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祭り囃子にテキ屋の呼び込み、楽しげな騒々しさは一変して、悲鳴と怒号に変わっていた。虎虎虎。逃げ遅れた人々は、一箇所に追い詰められた。
城里 千里(
jb6410)と城里 万里(
jb6411)の兄妹も、その一群に紛れていた。万里は、虎が睨みをきかせるたび、
「ヒィッ! こっち見た!!」
と声を上げていた。誘う相手がいないためだろうが、連れてきてくれて嬉しくもあった。こんな状況になるまでは……。
一方で千里は、追い詰められた運の悪さを恨めしく思いつつ、冷静に覚悟を決めていた。
目を配れば、同じく撃退士らしい者がいる。
陽波 透次(
ja0280)、楯清十郎(
ja2990)、日下部 司(
jb5638)、向坂 玲治(
ja6214)、獅堂 武(
jb0906)はすかさず陣形を調えようとしてた。
千里は、入り乱れる市民に、
「かなりピンチなんで、姿勢低くして待っててもらえますかね」
と注意を促す。小さい子どもには、紫園路 一輝(
ja3602)と綾(
ja9577)が声をかけていた。
「しー、静かに。心配しないでおにいちゃん達が何とかするから」
そういう一輝の側で、綾が頷く。
「うんうん、こう見えても高級感溢れる血統書つきの愛くるしい番犬なのよ!」
と誇らしげに笑いもする。子どもたちは、
「じゃー、行って来るよ姫」
と言って去ろうとする一輝に、
「がんばって、おねーちゃん」
と告げる。すかさず、一輝は振り返って、
「俺もお兄ちゃんね」
そうして、陽波たちのいる方へ駆け出す。そのやや後ろで、綾は待機する。
なおも怯える者たちには、心優しき堕天使、命図 泣留男(
jb4611)が頼もしく宣言する。
「くっ……待ってろ、こいつらを全部潰してやるからな!」
市民を囲いながら、左右に分かれ、迎撃の準備が整えた。
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「守るモノがあるから、男は無限に輝けるのさ!」
そう宣言し、先んじて動いたのは、メンナクだった。
虎の前に立ちはだかると、すかさずポーズを決めて注意を惹きつける。引きつけるだけだが、今はそれで十分だ。金虎に向けて放たれた聖なる鎖が、その身を縛り上げていく。メンナクは、金虎の動きを封じると、爽やかに笑って見せた。
「ふ……この色気が女殺し、もとい虎殺しの凶器だったとはな!」
その横を通り抜け、向坂が金虎へ接近する。縛り上げられた虎を挑発するように、指で招きつつ、飼い猫を扱うようなジェスチャーを見せる。
「来いよ猫公、可愛がってやるぜ」
馬鹿にされていることは知れたのか、金虎は向坂に向けて口を大きく開いた。すかさず向坂はシールドで、殴りつけようとした。
だが、半歩下がって金虎は避けてみせる。吸い込んだ息が、奥から紅く滾った炎としてせり上がる。向坂の後ろには露店があった。攻撃を防ぎきらなければ、二次災害が起こりかねない。
咄嗟にシールドを展開して、迫る炎を全て受けきってみせる。
「息吹きかけるとか躾がなってねえぜ」
焦げ付いた臭いを振り払いながら、向坂は言い放った。
銀虎の下へは、一輝と綾が近づく。間合いに入るやいなや、一輝は抜刀、斬撃を当て、刀をおさめる。居合いは、迫っていた銀虎の気勢を凪ぐ。同時に、綾の扇が風をもって銀虎を切り裂く。
駆け出そうとする銀虎の正面に、陽波が立ちはだかった。半歩、虎から身をずらし、挑発するように刀を突き立てて、手招きする。
銀虎は、その挑発を受けるように低く呻った。
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ナンメクたちが、虎に対峙したのとほぼ同時、楯たちも虎の正面に立ちはだかっていた。
獅堂は、距離を保ちつつ、先手をうった。虎の姿を捉えると、すかさず炎の球体を放った。金虎は、不意を突かれ、その炎を真正面から受け止めた。
顔を上げた金虎の目の前に現れたのは、司だった。
大剣を突き立てて、金虎を真っ直ぐと指さす。
「後ろにはいかせない、お前の相手は俺だ!」
言葉が通じるかはわからないが、金虎は挑発を受けるように牙を剥いた。司は剣を抜き、金虎を受け止めて、再度言い放つ。
「そうだ。お前の相手は、俺だ」
その脇を銀虎が抜けようとする。
「貴様の相手は僕だ」
セレネを構え、楯が立ちはだかる。楯を見据え、銀虎はすかさず大きく息を吸い込んだ。そして、咆吼をあげる。
楯は、その叫びが司に及ばぬよう、口ギリギリまで詰め寄り、全てを受け止めた。
すくみそうなほどの大声が止むと、千里の弾丸が銀虎の皮膚をなでた。遠くで、千里は胡座をかいていた。否、彼はその前に言い放っていた。
「捨て奸って知ってますか?」
来るなら来い、その覚悟である。
それは楯も同じ事。声を受けきってなお、仁王立ちし、ぐっと構え直す。銀虎は、まぜは目の前にいる楯の姿を瞳におさめた。
再び大きく息を吸い込む。予兆だ。
「させません」
すかさず、セレネを開いた口に突き立てる。
銀虎の息が一瞬止まる。
「大声や火吹く芸は許可を取ってからにして下さいね」
楯がそう注意を告げ、セレネを下げようとした瞬間、爪で薙ぎ払われた。防御姿勢で、何とか耐えきるも、銀虎の機敏性を知ることとなった。
ふと横目で金虎を見る。
金虎も炎を吐きつけていた。一瞬の業火は、市民には届かなかったが、その威力を思い知らせるには十分であった。これ以上近づけさせれば、それが市民に浴びせられてしまう。
司は剣から槍へと持ち帰ると、渾身の力を込めて、金虎を突き飛ばす。巨躯がわずかに浮き上がり、強制的に金虎を後退させる。
重量があるためか、思うよりは飛ばせない。それでも間合いを詰めていく。
体勢を崩したところには、獅堂がショットガンで狙いを付ける。金虎の身体が弾丸の衝撃に襲われる。ところどころ、毛皮が剥げ白い地肌を晒していた。
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金虎と対峙していた向坂は、ぐっと踏み込み、間合いを詰める。光を帯びた拳が虎にねじ込まれる。
「悪いな、ここは俺の間合いだ」
そのまま、露店の方向から顔をそらさせた。一撃を食らい、金虎は向坂に執着を見せる。
ちらりと銀虎の方向を見れば、その口が大きく開かれていた。
銀虎から放たれた咆吼が、陽波とメンナクを襲った。
陽波はすっと、衝撃の範囲からわずかに抜け出したが、メンナクはもろに喰らう。
傷はないが、内部にダメージが蓄積する。頭がぐらつくが、すぐにかぶりをふって、体勢を立て直す。
「俺ならば如何なる暗黒も受けてみせるさ」
そして、自らにライトヒールをかけ、損傷を打ち消していく。
「俺自身が輝きとなり、暗闇を払ってみせるからな」
陽波はそんなメンナクを一瞥すると、銀虎に意識を集中する。構えを作ると、銀虎の足元から幾重もの紅いかぎ爪を現出させ、襲いかからせる。鎖が身を縛り、食い込んでいく。
だが、銀虎はきつく拘束されるより先に、鎖を力任せに引きちぎった。そして術を放った陽波を牽制するように、睨み付ける。
そこへ、炎の龍が飛来した。龍は銀虎に食い付き、虎の身を焦がしながら引きずる。銀虎は炎が通り過ぎ、焦げを振り払う。虎は炎を放った一輝を見据えると、低く唸り声をあげた。
「――っ!?」
次の瞬間、強く蹴り出し加速した銀虎が、一輝に襲いかかった。
回避を試みるも間に合わない。だが、一輝に痛みはなかった。目を開けると、綾が障壁を展開し、間に割って入っていた。
障壁で勢いが止まるわけがなく、気絶こそしなかったが、全身を強く痛めていた。すかさず、氷の錐が銀虎に襲いかかり距離を取らせる。
「……悪いけど、一輝はボクのご主人様なのよね。怪我、させないでくれる?」
強気な発言だが、身体はぼろぼろだ。すぐさま、一輝は彼女を下がらせる。
同時に万里がライトヒールを用いて、その傷を回復させていく。
「無茶をしすぎですの」
万里の声に綾は、ごめんと告げる。だが、顔は守りたいものを守れたからか、満足そうだった。
先へと延ばそうとした銀虎の脚を、陽波が刀で食い止める。明かな殺気を放ち、銀虎の視線を向けさせた。
「まずは、僕に攻撃を当ててみては?」
銀虎は、陽波に的を絞り直す。その銀虎を一輝が狙う。静かに、呼吸をする。その瞬間、金色夜叉明王が顕現したかのように見え、一輝のアウルは金色一色に染まる。抜刀の構えを取ったまま、機会をうかがっていく。
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楯たちと対峙する銀虎は、煽られていた自分を鎮めていた。
冷静に、もっとも獲物が多そうな場所を探し当て、駆け込もうとする。すかさず、楯、司、獅堂が銀虎に喰らいつく。脚を掴み、胴を捉える。
銀虎は鬱陶しそうに呻ると、息を大きく吸い込んだ。
迷うより先に、楯はセレネを開いた口に深く突き立てた。銀虎は悶え、咆吼は飲み込まれた。かわりに、大きく身体を奮わし、牙と爪を突き立てる。
離れた銀虎に、楯はぐっと立ちはだかる。挑発するように、再び注目させていく。銀虎の瞳は、再び楯を仇敵と認識する。
その後方から、獅堂が八卦石縛風の構えを取る。
「そろそろ大人しくしようぜ」
砂塵が舞い上がり、銀虎を包み込む。猛威を振るった腕が、口が灰色に染まっていく。足掻こうとしたが無駄だった。銀虎は、目を見張ったまま固まった。
そのままショットガンを抜き放てば、弾丸が石肌を削り、ところどころにヒビを作り出していく。獅堂の攻撃で崩壊寸前の身体に、トドメを刺すべく、千里が引き金を引いた。
弾丸はヒビを広がらせ、銀虎の四肢が爆ぜた。巨大な胴体が地面に叩きつけられ、そのまま砂塵となって消えていく。
だが、油断はできない。金色の虎は、まだ獲物を狙っている。
あきらめの悪い虎に、司が槍を突き立てる。ぐっと押し込み、巨体を退かせる。詰められる前に、自分から詰めていく。
その傍らでは、体勢を調えるべく、楯が紅い結晶を体内に取り込み、傷を修復させていく。万里も、ぎりぎりの距離から司を回復させていく。
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陽波を狙う銀虎は、再び大きく息を吸った。
その瞬間に大きな隙が生まれる。気を取られている銀虎の横っ面に一輝は、炎の龍を穿つ。高められた闘気が、龍を荒ぶらせ、その身を黒く焦がしていく。
炎が去れば、炭化し、銀色の毛皮が黒く変色した姿があった。なおも、足掻こうとするのか、幽かに前足を動かす。
だが、陽波の刀がその動きを止めた。介錯をするように、放たれた刃が虎の首を落とした。骨の髄まで炭と化していたのか、崩れた身体は、黒い灰となって吹き飛ばされた。
すぐさま視線を、金虎へと向かわせる。
向坂が、今まで金虎の気を惹きつけていた。全ての攻撃を受け止め、決して前進させることなく、その場に留まらせていた。
メンナクが、金虎の隙を突いて、鎖をかける。だが、金虎は巨体を奮わし力尽くで拘束から自らを解き放つ。その場に留まらせること、動きを暫時止めさせること、それこそが狙いでもあった。
接近した一輝の刃が金虎の毛皮を切り裂く。交叉するように、陽波の刀も虎を裂いた。十字の傷を受けて、金虎は苦悶の声を漏らす。
好機とみて、向坂が掌底を放つ。体勢を崩したところに、復帰した綾が扇を飛ばす。だが、よろめきながらも、それは避けて見せた。
メンナクの放った光の羽根も避け、虎は雄々しく吠えた。
そのまま、炎を吐き出そうとする。向坂がそれを受け止め、被害を抑えつつ、金虎の身体を掴む。金虎は限界が近いのか、向坂をはね飛ばすことがかなわない。
再び、一輝の刃が翻り、陽波の刀が身体を穿つ。
毛皮から光が失われ、低く苦しそうな唸り声をあげるとともに、巨躯が傾いた。
向坂が手を離せば、そのまま、倒れて動かなくなった。
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他方、その少し前、楯や司たちの押さえる金虎は業火を吐きつけていた。
延焼を少しでも防ぐため、楯と司が盾を広げて押さえ込む。銀虎が倒され、向こう側の情勢を感じ取っているのか、金虎は必死な抵抗を見せる。
獅堂や千里の弾丸を避け、司の槍を払いのけてみせる。楯のセレネをかわして、前へ進まんと爪を奮い牙を剥く。
その動きを封じるため、身を挺して、司と楯が金虎を押さえ込む。
相対する度に、生傷が増えていく。
「動き回られる厄介ですからね。その脚封じさせて貰います」
するりと楯は魔具を取り替えた。一見すると、何もないように見えるが、細く鋭い鋼糸があるのだった。楯はそれを地面に張り巡らせ、金虎の四肢を切り裂く。
千里がすかさず、引き金を引く。避ける術をなくした虎に、弾丸は風穴を空けていく。獅堂が合わせるようにショットガンをぶっ放し、さらなる穴を穿つ。
息も絶え絶えの虎に、力一杯、司は槍を突き刺した。
咆吼も、叫びもあげることなく、最後の虎はゆっくりと、その身体を横臥した。
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虎が倒れ、崩れ去っていく。
怯えていた市民は、次第に平静さを取り戻していく。やがて、祭の運営委員や他の撃退士たちがやってきた。
「あー……祭中止にならなきゃいいが」
向坂は盾を仕舞いながら、ぽつりと呟く。身を挺して露店を守りきったものの中止になるのはどこか侘びしいものを感じた。
運営委員の顔色をうかがうに、中止になりそうな気配だった。
一方で、万里はこんなことを告げていた。
「お兄様っ、アイス、アイスっ!! モナカのやつね?」
仕事は仕事、わりきって報酬を請求していた。
千里は、こらっと叱りつけて述べる。
「けが人や迷子を助けるのも仕事だ。行くぞ、まだ仕事は始まったばかりだ」
渋面する万里に、今度と宥めつつ、先んじて見回りに出た司や陽波に合流する。
楯や獅堂は、運営と話をしていた。
きっちりと守りきることを前提で、祭を再開できないか。そこへ向坂も加わり、協議を重ねた。後日、祭を仕切り直すことになった。
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後日の祭は、何事もなく、終わりを迎えようとしていた。
今日は厳戒態勢のため、祭りを楽しむ余裕はなかったが、最後に自由な時間をもらえた。
獅堂は先日買いそびれた蜂蜜入りベビーカステラを購入し、ほくほくしていた。
千里は万里と再び、縁日を巡っていた。妹に報酬代わりのモナカアイスを与えつつ、そっと祭の様子を眺めて歩く。
一輝は綾と巡りながら、途中、リンゴ飴を差し出した。
「お疲れさま、姫」
これで本当に終わる。
全員で守りきり、再開した祭。
守りきったからこそ、再開できた。その誇りと、縁日の食べ物を胸に、夜は更けていく。
彼らの祭はまだ、続きそうだった。