●海だー!01
青い空、青い海!
「海だぜ! 冬だぜ!」
輝く太陽にキラキラ光る、水着姿のギャルが飛び出す!
「ファッキンコールドだよファッキンティーチャー!!!」
テト・シュタイナー(
ja9202)は水着姿の肢体を抱えて叫んだ。色白の肌がより白い、というより青白いのはただただ寒いからだ。
そう、今は二月、気温は5度以下、風も吹いてるわ水着だわで体感温度はもっと低い!
「今年も海ね。2月だけど」
「今年も来たな……この季節、が」
学園指定水着のイリス・リヴィエール(
jb8857)、薄いパーカーにハーフパンツ姿のアスハ・A・R(
ja8432)。二人ともいつもと同じの引き結んだ表情だが、その体は確かにぶるぶる震えている。去年も二月の海にやって来たが、この寒さは変わらない。
そんな二人を始めとした水着姿の女子を見渡し、菊開 すみれ(
ja6392)は不敵に笑んだ。皆水着姿が良く似合っているが、自分だって負けちゃいない。
そう、彼女の姿はなんと――グラビアアイドルばりにマイクロビキニだったのだ! 衣服を着れば華奢な感じがするすみれであるが、水着になればその豊満な身体が余す事なく現れる!
(これで皆の視線は私の物!)
確かに彼女は注目の的だった。けれどその目は、なんというか心配というかそんな眼差しばっかりで。
「あ、あ、あんた唇が超絶青紫だだだけど、だだだ大丈夫かよ」
俺様も人のこと言えないけど、と寒くて歯の根が合わないテトがすみれに話しかける。
「え? ちょっと化粧直し……してくるね」
「俺様もなんか羽織るぜ……」
ガタガタ震えながら、二人は学園指定のジャージを羽織りに行った。
そんな二人とは対照的に、矢野 胡桃(
ja2617)はももんがぐるみでモッコモコだった。けれど。
「わぁい、吹き抜ける風、すごーい」
死んだ目と死んだ声、震えが止まらない体。彼女の隣ではたぬききぐるみに褌姿の矢野 古代(
jb1679)が、娘と同様の状態で「すごいなー」と震えていた。
「青い空! 青い海! 青い唇! 悪い血色!! 2月といえばやっぱ海よな!」
「久遠ヶ原の二月といえば、ですね。今年も良い海です……寒いな」
ガタガタ。並んで震えていたのはトマトとナス――もとい、月居 愁也(
ja6837)と夜来野 遥久(
ja6843)。遥久がナス、愁也が彼に対抗してトマトのきぐるみである。ちなみに手足は素肌状態で、鳥肌が半端ない。
更に華桜りりか(
jb6883)もネコきぐるみだ。きぐるみ勢多いな。でもきぐるみを着込もうが、この二月の寒風の前では……
「さむいの……」
くちん、とくしゃみをした少女は寒さに赤い鼻を擦った。
「せやなっ……寒いめっちゃ寒い」
りりかの言葉に頷いたのは小野友真(
ja6901)。その姿は水着にコートという――端から見ればイイモノを見せてあげようしてくるThe変質者オブ変質者である。しかもいたいけな少女の傍らで寒すぎてハァハァしているので通報待ったなしだ。
「ならば勢い良く晒そうこの肉体美ィ!」
更にコートの前をバッと開くという通報待っ以下略。
「そこのお前、逮捕する!」
ほら言わんこっちゃない。
「俺の腕の中に永久投獄……な」
「か、一臣さん……! じゃあ俺は愛の模範囚っ……」
友真を後ろから抱き締めたのは加倉 一臣(
ja5823)である。ちなみに格好はダウン風ロングジャケットにアフロ(防寒用)な。
とまぁそんなメロドラマを繰り広げていちゃついてみても寒さは全く変わらなかった。冬将軍ダイカンパーの前では愛の炎も儚い灯火。それわしたかのないこと……。
「無理これ走馬灯見ちゃうセンセ予備ぐるみないですか」
震える友真が棄棄を見遣れば、
「ハイその辺に落ちてた綺麗な貝殻」
「わぁ……綺麗……」
「耳にあてがってごらん……」
「海の音が聞こえる……」
三角座りで地球と自然の雄大さを噛み締める二人であった。
しかし寒さ問題は何ら解決していない!
「ハハ、2月の海に対する備えが足りないぜ?」
ドヤ顔オミー。略してドヤ臣。
だが彼は気付く――
(この気配……そんな馬鹿な、いつの間に!?)
棄棄がダウンジャケットの中に潜り込んで暖をとっている!
「着ろよオミー!!!」
更に意味不明な言葉と共に脱がしてくる!
「着てる! 着てるから! やめて寒い脱がさないでヤダー!」
だが脱がされた。現実は無情。コートの下に着ていた魚のきぐるみ姿で、オミーは「俺の人生が最初からクライマックス」と咽び泣いていたのであった。あと寒さで震えていた。
ほんとに寒い。絶望的に寒い。
けれども、だ
「2月といえば海、楽しみましょー!」
最早恒例となったイベントに、寒いがマシとウェットスーツ姿の櫟 諏訪(
ja1215)はアホ毛をみょいんみょいんさせてハシャいでいた。
「みっぎゅみっ……げふん!! 俺としたことがうっかり海に興奮しちまったぜ!」
宗方 露姫(
jb3641)はそんな言葉で取り繕うが、バッチリ水着で浮き輪を着けてビニールボールとスイカと釣竿を抱えて龍尻尾をぱったんぱったんさせている辺りお察しである。
(2月に海遊びとか普通しないわよね……)
ふと、蓮城 真緋呂(
jb6120)は寒風の中で我に返った。
(あぁ普通は普通でも久遠ヶ原の普通だしなぁ)
ところがどっこい即納得。なんでこんな変……いや学園では『普通』なものに参加してしまったのか分からないけれど、
「参加したからには全力で遊ぶわ!」
ばっと服を脱ぎ捨てれば、その姿は海にも空にも負けない青のビキニ! 文学少女という大人しい属性に反して、大人しくないワガママボディのFカップ! だがそのワガママボディはチキンスキンでネバーエンディングアイスエイジ!
でも、上着は着ない。着たら負けな気がするからだ。誰に負けるとか考えちゃ駄目だ、感じろ!
そんなこんなで、今年もまた2月の海が幕を開ける。
●海だー!02
海。
それはアバンチュールの舞台。
「おねーさん、とってもバインバインですね。そこの海の家でかき氷でもどうですか」
若杉 英斗(
ja4230)はキメ顔でそう言った。昨晩の、寮の自室にて。
英斗は日々鍛錬を怠らない質実剛健な騎士だ。だからその晩、彼は枕を相手に見立ててナ☆ン☆パと口説き文句の特訓を行っていたのだ。
「色白の素肌が眩しいですね。オイルでも塗りましょうか? ……ほほう、おねーさん、素敵な低反発ボディですよ」
そしておねーさん(低反発枕)と連絡先を交換する所までシミュレーションしたので、これで完璧!
と、迎えた当日。
「……」
真顔の英斗を迎えたのは二月の大寒波だった。
周囲を見渡してみる。視界に映るのは全員久遠ヶ原学園の面々だ。
水着のおねーさん……いるっちゃいるけど学園生だし少ないし寒さでそれどころじゃないし。
海の家……シーズンじゃないので閉まってるし。
「ちょっと時期が早すぎたかな……」
「む? 海水浴とは2月のものではないのか」
と、顔を出したのはクリスティーナである。「あぁ、クリスさん」と挨拶する彼に、クリスティーナは駄菓子屋で売ってそうな小粒チョコを差し出した。
「ハッピーバレン=タイン」
「えっ、いいんですかありがとうございます。そうだ、おやつに持ってきたうまいバー食べます? とんこつラーメン味」
「頂こう」
砂浜に座って海を眺めつつオヤツタイム。
「オヤツタイム? 私も一緒にいいかなぁ」
更にそこへ真緋呂がやって来た。勿論と二人が頷けば、真緋呂は「ありがとう」と彼等の隣に腰掛けた。
その両手には、大量の酢昆布が。
「ねぇ、これも食べてみない? 私のオススメ。あげる!」
言い終わる前に酢昆布を二人にプレゼント。礼と共に受け取ったクリスティーナは早速酢昆布タイムへ。
「美味いな」
「でしょう?」
「しかし大量の酢昆布だな」
「え? とりあえずオヤツ代は全部酢こんぶ買うに決まってるでしょ」
海と酢こんぶ、似合う。酢昆布を齧りつつ頷いた真緋呂の目は、太陽よりも輝いていた。
(そういえば……)
英斗がチラと見遣る先、まだひとけのないバーベキューセット。
(クッキングセットはあれど、食材なし、か)
勝手に海から獲ってきていいのだろうか。入漁料とか……。
「まぁ、いっか。学園にツケといて!」
そうそう、こまけぇこたぁ気にするな! という訳で英斗は魚をゲットすべくトライデントを装備すると、颯爽と海に飛び込んだ!
「私もちょっとこんぶ採って来る」
更に真緋呂も続けてダイブ。彼女の目的は酢昆布の布教だ。布教の為にはもっと、もっと昆布が必要だ。ならば現地調達すればよし! 冷たい海の中、お花畑が一瞬見えた気もするけど多分気の所為!
水着のおねーさん(学園生だけど)となんやかんや(お菓子食べたり昆布漁したり)できたので、まぁいいんじゃなかろうか、英斗くん!
寒風は容赦なく、けれど皆は元気だ。
「私も負けていられませんね!」
意気込んで、砂浜に現れたのは川澄文歌(
jb7507)だった。
「1年中水着でライブをするアイドルもいるって聞いたことがあります! それに、海といえばフェス! 私も真夏のつもりで水着姿でライブしますっ」
そう言う文歌の姿は、白地に青水玉のビキニだった。谷間と両腰の大きなリボンが動きに合わせてふわふわ揺れる。
「今日の為に揃えた新しい衣装です! どうですか?」
くるん、と回れば周囲から「おおおっ」と喝采が上がった。というのも、彼女が呼んだ学園内のファン達がいるからである。尤も、海に行くのは内緒にして、真夏(設定)なので客席も水着着用を義務付けているので皆ガタガタしているが。
寒くないの? ファンの中の一人が問うた。文歌はふふんと腰に手を当て、
「アイドルは鳥肌なんて立てない! それがアイドルの矜持ですっ。それに今は……夏真っ盛りですから!」
そう、今は夏だ。そうだ、今は夏なのだ。暑さに負けず、盛り上がろう。
文歌はRecital M1を装着した。ライブが始まる。最前列のVIP席には棄棄が手を振っていた。
「先生、それに皆、今日は来てくれてありがとうございますっ。それでは新曲『Summer? Winter Dream』、聴いて下さい!」
♪水着で海へ駆け出そう
今日はVacation
ふしぎな風を感じるの
そんなLocation
キラキラ輝く夢
Summer? Winter Dream
チラチラ輝く雪
Summer? Winter Dream
胸の鼓動 とまらないっ♪
キュートでポップで夏らしい爽やかなリズムに乗せて。
文歌の歌声と観客の喝采が、冬――否、夏の海に響き続けた。
●海だー!03
「海、綺麗ですねー」
ニコヤカな笑みを浮かべ、須藤 緋音(
jc0576)は冬風に靡く黒髪を耳に掻き上げた。病がちだった幼少期はベッドの中で過ごしたと言っても過言ではなく、外界を知らずに育った彼女にとって海とは正に憧れの存在で。
潮風の香りが本当に良いなー。キラキラ輝く青い水面に目を細める。レジャーシートに座した彼女の手には大好きな本が、傍らには暖かい焚火が、そして身体はダウンジャケットとブランケットに包まれていた。
(潮騒を聞き、潮風を浴びながらたき火の傍でする読書。なんて幸せ……)
「センセー!」
笑顔一杯、駆けていたのは逸宮 焔寿(
ja2900)。数日前、彼女のもとに来た差出人不明の手紙にはこんな事が書かれていた。
二月だし、海に行こうぜー!
たったその一行だけ。けれど焔寿は「あー……なるほど」と納得理解。そして教師の前でブレーキをかけた。
「よう焔寿ちゃん、久しぶりだな!」
「丁度まる一年ぶりですっ。ところでセンセー、これは依頼なのです?」
「依頼だよ! 大切な事だよ! 久遠ヶ原学園生徒は遊ぶ事だって必要なんだ、おーけー?」
「おーけー! じゃあじゃあ、いっしょに遊ぶのです!」
「おうよ焔寿ちゃん、何して遊ぶ?」
「泳ぐのもいいけど……ビーチで遊びたいのです! センセー、忍者ごっこしましょー★」
向かう先、追跡しますよー。わくわくと目を輝かせる少女は教師にドミノマスクとヒーローマントを手渡した。
「これで華麗に変身するのですっ。……忍者じゃないけど」
「よっしゃいくぜ! 忍法変身の術!」
無駄にかっこよくマントを靡かせながら棄棄がニンジャ(?)に変身した。変身前のサングラス姿に、焔寿が「逃走なうハンター」という感想を抱いていたのはここだけの話。
「忍法サングラスの術!」
そしてグラサンをスポーンと装着させられた。
「おのれよくもー! 忍法サングラス返しの術!」
「ぐわぁー! やるな、これでもくらえ! 忍法手からビーム! だがMP切れ!」
「今の内に逃げるですっ! 忍法高速機動!」
「待て待てぇ〜い! 忍法全力跳躍!」
きゃっきゃと全力でニンジャごっこをする焔寿と棄棄。
テトはそれを遠巻きより見据えていた。狙いは、教師。不敵な笑み。
「OK、ブッ殺すつもりでブッ楽しむ。て事でロケット花火だよ諸君」
じゃじゃん。いつの間にやら傍らにあったオブジェクトからぶわさーと白い布を取っ払えば、そこには大量のロケット花火。たっぷりと弾薬ケース入り。燃えるだろ。
「さて、そこなクリスティーナ君。俺様と一緒に火遊び(炸裂)しようぜ」
「ほう、シュタイナー。それは花火だな、面白そうだ。しかし、(物理)ではないのか?」
通りすがりのクリスティーナはそう問うた。テトは「ふっ」と笑い、指を振る。
「ノンノン……(物理)なんて子供の遊びだ。炸裂――それは大人のカホリ。頑丈な撃退士にのみ許された遊び、その名もロケット花火戦争。知らぬのならば教えよう」
「なんと!」
途端に目を輝かせるクリスティーナ。よしよし食いついた。テトは天使の肩にばんと手を置く。
「さぁ、ロケット花火に火を点けろ。点けたか?」
「バッチリだ」
「では……目標はノリの良いヤツだ。それ以外は死が待つ」
「ノリの良いヤツ?」
「そう、ノリの良い奴。後は投げ合え、気が済むまでな。それじゃ――Fire!」
その瞬間だった。
うきうきとした様子でテトにロケット花火を向ける、クリスティーナ。
「……へっ?」
フラグ回収。
どぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱ。
「うぉわぁあああ〜〜〜〜っっ!!?」
「成程! 痛快だ! これがロケット花火戦争か!」
全力で横っ飛び回避して砂浜に転がるテト、嬉しそ〜なクリスティーナ(悪意無し)。
「シュタイナー、楽しいな!」
「俺様はそれどころじゃねぇえ〜〜〜ッ」
チュイーンチュイーンと戦争映画さながらに、地面に伏せたテトの頭上をロケット花火が飛んで行く。
「ど、ど、ど、ド畜生! こんな所にいられるか! この戦争が終わったら、俺様は――!」
フラグを乱立させながらロケット花火が飛び交う戦場を匍匐前進するテト。彼女が目指す先には、まだ点火されていない花火達があった。
「地獄へ道連れだ、ついでにあのファッキン教師へシュゥゥゥッ!」
更にフラグ。一斉に火をつけたロケット花火を棄棄へ向けた。
けたたましい炸裂音、幾筋もの弾道。爆発、爆煙、砂煙。
「やったか!?」
凄い良い感じに吹いた風に両手を顔の前で交差しながらテトは煙の彼方を見遣った。フラグ立てすぎである。
まぁ結果は勿論……
「――忍法、貴方とコンビにディバインナイトの術」
盾を構えた英斗と星杜 焔(
ja5378)の後ろにこそっと隠れた棄棄がすっげぇドヤ顔だった。こう、たくえつしたぎのうとかツテとかコネで引っ張ってきたディバインナイツである。二人の物理受け防御を足したら1000オーバーだ。っょぃ。
「先生、いきなり呼んでどうしたんですか?」
「……」
目を丸くする英斗、笑顔のままぷるぷるしている焔。そんな二人に「はいオツカレー」とその辺で拾った貝殻を渡すと、棄棄はテトへ振り返り。
「テトちゃんや――背後でクリスティーナが狙ってるぜ」
「え? アッ……」
どぱーん。
「わ〜……びっくりした〜」
背後に爆発音を聞きながら、焔は星杜 藤花(
ja0292)のもとへと戻ってきた。「おかえりなさい」と藤花がくすくすと微笑みを浮かべる。
そこへ冬の潮風がひゅうと吹いた。藤花は髪を掻き上げつ煌く水平線を見遣る。雪深い山間生まれの少女にとってはいつまでも憧れのもの。その輝きは去年と何ら変わらない――今年もこの場所に、愛する人達と来れた幸福を噛み締める。
「冬の海も今年で何度目でしょう」
「一年はあっと言う間だね〜」
藤花の隣に焔が腰を下ろした。例によって水着にパーカーとサンダル姿の焔が寒がる様子はない。寒さには慣れたものだ。物理的にも懐的にも精神的にも。
と、その時。とーたんかーたん、拙い言葉で二人に背後から抱きついてくる小さな男の子が一人。一歳半になる二人の愛し子、望である。手縫いのもふらさまきぐるみ着用で寒さもヘッチャラなようだ。
「今日も元気いっぱいだね〜」
「ふふ。もう、すっかりやんちゃ盛りなんだから」
好奇心旺盛なその子は目を離した隙に何処かへ行ってしまうものだ。それに誰のお陰か、とっても舌が肥えている――焔と共に望を抱き締め、藤花はくすりと笑みを浮かべた。
そんな二人を望がひっぱる。波打ち際の方へ行きたいようだ。手を繋いで音がするそこへ一緒に行くと、子は徐に座り込んで砂遊びを始める。
「お砂で何をつくるのかな〜」
笑顔――焔にとっては『いつもの表情』であるが、それは心からのものだった――を浮かべ、父は子を見守る。砂遊びで力加減を学ばせているのだ。流石はアウル覚醒者、幼さ故に器用さこそないが、力一杯砂をかき集めて山にしている。
「お山を作るの? 母さんもお手伝いするね」
藤花はにこにこしながら、望が掻き集めた雑多な砂山を手で綺麗に整え始めた。
ではと焔は「ちょっと潜ってくるね〜」と海へ向かった。得意な泳ぎは潜水だ。綺麗な貝殻を海の底から集めてくれば、妻と子供の『山』を飾る為に二人へ手渡してゆく。
(そう言えば……)
ふと、藤花は思った。最近夫が参加している依頼と、その悪魔。
(あの悪魔がいなければうちに望はこなかったかもしれない)
それがいなければ母なるヴァニタスは存在せず、赤ん坊は実の母親のもとにいただろう。虐待で命を落としていたかもしれないし、救い出されて施設に入っていたかもしれない。あの悪魔とヴァニタスがいたからこそ赤ん坊は星杜家にやって来た。けれど、その影には赤ん坊の実母がヴァニタスに惨殺された事を忘れてはならない。
そう考えると複雑な気持ちになる――しかしと藤花は思うのだ。楽しそうに笑う『我が子』を見守りながら。
(この子が今幸せであるのなら、それがきっと最善だったと信じたい)
寄せては返す冬の飛沫は凍て付くほどの冷たさで、2月の海に冷やされた砂も氷の様だ。けれどその冷たさも何処か心地良く、幸せで、確かに暖かかった。
「流石に泳ぐとひんやりするね〜。暖かい料理作るね〜」
海から戻ってきた焔は藤花から受け取ったバスタオルで髪を拭きつつそう言った。幸い簡素なキッチンならば設置してあるし、食材も持ってきた。そして焔の料理の腕前があれば、あっと言う間に料理が出来上がってゆく。
できたよ〜、と焔が戻ってきたのは、貝殻で飾られた砂の山が完成した頃だった。
「バレンタイン近いしチョコまんと、あたたかい九州風おうどんだよ〜」
お手手を洗って召し上がれ。ちなみにうどんは汁を吸ってどんどん増えます膨らみます、早く食べないとエンドレスうどんです。どちらも小麦粉による節約仕様だ。
と、そこへ焔寿と忍者ごっこをしていた棄棄がやって来る。「オッス」と片手を上げた彼に挨拶を返せば、
「棄棄先生、これをどうぞ。わたし達なりのお礼の気持ちです」
「特製チョコまんですよ〜バレンタインですよ〜」
手渡すのは出来立てチョコまん。見守る焔寿が涎を垂らしたので、彼女にもおすそ分け。
外はふわふわ、中はとろとろ。美味しい!と棄棄と焔寿の声が重なった。
「先生、どうか無茶しないで下さいね」
「おうよ藤花ちゃん、俺はいつだってマイペース野郎よ」
藤花に親指を立てる棄棄。焔はそんな皆の様子を眺めつつ――
(いつもありがとう)
いつも「ごめんなさい」を言葉にすると間違ってしまいがちだから、彼は美味しいご飯で感謝の気持ちを表現する。伝わっていると良いな。取り敢えず皆が美味しそうに笑顔で料理を食べているので、焔は心がほっこりした。
それからほどなく、
「プハーごっそさん! 超美味かったぜ。さて、腹ごしらえも済んだし、まだまだ遊ぶぜ!! 付いてきたまえニンジャー焔寿!」
「はいセンセー! にんにん!」
口元にチョコを付けた少女と共に、教師は砂浜を駆けて行く。
焔はその背に手を振りながら、にこやかにこう言った。
「みんな風邪ひかないようにね」
●海だー!04
(海の流れを見てると、心が洗われる気がするな……)
水上歩行の術を発動した陽波 透次(
ja0280)は海の真ん中、一面の青を眺めつつマイペースに歩いていた。
「さて……この辺、かな」
そう言って足を止めた場所は――一番大きな波が来そうな所。水平線の彼方を見据えた。大きな海からやって来るのは大きな波。透次は壁走りの術を発動し、身構える。
「はぁッ!」
透次は強く水を蹴ると、冬のビッグウェーブに真正面から立ち向かった。視界一面の水の幕は、まるで刃向かう者を掴み殺さんとしている巨大な掌のよう。
けれどその手指は少年には届かない。道具など使わず自らの足で波を滑走する透次は、凍て付く様な水飛沫を浴びながら大きな波を掻い潜る。
「!」
だがその時。躱しきれない荒波が透次に容赦なく襲い掛かる。されど彼は臆する事なくキッと波を睨め返した。
陽波流奥義、閃の領域――極限まで高められた集中力は、世界が遅く見えるほど目と脳の処理能力を活性化させる。
コマ送りの様な視界の中、引き延ばした体感時間の中、具に波を観察した透次は攻略経路を即座に見つけ出すと素早くそこに身を滑らせた。
(集中集中……)
大自然の息吹。人が忘れてしまった何かを思い出せるような、そんな気がする。今日は全ての生命の母なる海に胸を借りたい。
(自然に挑む事で掴める何かもあるかもしれない。戦いに役立つ発想のヒントも得られるかもしれない)
努力あるのみ。一歩も退かぬと双眸には気迫を宿し、全身で大自然の脅威が齎すスリルを感じながら、透次は再び波へ吶喊する!
「――人生是修行!」
「真冬での海……そうか、これは訓練ということか……」
「寒中水泳……ネイビー・シールズの訓練、みたいなものかな?」
砂浜にて。遠巻きに見える透次を眺めつつ、迷彩服のRobin redbreast(
jb2203)とドライスーツ姿のルーカス・クラネルト(
jb6689)の声が重なった。互いの声に、はたと視線も重なって。
「ね。お仕事するのに、場所も季節も温度も寒さも選べないもんね」
「全くだ。戦場を選べる戦争など無いのだから」
「うん、役に立ちそうな訓練……半日じゃ、ぜんぜん足りないけど、頑張る」
「この訓練、成功させよう」
うむ、と盛大に勘違いしつつも奇跡のフィーリングで通じ合った凸凹二人組が頷いた。凹の方、小さな少女が男を見上げる。
「それじゃあ何しようか? 腕立て伏せ? ヒンズースクワット? 砂浜ダッシュ? 懸垂? 水泳? ゴムボートの訓練? スクーバダイビングの訓練?」
「そうだな……」
ロビンの問いに、ルーカスは顎に手を添え一考する。
「水泳だ。具体的には2マイルほどフィンをつけたまま泳ぎ切る。これはとある特殊部隊で行われた訓練だ」
「うん、じゃあそれで」
「ところで迷彩服を着ているが、お前は何処ぞの兵士なのか?」
「兵士……うん、そうかも」
「成程」
見た事のない軍服だ、彼女も俺の様に非公式部隊にいたのだろうか……等と、軍人生活が長かった故に勘違いをするルーカスであった。
と、そこへ。
「訓練?」
クリスティーナが二人を見遣った。訓練、と二人が頷けば、是非ともと彼女も参加する事になり。
という訳で。
ダイビングスーツに着替えたロビンは皆と共に海へ入った。2月の海は氷の様な冷たさである。
しかし三人とも「寒い」だとか「冷たい」だとか弱音を漏らす事は一切無かった。語らったり笑ったりする事もまた無かった。無表情で無言のまま、黙々と泳ぎ続ける。だってこれは、訓練なのだから。
(途中で脱落するほど軟な鍛え方はしていないが、万全は期す……!)
ルーカスは精密な時計部品よりも律儀で真面目な男である。ひたすら泳ぐ、とにかく泳ぐ。休みなしで泳ぐ。真剣、冗談抜きで、今日は訓練なのだと思っている。訓練は真面目にやるものだと、真面目な男は真面目にそう思っていた。
(これしきの寒さ、辛さ、あの時の戦場に比べれば――!)
考えている事ややっている事は凄く真面目なのに、なんだかちょっとズレているのは、まぁ、なんだ、ご愛嬌というやつだ。もしくは真面目ジャンキーか。
一方でロビンはいつもの人形めいた表情であるが、その雰囲気は何処か楽しげだった。
海で泳げるとか、皆で海に来れたとか――そういう理由では、ない。
(仕事の役に立つ♪)
訓練、任務、言われた事をこなす事はロビンにとって苦痛ではなくて、オーダーをクリアする事こそ人生で。そんな事を、今日は時間の許す限りやり続けられる。少女にとっては綺麗な貝殻や輝く海よりもそういった事に価値があった。
そしてクリスティーナは、羽も使って強い推進力で泳いでいた。ばさばさしている天使とは対照的に、プロであるルーカスとロビンの泳ぎはフォームや動きに無駄が無く、余計な音や飛沫を立てない。
魚の様だ――光る水面を通り過ぎてゆくそんな彼等を、イリスは水中からヴァーグと共に見上げていた。
思ったよりも温かいけれど、やっぱり水は冷たい。ヴァーグの背に掴まったイリスはゴーグル越しの海を360度眺めながらそう思った。
(でも慣れれば平気、だと思う)
賢龍の背から離れ、イリスは自らの龍を見詰めた。深い海の青の中、揺らめき差し込む冬の光に、ストレイシオンの鱗が一枚一枚宝石の様に煌いている。主人を見詰め返す穏やかな瞳には澄んだ水にも似た知性が湛えられていた。
(綺麗ね)
微笑みながら咽を撫でてやるとヴァーグは心地良さそうに目を細めた。
(もう少し泳ごうか)
ぽんぽん、と促す様にヴァーグの頬を撫でると、イリスの気持ちを察した召喚獣は彼女と共に水の中を緩やかに泳ぎ始める。
水の中は冷たいけれど、静かで時間が止まっているようで――不思議な心地だ。
「ぷは」
顔を出した青い海の外もまた、空の色で青かった。
髪から水気を切りながらイリスはヴァーグと共に砂浜に上がる。と、目に留まったのは焚き火とその番をしている緋音だった。
「お邪魔しても?」
「あ、どうぞどうぞー」
本から顔を上げた緋音が微笑んでそう言ったので、イリスと召喚獣は火の傍に座らせて貰った。緋音は火に手を翳しているイリスの濡れた身体を見遣りつつ、
「泳いだの?」
「うん。気持ちよかったよ」
「わっ、凄い……!」
「きみは泳ぎに行かないの?」
「え? 嫌です。だって私、沈みますもの」
ニッコリ、キッパリ。緋音は致命的に泳げない。
「死海なら浮くのに……。でも海は好きだから、こうやって見てるだけでも幸せなの。その代わり火の番なら任せて下さい」
と、言い終わったところで緋音はは「そうだ」と手を合わせた。
「サンドイッチを持ってきたんですよ。サーモンとクリームチーズ、キュウリ、イチゴとホイップクリームのサンドイッチ。良かったら召し上がれ」
「ありがたい、ちょうど小腹が空いてたんだ」
「サンドイッチ! いいね、でも酢昆布もオススメだよ!」
そう言って顔を出したのはビショビショのまま息を弾ませている真緋呂だった。両手には大量の昆布。漁帰りらしく、「大漁大漁」とほくほく顔だ。端から見れば昆布にまみれてハァハァしながら酢昆布を差し出してくる変な人である。
一方。
「何処かに美味しい物ないかな〜にんにん」
棄棄とニンジャごっこをしていた焔寿はちょっぴりお腹が空いてきた。と、そんな時にサンドイッチのいい香りと、酢昆布のなんともいえないレトロな香りと。それらを察知した時には走り出していた。
更に漁から戻ってきた英斗も魚を手にやって来る。お邪魔してもいいですか、と。
そうして、焚き火の周りに焔寿と棄棄と英斗も加わって。
「オッス諸君ー焚き火はいいな」
「先生もどうぞ。高血圧に効果あるんですって」
全自動酢昆布布教マシンと化した真緋呂は流れる様な洗練された動作で棄棄の手に酢昆布を握らせた。焔寿とイリスと緋音にも握らせた。じゃあ私も、と緋音も皆にサンドイッチを配り、英斗も魚を焼き始め。
楽しげな会話と共に軽食タイム。イリスはサンドイッチを齧りながら、隣に座った教師にそっと目を遣った。「先生」と話しかければ「どうした」とサングラス越しの視線が彼女へ向く。頷いて一間、イリスは炎を見詰めつつ、徐に口を開いた。
「最近、父親違いの弟が2人いることがわかりました。しかも上の子は私の知り合いで、父さん以外に家族がいるとわかったことは嬉しい……でも、突然で、赤の他人と思っていた子だったから、接し方がよくわからなくて……」
言葉と共に俯き、言葉が止まる。棄棄は咀嚼していた酢昆布を飲み込むと、「そうだなぁ」と一言。
「ゆっくりでいいんでねぇの。何事もいきなりってのは難しいもんでよ、イリスちゃんはイリスちゃんらしく、弟ちゃんに接したら良いと思うぜ」
自分らしくで大丈夫、と笑顔の教師は生徒の髪を優しく撫でた。
●海だー!05 ――鰹
「この鰹ってなんだよ!」
古代はクワッと声を張り上げた。
鰹とは――
動物界
脊索動物門
脊椎動物亜門
条鰭綱
スズキ目
サバ亜目
サバ科
マグロ族
カツオ属
の魚である。美味しい。
「聞いてねえよ! と言うかなんで海にいかにもな崖があるんだよ! ○サスか! 出発日火曜だったな!」
「いやーー……ありえないくらい空が近い!! 海風に私の水着が靡くぜ……」
流れる様にツッコミを行う古代とは対照的に、爽やかな笑顔の奥戸 通(
jb3571)はどこまでも青い空を仰いだ。港にある例の出っ張りに足をかけてかっこつけるナイスガイさながらにポーズをとるその場所は、崖の上。崖の上のタコ。ターコターコタコウルトラソウッ! そんなふいんきで口ずさめば、某映画のアレ的なアレでざっぱーんと水飛沫が上がる。
「ところで……今、胸元の布が余ってるからって言ったやつ出てこいな」
水着は靡くもの。水着は靡くものです。オーケー。
そんなこんなで崖の上には何故か複数の撃退士達が立っていた。
「なあモモ見ろよーわぁー素敵な崖ぇー」
「わあい、すてきながけー」
矢野親子は棒読み白目で崖の上に並んでいた。端から見れば心中しに来た親子である。きぐるみだけど。
「そうだ、崖の上だし人生撃退士ゲームで遊ぼう」
唐突に提案したアスハがすごろくを広げた。
「移動時間中に紙とペンで作ったエコロジカルすごろくだ……地球に優しいだろう?」
「凄いですねー、優しさで地球救えますねー?」
「エクストリーム人生撃退士ゲーム……これは深い」
諏訪、そして意味不明に呟いた愁也を始めとした皆が集まり、すごろくを覗き込む。
「よう下着の兄ちゃん、面白いことやるんだって?」
俺も参加させろよ、と露姫も顔を出した。ちなみに一通り海を満喫しきった後である。「下着ってどういうこと」と絶望sは絶望ポーズ。
「おー? ゲームやるんですか?」
水着を靡かせながら通もやって来た。概要を把握すると「はいはーい!」と片手を元気よく上げ、
「じゃあ開始の合図は私に任せてくださいね! 前年のままの私だと思ったら大間違いですよ……」
不敵に笑う通の手には――なんと4個ものホイッスルがあった。
ごくり……皆が固唾を呑んで見守る中、通はホイッスルを二つ咥える。そして残りの二つを両鼻にドーーーン!
「ぽっッふぃぃいーーーーーーーーんッ!!!」
高らかなホイッスルが冬空に響き、エクストリーム人生撃退士ゲームスタート!
●イベントマス:かき氷早食い対決
「はい、かき氷ですよー?」
どん、と諏訪が大盛りかき氷を皆に手渡した。見た目は普通のかき氷、だがシロップは茶色でなんだかにおいが香ばしい。
「わぁ! おい……しそうじゃないな……?」
笑顔からスッと真顔になる通。
「でも臭いに惑わされちゃだめですよね! いっただっきまーす!」
「冷たさを感じる前に一気に口の中に流し込むべし! べし!」
通に続いてすみれもかき氷をがっつき始めた。が!
「ぶふぉっ!! 何これ! なんか生臭いし! 酸っぱいし!」
「これは薄まったコーラ……じゃねえ鰹出汁だ!」
古代もワナワナ震えながらかき氷を凝視していた。この香り立つ出汁――一臣もスプーンを咥えたまま死んだ目をしている。通は「うっ」と頭を抱え、
「あ、頭が……頭が鰹に変わっ……うわぁあああ……変わってないわ」
「鰹出汁レモン風味て……創作料理してんじゃないわよ!」
何故氷にかけた、とすみれは色んな意味で頭が痛くなってきた。
だがその一方で、
「えへへ……美味しいの、ですよ?」
りりかはニコニコしながらかき氷を食べている。馬鹿な、と皆が振り返ったその先、りりかのかき氷は熱々甘々ココアとチョコで最早原型を留めていなかった。鰹風味すら超越するチョコパワーによるごり押しを超えた何かである。。
りりか――恐ろしい子!
●イベントマス:飛魚人間コンテスト
遥久もといナス久はしげしげと崖を眺めていた。
「どのくらいの高さでしょうね? 撃退士なら問題なさそうではありますが」
「これが撃退士だから大丈夫……? ん、んむ……回復なら任せて下さい、です」
りりかはナス久の背から断崖絶壁を眺めて神妙に頷いた。一方、胡桃が彼の肩を叩き、
「はい、はるおにーさん。そんな事もあろうかと梱包用ビニールテープにメーター表記しておいたです。使ってくださいきゅぃ」
「おや矢野さんありがとうございます。さて――」
誰に括るか? 聞かずとも。ナス久はオミーへ振り返った。だがオミーはスッと視線をそらす。しかし笑顔のナス久に正面へ回りこまれた! 逃げられない!
「加倉、ちょっと飛んでみてくれないか」
「お待ち下さいなぜ既に目盛がそしてなに笑顔でさらっと! いいか、人ってものは空を飛べn」
「何、大丈夫。一端はお前に結び、もう一端は友真殿に持ってもらえば良い。俺が持つより安心だろう?」
「俺が持つん?」
任せてや、と笑顔の友真が命綱(笑)を握った。その笑顔がとても頼もしく感じたオミーだった。
と、その時。
「トビウオチャレンジ実況してみた! はじまりました〜画面の向こうのウォッチャーの皆! 水も滴るいい女、俺だぜ!」
スマホによる中継放送アプリで全国に様子を流している露姫のノリノリ実況が始まっていた。
「魚に堅と書いてカツオ! 誰が呼んだか身削り芸のカズちゃんこと加倉一臣の登場だ! どうよコメンテーターの棄棄先生とクリスティーナ、あの飛魚いけそうか?」
「俺は信じてるぜ。オミーなら……地の果てまで飛べる!」
「見届けよう。彼の雄姿を」
「サンキュー! おっと用意ができたみたいだな!」
カメラに映るのは諏訪がその辺のもので作った簡易カタパルトだ。
「やだ……このカタパルト、俺向き……? 待って飛びませんうわぁぁああ任せたぞ友真!」
美しいフォームで撃ち出されるオミーは、まさに一本釣りされた鰹そのもの。
「身も心も魚そのものにして! カツオがぶっ飛ば、いや!! 飛んだぁあああ!!!!!」
「センセ、露姫ちゃん、見てるー!?」
熱の入る実況の中、ダブルピース臣。諏訪は「おー……よく飛びますねー?」と素知らぬ顔。一方オミーの命綱を握る友真は、
「任せろ一臣、遠慮無く飛」
落下。体格差と重力を彼は甘く見ていたのです。
「良い奴だった……」
涙を浮かべた露姫が空に敬礼。二人の笑顔が空に浮かんだ。
「そんじゃー次の飛魚、ピンクのももんが矢野胡桃のリングインだ!」
「ももんがだもの。空も飛べるはず」
むん、と胡桃が崖に立つ。
「いいですか、押すんじゃないきゅぃ。絶対押すんじゃn」
「わわ……こんなところにボールが、です」
最恐スキル『うっかり』で躓いたりりかが胡桃の背中を無情にドーン。
「きゅぃっ!?」
思わず胡桃は手を伸ばし――古代のフンドシをキャッチ。全力で喰いこむフンドシ。古代のマグナム(意味深)がデスペラード。
「オウッフ!?」
そして、
そのまま、
「ももんがの超かっくぅぅぅーーー!?」
「みよ、これが狸の底力――ッ!」
落下。悲鳴がドップラー。ちなみにきぐるみなので海に落ちたらかなりヤバイ。実際沈む。
「良い奴だった……」
涙を浮かべた露姫が空に敬礼。二人の笑顔が空に浮かんだ。
「次の飛魚、説明めんどくなってきた! 月居愁也!」
「扱い酷くね露姫ちゃん!?」
「そぉい」
ツッコミもままならぬまま、愁也は遥久にインパクトでぶっ飛ばされた。しかしその衝撃で愁也のトマトぐるみが大破してしまう!
「だが! 俺にはこのファンシーマスクが!」
テッテテー。魔法少女の顔を模ったお面が愁也のデュランダル(意味深)をマジカル☆隠蔽! だが海に落ちる。
「変態だった……」
露姫は真顔で「しばらく美しい花々の映像をお楽しみ下さい」の画面をカメラに流していた。尚、愁也はこの後無事に予備水着を着て戻ってきました。
「走馬灯めっちゃ綺麗でした」
そこへ友真が生還する。
「めっちゃ飛ぶん楽しそうやろ俺もついてくぜ諏訪パルトォォ!!」
そしてまた飛んで行った。走馬灯が以下略。
●イベントマス:崖登り
「崖昇り、まずあそこまで泳がなきゃですよねー? ガンバですよー? そしてこれは熱湯ですよー?」
だばぁ。諏訪は容赦なく、折角泳いで崖の麓まで来た皆に熱湯をかけた。
「ところでコレ……登るのは良い、が………どうやって帰るんだ?」
「帰り方? とびおr」
アスハの言葉に胡桃は言いかけるが、吹き抜ける風と断崖絶壁……。
「誰かももんがだっこして降ろしてきゅぃ」
ちなみにこの時、彼女は上から来た熱湯に対し古代を盾にしていた。古代は射術三式・軌曲で熱湯を逸らす。サムズアップでダディクール。だがりりかの『うっかり』奇門遁甲でバランスを崩した胡桃にまたフンドシをキャッチされ、あとはお察し下さい……。
一方愁也は手を使わず全力縮地ダッシュでごり押し壁走り。
が!
「先手必勝、崖にアシッド既に登ってる人おったらごめんなショット!」
友真のアシッドショットが愁也の足元を溶かした。足を滑らせる愁也。
「……うん、重力ってすごいね」
そして笑顔のまま落ちてゆく……。
しかしすみれはアシッド妨害ショットもなんのその。
「私って実は崖のぼり得意なんだよね。だからこんな風に手が滑っても……倒れるだけで腹筋●ンダーコアー♪」
そうだ折角だし妨害も兼ねてお色気攻撃してみようかしら。むふふと笑むすみれであったが、
「って人が降ってきたー!」
愁也である。親方、空から阿修羅が。
「旅は道連れ世は情け!」
「ちょっ水着掴むな! ぎゃあああああ――」
落下。南無。
「よっしゃ今の内に!」
友真の作戦はこうだ。誰かの背中に飛び乗って行く――見渡す先にナス久がいた。だがナス久はブシャーとナスの空気を限界まで抜いて凹ませると、星の輝きを撒き散らしながら一気に上り始める。そこからトビウオとなって水面を跳ねていくナス。
友真はただただ、真顔で見詰める他になかった。
●イベントマス:焚火(一回休み)
「火の灯りって心が癒されるよね。もうお色気サービスとかどうでもいいや……」
バスタオルに包まったすみれは火の傍で死んだ目をしていた。肌も寒さで死人色だった。棄棄が湯たんぽを差し出している。
「おいしくなーれおいしくなーれ」
「火が、たいへんなの……」
胡桃とりりかは焼きマシュマロ中。りりかは火が点いたマシュマロを真面目な顔で熱々ココアにどぼんして鎮火。そして食べる。
遥久は崖登りで沖へ出たついでに投網でゲットしてきた魚を焼いている。
「……焼きナスにはなりませんよ」
にっこりしつつ、皆に焼きたて魚介類を振舞ってくれた。
「遥久さんありがとー」
「おふくろの味がするー」
友真は棄棄と並んで帆立をムシャア。とれたてぷりぷりだ。露姫も焼き魚を美味しそうに食べている。友真は彼女に冷えたコーラを差し出した。
「実況さんもお疲れ!」
「おうよ、面白いもん見せて貰ったぜ〜」
そんな和気藹々の一方では、
「誰だ、湿らせたの!」
何者かによって湿らされた焚き火、煙で燻され一臣が香ばしくなっている。
そんなオミーを「一緒に行こう」と引っ張りつつ、クリスティーナと愁也が駆けて行く。トビウオ再挑戦の心算だ。
「目標、記録更新!」
「俺はしたくないです!」
にぎやかさは収まる気配がない。りりかはチョコをもぐもぐしながら、呟いたのであった。
「なるほど、これがかおすと言うやつなの……ですね」
●イベントマス:崖上サスペンス
ジャジャジャ〜ン↓
ジャジャジャ〜ン↑
ジョヮ〜ン……
一臣は海の如き雄大な雰囲気を漂わせるテナートロンボーンを奏で、友真は銅鑼を鳴らして臨場感を演出していた。友真のは中華だけど。
そしてここから何故か始まる自供大会。
「俺昆布出汁派だったんだ……」
古代は唇を噛み締めた。
「かき氷、鰹出汁とデスソースと山葵ソースだけにしたの自分でしたよー…?食べた方は……」
諏訪は目を逸らした。
「……」
一臣はうつ伏せで倒れている。ダイイングメッセージは……
「今こそ言わせて貰う」
一歩出た友真が踏んで絶妙に見えない。彼はキャベツを一枚ナス久の頭に乗せると、
「茄子のヘタ、どうぞ……☆」
そしたら笑顔のまま雷帝霊符と氷晶霊符を鼻に捩じ込まれた。南無。
「先生のアンパンかじったの俺です……! お、お腹空いてて仕方n」
愁也の音声はここで途切れている。真顔の棄棄の背後では愁也が土に埋められていた。
「実は……実は私……タコよりイカ派なんですっ!! さ●なはーーあぶったーーイカでいいーー♪」
通は歌いながら崖から身投げした。
「チョコを主食にしてごめんなさい、です」
りりかも身投げした、
「確かに、焚火の薪を湿らせたのは僕、だ。だが捕まるものか」
アスハも身投げした。なんだこの3連身投げジェットストリームアタック。
だがりりかは鳳凰を召喚してスイーと空を飛び、アスハは落下中に瞬間移動で着地10.0、通は落下して某犬神の家の一族のアレ。見事な3段オチ。
●海だー!06
太陽は傾き、空に夕焼けがやって来た。
楽しい時間も、そろそろお終い。明日も学園生活があるから帰らなければ。
幸福な疲労感。楽しかったね、なんて声。
それらを聞きつつ、決してそこへは混ざらなかった天宮 佳槻(
jb1989)は砂浜の片隅で打ち上げ花火の準備をしていた。
頃合だろう。茜色の空を見上げ――着火する。
――日本の花火は鎮魂の意味でお盆に近い夏にするという。
(誰かが偲び送ってくれる魂はいいが、誰にも知られずひっそりと消えた魂は一緒に行けるのだろうか?)
故に、だ。こんな所でひっそりと、そんな魂を送る物好きがいてもきっと悪くないだろう。
(これだけ賑やかなら送られる者もきっと寂しくない)
音を立てて。光を放って。空を飾る。華やかに。何輪も咲いた。
まるで帰る皆を送る様に、最後の名残の様に。夜でこそないけれど、冬の澄んだ空気の中で夕陽に染まるそれは不思議な趣があり、美しかった。更に吹いた風が遠くの雲から小さな雪も連れて来る。季節外れの花火に、誰も彼もが歓声を上げ、空を仰いでいた。
遠いにぎやかさを背中に受けて。ひっそり、佳槻はただ一人波打ち際。
最後の花火。それはか細い線香花火。小さな光が波間に映る。
来年の今頃、自分は送る側と送られる側のどちらだろうか――思念は震える火玉となって、黄昏の海に落ちて消えた。
帰る前に振り返った海は、静かな波の音を立てている。太陽が沈む。明日を迎える為に。
「来年も、来れたらいいな」
「うん。来年も、な」
アスハの言葉に友真が頷く。
「また来年も行こうぜ。約束だ」
そんな二人に、そして皆に、棄棄は小指を差し出すのであった。
『了』