●一狩りいこまいか
柔い陽光が燦々と降り注ぐ日中でも、山のど真ん中、ましてや冬のど真ん中ともなればそれはもう冷え込むもので。
一向が戦闘場所と決めたのは、三神 美佳(
ja1395)が依頼主であるオーナーから貰った地図や情報によって決めた場所――比較的小広く開けており、傾斜の無い所。戦闘には御誂え向きだろう。
「ディアボロの名前……なんで……さん付け……なんだろう……」
あどけなさと畏懼を滲ませた瞳で月水鏡 那雨夜(
ja0356)は周囲を見渡した。冬に葉を落とした木々と――周囲にあちこち、キノコキノコキノコ。
「っ! キノコ……グロいの……」
思わず踏み付けかけたキノコに柏木 優雨(
ja2101)はビクリと跳び上がり、傍の那雨夜の袖を握り締める。大丈夫?と心配げに見遣る那雨夜の問い掛けに「がんばる……」と小さく頷いた。
「うわ……本当に気持ち悪いくらいびっしり……」
最早口元を引き攣らせた笑み。胞子対策等の完全防備でちょっとアレげな外見のファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)は頼りになる先輩である竹林 二太郎(
ja2389)へ「酷い有様ですねぇ」と振り返った。
「ふむ……竹林姉流に巨大なキノコ相手に効果的な技や教えはあっただろうか」
しかし当人と言えば、スコップ片手に神妙な顔付きで鋭い目を細めている。彼やファティナの他、殆どの者がマスクやゴーグルを身に着けていた。黒瓜 ソラ(
ja4311)もその一人で、ジャージ姿で柔軟体操を行っていながら真顔でウムと頷きを一つ。
「この森の木々達もどら息子をどうにかしてって思ってるでしょうね――木の子(茸)なだけに」
……。
「……今回の依頼は『キノコさん』の討伐及び毒茸の駆除か」
スルーと同時に眼鏡を押し上げ麻生 遊夜(
ja1838)は平然と。
「あぁ、これもダメですか……」
スルーにソラはしょぼん。遊夜は足元の毒キノコを忌々しげに蹴っ飛ばし、
「風情も何もないな」
「風情もオチも無いシャレですいません……次こそは……」
微妙に噛み合ってない(ある意味噛み合った)会話。三角座りで落ち込むソラに遊夜は(自分は何かやらかしてしまったんだろか)とちょっと不安になるのであった。
「まぁ――取り敢えず、ディアボロが来る前に準備を済ませてしまいましょう」
柔和に笑む御堂・玲獅(
ja0388)の提案に影野 恭弥(
ja0018)は黙したまま頷き、静かに拳銃を構えて周囲へ警戒を張り巡らせる。
「くそ、いっそ山ごと焼き討ちしてやりたいね」
これはまた面倒なと九神こより(
ja0478)はマスクの下で舌打ちを、罠用の落とし穴を仲間と協力して掘り始める。他の生徒らは落ち葉やキノコの駆除、鳴り子や阻霊陣の準備、立ち位置の確認、周囲の警戒などそれぞれで協力し合い手早く行っていった。
「よし……こんな、もんか?」
阻霊陣を仕掛け、最後に落ち葉を被せて、完成。出来あがった落とし穴を見下ろし二太郎はフゥと息を吐いた。
「上手く引っ掛かると良いんだが――」
遊夜がそう言いかけた瞬間、タァンと銃声が鼓膜と打った。弾かれた様にそちらへ向く――警戒に当たっていた恭弥が手にした拳銃から硝煙、鋭く見遣る彼方。
「……来たぞ」
冷静な声。鳴り子は鳴らなかった――透過能力か、それでも落ち葉を踏み締める音、謎の咆哮でその存在は容易に察知できた。撃退士たちは武器を手に、神秘の寵愛を纏う。
「悪い子……天罰が下るの」
優雨の小さな呟き。対象的に、ソラの元気一杯な鼓舞の声。
「それでは、キノコ狩りです! ひと狩りいきましょう!」
●うほっいいきのこ
「KiiiNoooKoooo」
謎の咆哮。現れたディアボロ。巨大な口。ガハァと吐かれるドス赤黒い粉塵。
「!!」
撃退士達を包む込む毒の胞子。ある者はマスクで、ある者は袖で防ぐ――効果は防御法によってまちまちだ――その中でも特に対策を万全にしていたからか、胞子の煙幕を突っ切ってキノコさんへ真っ先に吶喊出来たのは玲獅と遊夜だった。
「さー、覚悟するのさ!」
撹乱する様に周囲の木から木へ。軽快に移動する遊夜が狙う銃口は真っ直ぐと悪魔を狙い定めて――撃つ。乾いた発砲音、怯んだ悪魔の前に続いて盾を構える玲獅が立った。
来なさい。
凛然と、瞳には揺るぎ無い決意。
直後に思い切り盾に重く響いたのはキノコさんが振り下ろした拳、動きは鈍いが流石にタフだ……ショートスピアで応戦を、と思ったが攻撃と防御を同時にはちょっと出来そうにない。一度の行動で出来る事には限りがある。歯を食い縛ってバックステップ。ちらと見遣る先には仲間が作った落とし穴。
アレに上手く誘導せねば。那雨夜、優雨が繰り出す射撃に忌々しげな咆哮を上げるディアボロを見据え、再び吐かれた胞子に巻き込まれぬ様移動しながらファティナはペアであるこよりと視線を交わした。頷き、己が武装を構える。
「いきます!」
「ぶちかますよー!」
スクロールから光球が放たれた。
拳銃から弾丸が放たれた。
クロスファイア、出し惜しみ無しの全力で。
「KiiiNoooKoooo」
射撃の苦痛に呻く声、振り回される腕。しかしその前に立ちはだかった玲獅の盾が他の仲間に被害が及ぶのを懸命にガードする。が――やはり重い一撃だ。
それでも玲獅に怖じ気付く色は微かにも無い。心強い味方が居るから。
白銀の髪を靡かせ飛び下がった彼女の視線の先には剣を構えた二太郎が、凛と表情を引き結んで。
「俺は……皆を、護る」
ふ、と息を吐いて。攻撃を受け流す様は正に柳葉が如く。
誰一人欠ける事無く、大きな怪我も無しに、目的を達成して帰還する。
そんな未来を手繰り寄せるべく、俺に出来る限りの事をしよう。
等、と。
思うけれど、口に出す気は毛頭無い。誓いは胸の奥にあれば良いのだから。
「さって……ボクも頑張るとしましょうか!」
硝煙の立ち上る銃口をフッと吹き、ソラは木の影に隠しておいた風呂敷を手に取った。視線は油断なくキノコさんへ、謎めいた咆哮を上げる巨大な口へ。そして、その口が胞子を吐かんと大きく空気を吸い込むのをソラは見逃さなかった。
「そこだ、貰ったーーー!!」
言葉と共に豪速球、風呂敷投げ。
「!?」
驚いたのはディアボロだけで無い。そう言えば、罠を作っている間ととかに隅の方でコソコソしていたな……そう思い出す者も居る仲間が見守る中、斯くして風呂敷はキノコさんの顔面へ美事なまでにクリティカルヒット。ばさぁ。ぶちまけられキノコさんの視界を妨害したのは大量の落ち葉。
「こんな事もあろうかと! 風呂敷の中に落ち葉をしこたま詰めておいたのさ!!
備え在れば嬉シイタケ――……… あぁ、これも、駄目ですかそうですか」
しょんぼりしながらもちゃんと銃で射撃。これでも本人は面白いと思っているのだ。古典芸能やそういった言葉遊びが。要するに駄洒落とか。故に考える。考える故に我あり。だって趣味ですから。
「そこ、です!」
ソラが作り出した隙を十分に活かし、美佳のスクロールから放たれた光の魔弾がキノコさんの図太い脚を穿った。そのほぼ同時、合わせる様にして放たれた恭弥の弾丸がもう片方のキノコさんの脚を攻め立てる。
「Kiiiiiiiiiii――」
よろめいたキノコさん、その先には落とし穴――今しかない、遊夜と二太郎が同時に駆けた。
「これでも、」
「喰らえーーッ!」
強く地を蹴り、息を合わせて、その背中へと思い切り。
二人で放つドロップキック。
「KiNoッ!?」
ドムにゅ、と鈍い蹴り心地。正直あんまり良い感触じゃない。菌感。
キノコさんの上体がグラリと揺らいだ――傾いた――そのまま、重力に従って、
落ちた。
撃退士達が懸命に作り上げた落とし穴に。
「阻霊陣の落とし穴――抜けれるものなら、抜けて御覧なさい!!」
今までのガード分を返すかの如く、文字通り一番槍に槍による攻撃を繰り出したのは玲獅。彼女の鋭く研ぎ澄まされた一撃を皮切りに、後衛陣達も全身全霊の火力を以て攻勢に転ずる。
恭弥、ソラの弾丸、美佳の魔弾。
「さ、思いっ切り往くよファティナさん!」
「ええ――これで決めます!」
こよりが放った銃弾、銃火――が、ファティナの目に映る。
もう誰も死なせたくない。
その決意を胸に、スクロールを抱いて翳す掌。放つ光弾。
着弾の衝撃。
硝煙。
「……KiiiNooo、Koooo」
それでも傷だらけのディアボロが身を起こす。
が、その異形が気付く事は無かった。
背後に立つ遊夜の存在に。
「おやすみなさい、」
タン、と響いた銃声。
「――安らかに」
背後からの零距離射撃で眉間を射抜かれた悪魔は、永遠の眠りを告げる遊夜の声を聞きながらその場へ緩やかに頽れ込んだ。
●レッツ処理
「ボロボロのディアボロ……ディア『ボロ』だけに」
あぁ、これもですかそうですよね。玲獅が用意したブルーシートに包まれていくキノコさんの傍らで体育座りのソラ、一方でキノコさんへ黙祷を捧げる遊夜。処分は撃退庁へ任せよう。先の戦いで思いのほか傷を負った者は先んじて病院へと送られて行った。
さて、次はキノコの駆除だ。
「黙々とする作業は得意なんだ、任せてくれ」
遊夜が依頼主へと連絡すれば、背負い籠にリアカー、大量のゴミ袋など役に立つ物をありったけ貸してくれた。それだけでなく、ディアボロを倒してくれたお礼としてささやかながらと毒キノコの駆除まで手伝ってくれるそうだ。トラックまで動員し、動けるだけの人員も。
「ありがたいな……これは早く終わりそうだ」
トングで取ったキノコを次々とゴミ袋へ入れつつ二太郎は辺りを見渡した。そうだなぁ、と手早く黙々と作業を行うこよりが答える。
「でも……暫くキノコは食えないなぁ……好きなんだけど」
マスクの奥で深い溜息。季節外れのキノコ狩り。
一方で恭弥はリアカーにごまんと積んだキノコを運んでいた。
目的地は山を降りた所の空き地。赤々と燃える火が見える。
「……運んで来たぞ」
「あ、お疲れ様です……」
火の番担当の美佳が火の熱に火照った顔で振り返った。その傍ではホテルの従業員が料理を拵えてくれているようだ。リヤカーに積んだ袋入りキノコを次々と火にくべていく恭弥に対する「お疲れ様です」という言葉に彼は黙って片手をヒラリ。
「駆除の方は、どうなってますか……?」
「順調だ。……そろそろ終わると思う」
美佳の問い掛けに対し、最後のキノコ袋を火に投げ入れた恭弥が答えた。燃やしても大丈夫なのか誰もが少し不安に思っていたが……その心配は無いらしい。変な臭いもしなければ、妙な煙が出る事もない。取り敢えずはまァ一安心である。
「スクロールの出力を絞れば着火出来ますかね?」
「うーん……、やめといた方が、良い気がするぞ。何となく」
そうこうしている内にリヤカーを押してファティナとこよりもやって来た。続けて他の面々もキノコを手に手に空地へ集まって来る。
「粗方、片付いたのぜーー……はぁ疲れた」
アウルの寵愛を得た撃退士といえど、戦闘の直後に休み無く作業と言う者は中々骨が折れるモノだ。肩を回して息を吐く遊夜を始め、誰もの顔には疲労が窺える。
「皆様、お疲れ様です」
軍手を外し額の汗を拭う玲獅も然り。
そんな撃退士達へと感謝の言葉を口々に、ホテルの従業員一同とオーナーが。
「皆様、この度は本当にありがとうございました……これで営業が再開できます」
ささやかなお礼ですが、と。
示す先には山の幸をふんだんに使った美味しそうな鍋が。
「宜しければ是非、召し上がって下さいな」
断る理由などあるだろうか。
しばし――皆で鍋を囲んでのんびりとした時間を過ごすとしよう。
この冬空の下で、皆で食べる料理ほど温かく浸み渡るものは無い。
空き地には、長い間談笑の声が響いて居た――。
●帰り道のその前に
コッソリ。
遊夜はいくつかのキノコをお土産として鞄に忍ばせていた。
これ単体で増殖する事は無いと言うので、安心して持って帰る事が出来る。
果たして同じ事を考えていたのはもう一人。
「ボ、ボクの独断であるからして! 決して白衣の先輩に頼まれたり、友達のお願いとかじゃないですからして!」
新聞紙で包んだキノコを空の水筒に入れていたソラ。
大丈夫なのかよ、と仲間のジト目に必死の弁解。
結局、無事に持って帰る事に成功した二人であったが……
「「…… !!」」
帰ってみて、開けてビックリ。
物凄い腐っていた……。
しかもむちゃくちゃ臭いわ、ぐぢょぐぢょにグロテスクだわ、変な汁が出てるわで。
しばらく二人はキノコがトラウマになったのは言うまでもないのだが――そんなこんなで、別のお話としておこう。
『了』