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マスター:ガンマ
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
形態:
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2015/02/02


みんなの思い出



オープニング

●未知は終わらず
 X。
 家族の絆というモノに興味を持ち、久遠ヶ原撃退士に「家族として一日過ごしたい」という奇異な手紙を寄越した悪魔。
 翡翠 龍斗(ja7594)の推察によれば、かの悪魔はかつて久遠ヶ原撃退士が討伐した事のある悪魔の創造主である可能性がかなり高い事が判明する。

 前回の任務にて彼は参加者に「家族の絆とは」と問うた。

 ある者は、「お互いに信じ合える存在だが、相手を家族と感じるラインは本人の匙加減である」と述べた。
 ある者は、「優しく尊いモノ」と述べた。
 ある者は、「遠慮のないぶつかりをしてもつながるモノ」と述べた。
 ある者は、「何もせずとも常に『繋がって』いられるモノ、受け入れて貰えるモノ」と述べた。
 ある者は、「共に過ごした時間、『思い出』である」と述べた。
 ある者は、「たとえ親の顔を覚えておらずとも、自己が存在している事こそ、親と己を繋ぐ血の絆である」と述べた。

「益々興味深い。結論を下すのが更に困難になった――それは喜ばしい事でもある。
 さて、『約束』をしてしまった。約束をしたのは偽りの中であった故、無視しても良い。だが……無視しなくとも良いという選択肢もまた、存在している」


●スクールのルーム
「また来やがったぜ、『X』からの手紙だ」
 教室に集められた生徒達の視線の先、教師棄棄はその手に白い封筒を持っていた。
 彼は早速内容を読み上げる。

 ――先日はどうもありがとうございました。結論と致しましては、『未だ結論出ず』となりました。
 つきましては、更なる研究の為と、先日の『ごっこ』中に結んだ約束を果たす為、今一度皆様にご協力して頂きたいと存じます。

「久遠ヶ原学園撃退士諸君と家族としてショッピングがしたい、だってよ」
 前回は家族として家で過ごし、今回はショッピング、だという。前回同様罠だとかそういうつもりではない、戦闘を起こす心算も無いとXは文面で語っている。
「変な奴だな。まぁ……罠でないってのは、前回の例があるから本当なんだろうが」
 言いながら棄棄は同封されていたものを卓上に広げた。とある大型ショッピングモールのパンフレットである。
「ここが今回の現場だな。前回よりは拘束時間も短いし、まぁ、ほどほどに頑張っておいで。
 ああそうそう……コイツはかなり外道なディアボロ・ヴァニタスを作った奴という記録が我が校の報告書にあがっている。すっげぇ嫌な奴だよ、こいつは。
 しかし、だ。今回ばかりは戦闘は止めといた方がいい。なにせ何も知らない一般人がショッピングモールにはごまんと居るんだ。戦闘に巻き込まれての被害、パニックを起こした人々による被害を鑑みれば、言わずともだな。
 ……うーむ、先に『悪魔が来るから』って立ち入り規制も一瞬考えたんだが、これだと『普通じゃないからまた後日』ってXの奴が延期を繰り返しちゃ意味ねぇしなぁ」
 悪く見ればXが意図的に大量の人間を人質に取ったともとれる。好意的に見れば偶然にもとれる。
 全ては不明。そう、不明だ。
「なんにしても、ほっとく訳にはいかねぇ。諸君、任せたぜ」


●x時x分x秒
 息子をディアボロにし、家族の絆を踏み躙る様な行為をした悪魔が許せなかった。いつかこの手で殺してやると誓った。
 そんな矢先だった。坂嶺 恵太がアウルに目覚め、久遠ヶ原学園に入学する事になったのは。
 そして直後だった。学園内の任務で、復讐相手に出会えるかもしれない千載一遇のチャンスに恵まれたのは。
 しかし。
 学園は、彼のあまりにも高すぎる殺意と、依頼の内容性、悪魔を相手取るにはあまりにも低すぎる実力、それらを鑑み、「もし恵太が任務に参加すれば高確率で死亡してしまうだろう」と判断。恵太の命を護る為にも、この参加を禁じた。
 やりきれない思いである。恵太は肩を落とす。
 そんな夫に妻は――息子を失った日から、精神的に衰弱しきって病院通いになってしまった彼女は――「貴方までいなくなってしまったら、私はどうしたらいいの」と慰めた。そしてこう提案したのだ。
「久々に、二人でおでかけしない……?」

 ――それは全くの偶然。運命の悪戯。

 人々で賑わう休日のショッピングモール。
 坂嶺夫妻は何も知らなかった。恵太は見逃していた。『第二回目の任務』の現場がこのショッピングモールである事に。
 本当に、運命の縺れだったのだ。
 恵太が人ごみの合間からXを発見してしまった事は。

(あいつ、は……!)
 報告書で伝えられていた通りの外見。あれは、Xだ。
 恵太は思わず脚を止めた。
 Xは楽しそうにしている。平然としている。
 その顔に、恵太はふつふつと――理性が焼かれている感覚を覚えた。

 家族の絆を奪っておいて、なにが絆を知りたい、だ。
 家族の絆を愚弄するような事をしておいて。
 最愛の息子を、自らの好奇心を満たす為だけに悪趣味な化物に変えて、嘲笑って。

 許さない。
 赦さない。

 ――殺してやる。絶対に。


前回のシナリオを見る


リプレイ本文

●未知数
 答えが出ぬからこその追求。


●14時
「――本当にXとのショッピングが実現するとはね……」
 駐車場は満員で、人々は多数。大型ショッピングモールの広い入り口の前で巫 聖羅(ja3916)は些か驚いた様子で目の前の悪魔二人を眺めていた。
「約束は守るものだろう。生憎、車の免許を所有していない故に『車で』という部分は不可能であったが」
 当然、いっそ平然といった様子で『悪魔二人』の内、車椅子に座った少女Xが応えた。
「まぁ、なんというか――」
 聖羅が思い返すのは先日の任務、このXと家族として過ごした一日の出来事。「今度の休みの時で良いから、車でショッピングに付き合って?」――Xの娘として『ごっこ』を行っていた最中に彼女が言った言葉、それがまさか本当に実現するとは。
 しかし、だ。今回は隔離された所ではなく大勢の人々が集う場所。下手をすれば大参事が起こりかねない状況。溜息が漏れる。
(いつまで付き合う事になるのか……とはいえ、投げ出すのも美しくありませんわね)
 ユーノ(jb3004)はXに軽い挨拶をしながらそう思った。悪魔は先日と変わらず無表情で、何を考えているのか分からない。それでも、構わない。この悪魔が、自分が人々に何をしたのか理解するまで、付き合ってやろうじゃあないか。
 前回からユーノはXに対し懐疑的である。だがメリッサ・アンゲルス(ja1412)は対照的な思いを抱いていた。先日の任務でXと接したメリッサの結論、かの悪魔は悪い者ではないという直感。
(しかし過去の事件に関わったらしいのだよな。天魔の感覚ではそれは『悪い事』ではないのだろう、が……)
 複雑である。『過去の事件』では死人も出ている。悪意無き悪事は悪なのか?
 それに対し偶然にも、翡翠 龍斗(ja7594)はこう考えていた。「撃退士も人殺しという意味において、天魔も撃退士も同じ『悪』である事には変わりない」と。
 Xは善か、悪か。けれどロジー・ビィ(jb6232)はそれ以前の問題について疑問を抱いていた。
(Xは……何故、こんなにも『家族の絆』を知りたがるのでしょう)
 過去に何かあったのだろうか。『家族』『絆』――Xとの関連性。Xが関与したと思われる事件の報告書にも目を通したけれども。
 一言では表し切れぬ事件内容であるだけに、思うところがある者は少なくないかもしれない。ロジー同様に『件の』報告書に目を通した星杜 焔(ja5378)は思う。
 教師の前ですら学園生が悪魔だからと狙われた。過激派集団もこの目で見た。『学園未所属の自称弱い悪魔』がいつ何処にいるか記載されたならば――更に「遊ぶだけ」で「殺すな」とは明記されていない――それを狙う者が現れる危険性がある。そして『狙う者』は……ひょっとしたら、前回の大勢いた参加希望者の中にいるかもしれぬ。
 ユーノ、テトも同じ事を思っていた。この任務は機密にこそされていないが、外部に大々的に公表されてもいない。学園生ならば等しく、外部の者なら見ようという意思さえあれば閲覧ができる。だからこそ、『自称か弱い悪魔が単独で来る』という情報は天魔嫌いには格好の餌食ではないのか。
 そう思い、天魔嫌いのものとのトラブルを避ける為に「周辺に天魔嫌いが住んでいないか」を調べんとしたが……些か情報が不確定、天魔嫌いかどうかを判断する材料とは曖昧で調べようがなく、不明のままとなってしまった。
 なんにしても、なるべく騒動にならぬよう依頼を遂行したいものだ――。

「どうした?」

 と、その時。唐突にXが、撃退士達に問うてくる。
「前回の様な『気軽さ』が見受けられない。緊張しているのか? 何故だ? それとも考え事か? 何を考えている?」
 一挙の質問。「ああ」と皆に代わって応えたのはテト・シュタイナー(ja9202)だった。
「まさか前に『妹』――聖羅の言った事が本当になるなんて思ってもみなくってな、意外だなーって思ったんだよ。あと、人がすげぇ多いのと、このショッピングモールがすげぇデカイのと」
「成程」
「兎に角、今日はお買い物ですのね」
 言葉を繋げたのはロジーだ。両手を合わせ、朗らかに笑む。
「折角の『休日』なんだから、今日は目一杯、『家族皆』で楽しみましょう」
「わん」
 同意する様に頷いたRobin redbreast(jb2203)はなんと犬の言葉を発した。それもその筈、彼女の役柄は『ペットの犬』。「ペットも家族だって習ったよ」、そんな言葉を真ん丸な目に浮かべている。
「犬」
「人間じゃないとダメ……? なの? わん」
 思わずといった様子で呟いたXに、ロビンは「どうしてだろう」と小首を傾げる。
「今回はペットで台本作って来ちゃった……次は人間の役にするね。わん」
「良いだろう、構わない。これまでにない役柄故、興味深い」
「わん。あ、そうそう」
 ロビンは提案する。それは暗殺組織に身を置いていた時代、市井に溶け込んで仕事を遂行する際、コードネームでは不自然な時は愛称を用いた経験からの内容だ。
「Xだと不自然だから……えっちゃん、とかはどうかな? わん」
「好きに呼べ。ところでここはペット入店禁止と書いてあるが」
「……わん?」
「まあ問題があればその時に対処しよう」
「わん!」

 家族の役割はこうだ。
 Xは父。
 レイコは母。
 テトは長女。
 聖羅は次女。
 メリッサは末っ子。
 焔と龍斗は養子。
 ユーノはXの兄。
 ロジーはXの母。
 ロビンはペットの犬。 

 こうして『悪魔Xと家族としてショッピングモールで遊ぶ』だけという任務は幕を開けた。
 一同が見上げる大きなショッピングモールにあるのは『いつもの休日』。そして一同は家族として、『ささやかな休日』を過ごす事となる。


●昼下がり
「約束守ってくれて有り難う、お父さん。――じゃ、早速お洋服でも見に行きましょ?」
 ニコヤカに、そして楽しげに、聖羅は二つに結った柔らかな髪を翻して『父』へと振り返った。
「店――取り分け服を取り扱っている場所は大量にあるが、何処に行く?」
「ふふん。そんな事もあろうかと、バッチリ事前サーチ済みなんだから」
 事実だ。現場を把握するのは当然の事、ここの構造は完璧に頭へ入れてある。
「丁度、気になってたお店があるんだ。行こ行こっ!」
 はしゃぐ聖羅はXの手を引き歩き出す。

 周囲には一同と同じ様に家族達がたくさんいる――尤も撃退士とXの『家族』は、周囲のそれと比べ見た目こそ奇天烈ではあるが。しかしあまりにも人がいる状況、人は人に紛れ、奇異な目で見られる事もない。
 賑やかだ。だが駅や大通りの様な急かされる様な忙しさとは異なり、誰も彼もが休日を謳歌しているのだと、Xの後ろをついて歩くロビンは人々を横目に見ていた。一緒に外をお散歩できるだけで嬉しい、そんな犬――本で読んだ知識だが――になりきって。
 その目は『何とはなしに』ではなく、『確認』の色。実際の構造、状況を把握しつつ、犬として『もし主人に危機あらば全力で護る』為に。
 オーダーは絶対。依頼人も絶対的存在。だからこそロビンは依頼人について調べられるだけ調べてある。キナ臭い、だからここで何か起こるか分からない。

 そんなロビンの密やかなる警戒心とは裏腹に、平和なまま目的地の服屋に到着した。
 ティーンエイジャーから若い女性を対象とした可愛らしい服が並ぶ店だ。流行の歌がBGMで流れている。イチオシコーディネートの店員達が笑顔でいらっしゃいませと迎えてくれた。
「服屋かぁ……」
 テトは周囲を見渡した。そういえば学園では儀礼服でいる事が多く、昔は敬虔な教徒だった事もあり、あまり『年頃の少女らしい格好』をしてこなかった様な気がする。「これが女子力かね」とリボン付きミニスカートを指で摘むと、
「姉さん、試着してみれば?」
 にやりと笑みを浮かべた聖羅が顔を覗かせる。
「こないだ私の髪の毛を結ってくれたじゃない。だから今日は、私が姉さんをコーディネートする番ね」
「いいねぇ、楽しそうじゃん。……サイフは父さんが出してくれるしな!」
「ねーちゃーん! これきっと似合うと思うのだ!!」
 そこへ、可愛らしい星柄シュシュを見つけてきたメリッサが駆けてきた。
 少女三人、服を選んだり勧めたり、試着してみたり。都度『父』へ似合うか訊ね、盛り上がっている。Xには人間の少女の服装流行などは良く分からないようで、どんな服でも「似合うのでは」という感想だが。

「楽しそうだな」
「そうだね〜」
 養子組、龍斗と焔は店の外のベンチに腰掛けその様子を眺めていた。男子二人が入るには、若い女性向けの可愛い服屋は少し敷居が高い様で。焔については「店員さんにいっぱい話しかけられるのが怖い何話したらいいのか分からないマジ無理」というぼっち気質もあるのだが。
 二人は自然体であった。だがその心底にあるのは、周囲への警戒。視線はあくまでもX達へ注いでいるが、意識は絶え間なく全方位へ。
「平和だな」
「そうだね〜」

(それにしても……悪く見ればXが意図的に大量の人間を人質に取った。好意的に見れば偶然。……どう言うことなのでしょう)
 一方の店内、ロビンと共にXの傍にいるロジーは『息子』の横顔をそっと見遣る。
「ここには実に様々な家族がいるな」
 『娘達』を見守りつ、徐にXが口を開いたのはその時。
「泣き叫ぶ幼子を頭ごなしに叱り飛ばす親がいる。親に無関心で永遠と携帯機を弄っている子供がいる。親、あるいは子にビクビクしている親か子もいる。仲良く買い物している親子がいる。将来家族になるのであろう若い恋人がいる。老いても尚、手を繋いでいる老夫婦がいる」
 ふむ、と興味深そうにするX。そんな悪魔にニッコリ微笑を浮かべた『実母』は「ねぇ、X」と呼びかける。
「貴方の子供達は本当に楽しそうですわね……。きっと貴方達と一緒だからですわ」
「ほう?」
「子供が親と一緒で楽しく無いハズがありませんもの」
「それは私と『母さん』にも当てはまるのか?」
「貴方自身は、どうなのかしら?」
「興味深い、という点を解釈すれば『楽しい』に分類されるのだろう。して、君は私に非常に好意的だ」
「ふふ。この前も申し上げましたけれど、あたしは貴方の『母親』ですから」
「もし私が多くの命――誰かの『家族』を多数殺めた存在だと知っても同じ事が言えるか?」
 その言葉が終わった直後。
 ぼふっ、とXの頭にユーノがキャスケット帽を被らせた。
「たまには面倒を見る側らしいことをしませんとね」
「欲しいのか?」
「いいえ。『兄』から『弟』へのプレゼント、ですの」
 買い物に付き合う事を言葉通り受け取っているだろうから、との行動だった。本意ではなく、その証拠に安いセール品の帽子であるが。
「お返しは結構、そういうつもりの品ではありませんので」
 無償で気持ちを注ぐ相手。それをXが理解できれば。「ふむ」とXは帽子を脱ぐ事なく頭の上に乗せていた。
「悪くない」


●更に昼下がり
 程なくして『娘達』も買い物から戻ってきた。Xが「着てみろ」と言ったので早速おニューの服を身に着けている。

 テトの服は聖羅が選んだ。女性的なスタイルだからこそのシックな装い。白のハイネックセーターに黒のスキニーパンツ、ファー付きのヒールブーツ。アクセントにはビジューネックレス。長女として凛と大人らしいモノトーンコーデにテトの金髪が良く映える。
 聖羅の服はメリッサが選んだ。ふわふわの淡い桃色ニットワンピースにブラウンのタイツ、もこもこムートンブーツ。「ふわふわでもこもこであったかいのだ!」とはメリッサ談。マネキンや店員が着ている服を見て一生懸命選んだそうだ。
 メリッサの服はテトが選んだ。少女趣味が目一杯のふりふりひらひらもふもふワンピース、ニットのポンチョ。全体的にもふもふもこもこでとても可愛い。テト曰く「テーマは冬の妖精さんなんだぜ!」

「似合ってるよ〜」
 笑顔の焔はぱちぱちと拍手した。もっともあまり大きな声ではなく立ち位置も後ろの方――『新入りの養子』である彼はある意味自然体、ぼっちだった頃の振る舞い。施設育ちで人の目を見て話せずまだ馴染めなくて家族と呼ぶの怖いけれど、呼べるようになりたくて。
 不意にXがそんな焔に振り返った。「家族の絆とは?」その問いに、一瞬焔の『いつもの表情』が少し揺らいだ様な気がした。
「家族は一緒にいて安心できる存在……かな。心も体も互いが互いを守る、その事を知っている同士に生まれる絆」
 記憶を辿る。亡き父母の優しい笑顔、愛しい妻子の柔らかな笑顔。思い返せばいつだって、思い出せる大切な存在。
「知らない事はわからない。生物は与えられたものから学ぶ。愛を知ってるからまた愛を返せる。愛された守られた記憶はとても優しい……形のない拠り所だよ」
「成程」
 視線を戻したXは一同を見渡した。次は何処へ行こうか、そう言いかけた彼女にメリッサが駆けて来る。
「はい、これ! 約束だからな!」
 手渡すのは封筒に収めた写真だった。前回の依頼で撮った『家族写真』、それをXだけでなくレイコも含めた全員へ、一人ずつ手渡して。
「ふむ、良く撮れているな」
「うむっ! あ、そうだ、皆が良かったら……なのだが、フォトスタジオに行きたいのだ」
 様々な家族写真も展示されているだろうし、と。
 異論を唱える者は居なかった。そうして到着したフォトスタジオには様々な写真のサンプルが展示されている。結婚、成人式、子供の写真、家族写真――Xはそれらを見渡している。無感情な目だ。何を感じているのかは分からない。
 そこへ店員がやって来た。何かご希望ですか、そんな旨のマニュアル挨拶。
 Xが僅かの間、考えた。そして口を開く。
「また家族写真を撮ろうか。……いや、その前に」
 くるり、一同へ向き直るのは無表情。

「どうにも、『私と擬似家族として過ごす事』よりも別の事に重点を置いているように感じる。やたらと周囲を気にしているようだが……何を隠している? 何か居るのか? それとも私が何か罠を仕掛けていると疑っているのか?」

 図星であった。
 懸念。それはXが関与したであろう事件の関係者が、Xに復讐せんとしている可能性。
 新田家。ヴァニタス・マザーマリアの関係者。坂嶺家。あるいは反天魔思想者。
 特に、だ。ディアボロにされた少年ゆうたくんの父親、坂嶺 恵太はアウル覚醒者として久遠ヶ原学園に居り、元凶――Xに強い復讐心を抱いている事まで撃退士は調査した。
 全ては「もしも」の話である。
 ひょっとしたらここに、そういった『復讐者』がいるかもしれない。
 もしも、もしも、だけれど――

 ……重なる偶然が、動き始める。

「坂嶺 恵太、だな」
 龍斗が静かに振り返った。涼やかな眼差しが捉えていたのは光纏した人間――調査した通りの姿、坂嶺 恵太。その手には剣付き盾が構えられていた。
 何故己の名を――恵太が僅かに瞠目する。しかしそれは彼を止める理由にはならない。彼はまさか龍斗達が自分と同じ久遠ヶ原撃退士だとは思わなかった。おそらくディアボロかヴァニタスか……どちらにしてもX側の存在、自分にとっての敵だと認識したのだろう。
 ケダモノの様に叫ぶ事なく、唸る事なく、恵太は武器に聖火を宿らせると走り出した。狙いは一直線、車椅子に座す無表情の悪魔へと。
 けれどその進行が止まる。聖羅とテトの二人が瞬間移動によって、その身を以て彼の前に立ち塞がったからだ。
「悪いが、ちょっと待ちな」
「……御免なさい。此処で暴れられると困るの」
 恵太について調査した二人は、彼の境遇を知ってしまっている。愛する息子をディアボロにされ、尚且つ、そのディアボロで家族の絆を踏み荒らし、息子の死を辱める様な事をされ――彼は善か悪かで振り分けるならば完全に善だろう。人を殺めた事も無い。犯罪を犯した事も無い。完全に、撃退士の味方なのだ。けれども彼の邪魔をせねばならない。複雑だが、今は成すべき事をせねばならない。
「邪魔をするのか、お前達も悪魔か!」
「いいや、俺達は久遠ヶ原学園の撃退士だ。お前と同じ、な」
 恵太とは対照的な声音で龍斗が応える。
「ならば何故、その悪魔の味方であるような事をする! そいつは俺の息子をディアボロにした。ヴァニタスを作り出して殺人をした! 正真正銘のバケモノだ!!」
 悪魔、ディアボロ、バケモノ、その単語にざわついて見守っていた一般人達が俄かに混乱し始めた。悲鳴、騒乱、逃げ惑う音。
「ふむ」
 状況を観察していたXが頷く。
「敵か」
 平然とした言葉。
 けれど周囲の撃退士はハッキリと感じた。殺気。何気ない殺意。目の前の蚊を叩き潰しておこうかという程度の気軽さで。

 Xは恵太を殺す。
 呆気なく殺す。
 恐ろしいほど平然と、殺す。

 直感だ。けれど今すぐ動かねば、それはおそらく『現実』となる。
「――お願い。彼には手を出さないで……」
「ここは我らがなんとかする、お父さん達は手出し無用なのだ!」
 聖羅と共にメリッサは小声でXに言い、彼女を庇う様に、或いは制する様に片手を構えた。メリッサがXを父と呼んだのは、未だ家族ごっこが継続している――即ち他の人間には手出しをするなという意思が篭っている。
「分かった」
「うむ。伯父さん、おばあちゃん、お父さんを任せるのだ!」
 Xが一先ずは戦闘意思を解除した事に安堵しつつ、メリッサはもう片方の手を天に翳した。そこに灯るのは燦然と煌く星の輝き。その眩さに恵太が目を逸らした。眩さに呻きながら、彼は叫ぶ。
「同じ撃退士ならどうしてそいつを放っておくんだ! そいつの味方をするんだ! 撃退士は敵性天魔を討つ事が役割だろうが! どうして――」
「否定する気はありませんが……今、ここでさせるわけにはまいりませんの」
「此処で荒事を行うことは得策ではありませんもの、ね」
 その言葉に応えたユーノとロジーはXとレイコを連れて行動を開始していた。緊急時の打ち合わせ通り、一番近くの障害者用トイレへと向かう。X達が攻撃されないように、X達『からも』攻撃させないように。逃げること自体は『突然の敵意に対する一般人の反応』として自然だろうとの行動だった。
 光に紛れ離脱する4人を横目に見遣りつつ、しかしと焔は思った。一般人は既に混乱状態となっている。眩さに目が眩んだのは恵太だけではない。何だあの光は、悪魔が出たぞぉ、などと、情報はバケモノの様に人々の脳を蹂躙してゆく。星の光と『バケモノ出没騒ぎ』のお陰で新たな一般人が押しかけてくる事がないのが、唯一の幸いか。
(念には念の為に……)
 一般人の目を逸らす為にも焔はタウントを発動しつつ、障害者用トイレへ続く通路へ恵太が向かわぬよう立った。
 同様にロビンも恵太へ視線を据える。Xへダークフィリアを施し影で隠れ蓑も作っておいた。恵太は星の輝きで前も向けぬ状況、Xを再発見するのは容易ではなかろう。
 しかし恵太は抗う。前を向いた。周囲を見渡す――それを聖羅とテトが、妨害する。
「退いてくれ。頼む!」
「それはできない」
 応えたのは龍斗。影の如く、いつの間にか恵太の背後に回りこんでいた。その手首を掴む――躊躇はしない、骨の一つ二つは折る心算で――

「やめてぇええええッッ!!!」

 純粋な感情の悲鳴だった。
 星の眩さに目を閉じながらも、遮二無二横合いから飛び込んできたのは、一人の女性。撃退士達は彼女の事を調査の結果知っていた。恵太の妻である。
「もう私から何も奪わないで! この人は悪い人じゃないの、お願いだから殺さないで!!!」
 半狂乱に泣きながら、恵太の妻は龍斗に掴みかかる。けれどたかが一般人、か弱い女性、龍斗を微動させる事すら能わず。それでも彼女は龍斗を叩いた。力の限り夫から引き離そうと、夫を護ろうと。
(――、)
 龍斗の脳裏に愛する妻の顔が浮かんだ。
 嗚呼、彼女もこうするのだろう。きっと目の前で己が危機に陥ったのなら、その身を呈して『盾』となり、己を護らんとするのだろう。夫を愛する妻ならば、その行動に理屈など無い。

 彼と自分。女と彼女。運命の悪戯で、立ち位置が逆なだけ。

「大丈夫、殺しはしないさ」
 龍斗は諌めるように言うと、緩やかに恵太の手首から手を離した。けれど恵太の妻は元々精神を病んでいた事も相俟って興奮冷めやらず、「恵太から離れて!」と泣きながら再び手を振り上げる。
「ごめんね」
 そっと。彼女の肩に手を置いた焔は、自分でも何故「ごめんね」と言ったのか良く分からなかった。アウルの力で好印象を抱かれやすい雰囲気を出しつつ彼女の動きを止める。それにようやっと正気が少し戻った恵太の妻は攻撃を止め、ただただ嗚咽を漏らしその場に蹲った。
 焔にも妻が、そして血は繋がってこそいないが子供が居る。
(もし……)
 自分が同じ目に遭ったら。愛する息子をディアボロにされ、殺されたら。そして自分が、息子の死を踏み躙った元凶に遭遇したら。危険になった自分を、妻が見たら。妻が、子供と自分を喪ったら。家族の絆を八つ裂きにされたら。皆がバラバラになったら。
 顔を覆って泣く恵太の妻に、自らの妻の泣く姿を連想した。子を喪った母の姿に、子供の亡骸を連想した。それはとても辛くって、心が崩れそうなほど痛くなる。
 一方の恵太は呆然としている。力なく項垂れ、黙り込んでいた。
「あれ、奥さんが泣いてるみたい。どうしたのかな。恵太が傍にいってあげなくて大丈夫?」
 ロビンは語りかける。実質無力化している今、もう恵太を束縛せずとも良いだろう。下手に彼に手を出すと、再び恵太の妻が錯乱しかねない。
「その通りだ、周りをよく見るのだ! 貴殿には護るべき者がいるのではないのか!?」
 マインドケアを展開しつつ、メリッサは恵太にしがみ付き項垂れた顔を下から真っ直ぐに見上げた。ここでの戦闘は無益なだけだ。得をする者など誰も居ない。
 恵太は黙っていた。しばしの間の後、武器をヒヒイロカネに収め、妻の傍にしゃがみこむ。その身体をそっと抱き締めた。
 吐いた言葉は、奇しくも。
「ごめんな」


●夕暮れ
 通り魔・暴徒であった、抜き打ちの演習だった、テレビの撮影だった――もしもの時の『言い訳』は幾つか候補があったが、おそらく最も騒ぎが大きくならず自然なものだろうという事で抜き打ち演習であった事にし、店舗側と客達には深く詫びを入れた。
 そして現在はひとけの無い場所――立体駐車場の車と人が居ない場所に恵太と彼の妻を伴って移動し、二人に事情を説明し終えた所であった。

「一般人を巻き込んで大怪我をさせる気か。下手したら死人が出るぞ」
 テトはじっと恵太を見遣る。恵太自身も、あまりにも衝動的な行動をしてしまったと内省しているようだ。そんな彼にテトは言葉を続ける。
「憎まれる側になっても構わねーとか思うなよ。相手の家族まで巻き込む憎悪……分かるだろ」
「あいつに家族は居るのか?」
「それは……」
「君達はXの我侭に従った擬似家族だろう。こういう言い方は悪いかもしれないが……、君達は所詮、2日も時を過ごしていないニセモノの家族だ。ごっこ遊びだ。私達は違う。本当に時を過ごして、子供も妻がお腹を痛めて産んだ子で、本当に血の繋がった家族だったんだ。
 ……悪魔のごっこ遊びの家族と対等に見られるのは、こちらとしても不本意だ」
 同じ言葉を返す、という意味合いだった。拳を握り締めた男は続ける。
「私には理解出来ない。何故、学園はあんなにも危険な悪魔をほうっておくのか。私のような目に遭う者がまた現れるかもしれないのに。君達も何故……、あの悪魔に付き合うんだ? おかしいと、危険だと、理不尽だと、思わないのか? 確かに私が衝動的な行動で関係ない者まで巻き込んでしまった事については申し訳なかったけれど、どうして、まるで私達が反省するべき悪で、Xが善であるように扱うんだ?」
「子供を殺した存在を憎いと思う事は悪い事なの……? 復讐はどうのこうのって、ドラマみたいな事つきつけられて私達が納得すると思う?」
 恵太の妻が涙ぐみながら震え声で紡いだ。
「酷いわ。貴方達撃退士はね、私達が祐太を喪った時……何て言ったと思う? 『裕太の仇をとって』と言った私達に、『勿論です』って答えたのよ? なのに……、嘘吐きじゃない。所詮、貴方達は当事者じゃないから好き勝手言えるのよ!!」

 Xを憎むなと彼等に言う事は間違っているのであろう。坂嶺夫妻の言葉が感情的であるのは否めない。けれど「いいや、違う」と切り出せる者はいなかった。
 おそらく、坂嶺夫妻も撃退士も、どちらの主張も正しいのだ。正しいからこそ、この話し合いに決着は着かない。結論は出ない。未解決のまま。

 坂嶺夫妻と撃退士の間には越えられない壁と何処までも続く堀があった。それはロジーの天使の微笑を以てしても超えられない。
「坂嶺さん。憎いなら望みを叶えない事です、殺したら楽になるだけ」
 焔はそう語りかけた。それに恵太は必死に収めていた怒りを再び込み上げさせ、怒鳴り声を上げる。
「どうして楽になったらいけないんだ!? 俺達にこれ以上苦しめって言うのか!! あのクソ悪魔にはチヤホヤご機嫌取りをして、俺達には苦しめ? お前達は一体どれだけ俺達を馬鹿にしたら気が済むんだ!!!」
「苦しみたくて苦しんでるんじゃないのに。貴方に何が分かるのよ、この偽善者!!」
 恵太は歯を食い縛り、妻は泣き崩れる。

 沈黙。
 重苦しくて冷たい、鉛の様な沈黙がコンクリートの空間に響く。

 しばしの後、恵太が溜息を吐く。
「もういい。……ここでXを探そうとも、君達は邪魔をするのだろう。おそらく武力を以てしても」
 龍斗に掴まれた時に出来た手首の痣を摩り、恵太は妻の肩を抱いて踵を返す。聖羅は咄嗟に彼の傷を治そうとしたが、「やめてくれ」と断られ。
「もう、いい」
 吐き捨てるような、恵太の言葉。
「失望したよ、撃退士というものに」
 最後に振り返ったその目は、間違いなく……、侮蔑であった。


●19時前
「邪魔が入ってしまって本来の目的が大きく逸れてしまったな」
 恵太が完全に去った後、事情を聞いたXは平然とそう言った。「まあ良かろう」と時計を見る。事前に定めた終わりの時間が近付いていた。けれどまだごっこの時間。Xが『犬』を見遣った。
「ロビン。家族の絆とは?」
「わん。……ごめん、今日だけじゃ、よく分かんない……。えっちゃんは、分かった?」
「家族の絆とは、途方も無い殺意・憎悪・絶望をも生み出し得る存在である事を理解した」
「ふぅん、良かったね。わん」
 ロビンはゆるりと首を傾げて淡白な笑みを浮かべていた。特に天魔が憎い訳でもなく、今日は仕事。家族ごっこが仕事だったから、全力で犬になりきってXの味方でいただけ。ただし……今日だけ、であるが。
(もし……あたしがディアボロになったら)
 最中にふと、ロビンは考える。自分がディアボロになったら、恵太や彼の妻の様にあれだけ感情を爆発させてくれる存在はいるのだろうか。自分が誰かに殺されたとして、自分を殺した犯人を憎んでくれる存在は居るのだろうか。自分が死んだら悲しむ人はいるのだろうか。いたとしたら、何人ぐらいそう思ってくれるのだろうか。
(スッキリしない終わり方ね……)
 聖羅は俯き、つい溜息を零してしまった。ロジーも似たような心境であるらしく、その表情にほんの少しだけ翳りがあった。
「なぁ」
 最中、テトはXに声をかける。
「見ただろう。あれが、家族を失った者の憎悪だ。どう感じた?」
「絆というものは素晴らしい。愛と喜び、怒りと憎悪、対極にあるどちらをも無尽蔵に生み出す事が出来るとは」
 ユーノはXの『らしい』発言に言葉も出ない。肩を竦める。テトは「そうかい」と頷き、恵太と妻の後姿を思い出しつつ独り言ちた。
「もう一歩間違っていたら……俺様も、あーなってたのかね」

 絆で繋がった存在を失う事はとても辛い。
 とても辛く、心がズタズタになってしまうからこそ、負の感情が芽生えてしまう。
 復讐は正義か、それとも悪か。

 メリッサにその答えは出せない。あまりにも考える事が多すぎて、ぐるぐるもやもや、落ち着かない。なのでなんとなく先日の家族写真をじっと見てみた。家族。そして、風呂場でXに聞かれた事を思い返す。家族をディアボロかヴァニタスとして生き返らせようか、そんな言葉。徐に口を開く。
「会いたいと願う気持ち自体はある、けれど」
 少女は顔を上げた。19時になった。娘としてではなくメリッサの言葉で、彼女は告げる。
「ディアボロやヴァニタスになったそれは愛する家族とは別物で……恐らくは悲劇しか生まない。人間の基準で考えるなら、やはりしてはいけない事なのだ。今日恵太殿とその奥方を見て我はそう感じたのだ」
「してはいけない事、か。つまり私は重罪を犯したと。メリッサ、お前の言葉は興味深い。今ここに疑問が生まれた」
 くるり、Xが撃退士へ振り返った。

「家族の絆によって生まれた無限の憎悪は解消されるのだろうか。
 犯人(わたし)は被害者(かれら)と和解できるだろうか?」

 その目には宿っていたのは贖罪の類ではなく、『好奇心』。
「……どういう意味だ」
 龍斗が問う。焔も引き止めようとするが、「そのままの意味だ」とXは答え、レイコに車椅子を押させて夜の中を歩き始めた。
「それではまた」
 言葉の直後、悪魔達の背中は夜の闇に掻き消える。



『了』


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:5人

真直なる小さな騎士・
メリッサ・アンゲルス(ja1412)

中等部1年6組 女 アストラルヴァンガード
新たなる平和な世界で・
巫 聖羅(ja3916)

大学部4年6組 女 ダアト
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
盾と歩む修羅・
翡翠 龍斗(ja7594)

卒業 男 阿修羅
爆発は芸術だ!・
テト・シュタイナー(ja9202)

大学部5年18組 女 ダアト
籠の扉のその先へ・
Robin redbreast(jb2203)

大学部1年3組 女 ナイトウォーカー
幻翅の銀雷・
ユーノ(jb3004)

大学部2年163組 女 陰陽師
撃退士・
ロジー・ビィ(jb6232)

大学部8年6組 女 ルインズブレイド