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マスター:ガンマ
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:11人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/08/22


みんなの思い出



オープニング

●アガペー666
 大丈夫。大丈夫。
 みんな私が、護ってあげる。
 大好きよ。心の底から。

●スクールのルーム
「最近、殺人事件と失踪事件が頻繁していたんだがな」
 教卓に座した棄棄が話し始めたのはそんな話題だった。
 なんでも、一家皆殺し。けれども子供だけが忽然と姿を行方を眩ませている。そして手口は――明らかに人のそれではなかった。
「んでその共通点だがな。……殺された人間っつーのが、どうも失踪した子供を虐待していたらしい。つまり犯人は虐待者を殺し、被虐待者である子供をかっ攫ってたっつーこった。
 ……何故、だって? あぁ。教えてやろう。犯人がヴァニタス――その欲に『子供への愛』を宿した存在だからだ」
 その名は『マザーマリア』。彼女は只々子供を愛する。そしてそれを傷付ける者や泣かせる者を許さない。彼女は傷付けられる子供達の「誰か助けて」という声に従い彼等を『助けた』のだ。その親を殺し、自らが親となる事で。
 マザーマリアに子供を悪用する喰らう洗脳する等の気持ちは無い。実際、失踪している子供達は全員生存していると情報が入っている。彼女はただ子供の傍に居たいのだ。愛したいのだ。護りたいのだ。
 故にそれ自体は見境なく人を襲う様な凶暴な個体ではなく、『条件』さえ満たさなければ向こうから襲い掛かって来る事は一切ないらしい。
「で、その条件ってのが――
 1、子供か己に危害を与える
 2、子供を怯えさせる
 3、子供から離そうとする
 ――の四つだ。戦闘特化タイプでこそないが、ヴァニタス相応の危険度を持つから気を付けたまえよ。
 で、諸君らに課せられたオーダーは『15人の子供の保護』なんだがよ……厄介だぜ。なんせ、子供達はマザーマリアを慕っちまってる。その上、マザーマリアは纏う魔法で一般人からは『普通の人間』に見えている。
 子供達がマザーマリアを異形かどうか気付いているかまで分からないが……簡単にただ『そいつは悪魔だから離れろ』っつっても絶対言う事きかねえだろうな」
 そして『力尽く』で言い聞かせようとすれば、マザーマリアが黙っちゃいないだろう。そもそも彼女から子供を引き離せばマザーマリアは奪い返そうとする事が予想される。キッチリ考えていけよ、と棄棄が言った。
「危険な任務だ。相応の報酬も約束されているが――命は、大切にな。諸君の無事の帰還を祈る!」


リプレイ本文

●今日も夜は変わらない
 立ち入り禁止の黄色いテープが、夜の街灯に浮かび上がっていた。キープアウトの文字。シンと静まり返った公園。最初から、欠片もひとけは無い。
「おかあさん、なの? 天魔なのに、おかあさんなの?」
 立ち入り禁止の文字を凝視しながら、エルレーン・バルハザード(ja0889)が呟いた。ヴァニタス、マザーマリア。それが今回の事件の犯人である悪魔。『母親』として振る舞っている『異形』。
「ああっ、でも、……親をころしておかあさんになったの? でもそれは親がだめだから? でも、人間をころす、わるい、天魔は、……ころさなきゃ」
 繰り返す『But』。歪な結論。エルレーンにとって『母親』という概念は絶対で。『人間を殺す天魔をころす』という信念も絶対で。ゆるりと上げる病んだ目で、惑う気持ちに唇を噛み締める。
「お母さん、ってどんなだろう……」
 対照的に、首を傾げたのは桃 花(ja2674)。彼女の記憶に両親の姿はない。記憶が無いので実感も無い。しかし同じ『孤児』でも、星杜 焔(ja5378)の記憶には家族の笑顔が確かに残っていた。
(両親もディアボロではなくヴァニタスにされていたなら、俺を守ろうとしてくれただろうか)
 変わらぬ笑顔を浮かべたまま。
 一方でユーノ(jb3004)は呆れたように溜息を一つ。
「魂を失った身で、母親ごっこ遊びですの……? 確かに傍目には子供を救ったようにも見えますが、所詮は失った自身の魂を埋めようとするむなしい行為」
 ここで終わらせて頂きますの。そう続けられた言葉にけれど、ギィネシアヌ(ja5565)は緩く首を振った。
「誰が悪いなどと俺は断ずる事が出来ない。だがそんな結末は間違っているとこの胸の奥で俺自身が叫んでいるのだ」
「たとえどんな理由があろうとも親を殺す理由にはならない。ましてや相手はヴァニタス、たとえ子供達から恨みを買う事になっても、俺は敵を倒す」
 同意の言葉を続けた若杉 英斗(ja4230)が、己の掌に拳を撃ち付け気を引き締める。ヴァニタスの怖ろしさ。それを彼は、誰よりも『身を以て』知っている。
 敵は、斃す。矢野 胡桃(ja2617)は目の奥に凶暴性を潜ませて。
「懐く子供には悪いけど。それが、敵なら。殲滅させてもらうよ」
 そんな仲間達を傍らに。雪成 藤花(ja0292)は思う。マザーマリア。彼女が子供を助けたい気持ちは分かる。けれど。それはきっと、『歪んでいる』……。
 そうであろうと。雨宮 祈羅(ja7600)は祈らずにはいられない。

 どうか、子供たちが笑顔でいられるように。

 様々な、考え。けれどそれは何れも、霧原 沙希(ja3448)に『結論』を与えてはくれなかった。
(……これは、子供達にとっての幸せ?)
 助けて。泣いて叫んで差し延ばした手。冷たい手。自分だってそうだ。自分だってそうだった。傷痕の残る腕の、手を、ぎゅっと、握り締める。
(……私も、叶うなら……両親を、殺してやりたかった)
 いたいいたいやめてごめんなさいゆるしていいこにするからいいこになるから。どれほど請うても止まなかった暴力の記憶。忌々しい心的外傷。だから。自分も。『彼等』のように――
『本当に?』
「っ……!」
 芽生えた自己疑問。答えは無い。
(私は、どうすれば……?)
 暗い、赤の目で。ただ前を見る他になく。

●この腕は抱き締める為に
 優しい歌が聞こえる。それから、子供達の無邪気な笑い声。
 嗚呼、幸せそうだ。幸せなのだろう。撃退士達は知っている。その幸せが『あってはならない事』も。
「……」
 遁甲の術で気配を殺し、遠巻きからそれらを見ているエルレーンの目には、確かな『異常』が映っていた。一般人から見たらなんて事ない風景なのだろうが――子供達の真ん中、佇んでいるのはひょろ長い異形。ヴァニタス。マザーマリア。『母』。
「おかあさん……」
 呟いた小声。それと同時に、印を結んで変化の術。
 そして、撃退士達は一歩。
 マザーマリアが振り向いた。子供達の何人かが、「あ」とこちらに気付いた声を発した。
「やぁ、静かないい夜だな。俺たちと遊ばないかい?」
 にこり。笑みを浮かべてギィネシアヌが子供達を見渡した。或る子は目をぱちくりとし、或る子はマザーマリアの後ろに隠れ、或る子は「おねえちゃんだれ?」と訝しむ目線を。
「なぁなぁ! 俺ってば友達と花火や昆虫採集で遊んでるんだぜ! よかったらお前達も一緒に遊ぼうぜ!」
 天使の様な。否、実際『天使』の笑みを浮かべて。元気一杯に鵜飼 博(jb6772)が子供達の前に出る。その手には花火セットが。
「お菓子やご飯も用意してあるぞー!! すっげー面白いぞ! こっちこいよー! 一緒に遊ぼうぜー!」
「そうだよ、たのしいよ! ねえねえ、いっしょにあっちであそぼうよ!」
 こよなく楽しそうに博が、10歳程の子供の姿に変身したエルレーンが子供達を誘う。どうやら、撃退士は『公園に遊びに来た子供達』だと思われたらしい。取り敢えず怪しまれる事は無かった。子供達の中には興味を引かれた子もいるらしい。皆がマザーマリアへ見返った。『彼女』はただ佇んでいた。
「花火もあるし、ケーキもあるのぜ。なに、おかーさんの目の届く所にいれば平気さ」
 手にした花火セットとケーキの入った紙箱を子供達に見せつつギィネシアヌが言えば、女の子は特に「ケーキ!」と食い付きを見せた。彼女達が『行っても良いか』の意味を込めてマザーマリアへ振り返る。ギィネシアヌもその動向から目を離さない。
「ね、おばさん、いいでしょ?」
 重ねる様にエルレーンが首を傾げた。悪魔の表情はずるずると長い髪に隠されて良く見えないけれど、敵意やそれらは感じられない。
 そうしている間にも、子供達はすっかり『この子達と遊びたい』という気持ちに纏まっていた。そんな中、マザーマリアが小さく頷く。「やったぁ」の声。そして遊ぼう遊ぼうと楽しげに。
 だが全員ではなかった。三人、マザーマリアにしがみついて離れない子がいる。
「やだ! あたしママといっしょにいるもん!」
「ぼく、ここにいる……」
「……」
 片時も離れたくないのだろう。あるいは内気か、虐待の所為で生じた人間不信か。されど最中、子供達の中で一番年長らしい少年が小さく溜息を吐いてからマザーマリアへと。
「じゃあ……俺がチビ達の面倒見るから。母さんはここで待ってて。遅くならないから」
 母さんも一緒じゃ駄目なの、と問う子には「行きたくない子がいるから仕方ないだろ」と返し。彼は撃退士へ向いた。花火なんて随分久しぶり、と微笑みながら。
 作戦は『ほぼ成功』か。残ると主張した三人の子供は予想外だった。けれど彼等を引き剥がす方法を撃退士達は持ち合わせていない。なにより子供達が「早く遊ぼう」と急かしているのだ。
 致し方無しか――抱いた一抹の不安は笑みの中に押し殺し。ギィネシアヌは促す様に近くの子供の背中に手を宛がった。
「さぁ、行こう。あっちだ」
「向こうまで競争な! よーいどん!」
 博も誘う様に走り出せば、何人かがはしゃぎながらそれに続いた。エルレーンも場の雰囲気を和ませるようにきゃっきゃとはしゃぐ。
 しかしその瞬間。
 マザーマリアの両手が、年長の少年とその近くの子供に肩に置かれた。離れないで、と訴える様に。彼女は子供が離れるのを厭う。
 けれど一方、そんなマザーマリアに抱きつく少女が居た。
「うぅ、ふぇ、ふぇええええぇえん」
 わんわん泣いて、胡桃がその手に力を込める。そのすぐ傍には花が、同様にぽろぽろ涙を零していて。
 マザーマリアの気が瞬間に少女二人を向いた。その手の力が緩めば、少年と子供が離れて。少し心配そうに胡桃と桃を見たが、「はやくおいでー」と誘うエルレーンの言葉に戸惑いながらもそちらへ向かって走って行く。
 子供への『愛』。片時も離れたくはないけれど、子供達が自ら遠くへ駆けて行ったのであれば。マザーマリアは『無理矢理』『力尽く』という手段を取る事はしない。正しくは『出来ない』。その点を巧みに突いた撃退士の作戦は見事と言えるだろう。
 だがまだ作戦は始まったばかりだ。気を抜く事は、一瞬も出来ない。
「マザー! ひどいの、花がモモの髪の毛ひっぱったの!」
「だって……だって……」
 胡桃と花はあたかも『喧嘩をした様に』見せかける。そんな二人を慰める様に、或いは「喧嘩しないの」と窘める様に。マザーマリアの手が二人の髪を撫でた。抱き寄せる。抱き締める。見た目の不気味さからは信じられぬ優しさで。温もりで。
 だから、胡桃はその『優しさ』を利用する。純粋に『自分を守ってくれそうな存在』を頼る。ただの子供を装って――否、装いではない、事実だ。本心だ。凄惨な過去。悍ましい実験。
「マザーたすけて……」
 強く強く、抱き締める。
 いいにおい。
 これが、『お母さん』のにおい?
 目を閉じた花の肺腑を満たすのは、心が落ち着くようなかおり。深呼吸一つ。けれど、彼女が脳裏に思い浮かべるのは『過去』。それは孤児院に居た時。そこの先生は怖い人だった。多少非人道的なこともまかり通っていた。思い出すと、本気で涙が溢れてくる。
「やなの……ひっく……帰りたくない……怖いのやだ……」
 装うは警戒。それに悪魔が帰すは慈愛。大丈夫、と髪を撫でる優しい手。
「……おかあさん、知らない。いないの……ねえ、痛いことしない? 一緒にいてもいい……?」
 その言葉はマザーマリアに、そして周囲の子供達に、彼女がどういう境遇なのかを理解させるには十分だった。ヴァニタスの手に力が籠る。ぎゅうっと抱き締める。花も遠慮がちに、けれどしっかり、甘える様に抱きしめ返した。
「一緒にいて……一人になりたくない……」
 その様を、ぽつねん。
 一歩離れた位置。眺めていたのは沙希。
 マザーマリアと目が合った。
 沙希の全身に刻まれた『疵』を、マザーマリアは分かったのだろうか。分からない。けれど、悪魔は少女へそっと、その長い手を伸ばして。髪を。頬を。優しく、撫でる。慈しむ様に。言葉は無い。けれど、どうして、こんなにも――心に染みいるのだろう。
(……この温もりが、あの時の私にあれば)
 おいで。そう言われた様な気がして。委ねる様に身を預ける。あたたかい。いいにおい。彼女の手は沙希に暴力を振るわない。そっと抱き返しながら、沙希は静かに脳を思考に沈めていった。

●グッナイ、グッバイ
 ぱちぱち、花火が爆ぜて。子供達の笑い声。夜を照らす色んな色。
 子供達と共に遊ぶのはエルレーン、ギィネシアヌ、博、そして祈羅。大人である祈羅に少し警戒を見せる子もいたが、一緒に花火で遊んでいる内にその警戒も和らいでいったようだ。何よりだ――そう思いつ、口遊むのはマザーグース。
「あ! これ知ってる」
 マザーマリアが歌うそれを聴いていた子が、祈羅の歌に反応した。ニッコリ微笑み、彼女はその子の頭を撫でて。
「この歌はねぇ……」
 語り始めるは、童謡の解釈。予め調べておいた事。興味深そうに子供達が聴いている。ものしりだね、と子供達が目を丸くするので。「それじゃあ」と。
「夏だし、それらしい話もしてあげるね。これは、友達の友達から聞いた話なんだけど……」
 次いで語り始めるのは怪談だった。やだー、と怖がる子もいながら、興味を示す子もいたり。好評だった。
 そんな折――ふわり、漂ってきたのはカレーのにおいだ。
「みんなー! カレー食べませんかー?」
 微笑みながら一同へ手を振るのは藤花だった。彼女の近くでは焔が、持参したカレー入りの鍋をカセットコンロで温めながらにこにこしている。
 空腹をくすぐる良い香り。皆大好きカレー。わぁっと子供達が集まって来る。その笑顔を見て――嗚呼。焔は思うのだ。子供の笑顔は、いつだって変わらない。記憶に残る『みんな』の笑顔も、こんな風に眩くて。楽しそうで。無邪気で。
 思い返すのは幼少期。孤児になって、施設をたらい回しにされて。そんな中で流れ着いたとある施設の記憶は、幸せに満ちていた。自分を家族と迎えてくれて。焔もそんな彼等が大好きで。だから、美味しいカレーで皆を笑顔にしようと思って。思って――買い物から帰る前に、美味しいカレーを作る前に、『家族』は天魔に、皆殺された。
 丁度今日の様な暑い日。お盆の時期は、毎晩こうやってカレーを作る。一人、天に祈りながら。どこまでも立ち上るのは良い香り。
「カレー食べるけど、独りで食べるのは寂しい……から、皆も食べる?」
「「たべるー!」」
 嬉しそうに応える子供達。「めしあがれ」と藤花が盛り付けたカレーを子供達に配ってゆく。良かった、と焔は一安心しながら次々とカレーを紙皿に盛り付ける。
「おかわりも沢山あるからねー遠慮しないでいいよー」
 微笑む先では、子供達の嬉しそうな表情。幸せだろうか? だとしたら、こよなく嬉しい。子供達を幸せにしたい。笑顔にしたい。それは焔の本心で。
 見守る先。藤花はカレーで口の周りをベタベタにした子に苦笑しながら、その子の口を拭ってあげていた。
 将来は、孤児院を。藤花はそう思っている。その時は、大切な人――焔と共に。故にふと思うのだ。『こんな風なのかな』と。焔の作る料理を子供達が美味しそうに食べて。それを、自分は彼と微笑みながら見守るのだ。いつもは皆でテーブルを囲んで。時には今日みたいに空の下で。一緒に「いただきます」「ごちそうさま」と声を揃えて。
 嗚呼、こんな風なのかな。……こんな風、だといいな。
 ギィネシアヌが持ってきたケーキに、祈羅が作ってきたお菓子におにぎり。ちょっとしたピクニックみたいで。
 けれど――こんな『楽しい時間』はもうお終いにしなければならない事を、撃退士達は知っていた。
「今夜は君達に出会えてよかった」
 辛いけれど。悲しいけれど。一緒に遊んでいた子供達へ、焔は呟く。
 いつまでも、こうしている訳にはいかなくて。「戻らないと」と言い始める子が居るのも事実。仕方なかった。こうする他になかった。
「……」
 仲間達の目配せ。頷いたのは祈羅。ジャック・イン・ザ・ボックスに子供達が驚きながらも笑っている時だった。唱える呪文。ごめんなさい、は不適切なのだろう。だから、今は。
「おやすみなさい。――願わくば、良い夢を」
 スリープミスト。眠りを誘う魔法が周囲に広がり、それに子供達が驚く前に――彼等の意識を、眠りの底に仕舞い込んで。
「子供達は、私が護ります」
 万が一の時の為に。離れない、と子供達を見渡したエルレーン。「任せたのぜ」と頷いたギィネシアヌは赤い光をその身に纏った。それは目を覆い、残りはヒヒイロカネより取り出した銃に蛇の如く絡みついて。
「往こう。……終わらせよう」

●おしまいのおしまいのおしまい
 気配を感じた。
 それは『戦いの始まり』を示すもの。
 子供達の対応をしていた者の内で最も早くその場に辿り着いたのは博だった。マザーマリアの背後より。死角を狙って。
 けれど。
「あ、」
 戻ってきたんだ。そんな意味を表す言葉を、残っていた子供達が口にして。マザーマリアが振り返った。
「子供達を助けたいって気持ちは分かるんだぞー。でも、ひとごろしは許されないんだぞー! だから、退治するぜ!!」
 張り上げる声と共に。悪魔の顔を薙いだのは、博が創り出した氷の様に結晶化させたアウルの鞭。立て続けに響いたのはギィネシアヌが構えた施条銃より迸る銃声。黄金の光が螺旋を描いてマザーマリアに突き刺さる。
「お前の母親ごっこもここまでだ」
 奇襲の隙は逃さぬ。物影より飛び出だしたのは英斗、天の祝福を受けた旋棍を手に一気に駆け抜けた。出し惜しみ出来る相手ではない。最初から全力で。
「喰らえ! シャイニングフィンガァアアアーーーーー!!」
 鮮烈。目も眩む様な光の一撃がマザーマリアの上体を仰け反らせる。聖なる光が悪魔の肌を強烈に焼く。確かな手応えが英斗の手に伝わった。
 悲鳴が上がる。残っていた3人の子供達。突然の出来事に理解が出来ぬと。怖い、怖いと泣き叫んでヴァニタスにしがみ付く。刹那。凄まじい、脊髄が裏返る様な壮絶な殺意が撃退士達に向けられた。ゾッ、とする。そんじょそこいらのディアボロとはとても比べ物にはならぬ。これがヴァニタス。
 怖ろしい。けれど、だからといって他の子供達の様に泣き喚く訳にはいかぬ。背に護られる子供達。その中の一人、胡桃はマザーマリアの背中にしがみ付きながら密やかに黒色拳銃をその手に持った。銃口を突き付けた。
「貴方が子供たちを守る『母親』だとしても。私達にとっては敵よ」
 纏うアウルを全て銃へ。光り輝く。引き金を押し込んで――撃ち放つは強弾【Eroica】。
 銃声。それを、聞きながら。沙希は己の闘気を解放する。刹那に『害意』を認めたマザーマリアが胡桃と沙希へ魔力の鎖を奔らせた。彼女は『敵』には容赦しない。ジュウ、と絡み付いた魔鎖が少女達の肌を焼く。ジュウゥウウゥ。肌を肉を血管を。
「――ッ……」
 沙希はその痛みを歯を食い縛って耐えた。キッと、その鈍赤の目で悪魔を見澄ます。肉の焼ける臭いの中で。
「……貴女の愛が、あの時の私に有ったなら! きっと私も救われていた! でも! でも……っ!」
 本当にそうだろうか。未だ葛藤は消えず。答えの出ない鬱憤を、苛立ちを、ぶつけるかのように。疵の少女は鎖を振り払った。思念の渦。振り払いたくて、叫ぶ。その絶叫と共に全身の古傷から黒が溢れて。八つ裂きにされる様な苦痛が溢れて。
「ああ、ああああぁ゛アアアあ゛ぁああああああ!!」
 ケダモノの様に。渾身の力で、溢れた歪な黒をマザーマリアへ。
「やめてよ、やめてよぉおおお!」
 子供達が泣き叫ぶ。そんな彼等に、ギィネシアヌは努めて『無慈悲に』手を伸ばす。二人、捕まえる。引き寄せる。そのままバックステップで距離を取り。
 いやだいやだ。駄々をこねる悲痛な声が、ギィネシアヌの鼓膜を掻き毟った。はなして、と彼女の手に爪を立てる。或いは噛み付く。それでも、駄目だ、駄目なのだ。今は『辛い』も『悲しい』も見せては駄目なのだ。
「座って耳を塞ぎ目を瞑れ、仲間がみな大事ならそのまま1000まで数えろ」
 息が止まる様な感情の中。放った声は銃の様に冷たかった。アウル覚醒者の膂力を使えば、喚き散らして暴れ回る子供達を捩じ伏せ手錠をかける事などいとも容易い。――汚れ役など、手慣れたものだ。
「怖いの……っ、一人にしないで、一人にしないで、ひとりにしないでぇえええぇえ……!」
 その間、『子供』を振舞う花はマザーマリアの動きを阻害するように抱き締めて。ギィネシアヌの行動の補助をした。如何にヴァニタスといえど、『孤立無援で護りながらの戦闘』が上手くいく筈も無い。護る対象が多いならば尚更、全てを護りきることは困難で。
 引き離された子供を奪い返そうとマザーマリアが腕を伸ばす。魔力の籠った掌がギィネシアヌを強かに叩き付けた。ゴキンと何かが折れる音。肉が臓腑が拉げる音。細い身体が地面に打ち付けられ。
「ぐ、ぅあ……!」
 嗚呼どうしてこんなにも現実は無情なんだろう? どうしてこんなにも思い通りにならないんだろう?
 霞む視界、夜の空。静かに銃を握り直す。痛みと共に血を吐いた。それでも立ち上がった。銀の髪を揺蕩わせ。銃を構え。
「遊びの時間は終わりだ、ヴァニタス――燃えろ燃えろ金の羽。過ちを焦がせ天空神ノ焔<リアマデククルカン>ッ!」
 纏う光は金色へ。片翼の金天使。黄金の羽を舞い踊らせ、炎の弾丸が駆け抜けた。衝撃にマザーマリアの頭部が仰け反る。
「少々相性は悪いですがやるしかありませんね」
 立て続け、ユーノが悪魔を指差した。言下に放つ火雷針<ウィールス・サーペンティス>。雷を収束したかの様な針がマザーマリアを襲う。けれど、反撃。ざわりと揺れたヴァニタスの髪が針の様に撃退士達を貫いた。それは藤花が施した聖なる刻印ごと、撃退士達のエンチャントを破壊する。
 けれど、祈羅へ向かったその一撃は焔の『翼』が――舞い散る光の羽の結界が、代わりに痛みを引き受けて。ありがとう、と伝える短い感謝。祈羅はマザーマリアを見遣る。彼女の心が知りたかった。だが、シンパシーをするには些か危険か、踏みこまねばならぬ上に、マザーマリアはどう考えても『格上』だろう。
 それ以前に、溢れる殺意が。全てを物語っていた。口だけはマザーグースを口ずさみながら。

 かえして。
 かえして。
 私の子供をかえして! かえして!!

「でもね、マザー。貴方の存在は毒にすぎない。こんなやり方は正しいと思えない」
 仲間を護り傷付いて行く焔の姿に涙声になりながら。藤花は、震える拳を握り締める。マザーマリアの歌から真実は見えなかったけれど――彼女は『子どもを守りたくても守れなかった』成れの果てなのだろうか。でも、子供を護る為に親を殺すなんて、そんなの間違っている。
「辛い立場の子どもは多いけど、子どもに差し伸べる手は必ずある。少なくともわたしはそうしていたい、子どもの為に、捧げたい」
 それを信じてくれませんか? 祈る様に、涙の混じった声。輝く藤の花吹雪が潤んだ目を照らす。
 だが。
 どこまでも、非常に。無情に。
 殺意に塗れたマザーマリアの手が、藤花へ襲い掛かる――!
「っ!!」
 鈍い音が。思わず目を閉じて。けれど痛みは無い。目を開いた。羽が舞っている。嗚呼。藤花はそれがどういう意味なのか知っていた。嗚呼。この結果、『彼』がどうなるのかも。
「焔さん……!」
「……、」
 地面を踏み締め倒れる事を拒む焔。どろっと流れる赤い色。ぼたぼた垂れる赤い色。もう一度、悲痛な声で藤花が彼を呼んだ。
 脳が揺れて吐き気を催す意識の中。ぽたり。焔の脚元にもう一つ垂れて落ちたのは、透明な色。ぽたりぽたり。何滴も。
「やめて……やめて、奪わないで、傷付けないで」
 笑みが解けて、焔の表情に浮かぶは『泣き顔』。止め処なく。「やめて」と言う。祈る様に。藤花は愛情不信から救ってくれた存在で。助けてくれた子で。失いたくなくて。
 失いたくない。藤花だって一緒だ。嗚咽を堪えて呪文を唱え、癒しの光を焔へと。

 それからも戦闘は続いた。撃退士は苛烈に攻めるものの、マザーマリアの耐久性は高い。
 薙がれる悪魔の凶悪な手。ユーノが、胡桃が吹き飛ばされて。肉の潰れる嫌な音がした。倒れた彼女達を中心に、じわじわと血溜りが広がってゆく。
「本当に子供達を愛しているなら、俺達人間に返せ!」
 ギィネシアヌが引き離した子供をその背に護る様に立ちはだかりながら、英斗は声を張り上げる。屈するものかと不死なる赤い翼を纏い、マザーマリアの攻撃を極限まで高めた集中で受け流して。踏み込んだ。振り上げるのは、闘志を込めた竜牙。マザーマリアも真っ向から迎え撃つ。

 だが、悲劇は唐突に起きる。

「やめてーーーッ!」
 マザーマリアにしがみついていた子供の一人が、残っていた者が叫んだ。飛び出した。それは、英斗とマザーマリアの間。二つの攻撃の、狭間。

 ――!

 その事態に動けたのはたった一人だった。
「させるかぁああああああっ!!」
 羽を翻し。猛然と。手を伸ばしたのは、博。万が一と懸念していた事態が正に。だからこそ。護る。護る。既に全身に刻まれた身体から血が噴き出すのも構い無く。横合いからその子を抱きとめ、ぎゅっと抱きしめ。

 ダイジョーブだからな。

 そう呟いた。刹那。少年の視界は――赤く黒く、沈んで消えた。
「……ッ、」
 博が居なければ確実に、マザーマリアを護ろうとした子供は死んでいた。皮肉にも、彼女と撃退士の攻撃で。ギィネシアヌは奥歯を噛む。博が命懸けで護ったその子を、気絶しているその子を掴み、引き離し。ズキッと脳に走る痛み。
「げほ、……っくそ」
 子供を引き離していたからか、ギィネシアヌは特にマザーマリアから攻撃を受けていた。けれど。霞む視界の目を閉ざしてはならない。俺は『魔族』だ、不敵に笑え!
「俺には見えんが、聖母の君よ」
 離した子供を背に護り。失血にふらつく手で狙いを定めた。銃身に巻き付く八の蛇が銃口に潜り込み、一つの弾丸と成る。

「願わくば、次は幸せな生涯を歩める事を――」

 紅弾:八岐大蛇<クリムゾンバレットタイプヒュドラ>。真紅の螺旋を描く魔弾が唸りを上げて襲い掛かった。マザーマリアの肩を貫く。冥土の土産だ、持って逝け。掠れていく、意識の中で。
 今にも崩壊しそうな戦線。英斗の脳裏に『撤退』の二文字が過ぎる。任務としては、達成したのだ。子供達は全員マザーマリアから引き離した。彼等を抱えて逃げる事は可能だろう。
 しかし一寸でも攻勢を。マザーマリアにしがみついていた花はそっと、槍をその手に持った。
「さよならなの……『おかあさん』……」
 不意打ちの一撃。ヴァニタスの肉が殺げる。だがその傷を、全身の傷を、マザーマリアは修復を試みて。未だ倒れぬ、子供達を取り返すまでは。そう言うかのように。
 斯くしてそれは、そんな時だった。
「……助けて欲しかった。私だって、貴方に助けて欲しかった」
 ゆらり、ふらり。血と痛みを垂れ流し。マザーマリアの正面に、沙希は立つ。小さく小さく呟きながら。「それでも」と。顔を上げて。泣きそうな声を振り絞って。
「……それでも私は、本当のお父さんとお母さんに愛して欲しかった! でも、もうあの子達には、やり直す機会すら、無くなってしまった!
 あの子達は! 私は! ただ優しく抱き締めてくれれば、それだけで……それだけで、それだけでっ……!!」
 子供達は沙希の『もしも』の可能性だった。だからこそ、マザーマリアを倒すべきなのか分からなくて。同じ境遇だからこそ、子供達にこれ以上の辛い思いをして欲しくなくて。
 けれど。もう。思考の苦悩に、今。決着を付けよう。
 掲げる腕。戦闘に袖が破れて痛々しい虐待痕が数多に刻まれた細い腕。掌を握り締めた瞬間。その傷跡を突き破って、鋭利な黒結晶が血を帯びながら輝いた。腕だけでない。全身遍くの傷痕から。想像を絶する激痛。だらだら垂れる血が沙希の身体を染めてゆく。
 黒耀砕撃とは異なる皮膚を突き破るその痛みは、黒い結晶は。過去と向き合う外向きの意志の発露。

 覚醒。『黒耀贄撃』。

「う゛ぅ あ あアあ あああああああああああああああああああッッ!!!」
 マザーマリアは間違っている。でもその愛で子供達が救われたのも真実で。
 これで良かったのだろうか。
 これで良かったのだろうか?
 分からない。纏まらない。分からない。やり切れなくて。どうしようもなくて。今の自分には。何も、何も。
 響く咆哮は悲痛そのものだった。無力に泣き叫ぶ子供の様だった。ダイヤモンドは傷付かないが壊れやすい。誰より負傷を厭わぬけれど、――その心は、きっと。
 だからこそ。全てをかなぐり捨てる様に沙希は叫んだ。ただただ、叫んだ。我武者羅に間合いを詰めて、振り下ろす一撃。打ちのめし、引き裂く凶撃。

 痛い、痛い、痛い。

 激痛に耐えきれぬ神経が視界を霞ませる。生温かい。それが返り血なのか己の血なのか――分からぬまま、沙希の意識はブツンと途絶えた。

●うたのおわり
「――っ!」
 飛び起きた沙希が周囲を見渡せば、仲間達の姿があった。子供を連れて撤退したのだと、傍に居た英斗が彼女が意識を失っていた間の事を告げる。子供の死者はいない。眠らされていた子供達もエルレーンが戦場に行かぬよう引き止めていた。任務は達成。けれどマザーマリアは生きている。何処に居るかは分からない。何処かに居るのだろう。討伐には至っていないのだから。
 そして子供達は。誰も彼も撃退士達に警戒の目を向けていた。眠らされた子は何も知らなかったけれど、残った三人が見た事を伝えたのだ。『この人達がお母さんを苛めたんだ、自分達から引き離したんだ』。きっと彼等は『真実』を話しても聞く耳を持たないだろう。
 とても。『これは夢だよ』だなんて、言える状況では無くて。藤花は唇を噛み締める。それでも言葉を、かけずには居られなかった。マザーマリアがいなくてもきっと大丈夫と信じずにはいられなかった。
「あなた達は強くなれるから。わたし達も、きっと応援している」
「守ってくれる人はいつまでもいないって知ってるはずなの……自分の事は自分で何とかしなきゃ……」
 己の経験からと花が言葉を続ける。それでも「ママを返して」と子供は泣き叫ぶのだ。振り上げられた拳。それを、祈羅は受け止める。子供達を抱きしめて。
 己は口下手だ。何を言っても子供達の為にはならないだろう。だから。肩を貸そう。受け止めよう。
「……またお話聞きたいなら、いつでも電話してね」
 浮かべる笑み。電話番号の書かれた紙を子供のポケットにそっと入れて。空を仰いだ。星がある。

 真実は残酷だ。けれど、知る事で強くなる――そう、信じてる。

(私の両親は、私のこと愛してくれてたのかな……?)
 複雑だった。花の心は寂しさで満ちていて。
「……私の『おかぁさん』は、どこにいるんだろ……」
 エルレーンも、ぶつぶつと。独り、言葉を漏らしていた。
 その一方、焔はマザーマリアに感謝を思う。子供を虐待から守れぬ社会で、加害者を殺すしかない状況もあるだろう。彼女は確かに、救ったのだ。けれど、欲の塊となってしまえば。
 幸せな夢で悪魔は魂を狩る。
 悲痛な表情を浮かべる藤花の手をそっと握り、焔は静かに目を閉じた。


『了』


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: アネモネを映す瞳・霧原 沙希(ja3448)
 太陽の翼・鵜飼 博(jb6772)
重体: ヴェズルフェルニルの姫君・矢野 胡桃(ja2617)
   <ヴァニタスから強力な攻撃を受けた>という理由により『重体』となる
 魔族(設定)・ギィネシアヌ(ja5565)
   <ヴァニタスから強力な攻撃を受けた>という理由により『重体』となる
 幻翅の銀雷・ユーノ(jb3004)
   <ヴァニタスから強力な攻撃を受けた>という理由により『重体』となる
 太陽の翼・鵜飼 博(jb6772)
   <子供達を護った>という理由により『重体』となる
面白かった!:17人

思い繋ぎし紫光の藤姫・
星杜 藤花(ja0292)

卒業 女 アストラルヴァンガード
┌(┌ ^o^)┐<背徳王・
エルレーン・バルハザード(ja0889)

大学部5年242組 女 鬼道忍軍
ヴェズルフェルニルの姫君・
矢野 胡桃(ja2617)

卒業 女 ダアト
撃退士・
桃 花(ja2674)

中等部1年7組 女 アストラルヴァンガード
アネモネを映す瞳・
霧原 沙希(ja3448)

大学部3年57組 女 阿修羅
ブレイブハート・
若杉 英斗(ja4230)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
魔族(設定)・
ギィネシアヌ(ja5565)

大学部4年290組 女 インフィルトレイター
撃退士・
雨宮 祈羅(ja7600)

卒業 女 ダアト
幻翅の銀雷・
ユーノ(jb3004)

大学部2年163組 女 陰陽師
太陽の翼・
鵜飼 博(jb6772)

中等部2年5組 男 アカシックレコーダー:タイプB