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マスター:ガンマ
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
形態:
参加人数:25人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2017/08/09


みんなの思い出



オープニング



 久遠ヶ原学園。その巨大な学園には、その歴史に相応しい巨大な図書館がいくつも存在する。
 その中には、これまでに扱われた無数の依頼や、卒業生達の記録なども収められているという。
 ここなら、かつては『未来の話』として考えられていた記録も見つけられるだろう。

「昔の人はこんな未来が来るって想像出来なかったんじゃないかな?」

 若い世代はそういっているが、そうだろうか?
 未来は――そんな未来にしたいと《想った》からこそ、辿り着けたのだ。

 これはそんな、いつかの遠い未来の記録である。


●おお我が学び舎よ

 入道雲。
 蝉が鳴いている。

 冷房の効いた教室からは運動場が見えた。見るからに暑そうなそこでは授業が行われているようで、生徒達と教師が見える。

 久遠ヶ原学園の、とある夏の一日。
 けれどその日、学園は奇妙にソワソワとした雰囲気で包まれていた。
 なぜなら今日は授業参観日。
 生徒達にとっては、親が学園に来るというなんだか非日常な日。
 教師達にとっては、保護者の前でキチッと授業をせねばと緊張する日。

 夏の午後。
 かつてこの学園の生徒だった者達が、親となってやって来る。
 懐かしい、ちっとも変わっていない我が母校。
 すれ違うのは見知った顔か、ずいぶん大人になった顔。中には赤ちゃんを抱っこしている者もいたり。お腹が大きい者もいる。それは新しい命だったり、単なる幸せ太りだったり……。
「久しぶり」「ソックリだね」「そうかなぁ」「やだ太った?」「そっちは変わらないね」「今何ヶ月?」「元気にしてた?」「今日も暑いね」「いつもお世話になっております」……なんて。学生時代は、こんなやり取りをすることになるなんて思いもしなかったなぁ。
 来賓用のスリッパを履いて――昔は上履きを履いたものだ――昔の記憶と変わらない校舎を、歩いていく。

 ――あるいは、教師となった卒業生もいる。
 見知った友の子供は毎日見ているけれど、友本人と会うのはいつ振りだろう?
 と、まあ、自分もちゃんとやってるよって、授業がんばらないとなあ。
「先生キンチョーしてるの?」と、友と良く似た顔の生徒がイタズラっぽく笑った。
「そうかもね」と、教師は笑って、その子の頭を優しく撫でる。

 さて、さて。
 チャイムが鳴る。
 きりーつ、きょーつけ、れー。そんな声が響く。

 ――久遠ヶ原学園の、授業参観の幕開けだ。


リプレイ本文

●スクールのルーム

 久遠ヶ原学園のチャイムの音を聞くのは、いつぶりだろう――?

 ミハイル・エッカート(jb0544)は思い返す。見渡す教室は設備こそ新調されたりしているものの、外観は彼の記憶と変わりはない。
 そう、随分と燻し銀になった今のミハイルは学生ではなく会社員。彼がかつていた場所には、彼と良く似た小柄な少年――ミハイルとサラ・マリヤ・エッカート(jc1995)息子、デニスが立っている。

「夏休みにやりたいこと」

 髪色は母親と同じ赤茶色だ。父親譲りの青い瞳で、少年は原稿用紙の文字を追う。
「僕はパパのピーマン嫌いを直したいです。パパはママが作った料理のピーマンは食べるのに、外では絶対に食べません。外食すると必ず残します。いつもは格好いいのに、こういう時は格好悪いです」
 母親譲りの優しい声音だが、息子の言葉は容赦ない。「酷い時は僕のお皿にピーマンを乗せてきます」とまで言われてしまい、ミハイルは赤面してコメカミを抑えてしまう。
(俺、格好悪いのか……)
 保護者陣、そして教師までもついつい笑みを堪えきれず、口元を綻ばせている。あー、とミハイルの顔がもっと赤くなった。
 その間にもデニスはしっかりした声で作文を締め括る。

「だから僕がママみたいな美味しい料理を作って、パパのピーマン嫌いを克服します」

 デニスは拍手の中、席に座った。料理好きな彼の夏休みの自由研究は「父のピーマン嫌いを克服する為のピーマン料理開発」になりそうだ。待ち受けるだろうピーマン尽くしな恐怖の未来に、ミハイルの顔が今度は青くなる。
 一方、彼の隣にいる妻のサラは感心した笑顔で、「しっかりした子だわ」と微笑ましい表情なのであった。帰り道、早速ピーマンを買わなくちゃ。


 さて、別の教室――デニスのいた教室は六年生のものだ――五年生の教室では。


「申し訳ありません、遅れました!」

 ガラッ、と戸が開いて駆け込んできたのは、息を切らせた樒 和紗(jb6970)だった。それだけならまだ『まあ良くある光景』なのだが……和紗の腕には、石臼があった。「新調した石臼を取りに行っていたものでして」と和紗は頭を下げる。

「妊婦が石臼かついで走るんじゃねー!」

 そんな和紗に怒鳴り声を上げたのは他ならぬ彼女の息子、璃人だった。顔立ちこそ和紗に似ているが、中身は随分シッカリしているようである。それもそのハズ、天然な親に妹二人と弟一人という長男立場。「全く」と、少年は溜息を吐いた。
 璃人の言う通り……和紗は今、妊娠六ヶ月。ちなみに職業はフリーの撃退士だが、今は妊娠中ゆえ撃退士稼業はお休み中だ。そんな和紗は今、息子に怒られションボリしている。駆けつけたゆえに流れる汗をハンカチで拭いつつ――そして副担任から勧められた椅子に座りつつ、石臼を小脇に置いて和紗は息子を見やった。
「自分の長所について」
 ちょうど璃人の発表の番がやって来たようだ。改めて、間に合って良かった――和紗はホッと胸を撫で下ろしつつ、息子の声に耳を傾けるのだ。
「僕の両親は撃退士です。母さんは僕と同じインフィルトレイターです。二人で事件を解決していてカッコイイのですが、二人してズレてます。周りが寛容過ぎたのでしょう。そんな親を軌道修正できるところが、僕の長所だと思います」
 青い瞳で文字を追い、彼は生真面目な物言いで淡々と続ける。

「でも、長所も親が伸ばしてくれたものだと思うので、愛情いっぱいの親の息子であることも長所だと思います」

 終わります、と璃人が席に着く。拍手が起きる教室の中――和紗はパーッと表情を華やがせていたのであった。


「土器を作ってみよう!」
 工作室、考古学の非常勤講師となった黄昏ひりょ(jb3452)は、笑顔で生徒達を見渡した。普段は動きやすい服で遺跡発掘調査をしているが、今の彼はピシッとキメたスーツ姿である。
「まずは土を――」
 ポイントを抑えつつ説明をしながら、ひりょは実際に自分が作った土器を生徒達に見せる。
「先生は美術のセンスは皆無だ! 皆の方が上手いかもしれん!」
 その言葉に生徒達から笑いがこぼれる。ははは、とひりょも笑い飛ばした。
 さて、説明もそこそこに。実践あるのみ。今回の授業は父兄も参加して子供と一緒に土器を作るという内容だ。
「どんな形に作ってもいいぞ〜。発想次第だ!」
 ひりょが見渡す工作室は賑やかなものだ。子供と親とのふれあいの場の提供に、子供の可能性を親に知ってもらうこと。ひりょの考えは上手くいっているようである。
 子供と隣り合い、一緒に手を土まみれにして、土器を作り上げていく父兄――その中には、ひりょの見知った顔もある。学生時代と比べて随分と大人びた、けれど笑った顔は昔とちっとも変わらない顔が。
「――、」
 ひりょはそれに、微笑ましげに目を細める。学生時代を思い出して、ちょっとだけ懐かしい気持ちになったのだ。
 と、目に留まったのは内気な生徒が土を前に手が止まってしまっている様子だ。母親に「好きに作ってもいいのよ?」と言われても、「うん……」と自信なさげである。
「自信がないのかな? でも、先生のより十分上手いと思うぞ?」
 大丈夫大丈夫、とひりょは微笑む。すると生徒ははにかみながら頷いて、土をこね始めた。
 工作室からは、楽しげな声が響き続ける――。



●スクールの運動場

「よくぞ集った! 実技指導教官のクリスティーナ・カーティスである!」

 晴天の下、セミの鳴く運動場。整列した生徒達の前には、模擬剣を手にしたクリスティーナ。
「補助指導員のユウです」
 ニコ、と微笑み頭を下げたのは学園の教師となったユウ(jb5639)だ。悪魔ゆえに、外見は学生時代から全く変わっていない。穏やかな性格もあの頃のままだ。
「遊びではありませんので、怪我には気を付けて……とは言えません。それでも、各自今日までの訓練を思い出し全力で挑んでください」
「ふふん、ビシバシしごいてやろう」
「クリス先生も、張り切り過ぎないようにして下さいね」
「……ウム」
 クリスティーナとそんなやりとりをしつつ、ユウは諸注意を続け――目に留まるのは運動場隅のテント、大人になった見知った一同だ。
(ふふ、久しぶりの顔ぶれであの時を思い出しますね)
 だからこそ、子供に悪影響のある騒動が起こらぬようキチンと管理進行せねば。


「フフーン! あたいの子がさいきょーなのよ! 出陣!」
 パイプ椅子に座った雪室 チルル(ja0220)は、まるで本丸の将軍が如き堂々さで言い放った。その視線の先にいるのはチルルの娘――戦場のド真ん中で拾った養子が。
「……」
 ツーンとそっぽを向いたまま返事をしない娘。生まれた時からアウル覚醒者だったらしく、ずっと迫害され続けてきたことが原因らしい。要は反発心が凄いのである。


(入学時は、人の子の親になれるとは、思わなかったな)
 スーツ姿の翡翠 龍斗(ja7594)は、撃退庁にて現場や事務の仕事をしている。年齢相応の落ち着きは備わったものの、かつての抜き身の刃の鋭さは顕在だ。
 そんな彼の視線の先には、実の息子である中学生の青嵐がいる。もう一人、双子の姉がいるのだけれど、彼女は熱でダウンしており自宅にて愛妻に看病されている。
「……」
 龍斗と目が合った青嵐はスッと視線を逸らしてしまう。彼は顔立ちは父親譲りだが、髪型は「女の子と間違われるので」とウルフヘアにしている。

 そんな翡翠父子とはある種の対照的に。

「いい……狙うは先生のパン○。頑張ってね」
 歌音 テンペスト(jb5186)は手招きした娘――風花にとんでもないことを囁いていた。優しく微笑んで背をポンと叩くその姿は、真剣に闘うよう励まし娘を送り出す母親そのものだが言ってることがアレである。そしてガチ百合の彼女になぜ娘がいるのかは不明だ。
「いい風花? 召喚獣は鈍器。召喚獣は投擲兵器。バナナは、」
「ブーメラン。バッチリ分かってるよ、ママ」
 謎の家訓に親指を立てて風花は笑む。青髪ロングの小学生は母親にソックリだ。そんな彼女は、いつも頭にウーパールーパー、ポケットに干しシイタケを入れた、ガチ百合の普通の女の子である。普通とは。

「がんばってね、奏……」
 同じくテントにて、水無瀬 文歌(jb7507)は娘である奏の手を握って心配そうな表情だ。娘は何事にも一生懸命だけど、ついつい周りが見えなくなってしまうことがある。それがちょっぴり心配なのだ。
「奏、貴女は一人じゃないのよ」
「大丈夫なのですよ!」
 文歌とソックリな少女は、父親である水無瀬 快晴(jb0745)譲りの金の瞳を真っ直ぐ母親に向けた。
「……頑張れ、奏」
 文歌の隣には夫である快晴。娘がどんなことをするのか期待しつつ、ポンを肩を叩いて送り出す。奏は「任せるのです!」と長い黒髪を翻し、運動場へ駆けて行った。
「心配なこともあるけれど……奏がどれだけ成長しているか楽しみだね」
「……だな」
 寄り添いあい、夫妻は駆けて行く娘の背を見送る。
 学生時代は、こんな光景を見ることになるなんて。二人とも、同じことを思っていた。
「昔の私達なら、信じられない光景よね」
「確かに、そうかもな……」
 今の文歌は、歌で人間界と天界と冥界を繋ぐ、歌手兼外交官。(奏いわく「ママは永遠のアイドル、十七歳なのです」)
 今の快晴は、異世界の文字や言葉を翻訳する翻訳業。(奏いわく「パパはどんな言葉も知っているのです! 歩く辞書なのです!」)
 異世界をまたに駆けて、目まぐるしい日々。大変なこともあるけれど、それでも充実した日々。子宝にも恵まれて、幸せな日々……。
 ――いつか奏も、こんなことを思う日が来るのだろうか? なんて。こんなことを考えるのは、まだ早いかな。


「すーくん、ふぁいとー!」
「……いっぱーつ」
 同様、ユリア・スズノミヤ(ja9826)――結婚して本来の名である百合亜となった――は、八歳になる息子の昴にエールを送っていた。スノーホワイトの髪に、父親譲りの金の瞳。やや垂れ目だが、その顔立ちは父親譲りの端正なものだ。

「あおいの分も頑張ってね」
「うん! まかせて!」
 テントからの木嶋 藍(jb8679)――深緑の訪問着を身に着けている――の声に、小学一年生である御子神さくらが振り返って手を振った。双子の弟であるあおいは、今日は残念ながら風邪でお休み中である。
「いっぱい頑張って、お父さんに褒めてもらうんだっ」
 フスンと意気込むさくら。その言葉通り、かなりのパパっこなのである。父親譲りの整った顔立ちに、青髪翠眼のお転婆盛りさんだ。

「誰かを救う刃であれ。父さんの教えだが……俺はその意味を理解できてない気がする」
 不知火あけび(jc1857)の中学生の息子である仙火は溜息を吐き、手にした模擬刀に視線を落とした。
「仙火は仙火なりの侍になれば良いんだよ!」
 母親がそう励ますと、銀の髪をした美貌の少年は「ふぅん」と赤い瞳を向けて。
「忍者は良いのか?」
「私も両立したから!」
「そんなもんかなぁ」
「私とお師匠様の血を引いてるんだし、できるできる!」

 一方その傍らでは。
 一族の当主であるあけびの補佐役、不知火藤忠(jc2194)が実子にアドバイスをしているところだった。

「僕は楽しければ良いんだけどね。戦うことが楽しいのは少し変かな?」
 模擬刃の薙刀をクルクル器用に回すのは中性的な中学生、楓。黒い髪をかき上げれば、妖艶な赤い瞳が細められる。
「いや多分血筋じゃないか。どちらのとは言わないが」
「ふふっ、不知火も御子神も個性が強いからね」
 父親にそう笑んで、楓は「仙火、いこ」と幼馴染の袖を引いて運動場へと向かって行った。
「変わらないな、俺達は」
 その背を見送り……藤忠は隣のあけびにそんな苦笑をこぼすのであった。

「子どもの授業参観なんて緊張しますね……! しかも母校ですから、尚更です!」
 星杜 藤花(ja0292)は緊張する胸に手を添えて、小学二年の娘である莉来を見守る。娘はバハムートテイマー専攻で、「おかあさんのまね」と筆の模擬V兵器を手にしている。
 藤花の隣には、夫であり莉来の父である星杜 焔(ja5378)。外見は学生時代と同じ青年姿で変わっていない。尤も、本人にとってはそれが悩みでもあるが。
 さて。星杜夫妻は天魔被害孤児向け児童養護施設と小料理屋を切り盛りしている。施設の子供達には覚醒者も多く、久遠ヶ原学園の生徒も多い。そんな子供達の中には、夫妻の『長男』である望もいた。
「支援と回復は俺がするから――」
 短く刈った茶色の髪に、シッカリとした眼差しの桃色の瞳。アストラルヴァンガードとディバインナイトを専攻する中学三年生ではあるが、生真面目で大人びた内面に、筋肉質で長躯な体格と、随分大人っぽく見える。
 彼は夫妻が学生時代に引き取った養子だ。尤も、まだ自身が養子で莉来とは血の繋がりがないことは知らない。当時は赤子だった彼もスクスク育ち、天然さんとチビ達に囲まれて、すっかり苦労人の世話焼きお兄ちゃんに成長したようだ。なお自分はキャベツ畑から来たと信じているようだ。
「おにーちゃん、莉来おなかすいたー」
「父さんがお弁当持ってくるって言ってたから……」
 服を引っ張ってくる妹に溜息を吐きつつ、兄はその頭にポンと手を置いた。
 そんな微笑ましい様子を見守りつつ、焔はふとテントの中を見渡した。
(若杉さんどうしてるかな――)

「カーティスせんせー、俺にかなうと思ってんのかよ!」

 若杉 英斗(ja4230)、を幼くした感じの声が運動場にて響く。「頭良く見えそうだから」とダテ眼鏡をつけた小学二年生の少年の名前は若杉秀斗。英斗と「面白そうだから」という理由で名前の読みが同じの、彼の実の息子である。なお、専攻はまだ未定だ。

「ヤッパもハジキも準備万端! 先生、よろしくお願いします!」

 秀斗の傍らには加賀崎 アンジュ(jc1276)の小学四年の娘である杏が、日本刀型と小型リボルバー型の模擬武器を手に意気揚々と胸を張る。見た目だけでなく、剛毅さも母親譲りか。
 しかしながら、なんというか『業界用語』なのは……アンジュが元締めである撃退士派遣会社『加賀崎組』の気風が、その、ヤのつくアレっぽいからか。とはいえヤのつくアレなどではないクリーンでホワイトな会社だ。実際、関係者からの評価も高い。
「ナメられたら終わりだからね。兄妹で力を合わせるんだよ」
 そんな色々と元凶の母親はというと、『加賀崎組』と書かれた扇子で顔を仰いでゆったり観戦姿勢だ。

 さて、さて。
 そんな生徒達に、クリスティーナは「ウム」と口角を吊った。

「意気込みは十二分だな? それでは生徒諸君よ――かかってくるがいい!!」



●実技開始!
 実家が経営する学園の教師であるサラにとって、久遠ヶ原学園の授業風景とは興味深いものだ。

「いい? 前に出過ぎちゃ駄目よ。後方支援が届く位置にいて」

 サラに良く似た女子中学生が、ゴム弾銃を手に仲間達へ指示を来る。彼女の名前はレイ、二年生になるサラとミハイルの娘だ。父親譲りの金の髪はワンレンボブに、母親譲りの赤茶の瞳は涼やかに凛々しい。銃捌きは父親譲りか、インフィルトレイター専攻らしく華麗に二丁拳銃を取り扱う。
(ワタシだってお母さまを護れるくらい、お父さまの隣に立てるくらいに、強くなるわ……!)
 表情は冷静そのものだが、レイの心には熱い炎。両親に成長した自分を見てもらいたいと、少女は張り切っている。回避射撃などのサポート術で仲間を守りつつ、その目は的確に攻撃の隙を窺っていた。
(学生時代のミハイルさんそっくり……)
 レイの眼差しに、サラは視線を奪われる。一方で、護らんとする心は学生時代のサラのもので――くすぐったいような喜びがこみ上げるのだ。
「レイったら、こんなに動けるようになっているなんて凄いわ……」
「俺に似たかな、ちょっとかっこつけようとするところとか」
 サラの感嘆の声に、隣のミハイルも「ふふ」と微笑む。スタイリッシュなアクションが目立つ二丁拳銃。きっと練習したのだろう。
「被弾したら下がって! 応急手当てするわ! 焦らないで、でも急いで!」
 真夏の晴天下。声を張り上げる少女は汗ビッショリだ。それを拭う間もないまま、レイは集中を切らさずに授業に取り組み続ける。


「早速ながら、ご当家、三尺三寸借り受けまして、手前から仁義をきらせて戴ます。手前、当家の若い者で御座います。どうぞ、お控えなすって下さい……」
 一方。アンジュの娘、杏は中腰のまま右掌を突き出した姿勢で、なんというか、仁義を切っていた。テントで見守る母親は思わず「ぶっ」と噴いてしまいつつも、笑みを堪えて娘に声をかける。
「おーい、あんた何やってんのよー。前、前。フツー天使は仁義きらないから。ていうかどこで覚えたそれを」
「――え? へぶちっ」
 目を丸くして杏が顔を上げた途端、クリスティーナ教員によるゴム剣のソフトな一撃が少女をペチッと撫でた。「ほら見たことか」とアンジュは笑っている。
「うぐぐっ……喧嘩上等! カチコミだおらーーっ」
 すると杏もスイッチが入った(?)のか、勇猛果敢に戦乱の中へ飛び込んで行った。無邪気なまでの荒々しさだ。アンジュは終始微笑ましそうにそれを観戦していた。

「うりゃー!」
 英斗の息子、秀斗も杏の勇ましさに負けてはいない。「大きいは正義!」と大きなグローブをつけた拳で颯爽とクリスティーナへテレフォンパンチだ。が、全くなっていない。当然ながらクリスティーナのゴム剣でペチッとされた。
「カーティスせんせー、よけるなよー」
「よけてはいない、いなしたのだ」
「イナス? イナスってなんだよ〜っ!」
 それでも俺様ナンバーワン気質な秀斗は、何度でもクリスティーナへとエンジン全開の全力で挑みかかった。
(威勢と勢いだけならいいんだけどなぁ……)
 テントで見守る英斗は苦笑する。まあ、やる気があるのはいいことだ。「がんばれよー」と声をかける。


「私が在学していた頃よりも随分と緩い実技訓練ですね」
 テント内で腕組みして、雫(ja1894)は授業を見学していた。
 その視線の先には実子である鏡花、スラリと背の高い悪魔ハーフの少女がいる。
「連携を意識して! 波状攻撃で攻めよう!」
 前線で下級生を指示しつつ、少女は父親譲りの青い髪を翻す。両親に通じる紅の瞳で油断なく戦場を見渡し、母親と同じ武器である大剣を振るう。……ちなみに、どことは言わないがボディがスレンダーなのも母親譲りだ。
 そんな娘の様子を、雫はジッと見つめている。娘は友人から「キョウ」と呼ばれているようだ――あだ名で呼び合う様に子供らしさを感じつつも、母親は娘にたくさんの友人がいることに口元が緩んでいる。雫本人はキリッとしているつもりである。
 と、そんな時。仲間と共に鏡花がクリスティーナへと直接挑みかかる。が、流石の実技教員。四方からの攻撃を的確に捌き、鏡花へと刃を振るう――
「ッ!!」
 鏡花は間一髪でそれを剣で受け止めた。が、インパクトの強さに押しやられて飛び下がる。
「ふむ……まあまあ、と言ったところですかね」
 雫は悠然と座したままそう呟いた。が、その心臓はバクバクしていた。模擬剣とはいえ娘が一撃もらいかけたシーンに肝が冷えたのである。同時に、(手加減はしているだろうが)教員の攻撃を防げたことに拳をグッと握りしめて小さくガッツポーズしていた。つまりは娘の行動に一喜一憂しているわけである。繰り返すが雫本人はクールに見学しているつもりである。
(なんか、お母さんが百面相してる……凄く恥ずかしいんだけどなぁ)
 チラッとテントを見やった鏡花は小さく苦笑を零した。さて。少女はキッと前を見澄まして。
「さあ、勝ちに行くよ」


 同刻。
「パ○ツ取れば勝ちって、ポロリは正義だって、じっちゃんが言ってた」
 歌音の娘、風花がジャイアントスイングからフェンリルをブーンとブン投げた。召喚獣の「キャイーン」という哀しい声が響く。
「いけっ フェンリル! じうまんぼるとだ!」
「キューン!(訳:無理です!)」
「でぇじょうぶだ! 死んでもドラゴ■ボールがある!」
「キャイーン!(訳:アホか!)」
「誰がアホだ!!」
 ポケットにねぢこんでいた干しシイタケをフェンリルにぶつける風花。「キャーン!」とフェンリルの哀しい声が再び響く。
「何をやっているんだお前は」
 ここでクリスティーナのマジレスが入る。弾かれたように振り返った風花は勢いよくこう言った。
「これは先生の隙を突くための演技! 真実はいつも一つ! 狙うは一つ!」
 なぜこんなに風花がパンツにこだわるのか今の僕には理解できないが、とにかく彼女は本気と書いてガチだった。色んな意味で。


 とまあ、そんな生徒も優しく見守りつつ。
「疲労がたまった場合は一度下がって、回復してから戦線復帰してくださいね〜」
 ユウは悪魔の翼を広げ、彼らが無理をしすぎないよう注意しながら上空から生徒達を眺めている。
「ほら、お母さんが気になるのは分かりますが、余所見は危険ですよ〜」
 穏やかな声で、テントをちらちら見ていた生徒達に声をかける。微笑ましいけれど、一応は模擬戦闘なのだ。緩やかな物言いは、生徒時代からそれほど変化していない、が……導く立場として、ユウ自身も学び、成長していた。
「はーい、ユウせんせ〜!」
 地上ではユウによく懐いている生徒が無邪気に手を振った。優しいユウは生徒達から大人気である。が、優しいからとナメられては決してない。というのも。
『怒った時のユウ先生の笑顔って、夢に出るほど怖いんだって……』
 これは、久遠ヶ原学園の都市伝説の一つだとか、そうじゃないとか。


「ほんじゃいきますよー」
 一方、クリスティーナの前に躍り出たのはパンダのきぐるみ。より具体的に言うのなら少女大で女子制服を着たパンダのきぐるみ。その名は下妻佐々美、あの下妻笹緒(ja0544)の娘である。
「パンダ形意拳の技の冴え、この父にそしてそこのクリスティーナに見せてみよ」
 テント下で娘を見守る笹緒は、卒業後も変わらず例のパンダきぐるみ姿だった。なお、きぐるみの上からスーツを着ている。多忙を極める日々、作文の時間には間に合わなかったが、実技には間に合った。彼はつぶらな瞳で真摯に娘を見つめている。
「パンダ拳法の神髄、見せてあげまーす」
 ざ。佐々美はモコモコしたパンダきぐるみで器用に謎の構えを見せる。
「いいだろう。かかって来い」
 模擬剣を構えるクリスティーナ。
「そいやーっ」
 ならばと佐々美が地を蹴り低い姿勢からの掌底打ちを繰り出した。教員はそれを刀身で受け止め、弾き返す。
「うむ、流石は先生。でもまだまだいきますよーっと」
 パンダ少女は香港アクション映画さながらに、押しやられた勢いをそのままにクルリと後方宙返り。そのまま、きぐるみを着ているとは思えぬほどの滑らかさと柔軟さ、そして機敏さでクリスティーナへと挑みかかった。
「そうだ。それでいい。魔界の悪魔パンダを見せに連れていった成果が出ているようだ」
 うむうむ。笹緒はモコモコのパンダアームで器用に腕を組み、感慨深げに何度も頷いている。
「時代が変わってもパンダの歴史は続いてゆくのだ――」
 娘を見つめるつぶらな瞳は、どこか眩しそうにしているのだった。

 と、その時だ。

「ヒャッハーーーッ!!」

 突如として上空から乱入者あり。
「ゲケケケケッ! 俺様は『対天使戦闘の漁夫の利を狙って強襲してきた悪魔』だぜ〜ッ」
 イカニモな悪役口調で律儀にそう説明したのは、翼を広げた緋打石(jb5225)だ。
「戦場は常に変動するんだぜ〜ッ! ケーッケッケッケッケッケ!!」
「うむ、そうだ! さあ三つ巴の戦いになったぞ生徒諸君、お前達の機転を見せてみろ!」
 このようにクリスティーナとは事前に打ち合わせ済みである。イカニモな悪役的に、模擬刃のゴム刀身をベロォ〜ッと舐めてみせる緋打石。めっちゃ悪役。ゴム武器なのに凶悪に見える。おぞましい相手でもビビらないように! という訓練である!(?)
 さて、さて。
 実は本来なら、緋打石は実技の担当ではなかったのだ。そもそも彼女は久遠ヶ原の正式な教師ではなく、その補佐として手伝いを行っている身である。ちなみに本職は……撃退士関係の何でも屋、といったところか。その活動は多岐に渡り、その中の一つには訳ありの子供を預かる孤児院の手伝いも含まれており、主に初等部の一部の生徒達からは親のように慕われている。
 ……実子? いいえ。まだ独り身ですお察し下さい。悲しくはない。いいね?
 とまあそんな感じで……元々は実技の補佐を希望したのだが、血が騒いでいるのが目に見えていたので止められたのである。でも血には抗えなかった。初等部の授業参観の補佐をしていたが、ついに運動場へ飛び出してきたのである。説明終わり。
「がおー食べちゃうぞ〜ッ」
 それにしてもこの悪魔、ノリノリである。


「はは! 足蹴にしてやるよ!」
 模擬戦用のクッション付きレガースで武装した昴は、阿修羅さながらの好戦的な笑みを浮かべた。
「んー、あの足癖の悪さ……誰に似たんだろ?」
 百合亜は無垢な笑顔で首をかしげている。すっとぼけているのか。計算なのか。マジなのか。傍から見ても分からない。
 そんな昴の近くでは。
「ヒーローさくら参上! 先生いくよー!」
 ババーン、とカッコイイポーズで躍り出るさくら。
「……」
 テントで見守る藍は、まるで自分を見ているような心地がして、顔を真っ赤に染めていた。その間にもさくらは「うりゃりゃー!」と父譲りの天性の身体能力で機敏に挑みかかっている。元戦闘科目スパルタ教師だった父親の血が与えた才能は確かなようだ。


「くらうのです、ぺんぎんさんくるくるーー!」
 ある種、昴や佐々美や風花と似たベクトルの生徒がここにも。奏はなんとプロレス技で勝負に出ていた。ちなみにぺんぎんさんくるくるとはアイスドライバーのことである。
 しかし、流石に実技教員が相手だ。組み付いたところまではいいが、そのまま投げられてしまう。それでも巧みに受身を取り、体勢を立て直す奏。
「これは……必殺のぺんぎんさんすぺしゃるを出し惜しみしているヒマがなさそうなのです!」
 ちなみにぺんぎんさんすぺしゃるとはモルモン・シクル・バックブリーカーのことである。というわけで、奏は両親と同じくプロレスが大好きっこなのである。
「……だ、大丈夫なのか……奏……」
 見守っている快晴はハラハラものである。文歌は苦笑しながら、「私達の子供ですからきっと大丈夫ですよ」と夫の手を握った。
 まあ、そうだけどもさ――なんて思いつつ、快晴は妻の手を握り返す。彼女の手にはちょっと手汗が滲んでいた。ドキドキハラハラしているのは、文歌も同じらしい。
「元気そうで、安心はしてるけども……」
 つられるように快晴も肩を竦める。クスクスと文歌が微笑みながら見守る中――そしてセミ達が忙しなく鳴く真夏の空の下、奏の必殺技を叫ぶ声が響くのだ。


「鈴音。頑張って……」
 控えめだがいつもよりは大きい声で、礼野 静(ja0418)は愛娘である鈴音に応援の声をかけた。静と瓜二つである小学三年生の少女はコクッと頷くと、表情を引き締めて戦場へ向き直った。アストラルヴァンガード専攻として、仲間達のサポートを行う。
 彼女の支援を受けて勇猛果敢に飛び出すのは水屋貴月、礼野 智美(ja3600)の実の娘だ。鈴音と同じ学年である彼女は、阿修羅という戦闘スタイルも含めて母親である智美ソックリである。
 ちなみに苗字が智美と異なるのは、智美が撃退士を続けている関係で旧姓を使っているからだ。水屋、とは魔術師系撃退士である父親のものである。……残念ながら仕事の都合上、彼は来れなかったのだが。
 静と智美は姉妹である。つまり、鈴音と貴月は従姉妹というわけだ。
「貴月、挟撃だ!」
 貴月と合わせて踏み込んだのは彼女と同じ学年でルインズブレイト専攻の美森隻疾、美森 仁也(jb2552)の実の息子である。背に顕現する悪魔の翼は父親譲り。人間との混血だが、隻疾は悪魔の血が強く顕現しているのである。悪魔としての力を解放したその姿は、ことさら悪魔顕現時の父親似だ。――尤も、狐耳と尻尾という、隔世遺伝と思しき特長があるのだが。
「がんばろーがんばろーっ!」
 続いて、無邪気な半悪魔の少女の声――それは小学一年生でアーティストである、琴笛音々のもの。隻疾達が一年生の時の大規模作戦において、彼等が保護した孤児だ。隻疾達の部のメンバー全員の懇願、それから保護直後に美森 あやか(jb1451)が面倒を見たこともあって、相談の末に美森夫妻が預かることになった養子である。虹色の髪に緑の目、快活に笑う姿が愛らしい。

 子供達四人は同じ部活、親からの縁、学年も同じだったり近かったりと、強い絆で結ばれていた。
 鈴音と貴月は従姉妹同士、そして彼女達が久遠ヶ原島で世話になっているマンションの管理人が仁也、そのオーナーが静。あやかは寮母さんのようなポジションで、そんなあやかと智美が親友同士。なんとも、絡み合った不思議な縁である。

「……なんだか、ドキドキしてしまいますね」
 娘を見守る静が、隣に座す妹の智美に苦笑をこぼす。妹にして静の護衛役である智美は応えるように笑みを浮かべた。
「基本はちゃんと身についてるみたいで……そこは一安心、かな」
 貴月の動きを見守りつつ、智美は穏やかに目を細める。
「……役割も似たか」
 ぽつ、と呟く。対天使という状況もあるが、前衛として親友の実子と戦っている娘の姿に、智美はそんな感想を抱いたのだ。
「もう、最初はこっちばっかりチラチラ見るから、どうなるかと思っちゃいましたよ」
 あやかも静と似たような表情だ。授業開始時、隻疾と音々がこっちへ頻繁に振り返るものだから、その度に「先生のほう見て!」とジェスチャーで必死に伝えたものだ。
「微笑ましいような、ハラハラするような……確かに、静君の言う通りですね」
 言いつつ、子供達を見守る仁也の眼差しは優しい。小隊のリーダーを隻疾と貴月がジャンケンで決めていた辺り、まだまだ子供らしくて可愛らしい、なんて思う。同時に、だ。
(隻疾の面倒見のよさは……妻に似たかな)
 彼は前衛ながら、年少者や後衛によく気を配っている。その動きを見て、そんなことを改めて実感した。
「管理人を任せて来た甲斐がありました」
 仁也はニコリと微笑んだ。今日はマンションに住む者に管理人を任せてきたのである。セキュリティ上、阻霊符を広範囲で使える人物の常駐が必須なのである。

 夏空の下。四人の連携は見事なものだ――いつのまにか見守る親達の言葉も止まり、見守る目は真剣に。

 そんな中。ふと、口を開いたのは静だった。
「……昔の私達みたいに、実力が乖離してしまったら……また、別々の行動とかとってしまうんでしょうけど」
 目を細める。四人を見て、静は学生時代の自分達のことを思い出していたのだ。
 静は、鈴音に申し訳ない気持ちを抱いていた。静かの、体の弱いところまで似てしまったことに対してだ。
(今日は、調子が良くって一安心……)
 のびのびと、仲間達と戦場を駆ける娘。その姿を静は優しく見守っている。眩しそうに、目を細めながら――。

 尤も、未来は誰にも分からない。
 願わくば、彼等の未来が優しいものでありますように。

「……しかし今は隻疾のハーレム部活か、おい」
 ふ、と智美が笑んだ。彼女の在学中は、部活の男女比率がほぼ一対一だったのに。今は圧倒的に女子が多い。
「あ〜……実は隻疾、付き合ってる女の子がいるみたいで」
 答えたのはあやかだ。なんでも、同じ学年・部活で天魔ハーフの子といい関係らしい。
「真剣みたいですよ、本人は。いいことです」
 うんうん、と仁也が頷く。すると遠くの方で、噂されたからか土埃を吸い込んだからか、少年が「へっくし」とクシャミをした。
「お兄ちゃん、お風邪?」
 音々が心配そうに隻疾へ声をかけた。「なんだろ、急にムズッときて……」と彼は鼻をすする。
「体調が悪いなら下がっておけ」
 貴月がそう言うと、
「だ、大丈夫ですか? 保健室っ……」
 鈴音はオロオロとした様子。
「大丈夫だってば〜……!」
 少年は友人へ苦笑をこぼすのだった。
「さ。集中集中! いくぞ皆!」
「おー!」
「任せておけ」
「はいっ……!」


「余裕な態度は良いが集中しろよ?」
「勿論だよ。やるからには全力さ」
 陽光の翼で飛び上がった仙火に、地上の楓が不敵に笑んだ。
「それじゃあ作戦通りにいくよ、楓」
「オーケー。仙火、ヘマやらかさないでね?」
「大丈夫、もしもの時には空蝉もあるし」
「使いすぎて裸にならないでね」
「スクールジャケットなら補充してきたしっ」
 なんて、幼馴染ゆえの遠慮のない会話をしつつ――二人の連携と実力は本物だ。スキルを惜しみなくつぎ込んで、全力で教師に挑む。状態異常を主軸に、鬼道忍軍・陰陽師のバディらしく立ち回る作戦だ――が。
「あっ。ねえ仙火?」
「どうした楓?」
「カーティス先生ってアスヴァンじゃない? 聖なる刻印のこと忘れてたよね」
「あ゛っ マジ? あ……マジだ〜っ!?」
 やべ、と思った次の瞬間、その隙を突くようにクリスティーナが楓に迫り、ゴム剣でペチッとほっぺたを叩く。
「うわっ!?」
「ッ! あの馬鹿っ!」
 狼狽のままに飛び降りる仙火。楓を抱えて一時的に飛び下がる。
 そんな時だ。

「目の前の相手を見て!」
「冷静に動け!」

 それは二人の親の声。あけびと藤忠だ。
 二人は、ハッと息を呑む。それから、深呼吸をして心を落ち着かせた。
 良し。仙火と楓は気を引き締める。――全力で、教師に挑む。



●ひぐらしが鳴く

 授業終わりのチャイムが鳴る――。

「ぶえー、もう一歩も動けない……」
 秀斗は運動場で大の字に伸びていた。全力を尽くしすぎた結果、スタミナ切れを起こしてしまったのである。
(まぁ、こんなもんだろうなぁ)
 見守る英斗はそんなことを思いつつ。保護者達へ「お越し頂きありがとうございます」と述べているクリスティーナへ改めて声をかける。
「カーティスさん。息子がいつもお世話になってます」
「うむ、こちらこそだ」
 と、直後に秀斗がガバッと上体を起こし、
「今日はちょっと調子悪かったけど、いつもはカーティスせんせーより強いんだぜ!」
「フフン。では次回の授業参観では芳しい結果を残せるように、明日からも特訓だ!」
「押忍ッ!」
 なんだかんだ、クリスティーナと秀斗の仲は良好のようである。


「今日はちょっと調子が出なかったの」
 奇しくも秀斗と同じようなことを言っている生徒がいた。チルルの娘である。傍らには彼女の愛武器である刺突大剣――尤も訓練用なので模擬剣だが――が転がっている。彼女は母と同じく刺突大剣使いなのである。が、もう武器を持ち上げる体力も残っていないようだ。
「そっかそっか〜〜」
 土埃まみれで、それでも強がってむくれてみせる娘の愛らしさにチルルはついつい笑みがこぼれる。娘は、チルルのような猪突猛進型の戦闘スタイルではなく、頭を使った立ち回りをしていたが……それでもまだまだ、年齢相応に青い青い。
「あれならこうやって凌がれるかな〜って考えながらちゃんとやってたし」
 唇を尖らせる娘。相当な悔しがりようである。
(『あたいの子がさいきょーなのよ!』って言ったから……それに応えようと張り切ってたのかな?)
 ふと、母はそんなことを思う。同時に愛おしさがグッとこみ上げてきた。
「頑張ったね! やっぱあたいの子はさいきょーなのだわ!!」
 優しく微笑みながら、チルルは娘の頭をワシャワシャと撫でてあげた。「ちっちゃい子供じゃないんだし」と反発されるが、そんなことは気にしないで母は続けた。
「帰りにカキ氷食べてこ! 何味がいい?」
「……ブルーハワイ」


「青嵐」
 一方、龍斗は同じく疲労困憊のまま運動場に座っている息子へ声をかける。
「……なに」
「頑張ってたな。父さん、ちゃんと見てたぞ」
「……そ」
 プイとそっぽを向いてしまう青嵐。けれどその耳は赤かった。少年は両親を尊敬している。だからこそ、その背中は遠すぎて――自分はきっと、至れない。そう思っていた。
 ゆえに青嵐は、両親とは違ってルインズブレイド専攻で、その戦い方も両親のものを参考にしつつも独自のものを編み出さんと努力していたのだ。
 そう――だから――父親からの褒め言葉は、その努力がなんだか、ちょっぴり報われたような気がして。父から見えない位置で、彼は「ふふ」と微笑んだのであった。
「さ、ホームルームが終わったら一緒に帰ろうか。母さん達が待ってる」
「……うん」
 頷きつつ、青嵐はゆっくりと立ち上がる。夕暮れの近い空。地面から立ち上るような熱気。強くなりたいなぁ――どこまでも遠い空を見上げて、少年は深呼吸を一つ。


「その……怪我は大丈夫かよ」
 仙火は楓にそう声をかけた。楓は眉を上げる。
「先生の武器、ゴムの模擬剣だし全然? 治癒膏もあるし」
「回復できるとか関係ない。お前女だし、ていうか顔にくらってた、し……」
「ナニソレ」
 クスクス。楓はからかうように笑った。「なんだよー」とむくれる仙火――そんな息子に、あけびは目を細める。ちょっと不器用だけど、優しい子に育ってくれた。
「ただ迷っていても答は出ない。答に至るまで直ぐに歩め……君のお父さんの言葉だ」
 ひとしきり笑んだ後、楓は穏やかな目で仙火を見つめた。
「仙火はそのままで良いと思うよ。格好良い侍さん?」


「ユリもんかわってないね、綺麗なまま!」
「藍ちゃんもー! お久しぶりー☆」
 藍と百合亜は久々の再会にハグし合って喜んでいた。
「そっか、ユリもんは旦那さんの探偵事務所で働いてるんだね」
「藍ちゃんは撃退士続けてるのか〜専業主婦と二束の草鞋ってやつだね!」
 そのままきゃっきゃと近況報告をしあう。二人とも家族と幸せに、色鮮やかな日々を送っているようだ。
 そんな母親達の様子を、子供達が眺めている。すると百合亜はさくらへ、藍は昴へ、それぞれ優しくこう声をかけた。
「……さくらちゃん、めちゃ強かったね。さすが桜餅の鬼と呼ばれた人の血」
「さ、桜餅の鬼……?」
 首を傾げるさくら。一方で藍は、昴へ微笑みかけていた。
「昴くん。よかったら、私達ともお友達になってくれる?」
「あんた、母さんの“家族”なんだろ? だったら……仲良くしてやってもいい」

 親の時代に芽生えた絆は、子に受け継がれ、これからも続いていきそうだ。
 とにもかくにも、今は子供達にこう言おう。「お疲れ様」、と。

「お父様にも見せたかったなぁ!」
 タオルで汗を拭いつつ、さくらは母親の手を握る。
「そうだね、いっぱいお話ししてあげようね」
 見守り微笑む藍の顔は、優しい母のそれ。さあ、帰ろう。一緒に帰ろう――。


「……まあ、お腹は空いてるけどさ。今食べたら、晩ご飯食べられなくならない?」
 お疲れ様の言葉と共に差し出されたお弁当を見、望は改めて両親を見やった。
「莉来セーチョーキだからだいじょぶだもーん。ね、もふらさま!」
 もふらと名付けたケセランをもふもふしつつ、妹は無邪気なものだ。彼女は授業でも、授業というよりは遊びの一環のように楽しんでいた。
「なあ莉来、にーちゃんをマネして動いてたろ? 専攻が違うんだし、武器も違うし、にーちゃんは手本にしない方がいいぞ」
 そんな莉来の汗をタオルで拭いてやりつつ、望は溜息だ。
「あと、防御系でいくならストレイシオンの方が――」
「やだ! もふらさまがいーの!!」
「お、おう」
 食い気味に言われては、それ以上言わぬ兄である。肩を竦めた。妹とは対照的に、望は真面目に授業に取り組んでいた。銃と盾を持ち、仲間の盾としてサポートに徹するその戦闘スタイルは彼の父親を思わせる。回復術の巧みさは母親譲りか。
 とまあ、そんなこんな。あんなことを言ったけれど、望も実際、両親のお弁当が楽しみで。
「莉来、カーティス先生にも『お弁当どうですか』って誘ってきて」
「はーい!」

 テントの下、ちょっとしたひととき。
「頑張ったね」と、藤花は隣でオニギリを頬張る娘の頭を撫でていた。兄妹で参加できる授業があるのも久遠ヶ原ならではだ。莉来の動きは拙いけれど、まだ幼いし、今は経験を積むことが大事。習うより慣れろというやつである。
 そんな莉来は笑顔で、帰ったら愛犬マルチーズ達のお散歩に行くのだと嬉しそうに語っている。
 一方、焔はクリスティーナと思い出話に花を咲かせていた。話題は専ら「世界を見に行った」棄棄のことだ。
「今もどこかで笑ってるんだろうなあ、大きい声で……」
「そうだろうな。……きっと、どこかで」
 二人は空を見上げる。大きな入道雲が、真白く輝いていた――。



 きりーつ。きょーつけ。れー。
 ホームルームが終われば、生徒達は保護者達と共に帰るのだろう。

 夕暮れ、長い影、大人と子供の手を繋ぐ影。未来へと、繋がっていく道……。




『了』


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:17人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
思い繋ぎし紫光の藤姫・
星杜 藤花(ja0292)

卒業 女 アストラルヴァンガード
祈りの胡蝶蘭・
礼野 静(ja0418)

大学部4年6組 女 アストラルヴァンガード
パンダヶ原学園長・
下妻笹緒(ja0544)

卒業 男 ダアト
歴戦の戦姫・
不破 雫(ja1894)

中等部2年1組 女 阿修羅
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
ブレイブハート・
若杉 英斗(ja4230)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
盾と歩む修羅・
翡翠 龍斗(ja7594)

卒業 男 阿修羅
楽しんだもん勝ち☆・
ユリア・スズノミヤ(ja9826)

卒業 女 ダアト
Eternal Wing・
ミハイル・エッカート(jb0544)

卒業 男 インフィルトレイター
紡ぎゆく奏の絆 ・
水無瀬 快晴(jb0745)

卒業 男 ナイトウォーカー
腕利き料理人・
美森 あやか(jb1451)

大学部2年6組 女 アストラルヴァンガード
最愛とともに・
美森 仁也(jb2552)

卒業 男 ルインズブレイド
来し方抱き、行く末見つめ・
黄昏ひりょ(jb3452)

卒業 男 陰陽師
主食は脱ぎたての生パンツ・
歌音 テンペスト(jb5186)

大学部3年1組 女 バハムートテイマー
新たなる風、巻き起こす翼・
緋打石(jb5225)

卒業 女 鬼道忍軍
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅
光至ル瑞獣・
和紗・S・ルフトハイト(jb6970)

大学部3年4組 女 インフィルトレイター
外交官ママドル・
水無瀬 文歌(jb7507)

卒業 女 陰陽師
青イ鳥は桜ノ隠と倖を視る・
御子神 藍(jb8679)

大学部3年6組 女 インフィルトレイター
ドS巫女・
加賀崎 アンジュ(jc1276)

大学部2年4組 女 陰陽師
明ける陽の花・
不知火あけび(jc1857)

大学部1年1組 女 鬼道忍軍
Eternal Wing・
サラ・マリヤ・エッカート(jc1995)

大学部3年7組 女 アストラルヴァンガード
藤ノ朧は桃ノ月と明を誓ふ・
不知火藤忠(jc2194)

大学部3年3組 男 陰陽師