●どうか気をつけて欲しい。畑にはワナがいっぱいなのだ。
「で。依頼の人型サーバントは……アレ、か?」
畑を遠巻きに見つめ、渋谷 那智(
ja0614)は訝しんで呟く。
彼が見つめる黒い忍び装束の人影……サーバント『ザ・ニンジャ』は、畑の中央に直立。如何にも忍者らしく、手で印を組んで立ち尽くしていた。……ただそれだけなのだが。
「随分と自己主張が激しい忍者ですね……」
見た目忍者であるだけでこの言われようである。初等部の雫(
ja1894)だが、クールかつ辛辣な一言だった。
「ですが、忍者……初めて拝見します」
表にこそ出さないものの、興味津々に眺める黒葛 風花(
ja4755)。
「暗殺者を連想していましたが、畑で堂々としている姿は……珍妙です?」
小さく眉根を寄せ、首を傾げる。
「まったく、影に徹すが忍者の務めだというに。なってない」
笑顔を浮かべたまま、やれやれと首を左右に振るのは上月 明(
ja0776)。鬼道忍軍として思うところの一つや二つあるのだろうか。
「本物のニンジャ、見せてあげるよ!」
拳を手のひらに打ち付け、明と同じく鬼道忍軍の與那城 麻耶(
ja0250)が気合を入れる。着ている服装がプロレスのリングコスチュームなので、ニンジャというよりは完全にプロレスラーだが。
「ん〜……NINJAを倒せとGUNMANが言う……」
ぽくぽくぽく。人差し指をこめかみに当て、考えこむのはリスティア・シェイド(
ja0496)。
「B級映画作れそうだから、あたしはGUNMANに自分でやれと言ってやりたいが……仕事だしなぁ……。まぁ……いつか、GUNMANは泣かせちゃる事にして、仕事しますかぁ」
不穏な事をぶつぶつ呟くと、リスティアはびしりとざ・ニンジャを指さし、叫ぶ。
「純情可憐で大和撫子な金髪美少女! ここに参上!!」
その前の呟きが口上を台無しにしているのは勿論スルーである。
「……手裏剣と刀は確認済みと。後は忍術とかマキビシ辺りか?」
「ニンジャのくせに堂々と姿を晒してるなんて、罠があるのが見え見えだよね」
敵としてのザ・ニンジャに注意を向けるのは、御影 蓮也(
ja0709)と桐原 雅(
ja1822)。初依頼に気を引き締める蓮也と権田さんの為にもと闘志を燃やす雅は、この面々の中では良心的な存在なのかも知れなかった。
明のピストルが戦いの口火を切った。
「では、始めましょう」
畑の外から放たれた銃撃がザ・ニンジャを襲い……ザ・ニンジャは煙に消えた。
撃退士たちの様子はザ・ニンジャも気づいていた様子だ。明の攻撃に合わせ、スモークケムリダマ……煙幕弾を地面に叩きつける。
煙がもうもうと舞い上がった。勿論その煙は撃退士たちまでは届かないのだが、彼らからザ・ニンジャの姿は完全に見えなくなる。思わず腕で顔や口を庇う者もいた。
「っ……消えた!?」
「……マジかよ、消えた」
煙の晴れた向こうに目を凝らし、麻耶が叫び那智が呟く。畑は無人と化していた。
「まさか大凧で逃げた訳ではないでしょうし」
風花が空を見上げる。よく晴れた冬の空にはザ・ニンジャと思しき姿は見えない。
当然一同の注目は、ザ・ニンジャが立っていた畑の中央に集まるのだが、あれだけ堂々と忍者が立っていたとなると、罠があって当然だとも確信していた。
「こんな事もあろうかと用意してきたコレが、早速役に立ちそうだよ」
そう雅が取り出したのは、ホームセンターで調達してきた2m程の板である。同様の物を明や雫も用意し、これを並べて道を作る作戦である。
雅が置いた板に立って次の板を受け取ろうと後ろを振り返る。瞬間、目を丸くした。
「良い事考えた! さぁ、走れ! 黙って走れ!」
リスティアが男性陣3人を次々畑に蹴り込んだのだ。
「いや、板の上歩けば罠なんか」
「か弱い乙女に罠にかかれと言うのか、このHENTAIどもめ」
蓮也の反論を完全に無視して泣き真似をする。目薬を後ろ手に隠して。明らかにか弱い乙女の行動ではない。 勢いに呑まれ、渋々走り出す3人。先にトラップが起動すれば、そこには罠はない。リスティアは「君たちの勇気は忘れないよ」とまた目薬を使いながら彼らの後を歩いてついていき、途中で突然視界が低くなった。
「きゃあ!?」
衝撃に思わず悲鳴を上げるリスティア。走った(走らせた)彼らは当然、歩くよりも歩幅が広い。罠はびっしりと敷き詰められている訳でもないので、確実に引っかかる訳ではないのだ。リスティアは歩いたため、歩幅が小さく歩数も多い。当然、罠にかかる率も高くなる。結果、見事に落とし穴を踏みぬいた。わなわなと震えながら、リスティアは腰まで埋まった身体を抜こうと畑の土に手をかけた。
運良く回避しきった男性陣3人と、堅実に一番後ろの板を前に持って行っては使いまわした雅達4人、そして1人マキビシやらトラバサミやら罠にかかりまくって泥だらけのリスティアは、畑の中央に辿り着く。調べればすぐに、その場がどんでん返しになっている事を見破った。どんでん返しを開き、階段を見つける。
「こういう時は男が先に降りないとな。バックアップは頼むよ」
そう言って仲間に頷きかけた蓮也が真っ先に階段に足を踏み入れた。
「あのNINJA泣かす……」
恨み節のリスティアが最後尾である。「因果応報」という単語が一同の頭に浮かんだが、敢えて口にだす者はいなかった。
「やっべ、地下!? 俺も行く行く超行きたい!!」
子供のように目を輝かせる那智(高等部3年)。浮かばなかった者もいたようだ。
●おっとびっくりご用心、地下迷宮には危険がいっぱい、油断は禁物、気をつけて!
畑の地下には、板張りの通路が伸びていた。
「地下通路、かぁ」
麻耶が暗い通路を伺い、唸るように呟く。
「こんな事なら懐中電灯でも用意して来ればよかったな」
「ふ、大丈夫だ。こんな事もあろうかと」
灯りのなさに顔を顰めた蓮也だが、彼に並んで立つ明が含み笑いを浮かべながらペンライトを取り出す。内部を照らし出すと、充分とは言えないが光量が確保された。
一同は注意深く通路を見やる。畑でも罠だらけだったのだ。いわば敵の本拠と言えるであろうこの地下通路にも、当然罠は多数仕掛けられているだろうと予想出来た。
「ここにも上みたいに、罠があるんだろうな」
「最初からここへ誘い込む算段だったみたいだね。どうせ周りは罠だらけ……なら、真っ向から受けてたって全部粉砕してやろうよ」
雅の言葉を合図に、8人は通路に足を踏み入れる。
「……べ、別に罠が怖いって訳じゃねえっ……よ」
微妙に及び腰で、前衛陣の後についていく那智である。
果たして彼らの予想通りと言うべきか、通路も罠だらけであった。
「……寿司?」
目を点にする蓮也。
突如通路の真ん中に置かれたちゃぶ台。その上に、皿に盛られた寿司が鎮座ましましている。明らかに特上と思われた。ご丁寧に人数分のアガリまで湯気を立てている。
「アレ食っていいのかな?」
思わず食欲が前に出る那智。雫はと言うと、罠の感知のために気を向けていたのだが、あまりのあからさまぶりに思わず眉間を指で抑えている。
「さしずめポイゾナススシと言ったところかな」
したり顔の明は、中に毒があると判断した。どぱん。魔力弾の一撃が、ちゃぶ台ごと寿司を吹き飛ばす。
「掛かる前に破壊すれば、問題ありませんよね?」
スクロールを片手に、風花が小首を傾げた。
「痛い! 痛い!」
「いってええ!」
口々に叫びながら通路を駆ける。通路を歩いていたら突然四方八方から小石の礫が飛んできたのだ。
「痛いけど地味!」
誰へ向けた文句なのか、麻耶が頭や顔を抱えて身を竦めながら叫ぶ。
「……」
年齢上仕方ないのだが、110センチという身長の低さからか、一発残らず頭上を通り過ぎた礫に、一人歩きながら理不尽を感じる雫だった。
「む、髪が……」
「だああっ、くっつく!」
特に背の高い明と那智を中心に、天井から降ってきた粘着質の網が絡みつく。
「うっわ、何これ」
「……むぅ」
網の粘着力に驚く麻耶と、またも頭上で罠が止まって複雑な雫。麻耶も決して背が低い方ではないのだが、このメンバーは身長の高い者が多かった。
がこん。何かを踏んだ感覚。続いて頭上を襲う衝撃。
「さ、さっきから罠がふざけてないか?」
「なんでこんな所に黒板消しが……」
他にもタライやバケツなど、次々踏んだスイッチに合わせて降ってくる。負傷など勿論する訳ないのだが、地味に痛い。
「……っ!!」
だんだんっ!
小柄な雫である。どうやら彼女の軽い体重ではスイッチが反応しないらしく、思わずスイッチの上でジャンプを繰り返す。
「お、落ち着こう……」
罠が発動しないのも悔しいのか、表情にこそ出さないものの無言になった雫を、雅は必死でなだめた。
ずばん、と小気味良い爆発音。
「……」
悲鳴こそ飲み込んだものの、思わず数歩下がって羞恥で顔を真赤にして俯く風花である。
通路の途中にまた如何にも怪しげな掛け軸を見つけ、「裏に何か仕掛けがあるかも」とめくった瞬間の事であった。
「に、忍者屋敷は火薬の製造技術を守秘すべく、屋敷に罠があったと聞きますが……」
他にも流れる水や転がる巨石から逃げる一幕もあったのだが、取り敢えず全力で疾走する羽目になるだけだったので詳しい描写は割愛する。
「……こ、これをこのままニンジャにぶつけられれば……っ!」
途中で丁路地を曲ってやり過ごさねばならず、結局無理だった。
●打ち破れ! サーバント忍法帖!
紆余曲折ありながらも最奥まで進んだ撃退士達は、広さのある部屋へと出る。部屋の奥には、畑と同じように印を組んで立ち尽くす黒装束……ザ・ニンジャの姿があった。
もはやここまでくれば、かける言葉もない。数々の罠で、特に一部の撃退士はストレスが頂点にも達していた。全員が戦闘体勢を取る。何気に言語能力を持たないザ・ニンジャも、同様に言葉はない。
自分たちが入ってきた出入り口を、最後尾で風花が塞ぐように立つ。
「っしゃぁ! 行くぞおらぁ!」
麻耶のドロップキックで戦端が開かれた。助走を付けたメタルレガースの一撃を、ザ・ニンジャはひらりとかわす。
「泣くまでぶん殴る! 泣いてもやめない!」
ここまでの罠で完全に頭に血が上ったリスティアも、ナックルダスターを煌めかせ殴りかかった。純情可憐は何処へ消えてしまったのか。
「ククク……遁術で逃げてみるが良い、出来るものならな!」
明がピストルを再び抜き、後方から弾丸を撃ちこむ。那智も同様に、側方へ周り斜線を味方とずらして、スクロールの魔力弾を放つ。側面攻撃でザ・ニンジャの回避方向を潰す狙いもあった。
ザ・ニンジャは素早く忍者刀……カタナブレードを抜き、応戦を始める。格闘戦の二人が斬撃を後方へ下がってかわすと、そこに雅が駆け込んだ。カタナブレードを振り抜いた瞬間を狙って飛び込み、足元を刈り込むようなローキックを放つ。メタルレガースで強化された一撃がザ・ニンジャを襲った。
更にザ・ニンジャの両脇に、打刀を抜いた那智とショートスピアを振りかざした雫が回りこむ。ほぼ半包囲状態から、容赦のない攻撃が加えられる。
「馬鹿にしないで下さい……っ!」
雫の語調は荒い。ここまでのトラップがやはり、色々と心理的に堪えていたようだった。更に後方から、風花の魔力弾もザ・ニンジャを襲う。回避能力に優れるザ・ニンジャであったが、即席とは言え8人がかりの連携攻撃には流石に為す術もないようだった。
「捕まえた! いっけぇー!!」
ザ・ニンジャを横抱きに肩に担ぎあげ、そのまま麻耶は横に倒れこみながら、ザ・ニンジャの頭部が下に来るように落とす。プロレス技の一種、デスバレーボムだ。忍者を名乗る麻耶だが、断じて忍術とは無関係である。
「どうだぁ! ……って、変わり身!?」
素早く立ち上がりながらザ・ニンジャに向き直る麻耶だが、そこには丸太が一本。
「左です!」
後ろから戦闘の様子を把握していた風花が、いち早く包囲を抜けたザ・ニンジャを見つける。
一同が向き直るより速く、ザ・ニンジャは懐に手を差し入れ、巻物を取り出した。
どろん。またしても煙がザ・ニンジャの身を包む。その煙はすぐに晴れ……。
「……あれだけ大きいと、美味しい色々なカエル料理が出来ますね」
「食べる気か!? ……むしろ、食われないよう気を付けろよ」
雫の漏らした言葉に、蓮也が反射的に叫び、直後に注意に切り替えた。
「うわ、ニンジャって本当にガマの上に乗るのかよ!」
漫画の通りじゃんとまたも目を輝かせる高校3年生、那智。
ザ・ニンジャを載せたというか一体化したガマはベロンと舌を伸ばし、鞭のように叩きつけてくる。蓮也はそれをサイドステップで回避。
「……」
こみ上げる嫌悪感。風花は思わず身をさすった。気を取り直してスクロールを構え直し、これまでよりも気合の乗った一撃を放つ。一刻も早く戦いを終わらせたかった。
敵の一撃の重さが重くなったのは確かだが、それ以上に見た目が厳しい。特に女性陣を中心に、撃退士たちの攻撃は激しさを増す。強烈な一撃が撃退士達を襲うが、怯むことなく立ち向かう。
「スマン、ガマ子! 的がでかくなった分、当たりやすいはずだろ!」
いつの間にか名前を付けている、那智の魔力弾がガマの胴体に炸裂した。明も合わせて銃撃。蓮也が後ろ足を斬りつけ動きを封じ、打撃中心に切り替えた麻耶が浴びせ蹴りを決める。
「はっ!!」
巨大ガマを踏み台に、雅は高く飛び上がる。雫は槍を腰溜めに構え、ガマの懐に潜り込む。
「てやぁっ!!」
「終わりです!!」
雅は空中で姿勢を反転、天井を蹴って勢いと重量を載せ、ザ・ニンジャごとガマを蹴り貫く。同時に雫の槍が、真上へガマを貫いた。
槍かそれとも雷かとばかりの一撃を決めた雅が飛び降り、素早く槍を引きぬいた雫がガマの懐から飛び出すと同時に、ずしん、とガマは潰れるように倒れ伏した。
「終わったか……散々な目に遭ったな。風呂入りたいよ」
打刀の汚れを振り払い、鞘に収める蓮也。畑のトラップを解除しないと、と誰かがつぶやいた時だった。
ゴゴゴゴゴ……と突然周囲が揺れだした。
「な、なんだ!?」
周囲を見回す、あるいは顔を見合わせる一同。状況を把握出来ない。
突如、板張りだった壁の一点が消滅し、土が流れ込んだ。ザ・ニンジャが倒されたため彼の能力も消滅し、影響を受けていた地下迷宮も元の畑の土に戻りつつあったのだ。
「に……逃げろぉーっ!!」
「カエル食べたいのにぃっ!!」
「そんなこと言ってる場合じゃないです!!」
「GUNMANのTEL教えろー!!」
口々に悲鳴を上げ、出口へ全力で走る。幸いというべきかお約束というべきか、奥から順に土に戻って埋まっていくため、彼らの脱出はぎりぎりで間に合うことだろう。
勿論、地上の罠も全て消滅しているのだが、彼らがそれに気づくのはもう少し先になりそうだった。