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マスター:ガンマ
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/04/26


みんなの思い出



オープニング

●GOGO盲信
「――ええ、はい、だから、この方達が『あたし達もゐのり様のようにして下さい!』って」
 ヤレヤレと演技臭く困ってみせた外奪は大悪魔と三人の少女の真ん中、彼等を交互に見比べた。
 先日『恒久の聖女』に入った女子高校生ぐらいの三人は目をキラッキラさせていた。良くいる、学園祭や合唱会で無駄に張り切り指揮を執りたがり思うようにいかないと「ちょっと男子ちゃんとやってよぉおー!」と泣き喚くタイプである。
「あの! あたし達、ゐのり様にホントに憧れてるんですっ!」
「私達もゐのり様のお手伝いが出来ればいいなって……!」
「お願いです、どうかあたし達にもゐのり様のような素晴らしい力を与えて下さい!」
 本当にゐのりに憧れているのか、特別扱いされたいだけか、それとも大悪魔にお近づきになりたいだけか――真意は分からない。「ですってぇ」と外奪は大悪魔サマエルへと目を遣った。
「へー」
 長椅子に寝転ぶように座したサマエルはというと――心底「どうでもいい」様子だった。話を聞いていたかも分からない。
「好きにさせれば良い」
「じゃーお願いしますねサマエル様」

 ――それから30分ほど。
 外奪が彼女等の様子を見に来た時、三人は……最早人間ではなくなっていた。
 一人は仰向けに転がって白目を剥いて涎を垂らしてビクビクしている。
 一人は何度も地面に頭を打ちながらケタケタ楽しそうに笑い続けている。
 一人は無表情で突っ立ったままブツブツ呟き自分の指を一心不乱に食べている。
「あらららら〜。まぁこうなりますよねー」
「力をクレクレとせがむから、人間を辞めて常識を捨てればリミットが外れて人間の限界点を突破できるんじゃないかと『助言』しただけだ」
「あ〜。まぁゐのりちゃんみたいな別格はともかく、素質も才能も覚悟も度胸も思想もないペラッペラのモブならそうなりますよね〜。で、サマエル様、これどうするんです?」
「好きにしろ」
「はいは〜い」


●スクールのルーム、外奪からのコール
 外奪からの電話が久遠ヶ原学園へかかってきたのは突然の出来事であった。
「ハーイもしもし皆様〜小生外奪でございまァーす!
 そういう訳で、ゲームでもしませんか。ちょっとその辺の町に覚醒者を三人ばかり放って暴れさせてるんで、皆様がそれを討つっていう内容です。簡単でしょ?
 で、その覚醒者にはこちらの方で細工をさせて頂きました。具体的に言うと、ちょっとドーピングしてあるのと、喉の奥にゐのり様の『声』を流す小型ラジオを仕込みました。
 彼女等は一般人さんをぶっ殺しながらゐのり様の『声』を流して布教してるっていう……『恒久の聖女』の鑑ですね。スバラシーイ! 学園側としては是が非でも止めないとですね!
 ではルール説明に移りますねー。ゲーム参加者は8人以下です。10人参加とか撃退庁に応援を求めるとかダメですよ〜。あっ参加者が召喚した召喚獣は人数に含めませんのでご安心を。
 ていうかルールはこれだけです。ルール違反すれば……、まぁちょっと色々やらかしますので! いいですね!
 尚、小生の言葉に嘘はありません。そーゆーのズルいですもんね! また、小生は現場にいるんですけども、基本的に介入しませんし戦闘もしません。何処にいるかは、ナイショですよ。
 また、こちらの陣営は件の三名と小生のみです。伏兵はいませんから、安心して下さいね。事件が収束すれば小生もちゃっちゃとどっか行きます。やたらと介入はしません。
 えーと……話せばいいのはこのぐらいかな。まぁなんかあれば質問してくださ〜い。
 それでは皆様! 奮闘をお祈り申し上げます! ちゃお!」


●GO GORA GONG
「我々は選ばれた」
「世界の正統なる統治者だ」
「劣等種を駆逐せよ」
「我々は今こそ楽園へと至るのだ」
 口を開いた少女の声は、少女自身の声ではない。
 喉の奥に埋め込まれた魔の道具より流れ続けるプロパガンダ。
 人ではない目をした少女達はゐのりの『声』を代弁しながら、手当たり次第の一般人へ襲い掛かる。

 ――現場に到着した撃退士の目に映ったのは、混乱。人通りの多い一帯は正に、悲鳴と絶叫に満ちていた。

 一分一秒。

 それが人々の命運を分ける。
 何処かにいる悪魔は一人嗤った。

 さぁさ楽しくやろうじゃないか!


リプレイ本文

●おーぷにんぐ

「ったく、厄介な事してくれてんじゃねぇよ!?」

 兎角、コンマ一秒でも時間が惜しいという状況だった。
 悪魔への恨み言を吐いた獅堂 武(jb0906)は、転移装置より降り立つや否や刀印を切った。
「オン・イダテイタ・モコテイタ ソワカ」
 唱えるは韋駄天の真言。風となってひゅるりと渦巻く神の加護が撃退士達の脚を包み込む。
「さて、最善を尽くそうか」
 滴る蒼の光を纏った各務 与一(jb2342)は常の微笑を浮かべて仲間へと視線をやった。
 頷きを返した撃退士は三班に分かれ、それぞれが作戦を開始する。

 向かう先に待つのは、悲劇か喜劇か、もしくは――。


●Play with me 01
「あの野郎。討伐の機会が来たら、絶対に一発ブチ込んでやる」
 韋駄天の加護を受け、商店街へ続く道を疾走するテト・シュタイナー(ja9202)は舌打ちをした。
 全くだ。テトの声に機嶋 結(ja0725)は内心で同意する。
(あの糞悪魔は何処かで見ているはず)
 忌々しい。悪魔絶滅主義者の心の中では憎悪の炎が燃え上がる。けれど結の表情は人形の如く、揺らがない。

 走るほどに混乱の度合いは大きくなっていった。
 遠くの方からは悲鳴や叫び声が聞こえ、それがまた混乱を増幅させている。
 人混みと人混みと人混みと。それの『源流』を、撃退士は目指す。

「三分固定してくれれば必要な腱を切って、生きたまま解体できるけどさ」
 翼を広げ宙を行く江戸川 騎士(jb5439)は溜息を吐いた。話を聞く限り、例のラジオは少女の声帯と一体化している可能性がある。
 騎士は青い目を細めた。視線の先には――手当たり次第に人間へと襲い掛かり、次々と殺戮してゆく『人間』の姿。吐き散らす声。巻き起こる悲鳴。
「俺様の愛する『人間』ってのは、もっと違う生き物だせ。あれは最早『人間』って呼べねぇだろうなぁ。歩く肉袋か?」
「あれか。なるほど、完全にブッ壊れてやがんな?」
 瞬間移動によって信号機の上に着陸したテトもターゲットであるラヂオガールを目視し、眉を顰めた。
「俺様達は久遠ヶ原学園の撃退士だ! すぐなんとかすっから、ここから急いで離れろ!」
「駅とショッピングモールにも近付いてはいけません。落ち着いて走って下さい!」
 テトと結は声を張るが、狂乱の真っ只中ではその言葉も通り難いか。
 撃退士は警察に各施設へ避難協力の要請を出したが、まだ警察は現場に辿り着いてはいない。また一般人である警察はアウル覚醒者の対応は出来ない故に、二次災害を防ぐ為にもアウル覚醒者近辺の避難及び救助は撃退士に任せたいとの事だった。

 が、そこで周辺のスピーカーから鳴り響いたのは耳を劈くハウリング音。

 事前にラファル A ユーティライネン(jb4620)が放送施設へ要請していたものである。その音は商店街、ショッピングモール、駅前の広場と全ての現場に響き渡る。それは「逃げろ」よりももっと原始的な言葉で、しかし有効な言葉だった。不愉快な音からはどんな人間でも本能的に離れたがるのだから。
 勿論、その不快さと爆音による影響は撃退士にも及び、仲間間の連絡や連携に難が出てしまうが――背に腹は代えられない。なんてったって人命がかかっているのだから。

 取り敢えず、全ての現場においてこれ以上一般人が現場にやって来る自体は防げただろう。どれだけ時間がかかるか分からないが、少しずつ現場の一般人も減っていく筈だ。
 その為には、ラヂオガールが一般人を追わないようにしなければならぬ。

「こちら商店街班、敵を発見した。これより作戦を開始する!」
 テトは瞬間移動を発動しながら通話状態のスマホによって繋がっている仲間達へ声を張った。光纏。両腕を覆う幾何学模様の篭手。既に砲口状<攻撃態勢>。降り立つ射程内。魔術師は光纏砲口をラヂオガールに向けた。
「後ろから援護する。抑え込みの方、宜しく頼むぜ」
 刹那に撃ち出すのは凍て付く突風。ラヂオガールが一般人のいない方向へ吹き飛ばされた。
 そこへ疾風の如く突撃し間合いを詰めるのは、北風の残滓に銀の髪を翻す結。

 悪魔に弄られた少女達に哀れみを。
 声に釣られた愚昧さに侮蔑を。
 意思を持ち尖兵と化した人間は悪魔そのもの。

「輪廻があるのなら……ここで死んだほうがマシですよ?」

 纏うは処刑せよと唸る死霊。一閃居合、抜き放つ妖刀でラヂオガールを押し込むように斬りつける。
 鮮血が散った。けれど悲鳴は無かった。焦点のあっていない目のまま踏み止まったラヂオガールは「楽園へ」と声を流す。
 瞬間、ラヂオガールの身体を握り掴んだのは闇の腕。空中、建物の影に姿を紛れさせた騎士による術である。
「ゐのりの『声』にどっぷり浸かった奴らとはTV局でお目見えしたが、外奪相手ならそれだけじゃないだろうなぁ」
 超勃るよぜ。西洋人形の様な端正な相貌を妖しく笑ませ、騎士は言った。
 縛られたラヂオガールはプロパガンダを吐き出しつつ、手近な結へ混沌の矢を放つ。華奢な少女の肩口を穿つ一撃。ゴギン、と骨が砕けるような音が響いたけれど、結は平然としたまま剣を構え次の攻撃への機会に備える。
「一歩も通しません」
 言い放つ結の背後では、既にテトが詠唱を始めていた。

「汝は理。我が意は螺旋。交われば歪、捩れて喰らう悪食の業!」

 言素魔法が一つ、操力言素≪歪なる螺旋の理≫<グラインディング・エフェクト>。テトの光纏砲口より放射されたアウルは空間内の運動ベクトルに干渉し、直後に多方向に渦巻く運動ベクトルの嵐を生み出す。
 捻じ切る様な凄まじい衝撃。それはラヂオガールの意識すらもぐしゃぐしゃに歪める。

 その隙を撃退士は逃さない。

 星光の旋棍に武器を持ち替えた結が一気にラヂオガールの懐へ潜り込んだ。燦然たる純銀の光。振りぬいた神輝の一閃は流星の如く、束縛され朦朧として回避もままならぬラヂオガールの側頭部を殴りつける。容赦も躊躇もない一撃。
「寄って集って悪いけど、悪く思わねぇでね」
 立て続けの攻撃。空から急降下する騎士はラヂオガールへ擦れ違うように刃で一撫で、辻風の如く斬り付ける。
 しかし直後に闇の腕を引き千切ったラヂオガールが飛び退くや、その口から黒い光の衝撃波を三人目がけて吐き出した。封砲のような――けれど威力も範囲も通常のそれとはまるで違う。
「――っ!」
 全身の肉と骨と臓器が軋む苦痛。
「ッくは、負けるかよ……!」
 力強く踏み留まり、テトはラヂオガールを睨め付ける。
「私達は――選ばれた――楽園へ――」
 止め処無いのは、『神の悪意』の祝福を受けしゐのりの声。テトは少女、否、少女『だったモノ』に目を細めた。
「ラジオを仕込まれた、か。様子を見るに、やられたのはそれだけじゃないんだろうな」
 先程の混沌の矢めいた攻撃に、封砲めいた攻撃。それに加えて異常な身体能力にタフネスさ。明らかな強化がなされている。いっそ改造か。
 誰の仕業かなんて、考えなくともすぐに分かる。
 撃退士の目の前にいるソレはさながら――悪魔のオモチャ。悪意の糸で首を吊られたマリオネット。人権も人生も夢も希望も嘲笑われて。

「――可哀想に」

 再び≪歪なる螺旋の理≫を行使しつつ、テトはそう呟かざるを得なかった。
 仲間と連携し刃を振るう結は用心深くラヂオガールの様子を観察している。

 ラヂオガールの喉に取り付けられたラジオは破壊すべきだろう。
 しかし、だ。

(……以前巧妙に隠し、自身で破壊するのを妨害したラジオを不用意に取り付けるでしょうか?)
 外奪の性格を鑑みるに――
「喉のラジオには何かあるかもしれません。皆さん、お気をつけて」
「りょーかい」
 答えた騎士は再度ダークハンドでラヂオガールを拘束した。が、彼女が再び口をガパリと開く。

 撃退士が身構えた瞬間、周囲を薙ぎ払う黒い光。

「くっそ、シャレになんねぇバ火力のクソ射程だな!」
「あー服に穴が……」
 毒吐くテト。一方の騎士はマイペースだ。結に至っては無表情のままリジェネレーションで傷を癒すや反撃に飛び掛る。
 だが続く戦いにラヂオガールの傷は明らかに増えている。
 ここにはいないがラファルのハウリング人避け作戦に加え、三人の足止めしつつの作戦が功を奏し、戦闘が始まってから一般人の被害は出ていない。

 戦況は撃退士が優勢なまま、終局を迎えんとしていた。

「万は百に、百は一に。集えよ燭光、滅びの種子よ!」
 テトが操る言素魔法が一つ、熱言素≪融蝕炎珠≫<メルティング・スフィア>。熱力学第二法則を限定的に無視し、光纏砲口内に圧縮した熱を光球として発射する。
 まるで太陽に飲み込まれるように。真正面から≪融蝕炎珠≫をまともに喰らったラヂオガールが、全身を包み込む超高熱に悲鳴を上げた。燃える、溶ける。
 結は火達磨のそれに刃で狙いを定めた。狙うは喉。一閃――だがそれは辛うじて防御したラヂオガールの両腕の手首から先を刎ね飛ばす事となった。部位狙いは困難か。なくなった両手を振り回すラヂオガールの声は止まない。

 それでも、だ――

「諦めねぇぞ」
 一か八か。横合いに回りこんだテトはバスターライフルAC-136のスコープを覗き込んでいた。アウルで弾を装填し、息を止め、狙うのは再び少女の喉へ。

「今、そのクソッタレな役目から開放してやるよ」

 それは偽善か独善か。
 想いを込めて、引き金を引く。

 ――放たれるアウルの弾丸。

 それは真っ直ぐ、真っ直ぐ……ラヂオガールの喉を貫通し。
 ゐのりの声がピタリと止まる。
 代わりに噴き出す鮮やかな血液。
 赤い色に塗れながら、少女は糸が切れた人形のように崩れ落ち、……事切れた。

 ラジオの破壊に成功したからか、結が懸念した『何か』が起こる事はなかった。
 一段落――否、未だだ。
「私は退避した一般人の護衛に当たります。皆さんもお気を付けて」
 と言い残すや、結は踵を返して走り出した。
(外奪から良く見える場所は……ビルや屋上?)
 そう予想すれば、一般人を高い建物から離すように、避難誘導を行い始める。
「俺様は他んとこに援軍に行って来る。お前は?」
 仲間へ通信を済ませたテトは騎士へ振り返った。ん、と騎士はにこやかに笑むと。
「ちょっと外奪に会いに行ってくる」
「そーか。無事を祈るぜ」
「そっちも」
 では、と騎士は翼を広げて飛び上がり、テトは地を蹴り走り出す。


●Play with me 02
(外奪……許せない。人間をあまりみくびるなよ)
 小さな身体で人混みを掻き分け、奥歯を噛み締める山里赤薔薇(jb4090)は駅前広場への道を懸命に走っていた。
「何という、か」
 続く矢野 胡桃(ja2617)は小さく溜息を零した。「相変わらず元気、ね。貴方達」と呟いたのは、何処かで見ているのであろう悪魔への言葉か。
「ままならねぇもんだなー」
 聞こえてくる仲間の声とハウリングの中でラファルが何心なく言う。背中に半悪魔の翼を顕現し、見下ろすのは混乱のままに逃げ惑う人々である。長い金の髪を掻き上げ視線を前にやれば――見えた。殺戮と殺害と混乱と混沌と。

 ラヂオガール。毀れた少女が「楽園へ」と謳いながら、一般人の首を捻じ切る。

「五体満足なのに人生どぶに捨てやがって」
 ラファルは淡々とした物言いで、淡々とした無表情だった。天魔事件によって失った多くの生身を機械に代えて生き延びた彼女の顔は作り物だ。そんなラファルの顔は美少女原型師による職人技と現代科学の集大成により、見る角度と見せる角度によって千変万化の表情を作り出す。故に無表情が最も難しく、そんな時は顔そのものを変えるだけ。

 ――今のラファルはまさしく『そんな感じ』。

(あいつらの事情なんざ知ったこっちゃないが、)
 それでも……取り返しのつかない事くらい解る。
 『クール』な顔の下、機械の体の生身の心に沸き起こるのは遣る瀬無さでも悲しみでも、ましてや怒りでもなし。
「……見つけた、わ」
 直後に瞬間移動によって現場に降り立ったのは胡桃。力のままに、文字通りの『人体破壊』を行っていたラヂオガールが振り返った。
「ふぅ、ん? 貴方は……似非阿修羅、かしら?」
 力による近接攻撃。相手は前衛だろう、胡桃はラヂオガールから適度な距離をとる。
 撃退士の存在に気付いたラヂオガールが撃退士へと襲い掛からんとした――刹那、その体は人混みの合間を縫って伸びてきた無数の腕に捕まれる。
「もうこれ以上は……殺させない……!」
 弾む息を整え、人混みから現れた赤薔薇による異界の呼び手だ。ラヂオガールが足止めされた間に周囲の一般人が悲鳴を上げながら逃げてゆく。ハウリング音による人避けも相俟って、戦場に一般人が迷い込む事はないか。
 赤薔薇はそのまま束縛したラヂオガールへ接近した。伸ばす手は、もがく彼女のその額へ。
「あなたに一体、何があったの?」
 シンパシー。赤薔薇はラヂオガールの過去七二時間を垣間見る――

 外奪によって案内された暗い場所。座していたのは天使の様な不気味な悪魔。「どうか私をゐのり様のようにして下さい」。悪魔がこっちを向いた。眼窩から羽が生え顔中に鱗が生えている爬虫類めいた不気味な相貌。それが顔を寄せて囁いた。「毀れてしまえ」。刹那に自分が、世界が、現実が、音を立てて崩壊し、わたしはわたしでなくなりなくなるきえてしまう

 直後に赤薔薇を猛烈な力で突き飛ばしたのはラヂオガールの掌だった。
「っッ!」
 地面を転がる赤薔薇の身体。胃液がせり上がり思わず吐き出してしまった、のは、腹部に直撃した掌底の一撃だけの所為ではない。
 見てしまった狂気の光景。自己が崩壊するどうしようもない絶望。恐怖。後悔。生きたまま心だけ殺され肉を悪魔に弄られて。想像を絶する記憶を見た赤薔薇の全身から嫌な汗がどっと溢れた。心臓が破れんばかりに鳴っている。衝撃が強すぎる光景に眩暈すら覚えた。思わず自分の頬に触れて――自分が毀れていない事を確かめたほど。
 けれど彼女の耳に届いたのは通信機から「作戦を開始する」とテトの声、与一の声。
(そうだ、皆頑張ってる……しっかりしなくちゃ)
 口元を拭って立ち上がる。それから皆へ端的に告げるのは、赤薔薇が『見た』光景だ。
 そして赤薔薇はそこから一つの、悲しい結論を導き出す。

「ごめんなさい……この状況で貴方たちを救う術……思いつかない」

 震える手で握り締めた黄金の鎌。
 胡桃も古びた魔道書を開き、ラヂオガールを見澄ました。
 覚悟はとうに。躊躇はしない。
「さ。大人しくしてもらう、わ」
 胡桃が向けた掌。ラヂオガールへ放つのは零度の突風。少女が吹き飛ぶ。
 それを飛び越えるように、後方。ハウリング音を流し続けるメガホンを設置し空中から回り込んだラファルの四肢はその機械義肢の擬装を解除していた。グラップラー「ラファルタイタス」押忍、凶悪なフォルムのそれはラファルの物理格闘戦形態である。
「おい、こっち向けよ」
 ラファルの堅い掌がラヂオガールへ向いた。俺式サイキックパワー「デビルズバイス」。見えざるアウルテレキネシスが少女をぐわしと力尽くで掴み取る。そのままラファルは回り込む様に着地すると、悪魔の万力と呼ぶに相応しい荒々しい力で己の方、胡桃と赤薔薇とは逆方向へ振り向かせる。挟撃作戦だ。
「はぁっ!」
 赤薔薇は大鎌を轟と振るった。光り輝く黄金の軌跡は魔の刃となり、ラジオガールの背中を切り裂く。
「これはどう、かしら?」
 そこへ立て続けに降ったのは胡桃が繰り出す灰銀の矢列だ。
 二人の魔女<ダアト>による魔法攻撃は、物理型のラヂオガールにとって魔法攻撃は脅威そのものである。
 だがそれは『逆』も言える事である。が、三人が協力してラヂオガールを足止めし、ダアト二人は離れている為に彼女の攻撃は胡桃と赤薔薇には届かない。
 故にラヂオガールの標的は近くのラファルになるのだが、それは撃退士の思惑通りだ。
 ラヂオガールが振り抜いた拳はラファルが構えたクライメートシールドにぶち当たる。人間の力を超えたパワーは受けるだけでも全身にズンと重く響き、盾を持つ手がビリビリ痺れる。
「全部引き受けてやる。どんどん来な、こっちもガッツガツにボコってやる」
 涼やかに。言い放ったラファルは動けぬラヂオガールを盾の刃で切り裂くように殴り付けた。狙ったのは首だが、防御される。部位狙いは困難か。
 と、ここでラヂオガールが拘束を引き千切る。だがすぐさま彼女を吹き飛ばし、凍て付かせたのは胡桃が吹かせた北風の吐息だ。
「悪いけれど、それ以上お近づきにはなりたくない、わ」
 悠然とラヂオガールを見据える胡桃。唸るラヂオガールは「劣等種を殺せ」と言い放った。

 戦局は一方的な展開であった。
 徹底的にラヂオガールを足止めし、攻撃はラファルが盾で引き受け、赤薔薇と胡桃が阿修羅の弱点である魔法攻撃で間断なく攻撃する。

 終わりは間もなくであった。

 ふらつくラヂオガールの足の甲をラファルが機械の足で思い切り踏みつけた。ぐしゃ、と折れてつぶれる少女のちっぽけな足。
「そろそろ終わりにすっか」
 何度目かの正直。振り上げた刃盾。ラファルの目に映るのは、血だらけの少女。悪魔の呪縛が解けない人形。
 ここでキメセリフを言うのなら、「楽にしてやる」とかなんだろう。

 ――なんて、思いつつ。

 黙したラファルは盾の刃をラヂオガールの白い喉へと、防御に構えられた掌ごと貫き刺し込んだ。くしゅ、と捻り横に払えば、びゅう、と吹き出る鉄臭いシャワー。ラファルの肌が赤に染まる。
 呆気ない最期。首の断面から除く壊れたラジオ。破壊された為か何か妙な事は起こらない。
「……終わり、ね」
 一瞬だけ一息を吐いた胡桃は戦闘態勢は解かないまま仲間へ通信を行った。騎士が外奪捜索を行っているとの事なので、それに加わる旨を連絡し走り出す。
「さながらかくれんぼ、ね。……いい、わ。探してあげる」

 一方の赤薔薇は何処か覚束ない足取りで、倒れた少女のすぐ傍にしゃがみこむ。伸ばした手で見開いたままの目を閉じさせてやる。
(私、また人を殺めてる……この力、天魔から人を守るために身に付けたのに……どうして)
 手についたのは未だ温かい血。乾いていない赤。目の前に横たわる少女も未だ体温があって柔らかい――さっきまで生きていた証拠。死んでしまった証拠。
(二度と、人殺しはしたくなかったよ)
 震える手で、赤薔薇は少女の赤い血を頬に塗った。

「貴方たちが人として生きた証し……私達は忘れないよ……ごめんなさい」


●Play with me 03
 ショッピングモールの広間。武と与一は既に作戦を開始していた。
 ラヂオガールの目の前にいるのは武一人。少女が放つ強大な火の塊が至近距離から彼を襲った。
「ぐっ……!」
 武は陰陽桜双鉄扇でなんとか直撃は免れたものの、灼熱の余波に全身が焼ける。火が燃え移る。彼の傍にいた鳳凰が主を心配するようにピーィと鳴いた。
 火傷だけではない、武は血だらけ傷だらけ。ラヂオガールは強い。一対一ではかなり厳しい状況か。
 それでも、彼女の気を引き足止めには成功している。ラファルのハウリング作戦に加え、近辺の一般人避難は与一が行い、それより離れた場所では警官が避難誘導を行っている。これ以上、ラヂオガールに一般人が殺害される事はないだろう。

 ……このまま足止めし続けていられれば、の話であるが。

「一歩も譲るか、よッ!」
 負けるものか。武は気合を振り絞り、刀印を切ると三度目の八卦石縛風を行使する。澱んだ氣が舞い上がり、穢れた砂塵がラヂオガールの体を包んだ。そして彼女を石に変える。
「っぶは、」
 固まりついて動かないラヂオガールを前に武は大きく息を吐いた。一秒でも長く彼女が石になっている事を祈りつつ、額を流れる汗と血を拭う。
 すると間もなく、弓を取り出しつつ与一が走って戻ってきた。
「ごめん、お待たせ」
「うっす。各務先輩も避難誘導ありがとうございます」
「獅堂くんが足止めしてくれたお陰だよ」

 さて。

 身構える二人。
 向けた視線の先。
 石化を解き、構えた手に魔方陣を展開したラヂオガール。放つのはファイヤーブレイクめいた規格外に範囲が広い業炎の嵐だ。
 迫り来る赤。けれど与一は澄み渡る水の如く冷静に弓を引き、放った。それは武を飲み込まんとしていた炎を払い彼を助ける。自身は火に焼かれるけれど、これ以上武に無理をさせるのは与一の心が是としなかった。
 武は与一の弓が炎を払って出来た道を突き進んだ。攻撃専用である数珠で拘束は難しい事は既に分かっている。ので、懐に潜り込んで鋭く振るうは双鉄扇だ。
「喰らえ!」
 がつんと鈍い衝撃。魔法型であるラヂオガールに物理攻撃は効果覿面だ。
 ゐのりの声を悲鳴代わりに、彼女は再度武を狙って掌を向けた。稲妻が一直線に迸る――

「やらせはしないよ。この弓と矢は、命を護る為にある」

 稲妻を掻き消すように、与一の弓。またしても武を守る。
 与一は次の矢を番え、牽制せんと素早く撃ち出した。その時聞こえてくるのは赤薔薇のシンパシーを行った結果の連絡である。
 結論……ラヂオガールを救う事は、限りなく難しい。
「――そうですか」
 答えた与一は深呼吸を小さく一つ。
 悔しいが悪魔のルールに従う他に無く。
 例えそれが、同じヒトの命を奪う事に繋がるとしても。
「この手で命を奪おうと、この身が血を流そうと、それで護れる命があるなら俺は、躊躇わない」
 救えるのならば救いたかったが、出来ないのならばこれ以上命を奪わせない為にも……斃す。
 与一の瞳に緑火が宿った。
 護るべき者を護り倒すべき敵を倒す為、全霊を賭す。
 放つ弓は破壊力の代価に精度を失っても尚、針穴すらも通さんばかりの精密さ。ラヂオガールの脇腹に突き刺さる。
 そこへ武が双鉄扇を振るって追撃を仕掛けた。たたらを踏んで少女が後退する。
 それでも尚、ラヂオガールはまだ倒れる気配を見せず。浮かんだ魔法陣、破壊の音。

 一進一退。混沌とした戦況。お互いが壮絶に攻撃しあい、削り合う。

 そして状況は、誰も彼もがズタボロになった時に変化を見せる。
「待たせたな」
「協力するよ」
「俺参上」
 撃退士にとっては聞き覚えのある声。
 テト、赤薔薇、ラファルが加勢に来たのだ。
「……良し。一気にたたみかけるとすっか!」
 士気を向上させた武はラファルと共にラヂオガールへ近接攻撃を仕掛けた。
 後方からはテトの≪融蝕炎珠≫、赤薔薇が放つ赤き火竜槍『龍龍砲』が次々とラヂオガールに襲い掛かる。

 形勢は一気に撃退士有利へと傾いた。

「赦しは請わない、俺を恨んでくれてもいい……君を、殺す」
 決して集中を乱さず。
 与一の手から放たれた幾度目かの弓。
 青い光に貫かれたラヂオガールが大きく後方にぐらりと揺らいだ。
 そこへ、武が手を伸ばした。少女を掴む。もう片方の手には苦無。それを、――少女の喉へ突き下ろす。
(ああ、)
 人間の喉を貫くなんて、一生知りたくない感触だった。
 ゐのりの声が止まった。それはラジオは壊された証拠。
 武は急いで治癒膏を使い、少女の喉の傷の止血をした。ぐったりとした少女はどうやら、意識を失ったらしい。
 でも――生きてる。確かに、生きている。すぐに医者に診て貰わなければならない状況ではあるけれども。
 それに武は心から安堵の息を吐いた。


●closing
 外奪はアッサリ見つかった。
 とあるビルの寂れた喫茶店の窓際の席で堂々と、烏龍茶を飲んでいたのだ。
「なぁんだ、作動しませんでしたね」
 やって来た胡桃と騎士に、頬杖を突いた外奪は溜息と共に言った。
「作動?」
 騎士は遠慮なく外奪の前の席に座りながら問う。すると「烏龍茶二つ」と店員に追加注文した外奪がニコヤカに、自らの喉を指差しながら笑んだ。
「ここの、爆弾ですよー。彼女達が死ぬか戦闘不能になればポンッの予定でしたが、いやはや、綺麗に全部壊されちゃいました! しかも一人は死ななかったみたいですねぇ。いやぁあんなことしちゃって、大変ですよ? 入院費とか超かかるんだろうな〜でも治る見込みはないんだろうな〜でも今更殺せないんだろうな〜ご家族はどう思われるんだろうな〜」
「……へぇ」
 無感情に答えたのは胡桃。
「はじめまして、ね。もしよければ、少しお話しない?」
「勿論ですよ、ささっおかけになって。その声は胡桃ちゃんで、そっちは騎士くんですね?」
 その通り、と着席した胡桃が答える。続けて彼女は悪魔に問うた。
「爆破、って言ってた、けど。その意味が、分からない。証拠を隠滅するというなら、ラジオを私達が破壊する様にすればいいだけ、よね?」
「え? いやアレただの嫌がらせですし」
 あっけらかんと外奪は答えた。
「貴方達の中の誰か一人ぐらいは絶対助けようとするでしょうから、そういうのに意地悪しようかなって……あわよくば貴方達の誰かが爆死しないかなーって」
 失敗しちゃったんですけどねー、と悪魔は苦笑した。
「限りなく助かる可能性が低い部位にわざと仕込みましたから。助けるとは逆に、無理っぽいと気付いた人がバッサリ殺すのも見物でしたよ。人殺しおめでとう。皆様にそうお伝え下さい、この人殺しー!」
 ケタケタケタ。外奪は笑う。胡桃は冷めた目で眺めていた。運ばれてきた烏龍茶には手をつけない。
 一方で騎士は普通に烏龍茶を飲みながら、「人間界に居ても心底、俺って悪魔だわ」と外奪に対し目を笑ませた。
「人間界の水って合わねぇかもしれないって思う原因になったあんたと会える機会ができるとはね。魔界にいる時なら声をかけるなんてマジありえねぇしな」
「ははは。そう言って頂けると嬉しいですよ」
「どうも。で……俺らはラヂオガールという不要物<ゴミ>を片付けさせる為に呼ばれたのか? それとも人間同士が闘う姿を、また警察の街頭監視システムでもハックしての実況中継とかやってんの?」
「半分は正解ですね」
「半分?」
「ゴミ掃除は正解です。もう、サマエル様ったら『散らかすだけ散らかして片付けない』んですよ。で、もう一個はちょっと違いますね。今回は小生が個人的に見物していただけです」
「へー。ま、何にせよ。あんたには、期待しているよ。だけど人間ってのは、しぶといし諦めが悪いからなぁ。その内、サマエル様を引きずり出すだろうぜ」
「だと良いんですけどね〜〜。あの人、出不精すぎますから。偶にはお外に出た方が良いと小生も思うんですよ。是非ともあの引きこもりを外に引っ張り出してやって下さいまし。もしかしたら……、あの『神話級のバケモノ』を人間が討ち取るなんて歴史的光景も見れるかもしれませんしね!」
 そうなったらきっと面白いですよ。などと言う外奪の言葉は挑発なのかサマエルに敬意がないだけかこういう性格なのか。色眼鏡の奥の瞳は表情豊かでありながら、その真意を読み取らせない。
「ちょっといい、かしら……?」
 そこへ胡桃が、外奪へスマートホンを差し出した。
「仲間から、貴方に言いたい事が、あるそう、よ」
「おっ、小生モテモテですね」
 携帯機を受け取った外奪が「もしもし?」と呼びかける。電話の向こうの声は与一だった。
『あなたと話す事などありませんが、一つだけ。いずれあなたを討つ。それだけです』
「いいですねー楽しみにしてますね。小生も向こう3年ぐらいは死にたくないので頑張りますんで、お互い切磋琢磨していきましょうね!」
 親指を立てるが受話器の向こうの与一に伝わる筈もない。
 では次の方、と変わったのは、赤薔薇だった。
『私の声……覚えている?』
「おお、赤薔薇ちゃんですね。こうして電話越しに再開できて嬉しいですよ」
 声を弾ませる外奪に対し、赤薔薇が返したのは束の間の静寂。その間に少女がどんな表情でどんな気持ちでいたのか、ここでは分からない。
 それから静かに、少女は悪魔に告げた。
『私達を殺人者にした報いは必ず受けてもらう……許さない』
「っくは、くっはっはっはっは! ならもっと憎んで頂く為に小生はこう言いましょう。――『この人殺し』」
 笑っているのに、ゾッとするほど冷たい声だった。外奪はそのまま、笑顔のまま、胡桃へスマホを差し出し返す。
「それでは一件落着しましたので、約束通り小生は退散しますね。本日はお疲れ様でした〜」
 会計分の代金を置いて立ち上がった外奪は「また会いましょう」と言い残し、あっさりその場から去っていった。去り際に指を鳴らせば、それまで騒がないように魔法をかけられていた喫茶店の従業員達がハッと我に返ってゆく。
 そして再び撃退士が外奪の方を見やった時――悪魔は既に、消えていて。

 窓の外では救急車やパトカーのサイレンが、ずっとずっと響いていた。



『了』


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: ペンギン帽子の・ラファル A ユーティライネン(jb4620)
重体: −
面白かった!:3人

秋霜烈日・
機嶋 結(ja0725)

高等部2年17組 女 ディバインナイト
ヴェズルフェルニルの姫君・
矢野 胡桃(ja2617)

卒業 女 ダアト
爆発は芸術だ!・
テト・シュタイナー(ja9202)

大学部5年18組 女 ダアト
桜花絢爛・
獅堂 武(jb0906)

大学部2年159組 男 陰陽師
撃退士・
各務 与一(jb2342)

大学部4年236組 男 インフィルトレイター
絶望を踏み越えしもの・
山里赤薔薇(jb4090)

高等部3年1組 女 ダアト
ペンギン帽子の・
ラファル A ユーティライネン(jb4620)

卒業 女 鬼道忍軍
RockなツンデレDevil・
江戸川 騎士(jb5439)

大学部5年2組 男 ナイトウォーカー