●遠足ッ
天気は快晴、風は穏やか、暑くもなく寒くもなく。
「うむ……我々を祝福しているかの様な日和である」
頷いた教師棄棄は生徒達へと振り返った。25人。欠ける事無く全員参加、遅刻無し、文句無し。
「倒す度に群体化するのではなく、個体に近付いていくスライムですか。王道とは違う容で中々興味深いですね〜〜」
「ふふ、何匹いようが経験値にしかならないんじゃないかしら?」
優雅な笑みで手には大太刀、古雅 京(
ja0228)はスラリと得物を抜き放つ。蒼波セツナ(
ja1159)は素っ気無く鼻で笑い、手の中でワンドを一回転。
「あえて言うと固形がよかったのですー」
ナックルバンドを拳に巻きつつシエル(
ja6560)は口を尖らせる。その方が殴り甲斐あるし、と肩を回す彼女は楽しそうに殴る気満々だ。
「考えれば、人よりもよく出来たスライムかもしれない。まぁ、人も負けてないってとこを見せてやらないとね」
柔和な瞳に宿すは信念、大浦正義(
ja2956)のうねる河の様な青髪を飾る鈴がリンと鳴る。
「みんなでわくわく初夏の遠足、もれなくスライムもついてくるよ! ……って、フザケたこと言ってる場合じゃねーよな」
苦笑を浮かべる松原 ニドル(
ja1259)。油断大敵、一丁気張りますかと勇気凛凛コンポジットボウを構えた。
「遠足がスライム退治だけなんて悲しいよね」
魔法書を開きつ笑む桜木 真里(
ja5827)の言う通りだ、遊びも全力で臨むが為に。全力で頑張る。一方で牧野 一倫(
ja8516)の様に着く前から帰りたい内心を秘めていたりする者も居るっちゃ居るのだがそれはさて置き。
「スライム……卑猥だ……」
「先生の任務は良い子の任務ですよ」
九重 棗(
ja6680)の呟きに棄棄はニッコリ笑って肩を掴んだ。その辺のアレはTかなしさんとかYゴテさんに委ねられて下さい。それはさて置き。
「せめて黄色だったらプリンだと思うのになー」
「ううー、スライムが抹茶プリンに見えてきたよー……」
ぐるると鳴るのは緋伝 瀬兎(
ja0009)と雪平 暦(
ja7064)のお腹。プリン。甘いは正義。あんまり考え過ぎるとお腹が空くので頑張るとしよう。
「ぱぱっと片付けてお弁当だっ」
スライム討伐も大事だが、遠足を楽しむのが一番。頑張るぞと暦はクロスファイアを構えた。
「楽しみです♪」
「先生との楽しい遠足の為に頑張るよ〜」
レギス・アルバトレ(
ja2302)にレイン・レワール(
ja5355)も意気込み笑む。勿論スライム討伐が目的だが、それが終われば楽しい楽しいお弁当タイムが待っているのだ。
「わはー♪ 遠足なのだ、邪魔者は殺処分なのだよー♪」
なんて鈴蘭(
ja5235)みたいに笑顔で物騒な事を言っている子もいるが、やはり遠足は楽しむべきものである。
「これって遠足なのかしら? それにしても顔見知りが多いわね……」
周囲を見渡し権現堂 桜弥(
ja4461)は溜息交じりに言う。
(残念人も一杯……今回もちょっと不安だわ)
また溜息が零れそうになって、されど視界に映る教師にそれを飲み込んだ。
(……先生がいるし、今回は大丈夫かしら?)
大丈夫だと良いのだが。まぁ、やるしかあるまい。
深呼吸一つ。沙酉 舞尾(
ja8105)が脳内にて思い返すのは大規模戦闘の経験、それを基に連携と自分の役割をしっかり努めよう、とフンスと意気込み。勿論、先生や友達と初めての『楽しい遠足・お弁当タイム』に対する大きな期待も忘れない。
楽しむ為に。先ずは頑張る!
「弁当……の前に運動といくかー!」
「やれるだけやるわ。終わった後のおいしいご飯も食べたいし」
準備体操を終えた月居 愁也(
ja6837)と、細い指で己が眼帯を撫でるエルナ ヴァーレ(
ja8327)もその気持ちは同一。
戦意も高まってきた所で、そろそろ往こうか。
「油断禁物、丁寧にいきましょう」
夜来野 遥久(
ja6843)の声に誰しもが、誰しもが、臨戦態勢。
視線の先には蠢きはいよる大量の――スライム。
●キホンノホンキ!
撃退士の光纏と共に展開される阻霊の陣。それと同時に一同は作戦通りに動きだした。6つの班に分かれて各対象を取り囲んでゆく。
赤を掲げる第一班。
「が、……頑張りましょう、ね!」
八種 萌(
ja8157)は一声目が裏返る程度にはビビっていた。だってこれが初戦闘。綿毛の様な柔らかい光珠を周囲に漂わせる光纏をその身に纏い、手汗で湿る指でコンポジットボウを引き絞った。狙うは這い寄って来るスライムへ。当たれ。放つ。真ん中命中、当たった、と思わずホッとした所で、
「その調子で、一緒に頑張りましょうね」
大太刀を振り上げスライムへ大きく踏み込む京が僅かに振り向き雅な笑顔、次の瞬間には膂力を爆発させ思い切り刃を振り下ろした。飛び掛かって来るモノは構えた刃で防ぎ、切っ先で流し、地面に落ちたスライムへ容赦なく突き立てる。見かけの嫋さとは打って変わって獅子の如く勇猛果敢、されど蛮としたものは欠片もない。寧ろ優雅、舞踊の如く気品すら感じさせる剣閃。
(私も、『自分の役目』を果たさなくっちゃ……!)
深呼吸一つ、菊開 すみれ(
ja6392)の肩に発砲の衝撃が伝わる。硝煙の臭い。撃っても撃っても未だ無数に居る。されど責任感が強く自己軽視傾向のある彼女は思うのだ、『自分が頑張ればそれだけ皆が安全だから』と。その為に動きやすい露出度の高い服、臆す事無く躊躇なく自動拳銃の引き金を引いた。気を張り詰めている――そんな彼女へ、笑顔の声が話しかけた。
「すみれちゃんっ!」
ぴょんとバックステップですみれの隣に来たのは友人である暦、「ふふー」と笑んだ視線が合う。それからアイコンタクト。理解すれば動く体。同時に同じスライムを狙い、撃った。手際良く、効率良く、成る丈少ない手数で次々と。一人でやるには辛い量かもしれないが、彼女達には仲間が居る。友が居る。
青を掲げる第二班。
「ゼリー状の物体に弓って効くの? って思わなくもねーけど……まァ、塵も積もれば山となる、だろ!」
言葉と共にニドルはスッと視線をスライムへ向けた。研ぎ澄まされる射手としての感覚、当ての眼、その蒼眼が猛禽類を思わせる銀の色へと変じ、獲物を狙い澄ませる。攻めの手、指先から肩にかけて薄蒼のオーラを纏い矢を番え弦を引いた。
「全力で援護させてもらうぜー、っと!」
撃ち放つ一撃は一条に空を切り裂き、スライムを貫く強烈な攻撃。
「びゅーてぃほー♪」
見事な一撃に鈴蘭はにこりと笑う。弓は素晴らしい。だが銃だって負けてはいない。ライフルのスコープを覗き込み、膝撃ちでしっかり狙いつ的確に射抜いていく。味方の合間を縫う様に。あるいは、彼らの視界をカバーする様に。
高火力の後方支援。二人が安全に撃ち続ける為にもとレギスはハルバードを構えて立ちはだかる。自分は仲間の盾。邪な龍を思わせる赤黒い神秘をその身から溢れさせ、見澄ます紅睨。
「……我が背より後ろは、貴方達を通す道は御座いませんよ?」
成程スライムは減れば減るだけ大きく強くなっている。だが、それがどうした。大きく天に掲げる斧槍に光り輝く星の輝きを込め、その怪力を以て叩き付けた。
「全ては弁当の為に!」
レインも同じく後衛とスライムの間に立ち、後ろに控える二人を護る。派手な活躍は望まない。彼が好むのは補佐や支援、自分がこうして立ち続けている限り、後ろの二人が、そして仲間達が少しでも動きやすくなるのなら。
淡く色付く光纏の淡紅藤色に、構えた白双剣も仄かに紅を宿している――それを十字に構え、飛び掛かって来たスライムの攻撃を受け止めた。弾き返した。それをすかさず貫いたのは正義の忍び刀であった。鈴がリンと鳴る。後方の矢と弾丸を受けた個体から舞踊の如く鮮やかに、文字通り『蝶の様に舞い蜂の様に刺す』。
黄を掲げる第三班。
「また随分と、斬り応えの無さそうな相手ではないか」
闇の様な黒い影を引き連れたラドゥ・V・アチェスタ(
ja4504)は吸血鬼が如く尖った牙が覗く口元から溜息を漏らした。周囲に蝙蝠や犬の形を成す影を漂わせ、片手で巨大剣を振り上げる。体と本能の成すが儘、蹂躙という名の力押しの下に叩き下ろした。合図や他の策は仲間に任せているので、自分は『良き主』として大いに揮おうではないか。
「逃さないよ」
ラドゥが切り裂いていくスライムにトドメを刺さんと魔法を放つのは真里。判断を迷う事はない、容赦のない一撃。そこへ十字砲火が如く、舞尾は風遁の術を練り真空刃を放った。アクアマリンのぽわぽわした光をその身に纏い、円らな瞳でキッと敵を見澄ましている。
スライムに攻撃した時の手応えが段々大きくなってきた。その身体で棘を作り、撃退士を切り裂く個体も居る。されど、負けるものか。舞尾は脚部にアウルを込め、雷が如く飛びだした。
「取り零しはしません。追込み漁も経験済み……ですよ!」
素早い一撃、阻霊符と味方の攻撃射程両方の範囲に追い込む様に立ち回る。漁師の眼は獲物を逃がさない。大漁ならば尚更だ。
桃を掲げる第四班。
「やれやれ。同じ色なら、4つ並んで消えてくれりゃ面倒もないのにな」
まぁそんなばよえーんな展開なんて有り得ないか、と一倫は拳銃の引き金を引いた。或いは、飛び掛かって来た個体をバヨネットで切り払った。やる気も熱意もないけれど、仲間の邪魔にはならない程度に。
ダウナー系、といえば棗と似た所があるかもしれない。
「……ま、ぼちぼちやるか」
ローブのように纏うドス黒い霧の光纏、エネルギーブレードの刀身も同じ黒。面倒臭がりな棗ではあるが、やるときゃやるのだ。膨らませた風船ガムがパチンと弾ける音と共に一閃、一倫が切り払ったスライムを切り裂き確実な撃破を狙う。黒の剣戟。宛ら悪魔か死神。
そんな前衛陣の怒涛の攻勢を施条銃のスコープからの景色で見守りつ、燭台の明を思わせる光を纏った加倉 一臣(
ja5823)は溜息と共に独り言つ。
「これ全部メタル色だったらな……」
手首に巻いたピンクの布。ピンクハインランとかさっきニヤニヤ顔の棄棄に言われたっけ。高い集中の下に狙い定める。引き金を引く。発砲の衝撃と、弾丸に地面を転がったスライム――が再び巨大化して、浮かび上がる小さな魔法陣。放たれる魔弾。成程、強化されれば魔法も使えるようになるのか――いや今はそんな事を悠長に考えている場合では、
「……気を抜くな、加倉」
そんな一声、間に割って入った遥久がカイトシールドでスライムの魔弾を受け止めた。その右手に奔る雷の様な光が盾を一層煌めかせる。一臣の礼を聞きつつ遥久は呼吸を一間、前衛の仲間へと癒しの光を飛ばした。気を抜けないのは自分も同じ。仲間の火力を最高値に保つ為にも支援に励む。
白を掲げる第五班。
「その身に癒しの光を」
如月 優(
ja7990)が翳した掌から放った柔らかな淡青色の光がセツナの傷を癒した。盾を構えてスライムの猛攻を凌ぎつつ、優は静かな表情のままセツナを見遣る。
「大丈夫、ですか」
「当然よ」
スライムの棘に貫かれて肩にできた傷――はもう塞がった。痛みも消えた。魔女帽子の影の奥から巨大化したスライムを見据える。ロータスワンドの一振りで放たれた魔弾を掻き消し、口元に薄笑みを。
「ふ、スライムの癖に……」
向ける掌、術符によって召喚するは紅蓮の炎。高い魔力を以て焼き尽くす。
自分の横を駆けた炎――シエルの専門は魔法ではないが、炎の如く怒涛の猛攻。
「どんどんいくよ〜!」
暴力は嫌いだが敵を倒す為の戦いは大好き。拳を叩き込み、叩き込み、ぶっ叩く。
「愁也先輩、そっち行きましたです〜!」
「おっしゃ、任せろ!」
シエルがアッパーカットでカチ上げ宙を舞ったスライムを、愁也はロングボウで狙い澄ませた。弓から纏う紅蓮の炎を思わせる光纏が揺らめく。放つ矢は一直線、空中のスライムをブチ抜いた。
「全ては弁当の為に!」
心は一つ。ガンガン往こうぜ。
橙を掲げる第六班。
如月 敦志(
ja0941)の指示通りに集めた敵へ猛攻を。
「カゴメカゴメみたいだよねっ」
スライムを取り囲んだこの状態をそんな一言で言い表す。敵が振るった一撃を宙返りの要領で躱し、瀬兎は魔力を込めた苦無を投げ付けた。
「かわいく……わないわねぇ……ま、やっちゃいましょ?」
まぁ可愛くってもやっちゃうんだけどね、とエルナは魔力を込めたワンドで一匹を叩き飛ばした。ゴルフの要領。瀬兎が橙色にマーキングした個体。そして残りの個体へと向き合う。漂う紫のオーラ、風もないのに外套の裾が棚引く様は怪しげな魔女そのものであった――体術が得意で前線でバリバリ戦っているのはさて置き。
「例えスライム相手でも油断大敵 、甘く見てはいけませんよ」
濃藍色の霧と青藍色の雷を纏う桜弥は仲間へ注意を促し、大鎌を構える。今回は血が出ない相手なので良かった、と心の底から思っているのは内緒だ。自他班問わず回復に奔走しつつ、仲間がダメージを与えた個体へ刃を振り上げた。込められる輝きは星の如く、強烈無比に切り払う。
(間違って残す個体を倒したらシャレにならないわ……)
集中、集中。
それから得るなと共に敦志へ視線をやったのは――彼から見て直線に敵を上手く誘導し終えたから。絶好のタイミング。敦志は既に翳した掌へ詠唱によって魔力を練っていた。組み上がる魔法式。彼の周囲に浮かぶ魔法陣。火と氷の色。
「凍て付き燃え散れ、滅煉衝――零式!!」
弾ける魔法陣、炎と氷の相対する二属性のエネルギーが彼の掌から強力に放たれた。悉くを巻き込んで、氷と炎のエネルギーで破壊する。
「お疲れ様」
エルナの笑み。まだ残っている――強力になって。さて、どつくか。杖で物理。
銘々。
されどその中でたった一人、戦場を広く広く見渡しているのは風見 巧樹(
ja6234)であった。司令役。デジタルカメラやスマートホンを駆使して情報収集に奔走する。そして、メガホンで残りの個体数を大きく叫んで仲間へ知らせていた。
既に残りは十体以下。それだけの強さ。既に数人かは手痛い傷を受けた者も居り、それは棗と棄棄が戦闘圏外へと連れて行くのが見える。戦場でも癒しの光が煌めき、又は銃火が光り、刃が奔り、魔法が飛んで行く。
情報を伝える巧樹の大きな声――第六班、敦志の耳に入る。視線の先、瀬兎の苦無が、桜弥のレイジングアタックが、エルナの一撃がタイミングよく大きなスライムを追い詰めた。その時間は魔法を唱えるのに十二分、掌を再び翳す。
「ナイスだ3人とも! トドメは任せろ!」
最後の一発、滅煉衝−零式−。迸る熱と冷気がスライムを飲み込む。ディアボロが掻き消える。
斯くして、巧樹の目に映ったのは六つの班でそれぞれ掲げられた六色だった。赤青黄桃白橙。今だ。大きく息を吸い込む。笛を加える。
『ピーーッ!』
――用意
『ピッ ピッ ピッ――』
――3、2、1、
『ピィィイイイ!』
――攻撃!
「行くよすみれちゃん!」
「うん、頑張ろう……!」
暦が繰り出す高速の衝撃波と、すみれが撃ったストライクショットが重なった。
別の場所では、攻撃の為に気を練ったラドゥが山をも砕かん重撃を放ち、それと同時に真里と舞尾の魔法が放たれる。
「スタンバイ、スタンバイ、スタンバイー……♪」
鈴蘭が覗き込むスコープの視界。巨大なスライムの攻撃を協力して食い止めているレギス、レインに、アウルを燃焼させると共に大きく踏み込む正義の姿。
「ゴー!」
同時に放つ、剣と銃の一撃。
「痛いのは好きじゃないんだけど」
遥久のライトヒールに傷を癒されつ、一倫はバヨネットを構えて間合いを詰める。
「さって、トドメですよ……っと!」
その斬撃と同時、スライムを穿つのは一臣のストライクショットに棗の剣閃。
「最大火力で潰してあげる……焼けて滅びよ!」
純粋に破壊力のみ。セツナが放った薄紫色の光の矢が、シエルの拳が、愁也の薙ぎ払いが、優のインパクトが。
「同時……成功してくれよ!」
「成功『させる』のよ」
言葉の主へ回復の光を飛ばしつつ間髪入れない桜弥の一言、苦笑を滲ませ詠唱する敦志。辻風、石火、瀬兎とエルナの攻撃と同時に攻撃を。
大人数の撃退士達が全くの同時に攻撃を行う様は、正に圧巻の一言であった。
●stkタイム
「ふむ」
遠巻きにそれらを見守る棄棄は顎に手を添え感心の声を漏らす。あれだけの人数でタイミングを合わせるのは至難の技だろう、だが生徒達は見事にやってのけた。しっかりと連携し、考えられた良作戦だろう。
「御見事。……だが、」
攻撃による土煙や硝煙の中――ゆらり。立ち上がる影。ムクムクと巨大化していくそれは悪魔、そう正に。
肥大化した体、大きな腕、鋭い双角、長い尻尾に小さな翼。スライムのゲルボディである事を除けば、言葉通りの悪魔シルエット。
最後の一体。
タイミングは完璧だった。されど、スライムが六体居れば六つの行動反応がある。ある個体は回避を試みただろうし、ある個体は防御であったろうし、ある個体はそのまま攻撃に向かったかもしれない。それに『六体全てが同じ能力値』である保証もないのだ
撃退士とて同じだ。人数が居れば居る程。その能力値には差があるし、攻撃の手応えとて攻撃したその時々で異なる。運という話も出てくるのだ。思いっ切り会心の一撃が決まった者もいるだろうし、今一の手応えだった者もいるかもしれない。
その前段階である『人型』の発生を防いだ事は撃退士の作戦勝ちであるが――
「どうなる事やら……気張り給えよ、諸君」
見守る棄棄の視線に心配の色が浮かんだ。
●やるっきゃない
ピィイイイイ!と、笛の音が空を裂く。
「しゃがめぇえええ!!」
巧樹が叫んだ緊急指令、その直後にスライムが巨大な炎を吐き出した。飲み込まれ、傷付いて、膝を突く撃退士達。
「結局こうなったか……」
敦志は切り裂かれた肩を押さえて顔を顰める。奮戦する撃退士達であるが、ラスボス対策をして居た者が多くなかった為か――苦戦している。だがやらねばならない。
「傷を負っているヤツは一旦下がって回復しろ! 時間は稼ぐ! その後一気に倒すぞ!」
指示を飛ばし、自身は翳す掌から炎の塊を放った。火には火を。熱に焦げる痛みを鬱陶しがるようにスライムが闇雲に巨腕を振り回した。その高度、重量、大きさ、ぶつけられるだけで立派な凶器である。
「あなたの好きには、させない……!」
だがその凶器の暴走を、すみれが弾丸を以て軌道を塗り替えた。狙うなら自分を狙え、そう言わんばかりにキッと睨んだ。自分なんかどうなってもいい、そう思うが故に躊躇いなど無い。スライムには目はないが――視線があった様な気がした。ヒュ、と空を裂く音と共に突き出された悪魔の尾、すみれの脇腹を切り裂く。赤が散る。
「……ッぅぐ、!」
脳を焼く痛み。されど、自分一人に攻撃が向いたという事は――他の仲間を意識の外に追いやったという事。隙ができたという事。
その隙を見逃す者は居ない。一斉に飛び掛かり、或いは一斉に射撃する。集中砲火。
「いっけぇえええええ!」
「プリンなんかに負けないよーっ!」
シエルが投げ付ける苦無がスライムを切り裂き、瀬兎が放った辻風がその傷口を更に抉る。
今度は悪魔が攻撃をす番だった。はためく翼が大きな真空刃を巻き起こし彼女らへ襲い掛かる。が、
「Ich lehne eine andere Person ab」『Mein Herz ist ein Kokon des Stahles』
真空刃の前に立つセツナがワンドを構えて理を刻んだ二重詠律呪文。
無垢なる敵意。我は他者を拒む、我が心は鋼の繭なり。
その魔道は波紋状となって盾となり、真空刃を真正面から防ぎ砕いた。
衝撃の風の中。魔女は薄く切れた頬を指先で拭い、静かに悪魔を睥睨し。
「……図に乗らないで」
激戦。
その様子を見守りつ、レイン、遥久、桜弥、優は下がって来た仲間の治療に当たっていた。
どうか無事でいて欲しい、と唇を噛み締めるレインに優は視線をやって。回復した仲間と共に盾を構えて悪魔へ一歩。
「あなたの分まで、戦って、くる」
既に優の回復の手は尽きた。なので回復は仲間に任せる事になる。そして自分は今出来る事を。
「前方攻撃に備え! 後方攻撃! 横警戒!」
巧樹の指令を聞きつつ優は駆けた。こんな状況だからこそ慌てずに、確実に。薙ぎ払われた腕を盾で防いだ。が、今度は尻尾の一撃。回避、無理だ、防御、間に合うか――目の前に赤色。一倫が身を以て彼女の盾となった。
「まぁ、なんとかなるからさっさと行って」
振り向く笑顔は処世術。せいぜいが死なないように。ありがとうと礼を述べ、詰めた間合い。振り上げた斧に渾身の力を込めて叩き下ろした。痛打。その負傷個所を一臣は狙い定める。と同時に放たれる無数の真空刃が通りぬけ、全身にできた小さな切り傷より血潮が散った。しかしその銃口が背けられる事はない。
「そろそろ大人しくなって欲しいな、なんて」
ストライクショット。鋭い一撃で貫き穿つ。
撃退士の被害も中々であるが――悪魔スライムも疲弊している。
活路は、ある。
希望は、ある。
勝機は、ある。
「……ッ、」
歯を食い縛って萌は叩き付けられる腕の一撃を盾で凌ぐ。一発防ぐだけで、その重量に体が悲鳴をあげた。骨が筋肉が内臓が軋んだ。潰れてしまいそうになる。また振り上げられる腕。だが、受け止める衝撃は先よりもずっと軽かった――のは、横に立ったレギスが共に攻撃を受け止めてくれたから。
「光あれ」
祈りは癒し、レギスのライトヒールが萌の傷を痛みを拭い去った。
「大丈夫ですか?」
「はい、ありがとうございます……!」
怖いけれど、皆が居れば大丈夫。せーのでスライムの腕を跳ね退け、バランスを崩して。
「アチェスタ様!」
「うむ」
レギスが振り返った先にラドゥの姿。吸血鬼が纏う闇の外套が揺らめく。練られた気の下、黒を映す大剣を構えた。
彼は戦闘狂ではなく、闘争狂。戦闘そのものは好きでは無いが強い存在と戦うのは好きなのだ。
強引に踏み込む。思い切り振り上げる。
「せめて、少しは楽しませよ」
破山。正に文字通り、山の様な巨体を圧倒的な力を以て破壊する轟撃。
スライムが蹌踉めく。ふらつく。
そこへ飛び掛かって行く撃退士達。
互いに最後の力を振り絞って――
●おつ
ハッと気が付いて、跳び起きた。すぐそこに教師の顔があった。大丈夫か、と言われる。見る体。傷だらけ。ただし簡単な処置は施してあった。
そうだ、スライムは。見渡す周囲――仲間達。スライムの姿はない。勝ったのか、そう思った時に頭に乗せられたのは棄棄の掌であった。
「お疲れさん! さ、まだ遠足は終わっちゃいないぜ」
ニィッと笑んで言う。先ずは弁当だ、と。
「ふう……なんとか倒したわね……さて……」
ごそごそと桜弥が取り出したのは手作りのサンドイッチであった。
「はい、お疲れ様でした。あまり美味しくないかもだけど、皆さんどうぞ」
それらは共に戦った仲間達へ。お嬢様らしく妬まれる程に何でも出来る――料理以外。
料理以外。
まぁ 彼女のサンドイッチテロで生命力が減った人はいなかったので良しとしよう、うん。
「お昼ごはんっ! いっぱい食べるよ!」
一方の暦は料理の技能をフル活用し持参したお弁当をいそいそと広げていた。豪華なそれらを横目にニドルは持参したおにぎりと烏龍茶で一休み。
「うん? おやつ? ……いや、最近のスイーツって結構お高いノヨ?」
遠い目。予算内で買えなかったのでした、まる。
瀬兎はおにぎりとおにぎりとおにぎりとおにぎりとおにぎりと麦茶。
「え、多いかな、これ1人分なんだけど」
ビバ燃費悪い。
別の場所ではセツナが、くの字に曲げた針金を手に周辺をうろついていた。
「何であんなに大量発生したのかしらね……」
気になる。黒魔術探究部部長たるもの、神秘は放っておけないのだ。何か見つかるとえーねー、と棄棄の声。そんな彼の近くにてサンドイッチを食べていた萌が、そっと差し出すチキンサンド。
「先生、これ、良かったらどうぞ」
「マジでか!」
ええ子や、とモグモグなでなで。和気藹々、和やかな空気の儘に鈴蘭は暖かい場所でお昼寝タイム。一倫は持参のコンビニにぎり飯(おかかと照りマヨチキン)を食べ、スマホ片手に隅へ引っ込んだ。
「遠足、とは、こういう、もの、か」
初体験の雰囲気に優は思わず感嘆の息を漏らした。それから広げる和のお重六段。皆も遠慮なく食べてくれ、と。
「友が、弁当を、作ってくれた」
表情は乏しいながらも、どこかほっこり。好物の唐揚げを大量に入れてくれてるのが嬉しいのだ。
「あ……」
しかし真里はしょんぼりしていた。
「残念だな」
フルーツサンドと焼き菓子を持ってきていたが、戦闘の影響で潰れたり割れたりしていて……でも味は変わらないので美味しく頂きました!
それから立ち上がり、仲間達へと声をかける。一緒にドッジボールしないか、とボール片手に。
ワイワイ、銘々に盛り上がる。
広げられたブルーシート。持ち寄った弁当などを囲み、まったりと。
「愁先輩、お疲れ様ですっ。これ皆で分けて欲しいです……っ」
シエルが愁也へ手渡したのは一つの水筒。あけるまでのお楽しみです☆とシエルはすみれの下へ走って行く。何だろう、覗き込む絶望メンバー。早速開けてみれば――オリーブオイルで香ばしく揚げたフライドチキンの詰込み。美味しそう!だが、
「で、出ない……!」
「っく! つっかえて出てこないぞ!」
だってギュウギュウ詰め。愁也、敦志、レイン、一臣の絶望ポーズ……遠足でも絶望するなんて。
「ここでオリーブオイル!」
しかし諦めない漢が一人。敦志が追いオリーブオイルをドバァして取り出してくれたぞ!でも油でギットギトになったぞ!絶望だ!衣のサクサクが台無しだ!
「「「「絶望だ!!」」」」
そんな絶望諸君はさて置き。
「お弁当作ってきましたよ、どうぞ食べて下さいませ」
「沢山作ったのでどうぞです〜。羊羹はぷっちんして食べて下さいね」
と、レギスと舞尾が広げたお弁当の中身は、
@レギス
おにぎり:昆布、梅、おかか、エビマヨ
おかず:エビフライ、ポテトサラダ、厚焼玉子、金平牛蒡、ほうれん草のソテー、漬物、ひじき、人参のキッシュ
@舞尾
おにぎり:エビマヨ、山葵漬の他3種類)
和食中心のおかずを小ぶりの重箱で持参
魔法瓶:海鮮出汁の吸い物、デザートのスライm……まりも羊羹、麦茶の3本立て
レインはデザート(苺や巨峰、林檎、キュウイ、サクランボなどを入れた簡単ゼリーを小さめのカップに凍らせたもの)を広げている。
ふむ、とラドゥは頷き一つ。
「吸血鬼たる我輩を誘おうとは……全く酔狂な連中である」
曰く、下僕経由で誘われたので面識は無いと。等と言いつつ広げるのは手作り弁当、
@重箱
おにぎり:海老マヨ、梅、鱈子、五目、高菜
おかず:唐揚げ、たこさんウインナー、肉巻き野菜、プチトマト、卵焼き、etc
@別の容器
サンドイッチとフルーツ
「お茶もある、自由に飲んでも良い」
そしてデデンと大容量の水筒。
「ラドゥ様の周りは皆これを食べてんの?すっげ羨ましい!」
「わ〜、ラドゥ様ありがと!」
「良い奧さんになれますね。ラドゥ殿は……良い、母……に?」
唐揚げやウインナーを頬張り大歓喜大絶賛の愁也、礼を言うレイン、己の言葉に首を傾げる遥久。
「たくえつしたぎのうをもつルインズブレイドのこうげき!」
「ぐわぁあぁ」
一方で、エビマヨを狙った一臣が棄棄に■■されたりされてなかったり。まぁ結局仲良く半分こしたそうな。
そんなこんなで教師も交え、一緒にまったり。棄棄は愁也に貰った冷凍ミカンをもぐもぐしている。取り敢えず遥久はお約束だと思ったので愁也と一臣の背中に冷凍ミカンの外側の氷を投下しておいた。のたうつ彼らをフンと鼻で笑った所で――ふと、割と近くにいたエルナと目が合う。基本ぼっちなエルナはヴルスト詰め合わせ弁当とノンアルコールビールなう。
「ご一緒に如何です」
「あ。じゃあ、是非」
遠足というものは仲間の絆を深めてくれる不思議なイベント。
「その服どこで買ったの? すっごく似合ってて可愛い!」
「すみれ先輩の服もかわいいのです。ね、今度一緒に買い物に行くですっ♪」
すみれとシエル、花開くガールズトーク。すみれの顔が赤いのは、褒められたのとシエルが可愛いのと。
遠巻きに眺める騒ぎは見ているだけでも楽しい。
「楽しそうなのですです、あ、すみれ先輩にサンドイッチ作ってきたですー」
広げられるのはツナや玉子サンドに色鮮やかのサラダやフルーツ、二人の表情に咲くのは笑顔。
のんびりとした時間。
棗の誘いで野球が始まり、棄棄が無駄に分裂魔球とか使ったりしたり。
盛り上がる楽しい時間、されど楽しい時間はあっという間で。
最後に記念撮影といきましょうか。瀬兎は使い捨てカメラ、一臣はスマートホンを取り出して。
「棄棄先生ー! ポーズお願いしまーす!」
「任せろ」
すっげぇ恰好良いポーズしてくれました。
そんなこんなで、3、2、1――ハイ、チーズ。
楽しい思い出がどうか色褪せませんように。
「よっしゃー帰るぞ諸君! 帰るまでが遠足だぜ!!」
『了』