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バンっと天守閣の扉が、勢いよく開かれた。
出迎えたのは歓迎の声ではなく、威嚇するサルの叫びだ。その叫びに怖じけず、ユイ・J・オルフェウス(
ja5137)はビルへと一番に突入した。
「おじゃまします」
ロビーでくつろいでいた二匹の距離は近い。
ユイの身体からは文字が浮かび上がり、しばし浮遊した後、体内へと収束する。
「そして、ばいばい、です」
微笑と同時に、サルたちの足元から無数の棘が伸びる。一匹は逃げたが、一匹は捉えられた。身体を穿たれ、その場に倒れる。
逃げたサルは、仲間の死も気にせず、ユイにあっかんべーを繰り出した。
「お母さんに、そうゆうことしちゃダメ、って言われてない、ですか」
サルの挑発に、指を前に出して、ぷりぷりと怒る。
「相手がどんな行動に出ても、普段通りに戦えばいいんだよ」
ユイに一声かけ、飛びこんできたのは桜花(
jb0392)だ。太刀を振りかざし、挑発するサルを切り伏せる。奥へと逃げようか逡巡したサルを、一本の矢が射貫いた。
「ほんまなあ、いつもどおりが一番や」
弓を片手にのそりと高谷氷月(
ja7917)が入ってきた。倒れるサルのディアボロを見下ろし、ぽつりと呟く。
「サルか、まぁ、気いつけながら行こか」
サル、サル……と複雑な心境を込めつつ述べる。そこへ、そんな複雑な心を加速させそうな、漆黒の鎧が颯爽とやってきた。
天羽 伊都(
jb2199)である。
「さぁ、サルたちを懲らしめてあげましょう!」
気合い満々に、さっそく上への階段へ足をかけている。
「そんなに急がなくても、大丈夫よ」
と宥めつつ、九鬼 紫乃(
jb6923)が中へ入ってくる。紫乃は、すっと守衛の机へ近づくとマスターキーを手に取った。サルが鍵をかける知恵を持っているかはわからないが、用心にこしたことはないのだ。
その鍵を天羽へと投げ渡す。
「天羽君、頑張ってね。貴方が頼りよ」
受け取った天羽は、柔和な笑みの紫乃にぐっとポーズを決めてみせる。
「サルの知能如きでボクに向かってくるとは片腹痛いっすよ!」
その自信満々さが、いささか数人の不安を煽ったとか煽ってないとか……。
ともあれ、作戦は開始されたのだ。
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のぞき込む窓の中には、大柄なサルが一匹。それに加えてサルが二匹、殿に従う部下のように構えていた。
どうやら特に警戒もしていないらしく、だらんとしている。
サルの様子を確認し、鵜飼 博(
jb6772)と梁 香月(
jb5675)は気取られないようにガムテープを貼っていた。そのやや後方では、淡い春色の馬に乗ったウルス・シーン(
jb2699)が待機していた。
テープを破片が飛び散らなさそうな程度に貼り付けると、ウルスはカードを構えて、突撃の合図を出した。窓に突撃する直前、布を広げて、破片の拡散をより押さえる。
派手な音とともに現れた、謎の馬にサルたちは威嚇を顕わにする。
身分が高い証のつもりなのか、よく見れば大柄のサルは肩当てだけの鎧と白い鉢巻をしていた。
「……何ですかねこれ、小山の大将気取りですかね」
冷めた感想を述べつつ、すかさず護符をカードのように広げる。ふっと放てば、刃がハチマキサルに襲いかかる。
が、それを華麗なステップで避け、大柄のサルは真っ赤なおしりをふりふりとしてみせた。
「……いい度胸ですね。ね、春風?」
おだやかな口調ではあったが、春風は少し気圧されたような唸り声を上げた。
「サルは餌で釣ればええねん!」
続いて、颯爽と飛びこんできた香月が、気を引くためにあんぱんを投げ渡した。が、雑魚ザルはそれをぺいっと弾くと、まるでダメねといいたげに、肩をすくめた。
気を引いての攻撃もかるくかわして、ぷすすと笑い声をあげられる。
「えぇ根性しとるやないか! こう見えてもサル回しは32番目の特技なんや。叩き直したるっ!」
荒ぶる香月に、サルがすかさず攻撃。
見事なバク転でそれをかわすと、香月はサルに対してあっかんべーを返した。どこかで見た光景だった。
「やーい、そっちの攻撃もあたらんやん!」
お互い引けを取らない。いろんな意味で。
大柄のサルも、そんな次元の低いのか高いのかわからない戦いを見据えていた。が、突然の稲光が全身を包み込んでいった。
光はサルだけを貫き、収束する。
突入した博が、一撃を与えたのだ。
「へっへー、どうだ!」
目をぱちくりとし、憤怒の咆吼。部下ザル2匹も、挑発するように軽妙な動きをしながら、構え直した。
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踊り場にいたった氷月は、階段の先にサルがいるのを見るや、すばやく矢を放った。だが、サルの動きはそれより俊敏で、さっと避けると氷月を見て鼻で笑った。
「……挑発されてもいたくもかゆくもないけどな」
ほおをかきながら、素直な感想を述べる。
その脇を通り抜け、颯爽と黒獅子が大剣を抜き放った。
「どうだっ!」
気合い一閃、空振り一閃。サルはしゃがみでそれを避けると、下から見上げて、下卑た笑い声を上げた。
外見からはわからない青筋を立てつつも、何とか挑発に耐える。
1人と1匹の後方から、桜花がすかさずショットガンをぶっ放す。起き上がりを狙った一発は、サルを撃ち抜き宙を舞わせた。
「この程度のディアボロなら、一々スキルを使うまでもないわ!」
その隙を見逃さず、紫乃が刃を矢継ぎ早に放つ。床にたたきつけられたときには、それは沈黙していた。
だが、小うるさいのは他にもいる。
奥に控えていた二匹のサルが、相次いで天羽に襲いかかったのだ。これを避ける動作すら見せず、漫然と天羽は受け止めた。
「効かないな……」
まるで力をためるのコマンドを選択したかのように、天羽はサルに毅然と立ち向かう。内心、小馬鹿にしてくるサルに苛立ちを募らせていた。
ショットガンを構え直す桜花を引き裂き、サルは調子に乗った声を上げた。
「ふざけやがって貴様らぁぁ!」
桜花は激昂し、声を荒げた。
次いで、氷月の矢を避けると、さらに調子に乗ってピースサインをしてみせた。
「……意地でも倒したる……っ!!」
これには、氷月も表情をぴくつかせる。
さらには紫乃の攻撃も避け、完全に調子に乗りきり、サルはハイタッチ。そして、大笑い。
「すぐに倒してさしあげるわ……この、さるっ!!」
顔を真っ赤にして、紫乃も声を荒げた。
と、ここで天羽が動く。じっと耐えていた彼は、平生でありつつ吠えた。
「黒獅子を舐めるなぁ!」
素早く振るわれた剣は、瞬時にサルを一刀両断。次いで、返す刀で残りの1匹も切り伏せた。剣を掲げ、ポーズを決めたところで所詮雑魚だと気づき、若干テンションを落としたりしつつ、2階の制圧を終えたのだった。
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「これでどうや!」
香月の宣言とともに、サルの片割れがどっと倒れる。退路とも進路ともなる階段をふさいだものの、大柄のサルは中々にしぶとかった。
と、そこへどたどたと階段を上がってくる音が聞こえてきた。
増援か、味方か……全員が一瞬気を取られた。
現れたのは、確実に言えばサルではないが味方か一瞬迷う漆黒の鎧だった。鎧は、素早く大柄のサルに近づくと、剣を一直線に切り結ぶ。博の雷撃で動きが鈍っていた身体が、完全に動かなくなった。
鎧は、剣を持ったまま、ウルスたちに対してかっこいい顔を決めた。だが、仮面のせいで、見えなかった。
いうまでもないが、天羽伊都である。
続けざまに、桜花が階段から姿を現し、太刀を振るった。
残されていた最後のサルが、上司が倒された動揺もあってか、真正面からそれを受けてしまった。
「やっぱり、所詮はサルだな!」
振り切られ、よろめくサルにさらなる追撃。
香月が踏み込み、刃を突き立てる。
「これで、仕舞いや」
引き抜くと同時に、サルは崩れ落ちた。
後ろから、ユイや氷月たちが追いつく。全員集まったところで、香月は持ってきた、おにぎりとサンドウィッチを開封した。
「……おとりにならんし、食べよか」
少し切なげに、いいながら、ぱくつく。博も自前のサンドウィッチを食べ、しばしの休憩に興じるのだった。
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「それでは、開けますね」
しばしの休憩を挟み、ユイは扉の前にいた。
休憩中に襲われないよう、一度閉めていたのだ。
きぃっと金属音を鳴らして、そっと扉を開く。そっとのぞいて見てみれば、大柄のサルが見下ろしていた。
「わわ、です」
慌てて文字を浮かび上がらせ、雷撃を飛ばす。雷撃の当たったサルは、突然の事態に驚きつつも、ユイへ飛びかかる。
ウルスがすかさずカードをかざす。すると、丸っこい身体の竜がサルの前に立ちはだかった。
「咆吼、中の様子を探ってくれ」
咆吼する飛竜の視覚を通じ、内部の様子を探る。奥にもう1匹構えているらしい。そのことを告げる。
「先に目の前のこいつを倒すよ」
脇から飛び出した桜花が、手にした太刀を振り上げる。宣言通り、桜花の太刀はサルを袈裟斬りに切り伏せた。
大の字に倒れたサルの後ろからは、また、サル。
突進とともに、肩当てを前に体当たりをかます。太刀で受けるも、予想より衝撃が大きい。ぐっと後ろに踏み込み、耐える。
攻撃を当てたサルは、意気揚々と口の端を歪ませて、歯茎を見せるほどに嘲笑した。
「貴様もすぐに、そこのと同じ目にあわせてやるよ!」
思わず、桜花は激昂。
「無茶はするなよ」
続いて駆け上がってきた天羽が、桜花を宥めつつ接近をはかろうとした、その時。
轟音とともに、衝撃波が天羽に迫る。すかさず、剣に力を纏わせて、衝撃波を受けきる。ばっと見上げれば、5階への踊り場に、今までのサルとは一際違ったサルがいた。サルはサルでも、ボスザルらしい。巨躯で筋肉質な体格と、見事な鎧、そして白刃の刀を構えている。ここまでいくと、サルというより、まさしくディアボロといったところか。
「サル……にしてはやりそうだな」
ぐっと気合いを入れ直す。
ユイは階段を駆け上がり、4階へと辿り着くと、ボスザルを見せて手をかざした。
「とりあえず、これがベスト、です?」
ボスザルの周囲から無数の手が伸び、その身体を拘束しにかかる。だが、ボスザルは白刃を振るい、雄叫びを上げて手を打ち払った。
そして、ユイに向けてカッカと笑い声を上げた。
「次は、決める、です」
ボスザルの態度に、むくっとむくれつつ、平静を装う。だが、内心はいらっときていた。
そんなユイの目の端に、飛びこんできたのは桜花が片膝をつく姿だった。
「こんなやつにっ」
重い一撃が、ボディに効く。
所詮は、サルだと油断していたのもあるのだろうか。
体力を半分以上削られていた。
「下がっていてください!」
ウルスが呼びかける。と、同時に飛竜が飛び出し、サルの腕に食いつく。
すぐに振り払われるが、かまわず、喰らいつこうとする。
階段側に再び視線を移せば、影から氷月が矢を継いでいた。きりりと弦を絞り、鋭い一撃が放たれる。しかし、それはボスザルの面前でたたき落とされた。
見切ったといわんばかりの嘲笑を、氷月に浴びせる。
「次は、次は当てたるっ!!」
頬をぴくつかせ、壁を軽くどつく。そうこうしている間にも、階段間際の混乱は加速していく。まだ残っていた雑魚ザルも、階段を駆け下りてきたのだ。
すかさず天羽の背中を狙うが、これはさっと避けられる。
「梅雨払い、だ!」
カウンター気味に、天羽は雑魚ザルを屠る。挑発の暇すら与えない、鋭利な一撃。空いたスペースに、博が詰める。
移動しながら形成した雷の刃を、飛びこむと同時にボスザルに放つ。突如飛びこんできた相手に、対応が遅れる。
「へっへー、どうだ!」
ぐっとボスザルに挑発的ガッツポーズ。これにボスザルは、痺れる身体を震わせ、遺憾の意を示す……ように見えた。
ボスザルの影から、すかさず新たな雑魚ザルが博に、爪を立てる。
攻撃を受けたが、微々たるもの。サルの挑発にも、平然と挑発を返した。
「ぐぅ、離脱する!」
そう宣言したのは、フロア内にいる桜花だ。最後の一撃とばかりに、去り際にショットガンをぶっ放す。サルの肩当てがぼろぼろと崩れたのを確認しつつ、奥へと退避した。
手負いの獲物を追いかけようとするサルを、軽い身のこなしで香月が食い止める。
「どうや、なかなかな動きやろ? サル真似できひんやろ?」
香月の挑発的な声も、サルにはもう届かない。放たれた双剣が、サルの身体を切り裂いていた。
「暴風の力よ。舞いあがれ!」
階段は、ぎゅうぎゅうだ。
その隙間をぬって、紫乃が雑魚ザルに、風を飛ばしていた。しかし、サルはそれをするりと抜けて、おしりを叩く。
「小さく用いて、大きな成果! こ、これは囮よ!」
自分に言い聞かせるように、紫乃は宣言する。
と、次の瞬間目を見開く。
「危ないっ!」
痺れた身体を奮わせ、ボスザルが衝撃波を放っていた。どでかい力は、階段に競っていた撃退士に襲いかかる。避けきれないところへ、紫乃は式鬼を飛ばした。
ユイは自らの障壁と盾となった式鬼で、ぐっと耐えきる。
「やっぱり、これがベストです!」
お返しとばかりに再び無数の手を呼び出す。今度は、しっかりと手はボスザルを押さえた。麻痺した身体が拘束されたボスザルは、なおも藻掻く。断腸のボスザルの叫びに、雑魚ザルの気が逸れた。
「ほら、危ないわよ」
その隙を見逃すわけがない。紫乃の風が、一匹を吹き飛ばし、潰えさせた。
「ほんまやで、油断大敵や」
もう片方は、香月がしかりと決める。
仕上げとばかりに、ウルスが召喚獣を切り替える。新たなカードを示し、呼び出しざまに攻撃を仕掛ける。
「いけ、魔竜!」
機械的な身体から、重低音の叫びを響かせ、魔竜がボスザルを食い破る。だが、さすがの生命力で、ボスザルは再度、衝撃波を放つ。
それをかいくぐり、氷月の矢が、博の雷がボスザルを貫く。とどめとばかりに、目の前に躍り出たのは黒獅子。突き立てられた剣によって、ボスザルは力尽き果てた。
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損傷はゼロといかなかったものの、極めて軽微だった。社長の男は、その状態にいたく感激し、手もみしながらお礼を述べる。
「いやぁ、多少の傷ならむしろ城っぽくていいですねぇ。サルも追い払っていただきまして、私、感激いたしました」
それをほっとした表情で、撃退士たちは受け止めた。
が、
「とういうわけで、みなさんの彫像を作って飾りたいと私は思うのです!」
この一言で、反応が割れた。
香月は、すぐさま顔を輝かせ、
「あ、ええかも」
と良好な反応を示す。一方で、氷月は頭を抱え、ユイと紫乃は反応に困っていた。
好意的に思いをはせるもの、むしろカードがいいなと思うもの、いやがるものが居る中で、氷月が立ち上がりきっぱりと告げる。
「お断りします」
それに付随するように、ユイらが頷く。
不満を述べようとする社長と香月を無言圧力で黙らせた……。
後日、それでも何かという社長から豪奢な感謝状が贈られてきた、らしい。