気温もそこそこ、やっと春らしくなった日の今日。
「桜のじきに、あえてバラ。んで食人植物か……どーせ喰うんやったら虫だけにしとったらえぇんに」
雅楽 灰鈴(
jb2185)が思うに、この時期は花見をしながら猫を撫で回しつつ日向ぼっこするのが一番楽しいだろうと。
帰ったらそうしようかな。
「それにしても。今日は日差しが多少あるから要らないかとも思った、が」
ヘッドライトを片手に礼野 智美(
ja3600)が雲の切れ間に覗く太陽をじっと見上げ、次に薄暗い庭園へと視線を向けた智美の言葉は、
「暗いな。……さっさと刈り取らないと」
すぐさま打ち消される事となるわけで。
こんな春の陽気の中での黒薔薇退治。黒薔薇、黒薔薇。
「黒薔薇のディアボロを成敗、か。……何の因果か、私の名前も黒薔薇だが。……束縛」
ニグレット(
jb3052)が目を細めて、踏み込んだ依頼の内容と自分の名の偶然性に顎に手を添えてぽつりと呟く。
花言葉には納得がいっていない様子だけれども。
「植物型って、植物なのかしら……?」
その横で。細い蔦が巻き付く錆び付いた門をじっと眺め、常木 黎(
ja0718)が自前の軍用ナイフで蔦を切りつけた。
思いのほか、さっくりと切れた。
「……ま、仕事に変化はないんだし……どっちでも良いか」
突入前の僅かな時間、このまま黎はナイフで門を開く邪魔をする蔦を切断するとした。
庭園内の状況がまるで判らない現状、安易に突入する事は得策ではない。
「本体の居場所は丁度、庭の中心位置……か。後の一回は予備に残しておくとして……」
塀を正三角形に囲うように、三度の生命探知の使用を終えた龍崎海(
ja0565)は薄暗い庭園を見上げた。否、庭園を囲う塀を見上げた。
視線の先、金髪を生暖かい風に遊ばせる犬乃 さんぽ(
ja1272)が塀の上に立つ姿。
悠々たる面持ち、手には手頃な石をひとつふたつ。
シュ、と庭園内へ石切の要領で投げ入れてみたらどうだろう。石が一回跳ね二回跳ね。
地面へ着地する前に、蔦が石をガッチリと捕まえずるずると引きずっていく。
引きずられる先は五体咲いている黒薔薇の内一本。その大輪の花蕊に飲み込まれた。
「位置は右に同じ! 反応に少し遅れがある……けど、みんな気を付けて。彼奴あっちこっちにツタ張り巡らしてるっ」
位置情報に加え、蔦が足元まで迫り来ている事も付け足しさんぽは軽快な動きで塀を降りた。
●いざ、
蔦を退ける事もできた、と黎が錆びた門をひと撫でしてから門を押し開いた。
植物独特の嫌な匂いが風にさらわれて一層押し寄せてくる。
「どんな立派な庭園も……こうなってしまっては終わりだな」
その上空で唯一、翼を持ち全景を見渡す事が可能なニグレットが眉を顰めた。
彼女の言う様に庭園は蔦で覆われ他の植物が一切目視出来ない。庭園、と呼ぶに相応しくない光景。
どす黒い色をした蔦と不自然に大きすぎる黒薔薇は不気味の一言に尽きた。
「廃墟の庭園に巣くう黒薔薇天魔を、ニンジャの力でやっつける! ……意外性あって良いかも?」
ニグレットより少し低い位置の塀の上で、白の大鎌を握るさんぽが無邪気に小首をかしげつつ言ってみる。実に、楽しげなその様子。
「……ニンジャ……」
セーラー服という独特な服を着るさんぽに、ニグレットの中で何かとんでもない勘違いが生まれそうな予感。
「よーし! 変な噂が立って小学生の子達が忍び込んだってなると危ないもんね!
大事件になる前に! 正義のニンジャのボクがやっつけちゃうよ!」
「正義のニンジャ……」
どっかの戦隊モノのロケ地で撮影でもしているのかと思えるさんぽの口調、ニグレットが復唱した。
「ど……同名のよしみで、成敗してくれようか」
ウイングクロスボウをぐっと構え、ニグレットもビシッと決めた。
薄暗い中、智美のヘッドライトで照らした本体までの道は入口から入って丁度真正面。
足元の暗さを提げる照明でカバーし、敵の位置をより正確にすべく海は目を凝らし、Vジャベリンを作り上げ予想した庭園の中心へと狙いを定め投げた。
「今は、わざわざ敵の懐に入る必要はないよね」
硬度を誇る茎、中心に咲く一本へ突き刺さり悲鳴もないまま蠢いて刺が削げ落とされた。
「めーいちゅう。なるほど……一気にトツゲキぃーてする前に、入念な準備もせんと。
なら俺は皆の足元見えやすぅするついでに蔦も焼いたるわ」
地面すれすれ、宣言を終える前に炎陣球で見事な一直線を描いた灰鈴。
薄暗い中で真っ赤に燃える炎は綺麗とも言えるだろうか。
瞬時に灰燼に帰す蔦、文字通り火力が強いのか、それとも敵自体が火に弱いのか。
「……まぁ、植物と仮定した所で――」
どちらでも良いと考えていた黎が疑問を再度浮かべつつ、手にする拳銃の銃口を智美へ向けられた。
一瞬、祖霊符を発動する智美の手が止まる。
「給料分の仕事はキッチリと、するさ」
銃口が火を吹き、智美の背後に迫る蔦が吹っ飛び塀へ打ち付けられた。
ついつい本体へ注意が注がれていた状況の中、不敵な笑みを浮かべる黎は頼もしい存在になるであろう。が。
華麗な姿に誰かがこっそり、こう言った。
「心臓に悪い」
ごもっとも。
●それぞれの戦
灰鈴により開かれた、もとい焼かれた道を海と智美が走る。本体へ近づいて行く中、智美は槍を使い物理攻撃を続ける。
「存外に鬱陶しい、な!」
極力スキルを使わない方向で、忍ぶ事もせず襲い来る蔦を忍刀で切り離しを繰り返し着実に前へ進んだ。
燃やした蔦が再生がしないとは言い切れぬ今、出来るならさっさと片をつけたい。
「蔦でも当たれば、麻痺の効果が出る、かな?」
走る抜ける最中で煌々と光る鎖が襲い来る蔦を縛る。寸での所で僅かに、止まる動き。
「当たり!」
海の作った勢い良く駆け抜けて行くための隙を智美が逃すわけもなく、二人同時に前衛らしく前へ出られた。
眼前にそびえる花の姿は遠目で見るよりも不気味で、変に甘ったるい匂いは危険さを掲示しているかのようだ。
仲良く五本立ち並ぶ姿、握る魔具に力が込められる。
一番近い今、黎と灰鈴のアシストの甲斐あって二人を邪魔する蔦は近づいてこない。
智美が主武器を忍刀から槍へと持ち替え、中心とその左に位置する敵へ狙いを定めた。
目にも止まらぬ突撃をかまし、強烈な衝撃が花弁を散らせた。幾度となく食らわせ、硬い花弁が地に重たく落ちる。
「そこか!」
回避、シールドを重ね機会を伺っていた海が声を張上げ、十字槍が中心にいる茎を貫く。
「終いだ!」
すっかり花弁が散り、花蕊を露にされた左手の一本へ智美の炎の一閃が加えられた。
二本、落ちた。
「無傷……とはいかないか」
智美は、自身の頬と腕に走るカスリ傷からにじむ血をぐっと拭う。
「いますぐ治すよ。小さな傷でも傷、放っておくのはよくない」
「……どうも」
ぷい、と顔を背けながらも大人しく治療を受ける智美。
はてと首を傾げる海だったがそこは手早く済ませ、再び戦場へ立たんとしよう。
「生きている蔦の数が減ったな……本体を仕留めた事で動きが鈍くなりつつある、か」
空中から右手の一番端へ射撃を続けるニグレットが全景からの状況に顎へ手を添える。
五本の内の二本、命尽きた様にくたりと大きな薔薇の花を蔦の中へ沈める様が見えた。
眺める事へ夢中でいたニグレットの足に、しゅる、と細めの蔦が塀を伝い絡んだ。
「蔦で拘束とは、さすがに……束縛が黒薔薇の花言葉にあるだけの事は、ある!」
それを目下に、ふっと息を吐くと瞬時にレイピアの柄を握り素早く切り落とした。
地面へ落ち行く様を見つめて、暫し。
「……私? 私は別に」
そんなわけないし、と思うひとりの悪魔さん。
家でにゃぁんと自分の帰りを待っている仔猫を相手に、同じ言葉が言えるかどうか。
「……早く帰ろう」
仔猫の可愛らしい顔が過ると、様子を見ながらの攻撃のスパンを目に見えて判るくらいに早めた。
「些細な振動すら気づかせずに動く! これがニンジャの技だっ!」
自身の気配を一切感知させず俊敏に動くさんぽが、にっと笑う。
その名の通り、ニンジャを思わせる素早さで塀を走り、蔦に覆われる生け垣を飛び移り、左手の一番端に座す薔薇を見上げる。
彼の狙いは、定まったようだ。
さあ目前まで近づいた、綺麗な金髪を揺らす彼の指先に稲妻が集い始める。
「幻光雷鳴レッド☆ライトニング! 植物だってパラライズ★」
実に楽しげな技名を声高らかに告げると、真紅の稲妻が薔薇へ直撃した。
植物だと言うのに、何か幻覚を見ているのだろうか、動きが鈍った。成功と見て間違いない。
よし、と拳を握るさんぽへ蔦が絡み付こうと這いよるが、
「お、っと! 不意打ちにさえ気を付ければ、へっちゃらだもん!」
巧みに大鎌を操り切り払われ地面へと鈍い音を立てて落ちる。
そんなセーラー服ニンジャ戦士の様子を下から眺める灰鈴は呟いた。
「……楽しいことはえぇことやなぁ」
若干、ちょっと、いやわりと、寧ろだいぶ、遠巻きな感想が自然に口から漏れた。
ハ、いかんいかんと物事の切り替えをしようと灰鈴が頭を横にぶんぶんと振る。
手の中に生み出した炸裂符を、さんぽが麻痺させた薔薇へ勢い良く投げつけた。
小爆発が起こり、棘が落ち花びらが微かに揺れる。
「んー……バラは嫌いやないで? でもこれは、アカンやろなぁ……」
自前の孔雀を思わせる色とりどりの美しい装飾が施された魔具である大ぶりの扇子に手をかける。
「………変な液体まとって帰ってこんことを祈っとこかぁ……」
両手に集中し、手中に生み出したいくつもの炸裂符を投げつけ、それを追うように風を纏わせ扇子が麻痺する一番左の薔薇へ向かう。
ザク、と確かな手応えを感じる音が響く。
「よっしゃ、いっこ……くびとーったーぁ」
麻痺の効果は絶大。重なって運良く良い所を突いたらしく、灰鈴がにぃと笑って言う通り。
まるで首の様に、花弁を散らし行く花本体がもろ共蔦の中へ落ちて扇子が灰鈴の元へ戻った。
……………。
なんか、心なしか、こう、その。
青臭い。
「……ないわぁ……」
液体がないだけまだマシなのかも知らんが、灰鈴はショックの色を隠せずに居た。
「やったね! おめでとう☆ よーし、ボクも行っちゃうよ!」
「おおきにですと……いってらっしゃい」
ニコりと笑って次なる標的を目指し走りゆくさんぽの言葉が、どうにもこうにも、気持ちよく受け取れない灰鈴。
そんな気持ちなど露知らず、消耗しつつある海と智美を相手にする内の右手側へ軽快に足を早めた。
此方へ気が向いていない今を暗殺の如く狙うのが、素敵なニンジャのやり方。
「幽霊屋敷の噂のオシマイまでもう少し! マジカルニンジャ☆サイズ、クロックアップ!」
長ったらし、否、元気に声を上げて死角からさんぽが現れ素早い動きで連撃を決める。
その首、刈り取ったり。
着実に本体が弱ってきている。
攻撃に専念出来る様にと感知に力を注ぎ、不用意な接近は避けるべきと踏んだ黎の目は死角の補完を務めていたわけだが。
「ち……ウザったい」
先よりは攻撃が弱まってきている、蔦の相手よりそろそろ本体を叩く事へ移動した方が良いだろう。
黎の視線がニグレットの使用するクロスボウが突き刺さる一本の薔薇へと向く。
埋めつくさん勢いで放たれ続けられている事から、落ちる時間までそう長くはない。
時折ニグレットからクロスボウだけでなくアウルの弾丸が放たれる。それでも、手こずっていると見て取れた。
「聞いていた通り硬いな……! しまっ――」
人ぐらいの太さはあるであろう蔦がニグレットの足を引っ捕え、レイピアに腕を伸ばすも思い通りに動かない。
息が詰まる瞬間。
「Go ahead」
ニグレットの足すれすれに、黎が握る銃口からアシッドショットが放たれた。
蔦へ直撃したと同時、そこから瞬時に腐り落ちる姿からとても強力な一手であると伺える。
足の違和感がなくなると、ニグレットは開けた場所へ降り立ち黎を見上げた。
「背中は任せな」
「……頼もしい」
こく、と頷いて振り向いた先、腐り落ちた蔦を伸ばす先ほどの相手が苦しむようにもがいていた。
今がチャンスやもしれん。
最後の最後、闇色の翼を大きく広げニグレットが飛び立つ。ゴーストバレットを連続で当て続けた事による、花蕊が見え隠れした僅かな隙。
その僅かな隙へ、先の強力なアシッドショットが黎の手により放たれ腐敗をもたらした。
あっけなく崩れ落ちる薔薇、一瞬だけ静かな時が訪れる。
「……大輪の花も、散ってしまえばそれまで、か」
薄暗いはずの庭園に、僅かな陽の光が差し込んだ。
●ざっくざっく
「アカン……腕がぁ……死ぬっ……」
準備の良い智美の用意したスコップをザクっと地面へ突き刺し、灰鈴が悲鳴を上げた。
今にもなんでやねんと言いたげな表情、踏んだり蹴ったりな気がする。
「み、道はそう遠くないから、ね!」
そんな灰鈴を励ますのは海。春の腕まくりはまだちと寒いが、なんのその。
一生懸命、精一杯に海は励ましているが相手は一回りくらい年下、どう接すれば良いやら。
「これは……給料分に含まれているのだろうか」
表情が無くなりつつある黎がぼそりとぼやいて、静かに土を掘り起こした。
それでも真面目に穴掘りをこなす姿。意味などは特にないが、鑑、である。
「うーん。ニンジャが土を掘り起こす光景はちょっと……」
腕より口を動かすさんぽ。その格好でやるのは、確かに違和感がある。凄く。
セーラー服で穴掘り。斬新すぎて、斬新すぎて。なんとも言えない。
「根っこが残っていてまた生えてくる……なんてシャレにならないし」
不満があふれる庭園の中、あと一息で全部の土を掘り起こす事が出来そうだ。
智美が事前に準備をした折りたたみ式スコップが役に立つ時。
彼女の言う様に、根らしき物が多分に発見されているのだ。依頼は依頼、徹底的に根絶すべし。
「さー、腕を動かして」
智美の声がよく響く。
「……花の愛で方はそれぞれ、だが。真っ平御免被る」
朽ちてしまった黒薔薇を見据え、小さく千切れた花びらを手にニグレットがまじまじと眺める。
掘り起こす作業は、彼女だけ一時中断。
「……………」
言葉を発する事なく、ニグレットは生暖かい風に花を散らしスコップを手に取った。