●鏡よ鏡
「変身! 天・拳・絶・闘……ゴウライガァッ!!」
叫ぶなり、次々とポーズを取る。同時に光纏を行い、魔具と魔装を装着。顔につけているヒーローマスクも相まって、どことなく変身ヒーローのようにも見える阿修羅の高等部1年生、千葉 真一(
ja0070)……と、その隣で特に何か変身するわけではないが、一緒にポーズを決める高等部2年生のダアト、ユウ(
ja0591)。昭和のヒーローを意識してか、低く抑えた声で掛け声を彼女もひとつ。
「変、身。……はふぅ、しやわせ」
ふにゃりとたれた笑顔に崩れた。クールビューティーを志していた筈の彼女は何処へ向かうのか。
「……室内に、前に戦った撃退士の複製が残ってる可能性がある」
突如、何事もなかったかのように、彼女は普段のツーテールから右のサイドポニーに髪型を変えながら一同に注意を促す。キリッ、というオノマトペが仲間たちの心に浮かんだ。
「え、ええ、そうですね」
微妙に面食らう佐藤 七佳(
ja0030)。この面々のなかでは、この中等部3年生の阿修羅が一番の常識人かも知れない。高等部1年生のダアトであるソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)や中等部1年生の阿修羅、丁嵐 桜(
ja6549)などは、やんややんやと声援を送る始末であった。
「それにしても、鏡ですか……自分と向き合うというのも、なかなか厳しいものがありますね」
「こっちの姿を複製するディアボロねぇ。……ふふっ、偽物なら気兼ねなく斬れるし、楽しませてもらおうかな♪」
右肩に布を巻いて複製との見分けにし、サングラスで光の対策をとる高等部1年生のルインズブレイド、妃宮 千早(
ja1526)と中等部2年生の阿修羅である神喰 茜(
ja0200)は、それぞれドアの向こうのディアボロについて考えを口にする。それが正反対なのは好対照と取るべきか。
「相手が鏡ならば、ハンマーで叩き割るのが良さそうですよね」
大学部1年生のディバインナイト、或瀬院 由真(
ja1687)も小首を傾げてぽつりと呟く。
「ならば……たまには、豪快に攻めてみますっ」
「叩き甲斐がありますよね! がっしゃーんって!」
由真が光纏し取り出す魔具はスタンプハンマー。嵐も同様に、こちらはウォーハンマーを取り出した。
残りの面々も準備を済ませ、頷き合う。殆ど外れかけたドアを開き、魔鏡の待つ部屋へ駆け込んだ。
●鏡を染め上げて
撃退士たちはその日当たりの良い部屋に駆け込み、中を確認する。先日の撃退士の複製は――いない。
見る限り、今戦うべき相手は奥の壁にかかったように見せかけて、その実床から数十センチ浮いている鏡……魔鏡だけのようであった。
「さあ、鏡さん。私だけを映して下さいな……!」
真っ先に駆け込んだ由真が、魔鏡の真正面に躍り出る。その身から注意を引き付けるためのオーラを放ちながら。魔鏡はそれに釣られるように向きを変えた。鏡面が一瞬煌めいたかと思うと、文字通り鏡写しに反転した由真の複製が魔鏡から飛び出す。その複製由真には既に抜刀した茜と千早が飛び込み、斬りかかる。
「手始めはこいつからだ。阻霊符頼むぜ」
その間に本物の由真に続き部屋中程へ駆け込んだ真一が、彼女の後ろを上手く利用してブルウィップを放つ。魔鏡に絡みつけて引きずり下ろすのを目論んでの一撃であったが、流石にそう簡単には上手く行かない。したたかに魔鏡を打ち据えるが、絡みつくには至らない上に狙いの問題から打撃も浅い。しかし、魔鏡の翼に当たったのは不幸中の幸いか。一瞬だが、魔鏡が空中でバランスを崩す。
「今だ!」
真一の掛け声に、真一本人と七佳、ユウ、由真、そして桜が一斉に手に持ったカラーボールを投げつける。蛍光・蓄光塗料が詰まったボールは、衝撃で簡単に外装が破れ、中の液体が付着する。全員のボールが全て命中したわけではないが、それでも幾つかは鏡面を塗料でカラフルに染めた。更にソフィアがペンキの缶をぶちまける。こちらも撒いた塗料が全てかかる訳ではないが、それでも魔鏡の下三分の一くらいを染める。
塗料によって魔鏡の鏡面を塞ぎ、魔鏡の主な能力である反射を封じる作戦であったが、次の瞬間撃退士たちは作戦の失敗を悟る事になる。
鏡面に映った由真が、魔鏡から飛び出したのだ。二人目の複製である。
「しまった!?」
撃退士達の中から、思わず悲鳴があがる。
魔鏡の鏡面が大きすぎた。横1.5メートル、高さ2メートルほどの大きさの鏡を全て隠してしまうには、カラーボールにせよ、ペンキにせよ、鏡の鏡面に対して塗料の量が少ないのだ。結果、かなりの部分で鏡面が見えている。その範囲に撃退士達の姿が収まれば、そこから複製も創りだす事が出来るようであった。
そしてもうひとつ。由真の二人目の複製は、その全身を斑に塗料が染めていた。阻霊符の効果で塗料は魔鏡の表面に付着した状態になっている。魔鏡の鏡面から飛び出す撃退士達の複製がまず触れるのは、鏡面に張り付いた塗料である。結果として、鏡と塗料の間に出現した複製が、塗料を持って行ってしまう事になり、魔鏡を見れば、付着した塗料が人型に切り抜かれたように取れてしまっている。
先に出てきた複製由真には茜と千早が対応しているが、一同で最も防御に長けた由真の複製には、流石に手を焼いている。複製はそれ故か脆いのだが、それでも相手が硬ければ撃破にも時間がかかってしまう。更にそこに現れた二人目は、彼女たちでは対応しきれない。こちらは丁度間近にいた由真が、咄嗟に向かう事になる。
由真と複製由真と言う、期せずしてそっくりな二人の戦いが発生した事になるのだが、先程の塗料作戦が違う形で功を奏した。塗料が付いている方が複製であり、わかりやすい目印となっている。そこに七佳とユウも加わり、こちらは三人がかりで攻め立てる。
その間に、真一とソフィア、桜の3人が魔鏡を囲みに走る。複製の創造には多少だが時間がかかる。複製担当がその都度複製を破壊する間に、彼らが魔鏡を討つ手はずであった。本来は由真もこちらに加わる予定だったが、塗料作戦で攻撃の機会を減らした間に複製を増やされてしまいその対応に回ってしまっている。
魔鏡はその動きに、閃光をもって応えた。集めていたらしい陽の光を、周囲に拡散して放出する。
「ぐわっ!」
真一は咄嗟に腕で目元を覆って光を塞ごうとするが、一瞬間に合わない。必死に目を瞬かせて、光の影響を払おうとする。ソフィアのサングラス越しでも、一瞬目を瞑る程に強烈な光だった。思わず3人の足が止まった。
かしゃん、と音を立てて最初の複製が粉々に砕けた。蛍丸と銘打たれた刀が由真の複製の首に食い込んだ、その瞬間だった。首を斬ったと言うよりはガラスを叩き割ったような感触に、茜は目を丸くする。が、それも一瞬である。
横からの気配に、咄嗟に刀を翳す。重い衝撃に対抗しきれない。力に逆らわず飛んで距離を取り、刀を構えなおして向き直った。その間に千早が両手剣で気配に斬りかかるが、彼女は手に持ったスタンプハンマーで巧みに斬撃を受け流す。
茜と千早が最初の複製由真と戦っている間に由真のオーラに釣られた魔鏡が更に生み出した、3人目の複製由真だった。
「あんまり斬った気がしないけど……」
「自分達を斬るのも嫌なものですから、その方がいいかも知れません」
そうかなあ、と茜。3人目の複製由真に向き直り、茜と千早は目配せする。
どちらともなく、駈け出した。
他方でも、複製の砕ける音が鳴り響く。こちらは由真達が対応していた二人目の複製由真である。ようやく複製を撃破したが、こちらも苦戦している。
まず複製元となった由真自身は攻撃よりも防御を得意とする以上、同タイプの複製とはどうしても長期戦になりがちである。更に、魔鏡の注意を引きつけているために魔鏡の攻撃も集中して受ける事になった。太陽光を集めた光線は、威力はともかく熱を伴い、その熱さに由真の動きが鈍る。由真をサポートするかのように攻撃役の七佳とユウが加わったのだが、ユウの高い魔法の威力でも、複製由真の防御能力の前には有効打になりにくい。
そして、経験不足ゆえか。七佳の準備にミスがあった。本来彼女は戦闘スタイルとしてインラインスケートを用いた機動力重視の戦法を得意とするのだが、今回の戦いは廃屋の室内である。散らばった家具や壁面の破片など、足場が悪い。このような場所ではインラインスケートは機動力の確保にならず、最悪バランスを崩す足かせにすらなり得てしまう。攻撃の回避や防御に足が使いにくいのは、大きなデメリットであった。実際、複製由真と戦っている間に更に出現した複製真一の蹴りに、転倒して瓦礫で身体を打ち付けている。
「くぅ……。場所をよく考えないと……」
身を起こしながら、七佳は顔を顰める。まだまだ至らないと痛感しながら。
七佳を庇うように立ってその手に持った杖から氷の錐を放ち、ユウは怜悧な瞳で複製の真一を睨み告げる。
「所詮は劣化コピー。散りなさい」
更にもう一撃。ユウの得意とする氷ならば、魔鏡に映ったところで反射しないだろう。
防御に長けた由真が魔鏡の注意を引きつけた事が、倒しにくい複製を連続して呼び出してしまう裏目に出ていたのだった。そこに、今度は恐らく魔鏡の意図したところでないにせよ、攻撃力の高い複製が現れる。最初に複製を溜めてしまったのが、対応の遅れを招いていた。複製を一人撃破する頃には、既に新しい複製が生成されている。当初、由真は囮として魔鏡の注目を引き付けるつもりだったが、彼女自身の複製が予想以上に厄介な相手である事から、オーラの継続を諦めている。
更に、魔鏡自身も攻撃の手段は持ち合わせている。当初こそ由真に攻撃を集中させた魔鏡だが、それも由真のまとったオーラに注意が向いたためである。オーラが解けた後は魔鏡に向かった真一達もすんなり攻撃させてもらう事はできず、手痛い反撃を受ける形になってしまっていた。光線は多少の距離は物ともせず、高熱で撃退士達の身を焼く。事前の準備動作のない閃光も、不意をついてくるので対応が難しかった。真一はこの光に苦しむが、ソフィアや桜がかけたサングラスは、閃光から目を護るには役立っている。
「能力が厄介でも、しっかり気をつけていればね」
ソフィアはそう言って口元に微かな笑みを浮かべる。正しい対策があれば、立ち回りも楽になるものなのだ。
「ホントですね! どすこぉい!」
桜も笑顔でひとつ頷くと、四股を踏む。気合と共に、その身にアウルの力が漲った。
戦況は不利だが、彼女らの心は折れず、臆するところはない。無論、他の撃退士たちも皆、同じく瞳に力を宿していた。
●光、揺らめく
鏡面が燃えていた。
塗料は多くが可燃性である。高温を発する魔鏡の光線は、鏡の表面に残った塗料に火をつける。塗料は炎となって、鏡面から剥がれ落ちていった。
さらに魔鏡から飛び出す撃退士達の複製にも塗料の火は残る。これによって打撃を受ける事がないのも、本物と複製の違いの一つだろうか。
「ちっ、またか!」
真一が舌を打つのは魔鏡に距離を取られたからか、それとも撃たれた光線の熱故か。魔鏡は光線を放ちつつ、するりと撃退士達の間をすり抜けた。薄い鏡は僅かな隙間でも、縫うように通り抜けてしまう事が出来た。距離を取っても攻撃の出来る魔鏡は、接近戦を信条とする真一や桜には面倒な相手である。思った以上に自由に動き回る魔鏡に加えて、足場の悪さもそれに拍車をかけていた。ちょっと豪快なお掃除、と由真が戦闘の合間にハンマーで瓦礫を部屋の隅へ弾き飛ばしているものの、一人で全てまかなえる物ではない。
ソフィアが分厚い石版を正面に翳す。アウルが石の礫になり、石版から放たれた。一直線に魔鏡へ叩きつけられ、ぱぱぱぱぱん、と礫が鏡面で弾ける。
ずどん、と低い音を立てて放たれる七佳のパイルバンカー。豪快な一撃が、複製のユウを胴体の真ん中から貫き砕いた。
「パイルバンカーは殴るように叩きこんで、杭を撃ち込むのが正しい使い方……なのかな?」
杭を引き戻しながら、七佳は軽く首をひねる。
次々現れる撃退士達の複製に、それでも撃退士たちは対応していく。当初こそ耐久力の高い由真の複製に手間取った撃退士たちだが、そこを乗り切った後は素早い。特に戦闘力の高い茜やユウが対処に回っている事もあり、次第に複製は数を減らして行った。
しかし、複製とはいえ、撃退士の戦闘力は敵に回したいものではない、と千早は溜息をつく。自分たちの戦法や技能は敵に回すと厄介だと痛感した。
特に由真……ディバインナイトが使うタウントは、他に目を向けさせてもらえなくなる。味方が使えば頼もしいが、敵が使えば戦闘の優先順位を崩される脅威となった。実際、今回の戦いの中でもこのおかげで複製由真に手間取り、その間に複製を増やされて被害を拡大されている。
既に撃退士達は、全員が傷を負っている。戦闘の継続が不可能になるものではないが、軽視も出来ない状況であった。
幾度目かの包囲。複製の数が減って戦力のリソースを魔鏡に回せるようになったため、七佳と由真が魔鏡への対処に加勢している。今度はそう簡単に間を抜けられないよう、互いの距離をよく調整している。
魔鏡は閃光を放つが、あくまで鏡の表面からの光である。正面に立つ真一や由真はともかく、魔鏡の後方へはその光は届かない。距離を詰めて囲んでしまえば、攻撃の方向が限定される魔鏡の弱点が露呈する事になる。
5人の集中攻撃を受ければ、流石の魔鏡も耐え切れる物ではない。そこに更に、茜が最後の複製を砕いて手の空いたユウが止めの一撃を放つ。
「さぁ――あなたに冷たき永遠を」
氷の錐が鏡を貫いた。ぴしぴしと、鏡面全体にヒビが入っていく。
かしゃん。呆気無く鏡が割れ、砕け散った。翼のついた枠だけになった魔鏡の残骸は、がらんと音を立てて床に落ち、動かなくなった。
●魔鏡が映した世界は
瓦礫に可燃物が少なかったのが幸いしてか、塗料の炎は既に消えていた。
戦いを終え、撃退士達はようやく力を抜いた。その場に倒れこむ者、腰を下ろす者、様々である。
「敵が日用品の姿をしていると、戦意を向け難いですね……」
とにかくやりづらい相手だったと、千早は溜息。
「んー、結構楽しかったなあ」
茜は大きく伸びをする。何事もなかったかのように。対照的に疲労が濃いのは、七佳と由真だろうか。
桜と真一は現場検証を兼ねて、部屋の後片付けを試みている。
「塩を撒くとガラスの粒子がくっついて、細かい破片も取れるんですよ」
「そうなのか」
他にも除菌や研磨剤としても効果があるらしい。桜の意外な豆知識に、真一は目を丸くした。
「てっきり相撲の清めの塩かと」
「あ、それも兼ねてます!」
真一の指摘に、満面の笑みで答える桜だった。