●チャイムガナル
残り30分を切ってからそわそわ、授業なんざ鼓膜の中に入らない。
チラリ、コッソリ、机の下で携帯電話を見遣ってみる。
画像添付メール。栗原 ひなこ(
ja3001)からのナビゲート。彼女は前以て、お昼時の人の流れや教室からの購買への最短ルートを調べていたのだ。
タイトル:ひなこです!
本文:
添付画像は見てくれたかな? このルートがイイんじゃないかなって!
『アンコ★光クラブ』『張り込みサークル』『野良メディックの会』、この3つが特に注意するライバル達だよっ!
特徴としては――』
それは時をぐるりと遡る。
「すみませーん! ちょっとインタビュー良いですか?」
放送部の部長たるひなこにとって聞き込みなんて朝飯前。得意中の得意。校舎内を東奔西走、これは戦い。戦いは既に始まっている。マイクという剣を持って彼女の闘争。
「ふむふむ……ありがとうございましたっ」
走り書きのメモ。ビッシリと羅列。勝利への布石。宛ら仲間を支援する弾幕。敵の当日ルート予測について。思考について。考察される弱点について。書き加えて付け加えて、最中に。
(限定アンパンあたしも食べたいなぁ……)
きっと美味しいんだろうなぁ、と――ああ、今はぽやっとしている場合ではない。次に調べる事があるのだ、時間は有限なのだ、急がなくては。
上がる息を飲み込んで早足、周囲を見遣ってみる。良し。ここからの景色なら購買の流れや全体が見渡せるだろう。息を吐いた。これで自分の事前準備は完了。あとは仲間にメールで情報共有するのみ。
『――以上だよ! 頑張ろうねっ』
その一文で締め括られたメール。
さぁ、今度は自分達が頑張る番だ。
時間は残り僅か。時計の針が12を指す――指す――指した。
鳴り響くチャイム。今日の授業はここまで。
起立。
礼。
着席、なんてする訳無い。火蓋は切って落とされた。
「さてさて、センセーの為にいっちょ頑張るとしましょうか」
携帯電話を握り締め、麻生 遊夜(
ja1838)は既に教室の外へ。通話ON。途中まで共に行く予定の仲間へコール。しかし返事はすぐ傍だった。
「どうも」
先手必勝、廊下が人で溢れ返る前に。戸次 隆道(
ja0550)の簡単な挨拶に遊夜も会釈を返した。勿論、全速力で駆けながら。廊下は走るなよー!という教師の声がドップラー。ごめんなさいと以下同文、走る走る。それはひなこに教えられた最短ルート。
(先生が欲しいなら、並み居る猛者を掻き分けて、あんパンを取って来ましょう )
駆け抜けるのは隆道と遊夜だけではない。最短ルートを知っているのはひなこだけではない。そう、右も左もライバル。
「誰にも捕らえられない……私は風になる」
誰よりも早く走り、あんパンを買う。
なんてね。
脚に神秘を込めてゆく。
「お先に」
「おう! 任せたさー」
縮地。爆発的加速。手を振る遊夜があっという間に隆道の後方へ。
一方、正しくはチャイムが鳴った瞬間、高等部1年2組。
「撃退士の身体能力……ここで活用させてもらおうかなっ!」
まだチャイムが鳴りきらぬその刹那、板垣・ナニガシ(
ja0146)は空中に居た。詳しく言うならば、窓から飛び出して落下中だった。
「ショートカットを狙う系女子! 板垣いっきま〜す!」
窓から驚いた顔で見下ろしているクラスメイトへシュピッと敬礼を、次の瞬間には全速力で走り出す。
目的は真っ先に購買へ辿り着く事――ではなく、購入すべく走る物の道を確保する事。サポート。そこ退け慄け。
何もスタートは教室だけではない。
保健室。保健室登校のぴっこ(
ja0236)はふかふかベッドの上でゴロゴロしていた。時折時計をちらりと見やっていた。それは偶々。偶然にも保健室登校、偶然にも休み時間に廊下をうろついていた時、偶然にも棄棄との遭遇。ウッカリ。だが、やらなきゃいけない事はやらなくってはいけない。
斯くしてチャイムが鳴り響いた刹那。
「センセ おひる買てきまーぁす なぁの!!」
一転、突然、元気一杯になって声が終わる前に保健室を飛び出した。「気を付けなさいよ」と苦笑交じりの先生の声を背後に聞きつつ全力疾走。ひなこが教えてくれた道。階段は手すりを滑ってショートカット。
「最近の携帯便利だよね」
開幕ダッシュ。先制攻撃。綿貫 由太郎(
ja3564)が駆けるのはまた異なるルートだった。これにもちゃんと理由がある――手にした携帯から着信音。遊夜からだった。作戦開始、心を不敵に笑わせて通話ボタン。
エクストリーム。なんだか大仰な響きだが、菓子パンは甘いもの派な由太郎としては食べてみたい所。是非とも全員分購入目標に頑張るとしよう。
(お駄賃もくれたしな)
もしもし、と呼びかけた。
「う、売り切れ……買占められたって!?」
人で溢れ返る廊下のど真ん中にて遊夜の驚愕の声が喧騒に負けず響いた。
一瞬だが、場が静まり返った様な。それに構わず遊夜は歯噛みし、苛立ちを表すかの様に片手で頭を掻きつつさり気無く聞こえる様に言葉を続けた。
「そいつはどこに? ……わかった、すぐ向かう。説得しててくれ」
携帯電話を急いで仕舞う。チクショウめ、と吐き捨ててそそくさと踵を返す。
「おい、買い占められたって……」
「まさかエクストリームアンパン?」
付いて来て訊ねてきた生徒らへ遊夜は重く息を吐いた。そのまさかさ、と。
サテ、作戦通り。最も人が溢れる時間。最も人が通る場所。どよめき脚を止め話し合う者、諦めて引き返す者、最後の望みをかけて遊夜に付いてくる者。きっと由太郎の方でも同じ現象が起こっているだろう。
だが残念、どれも不正解。
何故なら――適当な場所で諦めたフリをして、付いて来た者は撒かれるのだから。
(任せたのさ……!)
彼方の仲間の健闘を祈る。
●購買戦線異常ばっか
勝負とは非情なもの――可能ならば買い占めすらも厭わない。
「先行逃げ切り……いい言葉です……誰にも追い付かせなどしませんよ」
根本的には激情家。隆道は先頭陣の中に居た。購買。怒涛。しかしここぞと罠が襲い掛かる!
「っ!?」
ビョーンと伸びたマジックハンドが隆道の腕を掴んで妨害してきた。見遣ってみれば妙なスケボに乗った中学生男子集団が色々と妙なもので妨害を行っている――アンコ★光クラブだ。傍にこれまた妙なロボっぽいのがある。「アンコ発進!」とかメンバーがボタンを押したが、不完全らしい。ぐりんと上半身が回ったロボのパンチに一名が吹っ飛ばされたり。
(何やってるんでしょうか)
さっさと行かねばならぬというのに。力付くで引き千切ろうとしたが――出来ない。堅い。だが慌てる隆道では無い。仲間に全幅の信頼を、道は必ず開かれる。
「アンパンもいいけど、エビちゃんパンも欲しいな〜ウェヒヒヒ!」
めしょっ。
独特の美的センス。甲殻類に目がない。ついつい綻ぶ口元のままにナニガシが隆道を妨害するマジックハンドを握り潰した。その刹那に隆道は走り出す。ナニガシはそんな彼を邪魔しようとする者の目の前に立ちはだかる。バスケのディフェンスの要領で邪魔をする。限りなくオフェンスに近いディフェンスディフェンス。押し退け押し退け邪魔だ退け。
「さぁアンパン目指して頑張ろうー!」
必死な生徒達とは打って変わって、高瀬 里桜(
ja0394)は楽しそうにふわりと髪を靡かせた。他グループに対抗してこちらも名前。その名も『チーム・ステキ』。決めポーズキラ☆
そんな里桜が立つはアンコ★光クラブの後ろだった。ねぇねぇ、と呼びかけて。
「家庭科の授業であんみつを作ったの! 食べてみてほしいな? 餡子に詳しいあなた達の意見が聞きたいのっ」
メンバーが顔を合わせる。確かに餡子は好きだが、今の狙いはエクストリームアンパンで――
「……駄目?」
じわり。涙がみるみる溜まる円らな瞳。
NOなど言える筈もなく。
「ありがとうっ! 食べて食べてっ、いっぱい作ったんだから皆で食べなきゃね!」
引っ張って席の方へ。後は餡子の話で目一杯引きとめるのが里桜の任務。
そんな背後、向こうの方――ドンガラガッシャン。次々に転ぶ生徒達。何だろう、と振り返ろうとした彼らを里桜は引っ張る。
「いいからいいからっ、早くいこ?」
遠くの通路で生徒らが転んだ理由。それは、里桜がアンコ★光クラブと接触する前にぶち撒けておいた潤滑油。
(あとで掃除しますごめんなさい!)
一方、張り込みサークル。
「動きがあった、行くぞ!」
物陰に潜んでいた彼らが飛び出した――のと同時、それへダイブする小さな影が一つ。
(くあい くあい くあい くあいなのっ)
怖くて怖くて目を閉じて我慢して、ぴっこは空中。決死の覚悟でリーダー格の男の背中にしがみついた。
「おにちゃーん ぴっこよ やっと逢えたなのーーーっ」
「えっ」
「リィさん貴方弟がっ……」
「えっ!?」
「おにちゃーんおにちゃーんおにちゃーーーんっ」
思わぬアクシデントに足並みが乱れ留まる。あの勢いのまま吶喊していたら先行陣が押し退けられていただろう。
「えぇっと すまんがおにいさんは君のお兄ちゃんじゃないんだ」
引っぺがされて下ろされた。再度走り出そうとする。まだ策は尽きていない。そこへ投げ付けるのは山羊蔵さんから取り出したアンパンだった。迷わず投擲。
「ぴこのあんぱん とでいちゃた 踏まないでなのーーー!!」
ぴっこが声を張り上げて、驚いてサークルが振り返って、ぴっこが駆ける生徒とぶつかって、そのまま転倒して。
「あ」
サークル一同の視線がぴっこに。
へたりこんだぴっこの目に涙が、涙が。
「イタイ イタイ イタイなのーーーっ」
大声の泣き声。演技では無い、マジ泣き。狼狽えるサークル、取り敢えず大丈夫かと駆け寄ろうとする者――を横切って凄まじいスピード、迷彩服の一団。野良メディックの会。
「安静に」
「大丈夫、軽い打撲だ」
「湿布を」
物凄い適切にして高速の処置――二つの団体を足止め。
ひなこの声は仲間を導き、敵を欺く。オペレータ。ナビゲータ。
お陰で的確な連携。受ける妨害も極僅か。
「きゃぁあっ! 怪我人が!!」
色々、片っ端から。舞台芸術の演技力の見せ所。相手が気になりそうな台詞。
それに合わせて遊夜も嘘の情報を流す。後方撹乱。メンバー以外の排除。
「さーて」
ひゅんと振るい投げたのはボーラ。但し前回ゾンビに使った様なモノではなく、ゴムボール。命中には自信あり。脚に当ててバランスを崩し、落ちた物はマキビシに。妨害妨害。だがそんな事を行うのは遊夜だけでは無い、背後に胡乱な気配――
「危ねぇぞ、目ぇ閉じてろよ!」
振り返ったその手には唐辛子スプレー。彼女から借りたもの。喰らえ愛のホットスプラッシュ。
「目がァァァァ」
「はっはっはっはっは これが愛の力なのさー」
その瞬間、似たような攻撃をされて皆一緒に仲良く「目がァァァァ」と床をゴロンゴロンゴロン。
「この板垣、容赦しない系ッッ!!」
エクストリームスポーツである「パルクール」のプロよろしく、ナニガシはアウルの加護をフル活用。壁を蹴り走り、長い距離をバネの様に飛び越え、全て自分の射程内。徹底的に妨害妨害。
しかしずっと押し勝てなくてもいい――タイミング。仲間がここぞと踏み入るその瞬間に全力を出す系、それがナニガシ!
「ん〜〜! どっこい正一!!」
ズバーンと切り開く。
その道を見逃さない。
隆道の役目はアンパン購入。その他の妨害やナビを任せているからこそ、やらねばならぬ。全力を尽くすさねばならぬ。
縮地。追い縋る者を引き離し、前を行く者を引き千切る。
斯くして目の前、一言。
「おばちゃん、エクストリームアンパンをありったけ」
「エクストリームアンパン! おーくれ!!」
購買でものを買う秘訣――とにかく前に出る事、喧騒の中を隙間を見つけて中に潜り込むべし。後は大声で欲しいものをはっきりと断定口調で言い切るべし。
そんな由太郎の声も同時。
差し出す千久遠。
渡されるアンパンの数は、三。それで売り切れ。
手にしたエクストリーム。
●幸せランチ
「お届け物でーす! アンパンお持ちいたしました!」
屋上に着くなり遊夜のほくほく顔。元気な声。エクストリームアンパンの他に購入したアンパンや烏龍茶を手にして。
「おう! 待ってたぜ諸君」
振り返ったのは棄棄だった。手に紙袋。購入したそれらを遊夜は得意気に手渡した。
「3つも入手ったか、やるな! 偉いぞぉー」
片手は遊夜の頭をわっさわっさと撫で、もう片手はエクストリームアンパンの棄棄は上機嫌、しかし手にしたのは一つだけ。
(一口食べてみたいなぁっ……)
と、思っていたひなこへ二つ渡して。
「皆で仲良く食べんさい」
「いいんですか!?」
「駄目って言って欲しいのか〜?」
ニヤリ笑いに首をぶんぶん。そんな彼を隆道はじっと見ている。じっと。そう、ご褒美を楽しみにお座りをした犬の様に。先生を信頼しているので、期待外れなら泣く。ナニガシもじっと見ている。御褒美は何か気になる系女子。自分のを買う余裕が無かった事もある。
「はは、ちゃんと御褒美も準備してっから」
そう言って生徒らへ手渡したのは紙袋の中身――焼きそばパン。
「実は焼きそばパン作りが異様に上手い奴が稀に屋上で販売しててな。これがそれだ……レアなんだぜ?」
食べると良いさ、そう笑う棄棄は既にエクストリームアンパンをもぐもぐ。美味ぇ、だそうだ。
(焼きそばパンねぇ……)
用事ってそれか、と由太郎は息を吐いた。なんかどっと疲れた。ぴっこに自分の分と配られたエクストリームアンパンを渡しつつコーヒー牛乳を飲む。思い返す。しかしあれだ、アンコ愛だの張り込みだの珍妙な集団がいるものだ。
(しっと団程じゃないかもしれんが)
とりあえず張り込みはデニッシュとカフェオレだろ。
兎にも角にも、チャイムが鳴るまで楽しい美味しいランチタイム。
和気藹々、会話に花を咲かせて。
そんな生徒らへ、お疲れ様と教師は目一杯ナデナデナデ。
『了』