●パイ&パイ
「カーティス君の手作りパイ食べれらるって聞いて!」
スパーン。家庭科室の戸を開けたのは不破 怠惰(
jb2507)。「ふふ、ここ暫くは食べるのもめんどくさかった私だ」とキメ顔をしながら見渡せば、パイだらけ。
「しかしいっぱいあるなあ。パイマスターの資格は問題なく授与されそうだね」
「これで私もパイマスターだ」
得意気に頷くクリスティーナ。「じゃあ折角だし」と怠惰の提案で、二人は家庭科室の机を繋げて全てのパイを並べてみる。
「……いやあなかなか圧巻じゃないか」
教室の端から端まで。その量の多さを改めて思い知る。
「なんともはや」
礼野 智美(
ja3600)はそう零した。その隣には妹の礼野 真夢紀(
jb1438)。
「人数は多い方が良いでしょ、ちぃ姉」
今日はパイをいっぱい食べるのが任務。姉を引っ張ってきた妹は、そのまま姉の手を引き席に着いた。
「これは新しい分野の開拓に活かせそうですね♪」
既に席にいる木嶋香里(
jb7748)はワクワクした様子でパイを見渡した。
「これがパイマスの本気か……」
江戸川 騎士(
jb5439)は興味深げに頷いている。
「神話級にいつ遭遇しても良いように、準備は必要だな」
アップルパイでも作るか――と、思い立った騎士は図書館へ赴いていた。というのも、金欠のため図書館のレシピ本で妄想しながら飢えを凌いでいた頃に『今日から貴方もパイマスター』を読んだのを思い出したからだ。
だがそれは貸し出し中で……クリスティーナを探したところ、彼女と遭遇し今に至る訳である。
「クリスティーナちゃんは初めましてー」
一方でユリア・スズノミヤ(
ja9826)は元気に挨拶。「此度は宜しく頼む」と返事をした彼女に頷きを返せば、次は棄棄へ。
「棄棄先生はおっ久しー☆ 今日のあんぱん具合はどうですか?」
「おうユリアちゃんオヒサシー! 今日はあんぱんじゃねぇ、パイタイムだ!」
という訳で、パイタイム開始である。
「色々味を変えて食べれるように準備しておきました」
と、香里がテーブルに並べたのはアイス、ハチミツ、胡椒、野菜スープなどなど。皆も使えるように量は多めに『自作』したのが香里の凄いところ。
「なんと。凄いな……!」
「お紅茶も淹れておきましたので、遠慮なくどうぞ」
驚いたクリスティーナへ紅茶を注いだカップを差し出す香里。流石は和風サロン「椿」の女将、料理スキルだけでなく良く気が回る。
「普通に食べるのはつまらないので……私もこんなの用意してきましたよー!」
じゃじゃーん。口で効果音を言いながらユリアが出したのは、
「中華料理屋さんによくある、あの回るテーブル〜」
正式名称は知らない回るアレ。
「あ、パイを置いてもらうのは棄棄先生にお任せしようかにゃ。チョイスに期待するよん。先生、空気よんでね」
「お任せろ」
爽やか笑顔を浮かべた棄棄は神速の手付きでユリアの回るアレにパイパイパイ、満漢全席。
「私も大好き、それはパイ☆ 頂きまーす」
さくり。とろり。プリンパイ。甘くて素敵で舌で蕩ける至福の味。
「はぅ……幸せぇー♪」
表情をほっこりさせるユリア。更に持参したアイスと果物と生クリームで彩ればプリンアラモードパイに早変わり!
「うみゅぅぅぅ」
言葉にならない美味しさだそうな。
「色々な味を楽しませて頂きますね♪」
香里も「頂きます」と手を合わせ、数多あるパイから一つ手に取り切り分けた。一口齧れば、ケチャップとウインナー。ホットドック風味。
「成程……」
吟味するように、香里はパイをじっくり食べてゆく。そして切り分けた一切れを食べ終わると、次はデザート系のパイとしてアプリコットパイを手に取り、これまたじっくり味わっては興味深げに頷いていた。
香里の目的の一つが研究である。洋食作りの参考にすべく、自身の舌で研究を。だから主食系とデザート系は比率を半々に。更に抹茶チョコパイといった和風素材が使われているものは香里の興味を強く惹いた。
「これは色々な味を勉強出来そうですね♪」
そうして香里が『研究』を進めていけば、彼女が切り分け残した半分のパイが増えてゆく。
これにもちゃんと理由があった。先ずは数を食べる為、次に残りの味を変化させレパートリーを充実させる為。用意したアイスや果物などを使って、香里は研究を続けてゆく。
「この様な組み合わせも面白くてアリですね♪」
怠惰はそんな香里の様子を眺め――ハッと閃きが脳を駆けた。
「もしかしてこれパイのブレンドできるんじゃないかな」
言うなり、小豆パイとチーズクリームパイをそっと重ね、おそるおそる口へ運べば――
「わ、和と洋のこらぼれーしょん!!!」
怠惰に電撃走る!
「これ美味いな、カーティス君もたべてごらんよ」
「どれどれ……」
友人のオススメにクリスティーナも同じパイを同様にして口へ運べば――
「和洋折衷……!」
「ね! 贅沢な食べ方だなぁ」
天使と悪魔は頷き合い、机の上を見渡した。
「次は何と何にしようかな〜……コーヒーパイとアップルパイとか、抹茶パイとチョコレートパイとか安稗だと思うんだ」
「試してみよう」
それぞれのパイを半分こにして、同時に頂きます。
「うむ、やはり」
「美味しいねぇ」
「次はミートパイとカレーパイで肉たっぷりカレーパイなんてどうだろうか」
「いいねぇー! 甘口カレーなら言う事なしだね。じゃあ私は……ミートパイと生クリームパイはちょっと冒険かな」
と、怠惰とクリスティーナがパイを見渡しあーでもないこーでもない言っていると。
「成程! 複数種類のパイを同時に食べる、これは斬新な」
瞳を輝かせ、ノートにメモを走らせる香里。
「トッピングによる味変化、複数のパイを同時に食べるバリエーション……可能性は無限大ですね♪」
「お料理? 私も手作りパイ作るよん」
そこへ顔を覗かせたのはユリアだ。
「まずは、クリスちゃんに豆腐パイ!」
「ほう、たんぱく質が豊富だな」
「……あ、冗談だよ? 実際はブルーベリーレアチーズパイでした。何となくクリスちゃんのイメージで作ってみたよ」
お味は――と尋ねる前に、クリスティーナはほっぺをパンパンにして感動に震えていた。
では、とお次は棄棄へ。
「棄棄先生には餃子パイ! 味のアクセントは紫蘇だYO☆」
「うめぇ〜〜っ!!」
「って普通に食べるんかい。ちゃんと餡子生クリームパイも用意したから。ほら、餃子と餡子が似てるし」
「漢字にするとクリソツだな!」
ウメェウメェと何度も頷く棄棄。
「棄棄先生、アンパン好きですもんねー……」
餡子生クリームパイを幸せそうに頬張る彼を見、智美は思わず呟いた。ひょっとしてどら焼きとか善哉とか羊羹とか小豆外郎とかきんつばなんかも好物なんだろうか。
さてさて、ユリアは今度は皆へ振り返ると、
「それから……甘いパイが多いから、ポットパイ作ったよーぅ! 具は、お家で作ってきたボルシチだよん」
「これは……東欧伝統料理!」
料理好きな香里には堪らない。ユリアはニッコリ微笑んだ。
「得意料理なんだ〜。ささ、お味は如何?」
「美味しいです……! レシピや調理法とか詳しくお聞きしてもいいですか?」
「どうしよっかにゃ〜うちの秘伝だからにゃ〜」
猫の様に香里へ笑うユリア。「冗談よう」と茶化せば、手近にあったパイを齧りつつ説明しようとして――
「うっ」
その柔和な顔が一気に蒼褪めた。
そう。なぜなら、棄棄に選んでもらったパイの中の一つであるそれが「生イクラとプリンと醤油ワサビミソパイ」だったからである。
「先生、空気よんでね」――それはあまりにもフラグ過ぎた。
そしてユリアが食で唯一駄目なのがイクラ。アレは魚の餌でよろしいのではないでしょうか。ユリアが真顔で断言するレベル。
「……先生……つ、つわりかもしれな……おトイレ行って来てもいい?」
「おう……お大事にな」
棄棄の返事が終わる前に、ユリアはダッシュで走り去った……。
一方、礼野姉妹は穏やかなもので。
「さくさくの甘味で美味しいですー」
真夢紀は小さなほっぺをアップルパイで真ん丸にしていた。紅玉にカスタードクリーム入りでとっても美味しい。
「んでもって……」
ごそごそ、購買部のレジ袋から取り出したのは買ってきたバニラアイス。それをほかほかアップルパイの上に、ぽとん。一口食べれば、
「……!!」
じたばたじたばた。とても美味しいようです。
「ほら、あんまりパタパタして落とさないようにね」
隣の智美は姉らしく、妹の口元に付いたパイの欠片とクリームをおしぼりで拭ってやっていた。
さて、「小腹は空いてたけど甘いのは」と思っていた智美はミートパイを手に取った。
(まゆが作るのは大抵甘味パイだしなぁ……あ、美味しいけど結構腹にたまりそう……)
チラと横目に見た真夢紀はレモンパイを笑顔で頬張っていた。
「夏に向かって爽やか美味しいのです♪」
(……あ、チーズが香ばしいな、小さいし……)
姉はチーズパイをモグモグ。
「これも美味しいのです!」
妹は南瓜と薩摩芋パイをモグモグ。
「「……」」
ここでちょっと飲み物休憩。智美は野菜ジュースと冷たい緑茶、真夢紀は無糖の紅茶。ぷは。飲み終わった後に口を拭う仕草が無意識で一緒なあたり、姉妹である。
さて口が潤えば智美はキッシュを手に取った。
(……ホウレン草にベーコン、ジャガイモ玉葱……うん、基本形は美味しいよな)
「美味しい! 私も作りたい!」
真夢紀はイチゴパイを頬張りつつクリスティーナへ向いた。「返しに行く時についていっていいですか」と、すぐにでもパイマス本を借りるつもりのようである。
(……美味しい、んだろうけど……個人的には塩鮭をお握りの具に、の方が嬉しいからなぁ)
智美はマイペースで鮭の包み焼きパイを食べている。
真夢紀は「手元に置きたくなった時の為に」とブルーベリーパイを食べながら本のタイトルと出版社と著者とコードも控えている。
智美はそんな様子を見守りつつ、茸とチーズのパイに手を伸ばした。
(……どっちかというと秋のような……まぁ悪くはないけれど)
ところで、とチェリーパイを齧っている妹へ。
「まゆ、そろそろお腹一杯じゃないか?」
「う……」
図星である。
ロシアンルーレット状態を避ける為と、「食べ物で恨みを買ったら恐ろしいのです」と真夢紀の提案から皆で分け合う為、姉妹はパイを切り分け食べていた。それでも一杯食べれば満腹になるのは当然である。
「いやぁ可愛い女の子を見ながら食べるパイは最高だね」
人形めいた相貌で酔っ払い親父みたいな事を呟きつつ、皆の様子を眺める騎士は片っ端からパイを食べていた。
最中に、「がり」。パイから変な音がしたので無言で確認してみれば、
「……ゲンコツ煎餅入りパイか。コレは別々のほうが美味いな」
アンニュイな溜息。分離してじっくり食べる。
(歯が折れなくて良かったぜ……ドキドキ)
なんて心の中で思いつつ、騎士はクリスティーナへ声をかけた。
「アップルパイについてパイマスの意見が聞きたくてさ。初心者がプレゼントでアップルパイを作るならどれが良い? やっぱスタンダードな鳥籠風か?」
置いてあった『今日から貴方もパイマスター』をペラペラ捲り、彼は問う。食い道楽でもある騎士は色々食べてきたけれど、アップルパイは色々な形状があるもので。さてどれにしたものか。
「笑止」
天使はフッと微笑んだ。
「想いさえ篭っていれば……見た目など誤差に過ぎん」
「おお、成程ねー」
さて、時間が経つと共に一同のお腹も膨れてきた。
「ちょっと運動しようかな」
徐に怠惰が立ち上がる。
「そういえばお菓子で出来た家は人間の浪漫だそうじゃないか。重ねて食べても美味しいパイをどんどん重ねて巨大パイ城を作ろう!」
「良いな、手伝おう」
クリスティーナも立ち上がる。
そして天使と悪魔は家庭科室の隅っこを陣取り、ひたすらパイを積み上げ始めた。食べ合わせなど気にせず、どんどんどんどん積み上げた。高い場所でも翼があるからヘッチャラだ。
そして15分もすれば――完成したり、我等がパイ城。
ふぅ。職人顔で城を眺める怠惰とクリスティーナ。
「って、テンションあげて積み過ぎたな」
「うむ……」
「誰か食べるの手伝ってよー!」
ワーンと振り返る怠惰。
すると!
「ふ……こんな事もあろうかと」
ドヤ顔で騎士が取り出したるは近所のスーパーで急ぎ買ってきた『ゴミ袋45L20枚入り』。
「未使用だから汚くない。ビバ☆メイドin JAPAN。焼いていないパイは冷凍保存すればもつし、焼いたのは今夜の夕飯か夜食、翌日の朝食になる」
てな訳でポイポイポイーっとお持ち帰り。
「美味しそうなのは一杯あるし……お姉様と、弟にお土産なのー」
真夢紀もチョコレートと小豆パイを始め、甘いパイを持ち帰る心算だ。
「……持ち帰っても余りそうなら、美術のマリカ先生呼べばかなり消費出来ると思いますが」
妹のパイ詰めを手伝いつつ智美は教師へ向いた。
すると彼はニヤリと笑い、「心配御無用」と廊下を指差すではないか。
そこにはズラリ、生徒の群れ。
依頼である以上、残しを出すわけにはいかない。
そう判断した騎士の策である。
彼は家庭科室に訪れる前、「お姉さんのパイ食べ放題」というチラシを制作し大量にコピーすると、掲示板に貼りまくったり通りすがりの学生と運動部に配りまくったりしたのだ。
掲示板の件については棄棄へも報告済みという入念さ。「口裏合わせ、よろしく」とよもぎ大福パイを賄賂……ではなく差し入れるという強かさ。
「ねぇ、クリスちゃん。私にも翼があればパイの配達とか出来ると思うのです」
ここで戦線復帰したユリアが提案すれば、閃いた顔のクリスティーナがパイとユリアを抱えて飛び立ち、パイを配り始めるという行動に。
これでパイのほとんどが売り切れた。
最後の一つ、ピーチパイは智美の手に。
「生の桃も美味しいけれど、缶詰もそれなりに好きだし」
そしてデザートを飲み込めば、手を合わせ。
「ご馳走様でした」
「今日は美味しい物をありがとうございました♪」
食後の紅茶を淹れながら香里も微笑んだ。それからクリスティーナへ、
「普段クリスティーナさんはどんな料理をされているんですか?」
「料理本に載っているものだ」
真面目な性格からか、レシピ通りに作るのは得意なようだ。
「カーティス君料理上手だよね」
感心した怠惰は一つ頷くと、「ああそうそう」と思い出したように言葉を続けた。
「そろそろさ、クリス君って呼んでも良いかな?」
「……!」
「なんかそっちの方が友達っぽいって最近気づいたんだよ。クリス君も怠惰って呼んでもいいんだよ!
はにかむ怠惰に、クリスティーナはしばし沈黙し……それから、ふわり照れ臭そうな笑みを浮かべ。
「分かった、『怠惰』。好きなように呼んでくれ」
そしてチャイムが鳴って、パイな一日は幕を下ろすのであった。
『了』