●拝啓、二月、海
先に記載しておくが、六年目ともなると最早「なんでこんな寒い中で海なの!?」「なんで二月に海!?」とツッコミを入れる者すらもいなくなっていた。
「五回目の海ね」
学園指定女子水着のイリス・リヴィエール(
jb8857)は「来たぜ」と言わんばかりの凛々しい顔だし、
「いやっほう二月だ! 海だーー!!」
学園男子水着にアロハシャツの月居 愁也(
ja6837)は見本のようにノリノリだし、
「おや、今年は雪ですか……風流で大変よろしいですね」
心頭滅却しても寒いものは寒いですが、と言いながらも、愁也とお揃い姿な夜来野 遥久(
ja6843)はいつも通りニコヤカだった。
「二月の海、卒業してもこれは外せないですよねー!」
櫟 諏訪(
ja1215)を始めとした生徒たちにとって、それはもう恒例行事なのである。そう、卒業していても、だ。
「卒業生? アーアー聞こえない」
エニタイム★センセの生徒だもん☆ 加倉 一臣(
ja5823)は嬉々として(そして今年も寒さに震えつつ)棄棄へと振り返った。アロハシャツの教師はしっかと頷くと、
「おう生徒諸君! 今年もよろしくな!」
そう言い放った彼に、「ステキセンセー、一ついいかい?」とジャック=チサメ(
jc0765)が声をかける。
「……噂には聞いてたけど、今まで参加しなかったことを後悔してるくらい面白い恒例行事じゃないのさ!」
「だろぉ〜? やっぱさ、二月は海だよね」
二〇一八年、二月。
世界が大きく変わっても、今年もこの季節は、変わらない。
そう、たとえ雪が降っていようとクソ寒くても!
「雪やったー!! 雪と海とヒーローのコラボにアリーナ大盛り上がり!!」
小野友真(
ja6901)は雪景色に足をガクガク震えさせつつハシャいでいる。なお三秒後、「アリーナとは……俺の存在とは……人生とは……」と急に哲学が入ることとなる。
「今日も青空が広がってるな! 海も果てしなくブルーだ!」
ついでにミハイル・エッカート(
jb0544)の唇もブルーだ!「見ろよ、花吹雪だぜ。うららかな日和だ」と超我慢しつつ震える彼のいでたちは、結論から言うと女装である。具体的に言うと海女の格好である。なお本人は女装だと知らず、日本古来の潜水服だと思っている。
一方で蓮城 真緋呂(
jb6120)はワガママボディを「節分的に」と虎柄ビキニに押し込んで、そしてガタガタ震えていた。
「“だっちゃ”って言えば完璧だって誰かが言ってたっちゃ」
その鬼的な姿に、赤鬼的外見の覇巌(
jb5417)はそこはかとない親近感を覚えていた。なお彼は水着代わりに六尺褌姿である。さて、褌を履いてる同志はいないものか……など海を見渡し、彼はニッと笑んでみせる。
「教室がなんか賑やかだったと思えば……さーて、卒業前に思い出でも作るとするか!」
生徒の数だけ水着は様々、思いも様々。
「きた、見た、海だ!」
不破 怠惰(
jb2507)は古き良き学園スクール水着、胸には「たいだ」のゼッケンつき。
「今回はクリス君のチョコ貰えるってきいたからさあ!」
「うむ!」
頷いたのはクリスティーナ・カーティスだ。その手にはカカオの実。怠惰の口にカカオの実がねぢこまれたのはその直後であった。
(カカオ、チョコ、チョコバナナ……)
そんな連想ゲームをしつつ、星杜 焔(
ja5378)は棄棄へと視線をやった。
「バナナといえば、バナナに割り箸さして凍らせたやつおいしいですねぇ」
今年も例のパーカーに水着姿、「今年も二月の海だ〜」と微笑むのも、今年も同じ。「バナナはメインディッシュだ」と教師は笑っていた。
「すてーきせんせー、こんにちは!」
そこへ顔を出したのは木嶋 藍(
jb8679)だ。
「初めましてで海なんて最高ですね雪降ってるけどね!」
めっちゃ分厚いウェットスーツでも寒いもんは寒かった。「下はちゃんと水着です!」と言う藍に、棄棄がグッと親指を立てる。
「おう! 二月の海は初めましてさんも歴戦の勇者も受け容れるさ! 今日は楽しんでってくれよな!」
「もちろん! 楽しむために来たよー、なんたって海ですからね!」
そう笑んで、「じゃあ行ってきます!」と藍は海へ駆け出した。手にはパドルサーフィン用のマイ・ロングボードにパドルだ。
(……止まったら死ぬ!)
この寒さ。動いて暖を取らねばヤバイ。本能的にそう理解した藍は、笑顔のまま雪の降る砂浜を猛ダッシュするのであった。じゅ、準備運動だから!
●体感気温はきっとマイナス
「……相変わらず先生のテンションは高いですね」
大寒波の風が容赦なく雫(
ja1894)の髪をブワワと乱してゆく。あまりの寒さに少女はダウンジャケットでモコモコに着膨れた状態で、強風に修羅のごとく髪を乱し棄棄へと詰め寄った。
「確かに恒例行事化してきましたが……今年は寒すぎませんか!?」
「おおー大寒波だってな〜」
アロハシャツの教師はノンキな口調で、ズビッと鼻をすすっている。やっぱりお前も寒いんじゃねーかなど思いつつ、雫はジト目である。
「毎年寒くはありましたが、今回は雪が積もってるんですよ。しかも薄っすらとじゃなくこんもりと」
「なんか……夏と冬を同時に味わってるようなお得感あるよな!」
「なんですかその理論は。光と闇が合わさって最強に見えるとかそういう中学生の発想ですか。季節の欲張りバリューセットですか」
溜息を吐き、乱れた髪を手櫛で整える雫。まあ、雪風にまた彼女の銀髪はブワワッとなるのだが。防寒帽でも持ってきたらよかった。心底後悔し始めながら――視界にはクソ陽気なアロハシャツ。体感気温マイナスに反して南国気分なソレに、いっそ雫は逆ギレめいた感情すら湧き上がってきたのである。
「そんな姿をされるとこっちが寒く感じるんです」
どこからともなく取り出すのはダウンジャケット。それを棄棄に無理矢理着せようとするではないか。
「ヤ、ヤメロー!」
「大人しく着させられなさい」
「つーか水着きてないの卑怯だぞオメー!」
「……ダウンジャケットの下に着て来てるので問題はないです」
「ウワーッ!」
そんなテンヤワンヤのモミクチャを――
Robin redbreast(
jb2203)はスケッチブックにエンピツで黙々と写生していた。ちょこん、と座り込んだ砂浜の一角。立てた膝をイーゼル代わり。着込んだジャージの袖をめいっぱい伸ばしても、どうしても露出してしまう指が二月の潮風にかじかんだ。
真っ赤な指を、時折口元で「はーっ」と温めつつ。ロビンは顔を上げて、景色を見やる。ダウンジャケットを着せられてしまった棄棄、雪の降る海、白い空、響く楽しげな声、笑い合って遊びハシャぐ生徒達……賑やかな光景を「楽しいな」と、そう思える。それは昔では考えられなかったことだ。
(二年前は……軍隊式水泳の訓練をしていたんだっけ)
そう、あれからロビンは変わった。随分変わった。自分で自覚しているぐらいなのだから、きっと他者から見れば相当なものなのだろう。
(あたしは、もう、機械じゃない)
もう殺人マシンじゃない。都合のいい人形じゃない。籠の中の小鳥じゃない。
己は人間だ。ロビン・レッドブレストは人間だ。そう思った、そう在ろうと思った。
ゆえに。今まで失っていた時間を、取り戻そうと思っていた。
卒業までは学生を続けようと決めたのも、そんな意識の一つかもしれない。年齢相応の、普通の子供が過ごすような、普通の人生を。
だから、今日は、課外授業。この楽しいひとときを、エンピツ片手に一つの絵として記録してゆく。
海を見つめる少女の瞳は――もう無機質な人形のそれではない。自分の意志で自分のしたいことをする、楽しげな……『少女の瞳』、だった。
「青い海! 広い空! そして白い雪! いいぞ! 最高に狂っておる! 突撃ィー!」
元気一杯、緋打石(
jb5225)は海へと駆け出した。「ひだ」と書かれた古典的スクール水着に(二年経っても成長がまるで見られない的な意味で)ワガママなボディを押し込んで、ザブンと海に飛び込んだ。
「アア゛ッ!」
そしたらめっちゃ寒かった。寒すぎて一瞬冷静になり、独り身という事実が残酷な現実が脳裏を過ぎった。こみ上げる悲しみと、物理的な意味でも精神的な意味でも身に染みる寒さ。それを、ヤケクソ気味にクロールしながら静かな青い焔で圧倒する。ところでこの海岸に恋愛面でお幸せな者は何人いるのだろう。思ったけど、考えないことにした。うん。
そのままヒャッハーとザバザバ泳ぎ、海面から上半身を出した緋打石は砂浜の棄棄へと手を振った。
「棄棄教諭ー! 噂は聞いていたがのー! 初めての二月の海、むっちゃ楽しいのじゃー!」
「そーかぁ! 鳥肌がひっくり返るぐらい楽しんでってくれよなー!」
大きな声でそう言えば、向こうもデカイ声を返してくる。「もちろんじゃー」と緋打石は声を返した。
「無駄に長生きするから何十年後でもお誘いOKじゃよー!」
おうよー、と棄棄は生徒の声に手を振っていた。
そんな彼の隣に並び、海を眺めていたのは若杉 英斗(
ja4230)だ。
「雪ですね、棄棄先生」
心の中は「寒い」一色。唇を紫色に、海パン一丁の英斗が言う。こうして棄棄先生とまた海に来られてよかった――そう思いながら。
「おう、綺麗な雪だな!」
吐く息も白く、棄棄がニッと笑う。二月の海で見せるその鼻の赤い笑顔は毎年変わらない。けれど……英斗は思うのだ。
(先生、なんだか死に場所を探しているようにも見えてたからなぁ)
雪を降らせる空を見上げ、英斗はかつて参加した任務を思い返す。『恒久の聖女』、人と人との不信が招いた物語。
「棄棄先生」
寒さを防ぐ為に腕組みしつつ英斗は教師へ振り返る。寒さで歯をガチガチ震わせながら。
「俺もこうして立派な撃退士になりましたし、もし何かあった時は俺にも言ってくださいね! 微力ながらお手伝いしますから!」
「はははっ。若ちゃんがいれば微力どころか百人力よ」
「そうですかね。……まぁ、百人力になれるように学園で頑張ってきましたので」
「それもそっだな! あ、そういや若ちゃん。進路はもう決めたのか?」
「進路、ですか? それは――」
と、英斗が答えんとした直後だった。
「福は内!」
躍り出てきたクリスティーナが、カカオの実を英斗の口へねぢこんだではないか。
「もゴほォッ!」
激しい勢いに仰け反る英斗の体。
「良かったな若ちゃん、チョコゲットじゃん。チョコっていうか材料だけど……」
「おいしいれふ……」
モゴモゴをカカオの実を食べる英斗。女性から頂いたチョコレート(材料)だ。実に紳士である。ようやっと飲み込むと、彼は溜息のように続けた。
「あと、今度は夏に来たいですね……」
「夏はプールだから」
「そっすか……」
日本の波は優しいのが多いから、荒いくらいがちょうどよいね。
そう思っていた時代が藍にもありました。
「あたたたたたたっ」
パドルサーフィンで海を行けば、雪がビシビシと容赦なく顔に当たる。冷たすぎる。もはや凶器である。
(いや、そんな細かいことは気にしない!)
「あははははははっ」
なんかもう変なアドレナリンが出てきた。ガチガチ歯の根を震わせながら藍は陽気に笑っている。今の彼女には何もかもが面白いのだ。
ついでに索敵と緑火眼を発動させて魚でも探そうかな。そんなことすら思いついては、彼女はアウルに研ぎ澄まされた目で海を見渡した。
「よーし、パドルでぶっ叩いてぶっ獲るぞー!」
そしてからから笑いながらパドルで海をバッシャバッシャ叩き始めたので、ただの陽気な人を通り越してちょっとヤバイ人である。
そしてここにも漁をする者が。
「なんてこったい、日差しのおかげで海が温かいな!」
ミハイルはいい笑顔だが、今の彼がそれを言うと死ぬ間際の幻覚的なアレに思えなくもない。雪山で遭難した人間が「雪が温かい」と思えてしまうアレだ。(つまりヤバイ)
でも撃退士だから大丈夫。「何が採れるか分からんが撃退士なら何でも食べられるさ」と、海女の服のまま潜水漁を行っている元気なミハイル。
「桶一杯にしてやるぜ!」
ところで彼が海女の服装はある種の女装であることに気付くのは何年後だろうか。
「調理器具があるのに食材が一つもないとはどういうことだ!?」
一方で覇巌も、男らしく銛一本を片手に海を泳いでいた。時間の許す限り、食材集めに専念する心算である。
「この俺の銛裁きに感嘆するがいい!」
周囲一帯の魚を獲り尽す気概だ。その漁スタイルはまさに漢、まさに豪快。
そして、息継ぎに「ぶはーッ」と水面から顔を出した時だ。ふと、砂浜にクリスティーナがいるのを見つける。
「おっ、そこの堕天使! ちょうどいいものを持っているな! この俺に思う存分ぶつけてこい!」
「請け負った!」
このあと滅茶苦茶カオスレート差バリバリのカカオの実の大弾幕を喰らった覇巌なのであった。ナムサン。
「うん、さぶい」
シースルーレースの黒いフレアトップビキニ。百合のチャームのアンクレット。女性美を飾るいでたちのユリア・スズノミヤ(
ja9826)は、いでたちに反して鼻をズビビとすすっていた。
「でも私はロシアっ子……って、前にもこんなことあったよーにゃ? 故郷で染めた白肌、舐めたらアカンぜよー!」
寒さもきっとなんのその。元気良く海へ駆け出して行くユリア。
「ユリア……なぜそんなに元気なんだ」
その背を見送った飛鷹 蓮(
jb3429)は半ば呆気に取られていた。
「きゃふー☆ 見てこの人魚ぢから! 蓮もおいでよー!」
ばしゃばしゃ、ユリアが海から手を振っている。棄棄に教えて貰った“ドキドキ☆渚のマーメイドブートキャンプ”を思い出しつつ、ジュゴンのようにウネウネ器用に泳いでいる。
(仕方がない、俺の人魚を捕まえに行くか)
肩を竦め、蓮は上着を脱ぐ。黒地にボタニカル柄のハーフパンツ水着に、ハスのチャームのアンクレット。
ざぶん。
「……初めてだ。こんな環境の中、海で泳ぐというのは……っくしゅ、」
凍てつくような海の冷たさだった。思わず漏れた蓮のクシャミに、ユリアがころころ笑う。あれから(体感時間的に)めいっぱい泳いで、今は砂浜で休憩中。大きなバスタオルで、蓮はユリアを後ろから包み込んで互いに暖を取っている。
「蓮の相棒になってからもう半年かぁ」
最中だった。ふと、海を見やるユリアが呟く。
「私、お仕事でも人生でも、蓮の素敵なパートナーになってる?」
ユリアは今、蓮の探偵事務所で働いている。少しずつ慣れてきた、ようではあるが。彼女の言葉に、蓮はフッと笑みをこぼした。
「ユリアの人となりのおかげだろうか、事務所の評判は上々のようだぞ。……君目当ての客はけしからんがな」
それに、と彼は愛する人を抱き寄せる。
「……ユリアが心配することなんて何一つない。仕事も、恋も、これから共にする未来でも――俺はもう、ユリアがいないと生きていけない」
「蓮……」
「だから、近い内に……な」
重ねる左手。蓮が触れるのはユリアの細い薬指。彼女の、そして彼のそこに輝いているのは――エンゲージリング。並ぶ二つのメレダイヤは、まるで寄り添う星のよう。
「給料三か月分?」
いずれこの指を飾るだろう結婚指輪。天真爛漫なユリアの問いに、蓮は思わず苦笑する。
「三か月分でも、何か月分でも。また一緒に選びにいこう」
「おおー! 太っ腹! いよっ☆ お大尽さま!」
「どこで覚えたんだ、それ」
こやつめ、とユリアをムギュムギュ抱きしめる蓮。きゃっきゃとユリアは楽しげに笑う。
「ねぇ蓮? 指輪、ね。何か月分でもいいよ」
「……あー、流石に五千兆ヶ月分とかは無理だぞ」
「そうじゃなくて! 一秒分でもいいってことー」
あなたと一緒にいられるならそれでいいの。ちょっとはにかみ、ユリアは振り返った。蓮は一瞬目を丸くして――それから微笑み、かなわないな、なんて思いつつ。
「仰せのままに、お姫様」
ゆっくりと、顔を寄せる――。
「……、」
ストレイシオンのヴァーグと、共に一通り海を泳いだ後。砂浜に上がったイリスは髪を拭きつつ、どこか落ち着かない様子で周囲を見渡していた。まるで誰かを探すかのように……。
(約束は果たすと言ったが……)
溜息を吐いた直後だった。ひらり、上空から現れたのは陰陽の翼を畳んだジャックである。学園指定の男子水着にパーカーを羽織ったいでたちだ。
「おー、イリスセンパイこんにちわーっと」
二月の海ってすごいっすねー、と上空から賑わいを見ていた彼は笑う。そんな彼――イリスの仇の知人である混血天魔に、彼女は問いを投げかけた。
「猫の悪魔の行方を知ってる?」
「ネコセンパイ?」
目を丸くするジャック。
「あたいもあんま聞かないなー。一ヶ月前にはヨーロッパの方にいたとかいないとか聞いてるし、元気にしてるんじゃね?」
「……そう」
イリスは目を伏せた。彼女の仇は学園を卒業し、それから音信不通となっているのだ。もしかしたらここに顔を出しているかも、なんて海を見渡してみたけれど、やっぱり彼はおらず。
「ネコセンパイ追っかけ同士だしー、何かあったら言うねん」
ジャックは相変わらずの表情だ。「じゃ、バーベをキューしてくるでっす!」とそのまま飛び去ってしまう。
それを見送って――パシ、とイリスは横合いから投げつけられたカカオの実をキャッチした。クリスティーナが投げたものである。
「「ハッピーバレンタイン」」
重なる声。
「で、ブラウニー……作ったのか」
イリスがクリスティーナに、そして棄棄に差し出したのは、そんなお菓子。棄棄はイリスの料理の腕のアレのアレを知っているだけに顔が若干ひきつっている。
「下の義弟と共同制作です。頑張りました」
「お、おう、ありがとなッ……!」
きっと大丈夫であることを祈りつつ、でも念のために食べるのは帰ってからにしよう。そんなことを考える棄棄――に、イリスがふと言葉をかける。
「先生、覚えていますか? 三年半程前にジィン親子から襲撃を受けた日を」
「……もちろんさ」
教師は小さく苦笑した。憎しみと復讐の、あの物語。片時も忘れていない。
「私は『復讐を肯定する』と、そう彼らに言いました。今もそれは変わりません。まだ奴を蹴っていない」
イリスは海を見やる。
「……棄棄先生。復讐は嫌なものです。恋でも愛でもないのに、復讐を遂げるか諦めるか、忘れるかしなければ……ずっと嫌いで憎しみを抱く相手のことを、考え続けてしまいますから」
潮風が、少女の金の髪をなびかせた。棄棄は目を細め、空に呟く。
「俺も、イリスちゃんの感情は否定しないよ」
「文献によると雪に塩や水を混ぜると固まりやすくなるらしいね。海水浴とかまくら作りは相性がいいということだ」
これは後世に残すべき情報である、と指を真っ赤に怠惰はせっせと雪でかまくらを作っていた。近くで同様に雪を集めているのはクリスティーナだ。
「それにね、初めてじゃないから知ってる。体動かさないと死ぬんだよね海水浴って」
そうして、できあがったのはこじんまりとしたかまくらだ。
「クリス君は進路は決めたのかい?」
七輪を囲み、マシュマロを焼きながら怠惰は向かいの天使に問うた。
「久遠ヶ原学園の教師になろうと思う」
「そっかぁ。応援してるよ。……はい、焼けたよ」
「いただこう」
怠惰から差し出された焼きマシュマロを頬張るクリスティーナ。悪魔はそれを、ボンヤリ眺めていた。
(夢は叶ってしまうと、あっけないもの)
人と悪魔と天使が理解し合える世界。それが怠惰の夢だった。そしてそれは、叶えられた。
夢、か。怠惰はノンビリ、アクビをする。
「まぁでも、これからも人天魔で摩擦はあるだろうし。なら、やるべきことはあるのかなぁ」
「共に教師になるか」
「あはは、それもいいかもねー」
笑って、そして、天使の瞳を真っ直ぐ見据え。
「私は、君と友人になれてよかったよ。……ありがとう」
「こちらこそだ。ありがとう、怠惰」
天使と悪魔は、笑みを交わし合ったのだった。
「棄棄先生、河童みたい」
キュウリをポリポリしている棄棄の前にユリアが現れた。
「ふぉーゆー☆ メロン味を楽しんで☆」
そしてゲリラ的にハチミツを差し出すと、「じゃあ、またね!」と軽快に去って行ったのである。
というわけで、棄棄がハチミツがけキュウリを食べている最中だった。
「今年の酢昆布は基本(?)に戻り、バレンタインでチョコ酢昆布です!」
彼に真緋呂が差し出したのは、チョココーティング酢昆布だった。毎年恒例、おやつ代をブッパして棄棄やクリスティーナにゲリラ酢昆布していたのである。
「お、おう、ありがとな……!」
見えてる地雷味というか。でも受け取る教師の鑑。
さてさて、そんな真緋呂を始め、生徒たちはバーベキューをするようである。
「さあ調理開始だ! そのまま焼けばいいだろう!」
ガッハッハ、と覇巌が剛毅に笑う。覇巌、ミハイル、藍がたっぷり集めた海の幸。真緋呂が潮干狩りしてきたものもある。「着火は任せて!」と真緋呂が炎焼を使う。
「火加減はもちろん強火だ! 力こそパワーだ! 火力こそ正義!」
網の上に獲ってきたそれらを並べ、褌一丁の覇巌が火の粉の中で勢い良く焼いてゆく。赤々と燃える炎に、彼の盛り上がった赤い筋肉が照らされる。ちょっとした祭感すらある。大太鼓がドンドコ鳴る幻聴も聞こえそうだ。
「何の肉か知らないけど」
そこに真緋呂が持参した謎の肉とマツタケ、栗を追加する。なお、弾けた栗はツヴァイハンダーで豪快に打ち返した。
「ところでセンセー、第一回から五回までの海のしおりってまだある系? 見てみたくってさー」
早速焼けたホタテを棄棄におすそ分けしつつ、ジャックは問うた。
「おう、もちろんあるぜー。どれも先生のお手製だ!」
読むか? と棄棄がどこからともなくしおりを取り出す。過去五年の思い出が詰まったしおりだ。毎年ちょっとずつデザインや言い回しを変えているこだわりである。
「いやぁ、この時はさ――」
しおりをジャックに見せながら、海の思い出を語り始める教師。彼はそれを、ニコヤカに聴いていた。
「このイベント、あと九四回するのか。俺、長生きするから先生も頑張れよ!」
そんな教師の話を聴いて、火に当たって暖を取るミハイルが笑顔で言う。「あったりめぇよ」と教師は笑って答えた。
来年。未来の話……。
ふと、真緋呂はデザート代わりのカキ氷(という名の、器に盛った雪にシロップをかけたもの)を食べる手を止めた。
「先生。私、四月から看護大学に行くんです。助産師になろうと思って」
寒くてクシャミを出しながら、真緋呂は微笑んだ。
「父は医者だったけど、私は女性だからこその道に進みたいなって」
「ほほう! いいじゃあねえか。頑張れよっ!」
「はいっ!」
真緋呂はしっかと頷く。それから思い出したように、「そうそうこれ」とあるものを棄棄に差し出した。
「学園生としては最後だから……先生にお礼、はい☆」
どどん、安全ヘルム。ずっと安全でありますように、そんな思いを込めて。
「ありがとな! 早速かぶるわ」
「似合ってますよ〜。あ、カキ氷もいります?」
「それは遠慮しとくわ!」
明るい未来の話、賑やかな話。
対照的に、黒水着姿の不知火藤忠(
jc2194)の顔は暗かった。好物のカボチャの焼いて頬張っているが、疲労がありありと浮かんでいる。
というのも。
「妹分が行方不明ぇ!?」
事情を聴いた棄棄が素っ頓狂な声を上げた。藤忠は額を押さえている。
「話せば長くなるのですが」
曰く。
妹分が行方不明になり、不知火一族は大混乱。
藤忠は現当主の指示で、権力を狙った姉に灸を据えるなど権力争い収拾に奔走。
そんな中、親友の天使が平行世界で英雄とやらになっている妹分を発見したとのこと。
幸いにも次期当主の妹分の父親が病から回復したのと、親友のおかげで連絡が取れる上に里帰りもできるらしく、諸々が保留……というのが現状。
「夢でも見たのか?」
隣で話を聴いていたミハイルが片眉を上げるが、「夢じゃないんだ……!」と藤忠が大真面目に即答するではないか。
「あいつまた人類の為に戦ってるらしいんだ! やるべきことがあるなら応援するが……どうも親友そっくりな年下男子が相棒らしい」
「相棒?」
首を傾げるミハイルに「ああ」と、どんどん顔色を悪くする藤忠が鉛の溜息を吐く。
「なんでもその世界の法則では“そう”らしい」
「ほー、そっくりマンがいるのか。俺もいたりして!」
モグモグとサザエを頬張るミハイルは笑っているが、藤忠にとっては笑いごとではないのだ。
「親友になら任せても良いとは言ったが、こんな展開……誰が予想するか。しかも今度会いに来るんだ……」
まるで娘の彼氏に会う父親の心境だ。藤忠は色の抜けた遠い目をしている。
「ミハイルにも娘が生まれたら分かるぞきっと」
「娘か〜……」
ふと、ミハイルは無意識的に己の胸元に手をやった。
(あ、今はつけてないんだっけ……)
普段のスーツ姿なら、そこにはネクタイピンがある。あの琥珀色の煌きを思い出しつつ、ミハイルは今一度「娘、かぁ……」とどこかしみじみと呟いたのであった。
「棄棄、茶菓子はワサビで良いだろうか……」
一方で藤忠の目は仄暗い。
「いや、ワビサビは大事だけどワサビはヤバイだろワサビは。まあ元気出せよ。ホタテ食うか?」
「頂きます……」
「まあ……実際に会って、お前的にアウトなら“兄さんは許しませんよ!”って一喝してやればいいじゃねぇか」
「一喝で済みますかね」
「わあ殺意」
「なんで二月に海!?」
裏返った声でユウ(
jb5639)に問うたのは、学園指定水着姿の入谷タツコだった。ついに更生施設から出所した彼女を待ち構えていたのは、極寒。
「それは、久遠ヶ原学園だからですね」
ドラム缶にせっせと火をおこしながら、ユウは笑顔でそう答えた。そういえばこの場で「なぜ二月に海」と言ったのはこの場ではタツコが最初で最後だなーと思いつつ、「慣れとは怖いですね」とほのぼのだ。
「ていうかユウさん水着きてないのズルいよ!」
「制服の下にちゃんと着ていますよ」
「それアリなの!? ズ、ズルい!」
「ズルくはありませんよー」
クスッと微笑みつつ、「こんなこともあろうかと」とユウは毛布をタツコへと差し出した。
「使いますか? ……あ。それとも泳ぎます? タオルも用意しているので――」
「泳いだら死ぬから! 雪降ってるし!」
食い気味。秒速で毛布を受け取るタツコ。ユウが設置した焚き火の前にしゃがみこむ。
「皆さんも、ご自由に温まって下さいね。毛布やタオルも準備しておりますので、休憩にどうぞ」
ユウは周囲にそう呼びかけてから、タツコの隣にしゃがみこんで火に手をかざした。皆が風邪をひかないように、とユウの気遣いなのだが、「えっ」とタツコが顔を上げる。
「だ、誰か来たら、その……いいのかな、私」
視線を惑わせるタツコ。出所したとはいえ、学園生に混じるのは気まずいのだ。
すると、そんな少女の手をユウが優しく包み込んで。
「大丈夫ですよ、タツコさん」
安心させるように、優しい笑顔。――いつか学園に復帰する為のリハビリだ。タツコもそう思うと、ユウの手を握り返して。
「うん、……頑張る」
ありがとう、と微笑んだ。
「海で雪遊び楽しいね〜」
焔は養子の望と雪遊びをしていた。毎年海に連れて来ていたが、望も今年で遂に五歳。もふらさまを模したコートを着て、楽しげに雪だるまを作っている。
「何作ってるのかな〜?」
「もふらさま!」
息子の楽しげな声を心からの笑顔で聞きながら、焔はかまくらを造っていた。鍛えた身体は疲れ知らず、それはあっという間にできあがる。
「望ちゃん、先生たち呼んできてー」
「はーい!」
というわけで。
七輪にトーチで火をおこし。ぜんざいとおもち。棄棄とクリスティーナも一緒。かまくらの外には、不恰好だけど楽しさをいっぱいにつめたもふらさまの雪だるま。
ちなみにクリスティーナから投擲されたカカオの実を、焔は銀の盾で完全防御した。あなたとコンビにディバインナイトの名はダテではない。
「バレンタインと節分祝いです〜、どうぞ〜」
そして二人に渡すのは、家族で作った大豆入りチョコだ。
「いつも美味しいもんありがとな!」
「ありがたく頂戴しよう」
棄棄が笑み、クリスティーナが頷く。「いえいえ〜」と焔も笑顔だ。その隣では望が、ご機嫌にぜんざいに入れたおもちを頬張っている。
「先生、来年もよろしくお願いしますね〜」
こんなひとときが、来年も続けばいい。そんな願掛けは焔の恒例行事になっていた。「こちらこそ」と教師はニッと微笑んで、
「俺達の海は永遠だからな!」
●PTHって何の略? パンツとってもはいてない?
「荒れ狂う青い海! 見渡す限り雪で白い砂浜! 卒業? なにそれ? 今日も絶好の海水浴日和だ! 流石ステキ先生、海に愛されてる!」
アスハ・A・R(
ja8432)が青ざめた唇で高らかに言い放った。それに一同が「おおおおおおッ」と湧いているのだから、ツッコミ不在の恐怖が深刻である。若者のツッコミ離れである。
「今年でめでたく二月の海は六周年となりました! それを記念して雪合戦を開催しようと思います! では愁也、ルール説明を頼む!」
「はい! ご紹介に預かりましたルール解説阿修羅の愁也です! 雪合戦のルール解説!」
・攻撃スキル禁止
・魔具使用禁止
・動けなくなったらアウト
・ルール違反は埋めます
「以上ッ!」
締め括られる雪天決行。されど会場――否、戦場は既に熱い。
「はい、どうも学園にはもういないけど下克上しに俺参上」
卒業生だろうが関係ねぇ。ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)は戦意に目をギラつかせて拳を鳴らしていた。
「潰す……何もかも潰す……特に諏訪だ!」
ビシッと遠巻きから諏訪に指を突きつける。徹底的に近付かない。だってアイツ卑怯だから。
「櫟=サン倒すべし……! これが最後の機会だ……!
同じく打倒諏訪に燃える者がいた。矢野 古代(
jb1679)だ。
「彼を倒さずして学園を笑顔で卒業できるだろうか」
A:できます。
「彼を倒さずして今までの無念を晴らせるだろうか」
A:無念はない。
「倒したいがゆえに我在り。よって倒す!」
「エーナンノコトデショウカー」
諏訪はミ■ワ顔ですっとぼけている。更に「アッつい光纏しちゃいましたーっべぇですねー?」とゼロをガン見しながら阻霊符をチラッチラッとさせている。完全に挑発である。
「くそ! そろそろ透過の存在を皆忘れてると思ってたのに!」
「っべぇですねー? 撃退士の本能っべぇですねー?」
「ぐぬおおおおおはらたつ」
物質透過でアレコレしようと思っていたゼロの出鼻が早くも挫かれる。
そんな友人(笑)のやりとりを眺めて、一臣は「ふむ」と頷いた。
「なるほど目標は高い方がいい……よし。ターゲットは……遥久、おまえだ!」
「ほう……ならば卒業祝と就職祝(自社)を兼ねて十倍返しだ」
遥久がニッコリ笑んだ。売られた喧嘩はオツリをつけて買ってやる。
「楽しい雪合戦、一臣さん、味方してあげますねー?」
と、相変わらずmisawaなsuwaが一臣の肩に手をポン。瞬間、オミーに悪寒が走る――パターン青、マーキングです。この常套手段を今年も許すとは。
(間違いない……諏訪は一臣を盾にする気だな)
アスハは見抜いていた。いつものようにいつものメンツ、彼らの思惑などお見通しだ。
ところで。一臣は気付いた。そういえば遥久を相手取るのって自分しかいなくね?
「え、待って俺ぼっち特攻?」
諏訪は敵だしな。現在進行形で「倒れそうなら後ろから支えてゾンビのごとくコキ使う」とか目論んでるしな。「気のせいですよー?」とmisuwaしているが。まあ、裏切りも愛だよね!
そんなこんなで。
雪を砂ごと丸めて投げ合ったりあの手この手で相手を陥れる雅な遊びの火蓋が切って落とされる。
「ふんッ!」
開始するなり、セルフエンチャントを施したスコップを思い切り降りぬいたのはアスハだ。魔法的なパワーが込められた雪が、砂ごとアホみたいな威力でぶっ飛ばされる。
「魔具は禁止されたけど、スコップは禁止とは聞いていない。そう、これはただのスコップ――! ちょっと魔法的な力が込められているだけのスコップに過ぎない――!」
「砂って入れてええもんなん? 俺覚えた」
早速雪(砂)をモロに喰らった友真は半ば呆然としている。そしてほぼ砂の地面を手に掴んで、一臣を狙うが――
「友真、信じてるぞ」
向けられる澄んだ瞳。
「遥久を狙うにはまず愁也をどうにかせねばなるまい。そして混沌の化身・アスハの抑え……そうだ、おまえしかいない。任せたぞヒーロー!」
「……俺? 俺しかおらん?」
そっと手を下ろしつつ、瞬きをする友真。
「わーい! 一臣さんの期待、俺うきうき応えましょう!」
「ふ……あの澄ましたツラにぶち当ててやんぜ!」
威勢よく振り返る二人。なお遥久を直視はしない。怖いので。というわけで赤穂浪士ばりの討入を開始、しようと思ったが。
ボボボボボボボボボ。
物凄い勢いで遥久陣から飛んでくる雪玉の弾幕。しかもその一つ一つが異様に堅い。
というのも。
「大阪人はたこ焼き器標準装備だろ? 道産子はこれ標準装備だから」
ドヤ顔で嘘を吐く愁也が、雪玉製造器でガショガショと雪玉を大量生産しているではないか。しかも作られたそれは海水をまぶされ、阿修羅のド握力で超圧縮されている。
「多少(撃退士の力で)固めたものが当たったところで(撃退士ですし)問題ないでしょう。回復と神の兵士もありますし。頑張りましょう」
ニッコリ。作られた雪玉(という名の鈍器)を、遥久が休みなく投げてくる。なおその凶器はアスハにも横流しして、アスハはスコップの投石器のように使ってロングレンジに投げてくる。ついでに諏訪にも横流ししようかと思ったが、彼は一臣側にいるではないか。よし敵だ。
「これは攻撃の暇がないですねー?」
諏訪は一臣の影に隠れつつ、わずかな隙をついては小さく圧縮した雪玉をパチンコで飛ばしている。もちろん非魔具だが改造済みだ。侵入を発動させできるだけ気配を殺し、緑火眼
で狙いを定める。
が、それはアスハの破邪崩槍<ペネトレイトイービル>によって斬り裂かれた。そのままの流れでアスハがスコップを降りぬき雪を飛ばす。
「これぞ攻防一体、ガンカタならぬスコップカタ……!」
どうだ斬新だろう。ニヤリ、不敵な笑みを浮かべるアスハ。
ならば諏訪はゼロの目を狙う。しかし対応済みだった。彼は透明なビーチマットを盾にしているではないか。
「フハハハハ! この鉄壁、崩せるか!」
「いいぞゼロ!」
ちゃっかりゼロの影に隠れている古代もイケイケドンドンだ。
「大体あれだ、俺たちがいるから攻め側に回れているのに全員感謝が足りん」
遥久から例の雪玉を受け取っては投げつつ。ゼロはギラリと笑う。
「今回の目標は奴らにDOGEZAで“ありがとうございました”と言わせることだ。分かったね君たち!」
言いつつ、古代をグイッと前に押し出すゼロ。
「たまにはお前らもやられる側になれ! 特に諏訪!!」
「えっ俺はいつもやられt」
「がんばれ!」
「アッハイ」
刹那に古代の目の前は真っ白になった(雪で)。
が、倒れることは許されない。なぜならアスハがライトヒールを施したからだ。
同様、遥久の盾として立ち回る愁也もゾンビのごとく倒れない。「大丈夫、お前ならできる」と笑顔で言われたのでめっちゃ頑張ってる。ゾンビ。
「なあ二人も抑えるん? 無理ちゃうかこれ」
露骨な劣勢に友真が弱音を吐いた。だがしかし、無理と言うのはヒーローの名折れ。
そう、一人ずつ潰せば問題な
問題
な
「俺は今から手足でございます、サー」
サッと遥久の前に跪く友真。鮮やかな裏切り。
しかしその時だ。
「ありのままの雪を喰らえー」
突如として上空から奇襲をしかけてきたのは乱入者、緋打石。撃退士の握力で固めに固めた雪玉攻撃である。
「ふふん、当たった!」
だがドヤ顔も束の間。直後、緋打石は乱入者ゆえに一斉に狙われることとなり、怒涛の雪玉を食らって「グワァー」と墜落することとなる……。なお海に落ちる。南無。
さぁ激戦に激戦。
ゼロと諏訪はお互い満身創痍になりながら、もはや取っ組み合って雪(砂)を直接なすりつけ合うという泥仕合と化し、遥久と愁也のチーム、そしてアスハは相変わらず猛威を振るっていた。
そんな中、終始劣勢の一臣がヤケクソで雪を投げて。
偶然にも、そのタイミングで遥久が雪に足を滑らせて。
すぱーん、と遥久の顔面にクリーンヒット。
「え、避けると思っ……」
青い顔になる一臣。
「殿ちゅ……海中にござる! 海中にござる!」
遥久にしがみつく愁也。直後である。縮地と絆を施された遥久が、弾丸のような速度で一臣の眼前に現れたのは。
「 返 礼 だ 」
一臣が最後に見たのは、魔王のような遥久の笑顔、そして視界を覆いつくす雪だった――。ダウンした一臣に、愁也はそっと合掌をした。
で。
雪合戦も終着? し。
昨日の敵は今日の友。
今は皆で、鍋セットで作ったミネストローネをつついている。
「まあ……相手が悪かったんだって」
三角座りでぐすぐすメソメソしている一臣を、棄棄がヨシヨシと慰めている。「ほらキュウリ食えよ……」と背中をポンポン。
「ぜんぜ……や゛ざじい……」
その手の優しさを、そして涙でちょっぴりしょっぱいキュウリの味を、一臣はきっと忘れない。
「あ、センセそういえばおやつキュウリやろ。お味噌もってきたでー」
そこへ友真がドヤ顔で味噌を差し出す。
「気が利くな友真! 褒美としてキュウリを一口やろう」
「やったー!」
いつも通り。そんな一時。きっときっと、終わりじゃない。
と、そんな時である。
ずばぁ。と雪から突然現れたのは、古代ではないか。現れた場所は諏訪の背後、彼をガッチリ羽交い締め。
「油断したな……! この戦いは――時間制限もない、だろ?」
「くっ。この時を狙って……? でも、その状態じゃ雪も投げれないですよねー?」
「ふ、ふふふ。確かにそうだ。しかし待ってほしい。――雪が積もっているな? 雪波という言葉がある。つまり海は雪。身に纏う褌に誓って言おう」
ニヤリ。男は、邪悪な笑みをその顔に浮かべた。諏訪が眉根を寄せる。
「あなた、まさか――」
「そのまさかさ! 俺と地獄に堕ちて貰おうか!」
言うなり、古代が身を躍らせた。――海へ。死なば諸共。特攻精神。
ターゲットは諏訪だけでなかった。アスハもまた、海へ引きずりこまれる。
「なッ…… これは、」
気が付けば足首に巻きつけられていた、白い布。これはまさか、
「フンドシッ!?」
白を辿れば古代へ辿り着く。だが気付いた時にはもう遅い。真っ逆様だ。
「フハハハハハハハハ!!」
古代が高らかに笑った。
「今回の為にフンドシを新調し」
ざっぱーん。
「今後も二月には海へ自動的に集まりそうですね」
「卒業しても二月は海! だよね先生!」
そんなドタバタ大騒ぎも、学園というか二月の海ではいつものこと――遥久と愁也の言葉。
「あと九四回……卒業した後も、毎年二月はきっとここに集合、だろう、な、先生」
ズブ濡れになりながら海から戻ってきたアスハも、苦笑と共にそう言って。一同を見守っていた棄棄が振り返る。
「最初はさ、一回だけって思ってたんだけど……諸君がまた行きたいって言うからさ、気が付いたら恒例化してたよね」
だから、と続ける。
「諸君が、また行きたいって今年も言うんなら、きっと来年の二月も海だな!」
笑って言った。
きっと来年も。
そんな思いを込めて、今年もまた恒例の記念撮影。
二五人、それから棄棄とクリスティーナも含めて、全員で。
はい、チーズ!
●我等の海よ、永遠に
「棄棄先生、見てるなら手伝って貰って良いですか?」
夕暮れの近付く砂浜で。天宮 佳槻(
jb1989)は花火の用意をしながら、棄棄へと振り返った。
「無理にとは言わないし、見ててくれるだけでも良いですけど」
「おうよ任せとけって」
それはある種の恒例行事。佳槻は二月の海の締め括りに、いつも花火を打ち上げる。
「冬の花火って夏より綺麗なんですよ。晴れてなくても雪に映えますし」
「楽しみだなー。雪空に花火なんてワビサビじゃん」
準備をしつつ、他愛もないやり取り。その中でふと、棄棄が生徒を見やった。
「四月から佳槻くんも大学生か」
「よく大学生に間違われてきましたが、この度めでたく本物に」
「おめっとさん! じゃ、俺はこの花火に大学生おめでとうの気持ちを込めてやろう」
「ありがとうございます」
「ははは。……お前さ、昔よか柔らかくなったよな」
「……そうですかね?」
「そんな気がするぜ。成長って奴だな!」
いまいちピンとこないけれど、教師が言うならそうなのかも――などと思いつつ。
やがて準備は完了する。
「……世の中がこうなったことで、闇に葬られたり都合の良いように塗り替えられたりで、記録にも記憶にも残されずに“なかったこと”にされていくものは――たくさんあるんでしょうね」
それはいつか忘れられた頃になって、元の形もわからないまま毒になる。そんな佳槻の言葉を、教師は静かに聴いていた。
(そんなことを覚えておきたい。無駄かもしれないけど残しておきたい)
横顔。生徒は静かに、火をつける。この花火は鎮魂というよりは、忘れないための送り火だから。
ひゅるるるる――どーん。咲く花、散る花、雪の中。
大人を間近に控えた少年は誰にともなく呟いた。
「……さようなら」
――これが久遠ヶ原学園の報告書で確認が取れる、棄棄の最後の活動である。
でも、きっと。
来年の二月になったら。
その次の二月になっても。
その次も。その次も。きっときっといつまでも。
学園から卒業していたって。
あの教師がいなくなったって。
二月に海なんかおかしいって笑いながら。
寒い寒いと震えながら。
水着を引っ張り出して。
しおりを用意して。
三百久遠でオヤツを買って。
誰からともなく、こう言うのだろう。
「海行こうぜーーー!! 二月だし!!!」
『了』