●集合時間
転移の蒼い光が視界の前から掻き消えて。
撃退士達の目の前に広がったのは、黄褐色の広い荒野であった。
「ハーイ、良い子の諸君! 全員居るかー?」
いの一番に全員の耳に響いたのは教師棄棄のでかい声、見遣ってみればお馴染みの教師が転送された生徒の数を確認していた。
「良っし、ちゃんと全員居るな。遅刻も零、偉いぞォ!」
満足気に頷き放った言葉通り、ちゃんと全員居る様だ。25人。遠足。そう、これは遠足、楽しい遠足――『ディアボロ殲滅大作戦』と云う名の、列記とした遠足。
「楽しい遠足になりそうだ!」
肩を回して準備万端、意気揚々と佐藤 としお(
ja2489)は笑む。そのまま徐に愛用の伊達眼鏡取り外すや、それを掌で粉砕した――刹那に現れ彼の身体を包み込むのは黄金の龍、光纏。
「さぁ! 遠足だね! チェリー楽しむよー☆」
御手洗 紘人(
ja2549)、曰く魔法少女プリティ・チェリー。七色の光の筋に包まれる中、浮き浮きと微笑む瞳にあるのは純粋――純粋に遠足(と云う名の破壊活動)を楽しむ色。弾けた虹は桜吹雪。
「首狩り遠足だね、思いっきりひゃっはーするぞー♪」
乾いた風に靡く緋色、神喰 茜(
ja0200)がグッと伸びをした。手を下ろし纏うのは静謐な殺気を濃縮した様な黒色と、滴る様な鮮血の赤。色濃い殺意と凶気に濡れる。
「遠足って聞いて飛びついたら、ディアボロ討伐だったという……許さないぞー天魔っ!」
依頼受理時は怒り心頭怒髪天だったのだが、転移装置をくぐり抜けた武田 美月(
ja4394)の心には既にそれは無く。
「まあ乗りかかった船ってやつだし、工事のおじさんの為にも頑張るよ!」
元気一杯な表情にやる気を満ちさせアウルを纏った。レイピアも構え準備万端。
「おう、楽しめよ諸君〜」
そんな生徒等を微笑ましそうに見守る教師。本当、それだけ見れば唯の遠足なのだが……と牧野 穂鳥(
ja2029)は思った。
(いつでも、私の目的は『自分の大切』を守ること)
大切なもの。いざできてみれば沢山あった宝物。それを護る為なら、この身体は盾にでも剣にでも成ろう。
でも、今日は遠足。折角なのだから、
「……先生の言うとおり、楽しまないと」
頑張ろう。こっそり拳をグッと握って、纏う神秘は全身から湧き出す仄緑の蔦。縦横無尽に天へと延びる。
「遠足なぁ……って、こんな危ない遠足あかんやろ!?」
思わず突っ込まざるを得ない状況に亀山 淳紅(
ja2261)は思わず息を吐く。
「がっはっは大丈夫大丈夫あかん事無いっつぇ」
「えっ……ホ、ホンマですかー?」
「ホンマホンマ」
背中をバシバシ叩く棄棄に淳紅は赤らんだ顔に何とも言えぬ表情を浮かべてみせる。まぁ、やるっきゃないか。初めての多人数乱闘、その雰囲気や戦い方・或いはスキルの使い方を学ぶ事が出来れば。
光を纏う。紅。図形楽譜。蛍の光の様にぼんやりと、動きに合わせて彗星の尾。
「一発だけなら誤射かもしれない……って日本では言うそうですよ?」
たゆんたゆん。今日もアーレイ・バーグ(
ja0276)の胸は揺れている。服の下から物量を主張。ロックオンの先には雀原 麦子(
ja1553)の背中が。
固執する必要は無いという事を前提に麦子が考案したのは『バディシステム』、混戦時に乱れなく動く為の指針。
誰かを護らないといけなければ膝も折れ難く、
誰かが背中を護ってくれると思えば強く戦える。
「……うちの相方は不穏な呟きなうだけど」
苦笑交じりに振り返れば、「軽いジョークです」とアーレイは微笑んだ。
準備が整って行く。遠くない所に幾つもの剣呑な気配。迫る戦いの気配。
緊張、覚悟、楽しみ――様々な表情を浮かべている仲間達の合間を縫って、七種 戒(
ja1267)が辿り着いたのは棄棄の目の前だった。
「せんせー! 今日はよろしゅーお願いしますっ!」
「オッス戒ちゃん! 頑張れよー? 応援してっからな!」
下げた頭をわしわし撫でる掌。見上げてみれば笠の影に笑顔。
「はいっ、ががが頑張りますッ」
憧れの棄棄先生に良いところを見せたい。頑張らねば。深呼吸、光纏――銀透明の結晶が螺旋に上り、粒となって煌めき輝く。頑張ろう。
「うぇーい遠足ー遠足ーせんせー餡子はお菓子ですかーキッキーと呼んでもいいですかー」
でろーんと手を上げて首を傾げてみせたのは鬼燈 しきみ(
ja3040)、長い前髪の奥の眠たげな垂れ目で教師を見て。
「餡子はケースバイケースだ。アンパンは主食だがアンコロモチはお菓子よん。じゃあ先生はシッキーて呼ぶぜ」
よろしくシッキー。ボサボサ頭をわしゃわしゃ撫でる。それから曰く、「頑張れよ」よ。
「ん、根性とかやる気とかあんまりないけどがんばるねー」
ダガーを静かに取り出した。
さぁ、待ちに待った遠足だ。
天候快晴、足場良好。
見遣る先にはディアボロの軍。
数は向こうが上なれど、撃退士に諦めの文字は無い。
開戦の烽火、麦子が吹く法螺貝の音が高々と。
刹那に大地に轟くのは、有象無象を震わせる盛大な鯨波。
●世紀末遠足
「これの何処が遠足なんですか……」
靡かせる白銀、フランベルジェを抜き放った雫(
ja1894)が息を吐く。吶喊、正面から不気味な咆哮を上げて迫りくる悪魔の軍勢――距離が詰まる、詰まる、――今だ。
「放てッ!!」
胆の底から放つ咆哮、戦場の隅にまで届く強烈な音。指示。
「遠足って言ってはいたけど、気は抜けないね」
金色を纏ったソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)を始め、後衛。相手に遠距離攻撃手段が無いのなら、それを使わぬ手立ては無い。数で負けている状況ならば尚更だ。
「遠足は楽しいけど! ……どんぱちやるんは楽しくないでぇぇぇ」
「星空の彼方に屠ってあげる☆」
淳紅が、紘人が、魔法使いの面々が呪文を紡ぎ光を現す。
「いっけー!」
としおが、影野 恭弥(
ja0018)が、射手の面々が向けた銃口の引き金を引く。
迸る魔法、奔る弾丸。
それは前衛陣の間から怒涛の勢いで吐き出され、両手の得物を振り上げる悪魔達へと次々に着弾する。悲鳴、乱れ、突撃の勢いが鈍くなる。
その、隙。
「往くぞ!」
踏み込む間合い、久遠 仁刀(
ja2464)が鞘に収めた大太刀を思い切り振るった。遠心力の乗った重い一撃。『相手を制する』事を主眼に、『武器と力に無暗に振り回されない』と己を律する一環。裂帛の意志で零距離戦闘を繰り広げる。先陣、前衛、敵はこちらの倍。いいじゃないか。堅い鞘の一撃で撹乱。
数の暴力とはこの事か、圧倒的な力の奔流が雪崩れ込んでくる。振るわれる異形の腕が身体を切り裂く。浅い痛みが脳に届く。
ならば、と仁刀は大太刀を抜き放った――居合い切り、アウルの力を込めた真紅の一閃。赤が散る。
一方で、黒。マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)の右腕から吹き上がった黒い焔。対峙した悪魔が振り下ろしてきた刃を漆黒の拳で殴り返し打ち砕いた。
格闘は挑んできた相手にこそ。『終焉』を与える為、偽神は拳を黒く赤く染めて往く。見澄ます先にはハルバードを携えた一際巨躯の首領悪魔――禍々しい咆哮は衝撃波となり、前衛陣の身を強かに打ち据えた。
今度は撃退士側に出来た一瞬の隙、しかしそのまま圧し負ける事は誰もが許さない。後衛からの魔法と弾丸が素早くそれのフォローを行い始めた。
「よーし、いま治すっすよ! ちょっと待ってるっす!」
魔導書によって援護射撃をしていた大谷 知夏(
ja0041)がパタンと書を閉じ盾に持ち替えた。もう片手には救急箱、負傷度合いが高めの仲間へ一生懸命走り出す。取り敢えず、生きていれば結果オーライ。そして自分の能力は『生かす力』。
「――援護するわ!」
そんな彼女の傍へすぐさま付いたのはバディである美月。鉄壁の加護を得たその身体でレイピアを振るって襲い来る悪魔の攻撃を受け流し切り払い、知夏の進路を確保する。或いは知夏が攻撃を盾で受け止め美月のサポートを行った。
「ほら、どいたどいたーー!」
「知夏と美月ちゃん先輩のお通りっすよ〜っ!」
ピンチは二人で協力して切り抜ける。
どんなに大変な事も、二人でやれば半分ぽっち。
「皆で無事に帰るまでが遠足だからね!」
跳躍、美月の飛び蹴りが悪魔を吹っ飛ばした。
「いたいのいたいの、飛んでけっす!」
最中に知夏が掌を中空に翳す――放つ神秘の光は仲間の失われた細胞の再生を促進し、柔らかく癒してゆく奇跡の力。
一方、別の場所でも同じ神秘の光が輝く。星を思わせる淡青色優しい光。若菜 白兎(
ja2109)が放ったライトヒール。
戦場音楽、暴力の気配――天魔との戦いが初めてな白兎の胸にあるは強い緊張。迷子にならない様に。先輩達の言う事はしっかり聴く様に。治療願いの声を聞き逃さない様に。繰り返す脳内、しっかりやらなきゃ。
治す事。そして、仲間のサポートが自分の仕事。
「怖いですけど頑張る……の」
開くスクロール、紡ぐ呪文、魔弾が一直線に飛んで往く。
「……っ!」
一方で、堅い物同士がぶつかり合った高い音が響いた。天上院 理人(
ja3053)が水平に構えたファルシオンと悪魔が振り下ろした異形の腕がぶつかりあって拮抗している。
理人にとては初めての戦闘任務――戦闘経験の無さならば自信がある。未だ慣れ切らぬ戦場の雰囲気に早鐘の心臓、食い縛った歯列から漏れる息の音がヤケに大きく聞こえるのは気の所為か……押し遣られ、踏み締めた足が下がりそうになる。
その刹那。
虚空へ延ばされた白い腕、仄緑の蔦を纏うその手がくるんと返って咲くのは彼岸花。
「――舞い散れ、『霧散華』」
静かな声、その手の花を握り潰して一吹きすれば、毒の霧。理人を追い詰める悪魔を飲み込み、蝕み、融かして殺す。
理人が振り返る。そこには穂鳥が蔦を咲かせて立って居た。
「天上院さん、大丈夫ですか……?」
「感謝する……助かった」
思わず吐く息、しかしゆっくりしている暇も無い。理人はファルシオンを握り直して思い切り悪魔へと振るった。
せめて穂鳥や他の人の足を引っ張らないよう、全力で。
誰一人欠ける事無く帰路に就く為。
「帰るまでが遠足だからな」
頷く穂鳥も再度掌から彼岸花を生み出し、砕き吹く。
連携、息を合わせて着実に。
彼方に見える喧嘩友達、大切な友達。
(大丈夫そうかな?)
悪魔が振り下ろした一撃を蹴り払い、桐生 直哉(
ja3043)は思う。理人はこれが初戦闘だと言っていたが――穂鳥も居るし、あの息の合った連携。もし何かあったら助けに、と思っていたけれど。
「俺も負けてられないな……!」
頬の血を拭う。そう意気込む直哉の意志を反映するかの様に、纏う神秘の黒靄がより一層その輝きを増した。力を込める。
直後、鋼で武装した脚で放ったのは悪魔を弾き飛ばす妙列無比な豪撃、襲撃の軌跡に黒が残る。宝物のゴーグルのレンズが黒に反射する。
「ソフィアちゃん!」
「任せてっ」
スタン状態でふらつく悪魔へ、ソフィアの紫眼が金の神秘を纏って見澄ました。
開いた魔導書、指先でなぞる言霊、魔女が唱えた呪文は金を孕んだ小さな太陽となって発射された。それは悪魔を打ち抜き、焼き払う。
「まずは数の不利をなんとかしないとね……」
敵の数は未だ多い。前衛にて少しずつ傷付きながらも猛攻を繰り広げる直哉を支援すべく、ソフィアは再び呪文を唱え始めた。
あちらこちらで繰り広げられる戦い、戦い、圧倒的なまでに戦闘。
「うわ……多いな」
最中、そんな事を呟くも七海 マナ(
ja3521)はワクワクとした心地で居た。戦闘任務はこれまでもこなしてきたが、こんな大人数の戦闘はそうそう無い。戦場のど真ん中、体中に傷があるけれどもその顔は快濶。
「海賊無双、見せてあげるよ!」
曲刀一本、纏うは黄金の津波。祖父達に貰い受けた臙脂の海賊外套を靡かせて、大きく一歩。間合い零。動きに合わせて激しく溢れる金色と共に死角を狙う曲線の刃。受け継がれし誇りの刃。振り返りながらまた一閃、斬り込んでいく。
しかしその背後、飛び掛かる悪魔の刃が――
「大丈夫! チェリーが守ってあげるよ☆」
投げつける小さき悪意。紘人が放った薄灰色の魔法短剣が悪魔の眉間に突き刺さった。
「ありがと!」
アイコンタクトは一瞬なれど気持ちは本当、仲間が居るからこそ心の底から楽しんで戦う事が出来る。
「フ、フフッ……おかわりっ! 次の敵はどこっ」
戦場と暴力の海を、黄金の海賊は往く。
●右左アタック
なおも続く激戦。乱戦。彼方で癒しの光が輝いた。彼方でアウルの光が炸裂した。
「久しぶりに気兼ねなく殺せますねぇ」
血の様な赤黒い煙状のオーラ。銀の髪を戦風に靡かせるアイリス・ルナクルス(
ja1078)が剣を構えるその後方には拳銃を携えた戒の姿が。
「ん、好きなように戦うと良いよルナ……援護しよう」
静かに向ける銃口。放たれる弾丸と共にアイリスが標的との間合いを詰める――声を掛け合わずとも同じ狙い、足を弾丸で打ち抜かれ体勢を崩した悪魔の首をアイリスの刃が刎ね飛ばした。
吹き上がる血潮の雨。赤く染まる銀。立て続けに放たれる弾丸。乾いた銃声、硝煙と共に靡く黒髪。弾丸と踊る。
グシリ――容赦なく慈悲も無く、アイリスが倒れた悪魔の足を踏み潰した。戒の援護射撃と共に踏み込もうとして、急遽方向転換。彼女を狙う不埒な輩が視界の端に映ったから。逃がすか。させるか。
「姉様……への……攻撃、は……させ、ませんよ……?」
割り入った真正面、振り下ろされた悪魔の刃をその掌で握り締め受け止めて。
瞳にあるのは純粋殺意。握り潰す。大剣を振り上げる。
「Voi dau moartea!」
Dim Luna。朧。黒い影がすり抜けた、刹那。
黒い軌跡を残して一刀両断された悪魔の身体が左右別々に頽れた。
刹那に閃いた銃火は戒が放った弾丸、アイリスの周囲の悪魔を圧し退けて。
「可愛い妹にナニしようとしてるのかな……!」
照準を合わせ直す。引き金を引く――その作業の合間、ちらと見遣るのはすぐ傍の左翼。そこにて口笛交じりに悪魔をジャイアントスイングしている棄棄。
あ、目が合った。
手を振って来た。
片手でジャアントスイングを続けながら。
からの、ジャーマンスープレックス。
一見してふざけているだけだが、全くの無傷であるあたり腐っても教師なのだろう。
「工事のおっちゃんら迷惑してはるやろ! 立ち退けやわれぇ!」
淳紅が歌と共に紡ぎ出した神秘の魔矢が迸る。ぐらついた悪魔を雫の刃が斬り伏せる。
(さて……)
返り血塗れの雫は肩の傷を抑え息を吐きつつ戦場を見渡した。徐々に後退している撃退士勢――劣勢、だからではない。回り込もうとする敵も左右の遊撃班が許さない。こちらも相応に消耗しているが、敵の数も減ってきている。
作戦通り。
口元に薄く笑み。
頃合いか、大きく息を吸い込んで。
「両翼、総員突撃!!」
轟く号令――右翼のしきみが顔を上げた。要領よく立ち回る彼女の身体に傷は少ない。傍の悪魔へダガーを投擲しつつ仲間を見遣った。
「ニンジャの力で協力なのだ!」
「どんなに数が多くても、ニンジャの力が魔を断つもん!」
「ダブルニンジャで頑張るのだ!」
「父様の国の平和はボクが守る! ニンジャの力でやっつけるよ!」
見事なポーズでレナ(
ja5022)と犬乃 さんぽ(
ja1272)が見得を切った。工事現場の人々の為にも、正義の刃で悪を切る!
「烈火炎刃タツマキフレイム!」
「そこだー! なのだ!」
印を切ったさんぽの火遁、レナが放つ苦無が悪魔を圧し遣る。前進する。
「うぇーいニンジャクール」
ゆるゆる、刃を構えたしきみもそれに続いた。
「これならいっぱい殺せるわねぇ……蹂躙して、駆逐してあげるわぁ……あははっ」
一方の左翼。成すべきは復讐。瞳孔の開いた目で黒百合(
ja0422)は前を見据え、狂乱の刃を振るい進む。白い肌は悉く返り血と己が血に赤く赤く咲き乱れて。
手首・足首・咽喉・延髄・眼球。捻りを加えて突き刺して、抉り出す様に一撃。
「先に逝きなさい、いずれ、みんなソコに連れて行ってあげるからさぁぁぁ!」
黒い少女の哄笑が響く。
「……さぁ、屠ろう」
『駒』として蒼い光を纏った東城 夜刀彦(
ja6047)も顔から表情を消し、静かに剣を構えた。冷静、冷徹。されど口元に薄い笑みが浮く。
「集団戦は……初めてだな」
高揚するのは味方の意気の高さ故か、それとも――
「おう東城、調子ァどうだ? 楽しんでっかァ? がっはっはっはっは」
傍の棄棄が背をバンと叩いて笑う。薄く笑んでハイと答える。それとも――この先生と一緒な故か。
「オラ餞別だ、ブッかまして来い!」
「はい!」
棄棄の言葉と共に黒の魔霧が夜刀彦の身体を薄く包んだ。敵の狙いを逸らさせる幻惑の霧。曰く、これでちょっとは痛い目に遭わずに済むだろうよと。
左翼としての任務をこなすべく、地を蹴って進み出す。
「……甘いよ。こちらは通さない」
躍り掛かる悪魔達を剣の一閃で蹴散らして。皆の背中は翼の担い手が守ると決めたのだから。
斯くして動き始めた両翼。その機動力を活かして回り込むのは敵の側面、下がった勢力と共に半包囲陣形。一気に攻め立て始める。
悪魔達が異変に気付いた時にはもう遅い――既に包囲網を強引に突破出来るだけの戦力も無いだろう。
「後ろはお任せを! 一気に往こう!」
としおの弾丸が一直線に放たれる。斬り込む仁刀、美月、そして麦子も続く。
「邪魔よ、ぶっ飛べ!」
力を込めた鋼の蹴撃、他の敵にぶつけて圧し遣った。
「あーれいは雀原様とコンビで雑魚を殲滅するのであった!」
真面目な戦闘タイム。アーレイが放つエナジーアローが麦子に蹴られた敵を砕く。
「ナースホルンのような能力ですし……フンメルの方が良いでしょうか? どのみち後ろから火力を叩き込むお仕事ですね」
なんて、米国人なのに自分の能力を他国兵器に例えてみたり。
後衛陣が放つ怒涛の矢。ソフィアも同じく呪文を紡いで光の矢を放つ。
「まだ技こそ少ないものの、修練積んできたのは伊達じゃない、ってね」
傍で弾ける仲間が放った魔法の煌めき――茜の体内でアウルが燃える。振るう一閃、首を刎ねれば刎ねる程に絶頂。血花繚乱に己も相手も真っ赤に濡れ滴る。
「あははッ、こんなにも斬り放題! まだまだリタイアなんかしないよ♪」
潰して潰して斬り斃す。
「サイドから敵が来ているぞ」
刹那に茜の耳に届いたのは恭弥の声、ストライクショットの大きな銃声。
硝煙立ち上る銃を構える。迫りくる悪魔達の咆哮。
「悪いが、邪魔させてもらう」
引き金を引いた。
弾丸が爆ぜる音――知夏が構えた盾へ執拗に攻撃していた悪魔の頭が弾け飛ぶ。
その直後だった。
「なんか来たぞ!」
としおが張り上げた声、見遣る彼方、地面を踏み締める暴力的な音と不気味な咆哮――遂に荒野のジェネラルが禍々しいハルバードを振りかざして撃退士へと吶喊してきた!
「伸びろ忍影、GO!」
先陣を切るのは機動力自慢のさんぽ、影を縛るべく術を放つが振り払われてしまう。やはりそう簡単に技を喰らう相手ではないか。迫る巨影、呻り声、振り被られた余りにも大きな兇刃。
「……っ!」
しまった、回避を。間に合うか。下げる脚――
「びびっと足にアウルが来たのだ! ニンジャ回避、よーい! どーん!」
一刹那。雷の如くに飛び出したレナがさんぽを抱えて跳び下がる。しかし痛み、切り裂かれた傷――でも僥倖、直撃していたらどうなっていた事か。間合いを測り、忍二人は再度飛び掛かって往く。
雫もアウルを燃やして電光石火の一撃を放たんと飛び掛かった。同時に温存していた防壁の加護を纏った美月も躍り出し左右からの攻めを展開する。素早く鋭い一撃。
「還りなさい……貴方の願い(せかい)へ☆」
左右へ気を取られたジェネラルへ紘人がすかさず魔の刃を放ち、その刃に並走する様に直哉が悪魔の懐に潜り込んでその脚へ強烈な回し蹴りを放った。猛攻にぐらつくジェネラル――しかしそれも一瞬、隆々とした足で踏み留まるや己が巨大すぎる得物を一閃に振るった。
「――ッ!」
「うぁっ……!」
暴風の様な荒々しい豪撃に撃退士達が吹き飛ばされる。圧倒的な力、言葉通りの暴力。
「……傷が深い奴ァ先生の後ろに下がってろ!」
号令、やや離れた位置にて生徒を見守っていた棄棄が冷静に声を張り上げた。無理は禁物、何名かが後退する。その後退する面々を援護すべく放たれる魔法、弾丸。
「お返しよっ!」
裂かれた傷から鮮血を滴らせる麦子であったが、タダで下がるのは気に食わない。膂力を漲らせ飛び上がって悪魔の顔面へ叩きつけるのは己が鋼の足底、強烈堅固にぶっ飛ばし返した――ざまぁみなさい!
「それにしてもタフだな……削りがいがあると言えばあるけど」
立ち上がり武骨な得物で撃退士達へ襲い掛かるジェネラルを見澄まし、その背後へ回り込みつつ夜刀彦は呟く。飛び上がる。まだ残っていたソルジャーの頭を踏み台に、斬り付ける。
因みに踏み台にされた悪魔はしきみのカットラスにその咽元を貫かれていた――ヒット&アウェイ、こう見えてクレバーなのだ。見遣るのはボス。黒い焔はマキナの光。
「……、」
ボタボタと滴り銀髪を染め上げる赤、されど彼女は拳を構える事を止めない。ジェネラルとの戦いでこそ活き活きと。
『闘争を愉しむ獣性を持たず、全力での激突こそ至上』
そう思っているからこそ。
間合いを測る。簡単に近付かせてはくれない相手。強敵。されど踏み込もうとして――その巨大な刃がマキナを斬り潰そうと。
「危ない、のっ!」
マキナを突き飛ばす白い仔兎、回復が切れたならばこの身を盾に。白に広がる赤、されど白兎は立ち上がる。
「私……こう見えても、けっこう頑丈なんです」
開くスクロール、反撃の魔焔。その一瞬の隙に間合いを奪ったマキナの拳がジェネラルを穿つ。
響く銃声は尚も止まず。
かれこれ何発撃ち続けた事か――銃を構える腕がだんだん痺れてきた。それでもとしおは引き金を引き、仲間と共にソルジャー達を掃討していく。していった。過去形。ついさっき終わった。残るはボスのみ。こちらも随分と下がった者が居るが、まだまだ戦える!
「これでトドメだ、メガネビーム!!」
両手でしっかり構えて放った一条の弾丸、一直線、着弾の衝撃にジェネラルの頭が思い切り仰け反った。
悪魔の血潮が荒野に散る。
それでも、尚。悪魔は禍々しい歯列から荒く息を吐き、最後の足掻きと言わんばかりに暴れ狂う。
「くっ……」
頬に赤い線、流れる生温かさ、理人は歯噛みした。構えた刃。援護する様に放つ穂鳥の魔法――常に無い積極性。楽しむ為に。
理人は浅く息を吐く。負けてられない。振り上げた剣を悪魔の脚に突き刺して。
「君のような低俗な輩に手こずる僕ではない」
怪我をしつつも、余裕ぶって眼鏡を押し上げた。
視線の先では深く斬りつけられた足の傷に体勢を崩すジェネラル。今だ、今しかない――目配せ。戒、アイリス、マナが頷く。
「いっけぇぇぇええ!!」
刹那に戒が弾丸をありったけ放ち牽制を始めた。弾丸の雨。並走するのは銀の少女と金の少年。
「僕を踏み台にっ!」
「頼みます!」
背を捧げるマナ、それに足を掛けて飛び上がるアイリス。
振り上げた剣、弾丸に反応が遅れた悪魔。黄金の波に乗り、黒く輝く朧月。
「Spun……Dau restul vietii la toate」
一閃――滅びを告げる月の光が、悪魔の首を刎ね飛ばした。
降り頻る血の雨が荒野を染めて往く。
静寂。
●帰るまでが遠足
「んー、楽しかったー♪」
任務達成、茜がグッと伸びをする……が、傷が痛んでちょっと蹲ってしまったり。しかしそんな彼女に恭弥が手を差し出した。曰く、前衛の方が怪我をする確率は高いのだから、と。
一安心……誰もが緊張を抜いて、帰るまでの僅かな時間を銘々に楽しみ始める。理人はしきみや穂鳥、直哉と共にのんびりしたティータイムを楽しみ始め、
「オヤツはうめえ棒チョコ味!」
「やっぱおやつといったら『うめえ棒』でしょ!」
戒、マナ、アイリス達はスーパー駄菓子タイム。
「あ! おやつ忘れた……」
「!? っあああ! おにぎり潰れとる!? うわ最悪やぁ……」
一方でとしおと淳紅はガックリ項垂れて。
息を吐く。何とかうまくいったようだ――雫は返り血塗れの儘踵を返そうとしたが、
「おい待たんか」
棄棄に引きとめられるや、ハンカチでゴッシゴッシと拭われた。
「……結構です」
「いいから拭かせんかい。折角奇麗なんだからよ」
そこへ走ってやって来たのはチームうめえ棒御一行。
「み、見てくれましたかせんせええ!!」
「棄棄先生……ステキです!」
「おう、見てたぜ! ありがとよ、諸君も頑張ったな。偉いぞぉーー♪」
抱き抱える様にいっぱい撫で撫で。自慢の可愛い生徒達。
それも済めば全員を見渡し、全員が居る事を確認し、密かに安堵し。
張り上げるのはでかい声。
「良し! そんじゃ帰るぞ諸君ッ!! あ、言っとくが帰るまでが遠足だからなーーー!!」
『了』