●青果店『八百玄』
早朝の、まだ店を開く前の時間である。
「今日一日お世話になります、ヴィルヘルム・E・ラヴェリ(
ja8559)です。宜しくお願いします」
久遠ヶ原商店街の一角にある八百屋で、大学部1年の青年は深々とお辞儀する。色々勉強をさせて貰う身であればこそ、礼儀を大切にしようという思いであった。
「おう! 今時礼儀正しい兄ちゃんだな! 俺の方こそよろしく頼むぜ!」
豪快に笑うのは八百屋の店主だ。玄さんなどと呼ばれていたようだが。
「さて、お前さんに頼む仕事だが、まずはこっちだ」
何をすればいいか、などと訊く間でもない。最初から仕事は決まっていたようで、ゴムバンドで長い金髪を纏めるヴィルヘルムが店主に連れられて向かったのは、店舗の裏側であった。
二台くらいは停められるだろうか、小さな駐車スペースと倉庫がある。通路を通れば、八百屋の家屋の裏口の前を素通りして店まで出られるようになっているらしい。
駐車場には、一台の軽トラックが停められていた。店主が言うには、明るくなる前についた船便から、仕入れた荷物を受け取ってきたトラックらしい。
店主は軽トラックの荷台の、幌のカーテンを開ける。ヴィルヘルムが覗きこむと、薄暗い幌の中を埋め尽くすように幾つもの段ボール箱が積まれていた。産地と品名が様々な書体と大きさで書かれている。
「日本中から届いた、活きのいい野菜だぜ」
店主はそう言い、ヴィルヘルムに軍手を手渡す。自分も軍手を填めて荷台に入った。
「荷下ろしするから、言う通りに分けてくれ。店に並べる分と倉庫に置いておく分だ」
「わかりました」
少なくとも店に並べる分は出してしまわなければ、開店しても商売にならない。
腕力も体力も自信のあるヴィルヘルムである。この土地の過ごし方も勉強させてもらうつもりで、気合を入れた。
次々渡される段ボール箱を、指示通りに仕分けしていく。
仕事はこれから始まる。
●蕎麦屋『喰おん亭』
「あらやだ。気合は嬉しいけど、制服はちゃんとあるのよ?」
和風の店に合わせて、着物を着てアルバイトに訪れた中等部2年の猫野・宮子(
ja0024)に向かい、蕎麦屋の女将はそう言って手を振った。
改めて更衣室に通されて、制服となる菫色の作務衣と紺色の前掛けに着替え直す。どちらにも、店名が黄色い糸で刺繍されている。同じく店名のロゴが入った手ぬぐいを頭に巻いて、髪を収めた。
最後に自分で持ってきた小さな猫のピンバッジを前掛けの隅につけて、準備完了である。
「宜しくお願いします」
似合う似合うと頷く女将に、宮子は改めてお辞儀した。今日は場所が場所だし、普段の魔法少女のノリは持ち込むわけに行かない、と気合を入れる。
宮子の担当は、フロアでの接客業務。ウェイトレスとも言う。
ひと通り仕事の説明を受け、準備を整える。そうこうしているうちに、店の玄関先にのれんがかけられた。
開店である。
「いらっしゃいませ、どうぞ、こちらの席が空いてるよ♪」
早速入ってきたお客に、宮子は精一杯の笑顔を浮かべた。
注文を取り、出来上がった料理を運び、店の外を箒で掃除。
「ありがとうございました! またのご来店、よろしくお願いします、だよ」
お客の精算に、退店した客の席の後片付け。
時々間違えたりも勿論するが、それは誰だって慣れないうちはやるものである。女将も上手く宮子をフォローして支えるし、初々しい宮子の姿にお客もつい甘くなる。
元気いっぱいに駆ける小柄な少女の姿は、皆の目を和ませていた。
「女将さん、今日はどうしたんだい」
「なあに、臨時のアルバイトよ。ちょっかいかけちゃダメよ?」
客と女将のやり取りは、一生懸命働く宮子の耳には届かないようだ。
●フラワーショップ『エスポワール』
開店前。
ソフィア 白百合(
ja0379)は、轟闘吾(jz0016)と共に花の世話や手入れの仕方のレクチャーを受けていた。
ふむふむ、と頷くソフィア。積極的に質問や確認を取り、頭に入れていく。闘吾は対照的に無言だが、視線はしっかりと指示や注意の及ぶ花に注がれている。
ひと通り終わると、二人は仕事の分担を話し合う。と言うよりも、もっぱらソフィアが提示してそれをそのまま闘吾が受ける形になっていた。
ソフィアの提案に、闘吾の表情が一瞬固まった。元から表情がまるで動かないので、花屋もソフィアも気づかなかったのだが。
ガラガラと花屋のお姉さんがシャッターを開ければ、この日の開店となる。
店内の花の陳列や、花の手入れを手分けして進める。やはりというべきか、力仕事は闘吾が担当するようであった。
「今回のアルバイトのお話は、色々なお店からお声がかかったみたいですね?」
作業中、ソフィアが闘吾に声をかけた。声がかかると言う事は、それだけ彼が頼られていると言う事なのだろう。
「……」
ちらりと、闘吾はソフィアに視線を向けた。が、すぐに外して、作業に戻る。
「……仕事中だ」
ぼそりと、闘吾が呟くように言った。背を向けプランターを運ぶ闘吾に、ソフィアは微笑んだ。
来客の応対は主にソフィアが担当した。予め打ち合わせたとおりである。
その彼女と話をしながら生花や種を選んで、客が精算をしようとした時。
「……」
レジの周囲だけ、明らかに雰囲気が異なっていた。華やかな雰囲気を吹き飛ばすがごとく、劇画調の絵面の濃い大男がご丁寧に花屋のエプロンを身に着け、カウンターの中に鎮座する。
言うまでもなく、闘吾であった。
「素敵なお花をお選びですよね、お客様。大切な方へのプレゼントですか?」
ドン引きに引いた客の空気を察して、ソフィアが客の注意を逸らした。その間に、闘吾はレジを打つのだった。
●スーパーマーケット『KUON』
スーパーマーケットの更衣室で、店の制服の上にエプロンを付けて紙の帽子を被り、着替えを済ませる。
そうしながら、小柄な3人の少女は、作業の分担を相談していた。
「知夏的にはあまり料理の腕は高くないんで、可能なら陳列をメインとしたい所っす!」
あっけらかんと笑うのは、中等部1年の大谷 知夏(
ja0041)。
「むしろ、力仕事を希望したいんですが……」
見かけによらず馬鹿力持ちの、こちらも中等部1年の綺堂 彗(
ja8227)。
そんな二人を前に、それならと初等部5年の舞 冥華(
ja0504)が頷いた。
「冥華は忍じゃーだから、刃物のあつかいは得意?」
疑問形が不安を煽る。しかも、彼女が主に使うのは包丁の類ではなく、苦無である。
スーパーマーケットに集まったのは依頼を受けた8人乗中でも年少組の3人であった。特に、冥華が8歳と聞いて店員が目を丸くした。久遠ヶ原学園は飛び級が許されてはいないので、おそらく実際には11歳前後なのだろうが。
実は冥華は、自分たちの年齢が労働基準法に抵触しないか心配していたようだが、一応学園に持ち込まれた依頼という体裁をとっているため、今回は不問となると説明されていた。
寮の門限も、依頼を受けている場合は特例として免除されるため、気にしないで済む。
しかし、包丁仕事になると流石にそうはいかない。戦いで刃物に慣れているとしても、大人たちは子供に包丁を握らせるのは認めなかった。
実際学生アルバイトにも包丁は触らせない事もあって、結局、包丁は本来のまま、店の青果担当者が使う事になる。
とは言え、仕事がなくなる訳ではない。
結局、冥華がバックヤードに入る事になった。青果担当者の手によって切り分けて下拵えされた野菜類はトレイに乗せられる。それをラッピングの機械に通したり、冷蔵倉庫に保存している日持ちのする野菜を取り出したりと、裏方ながらも身体を使う仕事が多い。
そうやって、陳列する商品の準備を整えていくのが、彼女の仕事らしい。
ひとつひとつ、店員から説明を聞いては頷き、冥華はバックヤードを動きまわる。
冥華達が用意した商品を店内に運び並べるのが、知夏と彗の仕事となる。調理済みのパックならともかく、雑貨類はひとつひとつが結構な重さがあるので、それらが詰まったコンテナも重い。これは力自慢の彗が、手押しのワゴンに商品の入ったコンテナを載せていく。
そのまま、加工された食品は知夏が、雑貨類は彗がと自然に作業が分担される。
まだ暖かったり冷たかったりする食品を、知夏は次々に並べる。
彗も、コンテナに積まれた雑貨を取り出して、同じ商品を見つけては並べていった。
ちゃんと指示を受けたとおり、新しいもの程棚の奥に置かれていく。先入先出法と呼ばれる、先に仕入れたもの程先に出していく在庫管理の方式の一種であった。勿論在庫から出す際にも、この手法は適用されている。
昼前や夕方頃には、買い物客の数はピークになる。それに合わせて、特売コーナーを設置するのも仕事の一つだった。
店員と共に、知夏と彗がワゴンや値札をセッティングしていく。その間に、冥華はバックヤードで準備が進む商品に、値段とバーコードが書かれたシールと「特売」のシールを貼り付ける。それが出来上がれば、また知夏達がワゴンでその商品を運び、陳列していった。
『只今特売コーナーにて……』
有線放送によるBGMに割り込み、店内にアナウンスの放送が流れた。どうやらセール開始に間に合ったようだ。
休憩を指示されて一旦バックヤードに戻った2人と先に休憩についていた冥華は、3人揃って安堵の溜息をついたのだった。
夕方のピークがすぎれば、客足も次第にまばらになっていく。作業に慣れてきた事もあって、余裕が生まれた。
閉店が近づくと、翌日の売り場の調整も始まった。知夏達はポップの出し入れや値札の交換などの作業に従事する。
そして閉店時間となる。バックヤードにいた冥華も店内へ入ってきた。3人は商品のリストを渡されると、それが並ぶ棚の商品の棚卸を始めた。商品ごとに陳列している数を全て数えて、在庫の管理を行うのだ。
3人とも背が低いので、棚の上段は店員が対応することになった。少し申し訳のなさそうな彼女達ではあったが、それでも人手があることには変わりない。
「助かってるよ、ありがとう」
むしろ店員からは、感謝の言葉が出るのであった。
数字に弱い知夏は特に、ゆっくりでもしっかりと、数を数える。
「速さよりもとにかく、確実に確実に、進める事を優先したいっす」
「そうですね……」
彗もあまりこういう仕事には慣れていない。彼女も知夏に合わせ、確実に数える事を意識した。
「ん、これはおっけー」
二人が数える後ろで、冥華はリストに数字を書き込んだ。
既に日は落ち、夜になっていた。
●ゲームセンター『ELYSION』
きびきびとした動作は、見ていて心地よい。
店名の書かれたデニムのエプロンを着けた沙耶(
ja0630)は、小気味良く店内の作業をこなしていた。
やはり彼女も、開店前にひと通りの業務内容をレクチャーされている。特に機器の取り扱いは、同じ外見の筐体でも内部の構造が違うことがあるらしく、細かく指示を受けていた。
業務としては、やはり筐体のメンテナンス関係が多い。
リズム系のアクションゲームは特にボタンを酷使するため、ボタン内部のバネが効かなくなる事がある。格闘ゲームの類ではレバーのヘッドも螺子が緩み、あるいは摩擦で削れて使い物にならなくなる。
これらの交換が、トラブルとしては多いものであるとのことだった。実際、一日の臨時アルバイトであるにしても、沙耶は数回、ボタンやレバーの交換を行なっている。
他にも、インカムと言われる筐体に投入された硬貨の額を数える、インカムチェックも重要な業務である。時間ごとに区切って収入を確認することで、客層の変化やその客からのゲームへの興味の傾向などを探るのだ。これらの情報から新しく仕入れるゲームタイトルの基盤を選んで行くのだろう。
他にも筐体の清掃や、金を飲まれたなどのトラブル対応も主な業務であった。
「ねえねえお姉さん」
ふと、沙耶は客から声をかけられた。大学部1年の彼女とは同年代に見えるだろうか。
「何でしょう」
彼女が丁寧ながらもクールに対応するのは、仕事だからと言うよりも素に近い。何かトラブルがあったかと、内心身構えた。
「……お断りします」
きっぱりと断る。どうやらナンパだったらしい。表情が目に見えて冷淡になっていた。
「おねえちゃん」
「はい、何でしょう?」
反面、小さい子供の対応は親切に、笑顔になる沙耶だった。
●古書店『久遠堂』
ぺらぺらと本をめくる。本の痛みをチェックする作業である。
「本なんてさっさと全部データ化してしまえよ。この自体に紙媒体なんざ効率悪いだろうに……」
本をめくりながら、牧野 一倫(
ja8516)はぼそっと呟く。
正直かったるい。とは言うものの、商売の基本は笑顔である。
客と店主への愛想こそ忘れないが、実の所古書は大の苦手で、古い本特有の匂い等もあまり耐えられる物ではない。
ならば、どうしてこの大学部1年の青年が古本屋を選んだのかと言えば……一番暇そうだからであった。
「それが終わったら、次はこれを商品棚に」
口数の少ない店主が、大きな段ボール箱を一箱テーブルに置いた。中には既に査定と値段のついた古本がびっしり収まっている。
愛想よくはいはいと返事はするものの、内心げっそりしていた。
思った以上の激務である。古本は意外と重量があり、特にこうやって箱に詰まっていると密度もあってずっしりと重い。
作業も多岐に渡る。
本の痛みのチェックや商品の陳列は勿論、値札の貼り付けの作業もある。ただし貼り付ける値段は、本の古さや貴重さ、痛み具合から千差万別。当然、一冊ずつ確認が必要だった。
更にはそれらをジャンルごと・作者毎に分類の必要がある。傷んでいる本は勿論、補修作業も必要であった。
元々人手不足で古本が溜まっていく一方だったらしく、ここぞとばかりに店主は一倫に仕事を与えていた。
更に、古本屋を訪れる客の応対もある。幸い店は広くないため、棚への案内は簡単だったが。
元々バイトの経験は十分にある一倫である。仕事自体はてきぱきとしていて効率は良いのだが、いかんせん仕事量が多かった。
ダンボール箱を空にしてそれを伝えると、店主は休憩を指示した。
一旦バックヤードに下がりながら、一倫はスマホを取り出した。
メールを打つ宛先は、7つ。
●ファーストフード『クラウドバーガー』
「お疲れ様っすー!!」
知夏の音頭に、それぞれ紙コップを掲げる。
商店街の表通りにあるファーストフード店で、闘吾を加えた9人はテーブルを囲んでいた。
既にバイトに向かった店はそれぞれ業務を終了している。一倫の提案で、アルバイトの打ち上げを行う事にしていた。
仕事を終えた充実感と心地良い疲労が、ハンバーガーやドリンクの味を更に引き立てているように彼らは感じるのだった。