●無形文化財、あるいは天然記念物
「番長……未だにいるとは思わなかったよ。こうやって実際に見たのは初めてだしな」
久遠ヶ原学園の校門を背に、天風 静流(
ja0373)は独り言のように呟く。腕を組んだ彼女の視線の先は、すぐ傍にいる味方か、それとも遠目に見えてきた敵の集団か。一応、高等部2年の彼女からすれば同年代の若者たちの筈である。
「この時勢に人間同士で争うとは、愚かしい……」
高等部3年の柳津半奈(
ja0535)はそう言って、ため息を一つ。礼儀正しく淑やかなその立ち居振る舞いは、この不良軍団の中では全力で浮いていた。むしろ、不良たちが何か彼女に遠慮している始末である。
「とは申せ、殿方には意地と面子があるのでしょうね」
せめて禍根を残さぬよう全力で事に当たります、と彼女は目を伏せる。
「それにしても、200人って……フェリーの中とか、凄かっただろうなぁ……」
想像してみて頂きたい。フェリーの客室や甲板に、所狭しと溢れんばかりに乱れ咲くリーゼントやモヒカンの男たちの、その様を。高等部の1年生、武田 美月(
ja4394)はしみじみと頷いた。
(男同士の喧嘩にはしゃしゃり出ない方がいいよね)
相手は天魔じゃないし、こっそり暗躍で行こうっと。八東儀ほのか(
ja0415)は味方たちの中心に立つ轟闘吾(jz0016)の、その脇に控えるように立つ。彼女も白い男子用の長ランと長い白鉢巻で、不良に服装を合わせたつもりでいる。更にその手には、模造刀。こうなると不良と言うよりは、学園ものバトル漫画か何かの登場人物のようである。元々撃退士の活動がそれそのものという説もあるが、気にしてはならない。
「……そろそろ来る。出るぞ」
彼女らの言葉を聞いていたのかいないのか、轟闘吾(jz0016)はいつものように腕組みをしたまま、先頭を切って歩き出す。次いで不良たちが、一歩遅れて静流たち……久遠ヶ原学園の不良たちもそうだが、便宜上依頼を受けた彼女らを撃退士たちと呼称する……が続く。
何故か女子ばかり集まった撃退士たちを見て、不良たちの一人が声をかけた。
「そう言えばよぉ、依頼を受けたのは8人だって聞いてたんだが……残りの4人はどうしたんだ?」
「ああ、残りのみんななら……」
不良の疑問に、美月が答えた。
「ふ、ふりょう……! 文字通りのふりょうさんたちだ……! ままま、負けないのー!」
緊張か、それとも未知との遭遇か。何やら興奮して気合が上滑りしているのは、静流と同じく高等部2年のエルレーン・バルハザード(
ja0889)である。何処から調達してきたのか、「ふりょうと言えばこの格好」と臍が見える程短いセーラー服と超ロングのスカートを着込んだ彼女は、服装だけなら周囲の不良達と同じベクトルに見えなくもない。但し、不良は敵も味方も男ばかりなのだが。
彼女を含めた4人は正面に立つ不良たちから一旦離れ、大通りの横手に伸びる脇道の一つに身を隠していた。
「番長連合か……関東でどれ程勢力を伸ばそうともこの久遠ヶ原学園がある限り頂点に立てないと、解っての戦争か」
そもそも久遠ヶ原学園も、関東にある高等学校の一つと言えなくはない。なかなか思い切りの良い指導者がいるようだ、と感心するのは大学部2年生の神凪 宗(
ja0435)。
「ここは茨城の沖だった筈。わざわざご苦労な事ですね」
呆れたように、と言うか実際呆れて呟くのはグラン(
ja1111)。大学部の1年生である。
「彼らにはさっさと更正していただいて、多くの問題を抱えるこの国の役に立つ人間になってもらいたいものです」
溜息をついて、やれやれと首を振る。その手には何故かカメラが握られていた。
「アレですよ。『実録番長黙示録』と言う感じで」
そんなものを、何処に向けて公開するつもりなのか。更にはスマートフォンも取り出す。いわゆるミニブログへの投稿もリアルタイムに行うつもりのようだ。呆れている割には、何か遊ぶ気というか、野次馬根性丸出しである。
「少し相手が多いですね……」
建物の影から迫り来る不良たちの姿を確認し、近衛 薫(
ja0420)は眉根を寄せた。再び身を隠しながら、その顔を曇らせる。このような事が許される訳もない、と。
「そして……いえ、全て終わってからにしましょう」
彼女はそう言って、かぶりを振った。
兎も角、久遠ヶ原学園に迫る不良は200人。それに立ち向かう、久遠ヶ原学園の不良と撃退士は総勢20人。
撃退士たちにとっては普段の戦いとは趣を異にするが、戦いが始まろうとしていた。
●軽い脳震盪は軽くない
意気揚々と迫り来る不良たちの足が、ふと止まった。
闘吾たちを追い抜いて先頭に立つ、静流と半奈、そして美月の姿に不良たちの注目が集まる。
「この中で一番強いのは誰だ」
「私達を討てば、久遠ヶ原学園は総て貴方達の膝下に跪きましょう。しかし私達が勝てば、即刻集団を解体し此処を去りなさい」
「力強いんでしょ。ちょっとは度胸あるってとこ、見せて欲しいかも」
静流が問いかけ、同じように半奈は不良たちを率いる所謂『番長』達との集団決闘を持ちかける。二人に補足するように、美月が続いた。
彼女らの言葉に彼らの返事はと言うと。
「おい、なんでこんな所に女がいるんだ?」
「さあ……」
顔を見合わせ、戸惑う不良たち。そもそも女性が出てくる事が、彼らにとっては想定外もいいところであった。それに加えて、その彼女らが戦いを持ちかける。不良と聞こえは悪いが、男同士の戦いに拘ったりと意外と純情派の彼らにとっては、極めて対応に困る相手であった。
不良たちは彼女の言葉に答えることなく迫ってくる。何のことはない、彼女らの姿が見えない後ろが足を止めなかったため、それに押されただけの事であり、彼らは少し数が多すぎたのだ。
結局それに久遠ヶ原の不良や撃退士も向かい応戦することになる。一対一で戦いたかったと、静流は内心溜息をついた。距離が迫ってきた辺りで、お互い歩いていた足が走りに変わった。激突である。
数を頼りに押しこんでくる不良たちを、久遠ヶ原学園の17人が押し返すように応戦する。拳や蹴りが乱れ飛び、男たちの怒号が響き渡った。
相手に木刀やチェーン等武器を持った者は少なくないが、静流は素手で立ち向かう。魔具は現出させなければ問題ないと判断した。顎や頭を狙い、フックや回し蹴りを叩きこむ。数人転倒させた所で、その様子を目にした久遠ヶ原の不良の一人が彼女を静止した。
「何故だ?」
「脳震盪バカにすんじゃねえぞ、コラ」
漫画などで軽い扱いを受けることが多い脳震盪だが、実はかなり間違った認識を受けている症状の一つである。よく「軽い脳震盪」などと言うシーンがあるが、実際のところ、軽度の脳震盪では意識を失うことはない。意識を失うような脳震盪は軽くても中度、失神が長いと重度の脳震盪として扱われ、例え意識を失わない軽度であっても一週間は絶対安静が必要になるほどの症状である。自動車の運転ですら、飲酒運転以上に危険とされている。気絶するようならその時点で病院に搬送し、早い治療が必要なのだ。特に一度脳震盪を起こしたものが再び短期間に脳震盪を起こすようなら、命に関わる程の危険性すらある。
応戦しつつ説明を受けると、静流の顔がひきつる。頭は狙うなと再度不良が注意すると、冷や汗と共に頷いた。
美月はウレタンの水道管凍結防止カバーを用意して、エアーソフト剣の代用にした。2本用意して、二刀流で不良軍団を迎え討つ。模造刀とその鞘で叩くように戦うほのかと二人、味方を援護するように戦う。久遠ヶ原の不良たちは当然のように、素手かせいぜい木刀である。
特にほのかは闘吾の援護をするつもりだったのだが、その闘吾の動きは激しい。何とかついていこうとするが、彼女も他の不良に「気にするな」と止められた。
「要らねえよ、あの人に援護なんか。……俺らの中で一番強いから番長なんだぜ?」
言われてみてようやく気づいた。番長であるからには、実力があって然るべきなのだ。闘吾の場合は更に、撃退士としても強い部類に入る。
「それに、連中の目的は久遠ヶ原学園を落とす事で、轟さんじゃねえ。そこを間違えんじゃねえぞ」
それもそうだと、ほのかは闘吾の援護から全体を援護するように意識を切り替えた。戦いの中、うっかり模造刀ではなくチョップが飛び出すのはご愛嬌と言ったところか。
不良たちと戦いつつ、彼らを指揮する番長を見つけ、叩いていく。番長が敗れれば、彼が指揮していた不良は怖気づき、簡単に逃げ出してしまう。あるいは美月のように、相手の疲労による限界を誘う。戦闘できなくなる分には、倒すのとそう大差ないからだ。これらを狙うのが、正面に立った久遠ヶ原学園の勢力の戦術だった。
「何も、正面よりぶつかるだけが戦いではないからな。連中が数で来るのであれば、その中核をねじ伏せる」
両勢力がぶつかり合う前に、横から不良軍団を観察していた宗。彼らの様子から番長に当たりをつけていた。やがて彼らが戦いを始めたら、その隙をついて行動を起こす。
「あうるってない普通の人は、怪我させちゃだめだよね……」
そう言って、エルレーンは大きな網を投げつける。スポーツ用のネットを組み合わせ、錘を付けて簡単にめくれなくしたそれは、10人以上の不良を纏めて捕らえてしまう。
「おらおらぁ、びびってんじゃねぇぞー、なのー!」
網に驚き上がる悲鳴に、何故か声を張り上げるエルレーン。不良同士の戦闘と言う状況からか、それとも自らのコスプレからか。普段の彼女からは想像もつかないドスの効いたあやふやなヤンキーっぽいセリフが飛び出した。
網を破り、飛び出してくる不良もいる。それを番長格と判断し、宗やエルレーンが応戦し、撃退する。
網を使わずに側面から仕掛けるのは薫だ。彼女は横から奇襲をかけ、ヒットアンドアウェイで脇道へ後退する。激昂した不良が、彼女を追って脇道へ逸れる。そうして分断した不良を各個撃破する作戦だった。殴りかかってきた腕を掴み、相手の勢いを利用して投げ飛ばす。武器を持った不良を倒した時は、彼の持つ得物を拾って別の不良に投げつけた。
実況と撮影に勤しんでいたグランも、いざ勢力同士がぶつかり合うようになれば、戦いに加わっていく。唐辛子と胡椒を仕込んだ特性のかんしゃく玉を投げつけ、炸裂させる。不良の混乱を誘い、相手の動きを止める。その間に番長を蹴り上げ、無力化させていった。そうする中でもスマートフォンから手が離れないのは野次馬根性の見せる技か。
更に正面から駆けつけた半奈もこちらに加わる。負傷者を多く出さないため、番長格をピンポイントに狙い、短期決戦を試みた。薫と同じような投げ技や、隙を見れば鳩尾への一撃を狙っていく。
「鈍い……次!」
アウルがあっても、鍛えていない一般人ならこの程度か。半奈は人知れず溜息をつく。
「逃げるのなら追わない。しかし向かってくるのなら、手加減はしてやる」
同じく投げや鳩尾への攻撃を主体に戦う宗の宣言である。
二方向からの応戦で、不良たちの足は完全に止まっていた。特に側面からの奇襲は、不良たちにとっては完全に予想外なようであった。抵抗はあるものの、戦闘に関してまともに訓練を受けている撃退士たちからすれば、例えアウルの力を得た番長相手でも恐れる必要はないようだった。
この間にグランは、久遠ヶ原の住人に緊急避難を呼びかけたりするつもりだったのだが、既に商店街の建物はシャッターを下ろされ、必要な者は避難も済ませていた。出る幕はなかったかと、彼は密かに胸をなでおろした。
不良軍団に混乱が巻き起こる上に、応戦する撃退士は皆それぞれ不良を凌駕する実力を持つ。正面からぶつかってもおそらくは撃退は成ったとも思われるが、作戦が図に当たった事もあって、予想外に早く不良軍団は撤退していった。
「このままで終わったと思うなよ、いずれ第二第三の久遠ヶ原襲撃が……!」
最後に撤退した番長が、怪獣映画のラストシーンのような言葉を叫んでいた。これに半奈が言葉を返す。
「相手を力で従わせるのでは、子供か獣の所業です。本当に人の上に立ちたいのならば、力を使わぬ力をお持ちなさい」
その言葉が届いたかどうかは、定かではない。通じて欲しいと彼女は思う。
●戦いの果て
不良たちの去った商店街のあちこちで、ガラガラとシャッターを開ける音がする。商店街に被害が及ぶような危険が去ったと、各店舗が再開の準備を始めていた。
「ふっ……戦いは虚しいぜ、なの」
不良軍団の去っていった方向を見つめ、腕組みして仁王立ちするエルレーンが取ってつけたように呟く。そんな彼女をスルーして、薫が闘吾に声をかけていた。
「巻き込みたくなかったのでしょうか」
闘吾の視線が、薫に向けられた。
「自分たちだけで解決しようとする事を悪いとは言いません」
本来なら、褒められる事だろうと薫も考える。しかし、こうなると予想していたのではないだろうか。学園が関わる事なら、自分たちだけでは済まされないと。
「この学園はお節介な人が多いのですし、言ってくれてもいいと思いますよ」
その方が手伝い甲斐もあるのだと、彼女は微笑む。闘吾は暫く薫に視線を向けていたが、答える事はなく背を向ける。
「差し出口ですので、お気になさらないで下さい」
立ち去る闘吾の背中に、薫はお辞儀を一つした。
「……失敗か」
後日、関東某所の廃ビル。不良たちがたむろするその部屋で、総番……関東番長連合を名乗る組織の長は、久遠ヶ原学園への襲撃について、顛末の報告を受けていた。
「まあ良い。一筋縄で行く相手だとは、元より思っておらん」
どかっと座り込む。腕組みし、目を伏せた。
「……だが、いずれあの学園は必ず落とす。我らの野望のために」
ぎらりと、総番の瞳が怪しく輝いた。