●開始
月が見下ろす長い影。踏み締めた。欠片の油断も隙も見せず。
「さ、いっちょやってやりましょうか」
愛用の槍斧をヒヒイロカネより取り出し、陽波 飛鳥(
ja3599)。焔金の神秘をその身に纏い振り返る。
「ペア宜しくね、氷野宮さん」
「うん、こちらこそ」
頷いたのは氷野宮 終夜(
jb4748)。
「以前の四国での敗戦に、青森の九魔……出来る限り強くなるに越したことはない状況だから、こういう機会は大事にしたいな」
勿論、自分の為にではなく。ディアボロの被害を食い止める事が此度の第一。終夜の言葉に「そうだね」と飛鳥が応える。自分の未熟は常々痛感してるからこそ、機会があれば存分に。少しでも、学ぶ為。
頑張る! とサー・アーノルド(
ja7315)が意気込む一方で、不破 怠惰(
jb2507)は眠たそうな顔をにっこり笑ませてクリスティーナに微笑みかける。
「カーティス君久しぶり。友人である君が怪我でもしたら大変だからね、今回もきちゃった!」
「不破も壮健そうで何より。案ずるな、私は怪我などしない。仲間にもさせん」
「ひゅー。おっけー、じゃあ怠惰ちゃんもちょっぴり頑張っちゃうよー」
和気藹々。それをスケアクロウ(
jb2547)は一歩離れた所から眺めていた。クリスティーナ。前回は戦えなかった故に今回こそ、と思ったが。
「……あー。見た顔がいやがるな。ったく、儘ならねぇ」
また無理そうだ。チッと舌打った所で、クロスティーナ&怠惰、スケアクロウの間にいつの間にかキャロライン・ベルナール(
jb3415)が。ちょっと懐かし、第一回練成会参加メンバー勢揃い。
「足止めやサポートで出来るだけ戦闘しやすい状況を作りたい。 クリスティーナ、今回もよろしく頼む」
「うむ。やるからには全力を尽くす心算だ」
それからキャロラインは怠惰へも軽く挨拶を。やほーと手を振る彼女は特に心配はないだろうが――さて。振り返る先の案山子男。
「何だ、チビ」
「……」
「何か言えよ」
「いや、言うだけ無駄だろうなと」
「……あぁ゛?」
「どうせ『無茶をするな』と言っても突っ込むのだろう?」
肩を竦める彼女の正に言う通り。図星過ぎた。舌打と逸らされる目が答え。やっぱりな、と天使は息を吐くのだった。
そんな様子。チョコーレ・イトゥ(
jb2736)は「ほぉ」と顎に手を添える。今回の任務は、撃退士の連携とやらを学ぶのにもってこいのようだ。目があったクリスティーナへ一言。
「アンタは堕天使か。今回はよろしく頼む」
「うむ。こちらこそ」
「くぅくぅー! みんなぁ、これ終わったらどっか遊びにいこー?」
と、元気一杯にぴょんと跳ねたのは紅鬼 姫乃(
jb3683)だ。だがその瞬間、ズシンと地響き。一同が振り返る。そこには。ディアボロ。巨大な腕。地面を打ち据える様に、寄って来る。こっちを見ている。
「とても強そうです……役立たずの私に何ができるんだろう……」
おずおずと、喋る事すら憚る様な発音で指宿 瑠璃(
jb5401)が身体を震えさせる。
「私がやられたら私に構わず、その隙に私を攻撃した敵を攻撃してください。クリスティーナさんは、私が麻痺したら回復と救出をお願いします」
震えたままの念押し。頷くクリスティーナが「案ずるな」と気遣いの声をかけたが、それに「ははは……」と乾いた苦笑を零し。忍者刀を握り直し。
地を蹴った。
●Crossfire!
ふよふよ、一見無作為に、されど確実に、4つのトゲシャボンは撃退士を狙って漂って来た。
「速攻で決めるよっ!」
「了解!」
言下、飛鳥が構えるはショットガン。漂ってくるシャボンに狙いを付けて、ファイア。バオムと銃声、飛び散る散弾が面で襲い掛かる。その直後にタイミングを合わせて鋭く振るわれたのは終夜が持つ白銀の槍、天界の光を以て鮮烈に痛打を叩き込む。
シャボン達が足止めされた、そこへ。
「少し、眠りなさい――貴方の血は何色かしら?」
鋼の如く冷徹残酷、指を突き付け言い放つ姫乃は先程までのあどけない様子ではなく。妖艶に笑む唇。ケモノの如く瞳は牙は鋭く、血色の火花をした神秘を零れさせ。
奏でるは絶対零度の夜想曲。冷たき眠りが手を伸ばす。果たしてこの目蓋すらないシャボン玉が眠るのか甚だ疑問だが、斯くして2体のそれらが沈黙した。
「はーい、そのままねんねしててねー」
無抵抗のそれへ。大量の護符で覆い尽された弩で狙うのは翼を広げ宙にいる怠惰。氷を意味する護符の文字が仄かに光り、打ち放つのは氷の矢。威力を突きつめ、兜すらも砕く脅威の一撃。
それを視界の端に留めつ、気を練り上げたスケアクロウは長大な洋弓を力のままに引き絞る。クリスティーナと戦えぬのであれば、致し方ない。ディアボロ共に売られた喧嘩をほっぽっておくのも性に合わない。
「……あいつらでウサ晴らしといくか」
撃った。轟と唸りを上げる矢は一直線に、怠惰が放った氷の矢が突き刺さっていたトゲシャボンのど真ん中をブチ抜く。風穴を開けて粉砕する。
「ナイスショーット」
「……、」
怠惰の声に、スケアクロウは何か返そうかと思ったが結局は何も返さなかった。それ以前に、残りのトゲシャボンが棘を伸ばして周囲の撃退士達へ攻撃を繰り出してきたからである。毒の棘。ジュゥと肌の焼ける感触。
それらを翼を翻し華麗に回避したチョコーレは上空のまま、ディアボロ達に目を細める。侮蔑を込めて。
「どいつが作ったかしらないが、悪魔の人形風情がいい気になるなよ」
ハンと溜息。前髪を掻き上げて。これ以上好き勝手はさせぬとその掌を指し向けた。もう片方の手にした書が妖しく闇を纏い、繰り出すは影の槍。トゲシャボンを牽制する。
さて。そのまま油断なく、目を向けるのは人形対応班。
「人形班が心配だ。なるべく早くシャボンは片付けたいが……」
ズドンと派手な音が響く。
瑠璃は脚力の限り、文字通り跳ね回る様に動き回っていた。赤い目をした人形さんの気を引く様に。
と、彼女が蹴躓いて前のめりに転倒してしまった。大きな大きな隙。それを逃さずに、振り落とされる悪魔の巨腕――
「指宿!」
クリスティーナが咄嗟に叫んだ。だが、潰された筈のそれは分身。
「敵を騙すにはまず味方から……でもご心配をおかけしました、ごめんなさい」
無事だった『本体』がポツリと呟く。この作戦は敢えて仲間に言わなかった。だが、お陰で隙が出来た。クリスティーナはすぐさま審判の鎖を放ち、人形さんを縛り上げる。
「今だ、ベルナール!」
「うむ、任せろ!」
答えたキャロラインがバルディエルの紋章に掌を翳した。薔薇が輝き、生み出すのは無数の稲妻。その弾幕に紛れこみ瑠琵は雷の如く飛び出し鋭い一撃を悪魔の腕の付け根を狙い突き立てた。
直後に人形さんが鎖を引き千切る。人形の様な部分が、その顔が、そこにある口がモゾリと動き――展開された魔法陣。禍々しい色をした猛毒のガスが広範囲に噴出される。
「く……これは、長々とやってられなさそう、ね」
肺腑を蝕む猛毒に飛鳥の視界がぶれた。げほっと咳き込むと口から鮮血。鉄の味。フウッと歯を噛み締め、少女は毒の棘を繰り出すトゲシャボンへと散弾銃の銃口を向けた。
長く伸ばされた棘が、姫乃の肩口に突き刺さる。が、彼女は動じず。垂れる血を指で掬い上げて、ねっとりうっとり舐め上げる。ふはぁ、吐いたのは熱の籠った湿り声。
「あぁ……おいしい♪」
そしてシャボンの棘を引っ掴んで捉えて、月を仰ぎ狼の様に咆哮一つ。
「!」
それが何を意図するか、撃退士達は既に知っていた。彼等が飛び退いた瞬間、炸裂するは無数の影。刃となってトゲシャボンを切り刻み、纏めて撃破する。
トゲシャボンは残り一体。
「とゆわけで頑張れースケアクロウくーん! イトゥくーん!」
援護は任せろーと上空からトゲシャボンの死角(このディアボロの視界がどうなっているのか甚だ不明だがそう『っぽい』所)を狙い氷矢を放つ怠惰の声。言われなくとも。言葉なき言葉で応えたスケアクロウが血色の斧槍を手に轟と駆ける。脚部に、そして得物にありったけの気を込めて。迎撃に繰り出される棘の痛み程度で彼の脚は止まらない。
「……冥土の土産だ、くれてやる!」
一閃。両断。爆ぜるシャボン玉。
残るは人形さんのみ。
「あと少し……油断なく行こう!」
凛然と終夜の鼓舞の声。艶やかな黒髪を靡かせつ、翼を広げて飛び上がる。槍に込めるは光。裂帛の気合と共に振り払えば煌めきの波が人形さんを退かせた。
「こいつを作った奴は、あまりいい趣味とはいえないな」
ヘドロ色の猛毒ガスを撒き散らす異形にチョコーレは顔を顰めつ距離をとる。なので滅ぼす事にしよう。汚物は消毒に限る。書より繰り出す闇の槍。
そこに重なって打ち出されたのは怠惰の矢だ。
「待たせたね。じゃ、終幕といこうか」
続々と、トゲシャボン掃討に当たっていた撃退士達が人形さんを取り囲み始める。仲間の到着にキャロラインはほっと一息。だがまだまだ、気は抜けぬ。寧ろここから。
「クリスティーナ!」
「うむ!」
声を掛け合い、二人のアストラルヴァンガードが繰り出したのは癒しの光。身体の傷を癒す光、身体を蝕む危機を払拭する光。
体勢を整える撃退士達に、人形さんは一層の攻撃性を見せた。暴力的に振り回す腕で周囲の撃退士達に襲い掛かる。正に力任せだ。奮戦するもアーノルドが吹き飛ばされてしまう。飛鳥にもまたその凶撃が襲い掛かった。
「それぐらいで、やらせはしないわ……!」
だが、後ろに飛んでインパクトを和らげた事と。吹き飛ばされそうになった体はグラシャラボラスを地面に突き刺してブレーキにした事と。
灼熱の焔が、闘士が揺らめく。燃え上がる。
「えぇと、あの、私なんか役立たずで邪魔かと思いますが、援護します……!」
地を蹴った飛鳥の進路を切り開く様に瑠琵が影手裏剣を投げ付ける。ディアボロの腕に突き刺さる。
それで、一瞬、人形さんの腕の動きが鈍った。瞬間、飛鳥は炎髪を揺らしてその懐に潜り込み。掲げる槍斧に金色の闘気を漲らせ。
「打ち砕け、紅炎っ!!」
超速一閃、それは純粋な程に研ぎ澄ませて突き詰めた破壊力。
大きく、人形さんの体勢が崩れた。
今こそ好機。姫乃がオンスロートを、終夜がフォースを放った。それでも足掻くディアボロが、再び魔法陣を展開した。今度は腐敗ガス。撃退士達の肌を焼く。
されどその腐敗をすぐに止めるのはクリスティーナが繰り出すクリアランスだ。
激戦における回復は時に火力支援よりも心強い。そして何より――左半身の刺青を燃え揺らがせるスケアクロウは思うのだ。傷が治るんなら、どれだけズタボロになろうが幾らでも戦いが楽しめるじゃあないか。全く以て素敵な事だ。防御や回避をする暇があるなら攻撃を。そう信じてやまない彼は吶喊する。いつもの様に。腹の底から低く轟く鬨の声。食えたもんじゃないだろうが、その奇怪な体躯に見合う力はあるのだろう。あるのだろう? いいじゃねぇか。
が、その突撃は振り回されるディアボロの拳に阻まれる。まるで鋼鉄の壁にぶつかったかの様な。体内組織の軋む音。
「がはッ……」
されど吹っ飛ばされる彼が地面に叩きつけられる事は無かった。
「おー生きてるかい?」
空中を匠に飛び回っていた怠惰が、咄嗟に彼を受け止めたのだ。
「見りゃわかるだろ」
「うん、元気そうでなにより」
鼻血を拭う彼にニッコリ、そう言う訳で回復役のキャロラインへ任せたポーイ。ドサァぐほぉゴロゴロ。受け止めておきながらこの荒い扱い。
「全く」
どいつもこいつもフリーダム極まりない。キャロラインは溜息一つ。だが、仲間だ。大切な大切な仲間なのだ。光りあれ、と掌を翳せば癒しの輝きが案山子に降り注ぐ。
「早々に倒れられては困るからな。早くそのでかい得物を叩きこんで終わらせてこい、スケアクロウ」
「……分かってらぁ、キャロライン」
案山子は立ち上がる。再度地を蹴った。接近戦。あくまでも接近戦。何度でもだ。ぶん殴ってやる。ぶっ殺してやる。ぶっ潰してやる。徹底的にだ、圧倒的にだ!
「おぉらぁあああ死ねやァアアアアア!!」
やられたらやり返す、極めて単純な。力の限りスケアクロウは斧を振るった。叩き付けた。仲間達が集中砲火を浴びせていた人形さんの片腕が大きく拉げる。血が噴き出す。
悲鳴――の代わりに、人形が唱える詠唱。全てを毒に沈めんと。
「なるほど。小柄だが、なかなかやっかいな人形だな」
その背後だった。翼を広げた影が、月を背に落ちる。笑んだのは青色の唇。
「だが――よそ見してるんじゃないぜ、人形」
キラリ、夜に踊るは鋼糸。それを繰る指の主はチョコーレ。絡み付く殺意が、人形さんのもう片方の腕へと絡み付き肉を削いだ。
ぐらりとディアボロの身体が揺らぐ。しかし人形の顔が苦悶に歪む事は無く。確かにボロボロの筈なのだけれど。
嗚呼、可愛い可愛いお人形さん。だけど、けれど、だけれども。
「……君もきっと誰かの友を喰らうから。だから、容赦はしないよ」
ひゅるんと夜風を翼で掴み、怠惰は静かに人形さんへと狙いを定めて。撃った。寸分違わず。一直線。
凍て付いた魔法の矢は、人形の赤い目へ。怠惰と同じ色をしたそこへ。そして、頭部を貫いて。砕いた。倒れた。音もなく。
武器を下ろす悪魔の髪が緩やかに靡いた。
「おやすみ。次はもっと、幸せな夢をね」
●月はずんずんしずんでく
さて、そう言う訳でお疲れ様。
銘々に労いの言葉と治療もそこそこに、帰ろうか。月が沈んでしまう前に。
『了』