●久遠ヶ原スペシャル・UFOを追え!
Unidentified Flying Object――未確認飛行物体。
その名の通り、何であるか確認されていない、正体不明の飛行体を指す言葉である。
本来は航空用語・軍事用語であり、管制や軍に把握できていなければ、敵国の軍事機やミサイル、あるいは鳥であってもこの呼び方がされるものである。レーダーに映った正体不明の飛行体はミサイルの可能性があるので警戒体制を取る必要があるため、「何かがこちらに向かって飛んでくる」事に注意を促すために「未確認飛行物体接近」と表現するのだ。
そのはずなのだが、何故かオカルト系の雑誌やテレビ番組の影響で、一般的には宇宙人の乗り物を指すケースが多くなってしまっているらしい。
ちなみに、その正体が判明した飛行体は『確認済飛行物体(Identified Flying Object)』という呼び方を用いる。飛行計画が知らされた旅客機や貨物機、鳥の集団等がが多く該当するのだそうだ。
そんな銀色に輝く円盤を追って夜の道を駆ける撃退士達だが、その心中はと言うと。
「古典的なUFOですね、中がちょっと気になります。米空軍のブルーブックによると4%くらいは本物らしいですけど、それが宇宙船だって断定はできないんですよね」
1960年台の米空軍による公的なUFO調査計画、プロジェクト・ブルーブック。
予想外にディープな知識を披露する、佐藤 七佳(
ja0030)である。中等部3年生の彼女だが、オカルト趣味でも持ちあわせていたのであろうか。
彼女は兎も角、興味津々に『フライング・ソーサー』……空飛ぶ円盤を見上げる者は多い。
「そう言えばUFOって初めて見た。いや、本物かどうか知らないけれどさ」
写メって撮っちゃ駄目かな、と携帯を取り出す大学部の2年生、桝本 侑吾(
ja8758)。
「ちょ、ちょっと誰かカメラ持ってない!? あぁ、ケータイのカメラ使えば……それよりもあれいったい何!?」
盛り上がりに盛り上がり、桝本の携帯を見てハッとしたかと思えばやっぱり興奮している、エルナ ヴァーレ(
ja8327)。当初は「今更、UFOなんている訳ないじゃない?」と半信半疑だった大学部1年生だが、今回の依頼を受けて実物を見るなり「ホントにいたー!?」と指をさして絶叫した。それからはご覧のとおりである。
中等部3年生の露草 浮雲助(
ja5229)も、UFOにテンションがあがった一人である。彼もやはり、当初は「おおっ、UFO!?」と驚いたのだが、今は追いかけながらも笑顔になっている。
「不思議なものに出会うと、わくわくしますねっ!」
とは言うものの、このご時世である。実際の所、宇宙人よりは天使か悪魔のいずれかの勢力が生み出した、それらしき存在と見る方が正しいであろうと思われた。
「未確認飛行物体……ってやつか。まさか無機物って事はないと思うんだが……」
とぶつぶつ呟きながら、敵とされるフライング・ソーサーの正体を考察しようとする諸葛 翔(
ja03525)。宇宙人などには興味なさそうな素振りを見せる高等部1年生だが、正直なところ、その内心はちょっとワクワクしていた。
「……天魔じゃなく、本当に宇宙人だったら良かったのにな」
そうため息をつくのは、高等部1年生の雪ノ下・正太郎(
ja0343)である。この手の話題は好きなのだが、依頼に対しては真面目に取り組む姿勢が彼を冷静たらしめている。
「ロマンがあっていいじゃねえか。俺は好きだぜ、そういうの」
走りながら携帯の通話を終了させ、カルム・カーセス(
ja0429)はにやりと笑みを浮かべる。通話先は消防であった。どうやら敵が麦畑の方向に逃亡しているらしいのを見て取ったため、消防車の準備を要請したようだ。
「一個の生き物なら……外見はあれでも中身は生っぽいのではないでしょうか……」
想像したくない事を口にするLime Sis(
ja0916)。恐らくこの8人の中で一番冷静だったであろう、高等部1年生であった。
フライング・ソーサーはやがて、麦畑の上空で静止する。追いかける撃退士達は当然、麦畑に足を踏み入れる事になる。
ここまで無言を貫いていた早乙女征嗣(jz0033)が、七佳に声をかけた。
彼女が使うインラインスケートは、あくまでも整地されたオンロードを走る装備である。柔らかい土と障害物となる麦が生える畑では、かえって彼女の機動力を削ぐ事になる。それを危惧し、征嗣はインラインスケートの非使用を奨めたのだ。
特に以前にも足場の悪い場所で失敗した事があったため、七佳は提案を受け、靴に履き替えていた。
兎も角、撃退士達はこの麦畑が戦場であると定める。次々とヒヒイロカネから魔具と魔装を呼び出しながら、麦畑を駆けていった。
夜空に輝くフライング・ソーサーは、思いの外光量が大きい。その銀の光は円盤そのもののみならず、地上の撃退士達までも照らしていた。これならば、照明は不要であろう。
●第二種接近遭遇・未知との戦い
撃退士達はフライング・ソーサーとの距離を詰めながら、横に広がって行く。フライング・ソーサーを包囲する目論見である。
比較的高い高度を取った円盤に対し、先手を取ったのは飛び道具を使う撃退士達であった。
Limeと侑吾がコンポジットボウを引き、アウルの矢を放つ。
夜空を一直線に走る二条の光。時間差をつけて、更にもうひとつの光が放たれる。片手でロータスワンドを肩に担ぎ、もう片手でカルムが広げた魔導書から生まれた魔力弾である。
次々とフライング・ソーサーに着弾する。それがいか程の効果を与えたのかは分からないが、少なくとも円盤に撃退士達の存在を気づかせたのは間違いないようであった。円盤はくるくると回転しながら、底面の縁から等間隔に砲門を展開する。
砲門から次々と光線が放たれた。比較的距離の近かった、正太郎と浮雲助に2発ずつ発射される。
発射の予備動作を見て取り、浮雲助は防御体制を取る。が、その防御ごと、怪光線は彼の身をしびれさせた。後ろから見ていた撃退士達は、もしかしたら彼の骨格が見えたかもしれない。
正太郎は咄嗟に横に飛び、光線を避けた。稲妻のようにジグザグに伸びた怪光線は、麦畑に突き刺さる。引火こそしないものの、地面をえぐった。正太郎はちらりと見えた浮雲助の様子に、武器で受け流すのは困難と見る。
更にフライング・ソーサーは、上部の爆雷発射口を開いた。煙が尾を引いて、ばしゅばしゅと爆雷が撃ちだされた。
標的になったのは翔とエルナである。二人共直撃こそ避けたが、爆風が予想以上大きかった。翔はブロンズシールドを構えて堪えるが、エルナは爆風に数歩流される。
撃退士達は更にフライング・ソーサーに接近する。対照的にフライング・ソーサーは高度をとった。白兵戦を挑むには遠い。
「でぇやぁっ!」
正太郎がスタンプハンマーを大きく逆袈裟に振り上げる。衝撃波が生まれ、フライング・ソーサーに衝突してばしぃんと弾けた。
その後ろから、カルムが横に駆ける。側方に回り込みながら、魔力弾を連打した。フライング・ソーサーの下面や縁にわざと狙いを散らばらせて、弱点となりそうな場所を探った攻撃である。
七佳も続き、リボルバーを連射する。効かない攻撃はないはずと、少しでも打撃を与えようと試みる。フライング・ソーサーが『本物』であった場合を考えて彼女自身は先制攻撃を控えていたのだが、フライング・ソーサーの攻撃を受けた浮雲助の証言で敵がディアボロであるとほぼ断言出来る状況になった。そうなれば、もはや彼女にとっても遠慮は無用である。
フライング・ソーサーも、勿論ただ攻撃を受けるばかりではない。先程と同じように、怪光線と爆雷で撃退士達を襲う。
敢えて前に出たエルナが囮役として走り回り、攻撃を避ける。翔も最前線で盾を構えて味方を護る。
更に浮雲助は敵の攻撃をよく観察する。攻撃が届かないのもあるが、敵の攻撃を少しでも見極めて戦いを有利に運ぶためである。
「撃てないように出来ればいいのですけど……」
弓を射ち、Limeは一つ溜息をつく。砲門や爆雷発射口を破壊できればと攻撃の瞬間を狙っていたものの、フライング・ソーサーは回転を繰り返し移動する。なかなか思うようには命中しなかった。
突如、フライング・ソーサーが傾いた。下面をまっすぐに撃退士に向ける形である。
何事、と思う間もなく。下面中央、3つの球体の中心から虹色の光線が照射された。その光線は翔とLimeを捉える。エルナは必死の形相で回避した。
ふわり。二人の身体が音もなく浮いた。光線に添って、ゆっくりまっすぐに円盤に向かう。
「ぉー……」
どうやら驚いているらしいLimeである。UFOのトラクタービームに引っかかった戦闘機が、敵の捕虜になる光景(ドット絵)を連想する。彼女の脳裏をよぎったのは、80年台のアーケードゲームであった。
「こらあ男ども、見るなー!」
思わずエルナが叫ぶ。ひときわ目を引く白い普段見えない何かが、Limeの姿に見えていた。
「無茶を言うな!!」
怒鳴り返す正太郎。戦闘中に敵から目を逸らすわけにはいかない。そう言い聞かせながらも、密かにその光景は目に焼き付けた。
「攻撃が緩んでる、俺達はいいからやれ!」
身体の自由を奪われながらも、翔が叫ぶ。どうやら重力光線の照射中は攻撃の手を緩めなければならないようで、怪光線も爆雷も、極端に頻度が下がっていた。
この機を逃す撃退士達ではない。浮雲助やエルナのような攻撃が届かない者は別として、吸い上げられる二人に当たらないよう配慮しつつ一同は攻撃を集中させた。どうやらこの間は、フライング・ソーサーは身動きも取れないようで、撃退士達にとっては集中攻撃の絶好の好機であった。
やがて、フライング・ソーサーの下面中央にポッカリと穴が開く。中からは光が漏れだして、地上の撃退士達からは様子を伺うことは出来ない。
重力光線に捕らわれた二人は、そのまま穴を通ってフライング・ソーサーの内部へ入っていってしまった。即座にシャッターのようにソーサーの穴が閉じられ、重力光線が止まった。
「……」
「……」
静けさが訪れた。中に入っていった二人はどうなったのか。いや、フライング・ソーサー自体、どうなるのか。誰も予想が出来ない。
かくんと、フライング・ソーサーが傾きを直した。再び地面と並行に浮かぶ。
何事もなかったかのように、戦いは再開された。勿論、中にいる翔とLimeを欠いたまま。
●第四種接近遭遇!?
「く……」
全身を襲った衝撃に、翔は顔を顰める。身体が硬いものに触れる感触に、思わずつむっていた目を開く。
金属質の床があった。見回すと、床だけではない。椅子らしきものや壁際の計器類のようなもの……様々な物が何らかの金属でできているようだった。
「気がついたら手術台に括りつけられて……なんてことはなさそうですね……」
後方に聞こえた声に、翔は振り返る。自分と同じように身を起こす、Limeの姿があった。
「……折角だし、見学でもしてみるか?」
のんきなことを言いながら、周囲を見回す。六畳間程度の狭い円形の部屋は、恐らくフライング・ソーサーの内部であろう。窓からは外が伺えるが、フライング・ソーサー自体が宙に浮いているため、麦畑の様子は見えない。
「そんなことも言ってられないみたいです……」
弓を構えるLime。彼女の視線の先に翔が視線を送ると、そこには灰色の小柄な姿があった。つり上がった黒い目が大きく、対照的に鼻や口は小さい。頭でっかちで胴体や手足は細く、その手にはレトロな光線銃が握られている。
「典型的な宇宙人だ!?」
思わずツッコみながらジャマダハルを構える翔。もしかしなくても、彼(?)がこの円盤を操っているのだろうか。
フライング・ソーサーは突如高度を下げ、麦の穂よりもやや高いくらいまで下がった。
すかさず、撃退士達は近接攻撃を挑む好機とみて飛びかかった。
七佳のパイルバンカーががぎんと音をたててフライング・ソーサーに突き立てられた。装甲を貫くところまでは行かないが、火花を散らす。
征嗣の手を踏み台に使い、更に高く飛んだカルムは杖に魔力を込めて振り下ろす。生身であれば気絶を引き起こす一撃だが、非生物らしきフライング・ソーサーには流石にその効果は現れない。
侑吾もブラストクレイモアに魔具を切り替え、体重を載せて斬撃を叩きこむ。西洋の直剣は切れ味以上に、重量による衝撃が重要な武器だ。がぁんと豪快な音を立てた。
更に正太郎のハンマーとエルナの杖が唸りをあげる。ヒーローはともかく魔法少女と言うには、エルナの攻撃は少々荒っぽい。
浮雲助も、この状況では敵の様子を見る場合ではない。鉤爪の一撃を振るう。爪は並行に、フライング・ソーサーの表面を走った。
全員の攻撃が集まったのを見計らうかのように、フライング・ソーサーが回転する。上に飛び乗った七佳とカルムはその遠心力で吹き飛ばされる。他の四人は回転とともにフライング・ソーサーの縁から発せられる衝撃波で、吹き飛ばされると同時に打撃を受けた。
逃げるかのようにフライング・ソーサーは浮き上がる。足元にはフライング・ソーサーが作ったであろうミステリーサークルが出来上がっているのだが、誰もそんなことを気にしてなどいない。
撃退士達は再び弓矢や銃に武器を変え、フライング・ソーサーに射撃を仕掛ける。フライング・ソーサーもまた怪光線や爆雷を放ち、戦いは三度射撃戦へと移り変わった。
その直後であった。
ばごん。突如、フライング・ソーサーの上面から爆炎があがった。
直線移動と停止、回転を繰り返していたフライング・ソーサーは、急激に力を失ったようにふらふらと高度を下げる。麦畑の外を目掛けてか撃退士たちから遠ざかるのを、彼らは追いかけた。その途中も、フライング・ソーサーからは次々と火の手があがる。
彼らの目の前で、フライング・ソーサーは斜めに突き刺さるように地面に墜落した。
「も、諸葛さん達は大丈夫ですか!?」
思わず叫ぶ浮雲助。未だ二人はフライング・ソーサーの中の筈であった。
ぶしゅーと音を立て、側面の一箇所が開く。どうやら出入口らしい。
誰ともなく撃退士達は出入口側に回りこむ。出入口からは、手傷を追いつつも無事だったらしい翔とLimeが出てくるところであった。
翔とLimeは結局、リトル・グレイ型ディアボロと直接交戦し、撃破。どうやら彼(?)がこのディアボロの本体だったらしく、それと同時に急激にフライング・ソーサーが機能を停止した……というか、壊れたようであった。
二人は撃退士達に退避を促す。9人が離れるのを待っていたかのように、フライング・ソーサーは塵も残さぬ大爆発を起こしたのだった。