●未来の笑顔を護る為
青い空、広い原っぱ――そんな平和な光景にそぐわぬ子供達の悲鳴、闊歩する冥魔。
「待てッ!」
響いたのは強い一喝。
何者だと言わんばかりにディアボロ『泥鬼』が振り返った、そこには!
「蒼き覇者、青龍戦士リュウセイガー見参ッ!」
「黒き闘士、黒龍戦士ヘルドラゴ見参――!」
「金の帝王、黄龍戦士ルナカイザー、見参」
青龍を思わせるヒーロースーツを身に纏った我龍転成リュウセイガーこと雪ノ下・正太郎(
ja0343)。
黒を基調に赤が施された戦闘装束を身に着けヘルムを目深に被った双城 燈真(
ja3216)。
百の金龍をその身に舞わせ、黄龍の紋章を背負う『黄龍霊衣』を翻す翡翠 龍斗(
ja7594)。
三人でポーズを決めたその姿は、正に正義のヒーローそのもので。
「マスコットのぱんだもいるよ! ちょうあらぶるよ!」
と、その横からヒョッコリ顔を出したのはぱんだの着ぐるみ。中の人……ではなく別名は或瀬院 由真(
ja1687)。
(トラウマにさせないように、という事ならば……この着ぐるみの出番ですね!)
ヒーローショーの様に戦う事で、子供達の精神的ショックを少しでも和らげる、それが撃退士の作戦方針であった。
「翡翠さん、W雷打蹴で行きましょう」
「承知した」
言うなり、正太郎と龍斗が同時に地を蹴り飛び出した。
脚に込める力、常人ではありえぬ跳躍。宙に躍り出た二人のヒーローが空中でくるりと回った。
「子供達の命も遠足も守ってみせる。降龍空襲腿<ドラゴンストライク>!」
「……ホント、場所を選ばないな……天魔。お前という悪夢を終わらせる!」
正太郎は蒼炎を吹き上がらせながら、龍斗は金の龍達を躍らせながら。
十文字に交差しながら二人が繰り出すのは、さながら空から二匹の龍が襲い掛かるかの様な鮮烈な蹴撃! 蒼と金の眩い稲妻!
直撃を受けた一体の泥鬼がタタラを踏んだ。その鮮やか過ぎる華麗さは誰もの目を釘付けにする。
「腰抜かしてないよな? なら、全力で逃げろ」
蹴った泥鬼を足場にその背後へ着地した龍斗は、近くの小学生に一瞬だけ視線を向けた。
「皆ー! 今から悪い鬼と戦うから、絶対に近づいたらダメだよー! 危ないよ!」
「俺達にかかればあんな怪人楽勝だよ……、それでも危ないから近づかない様にね……」
更に由真と燈真が、周囲の小学生へと声をかける。
「皆は、安全な所から私達の事を応援していてね! 応援されると、力が湧いてくるから!」
由真が張り上げた声に、子供達は泣きべそを啜りウンと頷いた。「がんばって」「がんばって!」と応援しながら、泥鬼から離れるように駆けて行く。
(さて……救出依頼ではありますが……トラウマなしで、ですか……)
難しいところですね。Alternativa Lunaを発動し血紋の黒目覆を展開した橋場 アイリス(
ja1078)は、感情を殺し鏖殺の意志を以て泥鬼の背後の零距離へと踏み込んだ。
「……!」
飛躍的に増加させた凶暴性、退魔【虚数】<ブラッディエクソシズム>による魔蝕の殺傷性。アイリスにとって『ただ振るっただけ』でも、その銀雪の大剣は致命的な威力を以て泥鬼の背中を抉った。
ビチャリ、切り払われた泥が地面に飛び散った。アイリスは無言のまま、最接着を危惧してはそれを踏み潰す。少女が携えた高潔なる剣は決して泥には汚れぬ、不可侵の白。
(今回は決してミスれない。ちびっこ達を無事に帰してあげなければ!)
一般人に決して被害を出しはしないと、瞳に強い意志を宿らせた若杉 英斗(
ja4230)。光纏と共に阻霊符を発動した彼は白銀の剣盾『玄武牙<ブラックトータスファング>』を構え、アイリスが接近した泥鬼とは別の個体の前へ。
「ちびっこ達の楽しい思い出になるはずだった遠足をよくも台無しにしてくれたな。その報いを受けさせてやる!」
言下、瞬間的極限となったアウルは峻烈な銀光を放ち、英斗の玄武牙を輝かせた。
「燃えろ、俺のアウル!!」
降り抜くのは、爆発的な威力を秘めた圧倒的一撃。
眩い銀の光に打ちのめされた泥鬼が大きくよろめいた。
(小学生の楽しい遠足を邪魔するなんて許せないな……血の遠足なんて事件になったら心が痛くなるよ……)
燈真は過去、幼馴染を天魔事件で喪っている。「もう二度と己の様な人間を出したくない」、それが少年の戦う理由だ。
(そうならない様に活躍するのが俺達撃退士だよね……!)
キッ、と前を見澄ました。今の彼は正義のヒーローである。
「具現せよ……! ドラゴンウィング……! さて……まずは牽制だ……! ガルムマシンガン……!」
半悪魔の翼を広げ飛び上がった燈真の手には、『地獄の番犬』の異名を持つ艶黒のマシンガン。がなる銃声は軍神の咽を食い千切った狼犬の咆哮そのもの。
「子供の夢が詰まった私に、敵は無し――!」
燈真の銃弾による援護を受けつつ、由真は結束の腕輪を装備した手で拳を作り泥鬼の前へ。
「あちょぉ!」
レッツ格闘、鋭い右。その様はまるで荒ぶるカラテぱんだ。
と、ここで泥鬼達が反撃に出た。二体分の両腕、つまり四本の腕が長く伸びては周囲の撃退士を薙ぎ払う様に振り回される。
「モード金剛、ドラゴンガード!」
正太郎はアウルの力により自身の肉体を硬化させ、不動の構えで攻撃を凌いだ。
「まるで効かないな!」
英斗が纏う白銀のオーラは風に揺らめく柳の如し。柳風。燃える闘志に冷静な心。心技体。それは極限に高めた集中力による守りの奥義。泥鬼の攻撃で英斗は掠り傷一つすら負う事は無く。
龍斗は半身を引く最低限の動作で攻撃を回避すると、そのまま滑る様に泥鬼の懐へと潜り込んだ。
「お前の相手は、俺だ」
その外見は金髪朱眼、光纏の金龍が一匹の黄龍へ収束したそれは内なる化物『龍帝』の覚醒。静動覇陣、それは冷静な精神と感情制御解除という相反する行為によって効率的に力を引き出す龍斗の秘技。
「さて、少々動きを止めて貰おうか」
闘神の巻布で武装した両腕は硬い拳。黄金の軌跡を描く拳は猛る龍の荒ぶるアギト。正確無比にして無慈悲なる一閃が、一体の泥鬼の意識を『食い千切る』。
「……」
そして沈黙した泥鬼へは、唇を無表情に結んだアイリスが太陽を跳ね返す銀の剣を振り上げていて――。
泥鬼に対し、撃退士は幾つか懸念事項があった。
アイリスは、泥鬼の泥に突き立てた剣が刺さったまま奪われるのではと。
龍斗は、そのドロドロな体表が撃退士の物理攻撃を滑らせたり、触れた者に行動阻害等が発生するのではと。
由真は斬撃により冥魔から血飛沫が出て小学生に悪影響なのではと。
だがそれらは杞憂に終わった。泥鬼の体表に特殊な効果は無く、冥魔の傷から流れるのもまた泥の様なものだった。
何よりだ。思う存分攻勢に出る事が出来る。
(さて……)
ぱんだな外見にそぐわぬ砦の様な由真の防御力は、その身に傷を許さない。
彼女は冷静に泥鬼の攻撃を見極めていた。大凡の射程を把握する――この長さなら、一般人に被害は出ないだろう。一般人への進行を許さなければ。
「いっくよーっ!」
由真の手に碧色に輝く光の直刀が顕現した。心を顕す『心象剣』の一つ、災厄を退ける意思と記憶にある伝説の剣が合わさったその剣の名は、『草薙剣』。
「ふっとべッ!」
嵐の如く碧光が刃に渦を巻く。まるで由真の心を顕すかのように曲がりのない一文字の斬撃。それは凄まじい衝撃波を生み出し、泥鬼を強く弾き飛ばし一般人から更に遠ざけた。
更にもう一体の泥鬼へも、攻撃姿勢の英斗が間合いを詰めていて。
「お前も吹っ飛べ!」
玄武牙に乗せるは防具の重み――これまで幾多の攻撃を砕ける事なく防ぎ続けてきた不滅の誇り。英斗を『要塞』たらしめてきた堅固なる一撃は、泥鬼を勢い良く弾き飛ばす。
由真の声かけ、頼もしいヒーローの登場に子供達は極限状態よりは安心したようで、逃げ遅れた者や興味本位で近付いてくる者はいない。
また由真と英斗の攻撃で泥鬼は一般人から遠ざけられ、更に撃退士が連携して二体を同時に押さえ込んでいる事も相俟って、戦闘圏に一般人の姿は無くディアボロが彼等に近付ける事も無い。
そして安全な場所から、聞こえてくるのは子供達による咽が潰れんばかりの声援だ。
「……パフォーマンス、ですか」
届く無邪気な声、由真や皆の行動をアウルのバイザー越しに見、アイリスはポツリと呟いた。
状況は撃退士の優勢、『魅せる』余裕はあるようだ。
ので、アイリスは吹き飛ばされた泥鬼の懐に潜り込みつつ、わざと大きく大剣を振るっては冥魔を切り裂いた。刀身から散るダイヤモンドダストが太陽に煌き、キラキラ白銀の輝きを魅せる。
「そろそろ……」
反撃に振るわれた泥鬼の腕を不穢の銀剣で防御しつつ、アイリスは皆に声をかけた。そういえばと、作戦相談の時に皆が話していた事を思い出したからだ。
「……トドメの刺し時では?」
自分は『かっこいいヒーロー』ではない、派手なスポットライトを浴びる『正義の味方』などではない――これまでの凄惨な経歴から己をそう評するアイリスはあくまでも戦闘に対してシビアでストイックだ。
再び振り抜かれた少女の大剣、一体の泥鬼の両足を切断して地に伏せさせる。
撃退士の猛攻を浴び続けていた泥鬼の限界は見えていた。
「一気に決めるぞ、皆!」
蒼く漲る闘気を解放した正太郎が声を張り上げた。
「子供達には触れさせないよ……! お前達の相手は俺達だ……!」
仲間の声に頷いた燈真が、蒼刃の刀を手に身構える。
更に龍斗、由真、英斗もトドメの姿勢に入った。
「これが、口伝の秘奥義だ」
「ひっさーつ! シャイニングッ、パンダァー!」
「くらえ、天翔撃<セイクリッドインパクト>!」
「これで終わりだ……! 必殺……シークエンスカタナ……!」
龍斗が繰り出したのは亢竜天昇。黄金に吹き上がる光と共に、破滅を恐れぬ亢竜の如き勢いを以て必殺の攻撃を叩き込む。
由真が手にしたのは光と化した防具によって顕現した巨大な直刀。心を顕す『心象剣』の一つ、平穏の為に戦う意思と記憶にある伝説の剣が合わさったその剣の名は『布都御魂』。一閃されし光はあらゆるものを両断する。
英斗が振り抜いたのは彼の必殺技である天翔撃<セイクリッドインパクト>。白銀の煌きは重い彗星、圧倒的な破壊力で敵を討つ。
燈真は相手の動きを予測演算より導き出し、一手先を完全に見切ると完璧なタイミングで泥鬼の首へと蒼剣を振り抜いた。
頼もしい仲間達。顔馴染みもいれば今回の任務で知り合った者もいる。
彼等が一緒ならばどんな悪だって倒してみせる――正太郎は大地を踏み締め、構えた拳に激しい蒼炎を燃え上がらせた。
「必ッ、殺ッ――リュウセイガァアーーーパンチ!!」
それは五行拳の崩拳に捻りを加えて叩き込む、リュウセイガーの必殺パンチ。
撃退士の疾風怒濤の攻勢を受けた泥鬼達は、見事なまでに爆裂四散するのであった。
決着。爆発した泥鬼達を背後に、各々決めポーズをとる撃退士達であった。
●家に帰るまでが
勝利した撃退士を迎えたのは子供達の大歓声。教師の制止も聞かないで、撃退士へと駆けて来る。
「助けてくれてありがとう!」――燈真へ駆けて来た子供のそんな声に、彼は顔を赤らめ視線を逸らした。
「その言葉だけで心が満たさせるよ……、でもあそこの仲間の方が2〜3倍強いからそっちはもっと大きな声でありがとうって言ってね……」
「はーい!」
一方で、やっと追いついた教師達は撃退士にただただ感謝の言葉を述べる。
「俺達は撃退士として当然の事をしたまでです」
正太郎はニコヤカにそう答えると、教師に言葉を続けた。
「もし可能でしたら……子供達の遠足を再開して頂いてもよろしいでしょうか?」
撃退士の努力あって、子供達は心身共に無傷だ。教師達は顔を見合わせる。苦笑を浮かべた教師達が頷いた。遠足を再開しましょう、と。
子供達の歓声。
平和が戻った公園で、遠足が再開される。
「出てきてくれ、ケセラン」
龍斗がそう唱えると、中空にケセランが召喚された。白くてもふもふ、その姿に子供達が「かわいい!」とケセランをもふもふし始める。
「もふもふなら負けないよー! それーもふもふーーー」
由真ぱんだは子供達をもふもふ、ちょうもふる。キャッキャとはしゃぐ子供達が由真ぱんだに抱き付いた。
アイリスの元にも、「おねえさん遊ぼ!」と子供達がやって来た。
「……、」
少女は顎に手を添えちょっと考える。視線を逸らしたのは思考の為か、無垢で眩い視線から逃れる為か。
それからアイリスはケセランを召喚した。ケセランはパタパタと緩やかな速度で子供達の頭上を飛び回り――高度を下げて、由真ぱんだの頭上にもふっと着陸した。
(……そういうのには、向いてませんので)
子供達の気がケセランに向いた内に、アイリスは密やかに赤霧の刃翼Se pare de sabieを展開し空の上。黙したまま、彼女は彼方へ飛び去った。
一方、子供達に囲まれた燈真は笑みを浮かべ。
「あの中では弱い方だけどみんなを守るぐらいの力はあるよ……。遊び相手にもなるから何でも言ってね……」
じゃあ、と子供達が声を揃えた。翼を触りたい、と。
「翼? いいよ……あんまり強く引っ張らないでね……」
すると、わぁっと子供達が彼の羽を触り始めた。
「……良かったら、飛んでみたい人、いる?」
「「「はーーい!」」」
たくさんの挙手。ビックリしたけど、燈真はちょっとだけ嬉しくて――快く、一人一人を負ぶっては空へ飛び立つのであった。
正太郎は出来るだけ戦闘圏の片付けをすると、ケアも兼ねて子供達の前へ。
「一緒に楽しい思い出を作ろう。さぁ! 何して遊ぼうか!」
すると子供達は「ヒーローごっこ!」と答えた。「ならばかかって来るがよいヒーローよ」と、リュウセイガーは今だけ悪の怪人となって子供達<ヒーロー>と元気良く遊び始めた。
すると子供達ヒーローサイドに英斗が助っ人ヒーローとして現れる。
「ワタシハ正義ノろぼっとディバインガーゼット! ウイーンガッシャン!」
合体ダー! そう言っては子供を肩車し、無駄に不死鳥<フェニックス>も発動して盛り上げる。
楽しい時間はあっという間。
夕暮れが近付き、お別れの時間。
「家に帰るまでが遠足だぜ、リュウセイガーとの約束だっ!!」
親指を立てたリュウセイガーに、子供達は元気良く「はーい!」と答えたのであった。
『了』