗方 露姫(
jb3641)は柳眉を寄せる。白夜珠を握り締める手に我知らず力が籠った。
「……とりあえず、さっさと片付けよう。あんなもん見てらんねぇからさ」
「そうだね。……胸くその悪いことをする」
応えたアイリも細めた目で異形を見遣る。取り逃がす訳にはいかない。同時に詠唱、術式を構築してゆけば頭上に魔法陣が展開される。
「先手必勝。たまには派手にいこう」
「襲撃……開始。今回は、貴方の番……故に、刈りとる」
アイリと同時に行動を開始したのはダッシュ。気配を殺し、壁を走り、蜘蛛の如く獲物を射程に狙い収めて。
「誤射に、注意……行くよ、土爆布」
「星よ、堕ちろ」
刹那に、轟音。
天よりは、光と共に降り注ぐ流星群。
地よりは、殺意と共に爆ぜ散る土。
「派手なのはいいねぇ」
それらを眼下、ディアボロを飛び越え背後に降り立つのは翼を広げたウェル・ラストテイル(
jb7094)だ。
「都市伝説は未確認・不定形・非実体だから面白いんだ。明確な形を持った都市伝説なんて危なっかしくて話の種にも出来やしない」
ひとつ、つまらない噂を払って質の悪い都市伝説を削除しようか。小太刀を構え、不敵に笑う。
視線の先の土煙、その中でウワサカゲが再生の術を施してゆく。それを纏うサライカゲの腕がそれぞれメキメキ音を立ててゆき――長い長い、不気味な爪。振り被る。
「殺られる前に殺る……! ファイアワークス、行きます!」
好きにさせるか。声を張った静寂が掌を翳せば、色とりどりの爆発がディアボロ達を巻き込んだ。熱風、照らされる闇、翼を広げて宙に飛び立った鬼灯丸と霧姫を仄明るく照らし出す。
「再生か、厄介だね」
「あぁ、うざってぇな……回復する前に一気にたたみかけて潰すぜ!」
「はいよ、宗方さん。再生が追いつかない程、あいつをギタギタにしてやる」
剥き出しにした、殺意。鬼灯丸は好戦的に、霧姫は鉄よりも冷たく。鬼灯色の刃、白銀の刃が空を裂き、ウワサカゲを切り裂いた。
直後に、大きく振り上げられたサライカゲの凶器そのものな腕が二本、前方と後方へ振り下ろされる――『やらせない』。電光の如く反応した胡桃が狙い定める。
「やらせない。私の目の前で、それは許さない」
避弾【La Campanella】。鳴り響く鐘の音の如く、螺旋を描き走る弾丸が悪魔の攻撃の軌道を撥ねさせ、ずらし。
「微力ながら皆様の盾となりましょう……」
更に、味方を護る様に躍り出た奏多が盾を展開し、文字通り『盾』となる。その至近距離、呻く声。犠牲者の声。死者の声。けれど、彼は表情を変える事すらなく。
「趣味悪いね……キミ。人間に興味ないから、どうも思いません……」
どうせ百年もしたら今生きてる人間なんて全部死んでるし。興味ない、関心もない。
「敵を倒せればそれでいい……」
呟いて、黒のハルバードに銀の焔を纏わせて。高速の攻撃、それを繰出す奏多の傍らより、闇に潜み素早く間合いを詰める人影一つ。
「再生だか知んねーけど」
キッと鋭く視線を据えて、火冬はサライカゲが纏うディアボロに血色の鎌を振り上げる。
「一気に落とす……!」
攻めの守り。振るう剛閃。生憎、ウワサカゲが煙の様に流動的に動く為『右を狙う』等で同じ相手ばかり攻撃する事は出来なかったが、彼をはじめとした撃退士達の怒涛の攻撃が齎すダメージは確か。飛行や立ち位置に工夫もあり、路地裏の狭さが撃退士を悩ませる事もない。
呻き声の浮かぶ悪魔の腕が鋭く振るわれ、飛ばされた斬撃が上空の二人を襲い、血の花を咲かせる。上空に悪魔の気が逸れた、その隙に。
「合わせていこう」
「任せて」
ディアボロの前後より飛び出したのはウェルとアイリ。前者は痛みを与える様に刃を突き立て抉り裂き、後者は刀に燦然たる星の輝きを宿らせて一閃。
「悪いね。有象無象の噂に構ってる暇は無いんだよ」
冥魔より刃を引っこ抜きながら、へらりと笑うウェル。その頭上を、ヒュンと駆ける影。ダッシュが、鋼糸を構えてウワサカゲに迫る。「しぶとい」と少しうんざりした様に呟いて。
「もうすぐ、刈れる? その首、貰う……よ?」
早急に剥がれて貰おうか。闇にゼルクの紅白が煌き、最後のウワサカゲを文字通り『刈り取る』。切り裂かれ、影は消えていなくなる。
「まとめて焼却処分してやるよ」
残り二体へは、霧姫が。切り裂かれた肩口から滴る血をそのままに上空より指先を突き付ける。それを、バチンと鳴らせば立て続けの極彩爆発。竜が舞う様に吹き上がり躍る火柱。
硝煙。斯くして、サライカゲを護る盾は無くなった。
「やっと、本命を……刈れる、ね」
「それじゃ……はじめよう。本番、を」
間合いを計るダッシュは悪魔の視界を奪わんと再度地を蹴り、胡桃も油断無く銃を撃つ。
「こういう時、人間は『年貢の納め時だ』って言うんだろ?」
合わせる様に鬼灯丸が刃の風を放てば、それに並走するかの様に強く地を蹴ったアイリがディアボロへ臆さず間合いを詰めて。振るわれる悪魔の爪を刃で受け止める――その眼前、人の顔。苦痛の顔。
「……!」
思わず、息が止まった。見開いた目に映る、顔、顔、顔。予想以上。犠牲者の数。それは『救えなかった』という何よりの証明で――
「は ァッ!」
動揺の直前、眦を決し。握り直した刀で腕を跳ね退け、斬撃一閃。分かっている。もう助けられないのは分かっている。だからこいつはここで倒す。必ず斃す。これ以上、彼らが叫ばなくても良いように。悼むのも後悔も懺悔も生き延びてからだ。
(……でも。助けられたら良かったのに!)
非情な現実。何の為の力なのか。
「早く、終わらせて……あげる」
僅かでもダメージになると良い。ダッシュは感情を表に出す事はないけれど、サライカゲのその姿は『不愉快』だった。
「防御は、崩すもの……」
壁を蹴り、多角的に。一直線、悪魔に叩き込むは防御を砕く重い一撃。一切の安寧も与えるものかとその直後に攻撃動作に入ったのは霧姫、再度轟音と共に炎の爆華を咲き乱れさせる。
「くたばれ、さっさとそいつらを黙らせな。こんな夜中に耳障りなんだよ、お前」
狙い焼くのはサライカゲに浮かぶ顔。呻く顔。追い詰める様に黙らせる様に殺気を放ち、攻撃を以て詰め寄ってゆく。その様は普段の活発な娘とはまるで違う、人よりも人でないモノに近いそれで。
呻く声。それと共に溢れる、腐敗の黒い霧。風に乗って広範囲に漂う。それはビルの屋上から施条銃を構える胡桃の臓腑にも届き、肺を焼く痛みに少女は激しく咳き込んだ。
「げほっ……」
血交じり。ぐっと奥歯を噛み締めて、胡桃は銃を下ろさない。覗き込むスコープ。苦悶の顔と目が合った、気がした。けれど銃口がぶれる事はない。
「そこに理性がないのなら。それが人でないのなら。……撃てる。私は、やれる」
まるで己に言い聞かせる様に。躊躇はしない。あれは人じゃない。あれは敵。斃す相手。バケモノだ。だから、だから。
「モモはわるくない……!」
押し込む引き金。即射【Wilde Jagd】。深紅の光が弾道を描き、サライカゲに浮かんだ顔にヘッドショットをぶち込んだ。
(違う。モモは、ころしてない。あれはもう死んだもの。だから、ちがう)
幾ら気丈に躊躇無く銃を撃とうとも、彼女はただの、ちっぽけな少女。臆病な心が怖くて震えて今にも泣き叫んでしまいそうで、けれどもそれを拙い理性で押し殺し。
できる。できる。できる。撃てる。もう一発、もう一発。
「全く趣味悪いっつーの!」
あまりやりたくはないけれど、火冬も別の顔へと鎌刃を捻じ込んだ。ぶちゅ、と肉の潰れる嫌な音。鼓膜を劈く大絶叫。ギィィイイィイィイイイ。
「その顔が今まで取り込んできたやつか? 随分いい趣味してるじゃねぇの。反吐が出るくらいにな!」
不気味にな姿に鬼灯丸は吐き捨てて、翼を翻し急降下。最中にも呻き声が、悲鳴が聞こえる。
(そんな声出さないでよ……早く楽にさせてあげるから、もうちょっと待ってて)
想いは表に決して出さず。聞こえない振り、知らん振り。鬼灯の花言葉は『欺瞞』。心に感じる痛みも哀しみも押し殺し包み込み、自分自身すら騙して崩して。裂帛の声。サライカゲに叩き込むは、重力に乗った鋭い一撃。
「速攻を狙おうか」
山をも砕く気を込めて、続けてウェルが振るう一閃。だがそれはサライカゲがその手でウェルごと掴み取って防ぎ、そのまま撃退士へと力のままに投げ付ける。更に振るわれた暴力的な一撃が、近接の間合いに居た者を――アイリを、ざくりと切り裂いて。
「う、ぐっ……」
走る痛み。滑る感触。それでも下がらず、あくまでも敵の動きを封じる様に。傷付く事も厭わない。踏み止まる。悔しかったら倒してみろと言わんばかり。
「……こっちは平気、遠慮なくやっちゃって。早く、この人達を解放してやらないと……だからさ?」
振り上げた刃を、サライカゲの脚に突き立てた。地面に縫い付ける様に。
その隙を逃さず、徹底して防壁で身を守っていた奏多が踏み込んだ。エメラルド色の光を武器に込め、振り上げて。
「やはり敵は楽しい、倒すもの……」
けたけたけた。照らされる横顔は戦闘の愉悦に満ち満ちて、面白い玩具で遊ぶ子供の様に無邪気に笑う。けらけらけら。楽しいモノは、楽しいもの。
ざっくり、狂刃が抉ったそこへ。魔道書を片手に静寂は狙いを定める。倒れる訳には、負ける訳にはいかないと。
「塵と化すまで打ちのめすそれがわたしの任務。そして――任務は速やかに且つ確実に遂行します」
その意志を示すかの様に、その身に纏う地獄の風。ひゅる、と闇を乗せた大気に黒紺の髪が揺らいだ。刹那に迸る稲妻の矢が、唸りを上げて空を裂く。
「頭は、この辺?」
光に一瞬照らされた黒、ダッシュ。その手が、人の形をしたディアボロの頭部と思しき所に触れた。
「これで、止め?」
そのまま力一杯、地面へと。叩き付ける。鈍い衝撃。トドメ。かと思ったが。再度、それが腐敗のガスを周囲に撒き散らし。
「く――」
上空の霧姫にまでそれは届く。顔を顰めたのは身体を苛む痛みからではない。ガスの彼方から聞こえてくる嗚咽だ。
「亡者が泣き叫ぶ? 冗談じゃねぇよ」
忌々しげに、吐いた血で赤く染まった牙を剥いた。
「死んだら終わりだ、悲しいも悔しいもあるもんか。……終わるんだよ、カゲも形も遺さず、消えちまうんだ!」
荒々しく吐き捨てて、撃ち放つのは白銀の刃。ガスを切り裂き飛ぶそれは迷う事無く一直線、撃退士達の攻撃に弱っていたサライカゲに突き刺さり――永劫の静けさを、齎した。
●フライングおはよう
「皆、大丈夫?」
表情は平静ながらも、アイリの目には心配が圧し殺されていた。皆の無事を確認し、ほ、と小さく安堵の息を吐く。
「無事ならよかった……わたしも、大丈夫だから」
精神的な疲れを滲ませながらも微笑みを浮かべ、仲間を手招き、奏多と共に少しでも傷の手当てを。
静かに、静かな、そして平和になった、路地裏。一段落し、戦いの後の疲労感を覚えながらも撃退士達は路地裏を見澄ましていた。
鬼灯丸は静かに目を閉ざす。仲間に見えぬよう背を向けて、闇の中で。
(あたしの祈りが灯りになって、犠牲者達が迷わずあの世にいけますように)
静かな祈り。一方、火冬も独り言つ様な物言いで。
「犠牲になっちまった人達の身体はもうどうにも出来ねーけどさ……魂的なのは解放出来たといいな。気分的なもんかもだけどさ」
「そうだね。なに、思う事は自由さ」
応えたウェルは路地裏の隅にしゃがみ込む。犠牲者へのせめてもの弔いとして、供える花束。その隣にもう一つ、静寂が置く花束が並んだ。
「どうぞ安らかに眠ってください」
手を合わせ、目を瞑り、祈りを捧げ。
そして、静寂は踵を返した。暗い路地から明るい街へと歩き出しつつ、通信機を起動して。
「――任務達成。これより帰還致します」
『了』