●ザ・準備
世の中は広い、故にそれだけ人が居るというもので、変わり者も居るという訳で。
「野良メディック……面白い方ですね 」
是非とも見つけて、その知識をもっと皆に活用して貰いましょうと雪成 藤花(
ja0292)は柔和に笑む。その為の準備は既に終了した。聞き込み調査。知り合いから野良メディックの目撃者まで。後者に接触できたのは僥倖だろう。しかし彼女を始め誰もが大々的に調査を行わなかったのは、シャイであるらしい探し人に『探されている』と悟られぬ様。
「野良メディックかぁ。そんなに凄い技術持ってるんなら、もっと堂々と役に立てればいいのに! とか思っちゃうな」
難しいものだと並木坂・マオ(
ja0317)は小首を傾げる。が、その表情は浮き浮きと笑み。
「でもなんか、『学校の七不思議』って感じで面白そうだね。部活のネタにもなりそうだし、ガンバって突撃取材だ!」
新聞部部員、その地位を最大限に活かしてマオが聞き込み取材を敢行したのは伊良を始め医者を目指している者達。医者の事は良く分からないし、実は病院の雰囲気も苦手なのだが――その素晴らしい医療技術、物凄く恥ずかしがり屋な性格を併せ持つ人など限られてくる筈だ。
だが得られたのは『あぁ野良メディックの事か。アイツほんと良く分かんねーよな』といった物ばかりで本人特定には至らず。
「やっぱり現場を押さえるのが一番かな」
そうかもしれないと皆と同じく人脈やWEBを使い情報収集を行った蓮華 ひむろ(
ja5412)が頷く。本人特定は無理だったが、他の情報は満足に手に入った。
「かくれんぼ、面白そうっ」
年齢相応のあどけない笑み。
「それってひょっとして希の所属している部活の部長さんじゃないですか?」
と、首を傾げたのは大崎優希(
ja3762)。知人に野良メディックと良く似た人が居るのだが……まぁ、その人では無く。兎にも角にも伊良に野良メディックを会わせてあげたい。
「頑張りますっ♪」
意気込みは十二分、情報も然り。
「辻治療といっても聞くに速さ、回復状態とも完璧……私もぜひ見習いたいものね」
笠縫 枸杞(
ja4168)も興味深げに頷き込む。代々の薬屋であるからこそ引き下がりたくない、諦めない。
「私も医療に興味があるし!」
共に情報収集を行った伊良に抱くのは応援の気持ち。
「闇医者ってすごい行動力。感謝されることが恥ずかしいのかな?」
そのために隠れてるのかなと暇潰し目的な池田 弘子(
ja0295)はそれとなく思う。彼女が調べた内容には野良メディックの迷彩の種類まで含まれていた。が、どうやら迷彩服は色々とあるらしい。どんだけ徹底したシャイなんだ、と呆れた程だ。
「見返りを求めないその尊い姿勢には感銘を受けます」
でも、と氷雨 静(
ja4221)は思う。多くの人にその力を分け与える事でもっと沢山の事ができる筈だと。
(私のような偽善じゃない本物の善……見つけなきゃ)
自他が集めた情報を纏めたスマートホンから凛然と顔を上げた。同じく東城 夜刀彦(
ja6047)の目にも決意が宿る。
(怪我をしている人を放っておけない……すごく優しい人なんだ)
独善的快楽の為に態と怪我をさせ治療しているのでは、と疑う者も居たが……夜刀彦にはそうは思えなかった。情報を集めて思う、遭遇者は誰もが『人為的には起こせ得ない偶然や本人の不注意による怪我』で――誰もが、感謝の気持ちを口にしていたのだから。
(人の痛みを我事のように感じる人なのかもしれない。けれどシャイだから、素のままの自分で声をかけたり、手を差し伸べることが難しいのかな)
きっと皆、感謝してるのに。
会えない人、届けられない言葉。それは少し――切ないと思う。
(ありがとうって皆の言葉を届けたら……少しずつでも、素のままの姿で出てきてくれるようにならないかな)
なるといいな。そう、信じて。
●衛生兵ッ
夜間。ひと気の無い場所。入り組んだ地形。
目撃証言から割り出した出没地域、時間帯。
野良メディックの特徴:男性、痩身中背、二十代?……それ以外、特に本人を特定できるようなものは得られなかった。余程シャイなのか。
因みに服を治すのは裁縫のようだ。余程手先が器用なのだろう。
と、そんなこんなで。
学園の片隅、粗大ごみやよく分かんないモノやらが捨て置かれているその場所。
(……オレ、なにやってるんだろうなぁ……)
草叢に身を伏せた明郷 玄哉(
ja1261)は息を吐く。自分みたいなのが野良メディックの前に出てきたら余計警戒されるだろうから仕方ないっちゃ仕方ないのだが。
(大の男に泣きつかれたり足にすがりつかれんのはいやだろ……)
まぁ手荒にはしない様に――思いながら周囲をそっと見渡した。包囲網。身を隠した仲間達。弘子は茂みを匍匐前進。隠密能力のある者は何処に居るのかすら分からない程だった。
皆が息を殺して注意深く見遣る先――伊良と、ぴっこ(
ja0236)。
(おしごーと ちんとすぅるなの。ちんと すーぅれば にいにが、きと ほーめて くれーるなぁの)
キリッとあどけない表情を引き締める。
「みいんな 怪我とぉか いたくないなぁーの? ぴこわ 痛いのわ にがぁてなぁのよ……」
そっと伊良を見遣ってみる。囮役。ゆっくり歩く。さり気無く彼女の手に触れた――のは、『何かを感知』したから。
作戦開始。
「わぁっ!?」
伊良が転ぶ。倒れ込む。ぴっこは驚き慌てふためき、足を抑えて蹲る彼女に駆け寄った。
「お、お、おねちゃん ダヂョブなの!?」
しかし伊良は顔を顰めて痛そうに呻いている。足を抑える手の隙間から赤い血が。ぴっこは顔を真っ青に、あちらこちらを見渡して。
「ど、どしよ。どしよぉ、なぁの……」
見渡す、最中にも探す。気配がする――斯くして。
「大丈夫」
ぽん、とぴっこの背後からその頭に優しく手が置かれて。
振り返った。迷彩服の男。迷彩ヘルメット、顔は覆面、手には大きな鞄。赤い十字。探していると悟られぬようにと徹底した為か特に警戒の様子は無い、彼こそは。
間違い無い――野良メディック!
「おにちゃんだあれの!?」
「医者」
簡潔に答え、野良メディックが伊良の傍にしゃがみ込んだ。鞄を下ろし、足を抑えるその手を退けようとするのを、
「おねちゃんになぁに するなのーー!?」
ぴっこが思い切り飛び付いた。泣きじゃくり、パニックを装い――しかし抜け目なくGPS付き子供携帯を仕込んだ消毒薬の空箱を野良メディックの鞄に紛れ込ませて。
「な、な」
「おねちゃんけがしてるなぁの! いたいのだぁめ! なの!」
「あ、いや、私は、その」
「だぁめ! だめなぁのよー!」
抱きついて揺さぶる。慌てる野良メディック。しかし狼狽しながらも何とか泣き縋るぴっこを引き剥がしその肩に手を置き、緊張しながらも真摯な態度で。
「私は君のお姉ちゃんの痛いのを治しに来たんだ。意地悪も、痛いのも、しない。約束しよう」
「やーぁーだぁーー!」
しかしぴっこは首を振って野良メディックにしがみ付く。ぐぬ、と困り果てるも――強硬手段、そのまま伊良の傷を診始めた。
が。
「……?」
出血箇所を確認すべくタイツを切った所までは良いが。
何枚ものタイツ。ひむろが伊良に持ちかけた提案。それを知らぬ彼は不審に思う――それよりも、妙だとは思っていたが、傷が無い?
「これはどういう――」
ぴっこを背中に貼り付かせたまま彼が首を傾げた、
その、
瞬間。
「すみません、お願いします、話を聞いてください。お願いします!」
夜に響いた希の声、狭め切った包囲網、懐中電灯の幾つもの光、現れた撃退士。
「――!?」
照らされ驚き、しかし野良メディックは理解する。囮、罠。そう判断するや背中にぴっこを張り付けたまま猛然と走りだす!
「わ〜! おちる、おちるなぁの〜!!」
「つ、掴まっててね君!」
「よーしプランB発動! 明郷先輩ファイッ!」
ペイント弾を投擲しつつひむろが指を差す。
「隠れてる間の鬱憤を晴らしてやる……ってわけじゃねえけどな?」
皆が投げるペイント弾と共に飛び出す玄哉。視線の先には塗料が付いた野良メディックぴっこ付き。ちなみにぴっこも漏れなくペイント弾の餌食になっている。包囲を抜けるべく此方近くへ向かってくる。全力で取り押さえてみせ――あ、逃げられた ってか 速ッ。
だがそう易々と逃がす撃退士でも無い。走る野良メディックをマオが追う!
「こんばんはー『エクストリーム新聞部』ですっ! 少しだけでいいので取材させてもらえませんかー?」
根気よく粘り強く。取材は足でするもの!用法が間違ってる?気にするな!一気に接近して関節技を決め――
「って、取材なのにバトルしちゃダメじゃんアタシ! すいませーん、名刺だけでも受け取って下さーい!!」
「ひぃ! パパラッチ怖い!」
「誰がパパラッチだーッ」
走る。走る。追う。追いつつ包囲。狭まる距離。
斯くして奇妙な鬼ごっこは終焉した。
「ぶはっ!?」
弘子がたてた逃走予測ルートにひむろが仕掛けた迷彩ネット。ひっかかってもんどりうって。
「待ってくださいってば!」
「お願いです! 話を聞いて下さるだけでいいですから!」
その隙に希が、静がガッチリとしがみついた事で漸く観念したのである。
●シャイさん
「逃げませんから顔だけは勘弁して下さい」
そう懇願してきたので、覆面を剥ぎ正体を暴く事は諦めた。
そして現在。
野良メディックは伊良の熱意を物陰から聞いている……が、「そんな自分が君の先生だなんて」と乗り気では無いらしく。寧ろ、恥ずかしさで爆発寸前の様で。
仕方ない、出番だ――その為に自分達が居るのだから。
「こんな形で誘き寄せてしまったことは謝罪します。でも、貴方のような方が増えれば、世界はもっとよくなるはずです。そのお力をより多くの方のために役立てては頂けませんか?」
偽りの自分とは違う、本物の善が為。そっと静が呼びかけてみれば、藤花もそれに続き彼から少し離れた所の正面にてその双眸を窺う。
「先ずは先の非礼をお詫び致します。それから感謝を。みんなの怪我を治してくれて、本当にありがとうございます」
安心させる為にも柔く笑む。彼は顔を逸らせて、そのまま訥々と。
「いや、でも、私、上がり症で、いつも緊張とかで駄目なんで……これ位しか、出来る事が。少しでも誰かの幸せに力添え出来たらな――って何かすみません勝手に」
「いえいえ、素晴らしいと思いますよ?」
校庭の言葉で頷いたのは枸杞、貴方の気持ちや行動を尊敬します、と。押し黙る衛生兵。そんな彼へ、夜刀彦が沢山の手紙がをそっと差し出した。
「これ、俺達で集められる精一杯のお礼を集めました。皆の暖かい『ありがとう』が、貴方の心に届けばいいな……って。那須さんの憧れと情熱も一緒に」
重ねられた手紙の一番上の差出人は伊良。
『一番伝えたいことは何? 』
そう言って、野良メディックへの思いを聞きつつ枸杞が促した手紙。
そろりと受け取った手紙。彼が助けた人の数と同数の手紙。
「人の思いが誰かの勇気になってくれれば、こんなに素敵なことは無いよ」
なんて、と夜刀彦ははにかみ笑んだ。
「どうでしょうか、那須さんを是非弟子にして頂けませんでしょうか」
うまくいくと、いいな――彼女の純粋な思いが相手の胸に届くよう祈りつつ藤花は彼を見澄まし、
「那須さんを宜しくお願いします」
枸杞は頭を下げ、弘子やマオも懇願の眼差しを向ける。
そうして、ややあって。
「……分かりました。私の力が役に立つのであれば」
答えは、イエス。
ありがとうと野良メディックに飛び付く伊良と慌てる彼に苦笑しつつ、ひむろは面白い人達だと思いながら提案を。
「医療交換日記から始めてみるのはどうかなぁ?」
「そうだな、俺もそう思う」
玄哉も頷く。
何はともあれ、上手くいったようで何よりだ。
因みにぴっこが忍ばせた子供携帯はその場で返却された。
伊良に関しては、血糊を付けた事によるクリーニング代を受け取らなかった。「寧ろ協力してくれた皆に私がお礼をしたい位だ」との事。そんな彼女に夜刀彦は礼を述べる。
「こんなに優しくて素敵な人達の思いに触れさせてくれた事に、感謝致します」
それから勿論、野良メディックにも心からの謝罪と敬意を。照れて恥じらってすっかり物影に蹲ってしまったが。
「宜しければ、学園の掲示板をご覧ください」
別れ際に枸杞はそう言い残して――やがて夜は更けてゆく。
●後日
医療交換日記については順調らしい。ただ、彼の字は小さくて見え難いとか。
そして後日、掲示板の前。地味な装いをした男が佇み眺めていたのは――怪我をしないと会えないあの人へのお礼の言葉、たくさんのメッセージ。
『めでくさん ありがとう ござまた。 ぴっこより』
直後にその男は顔を真っ赤にして照れまくりながらアホみたいな猛ダッシュで走り去ったという出来事があったとか無かったとか。
因みにその男は照れ顔を手で覆い隠しながらも――嬉しそうな顔だった、とか。
『了』