●いないいないばあ!
糸の着いたお人形なら踊れ踊れ
●第一幕 悪いのはお前!
かつてこれほど無秩序が蔓延る空間が在っただろうか。
転移装置を潜り抜けた先の監獄は最早そうとは呼べぬ場所。檻に閉じ込められていた囚人が暴れ、叫び、ディアボロと悪魔が手当たり次第に建物を壊している。それを囃すのは淡々とした京臣ゐのりのプロパガンダ、響き渡る。
「精一杯頑張って下さいね!」
宙を旋回した外奪は撃退士を一瞥すると厭味ったらしい笑みを浮かべた。それに対しヤナギ・エリューナク(
ja0006)は舌打ちを隠さない。
「また出たか……外奪。しょーこりもなく、ヤな野郎だゼ。しかも同じ手とはね。胸糞悪ィゼ」
「同感だ。外奪、悪趣味な真似をする……」
鳳 静矢(
ja3856)も凛然としたかんばせを顰めさせた。怒りだ。人を弄ぶ外道。そして社会への危険を回避する為、己は全力を。
「下らない催しが好きなようで……あなた自身もくだらなそうですが」
辟易と、機嶋 結(
ja0725)は溜息すら出ない。下らない茶番。付き合う気はない。上空の外奪がアハハと笑った。
「サマエル様にもよく言われます。これってパワハラですよね?」
本当に他者というものを何処までもコケにできる生命体である。その高笑いは喧騒に紛れた。最中、微笑み<いつもの顔>に何処か影を落としたのは、ユウ(
jb5639)。
「また人同士の争いが始まるのですね……」
楽園などと。救われるなどと。馬鹿馬鹿しい。風が流れる様な淡桜の光を纏う華澄・エルシャン・ジョーカー(
jb6365)は柳眉を吊った。
「救い? これ以上誰も使い捨てに利用させないわ」
「そうです。人を好き勝手に利用するのは許せません!」
淡い翡翠色のアウルに身を包み、木嶋香里(
jb7748)も表情を引き結んだ。
「厄介だが……やってやる!」
「ええ――参りましょう」
仲間に続いて武器を構え、ルナ・ジョーカー(
jb2309)と御堂・玲獅(
ja0388)が光纏した。状況は既に始まっている。一方的なまでに。
彼等に立ちはだかるのはディアボロ、八つ裂きポリス。悪趣味な八の武器腕がぎらりと光った。その背景では阿鼻叫喚とゐのりの声が謳われている。
「あらぁ〜、なんだか騒がしいわねぇ。賑やかなのは好きだけど、煩いのは嫌いなの。言う事聞かない悪い子は潰しちゃうわねぇ♪」
くすくす、殺伐と血の臭い漂うそこでErie Schwagerin(
ja9642)は妖艶な笑みを浮かべていた。その目は漆黒、瞳は怪翠、顔の左に破壊のルーン。
さて、鷺谷 明(
ja0776)は脳の中で独り言ちていた。個人的に聖女が唱えた優生学思想はその是非は置いといて結構好みだった。けれどそれはゐのりが衝動に任せ戯言にしてしまった、と。
白い口唇から漏らす溜息――ああ全く残念無念、憂さ晴らしでもさせて貰おう。
「そういえば前に負けたこともあったっけねえ。じゃあリベンジマッチ含みで」
「いいですねぇ。そういう熱い展開、小生嫌いじゃないですよ」
記憶力の良い外奪は明の事を覚えているようだった。
ならば勝負は熱く。勝ち負けは楽しく。勝敗は愉快に。
地獄のディーラーの遊戯盤<掌の中>、運命の女神は誰に微笑む?
●第二幕 ポリスとブレイカーのゲーム
動き始めた戦場。廻り始めた歯車。
先手は外奪、練り上げた強化魔力を十体の八つ裂きポリスへと散布する。一層凶暴性を増すディアボロが唸りを上げた。
最中に撃退士は作戦通り行動を開始する。十人の狙いは一本、八つ裂きポリス。
「ま、目に見えて敵だしぃ? 明らかに邪魔だしぃ?」
エリーが白い指先を冥魔へと向けた。
「――だから、纏めて潰しちゃうわね」
嗜虐的な笑みで発動するのはDemise Theurgia-Ateras Chasmlunoa-。深淵に形を与え、現界させる魔術。姿を得た『破滅の空間』は万物が朽ち逝く必滅の世界。収縮する空間は響く音すら逃がす事なく範囲内の冥魔達を押し潰し、打ちのめす。
「遠慮なく貰ってイキな、釣りは要らねェゼ!」
歪められた空間の下方では、ヤナギが地を手で叩き送り込んだアウルが大地の爆弾となって炸裂する。
「気色が悪い。悉く目障りです」
更に横合いから冥魔を強襲するのは結が手にしたロザリオより放たれる光の矢。強く眩い天の力は、さながら悪魔絶滅主義者たる彼女の殺意そのもののよう。
「華澄さん、合わせていこう」
「はい、静矢さん!」
目まぐるしい連撃の中、静矢と華澄、二人のルインズブレイドが太刀を構えた。振り抜かれたのは同時、放つのは同列の技。
その羽ばたきで敵陣を一直線に薙ぎ払った紫の鳳凰の名は紫鳳翔。
紅水晶の光を散らし、鮮麗なるロゼ色で冥魔を貫いたのは紅晶華。
そしてそれらを黒く塗り潰したのは――ユウとルナが放つ無数の影刃、オンスロート。
連撃に次ぐ連撃。嵐の様と形容するのも生温い、渾身の大攻勢であった。
しかし誰もが理解している。「これだけで終わる筈がない」と。
「今ので決まってたら楽なんだが……ま、そう言っちゃいられねぇか」
闇に紛れ気配を殺すルナの目の彼方、八つ裂きポリス達が動き出す。
8×10の腕が、1度或いは2度蠢く。振り下ろされる凶器達、何個も飛んでくる手錠のミサイル。
それだけではない。囚人達が脱走の最中に撃退士目掛けて様々な嫌がらせ――具体的には『攻撃』を、行ってくる。囚人達にとって撃退士とは「自分を牢屋に送った奴」だ。ゐのりの声でヒートアップした心情は行動に歯止めをかけない。
奇しくも、撃退士が叩き付けた猛連続攻勢を、今度は彼等が受ける事となる。
けれど。
「好き勝手はさせません!」
仲間の死角を補うように立つ香里が鉤爪盾で敵の攻撃を受け止める。
「生命探知で死角は補います。皆さんは攻撃に専念を!」
玲獅も浮遊盾で八つ裂きポリスの手錠の軌跡を逸らさんと試みる。最中にも生命反応を察知する技能を以て奇襲の被害を最低限に食い止める為、仲間達へ声を張った。
一方明はその身のこなしで敵の攻撃を次々と掻い潜り、手近な八つ裂きポリスの目の前に現れるや口を三日月に吊り笑ませる。その時にはもう、深青の毒蛇が如き布槍の一撃でディアボロの攻撃を阻害せんとしていて。
けれど三人で八人全員を護りきる事は流石に難しい。回避射撃やシールドバッシュ等、専用の防御系スキルでもなければ効果も確実とはいかない。あまりにも塞ぎ切れない――そう、たった三人だけだったならば。
撃退士のもとに、囚人とディアボロを押しのけ掻き分け辿り着いた6人ほどの集団。『こちら側』である刑務官達が駆けつけて来るや、次々と支援技で撃退士を援護してくれたのだ。
「来てくれたのか、久遠ヶ原学園!」
「本職がこの有様ですまない、力を貸してくれ」
刑務官達は誰も彼も傷だらけで、疲弊しきっているのが誰から見ても明らかであった。この暴動の中、たったこれだけの人数で戦い続けていたのだろう。
全ては秩序を護る為――その心のなんと崇高な事か。八つ裂きポリスへ剣を振るいつつ、悪を管理する番人達に結は尊敬の眼差しを向けた。
「ありがとうございます。……どうか、生き抜いて下さいね」
「勿論だ。一緒に頑張ろう、お嬢ちゃん」
刑務官の目に浮かぶのは希望。絶望的な状況の中現れた撃退士は、彼等にとって救世主に等しかった。
「あ、正気の刑務官さんは近づいてこないでねぇ、巻き込まれても知らないわよ♪」
そんな彼らにニッコリ、破滅の空間を現界させつつエリーが笑む。彼女の攻撃は文字通り問答無用、「邪魔すると容赦しないわよ♪」と言わんばかりに最も巻き込める位置にて冥魔も囚人も敵刑務官も諸共蹂躙する。
勿論です、と敵の断末魔の中で刑務官は即答した。
さて被害は100ではないが0でもない。八つ裂きポリスの手錠が命中してしまった者は例外なく、その身を雁字搦めに縛られる。
ギラッとディアボロの目が光った。確保! 確保! 歪な警官が武器を振り上げ縛られた者、ヤナギ、ユウ、ルナのもとに駆けて来る。
更に――囚人達は一度ちょっかいをかければ後は戦線から離れていく者ばかりだが、ここに『例外』が二人、やって来た。
「撃退士」
「撃退士だわ」
引き千切った拘束服を纏った少女が二人。かつて久遠ヶ原学園撃退士が倒した目玉蒐集猟奇殺人鬼、愛と逢。
「忙しいねぇ」
目と手と身体が幾つあっても足りやしない。明は自らの動作の最適化と神経の加速を行うと――一拍子<アクセラレーション>。一瞬で最高速に達した彼は転移の如く、仲間に最も近付いていた八つ裂きポリスの目の前に立ちはだかると蛇布槍の一咬。
「させません!」
華澄も雪崩れて来る冥魔に剣を振るい、また別の固体へは静矢が、紫色の鳳凰の翼を纏った剣で重き一閃、紫翼撃にて吹き飛ばす。
が、そんな静矢を逆に吹っ飛ばしたのはふらふらとケタケタと撃退士の所へやってきた、双子の囚人。少女二人が「せーの」と掌で押せば、落ちる鉄塊が如き威力と衝撃で静矢で文字通り『撥ね』飛ばす。
「ぐっ……!」
ブレる視界、痛む身体。立ち上がろうとした静矢が震えながら血反吐を吐く。
そこへ双子が追撃をかけんとした。が、彼女等は自分達の周囲に淡い闇が漂っている事に気が付いた。瞬間に二人を、そして冥魔と囚人を冷たく焼いたのは、ユウが放つ常夜の凍て付く黒い闇。ユウの周りに群がり武器を振り下ろしていた冥魔二体と囚人幾人かが常夜の闇に誘われ、深い眠りに落ちてゆく。
「お二人さん、貴方の相手は私です」
八つ裂きポリスの手錠を引き千切ったユウが立ち上がり、眠らなかった二人を見澄まし『宣戦布告』する。その傷だらけのかんばせに二つ、光の加減でアンティクゴールドにも見える黒い瞳は――宝石の様に美しく。
「綺麗なお目目」
「あれ欲しいわ」
駆けて来る人の身をしたバケモノ。微笑を浮かべたユウは脚部に集めたアウルを爆発的に燃焼させつつ身構えた。相手は必殺型、短期決戦が鍵であるとユウは分析する。
(……ならば捨て身の早期撃破を)
「悪ィ、お待たせ」
「楽しそうねぇ、私も混ーぜて♪」
直後にユウの隣へ駆け付けたのは、土遁を撃ち切り束縛から脱したヤナギと、赤いドレスと赤い髪を翻したエリー。
「さーて、パーティしようゼ?」
不敵な笑みで、大胆不敵。ヤナギが黒いネイルの指先で、双子を誘う。
●第三幕 動悸的正念場
破壊音が響き続けるのは、外奪があちこちで好き勝手し続けている所為だろう。時折上空から冥魔や囚人へエンチャントや回復を施しつつ「ふれふれがんばれー」なんて茶化していく厭らしさも忘れない。
攻撃してこないだけ少しはマシか――玲獅は思い、「否」と首を振る。キッチリ支援技で敵勢力を強化・回復しているし、なにより外奪の破壊行動が進めば進むほど流れ込んでくる囚人<イレギュラー>の数が増えてゆく。魔法書で妨害しようかとも思ったが、流石にばら撒くようなそれ、ましてや攻撃ではなく支援のそれを、『通常攻撃』で妨害せんとする事は不可能に近いか。
(あの外奪、偽物なのか、ホンモノなのか分かんねェな)
ヤナギは思う。ちょっかいは出されても冷静に、意識にきちっと留めておく。
八つ裂きポリスは四体倒した。一気に倒せたのは、撃退士が序盤に持てる範囲・複数攻撃を撃ちまくった事が幸いか。さてここからだ、範囲技が弾切れしたここからが。ディアボロはこちらの手数を減らしつつ、かつ手数を用いて確実に削ってくるタイプ。
「大丈夫、ですか?」
「気をしっかり」
結と静矢は逐一味方刑務官へしっかりとした声で言葉をかける。刑務官へだけではない、撃退士はゐのりの声に『賛同』せぬよう、互いに声を掛け合っているのだ。そのお陰か、誰一人心がぐらついた者はいない。
静矢は味方刑務官へ語りかける。
「此処は山奥で、囚人なら逃げても貴方らの方が地理を知る分有利だ。だが洗脳された刑務官が先導したらまずい。まず仲間を正気に戻すか抑えるんだ」
「でも、どうやって」
声をかけたが無駄だったと、妨害に来た囚人の攻撃を盾で防ぐ刑務官が言う。
その会話を聞いていた香里も内心で歯噛みする他になかった。「正気に戻って下さい」と『声』に従った者に訴えた。けれど効果はまるでなかった。言葉で解決できるものなら、きっとこんな事態にはなっていない。
「貴方達の目論見は止めてみせます!」
だから香里は、仲間と連携しながら冥魔へと棘盾を振るい、一体の破壊に成功する。だが横合い、別の八つ裂きポリスが香里へ武器を振り上げている――遮蔽物を、香里は咄嗟に考え、周囲を見る。
遮蔽物はある。あるっちゃある。
その辺に転がっている人間の死体ならば。
「……っ!」
少女は優しかった。少女は善良だった。少女には常識と良識があった。だから出来なかった。躊躇した。自らが助かる為に他人の死体を掴みあげて盾にするなど。
直後にチェーンソーが香里の柔い腹を削ぎ、モーニングスターが胸部を打つ。血が飛び散った。夥しいほどに。
「ぁぐ ッ……!」
肋骨が砕けた感覚。地面に転がる。息が出来ない。腹の傷を押さえた手が血で真っ赤に染まっている。痛い、痛い。
「しっかり!」
直ぐに玲獅が治癒術を飛ばす。彼女の行動は回復に付きっ切りになっていた。傷も状態異常も自分の前では許さない。持てる技術を有りっ丈つぎ込む。それは刑務官にも同様で、彼等への回復も惜しまない。倒れた者には生命の芽で立ち上がらせ、神の兵士で皆を鼓舞し。ボロボロだった彼等が未だ欠ける事無く戦えているのは偏に玲獅のおかげに他ならない。
「うちの家は、代々医者ですから」
ニコリと微笑んだのは博愛の心。だが回復にも限りはある。戦いは激化の一方で、一人では治療の手が間に合わないほどだ。
何分敵の手数が多い。否、多すぎる。増えている。絶え間ない。何処ぞの囚人が放った魔法弾を、明は身代りの人形の形代<サクリファイス>を押し付けることで回避すると、そのまま八つ裂きポリスの行動をバックラーで殴りつけて阻害した。
今のでどちらも弾切れだ。だがまだ使える『妨害』はたんとある。
「さて、この乱痴気騒ぎはいつまで続くのかね?」
状況が動いたのは間もなくであった。
手錠に縛られもがいていた玲獅へ寄るディアボロ。その前に立ち塞がった結、の、手にした旋棍が一番星が如き光を発していた。
「悪魔、悉く滅ぶべし」
悪魔への憎悪は隠しもしない。神輝掌。悪魔殺しの聖なる光が流星の如く流れたかと思えば、一体の八つ裂きポリスが跡形もなく灰となる。
これでディアボロの数は四体。
だが、直後に香里が、遂に力尽きて倒れてしまう。
オンスロートを撃ちつくした後に再び影で息を潜めていたルナをはじめ、撃退士は目配せしあう。動き出したのは、明、静矢、ルナ、華澄。作戦通りだ。この四人は以降、この監獄の何処かにある『声』の出所を破壊する為に行動する。
内部構造は頭に叩き込んだ。残る仲間、往く仲間。この喧騒の中ではまともに声も聞き取れないけれど、「武運を」という気持ちはきっと、通じた筈。
駆けて行く仲間を視界の端、結は敵へと目を据える。
結、玲獅、刑務官六人。相対するは四体の八つ裂きポリスと、数え切れない囚人達。
状況は決して良いとは言えない。玲獅の回復は尽きかけている。無傷の者はいない。
けれど悪魔がいるのなら、悪魔に賛同した愚図がいるのなら、それは結にとって十二分な『戦う理由』。今回の仕事はやり易い。処分になんら困らない。
「薄汚いのは、悪魔も人間も同じですし……」
白い頬を伝う血を拭い、自己の肉体を活性化させると少女は零より冷たい眼差しを向けた。
「……容赦はしない」
●第四幕 怖い双子の二つの目
「「えーい」」
瓜二つの少女の声が重なって、振りぬかれた手も重なれば、暴風が如き衝撃波がヤナギとユウとエリーを襲う。
「くぅッ……!」
ぶっ飛ばされたヤナギは地面に叩きつけられる直前に身を捩って着地する。ニンジャヒーローで愛だけを引き寄せんとしたのだが、注目の効果とは不特定多数、誰か一人に絞れるものではない。また相手は狂っているとはいえ人間だ。理性によって抗う事が出来る。
それからもう一つ失念、愛は壁走りに良く似た技能こそあるが鬼道忍軍ではない。同じ忍軍だから大体の動きは分かるだろうとのヤナギの予定は大きく崩れる事となる。根本的に、彼女と彼の動きは違っていた。
地面には愛。その少し上空にアウルの羽を広げた逢。かつて撃退士と戦った彼女達は学んだのだ。「撃退士の様に協力して戦う方が強い」という事に。
流石に雑魚ではない。かつて撃退士が彼女等を捕縛したときは8人がかりだったのだ。とはいえそれから1年以上投獄されていた二人と、1年以上鍛錬を積み続けた撃退士。その差は縮まっている筈だ、確実に。勝ち目は決してゼロではない。
「今度はこっちのターンだゼ?」
言下、ヤナギが愛へ鎖鎌をひょうと振るった。少女を切り裂く刃は更に黒い靄を発生させ、愛の周囲に目隠しの闇として纏わり付く。
片方の動きが阻害されている今の内――ユウは闇の翼を広げると逢へ一直線、肉薄、ゼロの距離で向けるのは紫電を纏う銀の銃。引き金を引いた。鼓膜を劈く轟雷の銃声と、烈風に突かれたが如く吹き飛ぶ逢と。
「痛ぁい」
有りっ丈下げられたカオスレートと、ユウの元々の高火力と。それは天のレートである逢にとっては大きなダメージとなった。揺らされた脳と裂けた額から噴出す血と。
「痛ぁい? 生きてる証拠じゃない。良かったわねぇ、生きてて……」
皮肉気に。アウルの鎧を纏うエリーの指先が魔法の鎖を紡ぎ出す。放たれたそれは星の光を散らして宙の逢の翼に絡み付くと、少女を地面へと引き摺り下ろした。
「そうやって地べたに這い蹲っているのがお似合いよぉ」
「むー」
頬を膨らませた逢、一方では愛とヤナギが攻勢を繰り広げている。
アクロバティックに動くヤナギが繰り出す、疾風をも切り裂く一撃。無慈悲に切り裂かれた愛は迎撃に出るが、攻撃は靄に認識を阻害され空振りに終わった。そこへ更に、風遁・韋駄天斬り。
「もう。これ邪魔」
そこでようやっと愛の視界を邪魔する靄が振り払われた。ならばとヤナギは再度目隠しを試みるが、――外れた。同じ手は二度と食わぬと言わんばかり、愛が間合いをつめている。そう思った時には、ヤナギの腹を『どん』と押す手。
「ッかは――!」
内臓をミキサーにかけられたような。ぐしゅ、と肉が捻れる嫌な音が聞こえた。上げた顔の視界には追撃に来る殺人鬼がいる。再度向けられた掌を、ヤナギは冷静に鎌の刃で受け止めた。だが凄まじい圧力がミシリと彼の体を圧す。痛みでヤナギの目の前がチカチカする。
「とんだオテンバだな……!」
そのまま分銅で愛の背中を強襲。間髪入れずに鎖を操り、少女の足を絡め取った。転倒を狙う、が、ビンと伸びただけの鎖。愛のその身に見合わぬ剛力で踏み止まられたのだ。
直後。ヤナギの顔を、愛の手が掴み――……
肉が嬲られる鈍い音。
ユウの形振り構わぬ烈風突が逢を突き飛ばし、そこへエリーが指先を向ければ、形を与えられ現界した深淵『蒼褪めた死の車輪』が閃電を散らし逢を撥ねる。殺人鬼も反撃に出るが、与えられるダメージの方が遥かに大きく。
このままならば倒せる。そう、ユウが確信した直後。横合いから彼女を『押した』手が、ユウの体を吹き飛ばす。
「っ!」
奥歯を食いしばって痛みに耐え、空中で受身を取りそちらを見遣れば、血だらけの愛が逢の隣に。少女の肩越し後方、そこには血沼に沈んで倒れ伏したヤナギの姿が……。
二対二か。ユウは寸の間で呼吸を整える。
ならば。翼を翻し、特攻を仕掛けた。二人に体当たりするように発動する、常夜。冷たき死の闇。その中で二人の反撃が同時にユウを襲う。骨が折れる。肉が爆ぜる。臓物が捩れる。血を吐いた。胃酸を吐いた。意識が飛びそうだ。
(でも、ここで、倒れる訳には……いかない!)
再度奔らせる凍て付く黒。遂に、愛の身体が永遠の眠りに凍り付き、糸が切れた人形の如く崩れ落ちた。
残りは一人、血みどろの逢。ラジオの音が響く中、彼女はケタケタ笑みを浮かべる。
「聖女様に、ゐのり様に、ひかりあれ」
遂に魔の声が殺人鬼の脳を冒し始めた。壊れた機械の様に繰り返される言葉に、不敵な笑みを浮かべていたエリーの表情がピクリと揺らぐ。
――大嫌いだ。人間も、覚醒者も。
『恒久の聖女』の思想は全く理解出来ぬ。「選ばれた」というのが何より気に食わない。「自分達は選ばれた、お前たちは淘汰されねばならない」――魔女狩りを称し家族を奪った奴等も同じ事を言っていた。
虫唾が走る不愉快だ。
「消えてなくなれ」
Demise Theurgia-Pallidamors Steuer-。死を告げる蒼雷の使者。卑しき者も富める者も、回る車輪の前では平等。行き着く果てへの死を賜る。
それは、光に飲み込まれた少女にも同様。轢き潰す。跡形も無く。『文字通り』。
殺人鬼を撃破した二人は息を整える暇も無く周囲を見た。
さて、皆はどうなった――?
●第五幕 最悪な展開
『不破』の銘を持つ護の刀。静矢はそれを抜き放ち声元を探そうとしたが、刃の共鳴をしようにもこの騒ぎの中では難しい。
「あのふざけた性格なら一番いやらしい隠し方してそうだな……人が触りたくない場所……トイレとか?」
ならばと思考していたルナが提案すれば「私もそうだと思うね」と明が肯定。ならばとトイレを虱潰しに調べていく事に決定した。
そのついで、一同は放送施設と防火シャッター等を操作できる場所へと足を向ける。放送による敵撹乱と通路遮蔽が目的だ。邪魔をしてくる囚人を押しのけつつ、撃退士は足早に急ぐ。
そして間もなくであった。
「ああ! 撃退士か、久遠ヶ原の!?」
正面から刑務官の一団。目に希望を浮かべて駆けて来る八人。まだ他に生き残りがいたのか――頼もしい援軍に静矢が微笑みを返した。
瞬間。
特殊合金の警棒が、彼の頭部を叩きのめす。
「!!?」
衝撃に目を見開く撃退士。そんな彼等に次々と、刑務官達が容赦なく攻撃を浴びせてくる。あれは演技かと誰もが悟った。彼等は味方ではない、『声』に従った敵なのだと。
更に、であった。後方から強襲してきたのは禍々しい魔法の光。触れればあらゆる状態異常で苛む魔毒奔流が吹き荒ぶ。
「前門の虎後門の狼、ってね」
撃退士の後方、現れたのは――外奪。
「何だかちょろちょろなさっていたのでお邪魔しに来ました!」
厭味ったらしい爽やかな笑み。視線の先ではよろめきながらも立ち上がる撃退士四人。静矢は最後の根性を使わざるをえなかった。ルナは隠れる場所を探したが、牢屋が並ぶこの通路にそんな場所はなく。
焦燥――四人は囚人等が邪魔して来る事は想定していたが、外奪が来てしまった時の対処をほとんど想定していなかった。外奪の性格上、撃退士が何か別働隊を出してまで動き始めたのなら無視する事などあり得ないか。
まずい。二人ずつ背中合わせに前と後ろ。逃げ道はない。戦う以外に、なさそうだ。
絶望的。だからこそ希望を。華澄は隣のルナへアイコンタクトを送った。
「あなたの盾は私。行きは良い良い帰りはOK。信じる者は護られる……任せて」
「ありがとう。……生きて帰ろう、必ず」
「はい。必ず、皆で」
「いちゃついてんじゃねーですよリア充!」
戦いは外奪のそんな声で幕を開けた。
――状況は、一方的。
たった四人、しかも既に戦闘で疲弊していた状態。それが、子爵級悪魔と訓練された刑務官八人を相手取るなど。
撃退士は抗った。けれど、けれど……静矢は根性も使い果たし倒れてしまった。明はその回避術で持ち堪えるも傷の量が増え続けている。ジョーカー夫妻も満身創痍、互いの背中で支え合わなければ倒れこんでしまいそう。
「ゲームオーバーですね!」
外奪の嘲笑が響く。再び呪いの魔法が迸る。
死を。華澄は、感じた。自分は、皆は、ここで、死ぬ? 死ぬ――嫌だ。せめて、最愛の人だけは。そう思い彼女はルナの盾にならんとした。けれど、その時にはもう、華澄はルナの身体に抱きしめられていて。
「俺はもう、同じ過ちを繰り返さない」
オールホワイトアウト。
●第六幕 “クライ”マックス
ぜ、はぁ。ぜぇ、はあ。
掠れた息。疲れ切った身体。折れてしまってぶらんと垂れた左腕。
血だらけ、ボロボロの結の後ろには、倒れてしまった玲獅と、四人の刑務官。隣には同じ状態の二人の刑務官。前方には、残り一体となったディアボロと、囚人達。
使える技は使い切った。回復もない。仲間が別働隊として分かれればそれだけ戦力は落ち、負担は増える。それでも目の前に悪魔がいる――鼻血を啜り上げ、結は何度でも『敵』へ踏み込み、剣を振り上げた。
ゐのりの『声』が止んでいない。
その事実が一同の心に不安を灯す。
地獄の様な一分一秒。
自体が動くのは直後。
先ず、エリーとユウが双子を倒し結の所へ援軍に来た。戦力を増やした一同は、そのまま一気に最後の八つ裂きポリスを撃破する。
それから、
「撤退だ! 逃げるぞ急げ!!」
壁を走り垂直に下りて来た明の声が中庭に響いた。その両腕には静矢と華澄、背中にはルナ。
「説明は後だ。早く!」
他ならぬ仲間の声、ただならぬ様子。
退きましょう、と刑務官が倒れた仲間を抱えて言う。撃退士は頷く他に無く……仲間を抱え、『声』が響く魔窟に背を向け、出口へと。
――明曰く。
外奪から攻撃を受けた後、華澄を庇ったルナは大怪我を負った。命に別状はないが、直ぐにでも治療せねば生死に関わるだろう事は明白だった。そんな夫の姿に華澄は半狂乱となり「死なないで」と泣き咽ぶ。それから外奪へ向けた本気の殺意。ロゼの目、黒髪、鮮紅の炎。けれどと明は思ったのだ。静矢もルナも倒れたこの状況、これ以上戦えば本当に誰かが死ぬ。
「だから私は華澄君を抱えて抑えると、外奪にたまたま持ってた腐卵を投げつけ見事な隙を作ってから床を全力で破壊して見事に逃げ出したのさ。ああ、死ぬかと思った」
卵のくだりは半分嘘だ。本当は投げつけている暇など無かった。命辛々逃げたのは本当。
振り返る先、砦の様な監獄。任務に失敗した事で、あそこは狂気に陥落してしまった。
苦い事実。けれど今の撃退士には、その場から離れ続ける他に無く……。
『了』