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のどかな片田舎、緑を抱く山に立つ白い夏雲に負けないくらい、もこもこしたものが畑の中央にぽつねんとしていた。
桐原 雅(
ja1822)と香奈沢 風禰(
jb2286)は持ってきたカメラのレンズを通して、その姿を眺めていた。
「もふもふでもこもこなの」
風禰のつぶやきに、雅も頷く。
遠方からでは、小さくしか撮れない。あのもふもふを確かめるには、近づいてみるしかない。
知楽 琉命(
jb5410)が先行し、畑の上へと降り立つ。感覚を鋭敏に、生き物の息吹を探る。特に抵抗もなくもふもふたちが全てそこにいることがわかった。ばれないように気をつけながら写真を撮って、合図を送る。
合図を見て、行動を開始した。
「記念に写真はいかがなのなのー? 頑張って写真も撮るなのなのー♪」
風禰がそういいながら、シャッターを切り始める。浅上 響(
jb6278)と雅も、近づくや否やシャッターを何度も切った。
「う、うわわ。羊さんだっ」
響は、もこもこした羊のようなディアボロに目を奪われつつ、慎重に撮っていた。でも、ディアボロなら倒さないと、と気合いを入れる。
一方で、風禰と雅は頬が緩みかけていた。……今、緩んだ。
上空から、ヒツジの姿を眺めていたエイネ アクライア (
jb6014)もそのかわいらしさに、籠絡されそうだった。そこへ、琉命が刻印を刻む。
ハッと我に返ったエイネは、すかさず雷を手にもこもこへ急降下した。
「もこもこを散らしてやるでござるよ」
紫電を纏った刀は、電気カミソリのように、ヒツジの毛を削る。
唯月 錫子(
jb6338)は群れの中で、誰とも接近していないディアボロを探していた。
右を見ても左を見ても、もこもこした身体が愛おしく思える。
「あれはディアボロ、あれはディアボロ」
と呟きながら、自信に聖印を刻む。落ち着きを取り戻しつつ、後ろで毛玉を吐き出したもこもこに的を絞った。
「かわいいは正義とはいうが、狡猾な!」
籠絡されかける仲間をみて、日下部 司(
jb5638)は叫ぶ。が、そんな彼の頬もぴくつき、口元は笑っているようにみえる。
「可愛いなぁ……」
思わず、つぶやきハッと我に返る。恐ろしいのは、ヒツジのかわいらしさか。そんなもこもこと戯れる少女たちのかわいらしさか。
我に返って見上げれば、そこへ飛来してくる何か白いふわっとしたものがあった。すかさず、札を取り出して構える。
白い爆雷が落下へ入るのを見て、水の矢を飛ばす。空の中で、ボンッという音とともに、はじけ飛んだ。
視線を巡らせば、もう一つ、羊毛がふわりふわりと飛んでいる。
「これを使うでござる」
エイネから渡されたボーン・ボウを受け取り、フィオナ・アルマイヤー(
ja9370)は羊毛に狙いを絞る。
「あの仔は、かわいくて攻撃できないけど。爆雷、なら!」
矢が突き刺さり、爆発四散。残りカスの毛が、ふわふわと辺りに舞った。
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近づくと、追い払おうとして、角を伸ばして攻撃してくる。
逆に言えば、ふわふわとした爆弾を飛ばしてくることはない。
雅と響は、最前列にいたディアボロに接敵した。即座に、身体を揺さぶるような打撃を雅は叩き込む。
動きが鈍ったところを、雅はカメラに納める。
「もふもふする……」
細いワイヤーで気合いを入れて、削いだ毛はふわふわと地面を転がる。踏めばもふもふ、触ればもこもこ、歩く姿はヒツジなディアボロである。錫子から聖印を受けた響は、その魅了に耐えていた。
その錫子は、はぐれていたディアボロに接近を果たす。近づいて来た彼女に、鋭い角が伸びてくる。傷つけられつつも、槍でいなす。
「お返し、です」
返す刀ではなく、返す槍でヒツジを突く。ふわっとした毛が、穂先について戻ってくる。
ダメージはないのか、ヒツジはのんびりとした様子で錫子を見ていた。
対峙する一人と一匹から、やや下がれば空飛ぶエイネが再び抜刀。カミソリのような鋭さで、雷を纏った刀を振るう。肉を切る感触は全くないが、毛だけはすっぽりと切れていく。
毛を落とされたヒツジは、毛をエイネに向けて吐き出した。爆弾だ。
「わわっ」
直撃するわけに行かず、避けたものの、風に流される毛爆弾。畑の外へ流すわけにはいかない。
慌てたエイネから、少し離れたところで爆発した。フィオナの放った矢が、撃ち抜いたのだ。ぐっとアイコンタクトを交わす。
司は爆弾を処理しつつ、自由になっていたヒツジを捉える。すかさず角がとんでくるが、槍でがっちりと受けきる。すぱっと羊毛を刈り落とす。その奥では、別なヒツジが毛玉を吐き出していた。
「……取りこぼさない様に頑張る、なのなの♪」
風禰が素早く札を取り出して、刃を顕現させる。光陰刃の如く、すっぱりと毛玉を真っ二つにして、爆発させた。
穂先や刃先でも伝わるもふもふ感と、つぶらな瞳による誘惑と戦いながら、何とか毛を刈り落とす。
「皆さん、下がってください」
前線に躍り出た琉命が叫ぶ。示し合わせたように、すっと陣形を変更していく。
彼女が顕現した彗星が、ヒツジたちを押しつぶす。グッと膝を折りつつも、うるうるとした目で撃退士たちを見渡しながら、メェエエエっと啼き声を上げた。
かわいい、でも、かたい。
全員が、気を引き締め直した。
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三割ほど、吹っ飛べば多少は、かわいらしさも軽減されてくるようで、雅は我に返ってシャッターを押す指を止めた。
「いくら可愛いからといって、敵の姿に惑わされるなんて未熟。ボクなら、大丈夫」
キリッとした顔で言い切ると、すぅっと深い呼吸をする。気合いを入れ直したのだ。
そのまま素早く、拳を穿つ。もふりとした感触を突き抜けて、鈍い音が響く。根元からずぼっと引き抜けば、手は毛玉まみれになっていた。強力な一撃、だが、いつもは足で繰り出す。今日は、もふもふした感触を楽しむために、わざわざ拳で戦っているとは言えるわけがなかった。
この一撃で、毛が落ちきると、ヒツジはダッシュで逃げ始めた。
「あ、逃げた!」
響が声を上げ、司が逃走に気付く。自分の戦っていた敵と、逃走羊が一直線にならんだ。
「俺が止めます。下がってください」
叫ぶと同時に、槍を掲げる。武器に渦巻くエネルギーがはじけ飛ぶ。
黒い光が、目の前のヒツジと逃げ出そうとするヒツジを包み込む。奥で膝を折り、倒れ込むのが見えた。が、まだ羊毛を蓄えているためか、目前のヒツジは角をすかさず飛ばしてきた。じわりじわりと削られていた司は、盾で受けるが、ぐらりと身体が揺れた。
それを見た琉命が、司に手をかざす。光が身体を包み込み、傷を治していく。
「ありがとう」
と短く礼を述べて、集中すべき敵に向き直った。
追いかけていたヒツジが目の前で伏し、響はすっと目標を改める。
陣形から漏れ出ていた、ヒツジがいたのだ。さっと近づいて横腹をワイヤーで薙ぐ。振り向いたヒツジと目が合った。つぶらな瞳だ。そして、こいつはまだ、もこもこだった。
「うー、この子たち攻撃しづらいっ」
緩い笑みを禁じ得ない、響であった。
その影から、雅が真剣な顔で突貫する。だが、内心はもこもこを堪能したいという心持ちだったりする。強すぎる心が、力を生むのか、彼女の一撃はもこもこをもこもこでなくするのだった。
そこへ、
「準備完了、大火力ばんざい!」
と叫ぶ声が飛来する。続けて、フィオナの一撃が飛ぶ。ヒツジにぶち当たったエネルギーが弾けて、毛を吹き飛ばす。花びらのようにひらひらと、羊毛が舞った。
三人のラッシュによって、丸裸にされたヒツジは慌てて、逃げ出す。それを逃がすような、彼女たちではない。前線へと躍り出ていた風禰が、すかさず光陰の刃を飛ばす。白い光と黒い影が、ヒツジの毛を削ぐ。、たたみ掛けるように司が黒い衝撃波を再び放つ。まだ白いのと黒焦げなもの、両方を包み込んでいく。
白かったものも、いつかは黒くなる。
白は黒になり、黒は黒いまま、その場に伏した。
「がっ」
と、司がうめき声を上げた。黒い衝撃波の中から飛んできた角に司は反撃を受けたのだ。
盾で防備を固めていなければ、身体を貫き通されていたであろう。防ぎはしたが、衝撃で世界が揺らいだ。すかさず息を整え、体中の気を制御する。
「俺が抑えていますから、今です!」
司の声に押されて、雅と響がヒツジを囲う。
ラッシュをかけて、ヒツジをもふる……もとい、羊毛をそぎ落としていく。
遠方からは、フィオナの一発が確かな効果を見せる。ヒツジは瞬く間に、生まれたまま……かどうかはわからないが素肌を晒す。一気に詰め寄られ、混乱したヒツジは雅へと角を突き立てようとする。
だが、
「だから、かわいくない」
くるくる回っているのがかわいいんだ、と容赦の無い口撃に加え、振り下ろされる手刀。軽く手を傷つけるも、ぽっきりと角は折れて飛んでいく。地面に角が突き刺さると同時に、フィオナの銃弾がヒツジの身体を貫いた。
「こちらは幕引き、です」
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雅と司たちからやや離れて、エイネは対峙していたディアボロから羊毛をほぼ刈りきっていた。
「では、仕上げでござる」
息を整え、意識を集中しようとしたそのとき、羊毛爆弾が吐き出された。かわそうとするも、すんでのところで翼がかすり、爆発する。衝撃を受け、身体がぐらつく。
毛玉を吐いた隙を狙って、こちらへと向かっていた風禰が動く。
「いくなのなのー」
炎球を紡ぎ出し、もこもこにぶつける。羊毛はちりちりと燃え落ち、黒い地肌を晒す。
「……うみゅ。これは激写なの。ひつじの激写なの」
そして、すかさずシャッターを切った。ヒツジさんのヌード、恥ずかしさ満点! と意気込みながら激写する
「大丈夫ですか。今、回復します」
ここでエイネの状況に気付いた錫子が、自分の抑えるディアボロに気をつけつつ、光を飛ばす。
爆風で受けた損傷をふさぎ、改めて気合いを入れ直す。丸裸になったヒツジに向かって、抜刀。今度は、赤々とした炎を纏っていた。
一瞬の出来事に、きょとんとするディアボロだったが、己の身体が燃えていることに気付くと慌てふためく。
メェメェと鳴きながら、こんがりウルトラ上手に焼けていく。やがて、煙をあげながら動かないヒツジが出来上がった。
「燃やしてくれたでござる」
グッとポーズを決めてから、ふと見れば、錫子が片膝をついていた。
角が急所をかすめたらしく、あわてて自身の傷を修復する。こちら側に残っているヒツジは、彼女と対峙しているものだけだった。
「もふもふもふもふしつつ、特攻なのなのー!」
風禰が宣言したのと同時に、残った一匹を囲い込む。
はじめから接敵していた錫子が、まずは軽くいなす。まだ、愛らしさは残っていたが、だいぶ慣れてきた。調子よく、角を凌いでいく。
「みなさん!」
隙を作って、追いついてきたエイネたちへと叫ぶ。すかさず、前へと躍り出たのは、琉命だった。
「いきます」
短く息を吐いて、光を放つ鎖でヒツジを拘束する。そのまま、ぐぐっと締め上げる。動けなくなった、ヒツジを二つの炎が同時に襲う。
一つは、黒い翼を生やしたエイネの抜刀だった。上空から一気に急降下、すり抜けざまに一閃。
「どうでござる」
カチンと音を鳴らして、刀をおさめれば、緋色の炎が白い毛を燃やしていく。
「頑張って力を合わせて、いくのなのー!」
一方、やや離れたところから、風禰も炎を飛ばす。
再度の挟撃。紅白ここに極まれて、白が赤く染まり、やがて黒が現れる。
緩みかけた鎖を、
「逃がしません」
と宣言して、琉命が拘束し直す。鎖は、もこもこ装甲を無くした肌にしっかりと食い込む。動きを縛り上げ、鎖が弾けた後も、逃げることを妨げた。
そこに続けとばかりに、エイネが炎熱を閃かせる。
「これで、最後でござる」
ぐるりと焼かれ、断末魔の如く啼き声が響く。
「本当に、終わりです!」
錫子の槍が、ヒツジの叫びを終わらせた。炎が散り、どっと黒い体躯が倒れ込む。
穂先にあったのは、多少はかわいらしさの面影がありつつも、やはりディアボロだと思わせる何か、だった。
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白い毛が刈られ、こんがり焼かれたりぼろぼろになったディアボロたちが点々としていた。
琉命は用意したシートを使って、ディアボロを包んでいく。処理業者に渡すためだ。
その作業をしている傍らで、風禰は一本の角を拾っていた。雅の手刀によって、折られた角だった。
「……角収集家としては、これは見逃せないなの」
くるくるした状態から、真っ直ぐ伸びる角。手に入れるために、のこぎりも用意していたが、その必要はなくなっていた。
しかし、手ににしてからシートに包れたディアボロと角を見比べてて、そっとシートの中に戻した。
「良いのですか?」
尋ねた琉命にこっくりと頷き返す。
どんな手触りで、どんな重さで、どんな形だったのかちゃんと覚えたから。
「ちゃんと、全部回収して貰った方が良いかもって思ったの」
自分もかつて、失った。あの角は、そんな同じ失われた境遇の誰かなのだ。
「ね、手伝わせて欲しいの」
「えぇ、お願いします」
作業を終えた二人は、何やら盛り上がりを見せる仲間に合流する。
撮り終えた写真を見せ合っていたのだ。誰の写真が一番かわいいのかでもめていた。
その写真をもらい、司は錫子に声をかけた。
「錫子さん、このデータ寮の皆で見ませんか?」
その誘いに錫子が応じたのかどうかは、わからない。ただ、少女たちのかしましい声の中に、その返事は溶けていった。
数日後、写真データを参考に司やオペレーターは、ぬいぐるみの作成を依頼していた。完成したぬいぐるみは、もこもこ具合も誰かのデータ提供によって、再現されていたという。
そのぬいぐるみを見かけたフィオナたちは、すかさず手に取った。こっそりと買って楽しむものも大勢いた。そのもこもこ具合は、まさにもこもこもふもふだ。
彼女たちを発端として、幸運を呼ぶもこもことして一時的なブームになったという。