●始めよう!
晴れ渡った空の下。念入りに準備運動を行う仁良井 叶伊(
ja0618)の顔には浮き浮きとした笑顔が在った。興奮気味とも見てとれる。修行狂。訓練だからこそいつもやらないような事が出来る。少々大人げないと言われようが本気で頑張る心算だ。
それは如月 千織(
jb1803)にとっても同様で、模擬戦とはいえ手は抜かない。相手に失礼だし、近接戦闘にも慣れたいし。
「新ジョブや先生との模擬戦かぁ」
肩を回し、桝本 侑吾(
ja8758)は独り言つ。不謹慎かもだけれど、ちょっと楽しそうだ、と。
「ふーーっ、地球での戦い、血が滾るー」
「前は投げナイフいっぱいってやって、いろいろ挑戦してみたですが……今回はガチの錬度を高めたいと思うのです」
二人でフンス、ミリオール=アステローザ(
jb2746)とRehni Nam(
ja5283)。特に前者はテンションアゲアゲ、ゴム短剣2本を逆手に持ってぶんぶんっと振り回している。そんな視線の先には国島正己、見た目ヤンキー。
「不良というやつですワ……本物初めて見たのですワっ」
「ははは、見物料とるぞ〜」
キラキラ熱い視線に正己は冗句と共にカラカラ笑う。そんな彼の前に、大谷 知夏(
ja0041)はザンと立ち。腕組み。
「……知夏は気が付いたっす。アスヴァンは、思ったより戦闘の矢面に立って戦う事が多いって。
だから今日は! 盾持ちの正己先輩と手合わせして、自身を鍛える為に参上したっすよ!」
指差しビシィ。勝敗は二の次、自己研鑽の為。上等だ。返事はサムズアップ。
「あ、ステキ先生。万一の為に神兵は活性化してていいですか?」
「NOだぜレフニー、ルールはルールなのだ」
ふむ、とレフニーは頷きつ――チラと視線をやるのはイバラ。強攻撃を容赦なく叩き込むぞ、というアピールで自分に気を引かせる作戦だが、果たして彼は。
「貴方は何故、冥界を裏切って……この世界に?」
「うむ。途方もない夢物語に聞こえるかもしれないが、僕は天魔と人間が共に仲良く暮らせる世界を創りたい。その為に、全部覚悟してここにいる」
彼は機嶋 結(
ja0725)とすっかり話しこんでいた。人間に話しかけられたのが嬉しかったらしい。しかし直後に響いたのは棄棄の声だった。
「よっしゃーそんじゃそろそろ始めちまおうぜ!」
●叶伊&千織VS志木之ミライ
「女だからって手加減は不要よ」
「OK、よろしく」
「ピコハン伝道師二十八代目(仮)がまかり通りますよ!」
互いに礼。そして武器を構える。瞬間には踏み込んだミライが二人目掛けて杖を横薙ぎに振るった。叶伊はバックステップで回避したが、そのまま流れた杖が千織の胴を打ち据える。やったな。不敵に笑い、詰める一歩。
「ピコハンらしからぬ音鳴りませんかねぇ……?」
なんて思いつ振るうピコハン。ミライが防御に構えた杖にピコーンと命中。
(今だ――)
その瞬間にはもう、叶伊は間合いを詰める。鋭く突き出す杖で狙った一撃は、軸を捉える事こそ出来なかったがミライの肩口を掠めた。絡む視線。直後に、叶伊とミライの凄まじい杖の攻防戦が繰り広げられる。
「ハッ!!」
「せやァッ!」
ビュオンと空を裂いた杖。飛び散る汗が冬空に煌めく。互いの杖が互いの身体を打ち据え、跳び下がった。交わされる不敵な笑み。
「結構なお手前で」
「ありがと。貴方も中々、まぁ、やるじゃない」
声をかけて気を逸らせる作戦――序でに息も整える心算。伝う汗。弾む肩。
と。
「隙ありなのですっ」
ぴこーん。
叶伊とミライが熱中している間に、そっと少女の背後へ忍び寄った千織のピコハンが振り下ろされた。お茶目な音。
「二人ばっかり盛り上がってて、ズルいです……」
むすーっと冗句めかしてむくれてみせる。慌ててバックステップで間合いを取ったミライの顔は赤かった。
(に、二対一ってこと忘れてた……!)
「ははは、熱中したら目の前のものに集中しちゃうタイプなんですね」
「しゅっ、『集中力が凄い』って言ってよねっ!」
「あぁ、ごめんごめん」
苦笑を浮かべつ、叶伊は間合いを詰めてきたミライの攻撃を受け止める。杖を回し切りぬけて、千織が後方にて投擲するゴムナイフを支援に反撃へ転ずる。
「お、頑張れー」
侑吾は呑気に柵に凭れてその戦いを見守っていた。ただダラダラしているだけの様に見えて、瞳の奥は真面目。他者の戦闘、特に近接戦闘の様子を見、良い点を一つでも吸収しようと見澄ましている。
そんな最中。
「うむ。なんかスゲー熱中してるみたいだし、次行ってみよー。折角屋上広いしな!」
と、見守っていた棄棄が振り返り笑う。そう言う訳で、急かされた次のチームが立ち上がった。
●侑吾&ガルムVSマリー・マーシュ
「小手調べ、とは言わねぇが……早いとこ、こっちに体慣れさせねぇとな。ま、そんな訳だから一つ本気で頼むわ、お嬢ちゃん」
「うん、よろしくね〜」
「よろしくな」
武骨な笑みを浮かべたガルム・オドラン(
jb0621)とへらりと挨拶をする侑吾、そんな二人にマリーはのほほんと笑みを浮かべてストレイシオンを召喚した。
「とりあえず、俺が抑えるからよろしく……っと」
「お嬢ちゃん相手に大の男二人ってなぁ……ちぃと見栄えが悪いが、仕方ねぇか」
盾を構え前に出る侑吾に、その傍にてゴムナイフを構えるガルム。盾になってくれるというのであれば、それに甘えて動かせて貰おう。賢龍の傍にてゴム弾銃を持つ少女を見澄ます。朗らかな微笑。
「でも、2対2ですよ。それに私には頼もしい『相棒』がいますし……大丈夫です!」
女だからといった理由で気を使わせるのも申し訳ない、そう思ったマリーは元気よく応えつつストレイシオンを一撫で。
「では、よろしいですか?」
「どこからでも」
「お手柔らかに」
「――往きます!」
ストレイシオン、と彼女が命ずる。ズイと前に出た龍が主人を護る様に立ちはだかった。
「さぁて、戦うのは彼女か召喚獣か――」
どっちだ? 真正面から身構える侑吾の視線の先、ストレイシオンが威力を限界まで控えた魔法弾を発射した。狙いは侑吾ではなくガルム。されど侑吾の判断は早い、すぐさま良位置に跳び盾で攻撃を受け止める。そのまま地を蹴り、詰める間合い。
「どっちか、ってと接近戦のが得意なんだが……」
ボクサーじゃねぇからグローブはちょっとな。なんて。ナイフを構えたガルムは侑吾の後ろに続き接近、マリーの背後を取らんと試みる。が。
「私だって、戦えます……っ!」
ただ召喚獣に護って貰うだけではバハムートテイマーは務まらない。振り返り、マリーは果敢にガルムへゴム弾を発射した。
「やるな……!」
弾丸に牽制されながら、しかしガルムはあくまでも接近する。焦らせる為。だが、少女は怯む事なく銃を仕舞うや徒手格闘の構え。
「ストレイシオン、そっちはよろしく!」
「やっぱ召喚獣って迫力あるねぇ……! オドラン、そっち任せた!」
ストレイシオンが振るった尻尾を盾で受け止め受け流し、侑吾は龍を相手取る。だが、自分だって負けちゃいない。
「「いまだっ」」
重なった声――マリーの弾丸がガルムを打ち据え、侑吾の竹刀がストレイシオンを捉えた。
引き分け? 引き分け。互いに笑う。
●知夏&ミリオールVS正己
「ヤンキー先輩! 今日は胸を借りるつもりで、全力で行くのでお願いするっすよ!」
「全身全霊でお相手いたすのですワー!」
「ッしゃァー上等ォ! 来いや!」
テンションフルマキシマム、待ってましたと言わんばかりに礼をするや身構えた。踏み込んだ。
「ぬぉおおお! ヤンキー先輩! 行くっす!!」
「おらぁああ! 往くぞドラァアア!」
知夏と正己が同時に踏み込む。吶喊。譲らず、ぶつかり合う盾と盾。
「ふぬあああああ!」
「づらぁああああ!」
猛攻、凄まじい押し合い、そしてピコハンと模擬警棒の猛合戦。零距離。根性論。
「へいへい! そんな気合いの入って無い、攻撃では知夏は倒せないっすよ!」
「面白ェエ! ガンガン往くぞゴルァアア!!」
どがんどごん。
まぁなんと派手な事か! 少し後ろでじーっと観察していたミリオールは目を輝かせる。最中にも正己の癖や動きや威力を大まかに観測し、そして。
「んぅー……そろそろわたしもっ!」
もう我慢出来ない。ゴム剣両手に猛吶喊!
「ワふーー、素敵なのですワー!」
トレーニングとは言え、久々の手合せは心が躍る。手数で圧倒する剣舞。機動力を生かした鮮やかな連撃。
「どんどんいくっすよー!」
それに合わせ、知夏も正己の脚を狙い攻撃してゆく。足下は盾で防御し難く、自分より体格の小さいに人間に足下を攻撃されるのはプレッシャーになりそうだという推測。機動力を奪う心算。
「燃えてきたぜぇええ!」
が、逆境ほど面白い。ガチンコほど燃え上がる。吹っ飛ばされても、ぶっ転がされても、倒されても、何度でも立ち上がって挑みかかる。お互いに。
「「「うおおおおおおおおおおお!!」」」
激しい、激しい、激しい戦い。
その末に――
「……ぜぇ……はぁ……」
3人とも大の字。体力の限界。ぐったり。
「ふっ……やるじゃねぇか」
「先輩こそっす……!」
拳をゴツン、知夏と正己。さてミリオールは?
「はふー、まだまだ……戦える……の……ですゎ……」
すぴー。疲労の限界で夢の中。それでも楽しそうに、手足をパタパタ何かと戦い続けている。
「あらま〜この子ったら」
苦笑した棄棄が彼女をおんぶ。保健室に連れて行きます、だそうな。
●結&レフニーVSイバラ
「さて……やりあいましょうか、悪魔さん」
「宜しくお願いするのです」
「お、おぉ! もう僕らの番か。こちらこそだ!」
互いに礼。そして、先手を打ち間合いを詰めてきたのはイバラだった。突き出された一撃を、結はプロテクターで固めた腕で受け止める。その間にレフニーはその側面に回り込み、全力突撃――からの急ブレーキ、危険な一撃。だが『阿修羅』。生半可ではやられない。力のままに槍を轟と振るって二人を押しのける。
「まだまだ!」
下がりながら、次いでレフニーはゴム弾銃を取り出し、トリガーを引いた。
「うむ、負けんぞ!」
腕で防御しながらの突撃、2対1という数的不利も力で吶喊してみせる心意気。
「スキルが無くても、シールドバッシュの真似事ぐらいできるのです!」
レフニーだって負けていない。振り下ろされた槍を盾で受け止め――ぎゅむ。その尻尾を踏み付ける。
「――〜!」
あぁ尻尾って踏まれると痛いんだ、ちょっと可哀想な事をしたかな。でもチャンスだ――レフニーは結へ視線をやる。頷いた。結が振り下ろす竹刀――が、辛うじて槍で受け止められる。弾かれる。
その様子を、見。
怨嗟の炎を心に燃やし。
表情は引き締め、笑顔を作り平静に。
「共存……? 殺した者が施しと、恥知らずですね……」
「……? 確かに天魔は人間を殺した。だが僕は殺しをしていない」
「何を。消えるのが、世の為ですよ。イバラさん」
「う、ん、僕が、何かしてしまっただろうか。もしそうならば謝りたい」
「貴方に私の何が判ります?」
悪魔など消え去ってしまえばいい。
振り上げた模擬武器に白く輝く光を纏わせる――パールクラッシュ。攻撃スキル!
「っ!? キジマさん!」
それは明らかにルール違反だった。叫んだレフニーが手を伸ばせど、悪魔絶滅主義者の刃は止まらない。そもそも彼女の目的は『表向き』こそ自己研鑽だったが、その本質は悪魔であるイバラの抹殺。
刃が、目を見開いたイバラの首に迫る――
「そこまでだ、機嶋結」
瞬間。全くの一刹那。
結が気が付いた時には棄棄に地面へと組伏せられていた。
「無実の生徒に対する明確な戦闘行為及び殺人未遂によりお前を連行する。この件は査問会が判定する」
「ルール違反は悪いと思いますが、これも悪魔を滅ぼす為。私の道ですから」
結はそれだけを答えた。覚悟の上の行動。罰は粛々と受けとめる心算。
「ミライ、マリー、連れてけ」
「……はい」
連れて行かれる結。一方で、怒り狂った正己は知夏、叶伊、ガルム、侑吾が必死で押さえこんでいた。無理もない、無二の親友を殺されかけたのだ。平静を保つ方が難しい。
「それから、正己もちょっと落ち着くまで別室に連れて行ってやっとくれ」
棄棄は大きく息を吐く。残念だ。それから、こうなってしまったのも自身の責任だ。故に、『正しく』処理せねばならない。
●侑吾&叶伊VS棄棄
「さて。まぁ、なんだ。思う所もあるだろうが、最後ぐらいパーッとやろうぜパーッと」
「よろしくお願いします」
「挑ませてもらいます」
棄棄は礼をした侑吾と叶伊に振り返った。同じジョブだしお相手願ってみたかった、そう思う侑吾と、卓越した技術を見せてもらう立場なので謙虚に、と精神を統一させる叶伊。二人共素手だった。
「かもんなのよ」
指先くいくい。構えも取らず、ニコニコ。侑吾と叶伊は視線を合わせ――行くしかないらしい、散開するように地を蹴った。侑吾は窺う様に、叶伊は説明もしきれぬ程テクニカルに。
が。
腐っても、実技教職員。
「「!?」」
ぱぁん、と軽快な音。足払いを喰らって、それから……胴を蹴られた、のだと思う。それを知ったのは地面に倒れてから。
「まだ諸君にゃ負けんぞ!」
元気一杯。かかってこい、と。ならば素早く立ち上がる。鋭い動きで攻め込む、が、嗚呼。棄棄が何故『教師』なのかが良く分かる。挑めば挑む程。
それでも――侑吾は端から勝つ気で手合わせしているのではない。頑張る。冷静に。彼の動きを盗む心算で。
で。
「続ける?」
「いや……この辺で」
「……ありがとうございました」
地面に大の字、それでも礼を欠かさなかった生徒二人に教師は豪放に笑った。
●おつ!
「今日はありがとうでしたよ」
「勉強になったよ、有難う」
「お疲れさん。いい勉強になったわ、桝本も、お嬢ちゃんもありがとよ」
知夏と共に皆の青痣を治して回っていたレフニー、ぼんやりモードの侑吾、棄棄と戦闘を見守っていたガルムが互いを労う声をかける。
(少しは身になったかな)
(あぁいう戦い方もあんのか……)
侑吾はドリンクを飲みつつ。一般人相手の喧嘩なら慣れているが天魔や撃退士相手はまだ不慣れ、そんなガルムは深く頷き。
さて、終わった後はお菓子と一緒に反省会。
屋上の喧騒は、しばし続く。
『了』