●遠足の始まり
転移の蒼の向こう側。
斯くして、撃退士達の目に映ったのは――青い空、白い雲、そして広がる大きな海。燦々としたお日様が降り注ぐ。但し今は10月だけど。
「秋だ! 海だ! ディアボロ狩りだ!!」
「センセ、全く共通事項がない!」
転移装置から降りるなり声を張り上げた棄棄に加倉 一臣(
ja5823)は思わず顔を両手で覆った。海へ遠足。但し棄棄流遠足。まぁ薄々感付いてはいたのだけれど。
「ちゃんと日焼け対策してな!」
「なに、諸君がちゃちゃっと殲滅完了すれば良いだけの話だ。もしもの時はオミ―をやつざきにして日傘にすりゅ」
「どういう事なの……」
ほえみ。
「折角の海なのに……水着も無いとはどういうことだァァ!!」
「先生にハメられました」
海に向かって慟哭するのは虎綱・ガーフィールド(
ja3547)、まぁいいけどと肩を竦めたのは久瀬 悠人(
jb0684)。教師はニヤリと悪く笑む。
「クク……騙される方が悪いのだ。仕方ないからおのゆうまの腹チラで我慢なさい」
「センセ……!」
無茶振りに顔を両手で覆って絶望する者その2、小野友真(
ja6901)。
「海ーはー広いなー大きいなー! センセたちと海水浴るんるん……と思ってたら、これだぜ!!」
ギィネ、センセがお茶目で世紀末なの知ってたのだ……ぶわわっと両手で顔ryギィネシアヌ(
ja5565)ちゃんです。騙される方が以下略だね!大人って卑怯だね!
「でも海より俺様の心の方が大きいんだぜ」
棄棄の謎のドヤ顔フォロー。でも絶望しか生んでない。
「せっかく海に来たのに、楽しむ余裕無さそうだな……蟹相手かよ」
神楽坂 紫苑(
ja0526)は苦笑しながら一つ呟く。遠足にて、戦闘。黒手袋を嵌めて戦闘に備える。
蟹。蟹だ。今回のディアボロは蟹型。呆れる紫苑の一方で、そわそわする者達もいるようで。
「今回の敵は蟹ですよね? 食べられるのかな?」
「カニか、雑炊……いや……味噌か」
光纏の白銀を身に纏い阻霊符を展開しながらソワソワしている権現堂 幸桜(
ja3264)に、目が主夫になっている強羅 龍仁(
ja8161)。夜来野 遥久(
ja6843)も常の冷静な表情のまま、
(ディアボロでも蟹、焼けば良い匂いがするのだろうか……?)
なんて考え込んでいる。
そんな彼等に。ぽん、と肩に手を置いて、虎綱は首を振った。
「止めておきなされ……」
見た目こそ蟹だが、あれは元々人間だった。つまり、ディアボロを喰らう事は人間として久遠ヶ原学園生徒として超えてはならぬ一線である。
「え? 食べれないんですか?」
「っていうか先生が阻止します。流石にカニバリズムは色々アカン」
だからその手に持った中華包丁を仕舞いなされと棄棄の苦笑。
「食用蟹なら祭りやった……」
「倒した後美味しく戴けるなら、気合入るんだがなァ……」
友真の呟きに英 御郁(
ja0510)は肩を竦める。そのまま、教師に問うた。
「センセーが後で蟹鍋奢ってくれるとかないんスか」
「えーアンパンじゃ駄目?」
「そうスよね、ナイですよねー」
ハハハと棒読み。仕方ないね!
そんな彼等の一方で、Rehni Nam(
ja5283)は両手を握りフンスと意気込む。
「蟹だろうが海老だろうが、さっさと倒して遠足満喫するのです!」
砂遊びする気満々。お弁当でキャッキャウフフする気満々。
「蟹よりウニ食いてえなー……」
「蟹狩り、蟹狩り〜♪ まぁ、私は食べられる蟹の方が好みなんだけど」
気儘な声で呟いたのは月居 愁也(
ja6837)、うきうきとした様子で大太刀蛍丸を抜き放ったのは神喰 茜(
ja0200)。
そんな彼らのリラックスした様子に、大和田 みちる(
jb0664)は内心で驚きを覚える。まだ編入したての彼女にとっては未だに戦場というモノには緊張してしまう。その上人見知りで、以前に参加した依頼で見覚えのある顔もあるもののオロオロとしていた。故に、堂々と構えて居られる仲間の姿には素直に称賛を覚える。
「遠足いうても天魔退治。そちらをちゃんとこなさんと……!」
深呼吸一つ、舞い散る紅葉の様な神秘を纏った。
「小松菜花……なの。よろしくなの……」
「あぁ、こちらこそ」
所謂魔法少女な、おとなしい感じの女の子――ペコリと頭を下げた小松 菜花(
jb0728)の挨拶に応えたのは龍崎海(
ja0565)。
「依頼で一緒になった時、どういう風に連携を取れば把握できてないから、それなりに参加していていい機会だと思った」
新しく仲間になった者達との連携を向上させる為。宜しく頼むと握手せんと手を差し出した。
それに応えた後。深呼吸を一つ挟み。
「高速召喚術式、展開……ヒリュウ召喚。行って……敵を見つけて」
「行け、ヒリュウ」
「頼むよ、チビ」
菜花、時駆 白兎(
jb0657)、悠人、三人のバハムートテイマー達が小さな朱龍を召喚した。キューと主人の命令に応えた子龍は小さな翼をはためかせて高度を上げる。銘銘に見渡す。その視界は召喚者にも共有され、広く青い海が視界一杯に広がった。
その間にも撃退士達は戦いの準備を整えてゆく。
手には武器。体にはアウル。目には戦意を。
見澄ます先の海は静かに波音を立てているが――生々しく感じ取るは、胡乱な気配。殺気。水面の向こうに黒い影が見えた様な気がした。
「……!」
果たして真っ先に気がついたのはヒリュウと、その主人達。
「カンブクラブ3にデカクラブ30……情報通りだね」
仲間に情報を送りつつ、白兎は己がヒリュウの召喚を解除する。
「カニさん……いっぱい……でも食べられない敵……」
呟き、菜花は仲間へ視線を送る。その先で。
「ダ■ミョウザ■ミ! 狩猟環境不安定! ボスは金冠かな? 一狩行こうよ! Yes!!」
某ハンターゲームの回復薬とか飲んだ時のポーズでAlba・K・Anderson(
ja9354)が言い放つ。
君田 夢野(
ja0561)も前に一歩、金色の五線譜帯の姿である光を纏い声を張り上げる。
「さぁ、ディアボロ相手にヒャッハーな遠足を楽しむとしようか!」
教師のテンションにつられ、その金瞳に滾らせるは闘争心。まぁ、己の意義は見失ってない筈、大丈夫。 勝利を渇望する事の何が悪い?
水面がざわついた。――来る。
「それでは生徒諸君、全身全霊腹の底から励み給え!!」
教師の声が鼓膜を打ったのと、海から大量のディアボロ達が飛び出して来たのは、果たして同時。
●エクストリーム!
一斉に戦場が動き始める。
「遠足、つうのは何年ぶりかねェ……メンツは色気ねェがよ」
仁科 皓一郎(
ja8777)が溜息を吐いた場所は波打ち際から少し離れた地点。見遣る面子――A班は彼の言う通り全員が男だ。女の子みたいなきゅるんとしたショタや男の娘もいない。代わりに目が合ったのは実年齢38の子持ちなおじさんだった。
「今回は宜しく頼むな」
「あぁ、どうも」
龍仁の言葉に皓一郎は軽く答え――まぁやれる事をやるだけだ。足元から陽炎の形をした光纏を揺らめかせ、盾を構えると共に敵の気を害するオーラを放った。それに気を引かれ、何匹かのデカクラブが脚を蠢かせてやって来る。存外に速くて気味が悪い。
「さて……ぼちぼちやるか」
「はいはい、こっちー」
戦斧を手にしたアラン・カートライト(
ja8773)と、拳銃を携えた桝本 侑吾(
ja8758)も行動を開始する。
「さーガンガンいくよ!」
アルバも加わり、侑吾と共に弾丸を放つ。撃たれた個体は二人へと狙いを変えて鋏を鳴らし吶喊してくる。が、その目前に立ち塞がったのはアラン。
「おらっ」
フルスイングで叩き付ける一撃。アルバ仁科桝本、そんな完成されしハーレムを邪魔させはしない。
「割と寄ってきたな……ま、後は、壁、やってるわ」
「あいよ、任せるわ」
皓一郎、侑吾、脱力気怠系男子×2。ゆるゆる。されど実力は本物。侑吾の纏う薄灰の神秘はまるでやる気なさげにふよふよしているが、彼自身は大剣を手に鋭い立ち回りを見せる。
襲い繰るデカクラブ。その内の一体に、龍仁は天の力を秘めた鎖を放ち動きを拘束した。
「デカの確保は任せろ」
これは作戦上重要な行為。飛ばされる堅い泡を盾で受け止め、仲間へと連絡を。
「一臣、デカは確保したぞ。そっちはどうだ?」
そっち――一方のB班。
「はいはい、お疲れさん。こっちはまぁ……問題なしかな、今のところは」
オーバー。通信を終了したその刹那、カンブクラブの一回り大きな鋏が叩き下ろされ、衝撃波に呻き声を上げる。巻き起こる砂が視界を阻む。されどそれを突っ切り吶喊するのは愁也、構えたパルチザンに紅蓮の光纏を輝かせ。
「おらぁああああああっ!!」
やるからには全力で。仲間の信頼を裏切らない為にも、豪力一閃。開放した闘気によって漲る膂力のままに薙ぎ払う。できた僅かな隙。それを狙うのは、友真と一臣が構える二つの銃口。
「なめんなよっ」
「殲滅戦行っくでー!」
銃声は同時、銃線は二条、ストライクショット。愁也が攻撃した箇所を鋭く穿つ。
カンブクラブが再度鋏を振り回す。激戦の中、立ち向かう仲間達を癒し鼓舞するのは遥久が放つ癒しの光だった。構えた盾の背後、護る悠人には傷一つない。
「夜来野さん、頼りにしてます」
「いえ。安心して攻撃を行って下さい」
了解、と。チビと名付けたヒリュウと間合いを詰める。揺らめく蒼風のオーラ。蒼穹の目で敵を見澄まし。
「チビ、いくよ!」
タイミングを合わせ左右に展開。息を合わせて攻撃を叩き込む。どうだ。カンブクラブが二人を見る。直後、大きな鋏が真上から振り下ろされ――
「させません」
堅い物同士が激しくぶつかり合う音と、静かな声。遥久の右手に纏う雷光が瞬く。全ての盾であれ。展開し攻撃を受け止めたシールドはその証。
まだまだこれから。撃退士達は前を向く。
「来い、ストレイシオン」
C班の白兎が唱えると、蒼い魔龍が戦場に召喚される。戦場に響く鳴き声。その様子を、戦況を、召喚主は後方から具に見渡す。そんな彼へ飛んで来た堅い泡の攻撃をシールドによって防御したのは海。
「仲間に手出しはさせない」
凛と真っ直ぐ見澄ます先では、髪を金に光纏を赫に染め上げた茜が渇望の狂笑を浮かべる。
「あはァ……♪」
強い奴を切りたい。剣鬼変生。それは限定的な自己変革。肉を切りたい。華修羅の具現。踏み込んで、距離を詰めて、カンブクラブへと剣を振るう。その鋏に身を打ち据えられ切り裂かれようと、肌を鮮血に染めようと、地面に無理矢理脚を付いては躍り掛かる。
「どうしたの? まだまだ足りないよ!」
変革は切らさない。血に飢えた人斬りはケタケタ笑う。
「頼もしいな、支援するぜっ!」
「回復は任せてくれ」
そんな彼女を後方支援するのは御郁、紫苑だ。野獣の瞳を持つ彼は敵を切り裂く烈風を繰り出し、艶やかな優男は仲間を癒す風を放つ。
響く戦闘音楽。
「アイ義姉さんにシヅルさんもいるし、負ける気がしないのぜ」
「銀髪姉妹喫茶でも良くしていただいていますし、絶対に守り抜きましょう」
「よろしくお願いします」
靡く銀の髪。赤マフラーを翻しマシンガンを構えるギィネシアヌ、薄笑みを浮かべる神月 熾弦(
ja0358)、そして静かに頷いたアイリス・L・橋場(
ja1078)。D班の面子。
その直後に、ズンと響いた重い音はレフニーが召喚した無数の彗星による一撃である。
「ドカーン、なのですよ!」
神の兵士も発動済みで、彼女の属するD班の護りは万全。青白い靄状の光纏を輝かせ、烈風の忍術書を手にした少女はキッと前を見澄ました。
「さぁ、全力でいきましょう! 楽しい遠足のためにも! ……楽しい遠足のためにも!!」
大事な事なので二度言いました。兎角、やる気は十二分。
「先制攻撃DA! いっくぜぇえええええっ」
黒く輝く機関銃、紅く輝く光纏の蛇。ギィネシアヌが狙うのはレフニーのコメットによって重圧を与えられたデカクラブ達。引き金を引く。ぱららららっと小気味良い音が戦場を奏でる。
「ヒャッハー! 海のもずくにしてやるぜー!」
「もずく……? 藻屑、ではないでしょうか……」
「も もくずにしてやるぜーー! ヒャッハァー!」
ハルバードを振るいながらの熾弦の言葉に、マッハで言い直すギィネシアヌ。
そんな友人達の様子を、アイリスは紅瞳に収め。楽しそうだと思う。が、自分がそれに加わる事はない――Alternativa Luna。血の様な紋様の浮いた黒が顔を覆う。『感情を殺せ敵を殺せ』と自己暗示。湧き上る凶暴性。狂気。握り締める大剣。――塵は塵に。カンブクラブの猛攻を掻い潜り、掠め、踏み込み、叩き下ろす一撃。
「さぁ――ぶっ飛ばされてぇ奴から前に出やがれ!!」
拳を搗ち合わせ、開放した闘気に瞳をぎらつかせる島津・陸刀(
ja0031)が口角を吊り上げ言い放った。物理近接拳撃特化徒手格闘一本、文字通り『片っ端から』殴り伏せて殴り飛ばしてぶん殴ってゆく。拳の言う名の凶器。真っ直ぐ突き出された正拳突きにデカクラブの甲羅が粉砕される。
そうして殴り斃して屍で道を切り開いて。踏み込んだ。アイリスを相手に大鋏を振り回すカンブクラブへ。その一撃は重く、凶悪。掠めただけで皮膚がズタズタに裂けてしまう。
だが。
「しゃらくせぇええええッ!!」
鮮血よりも赤く熱いのは、叩き付ける拳。
「さぁ、ぶちかましてやるのですよ!」
「どうか、ご無理はなさらず」
そんな前衛二人を激励するのはレフニーが施す聖なる刻印、熾弦が送るヒールの輝き。
しかしワラワラと蟹の多い事、多い事。
「これだけ蟹がいて食えんとは……!」
「なら、倒すしかないな!」
E班。虎綱は奥歯を噛み締め、みちると菜花を護る様に立つ夢野はグレートボウを構えた。
「いざという時は、何時でも守りに入れるようにしなくては」
引き絞り、放つ弓。空を矢が切り、デカクラブの甲羅に突き刺さる。直後、その固体へ鱗剣を叩き下ろしたのは幸桜。確実に個々を撃破する為に。
「今日の僕は『本気』です!」
護る為。その気持ちを示す様に、白銀の光纏は桜色に煌いた。積極攻勢。刃を振るう。されど無茶はしない――仲間にもさせない。攻撃の手も、回復の手も、緩めない。妥協しない。
「はぁああッ!」
張り上げる声。堅い甲羅を削り割る音。それに奮い立たされる様に、みちるは凛と表情を引き締める。
「なんや多いなぁ、見てるだけでゾッとするわぁ」
ジャラリ。手の中で鳴らすは祈念珠。深呼吸一つ。
「――破ッ!」
練り上げた魔力によって作り出すは紫炎の刃、夢野の弓とタイミングを合わせて撃ち放つ。一直線。デカクラブを穿ち砕く。
「ナイスタイミング!」
「あ……はいっ」
返事をしたものの、声が裏返ってなかっただろうか……なんて思う程度には人見知り。それでも、みちるは頼もしい仲間達と奮闘する。
一方で、みちると同じく新加入組の菜花もヒリュウと共に戦場を往く。盾を構え、上空の仔龍に指令を飛ばして。
「……ヒリュウ、やって!」
きゅっ、と答えた龍がブレスを吐く。みちると菜花は仲間達が手厚く護り、その攻撃が届くことはない。見遣る視線の先。
「まとめて吹っ飛べェ!!」
虎綱が繰り出す、雷遁・雷死蹴。蹴り出した一閃は迸る稲妻となり、デカクラブ達を火花を散らし飲み込んでゆく。
「おらぁッ!!」
更にデカクラブを巻き込んだのは愁也が繰り出す発勁である。デカクラブの数は残り少ない。だがカンブクラブは3対とも健在だった、が。
「ちっとは骨がありそうだな……」
ギシネシアヌが構える銃に巻きついているアウルの紅蛇が八匹、銃口に潜り込む。紅の輝きが増す。狙うは茜とアイリスの斬撃に体勢を崩したカンブクラブ――そして。
「一気に殲滅してやる――喰らい尽くせ、紅弾:八岐大蛇!!」
撃ち出すは圧縮された八蛇、真紅の螺旋を描いて飛んで行く。それはディアボロの装甲に仲間が作った皹へと精密に着弾し、貫き、撃砕した。
されどまだカンブクラブは2体残っている。それが吐く堅い泡が広範囲に撃退士達を襲った。盾で防ぐ者、回避する者、或いは喰らってしまう者。
「よー、生きてる?」
「心配してくれてるなんて嬉しいわ。萌えた」
「……あぁ、元気そうで何より」
大剣を盾にした侑吾は苦笑を、アランはブレぬ台詞を、皓一郎は溜息を。
「大丈夫か? あんまり無茶はするなよ」
そんな彼らを傷を癒すのは龍仁が施す治癒の光。一方のアルバは泡の射程外を見極め逃れた事でダメージは受けていない。銀の焔を瞳に宿し、脚を蠢かせて寄って来たデカクラブへ狙いを定める。
「Take that!」
銃声。倒す。確実に。息を整え戦場を見渡す。その先では――轟と振るわれたカンブクラブの大鋏。撃退士達を吹き飛ばし、強引に踏み入り、泡を吐く。
「……っ!」
その先に居たみちるは息を呑んだ。迫る攻撃。駄目だ、直撃する――
「させる、ものかッ!」
刹那。自分の回復も差し置いて、夢野が強引に両者の間に割り込んだ。翳す掌。作り出す無音空間<サイレント>。灰色の歪みとして顕現した無音の盾が護り、防ぐ。
「大丈夫か?」
「は、はいっ」
「よし。此処は俺が受け持った、皆は安全な位置から!」
手には大剣、踏み込み一閃をカンブクラブの脚に叩き込む。怯んだその刹那、隙を見逃さずに陸刀が拳を振り被り跳躍した!
「ぶっ飛びやがれッ!!」
轟打。粉砕の音。身を砕かれた悪魔が倒れる音。
「あわせていくぞ」
残り一体のカンブクラブ。それを狙うのは、後衛の面々だった。白兎の声と同時、一斉に砲撃が行われる。魔法が、弾丸が、矢が。まるで一つの光線となった凄まじい輝きが抗う暇なく悪魔を肉塊に変えた。
「うっし、今の状況は、っと……」
銃口から立ち上る硝煙をそのままに一臣は広い視野を用いて索敵する。もうカンブクラブはいない、デカクラブも――龍仁が拘束しているもののみとなった。
「強羅! オッケーだ、やっちゃって!」
「分かった、ご苦労さん」
通信終了、さて。龍仁が振り返った先には皓一郎が大鎌を手に立っていた。頷く。返す頷き。そして彼は得物を振り下ろし――デカクラブ殲滅。
それを確認したアルバはロケット花火を三本、声高に空へと打ち上げる。
「たーまやー!」
爆ぜる音。その下で撃退士達は体勢を整えてゆく。
「大丈夫か、もう少しだ」
「頑張りましょう!」
龍仁と幸桜は近くの者に集まってもらって癒しの風を起こし、遥久、御郁、紫苑、熾弦もそれぞれの治癒術で仲間の傷を治療する。
「うーん、緊張するなぁ……どんくらいでかいんやろ」
「まぁ何とかなるって」
シルバーマグを手遊びにいじる友真の頭に一臣はポンと手を置いた。その近く、同班の遥久は溜息を吐く様に愁也へ言う。回復も無限ではないのであまり無茶はしないように、と。まぁ言っても無駄だろうと半ば諦め混ざりだが。
「大丈夫だって!」
そう言って彼は笑う。そうくるとは予想済みだったけれど。
「チビ、お疲れ」
悠人はヒリュウの召喚を解除し、脳裏に回路を思い浮かべた。
「――おいで、エルダー」
蒼風のオーラが揺らめき、現れるのはストレイシオン。寄せられる顔の頬を撫で、召喚者は賢竜と共に水面を見遣った。誰もがそうしているように。
そして。
「来る……!」
海が声を発した、直後。水面が不穏に揺れたかと思いきや。派手に水飛沫を上げて、巨大な化物蟹――ボスクラブが現れた!
「!!」
誰もが身構える。ある者は緊張、ある者は歓喜、ある者は沈着。
巨体に見合う鋏が物々しい音を立てる。悪魔の視界に映るは、総勢25名の撃退士達。
「……ふむ」
一方、遠方から生徒達を見守っていた棄棄は顎に手を添える。その顔は何処かワクワクとしていた――実にグッド。そんな感想。この多人数で作戦の齟齬も無く、それでいて整っている。生徒がピンチになれば援護程度は行おうかと思っていた教師であったが、彼らのチームワークを見ていると逆に手を出すのが勿体無く感じられた。
遂に現れたボスクラブであるが、それが引き連れる部下はもういない。撃退士の作戦勝ちだろう。
とあなれば、あとは戦って――勝利するのみ。
「さぁ……行くぞ、皆!!」
夢野の声を切欠に、鬨の声。前衛手達は武器を手にボスクラブへと果敢に挑みかかって行く。
「全力で、叩っ斬ってあげるよ!」
海のアウルディバイドによって、茜は再度の剣鬼変生。刃に込める気。膂力を爆発させてボスクラブ左側の脚へ振り抜いたその技は、堅牢な相手と戦う為に編み出された技。内部より破壊する一撃。
「喰らえッ!」
「はっ!」
立て続けに御郁が放ったのは蒼い刃、ブレスシールドを纏った海の繰り出す槍の一突きと共に茜が切りつけた箇所へ追撃する。
同じくボスクラブの左側を狙うのは白兎のストレイシオン、陸刀、ギィネシアヌ。蒼龍の魔弾とギィネシアヌの弾丸が飛び、陸刀は一直線に駆ける。が、黙ってやられるボスクラブではない。凶器そのものの四本鋏を大きく振り回し、叩きつけ、前衛の撃退士達を丸ごと吹き飛ばしてしまった。ボス、という呼び名に相応しい凶悪な重撃。
「……へっ、面白ぇ……!」
投げ出され、砂地に叩きつけられ。しかし跳ね起きた陸刀は口元から垂れる血を拭い、闘気を漲らせて立ち上がった。怯みのひの字も無い、怖気のおの字も無い。
「これっぽっちで倒れるかよぉおおッ!!」
徹底肉薄、徹底攻撃。戦意の昂ぶりにオーラの炎は激しさを増してゆく。
「貴様が餌になれェ!」
「炸!」
裂帛の声と共に虎綱が繰り出す雷遁、みちるが放つ炸裂符。着弾し、火花を散らす。確実にダメージは与えている――が、矢張り強敵。アストラルヴァンガード達が放つ審判の鎖を鋏の一閃で薙ぎ払うや、広範囲に吐き出す毒泡。
「っ………口から水鉄砲とかするんでしょうか?」
なんて、レフニーの呟き。戦場を見渡し、負傷した仲間へ『おまじない』を。
「痛いの痛いの飛んでいけ!」
小さな光が、ギィネシアヌをその背に護る熾弦の傷を癒してゆく。
「シヅルさん、大丈夫……?」
「大丈夫、へっちゃらです」
防御は得意なのだと、柔らかく笑んだ。
「危ないっ!」
一方で幸桜もその身と盾を呈して菜花を護った。次手にはもう踏み込み、彼は鱗剣を振り上げる。
「肉を切らせて脚を絶つです!」
脚の関節を狙い、叩き切るカウンター。それに続き、アランが斧で薙ぎ払う。
「可及的速やかに失せろ、俺は浜辺を楽しみたい」
ぶつける鬱憤。至福の時間を減らすなよ、と。それを援護するのはアルバのストライクショット、皓一郎の防壁陣。侑吾も大胆に踏み込んだ間合いからスマッシュを繰り出した。
「気張れよ、お前等!」
龍仁の癒しの風が仲間を鼓吹し、立ち上がる力を与える。薄れる痛みにホッと息を吐きつつ、悠人は相棒に声をかけた。
「エルダー、大丈夫?」
頷く賢竜。ならば頑張ろうと二人は息を合わせて攻撃を繰り出した。
「……一旦戻って! ヒリュウ!」
傷付きながらも菜花は召喚を解除し、盾拳を構える
「大丈夫……ランタンシールドの装甲で防げる攻撃だと思う……の」
暴力のままに振り回される鋏。舞う血風。
「ホンマにボスでかいな……!」
されど抗う。友真の回避射撃が、レフニーがボスクラブ足元の砂めがけて放った魔法が、攻撃の軌跡を逸らす。侑吾、皓一郎、遥久、海、熾弦、幸桜の盾が仲間を護る。或いは戦場を飛ぶ癒しの光が。後方から張られる弾幕が。最前線で振るわれる刃が拳が。
無傷な者はいない。されど、倒れた者もいない。
意識を刈り取られたものも仲間が庇い、治し、すぐさま立て直す。
まだ戦える。戦える!
「「はぁああああッッ!!」」
愁也、茜、アラン、陸刀、四人の阿修羅が繰り出す強烈な一撃が決まる。そして、お返しと言わんばかりにボスクラブの攻撃が撃退士達を苛む。
「ふぅ、落ち着け……」
ミュージックセラピー。脳内再生される音楽の力で気を循環させ、夢野は自らの傷を癒してゆく。見据える先。左右、正面に分かれて攻める仲間達。鮮やかな成果は未だ――いや、少しずつ。少しずつ。徐々に蓄積したダメージに、ボスクラブの動きが僅かに悪くなり始めていた。
「あと少しだ!」
声を張り上げ、剣を手に、振るう一撃。白兎のストレイシオンが攻撃を放つと同時、みちるは吸魂符を放った。
猛攻。そして遂にボスクラブの片鋏が砕け散った。バランスが崩れ、不完全な一撃は守護者達の盾が弾き返す。悪魔の蠢く口。それに攻撃の予兆を感じ取った遥久が仲間達へ警告を発した。
「毒泡が来ます!」
「オーライ、ありがと! 友真!」
「はいはい! 踏台宜しく!」
一臣がしゃがんだ同時、走り出した友真がその背を踏み台に飛び上がった。ボスクラブの装甲の上。零の距離。一臣も片膝をついた体勢で銃を構え悪魔の口を狙う。精密殺撃、クイックショット。重なる銃声。砕ける装甲。怯んだ刹那にボスクラブを縛り上げたのは遥久の審判の鎖だった。
「――」
アイコンタクト。パルチザンを手に走り出す愁也。
「これでも、」
振り上げ、そして。
「喰らえッ!!」
全力を持って、薙ぎ払った。その意識を刈り取る程に。
あと一押し――そして絶好の機会。
「行くぞアイリス!!」
「――はい」
戦場を駆ける赤、陸刀とアイリス。戦気を赫く揺らめかせ。
振り被る拳――赤いアウルの圧縮が重ねられてゆく。
振り被る大剣――暗赤の陽炎と漆黒の影が刃と腕に纏われてゆく。
距離は零。
攻撃の瞬間は――今!
「砕・け・散・れェエエッッ!!!」
紅咬牙。Lumina Lunii。月が煌く中、燃え盛る獅子の顎が牙を剥く!
「――!」
それは悪魔の断末魔すら飲み込んで、粉砕した。
ずん、と装甲どころか体に巨大な風穴を開けたボスクラブが遂に沈黙し……
戦いは、撃退士達の勝利で終わった。
「……」
勝った、と。見届け。ふらり。アイリスの上体が揺れる。Lumina Lunii、この一閃は彼女の全ての力を注ぎ込んでしまうので使用後は動けなくなってしまうのだ。
「アイ義姉さん!?」
「アイリスさん……!」
倒れそうになったアイリスを受け止めたのは、ギィネシアヌと熾弦。
「……大丈夫ですよ、お疲れ様です」
ほっと、息を吐いたのだった。
そこへ教師が現れる。戦い終えた生徒達の頭を撫でたり背を叩いたり、ぐるりと皆を見渡して。
「お疲れ様だぜ、諸君! 頑張ったな!!」
●楽しい遠足!
さぁ後は楽しく遊びたおすだけだ。世間一般で言う遠足だ。
疲労やなんやらも楽しい遠足の前には吹っ飛んでしまった。傷の手当も終わり一休憩を挟めば、次第に花咲くは楽しげな声。
「何とか無事に終わったな。お疲れだ」
龍仁はA班の者達に労いの言葉を投げかける。顔には笑み、手には酒。へぇ、と侑吾は興味を示し頷いた。
「戦闘で疲れたし……賛成」
皆も頷き、そして始まる楽しい飲み会。但しアルバが持つのはコーラで、その隣に陣取るアランもそんな彼に合わせてアルコールではなくコーラである。
「カンパーーーイ!!」
アルバの一声、お疲れーと労い合う声。胃に染み渡る一口。秋の涼しい風に吹かれ、海を眺めながらと言うのも悪くない。
「カニを肴にだったら上手いのにな……」
「カニカマならmogmogできるぞ!」
テテーンとアルバが取り出すカニカマ。皆で食べよう。おいしいカニカマ。
「折角飲めるメンツだしよ、飲み比べすっか」
「飲み比べか……偶にはいいな」
「面白そうだな」
皓一郎の提案に龍仁、侑吾が乗った。男三人、仁義なき戦い。
そんな一方で、アルバは作戦で使用したロケット花火を準備して。
「ロケット花火は人に向ける物!」
イエア!楽しい仲間がポポポ略ポーン!花火によるストライクショット!アランに命中!
「何だよ、構って欲しいのか?」
しかしアランは動じない!
「お前の愛だろ、花火は。全力で受け止める」
「はははFu○k★」
思わず中指立てちゃいました☆
そういう訳で、アランは皆に海水をぶっかけてみる。そういうわけってそういうわけだ。知らん。紳士的なサムシング。
「水も滴るイケメンだな、好きだぜ」
然し背後に立つ影。先の一撃を華麗に躱した皓一郎。手には巨大水鉄砲。中身はピンク色の砂糖水。ぶしゃーーー。
「あァ、カートライトは特別待遇で……ウレシイ、だろ?」
「惚れそうだぜ。いや、もう惚れてた」
「アランさんは相変わらずだなぁ」
ボトボトになりながらも肩を竦める侑吾だった。
「疲れたな。蟹のせいで、腹へったかも」
「しかし、なかなか斬新な遠足です……」
後片付けをしながら呟く紫苑に、熾弦は苦笑を浮かべる。その視線の先では、
「お疲れオミ〜」
オミーの背中にまふっと棄棄が跳び付いた。おんぶの姿勢。頭をわっしわっしと撫で回す。
「うおっ、どったのセンセ」
「ん〜? いや、頑張ってたから褒めてやろ〜ってナ」
ニコリと笑む。
「そういうわけでオミー。スクワット100回」
「えっ」
「冗句だよ、スクワット30回。目指せムキムキインフィル」
「前衛的だね……っ!」
ぶわわっと絶望。
「加倉は本当に先生に愛されてるな」
そんな弄られを微笑ましく見守る遥久であった。そして無駄に棄棄に撫で回されるオミーであった。
「あ、遥久さん追試ではお世話になりました!」
そして遥久に頭を下げるおのゆうま。おのゆうまって語呂が凄く良い。それはそうと、お昼ご飯にしましょう。そんな遥久の言葉に賛成の声。一人の者も誘って、和気藹々。
「お腹減ったのです……」
レフニーは自作弁当を広げてゆく。班員やその他メンバーに配れる様大量に。
「うちも、お弁当作ってきたんよ」
誘われた――みちるもその一人。はにかみながら広げる手作りお弁当。定番のおかずが多いが、味付けは関西風だ。レフニーをはじめ、皆のお弁当のおかずと交換して、楽しみ合う。
「お疲れ様。そして……どうかよろしゅうね」
「こちらこそ、よろしくなのですよ」
そう笑顔を交し合って、そんな隣。
「おうよ、よろしく! 頑張ってたな、偉いぞ!」
いつの間にか先生が。もぐもぐとみちるの作ったお弁当を食べている。
「ウン、美味い。みちるお前、将来良いお嫁さんになるな!」
ビックリしている少女の頭を、棄棄は笑顔で優しく撫でる。はわ、みちるはと思わず顔を俯けるも、実はちょっと嬉しかったり。
和やかな午後。柔らかな日差し、涼しい風、波の音。
「せんせー、蟹食べ放題ツアーはまだですかー?」
「ふふふっ、良い子にしてたらいつかあるかもな」
茜の頭をぽふんと撫でた棄棄の一方。
「お疲れ様ー、さー遊ぼー!」
わぁいと走り出す友真。そんなこんなでレフニー、ギィネシアヌ、友真で砂のお城を作り始める。のんびり貝殻を拾いながら見守るのは、アイリス。
「目指せ大阪城!!」
「やってやるのぜー!」
楽しげな声が聞こえてくる。それから、皓一郎が奏でる楽器。昼食を終えた愁也は遥久に寄りかかってまったりと微睡みに身を任せていた。
辛勝を収めた前回の遠足――今回はそのリベンジが目標だった。自分なりに果たせただろうか。果たせた、と思う。満足感に息を吐いた。お疲れ様、と遥久の声を聞いた様な気がした。
そして、日も傾いてきた頃。
「先生ー、記念写真撮ろー!」
デジカメを手に友真が駆けて来る。途中で転んで絶望したが、教師はそんな彼の手を掴んで引き起こし。
「いいな、ナイス友真。よっしゃそれじゃ総員集合!!」
教師が声を張り上げて、並ぶ生徒。遠足宛ら。そうこれは遠足なのだ。
そしてフラッシュの白。
写真の中には、笑顔。
撃退士達の楽しげな声は、今暫し秋の浜辺に響き渡る――
『了』