●なついあつ
夜とはいえ8月、むっとした暑さが肌に纏わり付く。
暗い彼方に目を細め、馬鹿だねぇ、と常木 黎(
ja0718)は呟いた。
「天魔で我慢してれば良い物を……ま、お陰でこうして仕事にありつける訳だけど」
「報酬もないのに、何故人が人を殺すのやら……」
誠に狂人の考えは理解できぬと天野 声(
ja7513)も眉根を顰める。
「まったく……力の使い方を知らない阿呆はこれだから困るわねえ」
長吁と共にヨナ(
ja8847)もやれやれと肩を竦めた。
撃退士達が向かう先に待ち受けるのは、血狂った宴。
持て余された暴力の遊び。
ギィネシアヌ(
ja5565)は湧き上がる感情に拳を握り締める。その白い指が更に白む程に。
元来臆病な気質を携える彼女なら、恐怖に震えていても可笑しくは無い。だがその手は慄く事なく、瞳は鋭く前を見据えていた。
今ギィネシアヌを突き動かしているのは、恐怖すら凌駕する程の怒りと悲しみ。
それは猪狩 みなと(
ja0595)にも共通する部分があった。普段は面倒見の良く明るい彼女だが、その表情は羅刹の如く烈火の感情に染まっている。
――もやもやする。むかむかする。もうぐちゃぐちゃだ。
(全員、助け出してみせる)
現実はそんなに都合良くできてないのは知ってるけれど、でも。
人の命を『仕方ない』なんて言葉で片付ける事にはしたくない。
やがて聞こえてくるのは哄笑、そして、嗅覚を刺す血腥さ。
「……ろくなもんやないな」
赤い。赤い。助けを請うて泣き叫ぶ声と、それを踏み躙る笑い声。嫌悪感露わに宇田川 千鶴(
ja1613)は眉根を寄せる。
「……楽に終わらせてなるものか。生け捕りにする。してみせる」
イライラ・不愉快・不機嫌――焼け爛れ、真っ黒く焦げつく思いを抱き、字見 与一(
ja6541)はただ呟いた。
そんな撃退士達の殺気、存在に気が付き、覚醒者達が振り返る。目が合う。笑った。撃退士達の様子から只ならぬ存在だと、『同じ力を持つ者』だと、察したのだろう。新しい獲物だ、と。叫んだ。ブッ殺せ、と。
上等だ、受けて立とう。
そう云わんばかり、ショットガンを担いだ十八 九十七(
ja4233)が一歩。
「出てくる季節をお間違えです事よ、■■■■共さん方」
夏の陽気に釣られた気狂いが暴れているならば、『正義』は即座に参上せねばならぬ。
突き立てた親指は下へ。宣戦布告。同時に、開戦の合図。
●燦々惨劇
――先生様……人は何故、法を犯すのでしょうか。秩序を乱すのでしょうか――
――法を守り、秩序を尊べば……皆、平和に過ごせる筈なのに……何故――
転送装置に向かう直前、振り返った夏野 雪(
ja6883)は教師に問うた。
法を守るは当然で、秩序を尊ぶのも常識で。これらを犯し、乱す存在が理解できないのだ。
「すまんね、そればっかりはこの俺にも分からねぇ」
だが秩序とは遍く守らねばならぬ。
教師に背を押され、彼女は一歩踏み出した。
そして、踏み締める砂浜。構える盾。
視線の先には4人の狂人――全て、等しく、粛清対象。
「人の形をした異物。秩序を乱すモノは全て……粛清する!」
雪はありったけの膂力を脚に込め、地を蹴って吶喊する。狙う先はイチノセ。全力疾走、鋼の突撃。
「粛清だァ? ハッ、良い子ちゃんぶって楽しいってかブヮーカ!!」
「その下卑た口を閉じろ、血に餓えた獣め……! 私が相手だ!」
「面白ェ!」
笑う言下、己が力を強めたイチノセが力の限り金属バットを叩き下ろした。ガァン、と堅いモノ同士が強烈にぶつかり合う音。力と力の拮抗。
「ッ……はぁアッ!!」
屈してはならぬ。『盾』は砕けてはならぬ。気迫と共に力尽くで圧し返せば、イチノセが後方へ大きく飛び退いた。
「よぉ、俺も混ぜてくれよスイカ割り」
そこへ鋭く間合いを詰めたのは声、黒鎖を纏う回し蹴りで薙ぎ払う。手応え。だがその意識を刈り取るまでには至らず、反撃の轟打が衝撃波を伴って声と雪に襲い掛かった。
ぐらりと脳が揺さぶられる。全身を痛みが打ち据える。攻撃型、と言われた通りの破壊力だ。
それでも声は口元の血を拭い、きっとイチノセを睨み付ける。
「正直俺はお前らのやってることが別に悪だとは思わないよ」
「は? じゃあ何で来たのお前? セイギノミカタしにきたんじゃねーの?」
「種を殺すときは逆にその種に殺される覚悟を持っておくべきだ。わかるな?」
「何で俺がお前の理論を『分かる』必要があるんだよギャハハハハ!」
再度振るわれる凶悪な一撃――だがそれは、黎がその腕目掛けて放った弾丸によって僅かに威力が弱められた。
「西瓜ってか柘榴よね」
シルバーマグWEから立ち上る硝煙の奥、目豹の鋭い瞳。軽口を叩きつつも現場を把握し、その背には埋められた一般人を護る――しかし良心ではなくプロ意識。
故に。故に、その視界内、先のイチノセの衝撃波で頭部を跡形も無く吹っ飛ばされた一般人を見て、一つ吐息。可哀想だとかは思わないけれど『依頼完遂が最優先』である彼女にとっては喜ばしい事でもない。
再度狙う、照準。
「た、た、助けてくれ!」
「いやぁあああ死にたくないいぃいっ」
パニック状態、ひっくり返った声、泣き叫ぶ声、助けを求める声、声、声だ。鼓膜を掻き毟る。目の前でいきなり超常の戦いが繰り広げられれば尚更だろう、ましてや現れた彼等は自分達を助けるのではなくあの狂人を相手にしている――結果的にそれが一般人を救う事だと撃退士達は思っているのだが、恐慌状態の一般人にとっては『早く助けて』『早く安全な場所に連れてって』という気持ちの方が先走っているのである。
「すんません……直ぐ助けるんで……目ぇ閉じといてっ」
駆け抜けつ、千鶴は瞭然と声を放った。果たしてマトモに聞き入れてくれる精神状態の者は何人いるか。それでも藁にも縋る思いで彼女の言葉に従い、顔面蒼白になりながらも目を閉じた者もいた。
一般人には最大の配慮を。これ以上の惨劇をせめて視界に入れずに済む様に、心の傷が少しでも小さく済む様に。それが千鶴の思いだった。
さて、自分も戦わねば。
「……よろしゅうねっ」
「支援は万全ですの!」
後方にてショットガンを構える九十七を信じ、千鶴は影をも絶つ速度で一気にサンダへと間合いを詰めた――速疾鬼・羅刹、吹き上がる銀と黒の気魄と共に宛ら韋駄天の如く。先手必勝。忍刀・雀蜂を振り払えば、銀混じりの影がサンダの腕に絡みついた。かと思いきや、寸での所で振り払われる。
「今度は俺の番だな!」
振り上げられたバールもまた、纏うのは束縛の闇。鷹の目によって高められた命中精度で、千鶴の頭部を粉砕せんと――
「『ハズレ』ですの!」
刹那に火を吹いたのは九十七のショットガン、放たれるビーンバッグ弾がサンダのバールに腕にブチ当たる。軌道が逸らされる。
その一瞬の隙、身を翻して一撃を回避した千鶴は再度影縛の術を行った。
「鬱陶しいねん、じっとしとき」
敵と同じ畜生に成り下がりる気はないので殺害はしないが、容赦無く叩き潰してやる。絞め付けるのは温度の無い影。絡む黒に呻き声を漏らしたサンダを狙うのは九十七の銃口――放たれたのは眩い光を放つ特殊弾、E・ブリーチング弾。命中と同時に飛び散る光。冥界寄りのサンダにとっては手痛い一撃。
ナメてんじゃねーぞ。叫ぶ声、拘束を振り解いて襲い掛かる。
「……頭の中腐ってやがるな。言い訳なら檻の中で聞いてやる。
がその前に、てめーらは半殺し、いや2割増で叩き潰してやるぜ……」
「ちょっとキツめのお灸が必要かしら。覚悟なさい?」
後衛のギィネシアヌが纏う赤蛇と共に構えるのはアサルトライフル、前衛のヨナが冷笑と共に構えるのは蛇腹剣。
「おい、鉄パイプ野郎。俺らがてめーの相手だ」
紅紋章:神ノ悪意。『神の悪意』が牙を向くはニヘイ、へらへら笑って一歩ずつ寄って来る。気味が悪い。だが、嫌悪感に勝るのは怒り。只管に、怒りだった。
「逃げさせはしない――喰らい潰せ、八岐大蛇<ヒュドラ>!!」
瞬間、銃身に巻きついている真紅の八蛇が銃口の中に潜り込むや深紅の弾丸となって放たれた。螺旋の軌跡。それと同時、ヨナが全力跳躍にて一気に間合いを詰める。
「お相手して下さる? 大丈夫、急所は外してあげるから……あら私ってば優しい〜」
炸裂する赤と、回る蒼。
飛び下がるニヘイは手傷こそ負っているが、その回避力を持って直撃は避けていた。そして放つのは闇を収束した閃光、その認識を阻害しようと試みる。
「あんたらの目的はこれだろ?」
視界が塞がれ、攻撃を空ぶった次の瞬間。ニヘイの声。どちゅ、と目の前で鈍い音。
靄の隙間から見えたのは、無残に砕けた一般人の頭部で――
「あんたの相手は私らよ、余所見しないで頂戴」
全力跳躍、肉薄する。鉄パイプに殴打されてもものとせず、ヨナは鋭い一撃を見舞った。躊躇の無い攻撃。傭兵という経歴故か、生死への道徳心は低い。
それでも殺る時は殺る。
ギィネシアヌも想いを噛み締め、唇から血が滲む程噛み締め、撃つ。撃った。出来るだけ生きている一般人から遠ざける様に牽制射撃。
「てめーらには過ぎた玩具だな」
――力というものに憧れて、苦しんで。
それでも誰かの為に生きようと、そう願っているものと過ごしてきた。
故に今のギィネシアヌには、彼らの所業は到底許せるものでなく。
「悔いろとは言わねぇ」
銃身にうねる蛇が牙を剥く。紅の瞳が光を帯びる。
「だが、てめーらが地獄を見る位はやるぜ!!」
紅弾:八岐大蛇。放つ螺旋は彼女の激情を顕すかのように赤く赤く、ニヘイの肩を貫いた。
一方、ヨツバを相手取るみなとと与一。
「はぁ、はァッ――」
ボタリボタリと垂れる血を拭い、肩を弾ませ、それでもみなとは戦鎚を構える。
「はぁああああああッ!!」
考えさせる猶予など与えてやるものか。技能が使えないなら思いっ切り殴れば良いだけだ。
思い切り踏み込み、みなとは鎚を横薙ぎに轟と振るう。その猛攻の甲斐あり、ヨツバとみなと達は一般人達から少し離れた地帯に居るが――油断は出来ない。
「……畜生以下の外道共が。撃ち崩すッ!」
自付与を行った与一も吶喊し、異界の呼び手を召喚した。襲い来る幾重もの手、それに掴まり、或いは力の儘に彼ごと薙ぎ払い、吹き飛ばす。
嗚呼苛々する。『考えない人』は嫌いだ。術で惑わせ、有耶無耶の意識を無下に粉砕するという『人の意思』を踏み躙る奴らが。
故に少年は魔法書を手に、何度でも立ち上がる。呪文を唱える。
血みどろの、只管に暴力をぶつけ合う闘争のような何か。
振るわれたネイルハンマーがみなとの腹部に直撃し、メリ、と嫌な感触。せり上がる血反吐がごぷりと口唇から漏れる。だがみなとはその手でヨツバの胸倉を掴むや思い切り引き寄せて、零の距離。叫んだ。
「――こんな惨たらしいことをして楽しいかっ!? 楽しかったんだろうなぁっ!
だったら今も楽しみなさいよっ! 真っ赤に潰れて飛び散る自分の体を見て!」
蹴り離す。その頭部を鎚で殴りつける。
「ほら! 楽しかったんでしょう!!?」
もう一度振り被る。ヨツバも振り被る。
「何とか言いなさいよ、この気狂い共ッ!!」
叩き付ける。
イチノセが振るった金属バットにまた一つ撃退士が血に染まる。
目に入る血で視界が赤い。しかし雪が一歩も退く事は無い。寧ろ前進を、只管に突撃を続け、傷は自ら癒し、要塞が如く立ちはだかる。
イチノセの火力に誰も彼も酷い傷を負っているが、向こうとて消耗は激しい。
どちらが先に倒れるか。否、倒れてはならぬ。
「そろそろ仕舞いといこうか」
確実に抵抗力を奪う。黎が放つストライクショット。それは一直線にイチノセの脚を貫き、その姿勢を大きく崩した。その隙を雪は逃さない。
盾で以て征し、容赦なく殲滅せよ。
秩序を乱すモノに、断罪を。
粛清を。
「裁きを受けろ、人の形をした悪魔め」
一切の躊躇なく、無慈悲に剣盾を振り上げ――振り下ろした。
鈍い、感触。奇しくも自分が一般人にやった様にイチノセは剣盾に頭部を粉砕され、血飛沫を撒き散らして倒れた。
「粛清は完了した。あの世で裁きを受けるがいい」
飛び散る赤が少女を更に、赤く。
千鶴のその回避力、九十七の支援力、それらによって二人の被害はかなり軽いものであった。
「私に、」
宙を舞う、絶影。
千鶴の影をサンダが追う事は出来ない。
「当てれるもんなら、当ててみろや……っ!」
空中で一回転、その頭部に叩き付ける渾身の踵落とし。
揺らぐ意識、片膝を突くサンダ。
その眼前に突き付けられた正義のショットガン。その先の表情、狂気の双眸。
九十七は我ながらよく我慢した、と思う。一般人の目の前で血溜殺戮劇をやって『撃退士=悪い』という印象を与えて良いのかと。
「く、くひ、ふひひひひひひもうダメもうムリモうガマん出来ないぜですのェアゲヒャヒヒャハ!!!」
結局いつも通りDEATHよね。そんなわけで死ね。ケタケタ笑いながらその顔面をドラゴンブレス弾で焼き払うその様は、狂人から見ても狂人。
「ぎゃっ、ぐがぁああぁッ」
悲鳴だ。焼かれた顔を抑えてサンダが地面をのた打ち回る。それに馬乗りになり、片手は首を絞殺せん勢いで絞め付け、片手のショットガンはその口に突っ込んで。
助けてくれ、そう云った様な気がしたが、それは九十七の笑い声に掻き消える。
「正義が断ずるに、悪は生きてなくて結構です故」
さよならズドン。
「チッ……イチノセとサンダが死にやがったか」
「おいヨツバ、退くぞ!」
半数が死んだとなれば、残されたニヘイとヨツバは全速で撤退を開始した。
「逃がすかァッ!」
「ブッッッ殺すァギャハハハハハ!!」
みなとと九十七がそれを追うが――おそらく、二人に恐怖を植え付けただけで追い付く事は出来ないだろう。
「因果応報って奴さ」
逃げる背を見、黎は冷笑を浮かべた。さぁ、助かった一般人達を掘り起こさねばならない。激戦に巻き込まれ、肉塊と化した一般人も数人いるが、五人以上は救えたようでホッと一息。
「さ、もうひと頑張りよ♪」
「もう大丈夫」
「どっか、痛いとことかありませんか?」
ヨナと黎、他の仲間達も埋められていた者を掘り出し、千鶴は一般人達に飲み物を与える。
「ごめんな、ごめんな。怖かったよな、もう大丈夫だからな」
ギィネシアヌは安堵の儘に腰が抜け、黎が救助した子供をそっと抱き締める。背中を撫でる。ごめんな、と。
返って来たのは、弱弱しくはあるものの――「ありがとう」の言葉。
助けられなかった者がいるのは事実だが、命を救えた事もまた事実なのだから。
「……どんな人間も、死んでしまえば皆同じ。ただの死肉です」
死亡者を砂浜に並べ、目を閉じさせ、与一は一人黙祷する。
保護の要請も出したので直に迎えが来るだろう。
見上げた夜空、風が静かに吹き抜ける。
『了』