●心に炎を
土砂降り以下略。
「『雨だから』……素晴らしい理由です、先生」
頷いたのは樒 和紗(
jb6970)。その姿は普段着である和服だ。ちなみに先までは芋ジャージだった。
「雨の中でしか出来ない事もありますよね。俺もさっき別のところでTM革命ののTH∪NDЕRβIRDごっこしてました……大雨だから」
物憂げな表情で濡れた髪を掻き上げるあたり、まだTM革命が抜けていない。
「ふっ、水も滴るいい男というじゃないか。俺のハートには常に熱い炎が燃え盛っているんだぜ」
ミハイル・エッカート(
jb0544)がニヒルに微笑む。着ているのは防水も撥水加工もない布製の一般的なリーマンスーツ。いつものダークスーツスタイル。オーダーメイドの高級品。それが下着までぐっしょり濡れて、股間もびったり気持ち悪い。ていうか高級品が台無し。
けれど、彼は笑っていたのだ。俗に言うヤケクソ状態である。
燐(
ja4685)も皆の例に漏れず、普段着のゴスロリドレスが水浸し。
「雨の日に……キャンプファイアー……。ん。これはきっと、不可能を……可能にすることで、撃退士としての……自信を、つけさせようという、先生の愛……!」
「その通り」
棄棄が微笑んだ。
「傘が折られてるのも、レインコートが千切られてるのも……撃退士として、どんな状況にも……対応できるように、という……先生の愛……!」
「その通り!」
「先生凄い……!」
「その通りだ!」
燐の尊敬の眼差しに全力でドヤる棄棄。
「ん。私は全力で……その愛にこたえる構え」
ぐ、と燐は拳を握り締めた。
そんなこんなで雨中キャンプファイヤーが始まるよ!
「天呼ぶ地呼ぶ人が呼ぶ! ボクを呼ぶ声がする! そう、ボク参上!」
張り上げられたイリス・レイバルド(
jb0442)のパワフルな声。
「はっはー! 何が雨か! 何が不可能か! 困難という贄の前にボクのテンションはエクトプラズム! 激しく燃える炎のようにボクの魂も今激しく燃え盛っているのだ!」
言い放ちながらイリスはベッキベキに折れた傘を束ねて、組み木の中心にドーン!
「避雷針だッ!! 落雷でも燃えるかもしれない! まさに天災的発想! 成功したらエレクトリカルキャンプファイヤーと名づけよう! 成功するかはプランBだから知らん」
だって思いつきなんだもん。イリスは組み木に油を撒きながらしれっと言った。
「これ雷落ちたら全員感電しますよね」
その隣で只野黒子(
ja0049)は平然と言いながら、サラダ油をダバーする。
「まあ、そんな簡単には燃えない気もしますが、プラシーボ効果的なもので……」
ちなみに服装は制服であるが、その下にはスクール水着を装備している。
「さて……本案件で厄介なのは降雨による熱量喪失と判断します」
「火を護る遮蔽が大事ですね」
任せて下さい、と体操服姿の咲魔 聡一(
jb9491)が真面目な顔で頷いた。彼はそのまま組木に抱き付き、物質透過を発動する。雨だけをシャットアウトだ。
「壁役は任せろ! なめんなよ全長二m越すんだぜ、ボク」
次にイリスが翼を広げた。確かに全長二m。そして風向きチェックし、物質透過も発動し、大切な髪も丁度あった濡れタオルを巻いて防御。そこへ、黒子が念の為と水をかけて。
「これで、準備は万全ですね」
聡一が頷いた。
「では――着火!」
言うなり聡一は炎を槍状に顕現させ、組木に火を点ける。
(教科書によると、燃やし続ける意思さえあれば酸素がなくなっても燃える――ならば木が濡れていても問題なく燃える筈。多分!)
雨を防ぐと共に火を透過する聡一。そしてイリスの風除けも相俟ってか、火は消えていない! 燃えている!
「ん。私も、頑張って燃やす……」
そこへ燐が、ウォッカとメタルマッチで作った火炎瓶をポイポイ投擲全力援護。火は益々勢いを増す!
だがここで!
「ビニ傘燃えてくっさ! 体に悪い匂いがする!」
棄棄が叫んだ。そう、イリスが作った避雷針のビニ傘も燃えているのだ!
「折角ですしレインコートも燃やしますか、暇ですし」
更に黒子が千切れたレインコートを丸めてスリーポイントシュート。
「俺も。もっと燃やすべく頑張ってみましょう」
そこへ火炎放射器を構えた和紗も現れる。淡々と言葉を続けた。
「残念ながら、俺に皆の様なテンションの炎や情熱の炎はありませんが」
TM革命ごっこにはある。この胸に響く情熱は炎を待てない。という訳で火炎放射器ぶっぱ。
「「あっづぁあああああああ!!!」」
火炎放射器はV兵器。アウルの炎。よってイリスと聡一は透過できない。つまり炙られる。
「ぐおおああ! だが髪だけは絶対防御だ!」
イリスは銀の盾を展開し髪を死守!
(ここで僕が手を離せば、火が消えてしまう――!)
聡一は覚悟に奥歯を噛み締め、組木を一層強い力で抱き締めた。
「燃えませんね……そう言えば、これ本物の炎じゃなかったですね」
と、ここでようやっとその事に気付いた和紗は火炎放射器の火を止めた。「仕方ないので他の人に期待しましょう」と早々に諦めては、BBQの準備に取り掛かり始めた。
「よっしゃ肉食おうぜ!」
「野菜もちゃんと用意してきたか?」
濡れた肉に喜々と串を通すミハイルに、棄棄が問う。
「野菜はその辺の野草だ。ピーマンよりはマシだ。ちゃんと雨で洗ってあるから大丈夫だろう。タレをたっぷりかければ味もいける。撃退士は病気にならないんだぜ、胃袋も丈夫だ」
「そんなこともあろうかと」
タンポポをいっぱい詰んできたミハイルに対し、和紗。
「俺は新鮮家庭菜園で栽培した採れたて野菜を持って来ました。有機栽培の自信作です。――ピーマンとかピーマンとかピーマンとか」
ずらり、並べられるピーマンピーマンピーマン。「キャベツにトマトもあります」と申し訳程度にキャベツとトマトも。
「ボクはピーマンとリンゴと増えるワカメ持ってきました! みんなは何持ってきた?」
「ピーマン、タマネギ、ジャガイモ、あとマシュマロを」
既にこんがり焼けたイリスと聡一。更にピーマン追加。あと増えるわかめが増えきってヤバイ。
「 」
ピーマンが死ぬほど嫌いな(実際死ぬ)ミハイルの目から光が消えた。
では。和紗がピーマンを放り投げた。空中のそれらをクイック万能包丁捌きでシュバババとカット。紙皿に盛り付け、ミハイルに振り返る。
「完熟前のパプリカです。実際同じものですし。シシ型かベル型かの違いで」
「パ、パプリカ……」
後ずさるミハイル。ピーマン駄目な彼はパプリカはどうなのか。ぐるぐる考えるミハイル。彼は考えて考えて――
「お、テントがあるじゃないか。くつろごう!」
現実逃避。テントに飛び込む三十歳。ごろごろ水飛沫をあげて転がる金髪イケメン。
「ふう、いい汗を流したぜ」
そしてこの笑顔である。濡れタオルで濡れた体を拭く。
「更にに濡れたが構わん!」
濡れタオルで濡れテントべちーん! 水飛沫ばしゃー!
「そっとしておいてあげよう……」
棄棄が静かに微笑んだ。
そんなこんなでBBQスタートだ。
聡一が火を抱えているので、串で刺した具材を火で炙ると構図的に聡一の体に肉とか野菜を擦り付けている感じになる。なんか変な儀式みたいだ。
だがそんな珍妙BBQでも、燐は黙々ともぐもぐしていた。基本的に好き嫌いはない。
「ん。雑草は……、あんまり味しない。微妙……。お肉も湿っていて微妙……。あ、お野菜やフルーツは湿ってても以外といける……」
天然アシッドショットにならないように、肉はシッカリ焼いておこう。でも雨がヤバイので味付けのクソもない。
皆に続き聡一も串に刺した焼きマシュマロを食べようとしたのだが……
「しまった! こうして抱きついている限りマシュマロに手が届かない!」
ので、砂糖色の相棒<スウィートバディ>を召喚。聡一とお揃いの伊達眼鏡をかけたパサランが現れる。
「わたあめ、そこにあるマシュマロ取っ…… 君は濡れるとそんなになるのか!?」
そこにいたのは、いつものモフモフではない。濡れそぼってボリュームダウンしたわたあめ。風呂に入れられた犬的な。
濡れて重そうだわ眼鏡が濡れて前が見えなさそうで可哀想だわで聡一は慌ててわたあめを帰してあげた。ちなみにマシュマロは棄棄が食べさせてくれました。やったね!
「アンパン焼こうぜー」
ミハイルはアンパンを取り出した。
「スキルの炎? 熱いハートで焼けよ。外を軽く焼いて中はほくほくだ――ほら! 棄棄先生! 美味そうだろう!!」
満面の笑顔で差し出すのは、べっちょりアンパン。
棄棄はそれを……凄く悲しい顔で無言で食べた。そして次の瞬間、ミハイルの口にパプリカ(笑)を押し込んで――
一方。
イリスはリンゴを両手で包んでトーチを発動し焼きリンゴを作っていた。
「これぞまさに手料理! ハンドメイド! ほら美少女の手料理だぞ喜べ」
だがその声は雨の音に掻き消される。
「……仲間はずれは寂しいモンな。ボク今壁だから移動できないんだぜ?
ボクが楽しいことに近寄れないなら楽しいことがボクの方に寄って来ればいいんだ」
随分大きな独り言だった。遠くで楽しそうにしてたら言うよ? 当たり前だよ?
「よし、じゃあ今だけこの濡れタオルを壁役にしよう」
と、棄棄がタオルを適当に放り投げ、イリスを手招いた。
「私は……飲み物色々、持って来てみた……」
そこでは燐が飲み物を取り出していた。子供らしく甘いジュースばかりだが、その中で異彩を放つ青汁の存在。
「ん。青汁は、健康に……いいってきいたので。……美味しくない、けど。……きっと、先生や高校生や大学生は大人だから……、青汁もかっこよく、飲めるはず……!」
向けられる期待の眼差し。何も知らず駆けて来るイリスが「ボク少食なんで効率的に美味しいものください」と笑う。効率的。つまり健康。心得た顔の燐が青汁を手渡した。
「ちょーど喉渇いてたんだよn……にがっ!!!」
●いつまでもファイアー
広大な水溜り。だがそこに浮かんでいるのはサメ帽子、サメ映画さながらにヒレがひょいと水面から出ている。更にフウセンウオのおもちゃも浮いていた。
「雰囲気出ていいだろう」
得意気に、ミハイルは水溜りに釣糸を垂らした。そして釣り上げたのは、クマノミだ。ぬいぐるみだ。予め釣り糸に括り付けていた奴だ。
「なっ、そんな可愛いのが釣れるんですか!? それなら僕も……!」
棄棄にマシュマロを口へエンドレスに詰められていた聡一は、その様子に目を輝かせる。だが手を離せば火が消える。ジレンマに苛まれ身動きが取れない聡一は、棄棄にマシュマロを押し込められ続ける。
一方、黒子は「棄棄せんせーが野菜欲しそうな目をしておられたので」という理由で持参したトマトを生で齧りながら、開いている片方の手で釣竿を持っていた。あめんぼが釣れるか実験中だ。暇なので。なんて思いながら皆の様子を注視している。暇なので。
その隣、燐が釣竿を手に現れる。いそいそと垂らしたその釣り糸の先には……ルアーの代わりに、燐のお気に入りである猫のぬいぐるみが。
「……夢と希望が釣れるんだって……!」
わくわく、瞳をキラキラ。
「私の、お気に入りを餌にするから……きっと大物が釣れるはず」
――その後、釣れるものなど何もなく、燐が凹んだのは言うまでもない。
別の場所では和紗が天体望遠鏡を覗き込んでいた。見えるのは雨雲と雨粒と、黒子が「暇なので」と釣り竿とルアーで箒星っぽく演出したサムシング。
天体観測というには少し、否かなり物足りない。
ならば星を増やせばいいのだ。そう閃いた和紗はコメットを発動し、アウル流星群を作り出したではないか。
問題は、勢い余って望遠鏡が彗星でペシャンコになったことかな!
「……申し訳ありません。再生、出来るでしょうか……」
雨の中、正座をした和紗は部品をカチャカチャ望遠鏡復活作業に取り掛かり始めた。
「先生、お詫びにケセランもふりますか?」
そして濡れそぼってボリュームダウンしてるケセランを召喚。
「もふもふってかべしょべしょだな……。てか和紗ちゃん、疲れてる?」
「気にしないで下さい、ちょっとTM革命ごっこではしゃぎ過ぎて」
「それは仕方ないな」
「はい。……ああ、キャンプファイヤー忘れてました」
最後にそれだけ独り言ち、和紗は作業に戻るのであった。
棄棄は火の傍、和紗の濡れケセランをべしょべしょしている。
そこへ「先生」と呼びかけたのは、聡一だった。周りに仲間がいない事を確認してから、彼は言葉を続ける。
「遠藤さんはどうしてますか?」
「おう、元気だぜ。更生プログラム中だ」
「……そっか、元気なら良かったです」
「今度見舞いでもすっか?」
「やだな……直接会えるわけないじゃないですか。どれだけ憎まれても足りないことをしたのに」
聡一は自嘲めいた笑みを浮かべた。
(あの時、窓から飛び降りる彼女に伸ばした手は、本当に『届かなかった』のだろうか?
僕は彼女の姿をいつかの自分に重ねて、逃げてほしいと思わなかっただろうか?)
ふと思った。それを飲み込み、聡一は雨空を仰ぐ。
「……雨、止みませんね」
●爆発オチ
そんなこんなで最後は組木を黒子のアンタレスで燃やす事に決定した。
「アンタレスで地獄の劫火か。ちょうどいい、俺の濡れたスーツを乾かそう」
ミハイルは脱いだ上着を木の枝に引っ掛け傍に掲げ、準備OK。
「ついでに花火も放り込んでおきますか、暇ですし。雨の中であっちこっち花火が飛び交っても延焼はしないでしょうきっと」
黒子は花火セットの袋の中身を組木の中へひっくり返す。ロケット花火だけは抜いてやるのが武士の情け(ということにしておく)。
「いいな、大判花火セットも放り込んでしまえ! ヒャッハー、打ち上げ花火だぜぇぇぇ!」
更にミハイルが花火をドバー。これで真に準備OK。
「では」
黒子が指を鳴らした。却燐<ドッグデイズ>。組木に触れた真紅の燐光が盛夏の如く、爆発的に発火する――凄まじい火柱!
「えっと……テンションの炎とかは分からないけど、私も燃えれば……いいのかな?」
更にそこへ、火炎瓶を手にした燐が特攻!
――刹那の出来事であった。
却燐の爆火でぶっとび星となる燐(空に笑顔が浮かぶアレ)
スーツごと焼けて黒こげパンツ一丁アフロヘアになるミハイル。
燐の火炎瓶が火を上げて、爆発とかの勢いで花火が超ドハデに爆ぜまくる。
更にイリスが設置したエレクトリカルキャンプファイヤーがここで作動! 一筋の稲光! 轟音!!
そして一体が雨音だけになった頃。
そこには却燐と花火と落雷による感電で黒コゲになった撃退士が七人、転がっていたという……。
こうして雨中キャンプファイアーは幕を閉じたのであった。
皆も雷には気を付けよう!
『了』