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マスター:ガンマ
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:9人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/06/18


みんなの思い出



オープニング

●恋の炎はフェニックス
 目の前で死んだ。一瞬だった。一瞬で、私の大事な大事な命よりも大事な人は、壁にぶつけられたトマトみたいに頭を爆ぜさせて、死んだ。呆気なく。最期に声をかける暇もなく。死に顔も見えず。飛び散った赤を幾ら掻き集めても。集めても。指の隙間からドロドロと。貴方は居ない。何処にも居ない。何処に居るの。何処かに居るわ。だってこんなの嘘よ嘘よ嘘嘘嘘嘘嘘貴方が私の前からいなくなったりするわけない約束したものずっと一緒だって一緒だって一緒だってこんなに愛しているのに愛していたのに嗚呼神様どうしてなのどうしてなのどれだけ飛び散った貴方を集めてももとにもどらないのもどらないもどらないもどらないもどらないもどらないもどらない!!!

 ――狂乱に顔を掻き毟り泣き叫ぶ女が、それから正気を取り戻す事はなかった。

●スクールのルーム
「町にディアボロが出やがった」
 教室に集った生徒へ、教卓に座した棄棄はそう言った。
 ディアボロの出現。数は一。手当たり次第に建物をぶっ壊している。暴れている。一般人は避難済み。これ以上の被害を防ぐ為にも、撃退士の出動要請。
 ありきたりな。良くある。確かに非日常だけれども、そう言ってしまえば、そう片付いてしまう案件。
「と思いきや、実はちょーっくら困った事があるんだよなこれが」
 苦い顔で教師は言った。これを見ろ、と卓上の資料を顎で指す。写真資料。一人の女が写っている。
「ヤナ・ネルゾン。フリーの撃退士『だった』奴だ。こいつは――任務中に目の前で恋人を失ってな。その心的ショックから精神に甚大な傷を負い、実質撃退士をリタイヤしていた。
 さて……諸君はこう思っているだろう。『それと今回の事件の何の関わりが?』と。ああ、実はな。そのヤナが、今回現れたディアボロをどうしてかは知らんが……『恋人が戻ってきた』と狂信してやがんだよ。そのディアボロに寄り添っている。今度こそ失わぬと『彼』を護っている。例え、その『彼』から何度攻撃を受けようとも、な。
 当然だがヤナの恋人は死んだ。死体もキチンと埋葬された。ディアボロになる筈がないんだ」
 狂ってしまった人間の心と言うものは、とても常識では測れぬものらしい。
「故に、諸君はこのヤナをどうにかしつつディアボロを撃滅せねばならない。当然ながら、ヤナの実力は決して低くはないぜ。彼女の対応は諸君に一任する。兎角、諸君に課せられたオーダーは『ディアボロの討伐』だ。
 それでは、久遠ヶ原学園の生徒である誇りを決して忘れずに。励み給えよ、諸君!」


リプレイ本文

●生温い雨の中で
 じとりとした陰鬱な気候だ。湿度ばかりが肌に張り付き、空は暗い灰色をして町の景色を見下ろしていた。
 無人の街は、いっそ不気味なほどに静寂で。
 臨戦体勢。小田切ルビィ(ja0841)の白い肌に、銀と緋の紋様が輝きを放った。耳に届くは歓喜の声と殴打音。視界に届くは、一体のディアボロとそれに殴られつつも笑顔を浮かべる哀れな女。
 おい――呼びかけると共に行う挑発。だが、その声は件の女に、ヤナ・ネルゾンには届かない。
 ならば。次いで躍り出たのはErie Schwagerin(ja9642)だった。
 雨の流れる道路、ぽつねん。顔を上げたヤナの目が、エリーの光纏に変色した目をゆらりと捉えた。
 ――失ったものは戻らない。だからこそ尊くて、価値があると云うのに……
(戻ってくるものに、価値はないのよ)
 エリーは一つ息を吸い込むと、妖艶な笑みを口唇に湛えながら言葉を紡ぎ出す――狂った人間に話しかけるなんて、それこそ狂っていると思いながらも。
「さて、あなたの彼。今度はどこを飛ばしてあげましょうか? 前が頭だったみたいだしぃ……次は手かしらぁ? 足かしらぁ?」
 その言葉に。ヤナが目の色を変えた。もう奪わせない。もう二度と失うものか。怒りを露に。叫びながら。剣を振り上げ、吶喊。
 されど。女は唐突に横へ飛んだ――ヤナの居た場所に、うぞぞ。蠢いた影。絡め取らんとした忍術。
「外したか……!」
 舌打ちを抑え込んだのは、陽波 透次(ja0280)。だが作戦が崩壊した訳ではない。透次のアイコンタクト。動き始める運命の歯車。
 ヒュン。刹那に、空を切る。
 パンチャーファウストの体に突きたてられたのは2本の矢。一つは遠距離からミズカ・カゲツ(jb5543)が放った重弩の矢、もう一つは後方から不破 怠惰(jb2507)が放った氷の呪矢。
「唯のディアボロ討伐の依頼、とはいきそうにありませんね……あの様になるほど誰かを愛せる、と言うのは凄い事かと思います」
「そうだね。これも一つの恋の形か――ああ、でもでも、私は死体は嫌いだな」
 彼等は何も語ってはくれないからね。ミズカの言葉に、怠惰は常のとろんと眠たげな目をしたままそう応えた。
 振り向いた――頭部がない故にこう表すのも可笑しいが、確かにディアボロは意識を撃退士に向けた――パンチャーファウストに、再度照準を合わせる。
 集中。狐耳をピンと立て、白銀の神秘を武具に纏わせ。ミズカは小さく、その目を細めた。
「こう言うのは非常に酷ですが、何とか乗り切って欲しい所です」
「……羨ましいね、随分とまぁ、愛されていてさ」
 怠惰の小さな呟きは、「やめて、彼を傷付けないで!」と悲痛な叫びに掻き消える。
 愚か、と――嗚呼、それは言わずにおきましょうか。ユーノ(jb3004)はその表情を崩さぬまま、雨の中。空中。広げた四枚の影の翅。蛍を思わせる明滅。
「全ての方が残酷な現実を受け入れられるほど強い訳でもなく、そして弱い事は罪ではありませんの」
 罪があるとするのなら。それは、その弱き心を傷つけた者にこそ。ユーノは雷帝霊符より雷の刃をディアボロへ繰出した。せめて、嗚呼、せめて体の傷だけでも、ヤナがこれ以上傷付く事のないように。
「……」
 対照的に、天宮 佳槻(jb1989)は辟易した目をしていた。同情? 馬鹿々々しい。あれは愛ではない、所詮『愛する人がいる自分像』への執着だろうに。自己陶酔や自己撞着の賜物だろうに。下らない。愚の極み。笑止千万。冗句の種にもなりやしない。人間なんて所詮、どうせ、一番大事なのは愛情などではなく、都合のいい自分に対する自尊心なのだから。
「それでも現実問題として無視出来ないから厄介なことだ」
 物陰に隠れ、独言一つ。彼の考察が真実かどうかは、神のみぞ知る。
「俺は人間じゃねェから……そこまで深ェ感情どーたらとか死生観とか、よくわかんねーし」
 佳槻まで冷淡ではないものの――いや寧ろ、ロヴァランド・アレクサンダー(jb2568)は人への愛を一心に持っているものの。文字通り『天使の様に』整ったかんばせに浮かべるのは、まるでコメディを眺める観客のそれ。薄らと笑み。吐いた言葉は真っ赤な嘘だ。
 あぁいや、愛している、愛しているよ? 人間を愛し慈しむ心に嘘はない。ちゃんと愛しているともさ。『感情の発露』を鑑賞し愉悦し愛玩する為に。
 蓋し。欠けたモノほど、精神が歪であればあるほど、その甘露は素晴らしいのだ。
 けらけらけら。

 思いはそれぞれ。
 十人十色という言葉があるように。方向性の差こそあれど、今この場にいる者で全く同じ思いをしている者はいないだろう。
 そして、その思いには正解も不正解も無いのだ。

 ヤナの周囲には、透次とルビィ。その後方にはエリー。
 そしてパンチャーファウストは、残りのメンバーが後方射撃によってその気を引いて――一先ず、ディアボロと元撃退士を分断する事は上手くいきそうだ。
「目が無ェなら音とかで判断、って可能性もある、か……足元は間違いなく死角、だろーが。地中ってのァ色々と面倒だしなァ」
 空ならまだ安全かもしれないと、空中にて翼を広げたロヴァランドは戦況を観察する。
「要は、だ……揺れる柱だと思って飛びゃァイイんだろぉ?」
 天使は雨に濡れた前髪をその手で掻き上げた。佳槻もまた、奇怪な造形をしたディアボロを物陰に隠れ観察していたが――実に不規則。そして見れど見れど死角や感覚器官らしきものは見当たらない。
「早急な討伐の為にも、攻撃する他にないようですね」
 太刀を構え、ミズカは強く地を蹴った。敢えての真正面から。我を見よ、そう言わんばかりに。
 それを迎撃せんと、パンチャーファウストが大量の拳を周囲目掛けて撃ち放つ。ごう、ごう、空を切る。数発がミズカの身体を掠め、その白い肌に赤い傷をあちらこちらに刻み込んだ。
 されど彼女が動揺を見せる事は、微塵もなく。
「ふッ――」
 鋭い吐息が、噛みあわせた歯列より漏れ出でた。刃に纏う白銀の光が煌々と輝く。一閃――それは山をも打ち砕く重撃、パンチャーファウストの身体より赤い色が迸る。白銀の狐を赤く染める。
 ディアボロの意識がミズカに向いた。その瞬間を逃さず、ユーノは指先より雷光で出来たかの様な針を撃ち出した。火雷針<ウィールス・サーペンティス>。パンチャーファウストの腕の一つに突き刺さったそれは、意識を灼き蝕む激痛の毒を悪魔の身体に流し込む。
 悶える様、パンチャーファウストが滅多矢鱈に触腕を振り回した。それは見境なく、すぐ傍にいたミズカ、位置を取っていたユーノ、怠惰、佳槻が隠れていた車を佳槻ごと、そして空のロヴァランドをも打ち据えて。吹っ飛ばして。
「あァ、まあ……予想は、出来てたさ」
 苦笑と落下。そんな天使の一方で、佳槻も血を流しながら拉げた車の下から這い出てくる。
 げほげほ。咳き込むと胃酸の味。それでも怠惰は羽を翻し、矢の如く鋭い一撃をパンチャーファウストにお見舞いした。そのまま、ディアボロの攻撃に意識を朦朧とさせていたミズカを抱えて跳び下がる。
「だいじょぶ?」
「まだまだ、これしき」
 その頬をぺしぺししながらの怠惰に、ミズカは瞳に意識を取り戻し刃を構え直した。
 ユーノも、身構える。視線の先の不気味な悪魔。あれは、ヤナの想い人などではない。けれど、けれど……
「そう信じたいほど壊れた心に手を差し伸べられない身が歯がゆく思いますの……」
 向ける、指先。

●さようなら、と息を止める
 護る為とめる為、ヤナに刃を向ける事――矛盾だ傲慢だ。透次は奥歯を噛み締める。
 手加減など、出来ない。ヤナが振る刃は透次をルビィを容赦なく傷付ける。だから彼らも、手加減せずに攻撃を行った。
 目配せ――ルビィが超速で赤黒い大太刀を轟と振るい、同時にエリーが魔道書より『串刺し』にせんとする魔法を放った。それは飛び退いたヤナの脚を僅かに切り裂く。部位狙いは難しい。何度も繰り返せば尚更だ。
 それでも……それでも、少しずつ。少しずつ。
 最後の一発。透次が放った影縛の術が遂にヤナを捕らえた。狂人は暴れる。傷付けられているディアボロを――想い人を、助けたくって。
 その目を。現実とは違うモノを映す虚ろな目を、ルビィはその真っ赤な瞳で見澄まして。
「あんな化物がアンタの恋人の訳無いだろう。――もう……そんなこたァ、どうでも良い……ってか?」
 言葉は時に無力だ。だから、己の言葉でヤナが正気に戻るとは思えない。だが。でも。ルビィの心に湧き上がるのは、諦念と哀しみ。一度壊れてしまった心が『治った』話なんて、彼は、今まで一例たりとも聞いた事がなかった。
 嘘だ。ヤナは叫んだ。あれはあの人だと。間違いないと。見て分からないのかと。人間だと。
「あのディアボロは貴女の大切な人じゃない!」
 その言葉を切り裂く様に、透次は声を張り上げていた。
「よく思い出して下さい! 彼の遺体はちゃんと埋葬された筈。ディアボロになる筈が無い!
 貴女はあんな偽者に逃げるしか無いって言うんですか! 貴女にとって本物の彼はどうでも良いと!?」
 難しいかもしれない。でも、だからって何もしないで諦める事も出来ないで。何とか――何とか出来ないものか。ヤナが愛する人をまた目の前で喪ったと思わぬよう、妄信を解く事は出来ないものか。『本当の愛』を、思い出す切欠は作れないだろうか?
「思い出してあげてください! 本当の彼の事を!!
 思い出してあげてください! 愛する人の為にどうすれば良いのか……!
 ちゃんと……偽者じゃなくて、本物を受け止めてあげて下さいよ!」
「何を言ってるの、あれは――」
「あんなディアボロ、貴女の大切な彼の筈がない! 貴女が一番それを理解出来る筈でしょう……!
 本物の彼がここに居たとしたら貴女に何を望みますか!?
 貴女と彼の絆は貴女にこんな悲しい結末を望んだんですか……?」
 言い立てる透次に、ヤナは「嘘だ嘘だ」と首を振る。聞きたくないと耳を塞ぎ、その目を堅く堅く閉じ。拒絶。
 開いた距離。けれど、怠惰は物陰から悪魔へ牽制射撃を行いつつも、それらを見ていた。視線はパンチャーファウストに向けたまま、曰く。
「彼のどんなとこを愛してた?」
 生かして帰りたい。彼女を遺し死んでしまった、無念な彼の為にも。
 全てを。人間はそう答えた。そうかい。悪魔はそう頷いた。
「君の彼は何処か、それは君の中にしかあり得ない。彼との思い出、記憶、約束……二度失いたくないというなら、目をそらしてはいけないよ」
「……、」
 一寸の間。雨の降る音。続けて透次は宥める様に、懇願する。
「少しずつでも……前を向いて進むことは、出来ませんか?
 貴女と彼の思い出が生んだものは、本当に絶望だけですか……?
 暖かな想いも残っているのなら……絶望に負けてそれを踏み躙らないであげて欲しい……」
 ヤナは唇を噛み締めていた。血が流れるほどに。どんな罵声よりも、どんな蔑みよりも、彼の言葉はヤナの心にダイレクトに揺さぶったが故に。
 何も言わない、ただ首を振る女。エリーは、雨に濡れた緋髪を書き上げながら息を吐いた。
「彼、もう死なせてあげなさいよ。撃退士が悪魔の玩具にされてるのよ?
 彼のことを知ってるわけじゃないけれど、彼はそれを苦痛に思わない? それとも、あなたの我儘で彼を縛り付けるのかしらぁ?
 ま、別に構いはしないのだけれど。あなたが彼を化け物でいさせ続けることが苦痛じゃないのなら。罪悪を微塵も感じないのなら、ね」
 まぁでもどのみち消すけどね。その一言に。カッとヤナが目を剥いた。殺させるものか。歯を剥いて。
 だが――その時には既に、ヤナの背後にてルビィが大太刀を振り上げており。
「アンタの恋人は死んだ。死者は還っては来ない。だから今は――」

 眠れ。

 一瞬。加減された鋭い峰打ちがヤナを正確に打ち据えた。
 ぐらり。女の体が、揺らぐ。倒れる。冷たく濡れた、アスファルトへと。
 いっそこのまま――嗚呼。ルビィは思う。幻の中の恋人と共に死なせてやった方が幸せなのかも知れなかった。瞼を閉じる。
 次の目覚めが彼女にとって、少しでも安らかであらん事を――そう、切に願いながら。

●今日も雨
 呪いの砂塵が吹き荒び、パンチャーファウストの動きを阻害する。急降下の一閃が、鮮烈に煌く。
「あとは……一気に決めるだけ、ですの」
 神秘的な羽を広げたユーノがディアボロへ掌を向けた。練り上げる魔力。撃ち放つ、雷の茨。電光石華<フロース・トリスティス>。爆ぜる電光が花となりて、愚かな敵を飾り立てた。
「破ッ」
 立て続けに、疾風怒濤。ミズカの居合い切りが壮烈に決まり、パンチャーファウストが追い詰められる。
 そこへ。それへ。怠惰は狙いを静かに定めて。
「グッドナイト……は要らないか。良い夢みれたよね、きっと」
 一言。そして、撃ち放つ矢――……

 重いものが倒れる音。
 その後は、ただ……雨の音。どこまでも。



 それから。
 ヤナ・ネルゾンは病院へと搬送された――意識はあるものの、虚ろな状態でずっと、ただ、ずっと。呟き続けるのは、恋人の名前。

 今日もまた雨が降る。
 じとじとと、分厚い雲から――


『了』


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:6人

未来へ・
陽波 透次(ja0280)

卒業 男 鬼道忍軍
戦場ジャーナリスト・
小田切ルビィ(ja0841)

卒業 男 ルインズブレイド
災禍祓う紅蓮の魔女・
Erie Schwagerin(ja9642)

大学部2年1組 女 ダアト
陰のレイゾンデイト・
天宮 佳槻(jb1989)

大学部1年1組 男 陰陽師
撃退士・
不破 怠惰(jb2507)

大学部3年2組 女 鬼道忍軍
その絆を取り繋ぐもの・
ロヴァランド・アレクサンダー(jb2568)

大学部8年132組 男 ディバインナイト
幻翅の銀雷・
ユーノ(jb3004)

大学部2年163組 女 陰陽師
銀狐の絆【瑞】・
ミズカ・カゲツ(jb5543)

大学部3年304組 女 阿修羅
撃退士・
ナーシェリル・デア(jb5654)

大学部5年81組 女 阿修羅