●ある日、森の中
駆ける森は鬱蒼と蒼。木漏れ日の麗らかさは散歩をするならお誂え向き。
「鈴蘭……花言葉は幸福の訪れだったのぜ? 毒のある花にそんな意味を込めるなんて、人間ってヤツはどこまでいっても皮肉なイキモノなのぜ」
銀の髪を靡かせ、自称魔族のギィネシアヌ(
ja5565)は息を吐いた。
「ロマンチックじゃなあ」
両手を頬に添え、イオ(
jb2517)はどこかうっとりと。悪魔ではあるが、心は少女の見た目通りなのである。
好きな人に、花束を。素敵な事だ。藤咲千尋(
ja8564)もうんうんと頷く。
「城介さんが約束を守りたいって気持ち、大事にしたいな!! ってわけでさっさとギガントオークにはご退場いただこうね!!」
元気一杯エイエイオー。対照的に、梨木 悠(
ja6231)は成すべき事を成すのみと黙然としていた。緩く頷くレガロ・アルモニア(
jb1616)も、大きく表情には出さないものの依頼人を助け約束を果たさせてやりたいと思っている。勿論、怪我人を出す事なく、だ。
「俺もこの歳になると周りでもそういう話は聞く。学生時代付き合っていた元カノが結婚すると聞いたときは、なんとも言えない気分になったぜ」
そう言って肩を竦めるのはミハイル・エッカート(
jb0544)。別に未練も結婚願望もないのだけれど、――真っ黒いサングラスの奥にあるその目を窺い知る事は出来ない。
「まぁ……なんだ。依頼人の心意気は気に入った。しっかり助けてやろうぜ」
「あぁ。同じダアトとして、同じ男として、城介さんの目的は絶対に達成してやりたいぜ」
ミハイルの言葉に同意を示したのは如月 敦志(
ja0941)。「そうね」と百夜(
jb5409)も唇に微笑みを浮かべて頷いた。
「研究一筋の頭でっかちが、ロマンチックな贈り物なんて一念発起したんだから、上手くいかせてあげたいものよね。過去に恋心もあったんでしょうけど……妬みに走らず、祝福できるってのはいい恋をしたってことでしょうから」
恋情、愛情――山里赤薔薇(
jb4090)は小さく首を傾げる。
「かつての思い人が結婚……複雑な気持ちだとは思うけど、私にはまだちょっとわからないや」
でも、と赤薔薇は思うのだ。人が人を祝福する事は素敵な事だと。戦いはやっぱり怖いけれども。ギュッとクマのぬいぐるみが括りつけられた杖を握り締めた。
それからしばらくも経たず、撃退士達は木の影に隠れていた城介を無事に発見する。
「おぉさすが久遠ヶ原は対応が早いな」
依頼人は存外にケロッとしていた。「大丈夫ですか」とその傍にしゃがみ込みつつ、赤薔薇は彼の足に応急手当を施してゆく。
「手当てが済んだら離れていて下さいね」
「残念だがそれはちょっと難しいな。なぁに君達に迷惑はかけんさ」
「そうですか……。では、鈴蘭が咲いている場所を教えて頂いても?」
「この先さ。そしてディアボロが行く手を阻んでいる。危険な相手だが、どうか頑張ってくれ」
「任せて下さい」
処置が済み立ち上がった赤薔薇は仲間へと振り返る。頷いたのは敦志だった。
「もうしばらく隠れていてくださいね、城介さん。――さて、そんじゃ手筈通り行きますか。よろしくな皆!」
仲間を見渡し、彼は拳を鳴らして大胆不敵に笑みを浮かべたのであった。
●愛の為に、愛が為に
不気味な咆哮が聞こえてきたのはそれから間もなくであった。
「お前の獲物はこっちだ、かかってこい!」
ミハイルの声と、幾度も響く銃声。地響きを伴う大きな足音と、堅い者同士がぶつかり合う音。葉擦れの音。弾む息。悪魔の低い唸り声。
「やるべきを、やるだけだ」
悠は防御に斧を構え、己に言い聞かせる言葉を呟く。交代しながらのその視線の先には巨躯のディアボロ――ギガントオーク。振り下ろされる巨大な腕が彼目掛けて振り下ろされるのは、悠が悪魔の目を引くオーラを発しているからだ。
走る。走る。轟と振り下ろされる巨腕が悠へ向かう。だがそれはミハイルが撃つ弾丸に軌道を逸らされ、悠の傍にあった木を荒々しく薙ぎ倒した。べきべきぐしゃあと大きな音。もう一度振り払われた腕は、悠が防御のアウルを纏った斧で流し往なす。
何故、悠とミハイルは二人だけで逃げているのか――それは撃退士達の作戦であった。
「今だ!」
目標地点への到達を確認したミハイルが声を張り上げた。その刹那。
「頭上はもらったのじゃー!」
「まんまと引っ掛かったわね!」
木の枝より飛び出したのはイオに百夜。その背に生えた翼を翻し、左右から同時。気を引くよう大声を張り上げて、一気にディアボロの顔へと躍り掛かり――イオは光の玉を護符より放ち、百夜は刀で力を込めた一閃を放つ!
確かな手応えと、ケダモノじみた悲鳴。白夜はとんぼ返りで近くの枝に降り立ち、一方のイオは――元々翼が片方しかなく、残った方もボロボロな飛べない悪魔は――『跳んだ』勢いのまま、わたわた一生懸命バランスを取りながらも着地を試みて。
ぼふん。
落っこちたのは、レガロの腕の中。女性陣が上空の囮となる事に申し訳なさを感じていたからこその彼の行動。
「大丈夫か? あまり無茶をしないようにな」
「危ない所であった……感謝するぞよ!」
その様子にホッとして――さて。千尋は気を引き締める。顔に奇襲を受けたディアボロが狼狽している今がチャンス。
「囮役お疲れさまだよー!! さぁ、一気にいこうねー!!」
引き絞る重籐の弓。切っ先に腐毒のアウルを込めて、撃ち放つ。突き刺さる。さぁ悪魔の再生能力と腐敗力、どちらが強いか。
「ちょっとばかり強化してあるぜ? 一発食らっときな!」
「いきます……!」
そこへ更に木の影より飛び出したのは敦志と赤薔薇であった。前者は前から、後者は後ろから。挟撃の形で、唱える呪文によって組み上げるのは雷鳴の魔法陣。撃ち放つは迸る電撃。
凄まじい雷光。そんな中であろうと、ギィネシアヌの紅い瞳は獲物を逃さなかった。
「焼き討て、天空神ノ焔<リアマデククルカン>!」
曰く、その弾丸は文明の火。纏うは金色、片翼の幻影。討ち放つ光が一直線にディアボロの足へと強烈に突き刺されば、金の羽毛が舞い散った。
立て続け。同じ場所に命中するのは、ミハイルのスターショットとレガロのゴーストアロー。光と闇。
撃退士の作戦に狂いは無く、誘導からの囮を用いた急襲作戦は非常に有効打となった。
だが、瞬殺されるほどこのディアボロは弱くはない。
低く轟く咆哮。暴力的に振り回される腕は4本。
「させんぞよ!」
「っと、その攻撃の軌道変えさせてもらうぜ」
「護ってみせる!」
「誰も、もう誰も俺の目の前で失わせはしないのぜッ!」
だがその凶撃は、イオの乾坤網が。敦志のウィンドウォールが。千尋の回避射撃が。ギィネシアヌの紅弾:財宝之守が。護り、逸らし、被害を最低限に喰い止める。
そして最前線にて仲間の盾となるのは、悠。庇護の翼。護る事が己の役割、護る事が己の戦法。
(護ってみせる)
仲間も。依頼主も。鈴蘭も。……約束も。
(――護りきってみせる。叶えさせてみせる)
どれだけ大きな拳が振ろうと、その脚は一歩も揺るがない。退く事は無い。凛然と前を向く瞳の奥に、その心臓に、真っ赤な熱を滾らせて。
されど淡々と。黙々と。込み上げる熱情を抑えつける様に斧をきつく、きつく握り締め。振舞うは冷静。防御に構える刃の如く。
ガツン。また一つ、強烈な攻撃と堅固な盾がぶつかった。
悪魔の拳を振り払う悠の眼差しは、どこまでも強い。鋼の如く。
充実した支援と、悠の覚悟。それによって撃退士の被害は最低限であった。
更に、射手達が連携して放つアシッドショット。途切れぬ腐敗の力。如何にタフネスと事前情報のあるギガントオークといえども、その防御力を削られ続ければひとたまりも無い。元々防御力が高い分、回避力が低い悪魔にとっては正に弱点を突かれた訳である。
凶悪なディアボロに策も無く真っ向勝負を挑むなど愚の骨頂。ギィネシアヌがアサルトライフルを構えれば、銃身を纏う神秘の紅蛇が銃口の中に潜り込んだ。
「そら、ニドヘグ……餌の時間だぞ、存分に喰い荒らせ!」
引き金を引く。待ち切れぬとばかりに放たれるのは涎を垂らした一匹の大蛇。牙から毒を滴らせ、ディアボロに喰らい付き腐毒をじゅるじゅる流しこむ。紅弾:悪食タル蛇<クリムゾンバレットタイプニドヘグ>、それは手に入らなければ奪い去る内なる嫉妬の顕現。
その蛇を振り払うかのように、ギガントオークが腕を振り回した。それは悠を強かに殴り付け、続けてミハイルをも狙い巻き込まんと。
だがインパクトの寸前、彼は僅かに身を捻って直撃を免れた。それでも勢いのままに吹っ飛ばされる。地面から着地。
「っッ! 今のは効いたぜ……」
顔を顰めて立ち上がる。全く埃を払う暇すらない。舌打ち一つ。走り出した先は、悪魔の一撃で頭から血を流したまま片膝を突き、意識を朦朧とさせていた悠へ。
「おいしっかりしろ! 歯を食いしばれ!」
無茶のしすぎだ――腕を引っ掴んで立ち上がらせると同時に一喝して張り手を一つ。勿論手加減はしている。
「…… っ!」
意識を取り戻した彼は視界をクリアにする為にも瞬き一つ。それから素早く武器を構え直すと、小さく一言「世話をかけた」と。次の瞬間にはギガントオークへ斧を振り上げる。
その間にも赤薔薇のスタンエッジが鮮烈に閃き、イオの術符が飛び、百夜の刃が煌めいた。撃退士は一人で戦っているのではない。撃退士とは、多なる力が集まってこそ200%以上の力を発揮するのだ。
「さーて、お前も朦朧状態とやらになってみな?」
不敵に笑む敦志が掌を翳せば、緑白の魔法陣が浮かびあがる。ひゅるる、と微風に彼の蒼い髪が舞った。そして発動するのは、吹き荒れるのは、風の渦。それはギガントオークを飲み込み揺さぶり、その意識を崩壊させる。
その隙を逃さない。滑りこむように鮮やかに間合いを詰めたのはレガロ。
「氷に抱かれて永遠に眠れ……!」
凍て付く、波動。空気も風も、何もかもが凍り付く刹那。ディアボロの意識までも。
今だ。
「これで決めるよっ!!」
淡いオレンジの光を踊らせ、千尋はシェキナーの弓に矢を番えた。この弓は、恋人がくれた大切な大切なもの。神聖なる力は悪魔を相手取る場合は強力ではあるが同時に危険で――分かっている。だからこそだ。ぎゅっと弓を握り締める。
(がんばる!! 出来る!! 大丈夫、大丈夫……!!)
撃った。炎の様なアウルを纏う矢は一直線に、ディアボロの一つの頭部に突き刺さる。
ナイスショット。ギィネシアヌは口笛を吹いた。負けてられない。
「BANG! BANG! でけぇ図体しやがって、いい的だぜ!」
紅弾:八岐大蛇<クリムゾンバレットタイプヒュドラ>。真紅の螺旋を描く八の蛇から成る弾丸が悪魔の胸に突き刺さり、その間に間詠唱を完了した敦志は既に悪魔へと掌を向けていた。
「こいつは少しばかり痛ぇぜ!」
炎と、氷。相反するエネルギーが暴力的な勢いで魔法陣から噴出し、ギガントオークの上半身を飲み込んだ。
ぐらり。揺らぐ上半身。
しかし踏み止まろうと。
――そうはさせるか。
「このデカブツっ! さっさと沈めっ!!」
レガロが撃つ、不可視の弾丸。それは音も無く気配も無く――イオ、百夜、赤薔薇、ミハイル、悠の攻撃と同時に決まって倒れんとする悪魔にトドメを刺し、遂にその巨体を頽れさせたのであった。
●汝、幸せを喜ぶべし
「お待たせしました城介さん。鈴蘭、探しに行きましょうか」
「行きましょ行きましょ!!」
皆の手当てが済んだ後。敦志は城介へ笑って手を伸ばし、千尋も彼が起き上がるのを手伝った。歩くと足首が痛むらしい彼は、悠が黙っておんぶする。その様子に、レガロはふと。
「あんたが大魔導使いってのには少し疑問だが……その魔導の力で足を使わずに移動とか出来なかったのか?」
「折角の強力な魔術があっても動かない体じゃ意味無いですからね、少し運動してください。次はどこかで共闘できるといいですね」
敦志も肩を竦めながらもそう言った。依頼人は苦笑を大きく「それもそうだ」と。
それからしばし。
一同の目の前に広がったのは、白い白い。その光景に千尋は思わず感嘆を漏らした。鈴蘭。揺れる花弁。忘れてしまう事が勿体無いぐらい――なので彼女はスマートホンを取り出し、それを写真として留める事にする。
「引きちぎったら枯れるだろ。土ごと持って行けよ」
ミハイルは仲間へビニールポットを配ってゆく。「ふっ、ガラにも無いことしちまったな」なんて、心の中で苦笑しながら。
「ここまで来たらサービスと思いましょうか。良い花束作りなさい?」
微笑む百夜は城介を後目に、仲間達と共に鈴蘭を集めてゆく。
(鈴蘭かぁ。私も地獄から救ってくれたあの人に贈ろうかな)
赤薔薇はそんな事を重いつつ、「ただ鈴蘭を思い人に渡すのは芸がないので」と城介を含めた全員で如何に祝福の思いを伝えるかを提案し、花を集めながらも相談開始。ああでもないこうでもないと話し合って、そんな時に。
「今でもすげー好きなら、花を贈る時に告って盛大に振られてくりゃ、きっとすっきりすんぜ」
そう言ったのはギィネシアヌだった。彼女は誰かの為に行動出来る人間が大好きで、自己満足に浸って好きだという自分の想いを黙殺した人間が大嫌いで。これも自己満足だ、そう思いながらも。
それに城介は一瞬目を丸く、それからちょっと遠くを見て。薄く笑みながら。
「それも良いかもしれないな」
「城介さんは本当に彼女のことが好きだったんですね……彼女の笑顔の為に最高の花束を作ってくださいね」
はい、どうぞ。敦志は集めた鈴蘭を城介に手渡しながら。返ってきた言葉は、「ありがとう」。心からの感謝を込めて。
そんな城介の、肩をちょちょいと突っつき。得意気に笑うイオがいた。
「ドレスアップじゃ!」
「えっ?」
「どうせ、着る物に頓着しておらんのじゃろう。ここはイオにドーンと任せるが良い! 先ずはそのもっさい髪をセットしてヒゲも剃って……そうしたら、結婚式に着ていくにふさわしい衣装を見繕ってやろうぞ!」
そんな話で盛り上がりつつ。鈴蘭を手に、森も無事に抜けたなら。
改めての「ありがとう」。千尋は満面の笑顔で、こう返したのであった。
「約束、ちゃんと守ってくださいね!! いってらっしゃい!!」
『了』