「……狭ァい、狭過ぎる。もう少し道を拡げていいか?」
約束の日より遡ること数日、初心者ダン(略)の下見に来たUnknown(
jb7615)。
迷宮は素人作にしては頑張っているが、久遠ヶ原地下ブラックリスト入りと噂される悪魔にしてみれば物足りない。部員の了承を得るや、バトルシャベル片手に改造を開始する。
「迷宮改造もありがたいのですが、よければ先にトラップを……」
「なぁに此処まで出来ているのだ。少し手を加えれば良い、時間は取らん」
本物の悪魔が改築しただけあって、既に手遅れの段階まで改造された迷宮。手早く仕上げまで完了し、禍々しさ満点の魔境が完成した。
尤も、これでもUnknown宅に比べれば相当に大人しいのだが……対象が初等部とあって、流石に自重したようだ。
「次は罠か。では早速この目玉にしか見えぬビー玉を……」
「相手、初等部ですよ……?」
●
約束の日、当日。
「うわースッゲー!」
「これ本当にお兄ちゃんたちで作ったのー?」
傍目は本格的な迷宮を前に、学園初等部のチビっ子たちは興奮と緊張を隠せずにいた。
『さぁ若き勇者たちよ、奥のデビルを倒し囚われの姫を救うのだー!』
「よし行くぞー!」
念入りに怪我防止・過剰装飾の加工が施された訓練仕様の装備を手に、少年少女はいざ地下迷宮へと潜り込む!
▼パーティは宝箱を見つけた!
「お、宝箱だ。すごくおっきぃ……」
「……配置があからさまねぇ」
周囲を警戒しながら進むこと数分、最初のオブジェに出くわしたチビ勇者たち。
さぁ開けろとばかりの配置に少しばかり怪しむ者もいるが……
「最初の宝箱は、ふつうにアイテムとか入ってるもんなんだよ」
ゲーム経験豊富な少年が高を括り、無防備に宝箱へと歩み寄る。
役立つものがあるだろうと手を伸ばし――触れる直前、期待に満ちた勇者の表情が痙攣する。
あろうことか、独りでに口を開いた宝箱。勢いよく開くだけでも少年を驚かせるには充分だっだが……そこから更に、巨大な舌が飛び出して顔面を舐め上げたのだ。
▼宝箱はミミックだった!
「ひぃっ!」
予測外の出来事、中身のグロテスクな模様もあって驚愕に固まるパーティ。
しかもあろうことか宝箱は底からズボァッ! と脚を生やすと、慄く少年たちへと襲いかかってきた!
「わ、罠だ! にげろぉぉぉっ!」
お手本のように引っかかり、必死の形相で逃げ惑う勇者一行。彼らを偽の宝箱『変態ミミック』に扮した伊藤司(
jb7383)が追い掛け回す。
奇怪な意匠をした異形。何より絶妙なタイミングでの不意打ちが功を奏し、天魔を倒すはずの撃退士を一方的に追い込んでいく。
(小学生を嬉々として追い回す……あれ? もしかして僕、今立派に変態やってる?)
一行を次のトラップへと誘導しつつ、隙あらば回り込んで微グロな中身を見せ、怯える少年少女の全身各所を舌(模造品だよ)で舐め回す。
勿論、これは対天魔のシミュレーションに過ぎない。司本人も弁えているはずだった、が……
結果的にどう見ても「ロリショタを嬉々として追い回す変態」の出来上がりであった。
名目共に変態と化した宝箱に襲われる撃退士。何とか振り払ったものの、気付けば床に所々置かれた砂利を踏み抜き、靴越しに地味なダメージを受けていた。
「何だったんだ今のHENTAIは……!」
「うぅ、全身なめまわされちゃったよぉ」
「小石も地味にイテぇ……」
「でも見て、また宝箱!」
「今度は本物、だよな……?」
早くもトラウマと化した宝箱。今度も異形ではないかと思う少年たちだが、
口にかけられた南京錠、そして立看板。それらは宝箱を開けるための条件であり、中身が『当たり』であることを予測させた。
「何だこりゃ?」
「リドル……なぞなぞ、ね」
錠は四桁の数字で開くようだ。そして看板にはその数字を導き出すための『問題』が描かれているのだが……
「ウシ、タコ、ダチョウ、ネコ……?」
問題には四種の動物が描かれるのみ。左から順に読むが、意味が分からない。
「意味わかんね、作った人何考えてんだ? 靴忘れていってるしよ」
「……アンタ、それヒントよ」
?マークを浮かべる連中を置いて、利口なメンバーがリドルを解読。
数字を『4824』……動物の足の数を並べ、カチャリと開錠音。
▼薬草と地図を手に入れた!
初のまともな宝箱、広大な迷宮では有用間違いなしの地図。一行は攻略に向け大きく前進したと歓喜したが……
その様子に、姿無き者が不敵に微笑んでいた――
●多分中盤!
「あれ? こっちが正解のはずだけど……」
地図に従い進行するパーティ。そろそろ攻略に必須の鍵が見つかるはずなのだが、何故か地図の通りに道が並んでいない。
(ふっふっふ……あたいのトラップは完璧よ!)
初等部を迷わせていたのは他でもない、雪室 チルル(
ja0220)。
彼女は迷宮の壁になりすまし、『動く壁』というトラップとして正しい道のりを阻んでいたのだ。
姿を消した他スタッフからの指示もあり、着実に初等部たちを追い詰めていく。
細道へと誘導した後、壁を押して後ろからソロリと追跡……相手からは見えぬローラーを付けることでスムーズかつ静かな移動を実現しており、チビっ子達はいつの間にか密室に閉じ込められてしまう。
「なんで!?」
「あんなカベあったっけ……?」
困惑する一行。だが勘の鋭い一人が無かったはずの壁を凝視し、チルルの残したヒント――模様に擬した覗き穴に気付く。
「その壁、本物じゃないわ!」
トリックを見破られたチルル。だが正体がバレたにも関わらず、逆に開き直って名乗りを上げる。
「バレたら仕方ない! このムービングウォール様が相手だー!」
▼ムービングウォール が襲ってきた!
「ふっふっふ……あた、じゃなくて俺様がぺしゃんこにしてやるぞー!」
「うわー、カベにおしつぶされるー!」
壁を押す速度を上げ、可愛い威嚇と共にチビ達を追い掛け回すチルル。そして逃げるチビ勇者。その光景は完全に子供同士の戯れ。
暫くおいかけっこをした後、チビ達も落ち着いて壁を敵と理解し、武器を手に取り迎え撃つ!
「そっか、カベの敵か!」
「そうとわかったら怖くないぞ!」
最初にグロいのを見せられたからか、耐性が出来ていたチビ達。
遠慮なく次々と攻撃を繰り出し、何度かヒットさせると……
「ぎゃふん!」
あっさりと壁・撃退。さも壁が気絶したかのように、チルルは壁ごと後ろへ倒れ込む。
最後まで姿を隠して役に徹する、エネミーの鑑。台詞噛んだのは言わない。
ちなみに壁の素材は頑丈なので、
「よくもだましたなー、もぉ!」
と、このように死体蹴りされても大丈夫なのであった。
進行を再開するチビたち。動く壁の影響を修正し、正しい道を進んでいくと……
▼宝箱を見つけた!
また宝箱。しかも複数。そして『危険』の立札。
「今更かよ!」
今までも危険だったろ、いい加減にしろ! と逆上したチビ勇者たち。感情に任せて箱を開けた途端、トラップ発動!
「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」
箱の中身は再び『変態ミミック』。今度は無人だが、代わりに気味の悪い粘液、そして目玉の様なビー玉がぎっしり詰められていた!
更に天井からも雨の如く粘液が降りかかる!
完全にホラーのドツボにハマり絶叫する撃退士たち! 対初等部にしては精神的にキツい!
まぁ鍵も見つかったからよかったけどね!
鍵を見つけ、いよいよデビルを倒すのみ! 地図に沿って進む一行の先に、またしても宝箱が見える。
位置的に、おそらくは最後の宝箱。今度は何の罠か、それともご褒美か。怪しみつつ近付く勇者たちだが……
「そこまでです」
闇の翼を広げて降り立つのは、悪魔らしい衣装で身を包んだユウ(
jb5639)。悪魔らしさのない素の容姿を衣装で邪悪に演出し、チビ勇者の前に立ちはだかる。
最後のデビル配下――そうと知るや、チビ勇者たちも武器を取って身構える!
▼黒翼獣 が襲ってきた!
飛翔能力で突進攻撃をする黒翼獣・ユウ。
攻撃そのものは単調で、初等部でも防御や回避は容易い。
だが第二の能力『物質透過』によりチビ達も攻めあぐねていた。
「くそー、こっちはうまくアウル使えないのにズルいぞ!」
未だ霊力を帯びた攻撃に慣れていない勇者たち。単純物理攻撃では当然、透過によってすり抜けられてしまう。
だがユウも意地悪をしているわけではない。
天魔は時に想像もつかない能力を使うことがある。それを破るために必要な洞察力や仲間との連携を学んでもらうため、力押しの単純攻撃は透過で凌ぎ切っているのだ。
「やはり、個の力はその程度ですか。それでは我が主はおろか、私にすら勝てないでしょう」
奥の手設定である『常夜』を極小威力で発しつつ、それとなくヒントを与える黒翼獣。
言葉に隠された意味を知ってか否か、少年たちは「個の力」に反応してユウを包囲する。
「一人でダメなら、みんなでフルボッコだー!」
言葉こそ幼いが、それはつまり攻撃を重ねる……タイミングを計った連携を意味していた。
黒翼獣は自ら課した設定『同時攻撃は透過不可』に基づき、透過を断念。二撃目までは回避処理するが――幼いながらも撃退士らしい能力発揮を認め、三撃目にて攻撃を受け、敢えて派手に吹き飛ばされる。
「くっ……! 数人集まっただけで、こうも戦力が変わるとは……無念、です……」
重傷の演技と共に透過能力で地下へと沈む黒翼獣。
連携を学んだチビ勇者たちは、今度こそボスを残すのみとなった。
「ふー、つよかったな……」
「最後の宝箱は何が入ってるのかしら」
念入りに警戒して開く、最後の宝箱。中には一行全員分の衣装が詰められていた。
「なにこの服……」
ただの服ではなく、何ともドギツい衣装だった!
『さぁ勇者よ、この伝説の装備でデビルを倒して世界に平和を齎すのだー!』
どこからともなく聞こえる声が、暗に着替えを強いてくる。
「本当にコレが伝説?」
『はい』
HEIZENと渡されるトンデモ衣装。
スライムやら発汗やらでベトベトになっていたこともあり、仕方無く着替える勇者たち。
なぜか同梱されていたおやつ(500久遠相当)を食べ、薬草(アロエ)を使い、栄養と体力を蓄えて最後の戦いへと挑む!
▼パーティは『鍵』を使った!
最奥部の扉――その向こうでは、鎖に繋がれた姫を演じる月乃宮 恋音(
jb1221)。
そしてデビルを務めるジョンが待ち構えていた。
「あぁっ、勇者様ぁ……助けに来て下さったのですねぇ……!」
「来たか……この名無しの紅い悪魔に畏れ慄け!!」
本当に囚われているかのように、涙を眼に溜めて救いを求める姫。
悪魔はそんな悲痛な叫びを掻き消さんと紅の霊力を発動、劫火の如き炎を見せつつ双翼を広げて咆哮する。
姫はドラマ依頼で磨いた純然たる演技力で、デビルは光纏による迫力で、訓練とは思えぬ本格的威圧を発現させる。
思わず眼が本気になる勇者たち。遂に決戦の火蓋が切られ……たのだが。
(……お姫さま、おっぱいすげぇ……)
(素敵ですわ、お姉様……まさか、こんなに姫役が似合う方がいるなんて……!)
姫らしい華美な衣装に身を包む恋音。衣装にも収まるよう、極端な体型を『さらし』で押さえつけているのだが……それで隠せるようなサイズではない。
人形の様な顔立ちと迫真の演技も手伝い、男女問わずメンバー半数の集中力が削がれてしまっていた。
「こら、アンタら!」
「仕方ない、ボクたちだけで……っ!?」
タイミングがズレ、残る半数で仕掛けようとする初等部。だが踏み込んだ直後、紅の悪魔が秘める闘気に中てられて身が竦む。
地の底から響くような声色は圧倒的な威を放つ。それは加減をしても尚、血を知らぬ者に本能的な脅威を抱かせ、堪らず勇者の気も萎んでしまう。
残る一人が自棄気味になることで特攻するが、必死の攻撃は宙に現れた五芒星により弾き返される。
「人間風情が一人で私に挑むか! ……身の程を知れいッ!!」
今までの敵とは一線を画す本気度。それを目の当たりにして勇者一同は気を取り直すものの、爆発的に溢れる真紅の粒子に対する恐怖心を払いきれず、せっかく学んだ連携も空回りしてしまう。
結果、霊力も撃筋も乱れた攻撃をただ繰り返す――戦略も無い『個の力』を連続しただけとなり、一発当てるどころか逆に柔術の要領で次々と払い退けられていく。
「連携のつもりか? それでは一人の時と同じよ! “ただ一人”の力など脆弱! 貧弱! 無駄無駄ァ!!」
覇気は本格的なまま、絶妙な加減で体格差を活かした打突を撃ち出す紅の悪魔。
チームワーク、そして悪魔に立ち向かう意志力を持たぬ者に用は無いと、巨躯から更に霊力を漲らせる。
「貴様ら、“全員、束になって”かかってこい!!」
偶然なのか、揃って同じ場所へと投げ飛ばされる少年たち。
正真正銘の『悪魔の威圧』に対し、反射的に眼を向けてしまうが……その時、悪魔の奥にいる姫の姿が再び見える。
救済を求める瞳。真に迫るそれが、少年たちに撃退士となった理由を、現実で本当に救いを求める者の存在を思い出させる。
そして小さな身体に似合わぬ覇気を振り絞り――合図も無く全員が同時に、全力で再起する。
土壇場での結束力に悪魔も応え、巨大な翼で飛翔。直後、降下と共に正面の一人に向かい真紅の霊力を叩き付ける。
「砕けろぉッ!!」
重厚な衝突音。派手に霊光粒子が吹き荒れ――倒れたのは、名も無き紅の悪魔。
目の前の少年が一人で攻撃を引き受ける。メンバーは彼を信じ、それぞれ悪魔が捌き切れぬよう別の角度から同時に攻撃。
更に残る一人は余波も考慮して姫の前に回り込み、霊力で庇いつつ冷静かつ念入りに戦況を見据えている。
初級、即席にしては及第点と言える連携。それを認めた紅の悪魔は、鎖の鍵を残して透過によりその場から消え去った。
「……見事ッ……!」
●
「「ダンジョンクリアーおめでとー!」」
迷宮攻略を成功した初等部撃退士たち。姫と共に迷宮を出るや、部員たちから祝福が浴びせられる。
「連携の大切さとか、撃退士に必要な心得、わかってくれたみたいだね」
司が視線を合わせ、霊力で負傷と疲労を手早く治療。ミミック時とはまるで別人だが、こちらが素である。
「お兄さんお姉さん、こちらこそありがとー!」
「とても勉強になりました!」
初心者の訓練……には若干ガチ過ぎた面があった気もするが、撃退士にはあれ位で丁度よかったようだ。
感謝、賞賛を述べる少年たちを見て、初ダ(略)部長は思わず涙する。
「やっとこの部が役に……! 皆さんのお陰です!」
今回の成功を契機に、部員たちも初心を取り戻したようだ。
初心者訓練の場の一つとしてこの迷宮が活性化するのも、そう遠くないだろう。
解散後、姿が見えなくなっても続く賛辞を受けながら、臨時スタッフの六名はそれを確信するのであった――。