●レッツ
転移の蒼が終えた後、撃退士達を包んだのは早朝の澄んだ空気であった。
辺りはシンと静まり返って――いない。
ズシン、ズシン。
地響き、それから、木々が力任せに薙ぎ倒される音。
「やれやれ……奴さんは威風堂々とゴーイングマイウェイ中っと……
『決戦!撃退士VSゲル巨人!』……なんかB級映画のタイトルみたいね……誰が買うのこのネタ……」
溜息と共に燕明寺 真名(
ja0697)の言葉。しかしその手は黒い厚手のメモ帳に何事かを書き留めた後、困った様に頭をペンで掻いた。
まぁのんびりしてられるのも今の内。戦闘が始まれば否応無く激戦となる。必要な事は、周囲の状況を冷静に判断できる余裕だ――メモを仕舞い、己が武器:魔法書とカメラをその手に。
「厄介そうな敵だな。 生半可な攻撃じゃ通りそうもなさそうだし、ここは仲間を信じて俺は俺の成すべき事をなす事にしよう」
そう静かに言い放ったのは榊 十朗太(
ja0984)、凛と彼方を見澄まし十字槍を構える。強大な敵だ、だが自分には仲間がいる。
「やわらかた巨人って……何……?」
形状上、何でも起こりそうで面倒だわ。珠真 緑(
ja2428)は艶やかな銀髪を掻き上げ、一つ息。彼女は十朗太とは対照的に、味方を『仲間』ではなく『あくまで依頼で共にする人間』と考えている。故に、
「まぁ。さっさと倒してお茶でも飲みましょ」
ドライに一言。
そうこうしている間にも足音はまた一歩。すぐ近くの木が薙ぎ倒されて――砂煙。
「単純ゆえに強力。 でも単純ゆえにつまらないなぁ……思ったより大きいけど、思った以上に鈍重だね」
あのもち肌、好きに触れたら結構気持ちよさそうなのに。梓弓を手にしたアリーセ・ファウスト(
ja8008)の視線の先、砂煙の中から遂に現れたディアボロ:やわらかた巨人。ぐぉーん、そんな唸り声を上げて撃退士達を一睨み。
「……なんか、どこかのゲームにでも出てきそうな敵ね。液体窒素でもかけてあげたくなるわ」
飛燕翔扇でふわりと口元を覆いつつ、クスクスと月臣 朔羅(
ja0820)の薄笑み。
その傍らで並木坂・マオ(
ja0317)は目を真ん丸くし、現れた巨人を上から下まで眺め回している。
「巨人! 話を聞いてるとなんかとっても強そうだけど……やだ、ちょっとカワイイ、かも……?」
はわ、と頬を仄かに薄紅に染めて。どういうセンスだというツッコミはさて置き。
「柔らかいのか硬いのかどっちなの、と言いたい名前の巨人だね」
猫野・宮子(
ja0024)は苦笑を浮かべるも、やらねばなるまい。ともかく倒すことには変わりないということで、ビシッ!とポーズを決め、
「魔法少女マジカル♪みゃーこ出撃にゃ☆」
ペカーっとキラキラ、光纏発動準備OK。オートマチックを手に魔法少女見参。因みに宮子はダアトではなく鬼道忍軍です。ここ大事。
「巨人……」
一方で、フェリーナ・シーグラム(
ja6845)は眼前に現れたディアボロの威圧感に目を見張り。だが怖じ気付く事は無く、その手に持つはアサルトライフル。その腕に纏うは深海の様な紺の光纏。
「これが市街地に到達したら大惨事になりますね、何としてでも止めてみせます――総員戦闘開始ッ!」
フェリーナの凛と張った声と同時、ディアボロが、撃退士達が地を蹴った。
●どしーん
撃退士達はやわらかた巨人を包囲する様に散開し始める。
「ただ待つだけじゃ芸がないしね。敵の様子を探るわ」
魔法書を開き、真名の言葉。見遣る先で行動を始めた前衛陣達。
「巨人さんこちら、手のなる方に、なのにゃ。しっかりと僕の方を追ってくるにゃー!」
撃退士達をぐるりと見渡したディアボロの、その意識を引く為と真っ先に目の前に躍り出たのは宮子。拳銃の銃口を巨人へ向け、引き金を引いた。タァンと乾いた銃声が響く。弾丸は確かに命中したが、ぐおーん。意にも介さず巨人が啼く。宮子を狙って緩やかに拳を持ち上げる――その背後。ふわり、澄んだ空気に靡いた銀の髪。獲物を捉える蒼の眼差し。
「タフそうな貴方は……まず最初に、蝕んであげるわ」
妖艶な笑み――月臣流、破月・参之型『蝕露』。その手に纏うアウルが黒紫の霊毒へと変質する。撫でる様に、手刀。蝕む。霊毒を浸透させる。
「行くぞ、お前達が作ってくれた隙は決して無駄にはしない!」
声と同時、十字槍を構えて十朗太が一息に間合いを詰める。戦国の世より古武術を伝える榊流、幼少期より重ねた厳しい修行に裏付けられた鮮やかな技巧、多彩な一撃。
されど、その手応えは。
「堅いな……!」
武人故に分かる感触、一撃の感想。
「ならば、何百発でも何千発でも何万発でも『おかわり』させてやれば良いだけの話さ」
泰然と応えたアリーナが黒紫の矢を番え、梓弓を引き絞る。その鏃に乗せられたのは炎の魔術式。銀の炎がゆらりと揺れる。
「見たところ……というか、こういう敵のセオリーとして魔法に弱そうだし」
モチモチなら炎の効きはよさそうだし。あわよくば周囲の水けも蒸発しないだろうか?まぁ、水を吸って肥大化するとは限らないけど、一応ね。
なんて思いつつ、放つ焔弓。それと同時に緑のフレイムシュートもディアボロへと着弾した。火の粉が舞い散る。
「残念、私からは逃げられないわよ――まぁ、逃げたりはしないと思うけどね」
そんな知能無いでしょ?影の書を手に、光纏の蒼白い水龍が緑の銀髪を流水の様に靡かせる。
「そっちが力押しでくるなら、こっちは知略を巡らせたチカラで潰してあげる――」
その表情、その笑みは戦闘狂。楽しげに、愉しげに、笑い嗤う。
ぐぉおーん。応える様にディアボロが啼く。襲い掛かる撃退士達を振り払う様にその大腕を力任せにブン回した。
「にゃっ!?」
「……力だけは一丁前ね」
宮子、朔羅を始め前衛面々がそれぞれ防御を行う、或いは飛び下がる――その中で、マオは風に乗る様に大きく前へと飛び出した。
大きくて強い敵って燃えるよね。
ある種のスリル。強さのその向こう側へ。
「アタシの蹴りがどこまで通用するのか、勝負だ!」
飛び出した空中、くるんと回転を付けて、渾身の踵落とし。柔らかく、しかし堅い感触。
何この感触。そう言いかけた瞬間、巨人の張り手で吹っ飛ばされた。マオは辛うじて受け身を取り、体勢を立て直す。垂れる鼻血を舐め上げる。
「アイタタタ……」
意気込んでみたものの、致命打にはならなかったようで……ちょっとションボリ。だがまだ始まったばかりだし、他の皆もいるし。
「並木坂殿、大丈夫でありますか!?」
「うん、ヘーキヘーキ。まだ負けって決まったわけじゃないしねっ!」
ニッと向けられた笑みに、フェリーナは一つの安心を覚える。無事でよかった、と。それから、よくも仲間を傷付けたな、という憤り。施条銃の銃口を標的へと向ける。
「あなたの相手は、わたくしです……っ!」
引き金を引き、放つのは凝縮したアウルの一撃。炸裂する。巨人が防御に構えた掌に直撃し、爆煙を立ち上らせた。
巨人を見澄ますフェリーナの鋭い眼光。掛かって来い。それに応えるが如く、巨人が一歩。大きな腕を、拳を、天高く振り上げた。伸びる影が撃退士達までも覆う程に。
「……退避! ありったけ横に跳んで下さい!!」
されどフェリーナは冷静に、片手を上げて皆へと声を張り上げた。
その巨体に見合うリーチ――それは既に『それだけ』で兵器であり、凶器だ。避けたつもりでも喰らってしまう可能性もある。
故に、撃退士達は大きく跳んだ。直後の轟音、土煙、見れば巨人の拳が大きく地面を抉っている。……直撃したらどうなっていた事か。考えるだけでも、恐ろしい。
「さて……ただのゲル巨人なのか……カードを伏せたギャンブラーなゲル巨人か……まぁ、どっちにしてもゲル巨人なんだけど」
ラフな笑みを浮かべ、真名はじっとやわらかた巨人を観察している。今の所、特に変わった動きは見受けられないが……油断は禁物。それは誰しもが危惧している事であった。皆が注視している。が、特に弱点らしき場所は見当たらない。
しかし――それは逆に『何処を狙ってもOK』という意味である。
ならば遠慮をする必要は無い。……そもそもディアボロに情けや容赦は無用なのである。
斃さねばならぬ。
死力を尽くして。
「にゃう、名前通り柔らかいけど硬いのにゃね、やっぱり物理攻撃は効果薄めにゃー……」
「見た感じだと魔法に弱そうだけれど……念の為に確認しましょう」
宮子と桜の言葉。それに応える様、真名は掌を高く掲げて。
「オッケー、任せて――砕け! 『プチメテオストライク』!」
刹那、空中に浮かびあがる魔法陣。それが赤く煌めいたかと思いきや、燃え盛る火球が撃ち出された――宛ら隕石の如く、やわらかた巨人の頭部を穿つ。
「……魔法防御もまた高い様だな」
「なら、攻めて攻めて攻めまくるしかないねっ! ヤァアアアアアアッ」
十朗太の言葉に応え、言下に地を蹴り放たれた矢の如く飛び出したのはマオ。己の闘争心を解き放ち、その攻撃力を高めて、一撃。
「うに、隙ありにゃよ!」
怒涛の如く、マオとの入れ違いで宮子が躍り掛かる。
「マジカル♪ 脳天割り☆にゃー! 頭ぐらんぐらんさせちゃうにゃよ!」
体重を乗せた、鋭い踵落とし。
重いその一撃に巨人の上体が揺らいだ――が、混濁した意識に任せてか、巨人が滅茶苦茶に腕を振り回した。ぶん、ぶん、と凄まじい質量が空を切る音がする。狙いこそ無いに等しいだが、迂闊に近寄れない。
ならば『止めて』しまえば良い。
「暴れん坊は、縛ってお仕置きしないといけないわね?」
ふわりとふみこんだ朔羅――月臣流、恒月・壱之型『裏縫』。朔羅が腕を、その袖口をディアボロに向けた刹那、袖の奥の影より五つの黒鞭が撃ち出された。五指の延長たる黒影は五方よりディアボロに襲い掛かり、絡み付き、縛り上げる。
「今よ、思いっ切りやって!」
「分かった――足を潰そう」
「任せてくれ」
「了解であります!」
アリーセが巨人の足へ炎の一矢を放ち、十朗太と朔羅の一撃が同じ所を突き、フェリーナのブーストショットが更に火を吹いた。
巨人がぐらつく――パッと見て傷が無い故に良く分からないが、『消耗している事』は誰の目にも明らかであった。
後、少し。
後、一押し。
その時、やわらかた巨人がグッと振り被った。今までにない動作に、誰しもの顔に緊張が走る。身構える。
斯くして、ディアボロが放ったのは『伸びる手のパンチ』だった。唸りを上げて一直線。されど。
「当てさせるわけには……いきませんっ!」
フェリーナが放った、回避射撃。一発の弾丸がその軌道を微かに書き換える――もう、わたしの見ている前で、仲間を死なせたくないから。
軌道が僅かにずれた拳が躱し切れなかった者を弾き飛ばす。それでも、だ。誰もが遠距離攻撃に警戒していた為か、その上にフェリーナの回避射撃があった為か、その被害はぐっと少ない。備え在れば憂い無し、転ばぬ先の杖とは正にこの事だろう。
「――月臣殿、援護をお願いします!」
やわらかた巨人が次の攻撃モーションに入る前に。間髪入れずフェリーナが声を張り上げる。
「了解。合わせて行きましょう!」
「ガツンといくにゃー!」
朔羅の声に合わせ、鬼道忍軍の二人が大きく飛び出した。
息を合わせ、叩き込むのは兜割り。脅威的な一撃。その意識を揺るがせる。
「……効いたみたいね。ラッシュを仕掛けるなら、今よ」
着地した朔羅が抉り込ませる様に飛燕翔扇を投擲すると同時、撃退士達の猛攻撃が始まる。
「虎穴にいらずんば、死中に活! 耐久勝負だ、いざ!」
魔力を練りつつ間合いを詰めた真名がやわらかた巨人の頭上に魔法陣を展開させた。刹那、落ちる、稲妻。雷鳴。それと共にアリーナの矢が、緑の魔法が、マオと十朗太の武舞が、
「にゃにゃ、そらなら僕も続くにゃよ! マジカル♪ ふぁいやーにゃ! 燃え尽きるといいのにゃ!」
そして宮子の火遁・火蛇が。降り注ぐ。
そんな中、フェリーナはじっと狙いを定め。
(父さんのように、もっと強くなってみせます――)
決意を胸に、発砲音――そして、巨大なディアボロが地面に頽れる音。
少女は凛乎と言い放った。
「我々は仲間を見捨てない、必ず連れて帰る。……父さんの受け売り、です」
●おつ
「確かにでかくて攻撃が通りづらいかもしれないが、役割分担を定めて、互いの連携さえ上手く機能すればけして倒せぬ相手ではないからな。チームワークの勝利だな」
沈黙したやわらかた巨人の姿に十朗太は深くウンウンと頷く。その傍らで、
「魔法少女は絶対負けないのにゃ♪ 勝利のポーズ♪」
と、宮子はキュルンと勝利のポーズを決めっ。
「作戦成功ですね……お疲れ様でした」
「弱点属性を突けばすぐ撃破、という訳にはいかないのが現実よね。ほんと、大変な仕事だわ」
ようやっと表情に安堵の色を浮かべたフェリーナは仲間達へと感謝を込めた敬礼を捧げ、朔羅は一つ息を吐く。
何はともあれ、撃退士の勝利だ。
徐々に上りつつある朝の太陽が、撃退士達の勝利を祝福するかの様に眩く輝いていた。
『了』