●蝉01
「冬なのにセミですか?」
任務の説明を受けたエルム(
ja6475)は、教師が「知らん!」と言っていようが聞かずにはいられなかった。そしてやっぱり、「俺も気になるけど知らぬ!」と返ってきた。
(セミが道路にひっくり返っているトコロ、私もそんな光景みたことあるな)
夏でしたけど――そんなエルムの回想と同じ見た目の存在が、目の前に居た。
ディアボロ、セミである。
「おおっ、本当にでっかいセミじゃん! ……っとと、静かにしないとな!」
元気一杯、皆に挨拶を済ませた花菱 彪臥(
ja4610)は年齢相応の少年らしくデカいセミに興味津々、しかし対照的にエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)はなんともいえぬ表情だった。
「ディアボロにせよ、サーバントにせよ、たまーに、ごくたまーに、一体何を考えて作ったのか小一時間問い詰めたいようなのがいるんですよねえ」
「セミの命は儚いものだけれど、こんな大きさだと、風情もなにも、あったもんじゃないなぁ……そもそもディアボロに風情を求めるのが間違っているんだろうけれどね」
応えるようになんとも言えない様子でセミを眺めるのは狩野 峰雪(
ja0345)。「三種類そろえるなんて、芸は細かいけれど」と苦笑交じりに付け加える。
「ひょっとして後一日二日放っておけばそのまま死ぬんじゃないかい?」
辟易しながら、アサニエル(
jb5431)。尤もディアボロを2日ほど放置するのは一般人の気が休まらないだろうしこの道路も通行止めになるだろうし、そうはいかないのだけれども。やれやれ。
「近辺の皆様の為にも倒さねばなりませんね」
「よっしゃ、頑張ろか!」
初任務故に僅かな緊張と共に気を引き締める柊 R 巴(
jc1156)、光纏し踊り子の女神アメノウズメの幻影を背負う葛葉アキラ(
jb7705)。撃退士達が光纏する事によって阻霊符の効果が展開される。
「さて、それではお仕事を始めようか」
静かにアサルトライフルを構えた峰雪のその声で、撃退士の戦闘が始まった。
(セミ型のディアボロ、しかも死にかけ? いや、死んだように見せかけているのかな?)
なんにせよ、油断は禁物。気を引き締めつつ、エルムは皆へ視線をやった。
「皆の連携が肝ですね。では、作戦通りに」
「一匹を一斉攻撃して撃破、ですね。承知しました」
緩やかに頷いた峰雪が一番近くに居る仰向けのセミに照準を合わせた。
「何で冬に出て来たんだろー? 寒くてもう死んでたり……しねーよな」
触りたいけど我慢、と彪臥はその身に連鎖する火花の様なオレンジ色のオーラを纏い、装備した妖精のリングより五つの光球を生み出す。
「雪が舞う中、セミと戦う事になるとは思いませんでした」
「この分だと、どこかにでっかい抜け殻が落ちてそうだね……見つけても拾いたくはないけど」
エルムはそっとセミに近付きながら『雪華』と名付けた立花の煌きを纏う刃を抜き放ち、アサニエルはわざとっぽく肩を竦めて軽口を叩きながらも魔力の流れを研ぎ澄ませた。
同様、エイルズレトラは奇術師のステッキに仕込んだ刃を抜き放ち、アキラは鎌鼬の印を切り、巴は体内のアウルを燃焼させつつ青白い炎を纏った腕で蟷螂大鎌を振り上げた。
(こちらから刺激を与えなければ、攻撃してこないって話だけど……)
刃の届く至近距離。エルムは翠玉の双眸でひっくり返ったセミをじっと観察する。夏の記憶にあるあのセミのそのまま拡大版だ。虫嫌いには些かきついビジュアルかもしれない。なんて思いながらじっと見ているも、セミが動く気配はない。
(なるほど。これなら攻撃を外すこともないかな)
沈黙。緊張。さぁ後は攻撃するのみ。
その最中に。
「なぁ」
彪臥が妙に真剣な様子で呟いた。なんだ、どうした、と皆が彼を見る中、
「……『せーの』って言っていい?」
そわっそわしながら、目をきらっきらさせながら。
その無邪気さに込み上げる笑いを噛み殺す峰雪が「まぁいいんじゃないかな」と応え、一同も頷いて。
それでは。
「――せー……のッ!!!」
一斉攻撃。弾丸、剣閃、魔法弾、風刃、7つの猛攻が同時に炸裂する。
セミは刺激を与えなければその場から動かない――つまり刺激を与える前であれば、絶対にセミには回避されない。更に同時攻撃は徒にセミを暴れさせる事も防げる。この状況においては最適解の手段であった。
そして攻撃という刺激を与えられたセミが喚きながら暴れ回る――ということは起こらなかった。
何故か。
「動かないなら、『確実に』精確に穿てますね」
エルムの剣技、翡翠<カワセミ>。水中に飛び込み小魚を捕えるカワセミの姿を元に編み出された疾風の一撃は、狙った一点を精密に衝く。そしてその穿撃の真の恐ろしさは威力もさることながら相手の意識を一時的に奪う事にあった。
「おおっ、今のスゲーじゃん! よっしゃ、俺もやるぜ!」
頼もしい、と士気を高めた彪臥であるが。
(……俺、阿修羅じゃなかった!)
セルフショック。でも「頑張ろう」と思った気持ちに偽りは無い。
「この調子で一体でも多く倒しましょう」
エルムは再び突きの姿勢に入った。集中、神経を刃の如く研ぎ澄ませ。
「くらえ! 秘剣、翡翠!!」
美しくも荒々しき軌跡が、迅く鋭く降りぬかれる。
●蝉02
4回。エルムの翡翠使用の限界数を迎えた頃、セミは2体にまで数を減らしていた。2体の内1体はそれなりに損傷している状態である。
ここまでは撃退士側の一方的展開。さて、ここからだ。
「んーと……」
彪臥は周囲を見渡してみる。利用できそうな障害物、水道設備など……は残念ながらなさそうだ。強いて言うなら街路樹ぐらい?
「あと二体……油断なくいこうか」
峰雪は損傷している個体、ツクツクボウシに照準を定めた。
幾度目か、7つの猛攻。セミの装甲を砕き、切り裂き、穿ち割る。
そして、遂に。
ジジジジジジジジ!!!!!!!
刺激を受けたセミが超大声で喚くと共に、仰向けのまま周囲を猛烈に暴れ始めた。正に爆音、鼓膜が弾け飛ぶんじゃないかという程の、音の暴力。
「うっ……!」
誰も彼もの耳を劈く。それは集中力を掻き乱し、攻撃の精度を引き下げる。更に周囲にいた者を無差別に跳ね飛ばすほどの暴れっぷりで、もう一匹のセミまで騒音と共に暴れ回る。
それが収まれば嘘の様にまたシーンと静けさが。
「く、……」
仲間を庇って弾き飛ばされた巴は顔を顰めながらアスファルトから身を起こした。「大丈夫ですか?」とエルムが手を差し伸べて立ち上がるのを手伝う。
「はーい、痛いのとんでけー」
そこへアサニエルがライトヒールを飛ばした。見据える戦場、他の撃退士も体勢を立て直す。思ったより被害が少ないのは、損傷していたセミの翅の片方が破壊されていたからだ。彪臥と峰雪とアサニエルが翅を狙った事が功を奏した。
「どうやら、この作戦で正解のようですね」
峰雪が言う。敵の反撃回数が攻撃回数よりも少ない。一斉に同時に攻撃する作戦は大きな吉と出たようだ。
「あとは俺達とセミの根性比べだな! よっしゃ、頑張るぜっ」
彪臥は戦意高く体勢を整える。
「セミってことは、あの尿みたいなのを飛ばしてきたりするかもしれないから、十分注意しないとね」
「傘でも防げるかなー……無理かなぁ。かけられたら嫌だなぁ……」
エルムは短い呼吸の後に剣を構える。彼女の言葉に応えた峰雪は、念の為、無いよりマシと傘も開きつつ、街路樹を一応の遮蔽物として身を潜めた。
さぁ、再び撃退士一斉攻勢の時。
「せーのっ!」
彪臥の合図で7つの攻撃が始まる。
「折角死に真似をしてるなら、そのまま死体のように動かないで欲しいですね」
「ホンマのセミってのには風流が必要なんや!」
エイルズレトラとアキラが敵陣の真ん中に躍り出た。前者はその手から夥しい量のカードを雪崩の様に溢れさせ、後者は妖艶な舞によって術陣を展開する。ケタケタ笑う奇術師と、トランプカードの吹雪の中、舞い踊る黒髪の踊り子。二人が行ったのは同系統の陰陽術、呪い縛る脅威の技。
それと同時、
「もっと離れたいところだけど……今はこれが精いっぱいさね」
滅魔霊符に研ぎ澄ませる魔力を込めて、アサニエルが長射程の魔弾を放つ。天の力を帯びた攻撃――それは彪臥が放つ攻撃と同様。
「吹っ飛べ!」
天の力を強めた光の衝撃波が損傷しているセミを吹き飛ばし、もう一体のセミから僅かながらも遠ざけた。
更にレート差こそないものの峰雪の精密な長距離射撃もそこへ降り、セミへ一瞬で間合いを詰めたエルムが流れるような剣戟を魅せる。
さぁ来るぞ、セミの蛮声が。撃退士が覚悟を決めた直後にディアボロの大騒音。しかし暴れ回ったのは一体だ。もう一体はエイルズレトラとアキラが縛り、その場からは動けない。これは撃退士にとって大きく効果的だ。
だが一体だけでも喧しく、暴れ回る突進は容赦が無い。翅が破壊されたお陰で攻撃範囲はぐっと狭まってはいるが。
セミ――彪臥は思う。木登りで抜け殻を発見する事もあり面白い、真夏の昼下がりの鳴き声は暑苦しい。
「寒い中で聞いても、やっぱ、うるせー!」
「これだけ図体が大きいと、鳴き声もすごくうるさいですね……」
少年は防壁陣を展開して持ち堪え、エルムはサイドステップによって進路から逸れた事で回避する。
敵陣の中では煩さに眉根を寄せながらもエイルズレトラが持ち前の神懸かった域の回避力で難なく回避、するが、
「……うわ危なっ」
唐突にディアボロからブシャーと発射されたセミ汁が。映画のワンシーンの様な後ろ反りブリッジで回避。
が、
「熱っ!?」
「おっと、」
強酸性の液体はアキラの肌を無慈悲に焼いた。峰雪にも向かった飛沫は、彼の回避射撃による軌道逸らしで事なきを得る。しかし彼の傍で防御用と開いていた傘はぐずぐずと溶け落ちてしまった。
「なんというか」
痛む耳を摩りながら峰雪は苦笑した。雪の舞う地面を滑り回るなんて、アイスホッケーやカーリングみたいな気分だ。それともスマートボールやピンボールか。
「まぁ、ゲームみたいに面白いものじゃないけどね。うるさすぎてご近所迷惑だし、近隣オフィスの人たちも、これじゃあ仕事にならないよ」
さてさてあと何回この騒音を聞けばいいのか。
●蝉03
セミが残り一体になり、その翅も破壊した頃には撃退士もスキルを一通り使い切ってしまっていた。
ぜーはー。防御したり不動によって踏み止まったり。彪臥は深呼吸を一つして、気を取り直して前を向いた。アキラと巴も傷だらけになりながらもまだ倒れていない。味方を心配させぬ為にも、彪臥はここで倒れる訳にはいかないと「うっし!」と一声、己を鼓舞する。
「あと一息……これで終わらせましょう」
エルムは雪華を握り直し、最後のセミの前に立ちはだかった。その周囲にはケーンを構えるエイルズレトラ、額を伝う血を拭いながら鎌を振り被る巴、クリアワイヤーを展開するアキラ。
「冷えてきたし、そろそろ帰りたいね」
寒さで赤い鼻をこすりながらアサニエルが魔力を練り上げる。赤い髪には雪化粧。そのまま峰雪と彪臥へアイコンタクトを送れば、頷きが返って来た。
「景気付けに皆でせーのって言おうぜ!」
「いいよ」
彪臥の提案に微笑む峰雪。他の者も釣られる様に頷いた。
緊張と疲労に満ちた静寂の中。
7人の撃退士が呼吸を揃え――
「「「せーの!」」」
そして、それが最後だった。
怒涛の攻撃に、遂に最後のセミが砕け散る。
もし作戦を何処か違えていたら、誰か一人でも倒れていたら、任務失敗になっていたかもしれない。偏に撃退士の作戦勝ち、個々人の工夫及び努力による成果である。
なんとかかんとか、それでも勝利は勝利、一段落。
辺りにようやっと平和な静けさが戻ってきた。
●おつかれミーン
「あーうるさかった。皆お疲れ〜!」
終始彪臥は元気一杯、挨拶は忘れない。快活な様子からは彼が記憶喪失だなんて嘘のようだ――本当は、思い出しそうになるが思い出せないの繰り返しで、不安で眠れない夜もあるのだが。
「なんというか……感想に困る敵でしたね」
「そうだねぇ。でも、飛ばなくて良かった……かな」
エルムはやれやれと息を吐きながら刀を鞘に収め、峰雪も同様の様子で銃を下ろした。
巴は無事初任務が成功に終わった事に安堵し、深く息を吐いた。アキラはそんな彼に、エイルズレトラに、そして皆に労いの言葉を笑顔と共にかけていった。
さて、任務は無事完了。アサニエルはふぅと白い息を吐いた。
「きっとこの分なら、3月には鈴虫のディアボロが出るだろうね」
次回、鈴虫オブザデッドファイナリティ! お楽しみに!(未定)
『了』