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マスター:ガンマ
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:10人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/07/02


みんなの思い出



オープニング

●某氏の記録
『○月○日 この力は力無き人々を護る為に』
『○月○日 正義正義と曰うのは些か照れ臭さを感ずるが、私の力が及ぶ限り撃退士として私なりの正義を貫いてゆこう』

『○月○日 新米撃退士の初々しい様は初心を思い出させてくれる』
『○月○日 何とか勝利を掴めむ事が出来た。偏に仲間達のお陰である』
『○月○日 ありがとう、と言われるだけで救われるものだ。この力を持てて良かった。これからも頑張ろう』

『○月○日 惨敗。仲間が数人、死んでしまった』
『○月○日 悔しい。誰も彼も良い人だった。正義を信ずる者達であった。護れなかった』
『○月○日 ようやっと傷が治った。これでまた戦える……彼らの分まで』

『○月○日 共に正義を貫く仲間だと思っていた■■が、アウルの力を悪用する血狂いの人殺し趣味だったなんて』
『○月○日 ■■を手に掛けた。これで私も人殺しなのだろうか』

『○月○日 強くなりたい』

『○月○日 人を殺した。子供だった。悪魔の術から救うにはこの方法しかなかった。その子の親から人殺しだと酷く罵られた。受け止める事しか出来ない』
『○月○日 壊滅した村。なぜもっと早く来てくれなかったのか、との言葉に何と返せただろう』
『○月○日 何の為の力なんだろう。私はが歩んでいるのは本当に正義なのか』

『○月○日 強くなりたい強くなりたい強くなりたい強くなりたい強くなりたい』

『○月○日 悲鳴。少女が暴漢に襲われていた。周りの人は見て見ぬ振り。少女を救うも、彼女の心までは救えなかった』
『○月○日 悪夢ばかり見る』
『○月○日 どれだけ正義の為と血にまみれようと罵られようと、仲間を喪おうと、悪はこの世から消えない。毎日テレビで新聞で流れる犯罪、犯罪、悪、私が護りたかった世界はこんなものなのか』

『○月○日 何の為の力か、何の為の正義か』

『○月○日 護れない。なんて無力なんだろう』

『○月○日 憎い』

『○月○日 善人が損をし、悪人が徳をする、狂っているこんな世界』

『○月○日 私は何の為に私は何だ、どうして』

『○月○日 憎い憎い憎い憎い憎い』

『○月○日 人間の方が悪魔じゃないか、化け物じゃないか』

『○月○日 正義なんて』

『○月○日 (解読不能)』
『○月○日 (解読不能)』
『○月○日 セいぎトは』
『○月○日 (解読不能)』
『○月○日 (解読不能)』
『○月○日 (解読不能)』

『○月○日 (空白)』


『○月○日 キョウモ セカイ ハ ヘイワ デシタ』


(以下無記入)

 ―――首吊り死体の傍らにて発見された手記より

●スクールのルーム
「生徒諸君に問う。正義とは何ぞや」
 教卓に座した棄棄の問い。突拍子もない質問に生徒達が顔を見合わせようとして――教師の言葉がそれを遮る。
「……まぁ、それは時間がある時にでも聞くとして。
 ここに集まって貰った理由は分かるな?」
 頷けば、「宜しい」の言葉と共に棄棄は口を開いた。
「――昔々、ある所にある撃退士が居ました」

 彼は『この力を人々の為に使おう、人々を護ろう』と心に決めた正義感溢れる撃退士でした。
 平和の為、希望の為、正義の為、彼は一生懸命に活動を続けてきました。
 けれど、彼は気付いてしまいます。
 どれだけ天魔を斃しても、人々は己の事ばかりを考えます。
 どれだけ正義を謳っても、この世から犯罪や悪は消えません。
 どれだけ仲間を失っても、この世界は何一つ変わりません。
『私は何の為に戦っているのだろう。私が護りたかったのはこんな世界だったのか』
 彼の心は徐々に病み、徐々に狂気に蝕まれ、憎しみと絶望に染まりきり――遂に自ら命を断ってしまったのでした。
 しかしその狂気と絶望はこの世界から消えませんでした。

「……その撃退士が書き留めていた手記が、凄まじい残留思念によって魔力を帯びたんだ。
 それを偶然発見し、読んでしまったフリーの撃退士が発狂しちまってな。
 大槻文久。そいつの撃破及び奴が持っている筈の『手記』を破壊する事が諸君に課せられたオーダーだ。
 大槻の生死は問わん。若いが実力者な上、狂気の所為でリミッターが完全にぶっ壊れてやがる。
 危険度は高い。ま、その分の報酬の高さだがな。くれぐれも気を付けるように」
 現場についてはそこの資料を見るように、の一言で締め括り。何とはなしに問いかける。
「諸君は、この『ある撃退士』を笑うか? 弱者だと罵るか? 押し付けがましいエゴイストだと見下すか? 下らないと無感動か?
 ……なに、ちょっとした戯れ言さ。気にすんな。
 それでは諸君、一心不乱に励み給え。武運を祈る」


リプレイ本文

●○月○日
 正気を失った撃退士の話を聞いた。
 曰く、仲間も夢も目標も進むべき道も失ってしまったその人は心をひどく病んでしまったらしい。
 このまま放っておくと危険ではなかろうか。己の力が原因で狂気に堕ちた者が殺人鬼と化した話も聞く。
 調査を進め、彼の者の居住地を突きとめた。
 ――ドアを開ける前から、酷い悪臭。蝿、蛆。
 過ぎる予感。
 確信。
 ドアを開けた。
 そこには、
 嗚呼。
 天井から縄一本でぶら下がったその人。
 わんと飛び交い顔に纏わり付いてくる蝿を押し退け押し退け、近寄ってみればその足元に、何だ、開かれた小さな本。
 手記だ。
 何だろうか。
 手に取って、捲って、綴られていたのは正義への希望、夢、勇気、されど徐々に、絶望、憎悪、怒り、狂気、そして、そして――……

●スクールの、
 先生、ちょっといいですか。
 と、出立前。若杉 英斗(ja4230)は職員室にて調査を行っていた。
 大槻文久。彼について。フリーの撃退士なんぞ世界中にいる為に情報は殆ど手に入らなかったが、それでも零では。

 大槻?あぁ、ちゃんとした真面目な奴らしいな。心配症なのが玉に瑕とか聞いたが。武術系の戦法が得意らしいぞ。

 ――ありがとうございました。
 職員室の戸を閉める。この旨は仲間に伝える心算。横目に夕陽。出立の時は近い。早足、転送装置へ。
(他人の正義を押し付けられて大槻さんもさぞ迷惑だろう)
 拳を己が掌に打ち付けて。キッと前を見る。

 必ず、助けます。

●夜な夜なの
 夜。繁華街のネオンが極彩に踊る。
 その隅、路地裏、『KEEP OUT』が通せん坊。黄色のテープ。赤いコーン。立ち入り禁止。
 ああ何か工事でもやっているのだろうか、それとも、何だ、まぁいっか。
 通り過ぎる人の脳内からは5秒も経たずに消えてゆく。通り過ぎる。

 よって、路地裏には誰も居らず。シンと。夏を控えた蒸し暑さだけが蔓延っていた。
 さてと。クジョウ=Z=アルファルド(ja4432)が息を吐く。
 ノブレスオブリージュ――力ある者は力無き者の為に。彼を一言で表すのならこの言葉だろう。
 故、この凶行に対し燃やすは静かな怒り。手記は破壊する。
 が、何故あの手記があるのか。何故大槻の手に渡ったのか。何故死ぬ前彼は仲間に相談しなかったのか。思案すれど推測の域を出ない。細心の注意と共に歩を進める。
「……何処に潜んでるか、注意するの」
「どこにいるかわかれば苦労しないんですけどね」
 アトリアーナ(ja1403)の言葉に続いて、イアン・J・アルビス(ja0084)は銘々の照明の先に目を凝らしていた。
「正義の道は悪よりも茨ですから……」
 何とはなしに。『彼』にある程度の理解は示す。が、道を反れた正義を正すのも役目。風紀もまた正義の形。
「正義なぁ……正直、正義だ悪だってのは興味ねぇんだけさ。
 必ずしも、正義=望まれている事、ではないんじゃねぇかな。
 正義という言葉に囚われすぎだと思うぜ?」
 飄々我道、叶 心理(ja0625)は夜目で上方と後方を警戒しつつ。
 正義か。鳳 静矢(ja3856)も己が考えを吐露せんと。
「己が為の正義では誰も救えない。自分すらも救えない」
 哀しい事だ、と。一方でにぱっと子供っぽい笑顔、されど綾川 沙都梨(ja7877)の言葉は容赦が無い。
「自分の正義を自分でも信じられなくなったのなら、 いっそ全てを忘れて、隠居でもすれば良かったのであります。
 そうすれば、命まで無くす事は無かったのに……」
 ある撃退士=精神病人で原因、心と目的を見失い、呪いになった。
 大槻=標的で被害者。
 そんな認識。武器を手に。
 自分は敵を斃すのも、誰かを守るのも『好き』だから。好きな、仕事でありますから。割り切っている。感情や衝動とは別の所で平常心。迷わず、惑わされず、仕事を完遂。その為に。
「正義、正義ねぇ 。若い頃に抱く夢だな」
 各言葉に対し久我 常久(ja7273)は豪放に一笑、それはさて置き女の子、女子、レディーだ。
「ワシのカッチョイイ姿見といてね〜♪」
 ドヤ顔で女性陣に振り返る。も、その目に目を合わせてくれるものは居なかったり……。まぁそこでめげないのが常久なのだが。
 元気なおっさんだ。密かに溜息。されどすぐに気持ちを切り替え霧原 沙希(ja3448)は前を向いた。
(……理不尽な世界、無力な自分、絶望。
 それは、良く分かる。私だって、嫌になるくらい経験してきたもの)
 思わず抱いた腕。その服の下に犇めくのは、一生消えない『烙印』だ。
 吐息。前髪の奥からの視界。
(でも、それに巻き込まれた人は、たまったものじゃないわ)
 だから、一刻も早く。文久を手帳から解放する。
 殺害はしない。させない。
 握り締める拳。
「私、自分を『正義』とか『正しい』宣う人、あまり好きじゃないんですよネ。
 だって、『自分以外の思想認めまセン』て言ってるのと同じじゃないですカ?」
 カタコト交じりながらもフィーネ・ヤフコ・シュペーナー(ja7905)が言い放つ言葉。五感を研ぎ澄ませ、空気を吸い込んだ後、
「そういうバカ者は、力づくで眼を覚ましてあげまショウ」
 足を止める。それはアトリアーナから指示があったからだ。
 ドンピシャか。
 フィーネが事前に集めた情報に基づく地点。辺りで事件等が起こってないか、ガラの悪そうな人が集まりそうな場所はないか。『大槻サンが正義を遂行するつもりナラ、悪人を成敗しそうですからネ』そんな予想の下に。斯くして。
「……、」
 最後尾にて奇襲警戒をしていたアトリアーナの耳に届いたのは足音。良かった。目の効き難いこの場では目以外の器官が重要となる。耳栓を外し音に気を向けていて正解だった。
 振り返ると共に証明を向ける、先。男。異様なオーラ。血の染みついたガントレットが照明に鈍く反射した。
 間違い無い。文久。想定以上に早く彼を見付けられたのはフィーネの情報とアトリアーナが耳栓を外して音に注意していた所が大きいか。
「殺 して、やる……」
 そんな一言、瞬間、躍り掛かって来た――正義はよくわからない。だが、被害が出る前に、対処する事だけを、今は。
「……負けないの」

●○月○日
 自らの弱さを呪った。
 ……いっそ、無味乾燥な機械になりたい。

●ジャスティス
「先手必勝、往くぜ!」
 背後から現れた文久へ、下がりつ心理はクロスファイアの銃口を。銃声、二丁。吐き出された銃火が暗闇にパッと煌いた。
 着弾。それは文久が体前に構えたガントレットへ。
 イヤホンから流れる音楽、アッパーなBGM。ズン。ズン。
 しかし拳は勢いを殺さず飛び掛ってくる。のを、真っ向から迎撃に躍り出たのはイアンだった。
「風紀委員会独立部隊イアン・J・アルビス、ただいまよりあなたの正義を正します!」
 『正義』を『正す』なんて我ながら洒落か皮肉か、なんて。
 タウント。敵なるものの気分を害するそのオーラに導かれるまま、文久が拳に業炎を纏ってイアンへと叩き付けた。
 容赦の無い一撃。構えた盾に重く激しく響く。思わず後ろへ押し遣られそうになるが、アトリアーナがその背を支え。
「――……」
 紅空我瞳――左目の紅にアウルを集中させ、見遣った。ボクガミルセカイ。
 完全に正気を失った文久の相貌。噛み締めた歯列から漏れる息。音は聞こえぬ。開かれた瞳孔。

 そこにはただ、ただ、憎悪があった。

「手記の主よ、その正義と意思は立派だ」
 それを見つつ、静矢が声を張り上げる。中立――天冥の間に立つ者の権限なる瞳を以て。
「……だが、賞賛や見返りの為に貫いた正義では無かろう?
 苦しくとも辛くとも……何故意思を貫かなかった!」
「がアアアアアアアアアアアアアアア!!」
 返事。耳栓をしている、というのにビリビリと響いた声。叫ぶというより咆哮に近い。衝撃、怯ませる。
 しかし静矢は防御に大太刀を構えたまま、尚も声を張り上げた。
 それに負けないよう、掻き消す位。
「今、護るべきモノを傷付けようとしているお前の正義は、お前自らがその意義を折ったんだ!
 ……私は恨まれ罵られようと、私の手の届く世界は必ず護る!
 だからこそ……その歪んだ正義は、私が完全に叩き折る!」
 踏み込み突き出した一撃。史久の血が路地の壁に散った。
 ――中立判断の結果は、±0。
 さてどうするか、予想外だ。
 静矢が仲間へ向ける視線。それで察する撃退士達。

 どう攻める?

 広げた翼で文久を飛び越えその背後、英斗は沙希と同時にカラーボールを投げつけた。
 が、悉く躱される。スキルの様な精度を持たぬ上に、文久の身体能力は高い。ましてや彼はその辺の天魔達ではない。投擲技能が高い者であれば或いは。
「チッ……」
 舌打ち一つ。周囲へ放たれた雷撃の武舞を構えた盾でやり過ごす。
 端から予想外ばかり起きるのが戦場だ、何もかもが上手くいく事など有り得ない。
 逆境?
 上等だ。
 自分は幸運の星の下に生まれたと信じて疑わない。自分を信じている。だからこそ。
「こちとら負けず嫌いなんだよ!」
 盾を構えた姿勢のまま、強く地を蹴り吶喊した。
 激しくぶつかり合う音。防御の腕ごと強烈に圧し遣る。

 瞬間。

「星宿聖鞭流……!」
 英斗と同じく反対側へと『跳び越えた』クジョウが鞭を腰溜めに構え、込める膂力。焔の姿を成す光纏が輝きを増して、瞬間。振り抜いた音速。
 緑の弧が文久の片足に当たる。
 その隙は、最前衛の者を跳び越えて常久と沙都梨が強襲を仕掛けるには十二分な時間。
「うっしゃあ! ぶっかましちゃうよ〜!?」
 先手、黒で覆った衣服で闇に溶け込み死角より、その見掛けからは想像出来ぬ機敏さで常久が忍刀を叩き下ろした。
 体重補正とか乗るんかね、なんて。
 確かな手応え、ぐらついた文久の頭部から奔る血潮――それを頬に浴び、黒炎、沙都梨は鼓膜を撫でる賛美歌に合わせて歌う。

 ――『墜』ちろ!

 流れる動作、薙ぎ払う蹴撃。
「おぉ、恰好良いねぇ〜沙都梨ちゃん! 次もおじさんと一緒に頑張ろうか!」
 常久はハイタッチせんと手を掲げ――そっと下ろした。
「にはぁ……♪」
 黒い炎の光纏の中、青い目を光らせて沙都梨の笑み。病んだ笑み。穏やかな狂気。破壊衝動。
 彼女にとって正義とは『誰か』の『幸せ』の為の物。
 『誰』の為か、そもそも『幸せ』とは何なのかは、人によるのだけれども。
 されど、誰も幸せになれない正義では、悲しい。悲劇。
 それを壊そう。嬉々として。
 力とは自由であり枷。
 力が無ければ何もできないが、力への渇望は果てが無い。 心が力に縛られる。
 さぁ壊そう。戦おう。
 貫くは己の心境、信念。
 タタカイハタノシイコワスハタノシイシゴトデスカラ。
「……、」
 文久がゆらりと立ち上がる。ボタボタと垂れる血。
 されど意にも介さぬ表情だ。拳を合わせる。灯る光――自己再生術か。
「厄介ナ……」
 させるかと言わんばかり、翼によって反対側に回り込んだフィーネが構えた拳銃の引き金を引いた。
 タァン。
 乾いた銃声。
 ビスッ。
 仰け反る頭部。
 戻す。眉間。めり込んだ銃弾を無表情で穿り出した。
 正気じゃない。真っ暗い瞳がじっと、深淵。
 刹那、その口から漏れ出でたのは――狂気の言葉。魔を帯びた声。耳を塞げど脳へ刺さる。
「!!」
 ぐらり歪む視界、狂気。憤怒。憎悪。絶望。無力感。雪崩れ込んでくる光景。

 泣き叫ぶ女が胸を叩いて「娘を返せ人殺し」
 乱れた衣服の少女が虚空を見つめている「みんな見て見ぬ振りだった」
 正体はサイコパスであった友人だった男が嗤う「選ばれた力なんだから自分の為に使えよ偽善者」
 死んでいった仲間達が手を伸ばす「どうか私達の分まで正義を」
 信じていたものがことごとく腐って崩れて消えていく。

 ゆらり、ふらり、数人が正気を失った目で仲間へと振り向いた。武器を構えた。
 文久も襲い掛かってくる。壁を蹴って強襲、拳がフィーネに迫る――
「う あ あああああああああァアアア!!」
 劈いたのは絶叫。
 それは一瞬、文久の背後から沙希の強襲。
 黒耀砕撃。彼女の全身に刻まれた古傷から激痛と共に溢れた歪な黒が、文久を強かに打ち据えた。
 ふーっ、ふーっ。
 脳を焼く痛みに血が滲むほど唇を噛み締めて、沙希は。それでも痛みを堪えて立つ。
「……たとえ私が倒れても、その前に全力で攻撃を叩き込むわ」
 だから気にするな、と仲間へ。武器を構える。
 混乱している仲間達の攻撃をやり過ごし、或いは軽く殴って正気に戻さんと試みた。最中にも視線は文久。
(……少しでも早く、止めないとっ……)
 未だだ。だから。フィーネはタウントを発動し前へ。
 文久の気が彼女へ向いた――その意識の間隙。
「……ここで、止めさせてもらうの」
 跳躍する白。突き出す右拳。白拳雪花、弾ける白雪。
 振り返った狂気の睥睨と目が合った。
 身構える。
 来い。
 地を蹴った。

●○月○日
(ただ、何かをぶちまけるように書き殴られている)

●インアザーワァド
「わりい!」
 心理の張り手が混乱した仲間を打ち据えた。
 他の面々の努力あって、一人また一人と混乱から目を覚ましてゆく。
 クジョウも己の足にナイフを突き立て脳を襲う狂気と戦う。
 常久も同様、混濁した意識の中。
 見えた人影。
 壊せ。
 壊せ。
 否、味方かも知れぬ。
 意識が反転、殴られたのか?どうなんだ?どうなった?
 立っているのか蹌踉めいているのか倒れているのか。今はただ。
 今は今は今際。

 ――舌打ち一つ。

「糞野郎がああああ! 物に心をもってかれてんじゃねえよ!
 お前はお前だろうが! お前だけ、お前しか出せない答えを見つけろよ!
 持ち主の無念を晴らしてやってこそ男ってやつだろうがあああ!!」
 叫んだ。張り上げた。
 大声、自分と『彼』へ。
 狂乱染みて裏返り気味で。
 己の顔を殴りつける。口の中に広がる血の味。
 やっと戻る正気の視界で睨み付けた。仲間へ拳を振るう狂気そのものへ。指を突きつけて。
「おいてめぇ! 一部の人間を見て絶望してるんじゃねぇ!
 何億居ると思ってんだ……薄っぺらいんだよボケがぁああああ!!」
 刹那、脚部に集めたアウルを爆発させて雷が如く。一閃。

 戦闘は未だ終わらず、誰も彼も傷を負っている。

「喰らえ!」
「薙ぎ払う――!」
 心理が放った弾丸と共に、静矢が死角より振りぬいたのは薙閃、紫鳳翔。
 文久が振り向くと同時に反撃と薙いだ拳から放たれるは業炎――されどそれは、イアンとフィーネの防壁陣が壁となり、その間隙から飛び出した沙都梨が。アトリアーナが。重い一撃、修羅が如く。
 されど。
「まだ倒れないか……」
 呟いたのはクジョウ、肩口の傷を抑えて鞭を構え。
 血腥さと狂気の空間。
 部位狙いも殆ど効果が無い。人間なら足がもげたりしていても可笑しくなかろうが、成程『タガが外れている』のは嘘ではない。
「好い加減――目ぇ醒ませ! 死人の言いなりになってんじゃねぇよ!!」
 白焔・壊魔、叩きつけるは白焔の一撃。
 そして仲間の攻撃によって生まれた隙を英斗は見逃さなかった。ラッキーチャンス。
「残留思念を残すぐらい未練があるならなぁ、自殺なんかするんじゃねえよ! これで成仏しろ!!」
 スネークバイトによる攻撃。防御されたが、構わない。そのまま振りぬく。次を仲間が繋げてくれるから。
「禁止令でも、出してみましょうか」
 回復せんとした文久へ強襲したのはイアン、シールドバッシュ。
 防御の為に硬い盾は、殴りつけるだけで武器になる。その硬度と重量を以て横合いから殴りつけ、回復をキャンセルさせた。
「…… 正義 正義 正義 ……」
 されど、その呟きは止まらない。
 狂気は終わらない。

 続く、激戦。

 疲弊してゆく。少しずつ。
 交代や一時離脱を行うも。僅かに、僅かずつ。
 じりじり、と。氷が解けてゆくように。
 カオスレートが0の場合はどうすべきか――行動予測していなかった者に生まれた一瞬の惑い。加え、数人が反対側へと分かれたとはいえ路地は狭い。耳栓をしていれば声を掛け合うこともできない。時折生じる連係のミス。
 ――小さな間隙。
 それは徐々に、徐々に、綻びを広げてゆく。
 狂気の声が響き、また一人と頽れる。

「――負傷した方は、私の後ろニ!!」
 展開した防壁陣によって攻撃を受け止めつつ、フィーネの張り上げる声が戦場に響いた。半数が倒れたこの状況。撤退を想定指定なった今、最早重要な事は『如何に生き延びるか』となっていた。
 それを援護する為に常久は分身を作り出し、仲間をその影へ。
「おっと残念、それは残像――じゃあなくって本体だ! いってぇな!」
 自身は当然、吶喊。位置を積極的に変え、蚊の様な鬱陶しさねちっこさ。敵対心を煽る為に。
 まったく、学生のフリしときゃ飯の心配がないからって、暇潰しに程度に参加したってぇのに。殴られ叩き付けられ、折角の『しゅがーますく』が台無しじゃねぇか。ったく。まぁ、あれだ、辛気臭いのはアレだから人生楽しんだモン勝ちだ。ちょっと可愛い女の子の前でぐらい、かっちょよく見栄張りしたっていいだろう。

 飛び散る赤。

 仲間達の為、イアンは自らの体を文字通り『盾』と化す。危険を自ら引き受ける。危険な行為だ、だが気にしない。仲間を失う方が余程恐ろしい。
 ぼと、ぼと、血が落ちる。
 血を失いすぎて足に力が入っているのかも怪しい。
 銀の髪を真っ赤に染めて、歯を噛み締めて、尚も立つ。
「あなたの正義、どんな形かは知りませんが、証明しますよ。……正しかったこと位は」
 否定する意見もあった。だが、自分は肯定しよう。
 『正義』を信じる行為が悪いなんて、可笑しい話じゃあないか。あまりにも。
 だから、自分は立たねばならぬ。倒れてはならぬ。自分の正義で彼の正義の正しさを――目指すところは同じである故。

 倒れない。
 絶対に諦めない。

「あいにく、しぶとさだけは一人前なんでね――いくぜ、不死鳥モード起動!」
 どんな窮地に立っても最後まで絶対に絶望しない、諦めない――そんな英斗の執念が具現化する。真紅の翼。文字通り、その名は不死鳥。前へ。盾を構え。
「……撃ち抜く、なにがなんでも」
 傷の痛みに苛まれている場合ではない。アトリアーナは右手を掲げ、それにのみアウルを集中させた。瞬間。彼女の姿が消える――否、間合いを零に。一閃、白拳白刃。生み出された白刃は白炎を纏い、薙ぎ払われる。
 文久が反撃に出んとした、が、その腕を掴んで。邪魔をしたのは沙希。自身の安全なんてどうでもいい、自虐的にそう考えるが故、既に歩けぬほどの傷を負いながらも。
(……その『狂った世界』は、それでも現実。
 ……私みたいに目を背けるか、孤独に自分を信じ続けるしかないわ)

 現実に耐え切れず折れてしまったとしても。
 彼の信念そのものを笑おう筈が無い。

 その回答が信念。全力で。
「あぁあああぁぁああアアァアアア゛ア゛ぁア゛ア゛ア゛ァあア゛!!!」
 卑下心を振り切る様に、獣の如き絶叫。零の距離、避けられぬ間合いから己が傷口より『痛み』を顕し叩き付ける。
 慢心創痍に蹌踉めいた文久が繰り出した技は英斗の絶対防御が――絶対に守りきるという決意が、阻む。盾から響く衝撃。何度受け止めた事か。燃え上がるように輝く白銀に包まれつ。
「負けるかぁああああああ!!」

 叫んだ。ありったけの、咆哮、進んだ。前へ。
 振り上げた。武器。
 振り下ろした。

 届け――……


●○月○日
 だれか たすけて

●しろ
 目が、覚め。
 夜空。シンと静まり返って。
 見渡した。倒れた仲間達。
 文久の姿は、無い。
「……っっ、」
 それが何を意味するのか。
 今の撃退士達には、痛い程――残酷に、突き付けられた事実。
 誰も欠けなかった事を僥倖と呼ぶべきなのだろうか。
 悔しさの反面、助かったと思う己が憎たらしい。
 ドン、と地面を叩いた拳は誰のものか。

●○日後
 電車の飛び込み事故。
 良くある話だ。
 何かをブツブツ呟く男が遮断機の下りた線路にふらり。
「正義なんて、」
 そう呟いた瞬間、だったそうだ。
 死んだ男の名は大槻文久。
 彼が最近まで行方不明者として扱われており、『何故自ら命を絶ったのか』を推測できる者は――ごく一部、きっと明るみには出ない事。
 そして、『あの手記』が見当たらない事実も、きっと明るみに出る事は無い。永遠に。
 正解はあるのか。
 そもそも何が正解なのか。

 暗転。

 風化してゆく。

●バック TO しろ
「――ああああああああああ……!!」
 英斗の叫びが路地に響いた。必ず助けます。そう誓った筈なのに。仰向けに倒れたまま、割れた眼鏡の視界を閉ざし、腕で顔を覆う。
「……正義って、なんだろうね……?」
 壁に凭れる様に座った姿勢、アトリアーナが呟いた。やりきれない、どうしようもない、複雑な思い。

 正義とは。
 正義とは。
 正義とは……

「……っ、」
 イアンはそっと目を閉ざす。暗転。救急車のサイレンが、遠くから聞こえてくる――……

●○月○日――夢の終わり
 真っ暗な目。
 握り締めたペンで震える文字。
 綴った。
 暗い部屋。
 紙面。
 最期に、最期の、正気を掻き集めて、希望を乗せて。
 夢を。
 こうだったらよかったのに。
 文字の世界とこっちの世界はまるで違う。
 これ以上、狂うと、正義とは逆の行為をしてしまうかもしれないから。
 殺人鬼にはなりたくない。
 悪にはなりたくない。
 悪い人にはなりたくない。
 だから、綴った。
 望みを託した。
 どうか。
 どうか。
 私は。
 正義は。
 正義でいたいから。
 正義でいたかった。
 嗚呼弱い自分。
 敗者だと罵られるだろう。
 強くなりたかった。
 もっと強ければ。
 さようなら。
 天井、ロープで繋がり一人きり。
 さようなら。
 ゆらゆら揺れる足の下、開かれた紙面、文字、薄明りで照らされた。



 キョウモ セカイ ハ ヘイワ デシタ





『了』


依頼結果