●学生食堂の賑わいはいつもと違い
久遠ヶ原学園、高等部の学生食堂。
普段は多くの学生たちで賑わうこの学食も、日曜であれば定休日として閑散としている。
……はずなのだが、この日曜は多くの生徒が集まっていた。
祝福の花と銘打たれた百合の造花が学食を含めた数カ所に隠されている。それを探してジュノーの祝福にあやかろう、というのがこの日のレクリエーションの主題であった。
集まった学生たちは、ある者は個人で、またある者達はグループを作って祝福の花を探している。
「食堂に行きますよ! 木ノ宮さん」
「らじゃーです。食堂へごーです」
数分前、廊下で気勢を上げた男女が一組。高等部2年のカーディス=キャットフィールド(
ja7927)と高等部1年の木ノ宮 幸穂(
ja4004)の二人は行き先を話し合っていたが、なかなか纏まらない。結局あみだくじで行き先を決めていた。
今回集まった学生たちの中では、【食堂如月班】とされる、大学部1年の如月 敦志(
ja0941)を中心に6人の男女が集まったグループが、一番規模が大きいようだ。
「トラップ付きの宝探しか、なかなか面白そうじゃねぇ?」
「しかし、この学園はこういうの多いなあ」
大学部3年の加倉 一臣(
ja5823)が敦志に笑いながら声をかけると、敦志は苦笑を浮かべて答えた。
「素敵じゃないですか」
その隣で苦笑ではない笑顔を浮かべるのは、中等部2年のシェルティ・ランフォード(
ja5363)。勿論、敦志も悪いとは思わない。彼自身、折角の機会だし全力で探すつもりであったのだが。
「絶対に見つけてやる!」
「祝福とかうちして欲しいしっ! 見つけてうちが貰うけぇ!」
その敦志が引く勢いで、花探しに闘志を燃やす少女たちの姿があった。高等部1年の菊開 すみれ(
ja6392)と大学部2年の水城 秋桜(
ja7979)である。こういう地道な努力が勝利への近道になるんだと豪語するすみれと秋桜。
そんな二人の側で、大学部3年の権現堂 桜弥(
ja4461)は「仕方ないわね」と腕を組む。
「…ま、ちょっと付き合ってあげようかしら」
「……ひたすら、嫌な予感がするわ」
結局、桜弥も乗り気らしい。そんな姦しい3人を眺め、こめかみを押さえる大学部1年の暮居 凪(
ja0503)であった。
勿論、彼らの他にも学生たちは集まっている。
眠気のせいかふらりとしながらも、絶対に見つけると密かに誓うのは高等部2年の鳥海 月花(
ja1538)である。
花探しには興味がないが、ゲーム感覚で楽しむつもりの高等部1年、マキナ(
ja7016)の姿もある。
意気込む学生たちとは対照的に、若菜 白兎(
ja2109)は肩を落としていた。初等部1年の彼女は『食堂は美味しいご飯を食べさせてくれる所』と思って喜び勇んで訪れていたのだが、この日は生憎の日曜日であった。
マキナはまず、食器返却棚の周辺を探すことにしたようであった。
何段かに分けられた棚は底面がトレイになっており、載せられた食器を纏めて洗い場に持っていけるシステムになっているようだ。
そのため、棚は意外と奥行きがある。マキナは返却棚の奥を覗きこんだ。
「……なんだ?」
棚の更に奥で、何かが動いている。日曜のため、厨房は照明もつけられていない。薄暗い棚の奥を確認しようと目を凝らした瞬間。
べしゃ、という湿った音とともに、マキナの視界がふさがった。気づく暇もなく、顔に張り付く濡れた感触。
「むご!?」
慌てて振り払い、顔を袖で拭った。クリーム状の白い物体が顔にベッタリと付着している。
どうやら、センサー式のパイ投げ機が設置されていたようであった。
そう。
ただの花探しでは面白くないとでも思ったのか、今回のイベントはスタッフの手によって、様々な趣向をこらしたトラップが仕掛けられているのであった。参加した学生たちは、このトラップを乗り越えて祝福の花をゲットしなければならないのだ。
ちなみに、今回仕掛けられたトラップについては、全てジョニー・フリント(jz0042)教諭によって負傷等の危険がない事が確認されている。どうやら、チラシに書かれた彼の監修とは、そういう事らしい。彼の監修に警戒を抱いた学生も少なからずいるのだが、ジョニーに言わせれば、学生の安全を優先するのが教職員の努めであるのだとか。
先程のマキナの様子を見てかどうかは不明だが。
「木ノ宮さーん、危ないものには触らないでくださいねー」
「はーい、わかりましたー」
罠への注意を喚起するカーディスに、幸穂は明るく返事する。彼女は屈み込み、机や椅子の隙間、下を探っていた。
机の間に置かれた花束に気づき、幸穂は手を伸ばす。造花と思しき様々な花を集めた花束の中に、百合らしき花が見えた。
「おー、これかな」
「危ない」
手前の床に手をつこうとした所で、後ろから見ていたカーディスが幸穂の肩を引くように止めた。周囲に何か置かれている。
「えっ」
思わず幸穂は手を床についてしまう。慌てて下がろうとしたが、動かない。
「と、とりもち!?」
ネズミや虫を捕らえる、粘着トラップが仕掛けられていたようだ。床に固定されているのか、見事に手が剥がれない。
力を入れて手を剥がそうとしたところで、トラップ自体が床から剥がれた。
「きゃあ!?」
「うわあ!」
右手に粘着トラップを盾のように貼り付けたままずっこける幸穂と、それに巻き込まれて転倒するカーディス。
「ごめんなさい……あ、カーディス先輩、ありましたよー」
先に立ち上がったカーディスに引き起こされながら、幸穂の左手にはしっかりと祝福の花が握られていたのであった。
月花は眠気で半覚醒のまま、戸棚を開ける。上下段の、下の段だ。その瞬間、ガシャガチャパリンと大量の割れる音がした。
「きゃぁぁ――!?」
大きな音と、何よりも食器の割れる音に「大惨事だ!?」と直感した。月花の眠たげな瞳が見開かれ、それよりも先に条件反射的に彼女は悲鳴を上げた。
当然、これは録音されただけの音であり、実際に食器が割れた訳ではない。とは言え、突然の音に月花は驚き、飛び退きかけた。
ごん、と鈍い衝撃が脳天に突き刺さる。
「〜〜〜……」
悲鳴にもならない。月花は頭を抱えてうずくまった。ぷるぷると痙攣し、脳天をさすりながら、頭上を見上げる。
自分に痛撃を与えた、開きっぱなしの上の段の扉が恨めしい。
「……いたた……あ、あった!」
開いた棚の奥にちらりと見えた造花の先端に、月花は顔をほころばせた。涙目のままで。
敦志を始めとした如月班の面々も、各々食堂に隠された花を探していた。一丸にはならず、各自それぞれ怪しいと思う場所に散っての花探しを行なっている。
「自分だったら何処に隠すか……っと」
大型テレビの裏を覗きこむ敦志。その後ろから、すみれがペンライトで照らす。
造花の側に、黒くてすばしっこそうでテラテラ光る、二本の長い触覚を持った甲虫の姿があった。すみれが全力で悲鳴を上げかけたところで、敦志がいたずら用のフィギュアと気づいた。質感が微妙に違うし、何より動かない。
「っと、そう簡単にトラップに引っかかるわけには……」
造花だけをつかもうとした瞬間。
カサカサと音を立て、フィギュアが足をわさわさ動かした。仕掛けがしてあったようだ。
うお、っと一瞬手を引っ込める敦志。改めて玩具のそれを確認して、今度こそ造花を確保してから敦志が後ろのすみれに振り返る。
誰もいない。フィギュア玩具が動いた時点で、すみれは逃げ出していた。
テーブルの下を覗きこむ。シェルティは少し考えて、その下へ潜り込もうとした。その様子を見て、券売機に何も仕掛けられていなかった事を確認して戻ってきた一臣は彼女を止める。
「シェリー……えーと、膝が汚れるから、カーテンの影でも探しておいで。俺が見ておくから」
スカートの中が見えそうだとでも思ったのか、何故か一度口ごもった。その様子に気づかず、シェルティは一度頭の上に「?」を浮かべるが、すぐに頷いた。
「分かりました、あちらを探してみるのです」
立ち上がって窓際へ歩いて行くシェルティ。一臣はほっと一息ついて、彼女の代わりとばかりにテーブルの下を覗きこむ。
何気なく無造作に、漫画雑誌が置かれていた。久遠ヶ原学園にも読者の多い、週刊クラウドである。
ああ、これは罠だな。一臣は確信と共に、取り敢えずクラウドを拾い上げてみた。
「フッ、俺にかかればこんな罠など……引っかかりましたよね!」
案の定と言うべきか、雑誌の下に仕込まれた蛇腹仕掛けの「ハズレ」の紙に、一臣は両手で顔を覆って絶望のポーズを決めた。
一方のシェルティはカーテンの影を探そうと、カーテンを手に取った。その瞬間、ふわっと粉らしきものが舞い上がる。
埃だろうか、と思った瞬間。鼻にむずむずした感触が訪れた。
あ、と思う暇もなかった。次の瞬間には、彼女はくしゅんと可愛いくしゃみをしてしまう。
どうやら、カーテンに胡椒が仕掛けられていたようであった。
「なんと巧妙な罠だったのでしょう……」
鼻をすすり、シェルティは一人感心していた。
花束だと思ったら、なめこだった。
「うわぁ! なんなんこれ!」
更に足元のオリーブオイルで見事に足を滑らせる。
「また罠っ!」
転んだところに、上から更にオリーブオイルがおいがけされた。
「ちょっと待ってっ! うち悪いことしちょらんって!!」
デタラメに探してたら派手に罠のコンボを引いてしまった秋桜。
「こ、ここまでじゃけぇ……あとは……宜しくね……」
「……なんでそんな単純な罠にかかってるのよ……」
力尽きたとばかりに倒れ伏す秋桜には、桜弥も思わず呆れ顔である。勿論、自分が罠にかかるとは考えない。
そして、得てしてこういう人に限って、罠は入れ食いのように待ち構えるのである。
「ちょ、危ないわよ」
完全に足元の注意がお留守の桜弥に、凪が声をかけた。
「何よ?」
足を踏み出しながら横手の凪に振り向く桜弥。足がモロに、仕掛けの紐を引っ張った。
どぱーんと上から水が降ってきた。桜弥が引っかかった紐が連動して、頭上に仕込まれたタライをひっくり返し、張られた水が二人を襲う。
「……こんなことだろうと思ったわ……」
思わずへたり込んで、両手で顔を覆い絶望のポーズを決める凪。流行ってるのだろうか。
「誰よ! こんな罠を仕掛けたのは!」
対照的に、桜弥は元気である。周囲に向かって怒鳴った。勿論仕掛けたのは、今回のイベントの企画スタッフであり、この場にはいないのだが。
「何を見てるのよ! やっぱり男って最低ね!」
これだけ騒げば周囲の視線が集まるのも当たり前である。どちらかと言えば同情の視線なのだが、桜弥は男の下世話な視線と思い込んで、両手で胸を庇いつつ回し蹴りを繰り出した。
さて、そんな騒動とは全く無縁の白兎である。
彼女はジューンブライドよりも食い気が勝るお年頃。お腹が空いて思わずしゃがみこんでしまう。そうしたら、テーブルの裏に造花がテープで固定されているのが目に見えた。
取り敢えず、床を四つん這いになって進み、造花を取る。足元に罠らしきグラビア誌や……美少年と美青年が絡むような薄い本が置かれていたりするのだが、白兎がその罠にかかるには、少々年齢が低すぎたようであった。
罠には気づかず、造花をゲットした白兎。ほわんと笑みを浮かべ、テーブルの下から出てきて立ち上がった。
●視聴覚室も罠だらけ
「日本の6月は雨ばっかりだなー……雨は好きだが嫌いだー」
ちょっとげんなりしているフランス人は、高等部2年のNicolas huit(
ja2921)である。
それはともかく、造花探しである。彼が訪れたのは視聴覚室であった。
「探すぞー、おー!」
拳を突き上げ、気合を入れる。
彼とは逆に落ち着いた素振りを見せるのは、大学部3年の桝本 侑吾(
ja8758)。イベントのチラシを片手に一瞥し、ふうんと頷く。
「色んな言い伝えもあるもんだな。ま、宝探しみたいなもんか」
「素敵なイベントだと思います」
それを聞いて、微笑みを浮かべるのは苧環 志津乃(
ja7469)である。罠がたくさんあるというのが少し怖いですが、と頬に片手を添える、和服姿の高等部3年であった。
視聴覚室を訪れた学生は、多くないようだ。主だったところでもこの3人くらいらしい。
特に示し合わせて視聴覚室を選んだわけではないのだが、人数が少ないこともあって、自然と彼らの間では言葉のやりとりが出来ていた。
彼らが視聴覚室に入るなり、いきなり正面のTVモニターに電源が入った。どうやらビデオが再生されるらしい。
何事かと見守る彼らが見たのは……。
「おー!」
「あら、可愛い」
子猫に子犬、イルカにハムスター。
どことなく心温まる、動物たちの映像であった。AVと書いて『アニマルビデオ』と読むのだとか。
「いや、花探しはどうした」
「あ」
すっかり頬の緩んだNicolasと志津乃に、冷静に侑吾がツッコミを入れた。
「にゃー!?」
視聴覚室に突然の悲鳴があがった。Nicolasのものだ。
「降ろせー!」
ジタバタと宙に浮いた足を出鱈目に動かす。手当たり次第に机の下や本棚の上、窓の外までと視聴覚室内の様々なところを探っていたら、どうやら造花より先に罠にかかってしまったらしい。天井から下がったロープが彼の身体に巻き付き、更に引き上げられてしまったためにNicolasは宙吊りにされている。
結局他の学生に下ろしてもらったのだが、すぐに探すのに熱中してしまう。結局罠を失念して、今度はケチャップを頭から被る。
「……」
Nicolasはすっかり涙目である。
机や椅子の周囲を探す志津乃。先程のNicolasの様子は見ていたようで、和服を汚したくはないと慎重になっている。
机の引き出しを探ってみようと、一つそっと開けてみる。
「……あら」
志津乃は目を丸くした。そこには造花がぎっしり詰まっている。
「……ですけど、これは」
どうやら殆どが百合以外の造花らしい。この中にもしかして、百合の造花が混じっているのか。
志津乃は眉をひそめるが、やがて意を決して席につく。そのまま、大量の造花の選別を始めた。……結局全て偽物だったらしく、徒労に終わった志津乃は溜息を一つ。
今度は、黒板を検める事にした。下のチョーク置き場にひっそりと、一輪の百合の造花が配されている。
「あら」
それを手に取りかけた瞬間。ギキィィと耳障りな音に背筋を震わせた。
「こ、この音は……」
思わず黒板を見やるが、引っ掻いた後も何もなく、誰かいたわけでもない。実際は黒板の下に、黒板を引っ掻く音が鳴るようレコーダーが仕込まれていたのだが、志津乃はそれには気づかなかったようで、一人首を傾げた。
「へそくりもそうだけれど、こういうのって本棚の奥って相場が決まってそうな……」
そう言う侑吾だが、どうやらそれはスタッフも考えていたらしい。本棚は避けられていたようで、侑吾は本棚をチェックしたが空振りに終わる。
それならと、隣の準備室を狙うことにした。直通のドアを開け、中に入る。
照明のスイッチはと壁を見た瞬間、背中でドアがひとりでに閉まった。更に頭に何かかぶさった感触を感じた。
慌てて侑吾はドアノブを捻るが、開かない。仕方なく壁のスイッチを探り、蛍光灯をつける。頭に手をやると、そこについていたのは……。
「……蜘蛛の巣か?」
これは罠なのか、それとも掃除が足りないのか。勿論普通にしていれば、蜘蛛の巣が落ちてくる事などない。従ってこれは前者なのだが、侑吾は首を傾げるのであった。
●Library Girls
視聴覚室と同じく、図書室を訪れた学生も多くはない。
主だったところでは、アスリット・シュリング(
ja7718)とエミーリア・ヴァルツァー(
ja6869)の義姉妹にツェツィーリア・エデルトルート(
ja7717)とレイラ・アスカロノフ(
ja8389)が加わった4人組くらいだろうか。大学部1年のツェツィーリア以外は、皆高等部2年である。
視聴覚室の3人のように偶然集まったのではなく、元々示し合わせて視聴覚室を探す4人である。入室前から和気藹々と、賑やかであった。
彼女たち4人は、手分けして図書室の造花を探す。
図書室ではお静かに、などとは言うものの、この日は勿論図書室も本来の業務は行われていないし、彼女らの他には目立つ学生の姿もない。結果、造花探しのついでとばかりに、女子4人のガールズトークが展開されている。……その内容は、推して知るべし。
勿論、本来の目的で合った花探しも忘れてはいない。彼女たちはそれぞれ分担して、図書室内の造花を探す。
アストリットは書架を担当した。
「うむ……書物の匂いは、何故ともなく落ち着くな……」
古い本独特の匂いを楽しみながら、造花はないかと棚を下から一段ずつ確認していく。彼女の意識は書架と、その中にあるものに集中する。
結果、通路への注意がおろそかになった。
「わっ」
二つの書架を繋ぐようにセロテープが張られていた。高さは顔の辺りか。慌ててテープを剥がそうとするが、髪にも貼り付いたテープに苦戦する羽目になった。
更に、当然書架そのものにもトラップは仕掛けられている。
「ふぇ!?」
本を一冊引き抜こうと本の上部に指をかけたら、冷たいぬめる感触。思わず指を引っ込めようとして、それを引っ掛けた。本を痛めないようラップが敷かれ、その上に緑色のゲル状の物体……おもちゃのスライムが乗せられていたようだ。
「どっこにあるかな〜?」
そのアストリットの更に上。
脚立を使って、書架の上や蛍光灯周り等、天井に近い高い位置を探すのはレイラである。
「ん?」
書架の上に、アクリル製らしき透明な箱が置いてある。その中には、どうやら造花がおかれているようだ。
「よっしゃー、みーつけたっ!」
喜び勇んで箱を取ろうと手を伸ばした。手が触れた瞬間、ばちんと衝撃が走る。
「きゃっ!?」
慌てて手を離し、バランスを崩しかけて慌てて書架にしがみ付く。
どうやら、箱に電流が通っていたようだ。箱を触った瞬間、彼女は感電してしまったという事らしい。
呼吸を落ち着け、一息。箱の電流を止めようと、配線を確認した時であった。その配線近くに、食堂にもあったあの虫のフィギュアが、ここにもあった。
レイラは悲鳴を上げる。
主に机や椅子、それらの周辺等を確認しているのはツェツィーリアである。
しかし、この机こそ罠の最も豊富な場所であった。
広げられたウェディング特集の雑誌は、企画が企画なだけに嫌でもその目を引く。
解きかけのクロスワード雑誌は、よく見るとすごく単純なミスが混じっていて微妙にイラッと来る。
机の下を覗き込めば、何故か学園内で流行している学園長ブロマイドをコラージュしたミスター宇宙コンテスト的な写真。
更に例によって、椅子の下や机の引き出しの奥には黒い虫のフィギュアも鎮座する。
しらみつぶしに造花を探すということは、必然的にこれらの罠を一つ一つ見ていく事になる訳である。
「……もう諦めて独身を謳歌しようかしら……」
地味に精神的なダメージが積もるツェツィーリアであった。
残るカウンターは、エミーリアが捜索を担当した。
花瓶に活けられた花の中に、造花は混じってはいないか。他にも窓際やカーテン等、カウンター以外にも他のメンバーが担当していない場所を担当していく。
「……」
エミーリアは目の前に垂れ下がる、一本の紐を眺めていた。
紐の先へ、視線を上へと上げていく。その先には、一つのくす玉があった。
「……引いてみろ、ということですわね」
見るからに怪しい。恐らくは罠なのだろうが、この中に造花がないとも限らない。しばし逡巡したが、結局エミーリアは紐を引いた。
ぱーん、と音を立ててくす玉が二つに割れ、中から大量の紙吹雪と造花が降ってくる。
「これは……祝福の花ではありませんわね」
一本手にとって溜息をつく。そして大量の造花を見て、「もしかしたら、この中に本物の造花があるのでしょうか」と途方に暮れるのであった。
●中庭の花壇に花は咲き乱れ
高等部校舎の敷地内には、中庭もある。平日であれば、休み時間や放課後に学生が訪れ、思い思いに時間を過ごす場所であるのだが、この日は今回の企画によって造花を隠す場所として利用されていた。
「くっくっくっ……今まではバイト以外で全く関連のないイベントだったからな! たまにはいいじゃないか!」
彼女いない歴30年。ようやく結婚絡みのイベントに関われると、血の涙を流す勢いで笑顔を作る中等部2年の大城・博志(
ja0179)。勿論これで彼女が出来るわけではないのだが、そこは余り構わないらしい。いやに鬼気迫る笑みに、中庭に集まった他の学生たちが距離を取る。
勿論、気にしない者は全く気にしない。
「いっぱいいっぱい探すのだよー♪」
わはー、と両手を上げて満面の笑みを浮かべるのは、小等部1年の鈴蘭(
ja5235)である。宝探しなのだー、と楽しむ気満々の様子であった。
同じく小等部の5年生、木花 小鈴護(
ja7205)は、鈴蘭とは対照的に静かに佇んでいる。先日商店街のイベントでウェディングドレスを着る羽目になり、実家の姉にそれを話したら羨ましがられたとのことで、祝福の花を見つけたら姉に送るつもりだった。
……ドレスを着たという小鈴護が、れっきとした男子であるという事実はさておく事にする。
「お花見つけたら、龍斗は誰にあげるの?」
「普段、部活で世話になってる子達にあげようかなと」
ミシェル・ギルバート(
ja0205)の問いに、翡翠 龍斗(
ja7594)は答える。高等部2年と1年の、今回のイベントでは唯一と言っていい男女のペアなのだが、恋愛関係にあるかと言えばそうでもなく、依頼仲間と言った方がわかりやすい付き合いであった。
そんな彼らの喧騒をよそに、高等部1年の高虎 寧(
ja0416)は大あくびをひとつ。適当に探し当てたら、後はその成果を誇りつつ気持よく昼寝するつもりだ。
「うちにとって、色気より眠気優先なのよね……」
花より枕と言ったところだろうか。
誰が声をかけるともなく、中庭に集まった学生たちはそれぞれ祝福の花を探し始める。
木を隠すなら森の中とはよく言ったもので、花が如何にもありそうな花壇を探す者が多い。博志、ミシェルと彼女に付き合う龍斗、寧、そして鈴蘭。大半の者が花壇に足を踏み入れた。
博志が花壇の花を確認しようと屈みこんだ時であった。
ぶーん、という独特の羽音が彼の耳に入る。大きさから考えて、近い。
「蜂か!?」
刺されてはたまらんと慌てて振り返るが、蜂が飛んでいる様子はない。よく聞くと、羽音らしき音は足元から聞こえた。
「……これか!」
ぶーん。博志が拾い上げた小型スピーカーから、録音されていたらしい蜂の羽音が再生されていた。
「よし、次の罠持って来い!」
罠は乗り越える物である。既に博志にとって、企画の主旨は何か違う方向になっていた。
「ミシェル、それ」
「うん、落とし穴だね」
龍斗が指さしたあからさまな落とし穴を見て、自分も気づいていたとばかりにミシェルが頷く。
随分あからさまだが、巧妙な罠でなくてもいいのだろう。二人はそれを避け、隣を通ろうとした。
「うわっ!?」
「龍斗!?」
突如、何もないはずの場所で龍斗が落ちた。あからさまな落とし穴を囮に、本命の巧妙に隠された落とし穴が龍斗を餌食にしたらしい。
「うわ、猫! 猫とたぬきだ!?」
「たぬき!? ちょっと見せて!」
龍斗の予想外の反応に、ミシェルが目を輝かせた。落とし穴の中はお猫様とお狸様による、毛玉地獄であった。好きな人には天国かも知れないが。
花を荒らさないよう、手先と足先には注意。触った感触で、生花とそれ以外を判断する。寧の取った方針である。
かさりと、指先に花とは違う硬い感触があった。造花の感触ともまた違うとは思いつつ、それを手に取って持ち上げてみる。
「……学園長?」
謎の流行を見せる、学園長ブロマイドであった。図書室でコラージュされていたブロマイドとは、地味に違う写真らしい。
「なかったら、諦めて寝ようかしら……」
若干やる気の削がれた寧であった。
鈴蘭も身をかがめ、花壇を覗きこむ。彼女の場合は、祝福の花よりも花壇の花そのものの方が興味が強いようであった。
「一本欲しいのだよー♪」
綺麗な花畑に、鈴蘭は目を輝かせる。ふと、花壇の中に動くものが見えた。よく見ると、花壇の土の上に毛虫らしき虫がいる。
鈴蘭の興味は花から虫に移った。虫の行く先を追いかける。
祝福の花探しと言うよりも、ただの遊びである。楽しんでいるから、それでいいのだろう。
唯一花壇を探さなかった小鈴護は、180センチを超える長身を活かし、庭木を調べる事にしたようだ。
枝に手をかけて懸垂の要領で上に登る。果たしてその判断は正解だったか、枝の上に目立たないように箱が置かれていた。
巣箱ではないなと思いつつ、小鈴護はその箱を開ける。
「……ハズレ……」
木の上を探す者がいるのは、見越されていたらしい。ハズレとだけ書かれた紙に、小鈴護は肩を落とした。
だが、これだけではないはずだと、他の枝も探してみる小鈴護であった。
●ジューンブライドに祝福を
制限時間とされた午後3時になると、各捜索箇所に企画のスタッフが終了を告げて回った。
トラップで散々な目に遭った学生も少なくはないが、結果としては殆どの者が祝福の花を手に入れるに至ったようである。
手に入れた花は、自由に持ち帰っていいとなっている。その扱いは、手に入れた学生たちによって、様々のようであった。
恋人にあげるつもりと言う月花や幸穂。
カーディスも花を捧げ、愛を語ると言う。ただしその相手は、猫らしいのだが。
「俺にも渡したい相手がいるんでな」
造花を片手に、にっと笑う敦志。だが、その笑みはすぐに苦笑に変わってしまう。
「尤も、受け取ってくれるとも思えないんだが」
意中の人は目の前の造花と違って、どうやら高嶺の花らしい。
龍斗は一人悩んでいる。
あげようと思う、部活で世話になる女子は3人。手に入れた造花は2本。
もう一本どうしようと頭を抱えていた所に、事情を察した侑吾が造花を差し出した。
「こういうのって探すのまでが楽しいんあよなぁ……」
使い道がないから、使うあてのある者に渡せばいい。龍斗は侑吾にひたすら感謝したが、侑吾はあまり気にする風でない。
祝福の花は結局ただの造花であり、特に有難味があるわけではないのだが、女子達にとってはそうでもないらしい。
人数分が集まったと、きゃいきゃい騒ぐのは図書室で捜索していたアスリット達4人。揃う前は特に手に入れていないツェツィーリア辺りが激しく落ち込んでいたりしたのだが、見つかった瞬間彼女のテンションは急上昇した。笑顔ではねるように談笑する様は、本当に嬉しそうである。
「これで私も独り身卒業だぁーっ!」
「うちもやぁーっ!」
雄叫びを上げ、拳を突き上げるのはすみれと秋桜である。造花一つで恋人が出来るなら、苦労はしないだろうが。ともかく、恋愛成就のお守りにするらしい。
「私もいつか、幸せを手渡せる人になりたいです」
志津乃はそう言った。自室に百合の造花を飾るらしい。
シェルティも、今日の記念として持ち帰るつもりのようだ。祝福の花を片手に、嬉しそうなほほ笑みを浮かべた。
先程のトラップがまだ尾を引いているのか、ぶつぶつと文句を言う桜弥。そんな彼女の目の前に、一輪の造花が差し出された。
「麗しの乙女、祝福の花をどうぞ」
歯の浮くような台詞とともに差し出したのは、一臣である。
「わ、私に!? ……ありがとう……」
不意打ちに弱かったか、それとも押しに弱いのか。桜弥はやや照れながら、花を受け取るのであった。
「じゃ、カズオミには僕があげる!」
更にその一臣に、Nicolasが造花を差し出す。バンチョーにあげる分も確保してあるのだとか。
「お、ニコちゃん。サンキュー、いやメルシーかな?」
「おー!」
一臣は造花を受け取り、くしゃくしゃとNicolasの頭を撫でる。二人共、笑顔であった。その二人の様子に、桜弥も頬を緩ませるのであった。
確保した多数の造花を配って歩く、小さな姿もあった。
「皆で幸せになるべきなのだ。仲間はずれの人はいちゃ駄目なのだよー♪」
造花を差し出して笑顔を浮かべる、鈴蘭であった。
ジューンブライドに祝福を。
恋人も夫婦も、まだそうなっていない人も、興味のない人も。
皆が幸せであるように。
誰ともなく、祈るのであった。