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マスター:一色やえか
シナリオ形態:ショート
難易度:易しい
参加人数:6人
サポート:6人
リプレイ完成日時:2013/04/20


みんなの思い出



オープニング

 曇天の空。
 田園風景の広がる○○市の午後、しとしとと降り続ける春雨は冷たい。
 買ってもらったばかりの赤い傘をくるくると回して、買ってもらったばかりの黄色い長靴で水たまりを思いっきり踏みしめて歩く、小学生くらいの小さな女の子がいた。
「お兄ちゃん、なんでついて来たのー」
 その横に、中学生くらいの少年が黒い傘を差して女の子を見下ろしていた。女の子とは兄妹らしい。
「あのなぁサエ。お前はまだちっさいんだ、一人で出歩くには早いんだよ。だからこの優しいお兄さまがついてってるの」
「ぶー……」
 いつこの傘を差せるのだろう、いつこの長靴を履けるのだろう。
 雨をずっと待ちわびていた女の子、サエは天気予報通り降り始めたこの雨の日に家を飛び出た。その後を慌てて追いかけたのがこの少年。
 一端のお兄さんらしく、はぐれないようにと一方的にサエの手を握る。
「で、どこ行くんだよ」
「水たまりのあるところ」
 飛び出たは良いが、行く当てもないサエは点々と大きな水たまりが出来上がっている方向へ少年の手を引っ張りただただ歩いた。
 長靴を履いていない少年は、水たまりへ駆け寄り水を蹴るサエの様子を道の傍らで暇そうに眺めていた。
「まだかよ」
「もうすこしー」
「もう二十分もやってんぞ」
そんな調子を繰り返す二人は、段々と見知らぬ景色へ移り変わっている事に気づかなかった。

「にゃぁ」
 夢中になるサエの耳に、雨の音に混じって微かな猫の鳴き声が聞こえた。
 サエが傘を持ち上げて視界を広げると、赤の鳥居に寄り添う茶トラの猫が一匹。
 誰かのいたずらか、重たげな金色のリングピアスが右の耳に二個つけられていた。
 ぽつんと雨の中に居るその姿。この灰色の世界ではとても異様で、浮いていた。
 こっちへこいと言いたげに、左の前足を顔の横に上げかくりかくりと招き猫のようにサエを招いている。
「ねこさん!」
「あ、サエ!」
 それが異様であろうが、構わずサエは水たまりを突っ切って猫へと走り出す。
 時間を気にして猫の存在に気づけなかった少年が、慌ててその背中を追いかけた。
「ねこさん、なにしてるの?」
「……なんだこの猫?」
 水を跳ねさせながら猫の前まで来ると、サエはその場にしゃがみ込んで猫の顔を覗き込んだ。
 左の前足を静かに降ろすと、猫もサエを見上げる。怪訝そうに顔をしかめる少年へは一切顔を向ける素振りはない。
「にゃ」
 ひと鳴きして、猫はサエに背中を向け十段もない低い階段を駆け上がった。ちゃら、とピアス同士がぶつかる音が鳴る。
「あ、ねこさん! まってー!」
 サエが猫の後を追いかける。
「サエ!」
 少年もサエの後を追いかけた。
 駆け足で階段を登ると、背の大きな木が幣殿へ続く参道を挟みサエと少年を見下ろしていた。
 思いなしか暗く感じる。
 不気味、の一言に尽きると少年は顔をしかめたまま帰宅を促すべくサエの肩を叩く。が、サエは少年の存在など無いかのようにきょろきょろと周囲を見渡して猫の姿を探すばかり。
 猫はすぐに見つかった。
 亀裂の走った狛犬を抜けて数メートル先にある、それほど大きくない開け放たれた幣殿の前。古ぼけた小さなお賽銭箱の縁に猫は座っていた。
 サエが猫のそばまで勢い良く走る。傘がぐらぐらと揺れて、冷たい雨粒がサエの頭を濡らした。
 神社の中なら危険もない筈だと。
 サエの好きにさせようと言う心持ちで、少年は幣殿へと走る後ろ姿から神社をぐるりと見渡した。
「……気味わる」
 ぼそりと呟いた少年に、猫が右耳をぴくりと動かし顔を向けた。ピアスもそろってちゃらんと鳴る。
 瞳孔を開いた可愛らしい瞳で、猫は穴が空くほど少年の姿を見つめていた。

「ここがねこさんのおうち?」
「にゃあ」
「そうなんだぁ」
「にゃ、にゃ」
 短く二回鳴くと猫がお賽銭箱から幣殿の前に降り立った。猫の隣へ、サエも幣殿の前に立つ。
 幣殿の中、御神体らしい鏡が傾いた台座の上で鎮座していた。
「あれ?」
 鏡を覗き込んだサエの姿は映されてある。けれど、いくら角度を変えて覗き込んでも猫の姿が何処にもない。
 目を瞬きしたって、目元をこすったって、覗き込んだ鏡に猫の姿は見当たらない。
「おかしいなぁ。ねこさん。ねこさんがね、どこにも」
 いないの。
 サエは鏡から隣にいるはずの猫へ顔を向けた。だが、鏡越しの世界だけではなく現実の世界にも猫は居なかった。映らないのも理由がつく。
「あれ?」
 二回目の言葉。
「ねこさん?」
 後ろを振り向いたサエが反射的に息と言葉を飲み込み、買ってもらったばかりの傘が手から滑り落ちて地面に転がる。
「え……」
 猫というよりまるで虎のような容貌。可愛らしさの欠片もない凶悪な顔つき。
 サエの倍はあるだろう四足を揃える大きな姿で、二つに分かれたしっぽをぶんぶんと振りながら瞳孔を細くした金色の目でサエを見下ろしていた。
「お兄ちゃ………」
 猫の顔がのそりとサエへ近づいた。
「サエ!」
 異様な空気を感じたのか、少年は傘を投げ捨てサエと猫――獣の間に躍り出た。
 背中にしがみつくサエを庇い、少年はじりじりと幣殿を背に後ろへ後退する。
「にゃあ」
「うわ!」
 目の前の猫と同じ模様の、小さな三匹の子猫が不意に現れ思わず悲鳴が上がる。
 子猫なら、と少年が意を決してどちらかへ足を踏み出そうとした矢先の事。
 少年の左右に座る三匹の猫達が二本足で立ち上がると、目前で目を光らせる獣同様の姿に変貌し、少年を食わんと大口を開けた。
「……幣殿だ! 後ろの建物ん中に逃げろ!!」
 怒鳴るような少年の声にサエが慌てて幣殿へ飛び込み、続けて間一髪爪を振るう猫を避けきった少年が飛び込んだ。
 ギシ、と軋む古い戸を蹴るような勢いで間一髪閉めると手早く鍵を閉めた。
 ドンドンドン、と体当たりをするような音が狭い幣殿へ響く。
「何なんだよ!」
「お兄ちゃん……」
 声を荒げる少年の顔を、不安げな瞳でサエが覗き込む。ハッと少年が瞳を見開き深く息を吸い込むと、サエの頭を優しく撫でた。
「……大丈夫だよ、サエ」
 泣きそうな顔をする少年がそれだけ告げると、携帯電話を手に取り母親の番号へ電話をかけた。

●依頼
「昨日、○○市の西の外れにある無人の神社内で猫型のディアボロが発見されました。
 同時に、神社内に立つ幣殿の中に小学生一人と中学生一人の兄妹が取り残されているようで、通報者はこの兄妹の母親です。
 敵の数は四体、内一体は他の個体より大きいそうです」
 報告書の文字を目で追いながら、事務員は淡々と述べた。
「皆さんにはディアボロの討伐と、兄妹の救出をしていただきます」
 二枚の写真を手に取り、事務員が撃退士達に見せた。
 一枚目には長い黒髪に丸い茶色がかった目をした女の子が、二枚目には短い黒髪に吊った黒い目をした少年が写っている。
 写真の下部には黒のマジックで 一枚目にサエちゃん(10) 二枚目に コウタくん(14) と書かれてあった。
「それと神社についてですが、どうも長い間放置されていたようで地主の存在が不透明です。一応、討伐の際の建物や樹木の損傷は出来るだけ最小限に留めてください」
 報告書と写真を重ねて机上へ置き、事務員は窓の外の曇り空を横目に見た。ぱらぱらと降る小雨が窓に張り付いている。
「いつ彼らが襲われるか解らない現状、討伐と救出は早い方が良いです。天気は……あまり良くないですが、よろしくお願いします」


リプレイ本文

 灰色がかった空からしとしとと降り注ぐ雨は冷たく、神社を冷え切った風が通り抜けた。
「いつまで降り続けるのでしょうね」
 赤い鳥居越しに見上げた空は、天気予報通りならばこれから更に強く雨が降ると言う。
 シェリア・ロウ・ド・ロンド(jb3671)がぽつりと言葉を零した。
「さあねぇ」
 スマホいじりに精を出していた鈴屋 灰次(jb1258)が同じように大きくない声で言葉を返す。
 雨の雫が画面をにじませる。
「雨の神社か」
 不意にフランクス スマートリー(jb2737)が目前の光景を何のひねりもなく口に出した。
 兄妹と、ディアボロが待っている雨の神社。
「にゃあん」
 低い階段の一番上から、何の前触れもなく一匹の小さな猫が顔を覗かせた。茶トラ色の模様をしたそれが、皆を見下ろし可愛らしい鳴き声を響かせる。
「アレって……」
「ねこ……」
 ユリア(jb2624)、次いで山里赤薔薇(jb4090)が猫の姿に息をのむ。報告で聞いたディアボロに間違いないだろう。
「にゃーん」
 サっと身を翻した猫が視界から消えた。
 低い階段を一斉に駆け上がると、幣殿へ続く参道の真ん中に足を揃えて此方を見つめる小さな猫が目に飛び込んできた。先ほど覗き込んできたモノに違いない。
 その左右に置かれている朽ちた狛犬の上に小さな猫が一匹ずつ座り、同じように此方を見つめている。
 そして更に奥、幣殿の扉の前に成猫が一匹座っていた。片耳につけた金色のリングピアスを、幣殿の扉を引っかくたびに揺らして。
「なんて事は無い、よくある救出依頼さ」
 異様な空気の中で常木 黎(ja0718)が独り言を零した。
 その独り言に応えるかの様に『にゃあ』と手前側にいる三匹の猫が一斉に可愛らしく鳴き声をあげる。
「茶虎、ってかい……?」
 鳴き声に反してとても可愛らしくない、人の子供以上の大きさに化ける凶悪な顔つき。
 虎と形容できるその姿に黎が笑い声混じりに言ってのけた。
「猫の容と聞いていましたのに……猫好きのわたくしでも、躊躇できませんわ」
 可愛らしくない、とでも言いたげにシェリアは不満を顔に表していた。
「とにかく。子供泣かせちゃダメでしょーに」
 灰次が肩を竦め、刀の柄をぐっと握り締め幣殿へ続く参道を細くした目でじっと見据える。
「そ、そうです、小さな子供が命を落とすようなことは……」
 効果があるのか判らないけれど。
 大量のまたたびの入った袋を赤薔薇がぎゅっと抱きしめこくりと頷いた。
「急がないと、だね」
 背に石の様に硬く、闇夜よりも黒い翼を広げたユリアが一足先に曇天の空に近づく。
「……さっさと切り上げたい物だが」
 後へ続くように曇天の空へ近づいたフランクスが、空を睨んだ。

●廃神社の化け猫
 湿った土の匂いに混ざって、またたびの匂いが風に乗る。

 台座と狛犬を合わせて同じほどの体長を持つ化け猫の内、二体は何の反応を示さず鋭い鉤爪を脆いアスファルトで研いでいた。悠長に研ぐ姿は、明らかに馬鹿にしたような顔。
 だけど左手側にいた一体は、ふらふらとまたたびの匂いにつられていた。
 赤薔薇のすぐ傍まで近づいていると言うのに、攻撃の意思がまるで感じられない。
 またたびが効いている事自体、非常に稀なケースと言って良いだろう。運がほんの少し、撃退士へと傾いた。
「悪く思わないで、ね……」
 恍惚とした様子でむき出しの地面へごろんごろんと体をくねらせる。
 そんな姿に赤薔薇から薄紫色をした光の矢が撃ち放たれ文字通りの集中砲火。
「……わあ」
 別個体に上空から攻撃を仕掛け、攻撃範囲の確認をしていたユリア。
「…………」
 と、フランクスがピストルを撃つ事に集中を削がれ気味にその光景を見つめていた。
 ――――集中、集中。
 傍らで行われるある意味撃退士らしい血も涙もない光景に気を取られずに居るのが、シェリア。
 所詮猫、上空へその前足が届く事もなくイライラする化け猫の標的が神経を研ぎ澄ませ一歩も動かないシェリアへと変更される。
 ゆったり、ゆったりと近づいてくる化け猫の動きに合わせて黎の向ける銃口も動く。
「まだ……まだですわ」
 人の歩幅に合わせればもう数歩の所。
「警戒を解いて……相手を油断させて……攻撃を誘う……」
 化け猫がシェリアの長い銀色の髪を引き裂かん勢いで襲いかかった。
「今ッ!!」
 鋭い鉤爪が彼女の顔をえぐるよりも前に、化け猫の体に電気が走る。
 崩れかけている参道のアスファルトに化け猫が叩きつけられ、意識を奪った。
「さあ、ご覚悟を!」
 第二の血も涙もない集中砲火を横目に、ユリアとフランクスは幣殿へと向かった。

「俺、猫は好きだけどこんな大きいのは初めてだね。さ、遊んでよ、にゃんこ」
 参道の真ん中を陣取る化け猫を相手に灰次は刀を振るい幣殿を背中に動いていた。
 攻撃は加えないまま、大きな立ち回りで回避を続ける。
 鋭い爪は空を切り裂くばかりで、相手取る化け猫は憎々しげに目をむいていた。こわ、なんて軽口が漏れる。
「けど、そろそろ終いに……」
 灰次が言い終える前、突如目前の化け猫が彼を通り抜けて幣殿へ向かおうと走った。
 ユリアとフランクスが幣殿へ近づいたからか、と顔の向きで決めつけた。
「……終い」
 ぽつりと呟いたと同時に、大きく立ち回りを続けながら張っていたワイヤーがぴんと、より真っ直ぐ張った。
 ディアボロと言えど、肢体の切断されたソレを子供に見せる事はあまりに酷な話かも、しれない。
「お見事ね」
 黎が地に伏したソレを見下ろし、薄く笑みを浮かべた。

 撃破した三体の上を走り抜け、ようやく近づいた幣殿ではフランクスが上空から行う射撃で気を逸らせている隙にユリアは既に幣殿の中へ入っていた。
「素早いな」
 中々、当たらない射撃にフランクスがぽつりと呟く。
 幣殿から兄妹の救出はあと一歩、これ以上に化け猫の意識を完全に逸らす必要がある。
『げきたいし……?』
『そう。撃退士、あたし達は貴方達を助けに来たんだよ』
『本当、なのか?』
『ほんとう?』
『嘘なんてつかないよ、ほんとう』
 不安の色を隠せないでいる幼い女の子と少年、そしてユリアの話し声が黎の耳に届いた。静かな雨音、射撃の鋭い音、化け猫の鳴き声も途中途中に紛れて。
 いつも通りに成功させる、神社に乗り込んだ際に思った言葉は必ず実現させてみせる、と。銃を握る手の力が自然と強まる。
「まずは、敵の動きを確実に把握しよう……か」
 先の三体にも行ったマーキングをフランクスが気を逸らす化け猫に撃ち込む。ギ、と一瞬動きが止まり鋭い視線を食らった。
 それすら黎は薄笑いを浮かべたまま何食わぬ顔で受け流す。
「手っ取り早く片したいものですわね」
「……手っ取り、早く……」
 残り一体となった今、周囲に氷の錐を回転させ狙いをじっと定めるシェリアの言葉を、薄紫色をした光の矢で同様に狙いを定める赤薔薇が復唱した。
「そう……ですね」
「ええ」
 赤薔薇が同調し光の矢を撃ち放せば、シェリアもまた錐を勢い良く化け猫の足元へ撃つ。
 バランスを崩し、リングピアスを激しく揺らす化け猫がフランクスから体の向きを変え待ち受ける灰次達へと突っ込んだ。
「今、だね」
「ん」
 バンッ!
 幣殿の扉が強く開け放たれ、ユリアが妹のサエを、フランクスが兄のコウタを抱え空へと上がる。
 見下ろす高度は中々に高く、サエはユリアの腕にしっかりとしがみついた。顔も地上から背けて、僅かに震えている。
 開く音に化け猫が振り向き様、空にいる救出された兄妹の姿を目に灰次達に背を向けた。
「お、っと。俺らと遊んでくんないと、寂しーじゃん」
 背を向けた化け猫へ、灰次の斬撃が命中した瞬間に視界を阻害する靄が発生し、目を隠した。
 突っ走ろうとした化け猫の動きが鈍くなり、前に横にと覚束無い足取りになる。
 ある意味、先の読めない動き。
「この手の戦闘は、慣れっこでね」
 甲高い銃声を連続で神社に響かせた黎が、倒れこむ化け猫へ吐き捨てた。
 
「……片付け、いたしますか?」
 空に待避していた兄妹、ユリアとフランクスを見上げながらシェリアが切り出した。
 皆が一斉に地にひれ伏す化け猫、否、どこにでもいるような四匹の茶トラの猫の死骸を見下ろす。
 ユリアの腕に抱かれながら、サエも猫の死骸を大きく開いた目で見つめていた。
「そうした方が……良い……、ですよね」
 赤薔薇が同意を示す。特に反対の声は上がらない。
「……懐に猫が入るなんて、神様も幸せだよな」
 しゃがみ込んだ灰次が、雨に打たれる猫の頭を優しく撫でた。

●兄妹の話
 猫に傷痕がつけられてしまった幣殿以外に神社内の損傷は見られず、兄妹も無事に救出、敵の殲滅に成功。
 良い方向へ転がった今回の依頼。
「あの、ありがとうございました。……ほら、サエも」
「ありがとー……ございまし……た」
 幣殿に背を見せて、助け出された兄妹、コウタとサエが見下ろす撃退士に向けて第一声を発した。
 背中に隠れるサエを小突くコウタは、サエの分もと深く深く頭を下げる。
 兄弟の様子に和やかな雰囲気が生まれ、シェリアがすっと腕をサエの頭へ伸ばした。
「ふふ。お二人ともよく頑張りましたわね。偉い偉い」
 優しく、それでもしっかりと撫でる手つきにサエが照れくさそうに笑う。
 年の離れた兄に撫でられた自分の記憶を思い出すシェリアの顔も、柔らかく笑って。
「そうです……ほんとうに、大変だったかと……」
 こくりこくりと頷く赤薔薇も、同様にサエの背中を優しく撫でる。こっそり用意したお菓子を頑張った、という大義名分として差し出すあたり、優しさが垣間見える。
「けど、待たせて悪かったね」
「いえ! 助けに来ていただいただけでも……」
 コウタが首を横にぶんぶんと振る。
「道が混んでたのよ」
 和やかな雰囲気の後ろに転がるディアボロだった物に苦く笑うと、黎は空を見上げた。
 空、雨――
「あ!」
 撫でられ、もらったお菓子をぎゅーっと握って離さないでいたサエが突然大声を上げた。
 ぱちくりと大きく見開いた瞳を瞬きさせるシェリアと赤薔薇。撫でる手はいつのまに、止まっていた。
 慌てるでもなく、淡々とした動きでコウタから視線をサエへと向ける黎。
 神社へ着た時と同様、やはりスマホいじりに精を出す灰次が画面から視線だけをサエに向ける。
 ユリアとフランクスの姿はどこにもいない。
「かさ……」
「………あのなぁサエ……」
 困ったように眉尻を下げ、コウタが短いため息を吐いた。
「傘?」
 灰次がなんの気なしに問う。
「あ、えっと。あそこへ逃げる時に、持っていたんですけど……赤い傘と黒い傘……」
 そう言ってコウタが人差し指の先を向けたのは、先程まで寿命が削れる様な瞬間を過ごした幣殿。
 春の長雨。
 逃げ込む際も雨が降っていて、持っていたであろう雨具を紛失したと即座に判る。
「……ないの?」
「え……」
 じわ、とサエの目元に涙がにじむ。
 う、と黎以外の皆が顔をしかめ今にも泣き出しそうなサエの機嫌をどう取るか頭の中で計算をはじく。
「傘?」
 今更のように黎が復唱した。
「傘なら二人が取りに行っているはずだけど」
 見上げたまま、空から階段を登った直後の参道の両脇に連なる背の高い木へと顔を向けて黎が言った。
「かさ、あるの?」
 涙を浮かべたままのサエが黎に尋ねる。
「有る物を無いなんて言う人はそう居ないと思うよ」
 サエにそれだけ返すと、上空からお賽銭箱の横にユリアとフランクスが降り立った。
 赤い傘と、黒い傘を持って。
「かさ!」
 花が咲いたように笑顔を浮かべるサエに、コウタは、今度は安堵の意味も込めた長いため息を吐いた。
「これね。風に煽られたのかなぁ、どっちも木に引っかかってたんだよ。やっぱり二人のだったんだね」
「……右の通り」
 にこにこと笑うユリアに続いて、無表情を貫いたままのフランクスも短く言葉をつけ足した。
 
●最後の参拝
「はい、神様に手を合わせてー」
 傾いている鏡を台座ごとまっすぐに直した灰次がゆるい口調で告げ、パシンと手を合わせる。
 乗り気の有無などは関係ないとばかり半強制的な参拝。ドコの生まれかも種族の違いも気にしない大雑把な参拝。
「………………」
 静かに、静かに雨の音だけを響かせる数十秒の僅かな時間。
「はい終了! お疲れ!」
 そして唐突に叫ぶと、灰次は回れ右をすると勢い良く神社を飛び出していった。
 転がるようにして突っ走る背中に首を傾けつつ。
「……サエ、もう良いか?」
 やけに時間をかけて手を合わせ続けているサエに、コウタが口を開き何気なく問いかけた。
「………うん、もういいよ!」
 鏡の横に置かれた金色の、少しだけ錆びていたリングピアスからコウタを見上げてサエが頷いた。
 
 さて、少し間を置いて飛び出していった灰次の後を追いかけてみれば鳥居のすぐ傍で、雨もお構いなしに煙草を吸い始める姿。
 美味しそうに、とても幸せそうに、煙草を吸う姿。
「あー、やっと吸える」
 声色からも幸せの絶頂に立っていると判ってしまうくらいに、ご機嫌だった。
「……我慢していた、ということですわね」
 シェリアがぱたぱたと手を振り煙を別方向へ逃しながら一言。
「……猫……」
 赤薔薇が言う言葉の意味、恍惚な表情を浮かべる姿はついさっきまたたびの匂いに惹かれ地面に転がっていた猫を思い出す。
「…………」
 フランクスも黎も特段何も言わず、ただただ煙の行先を眺めるだけ。
「あはは、お疲れさま」
 ユリアは相変わらず、にこにこと笑っていた。
「えっと。本当に、お疲れさまでした。……本当に、ありがとうございました」
 コウタがサエを小突いた。
「ありがとーござい、ました!」


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:3人

筧撃退士事務所就職内定・
常木 黎(ja0718)

卒業 女 インフィルトレイター
アングラ情報ツウ・
鈴屋 灰次(jb1258)

大学部6年13組 男 鬼道忍軍
カレーパンマイスター・
ユリア(jb2624)

大学部5年165組 女 ナイトウォーカー
撃退士・
フランクス・スマートリー(jb2737)

大学部3年253組 男 インフィルトレイター
絆は距離を超えて・
シェリア・ロウ・ド・ロンド(jb3671)

大学部2年6組 女 ダアト
絶望を踏み越えしもの・
山里赤薔薇(jb4090)

高等部3年1組 女 ダアト