●先ずは顔見せお手合わせ
高く青い冬晴れの空である。一際広い屋上には既に教師が待っていた。「早かったな、感心感心」と。
「さぁ、練習練習!」
練習として真剣に、挑むは体力の限界。レスリングのコスにTシャツ、グローブとキック用シューズをキチンと装着した與那城 麻耶(
ja0250)は好戦的にうきうきと表情を綻ばせながら屈伸運動。有意義な練習となる様に全力を以て。プロレスで鍛えた引き締まった体躯が青空に眩い。肩も回して準備万端だ。
「対人……楽しみだねえ」
くすり、穏かとも薄笑いとも取れる音を咽の奥で鳴らした常木 黎(
ja0718)が選んだ得物はゴム弾銃にゴムナイフ。実際の銃やナイフと殺傷力は天と地の差だが、良く作り込まれているものだと感心する。
防具も装着し――サテ。見渡せば、9人の仲間達もちゃんと先生の指示通りプロテクターを装着している。
「胸がきついですねー」
なんて、のほほん。アーレイ・バーグ(
ja0276)の柔和な童顔とは対照的に発育したIカップオーバー。まさに『はちきれんばかり』の巨乳である。それを押し込めるプロテクターの息苦しさにフゥと息を吐いて模擬長刀を手にする。
「体捌きの練習も必要ですが……流石にダアトの参加者は私一人ですね」
困った様な苦笑。模擬戦である関係上、得意の魔法は使えないのだが……体術の練習と割り切ろう。
「後衛職だが、こういうのに参加したバーグは先生偉いと思うぞ!」
頑張ってな。と、先生も言っている事だし。軽く準備体操。
「有意義な時間にしたいから、準備はしっかりしておかないとね」
常の落ち着いた声で、鈴碕 優莉(
ja0462)は手にした模擬槍とプロテクターのチェックを行っている。当然自分だけでなく仲間も見渡し――「君、背中の留め具が上手く留まってないよ」等と。
槍の他にも模擬ナイフをベルトで太腿に装着。楽しみと、僅かな緊張――良い時間になると良いな。
「どうせやるなら勝ちに行かないとな!」
授業とはいえ勝負。こういうのは押して押して押し捲れば勝てるはずさ、と天津風 刻哉(
ja0123)は待ち切れないと言わんばかりに竹刀の素振りを行って。瞳は凛然、目指すは勝利の一点のみだ。
傍らで聞こえた「勝ちに行く」との声にフムと頷いたのは領原 陣也(
ja1866)、アーレイと同じく後衛職だが『狭く遮蔽物がない状況での遠距離攻撃職の戦い方を模索する』という個人目標の下、静かなやる気に満ちている。
(最終的には、チーム関係なく互いを高めあう事が出来れば、それが理想的だが……)
何はともあれ、有意義な時間にしたいものだ。
「形式的にといえ、敵対関係となった以上、遠慮は不要だ」
右手にはゴム弾銃、左手にはにオープンフィンガーのグローブの変則スタイル。
鍛練と腕試し――施条銃を手に、大神 直人(
ja2693)はフゥと深呼吸。皆、やる気満々だ……自分も頑張らなくっては。
そんな直人に軽く手を差し出したのは片手模擬剣と模擬の投げナイフで武装した水無月 湧輝(
ja0489)。堅物な雰囲気を漂わせるものの、性根は真剣真面目そのものにきちんと挨拶を。
「……今日はよろしく頼む。良い模擬戦にしよう……」
「あ、うん……こっちこそ、よろしく」
しっかり握手。
その一方で金鞍 馬頭鬼(
ja2735)はヘッドギアを取り付けつつやや不安げに息を吐いた。
「対人の訓練か……まともに喧嘩すらしたことないのに大丈夫かなぁ」
依頼を解決する為、ルールを守り互いに手合わせをする事。手合わせをして様々な事を学ぶ事。目的を胸に、緊張を和らげる為にも先生の傍に置かれていた救急箱の中身を点検。
「大丈夫、先生ちゃんと揃えてきたから心配するな!」
頑張ってな、と先生にヘッドギアごと頭をわしわし撫でられた。
(別に命をやり取りするわけでなし、適当に楽しもう)
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)はペルソナの笑みを浮かべつつ少女と見紛う細やかな四肢を軽く伸ばして準備体操。彼は技能向上云々と言うより、純粋にスポーツとして楽しむつもり満々である。模擬警棒を手にぐっと伸びをした。
訓練の為、腕試しの為、勝利の為、楽しむ為、技術の為――十人十色の目的だけれども。
「良し皆、準備は良いか?」
肩に竹刀を担いだ刻哉が声を張る。勿論と返す者、静かに頷く者。
「っしゃ、そんじゃおっ始めようよ!」
麻耶もぐるんと肩を回し、皆と集まる。正々堂々。握手して、皆で声を合わせた――
「宜しくお願いします!」
●シュギョー其之壱:殲滅戦
打ち合わせ通り、A班とB班に分かれ殲滅戦タイプの模擬戦を行う事になる。
A班には刻哉、麻耶、馬頭鬼、アーレイ、陣也。
B班にはエイルズレトラ、優莉、湧輝、黎、直人。
「それでは正々堂々、始め!」
先生が号令をかけた瞬間の直後。
「授業だからって俺は手は抜かないぜ!」
試合が始まるや否や、竹刀片手に勢い良く吶喊したのは刻哉、鬨の声を上げるその視線の先には模擬槍を構える優莉が居た。
「いくぜー!」
「おっと」
大上段から力の限り振り下ろした刻哉の竹刀と優莉が水平に構えた槍が激しくぶつかった。それを切欠に各々が動き出す――しかし刻哉は取り敢えず目の前の優莉に標的を絞り、更にもう一度打ち付けて押し切らんと竹刀を振り上げた。フェイントなどは使わず防御のことは考えず、取り敢えず攻撃一辺倒で押して押して攻めまくる心算である、が。
「隙ありいっ!」
スパコーーン、一瞬の隙を突き、エイルズレトラの警棒が刻哉を強かに打ち据えた。完成と笑顔。やったなぁと顔を上げた刻哉へ、今度は優莉が攻め込んだ。
「魔法使って良いなら後衛で頑張りますけどねぇ……」
肩を竦めてぼやいてみせるのは、直人の弾丸をしゃがんで躱したアーレイ。「魔法は駄目だぞー」との先生の言葉に「はぁい」と返事を、さて本職と射撃でやり合っても勝負にならないので前衛のサポートをしよう。自分に出来る事を無理なく怪我無く。
「気楽にいきましょう!」
魔法無しのダアトなど戦力外、なので暢気に。勿論手抜きをする気はさらさらないが、実戦風の練習にはなりそうもないので体育の補習授業的気分で――そんな彼女のヘッドギアを掠めたのは湧輝の投げナイフだった。
「……一瞬とはいえ価値があるとは思うがね……」
言いながら、冷静に次のナイフの狙いを定める。半歩下がるアーレイ。
「う〜……」
「大丈夫怯むな、支援する!」
しかし直後にアーレイ属するA班後方から放たれた援護射撃、陣也である。
「落ち着いて対処すれば、問題はない」
行ってくれ。手早くゴム弾をリロードしながら言う陣也におうと答え麻耶は猛然と地を蹴った。
「一番槍は任せた」
「任された!」
突撃系前衛。実戦でプロレス的な動きがどこまで出来るか――逆にプロレスをどこまで実戦に耐えられるレベルまで昇華できるか。うん、気合い入れて練習しなきゃね!
「っしゃおら!」
開幕はやっぱり、ダッシュからドロップキック!……だったのだが、エイルズレトラに躱された上に黎の弾丸がプロテクターを穿つ。優莉が刻哉と打ち合っていたので追撃を貰わなかったのが僥倖か。
「……恐れないこと……それが生き残るために重要だ……」
更に投げつけられるゴムナイフ、エイルズレトラの一撃。それを交差させた腕で防ぎ、或いはヒットして――それでも麻耶は好戦的に笑んだ。当たっても効いてないアピールで耐える。陣也、アーレイが援護してくれる。
「それっぽく言えば擾乱攻撃、ぶっちゃけるといやがらせですよね」
脚を掬う様なアーレイの攻撃、飛び退き躱す湧輝。
「……戦場に長く居続ける……これも戦闘の要則だね……」
黎の援護射撃を受けながらさらに後退。
「っくー、良い攻撃もらったな……」
麻耶のプロテクターに伝わったばかりの衝撃。それでも、猛攻を突っ切ってもう一度ドロップキック。ガードするエイルズレトラ。
「まだまだぁ! どんどん行くよ――組み付けたらこっちのモンっ! 」
耐えて、耐えて、耐えきった。組み付いた。
今度はこっちの番、渾身の一撃。
「いっくよー! コレでフィニッシュ! デスバレーボム!!」
美事な技に「おぉ恰好良いな〜」と先生は拍手。
「お、お手柔らかに……うわぁ、」
まだ撃退士になって間もないこともあって実戦経験が少なく、まともに喧嘩をしたこともない馬頭鬼。容赦のない射撃の嵐にタジタジである。それでも頑張って防御することに専念し、生き延びることを考えて。
「悪いけど手加減出来るほど器用じゃないでね――JACKPOT!」
そんな馬頭鬼を穿ったのは直人のゴム弾だった。テンションが上がって普段より強気である。フゥと息を吐いて半歩下がろうとして……その隙だった。
「そこだっ」
「うわ!?」
陣也の弾丸が脚のプロテクターに。崩れるバランス、嗚呼――
むに。
「あぁッ!?」
直人の手が、嗚呼、嗚呼何という事だろう――先生(40代のナイスミドルだ!)のお胸に。パイタッチだ。
「その悪気があったわけじゃないんです。ほんとごめんなさい!」
「女の子じゃなくって悪いなぁ〜はっはっは」
女の子ならビンタものだったろう。先生にワシワシ頭を撫でられた。
(やわらかくなかったなぁ〜……)
触った後の脳内回想。ションボリ。
●シュギョー其之弐:個人戦
「……潮時かな」
弾む息を整えながら黎は周囲を見渡した。誰もが自由に動く・後衛を狙うと考えていたので正に文字通りの混沌とした『乱戦』模様、そして誰もが息を上げている――パン、と黎は手を叩いた。
「はーい、一旦お終ーい」
その声にヤレヤレと武器を下ろす者、肩で息をしながらもまだ戦いたそうにしている者、疲れて座り込む者。それを横目に黎は目暗まし作戦として投げ付けた上着を拾い、ヘッドギアを外し、教師の傍にて柵に凭れた。先生が用意してくれたタオルで額の汗を拭う。
「あんたの射撃の腕、中々だった――勉強になった」
彼女の傍でスポーツドリンクを片手に陣也が言う。そのまま容器を置いて模擬銃を握り直して歩き出したのは仲間に個人戦を申し込まれたからだ。そうかい、と。薄く口元に笑みを、何となくゴム弾銃の整備でもしながら。
一方で馬頭鬼は相手の攻撃の良かった点や自分のミスなどをブツブツと、個人戦を始めた仲間を見詰めつて色々と学ぶべく。直後に刻哉に個人戦を申し込まれ、たじろきつつも腰を上げたが。
「ファイトですよ〜」
アーレイはのほほんと応援を。
「できる限り……経験を積む必要があるからな……」
個人戦真っ只中、湧輝の視線の先には軽いフットワークで己が投げナイフに対抗してくるエイルズレトラ。どちらも相手の隙を窺い、緊張の空気が張り詰めている。全身の神経を研ぎ澄ませ、瞬きをしている暇すら無い。じり、じり、と間合いを測る。相手の次の手を読まんと。
「行くよー」
「来い……」
トリックスターVSトリックスター。
「休憩中でも、やれることはやっておきましょうか」
長く息を吐いて吸って、模擬槍を構える優莉。その真っ正面から勇猛果敢に猛然とダッシュしてくるのは麻耶。
「っしゃーおらー!」
「おっと……!」
物凄い瞬発力から繰り出されたドロップキックを槍で何とか受け流す。バックステップ、間合いを取る。
(最終的には長物を主な武器にしたいから、今の内に立ち回りの練習もしておきたいものね)
頭の中では先の手合せの反省点。それを意識し、くるんと槍を構え直した。良い機会だ。
「まだまだ行くよー!」
「よろしく……!」
異種格闘技戦……プロレス少女の胸も躍る。間合いが全く異なるからこそ面白い、払われる槍を鋭く躱した。地を蹴った。
「貰ったー!」
「くっ……まだまだ!」
直人と陣也は後衛職ながらも銃を使った格闘術による接近戦の手合わせを。同じインフィルトレイター同士通じる者があるのか、射撃せずともその表情はイキイキとしている。
直人はナイフで、陣也はグローブで。切り払うのを裏拳で払い、銃床で狙う。相手のヘッドギアを掠める。パッと開く間合い。搗ち合う視線。フェイントも降りませ、いざ。
「やるなぁ〜」
そうお目にかかれない射手のガチバトルに先生も興味深げに見守っていた。
「おらぁ!」
「うわぁ!?」
「おらおらーー!!」
「うわーーーー!!」
馬頭鬼は刻哉の気迫に圧されていた。小細工は一切無し、それ故に力強い攻めの展開に防戦一方である。
「攻めて! 攻めて! 攻めまくるぜぇええうららららーーー!!」
「わぁあああちょっと待ってーーーー!!」
ほどほどにな〜、先生の苦笑。
●お疲れ様
そうして日も暮れてきて。空は橙。疲れ切ってはいるが、満足気な表情の生徒達に先生も満足そうだ。
「やー、修行って良いよね!」
いい汗かいた、とタオルで顔を拭い麻耶はにっこりと満面の笑み。それから個人戦に付き合ってくれた優莉へ、新しいタオルを投げ渡す。お疲れ様、と。
「ありがとうございます。……お疲れ様」
クールタイプではあるものの、日々を楽しく過ごしたいと思っていたり、人には優しくあろうとしていたりで割と普通の女の子。ちょっとはにかみながらもちゃんとお礼を。
「ありがとうございました!」
アーレイも皆へキチンと一礼。特定の武術の練習ではないけれど礼儀は大事である。彼女を始め、誰もが互いを労い合った。
さて、片付けを始めようかというそんな時。直人が一つ提案を。
「最後にちょっと……皆で意見交換しませんか? すでに戦闘系の依頼に出てる人から実戦での話を聞けたらいいなぁ、なんて」
反対する者は居ない。それじゃ片付けながら、と始まる反省会に意見交換会――しばらく屋上から賑々しさは消えないのだろう。
『了』